全25件 (25件中 1-25件目)
1
今回の車検では、ほんっとに丁寧に話を進めていただけたので、ノミの心臓のワタクシ、とても助かりました。いやー、結果的には同じ金額でも、「今、点検してみたところ、この部分が磨耗していて交換が必要なのですがよろしいですか?」と、わざわざ電話を下さって、丁寧に一つ一つで説明してくださるので、「ああ、もう、お任せいたしますからどうぞどうぞ」という気持ちになるのですね。車を預かりに来てくれた若いお兄さんがとにかくとても丁寧で、途中で頂いた電話もとても丁寧だったので、てっきり同じ人かと思っていたら、それぞれ違う人だったのですよ。「こんなに良質な丁寧さが、連携されてるなんて、何事っ?!」という気分です。もー何かあったらまたよろしくどころか、何もなくともまたよろしく!です。おっ壊れていた鍵は、「サービスで直しておきました☆」なんてね言われて、ついつい万歳しちゃいました。小さなことでも、でっかく嬉しい!!そんな、素敵なお仕事を見せていただいて、私もそんなお仕事ができるようになりたい、とつくづく思いました。
2007年07月31日
コメント(8)
題名のない音楽会で、東儀秀樹さんが、「ボーダーレスではなく、個々のボーダーをしっかり持ちながらそこの向こう側にいく、という意味を込めたくて、アウトオブボーダーという言葉を使っている」とおっしゃってました。なんとも、よい言葉だなぁと思いました。今日までの日々、私はただ単に、「生徒には真実を教えたい」という気持ちでやってきました。苦手なジャンルで叩かれようとしたことも、得意なものを探そうとしたことも、未熟さをあるがままにさらそうとしたことも、その一心でした。生徒には、善も悪もすべてひっくるめて、未熟な私から正しいものを選び取ってもらうことしかできないとわかった上で、ただただそうしてきました。そのために必要ならば、何かを失くしても仕方がないという覚悟と、失くしたくない恐怖心の狭間にいたときはとっても大変でしたが、もう大丈夫です。音楽のジャンルわけなど些細な問題であるということ。教えるときのルールの区分けとして、ジャンルという枠を握っていればいいだけのこと。未熟で未完成な現在の自分を恥じる必要もないこと。それがさっぱりと体の中を流れていって、あたしの中に血がめぐり始めた気持ちがします。突如、あたしにとって練習は、修行でも苦行でもなく、1日やっても疲れない遊びのようなものになりました。生徒たちにそうなってほしかったように、私もなれたことの嬉しさは、案外あっけなく、とても当たり前のことでした。昨日から今日の間に、一つのイベントの仕事を介して、何人かの方とお話しました。こんなに丁寧に仕事を与えていただく経験は初めてでした。そして多分、こんなに丁寧に仕事をすることも初めてになることでしょう。無理を一つもせずに、あるがままでありながら、最良のものを提供できるだろうという自信が芽生え始めたのか、その日が来ることを楽しみに思える自分がいます。即興的なオリジナルの演奏と、詩人さんとのコラボレーションの仕事ですが、詩人さんとの関係も多分、とても良好にめぐっていくことになりそうです。オリジナルだからこんなにリラックスできるのでしょうけど☆何らかの縛りが生じたらきっとまた少々はヒヤヒヤするのかもしれませんが。
2007年07月29日
コメント(6)
一時期ジャズを教えていただいていた、プロのミュージシャンの方が、「オレもね、絶対音感が壊れるまで、ほんと大変だったんだよ」とおっしゃってたことを思い出だせるようになりました。いろんな角度から、私の今までのブロックになっていた、「エセ絶対音感」は壊れなくては先がない、とわかっていたつもりでしたが、壊れるとどうなるか、までは…教わらないうちに、一人で模索しなくてはならなくなりました。相対音感が育ってきた、という緩い認識のあとに、エセ絶対音感がパリーンと壊れてくれたのは、進歩的にはありがたいとは言っても、何も同時に、「リズム感の盲点」に自分が放り出される必要もなかったのではないか、とうなだれています。しかし、どこかで関連のある事項なのか、私の場合は同時に崩壊がやってきました。ああ、音楽の根幹を成す、2大要素、同時に撃沈。それも、お客さんの前で!!!!こんなに最悪な事態、ここまで揃えば、後は怖いもんもないのではないか、とは思います。おっ壊れるときも、徹底的に☆なんて!!!聞いてないわよ!!!壊れて再構築して、初めて、本当に自分のものとなる。壊れて諦めれば、全てを失くしただけで終わる。こんなビッグなお題、こんな屁たれに与えてくださらなくとも!!という気分でもありますが、幸いなことに「ゆるゆるピアノ教師」!!!果たして、ゆるゆるピアノ道、自分自身に応用可能なのか?!?!という局面にあります。不可能なら、あたしは詐欺師だぜ☆☆☆…なんか、あたし、もうちょっと道を誤っていたら、この辺りで、酒かクスリかギャンブルに溺れてもいいくらいの難題を頂いている気がするんですけど、…今の私がそれをやっても、あんまりサマにならないので、おとなしく笑顔でレッツラゴー!!
2007年07月28日
コメント(12)
生徒達は、発表会後の初レッスンで、もう「次の曲」モードに入ってます。早いっすよーっ!愉快なことに、エンターティナー系の曲が好きだった子が「今度はクラシックバリバリのがやりたいー!」そのお母さんは、そういう曲にあわせてカジュアルな衣装を着せるのがお好きだったのに、「曲に合わせて、クラシカルなフリフリの衣装を着せたいー!」クラシックの曲が、見事に仕上がってきた生徒は「今度はポップスがいいーーー。バンドのキーボードもやることにしたーーー。先生、そっち方面も教えてー。お母さんもポップスが発表会で聞きたいって言い出したー。」とにかく、そういう意味で、今までとは違うジャンルに挑戦したい☆と盛り上がる人たちがイッパイです☆そして、肝心カナメのあたくしも、「おーおー♪逆ジャンル作戦大歓迎♪どっからでもかかって来いやっ」一口にピアノと申しましても、成長過程で身につける要素は、「読譜中心の今までの王道レッスンスタイル」「聴覚発育中心のスタイル」二派をまたぎ、それをいかに共存させるか、ということをスッキリと分析終了したところです。長かったよ。二派の統合・・・ってやつ、不可能かと諦めかけていたよ。(笑)日本ピアノ教育界のバイブル「バイエル」がたまったま日本に導入されて、100年経っても変わらず使われていることの不自然さも、ほんとに納得しました。バイエルさんたら、ドイツでも、その存在すら、きれいさっぱり忘れられてるというのに、日本ではうまい具合に定着したわね☆ま、使えと言われれば、うまく使うことは可能だけれど、それだけで成長を図ることの弊害もよーくわかりましたし、バイブルを始めとする様々なテキストを「うまく使う」ための、全体的な指導体系がようやくまとまってきました。様々な指導スタイルも、どう補足すればいいのか、わかってきたじょー。そんなあたしは、今までの自分に弾けたものが「偽」ピアノの域を出ていないことを知っていたからこそ、「俺らはジャズ」と称して「お前はクラシック」と攻撃を仕掛けてくるヤツラに、攻撃されるがままになっていました。今までヤツらの用いてきた「ジャズ」と「クラシック」という言語が、あたしの「偽」ぶりに負けず劣らず、ゆるゆるだったことを、少なくとも理論上では証明できるに至りつつある今日この頃。これによって今後のあたしの演奏が「偽」の領域を出て行けるのかは、これまた次のお話☆
2007年07月26日
コメント(16)
「先生が言ったとおりだね!練習しないと上手になるよって言ってたの、このことなんだね!」と熱烈に叫んだかわいいレディの話をダンナにしました。ちなみに彼は、あたしの指導法の「最大の批判者」です。例によって「また、お前のわけのわからない理論か!」と言われました。重ねて、かわいいレディの次の言葉をダンナに伝えました。「どーう?おうちでピアノを弾くのが楽しみになった?!って聞いたらね、すごーく熱心な眼差しで、ううん、絶対、あたしおうちで弾かない!上手になりたいから!!って言うのよー」ダンナ、大喜びです。「ほらみろ!!お前の理論のせいで、未来のピアニストがまた一人減った!」「はぁぁぁ?!ここから次の第2ステージが始まるのよ!この精神状態に至った生徒を家でも弾きたくて弾きたくて弾きまくる、にするんだってば!!それがあたしのやってることでしょうが。」「・・・うるせぇ。朝からつまんねぇ理論聞かせるな。」今回の発表会、このレッスンの第2ステージが、いかにまとまってきたか、という結果だったと私は感じているのですが、ダンナはまだまだ認めてくれません。(笑)
2007年07月24日
コメント(16)
さっそく発表会の感想が寄せられてきました♪今回は、こちらの気配りなどについて、おうちの方たちが、非常にいろいろと気づいて下さっていたことが印象的でした。順番や曲など、気を使うポイントは山盛りで尽きません。でも、こういうものって、受け取ってくださる側がほんの隅っこでも気づいてくだされば、それだけで報われちゃう不思議な部分です。「うまく順番を組んでくださってあって、それが嬉しかったです」なんていわれれば、もう、舞い上がってしまいます。教師として「一人ひとり」を見つめる部分と、「全体の中でのひとり」を見つめる部分の、よいバランスを探してきました。これからもこのバランス探しは続きますが、親御さんたちが、今回の発表会を通して、私の苦労がそこにあることを気づいてくださった、という点が何より大きな励みになると思います。がんばるぞー☆子どもたちの感想もかわいかったです。「みんなの曲、聞くのが楽しかった!」…あああああっ!!子どもがそう言う発表会って最高!!もちろん、親御さんたちもそんな風に「知らない子の曲も、いろんなことを考えながら楽しんで聞けました。」なんて言ってくださっていました。理想の一つの形ですね。発表会が終わって、テキストに戻り、当然、何もやってないし、何もかもを忘れているはずのちびさんが叫びました。「あああっ!!練習してないのに、こことここ、覚えているよ!だからできるよできるよ!!はじめっからやってみるよ!!」練習していなくても身についていることからレッスンが始まるので、もちろん楽々できました。そしてその子は「先生の言ったとおりだね!練習しないほうが上手になるよってこのことなんだね!」と叫んでくれました。小さな生徒がそれを実感してくれたことが励みになりました。私の考えていることが、生徒や親御さんたちに、確かに伝わることを実感して、私はもう一つのことを考えていました。つながりも意味もない、死んだ記憶の蓄積は、人間そのものを内側から破壊していく、ということです。思考回路も記憶の回路も、感情の回路もつなげずに、人を育ててしまう方法がこの世には存在するということです。とても賢いのになぜか、愛も恥すらも知らずに、本能のエゴだけをむき出しで生きる人間を育成する方法が存在する、という明らかな感覚でした。そしてそれは、意外にすぐそばに、常にうごめいていることも感じました。そこから、子どもたちをどうやって守るのか、その具体的な方法が見つかればいいと思います。
2007年07月23日
コメント(8)
全力投球の一日になりました☆演奏したのは、私を含めて32人でした。目がまわるほど疲れている自分がいる一方で、全く動じていない自分もいて、なんだか不思議に一日が流れていきました。かわいい生徒達はとても幸せそうで楽しそうで、適度に緊張していて真剣で、客席にいらっしゃるご家族のみなさんが、ピカピカに輝いていて、みんなが満足度の高い発表会になったかもしれないなぁと感じました。午前中、同じ会場で知り合いの先生がやはり発表会をなさっていて、それを聞かせていただくことができました。丁寧で、気品のある演奏を心がけていらっしゃる先生なので、生徒さんもとてもきっちり弾いてらっしゃいました。さて、うちの皆さんは??と、客観的に眺めてみて、おお、思ったよりも、丁寧で気品のある演奏ではないか☆と嬉しくなりました。自分なりの指導法を試み始めた頃は、子ども達の気持ちを大切にする余りに、こちらのブレも大きく、結果的に「とにかく弾くことが楽しそうだけど、粗い部分も目立つ」と思うこともありました。けれど、今もあの頃と、同じように生徒達に思い切り振り回されているのに、生徒達の演奏は隅々まで丁寧で、輝かしくて、とても綺麗でした。演奏が終わると、ステージの裾に隠れているあたしの方をチラリと見つめてニコニコする子が非常に多かったのもどうなんだろう?と思わなくもないのですが、仲が良いのはまあいいか、と思いました。休みなのに、司会に駆り出されたダンナは、ただ働きさせられた上に、お高いお肉を買ってすき焼きまで作っておいてくれました。さて、あとはみんなの感想を聞くのが楽しみですね☆
2007年07月22日
コメント(18)
カイロプラクティックって、チョーあったまる方面に向かっていくんだ、…ということがわかりました☆「ティック」は、美容院みたいな按配で、ゆるーくゆるーく、ほんのりそばにあってもらうのが最終的にはよいのかもしれません。羽のような軽いタッチが、どこまで遠く、どんなに遠くまで響いていってどこをゆるめて暖めるのか、それを知るための、とても良い道しるべになりそうです。あたしの体がなぜ、こんなに攣るのか、それを、一緒に首を捻って考えてくれる人がほしかったのだとわかりました。冷え切って異常に強張っていた筋肉。外からあっためてもあっためても、攣りまくってしまっていた筋肉を、ライブで一緒に経験していただきながら、暖める工夫をしていただくって言うのは、結構おもしろい経験になるんだと思います。
2007年07月20日
コメント(8)
昨日の右の鈍痛が、あまりにひどかったので、今日は成り行きのままにカイロプラクティックを試すことにしてしまいました。基本的に、なんとか「ティック」なものは、ロマンティック以外は信用しない派だったのに、よほど参っていたんだな、と自分でもちょっとビックリ。(←そういうティックじゃない?!)とにかく「今の自分の体ってどうなっているのさ!!!」というのを客観的に知りたかったのですが、そういう意味ではおもしろい経験になりました。問題はこの後の「結果」だと思われます。何しろ「ティック」だけに、お安くはなく、「ティック」だけに、次はいつがいいとかも曖昧です。しかし、こちとら結果も「良くなったティック」で、満足できるほど裕福ではないので、お財布とはシビアに商談中。眉間にしわが寄り麻呂になってしまいました。まぁ、あたしのお財布がピーと叫ぶ前に結果を感じられなかったら、ご縁がなかったと諦めて、漫画喫茶にてマッサージチェアコースに逆戻りするしかないでしょう。施術していただいた実感としては…。メカとかマシンとかの調整みたいでした。科学と自然の臨界点にそっと触れるようなものでもありました。西洋と東洋の融合点か否か?あたしの体はやっぱり、とてつもなくクネクネしていたようですが、へんなところばっかりまっすぐで前のめりで、ちょっと愉快でした。今後はどうなるのかわかりませんが、お支払いした4500円分(←やらしい)、私の体に関する情報を集めるのに必死で、質問攻めにしてしまいました。答え方を聞いていれば、人となりも、経営方針もわかりますし、そして何より、私の教室経営にとっても非常に勉強になるなぁと思いました。
2007年07月19日
コメント(18)
バセドウの途中経過を診て頂きました。体が攣っちゃうのは、また戻ってきましたが、初めのころのように、急激な痛みは今のところまだまだ少なくて楽です。気持ちの問題って言うのは大きなもので、攣ってもお医者さんに言えばいい、と思うだけで、痛みも半分になるような気がします。主観というものも不思議なもので、脈の速さの印象も自分の感覚次第でガラッと変わって受け止められるようになりました。「あまり脈が落ち着いた印象はないです」と報告したのに、実際はずいぶん落ち着いているといわれました。時計を見ながら自分で計ってみても、やはり本当に落ち着いています。でも、自分の心にとっての印象は「速い!!」治療を始めた頃は、今の倍くらいあったにもかかわらず、やっぱり主観では今と同じくらいの「速い!」という感覚がありました。心そのものの速さが落ち着いたのかな、と勝手に思うことにしました。最近、特に気になりだしたのは、右肩、右首、右頭?右顔??を中心にした部分の肩こりです。ずっと気づいていなかったけど、あたし、右の耳や右のあごなんかは、常に緊張していたみたい!!それと一緒に、右肩がぎゅうううううっとねじまがるようにしてあがっていたみたい!気づけば知らないうちにあがってしまっていた右肩も、自然に平らになっていたけど、まだ鈍痛は残っています。体そのものが、ぐにゃぐにゃと変な角度で捻じ曲がっていたのかなぁと思わなくもないので、そういうのも徐々に落ち着いてくれたら嬉しいなと思います♪♪
2007年07月18日
コメント(12)
「ストレス解消⇒温泉とおいしいご飯」という回路が非常に発達しているダンナのおかげで、世の中が大変になればなるほど(?)おいしいご飯にありつけます。イヒヒ。お小遣いは中学生並み(以下?)に激減であるにもかかわらず、そこはかとなくセレブオーラを漂わせるためにも、ダンナさんにはストレス満タンで突っ走っていただかなくては!?(←オイラは悪魔)今回の温泉も、当日の午前中に決まりました。日帰り400円風呂を楽しみによく分け入っている高山温泉郷です。遊歩道を散歩中に、野生のカモシカにばったり出会ったこともあるし、裏側に入れちゃう滝もあるし、紅葉は絶景だし、温泉の効力も絶大だし、とにかく何もかもがすばらしいところです。やっぱり泊まりでないと、なんだか疲れは抜けきれない、ということでダンナの決断!ブラボー☆案内された部屋番号が333だった時点で、私はすっかりご機嫌になって笑い転げてしまいました。なんか素敵な番号でごじゃる。すっかり浮かれて、大広間でのお食事時、第一声で「オエッ!!」と発してしまったのは大失態でした。お酒が変なところに入っちゃった。むせながら何か話そうとしたら「オエッ!!」っていう声になっちゃったのです。響き渡るあたしの「オエッ」に呆れたダンナに「もーお前なんか連れてこない!」と小さな声で怒られっぱなし。でも、平気で手を叩きながら笑い続けました。こんな程度のことではさっぱり落ち込まず、きゃらきゃら笑い続けられるのは、ちびくんたちに鍛えられているからですね。感謝だわ。気づけばなんだか、赤の他人ばかりの大広間全体が、なごやかムードになっていた気がする(←気のせいでしょうが、うら若きおばちゃん乙女に妄想させておいてください)ので、それでよいことにしないか、ダンナくん☆しかし不思議な夜でした。小さい宿といっても満員のお客さんがいらっしゃっているのに、お風呂で人に会うことがほとんどありませんでした。欲張って3回もお風呂に入ったのに、そのうち2回は、独り占め。3回目の朝風呂でようやく、2人ほど。なんかさ、みんなさ、狸の神様とかそういう人たちばっかりなんじゃない?と思っていたのはあたしだけではないようで。現実思考の鬼ダンナも、何かが不思議だった、とつぶやいていました。何が不思議だったって、部屋も不思議でした。狭い谷の宿だから、設計上の無理は仕方がないのですが、まるで螺旋の終点のように渦巻状になった部屋だったのです。そしてその最も奥に寝室があったのですが、もっとも渦巻き終点に位置するほうのベッドは「めんどくさそう」だったから寝たくなくて。ダンナに譲って(←やっぱりあたしは悪魔)ぐっすり眠ったつもりが3時に目が覚めちゃいました。ダンナが非常にうなされていて、話しかけたら、なんかヘンちくりんなことを言っていたけど、忘れちゃいました。(←残念)いいお宿だったので、またつれてきてもらいたいものです。「オエ」って言っちゃうかもしれないけど。朝食後、ロビーで、プレジデントをパラパラ読みました。(←他になかったので)意外におもしろく、「大きく考えて、小さく動く」という一部分が、特にアンテナに引っかかったので、大収穫でした。…ま、プレジデントの編集部さんも、「大きく考えて」と「小さく動く」の差額を、「世界平和」と「シール一枚」まで引き伸ばしちまう強引な読者がいるとは、気づくまい。ガハハハハ。
2007年07月17日
コメント(14)
仕事が終わったところで、ドタバタと温泉に向かったのが日曜の夜でした。月曜朝、チェックアウトをして、山道を下り始めたところで、車の進行方向と、地面の動きにうっすらとズレがあるような感覚が一瞬だけしました。氷にタイヤを取られるときのようなブレが、今思えば、地震だったのかもしれません。こんなに大きな地震が来ていたとは全く知りませんでした。部屋の中では、少々、物が落ちていた程度でしたが、近くのお宅の塀がひどく崩れ落ちたと報道されていたそうでした。立て続けにいろんなことが起こっているようで、非常に心配です。これ以上、被害が広がらないことを祈るばかりです。
2007年07月16日
コメント(16)
教室に向かう道で、不思議な青い鳥の群れを見ました。家を出て、すぐの角を曲がったところで、10数羽の青い鳥が空へ舞い上がりました。こんな鳥がいるんだ、と思いました。しばらくしてまた角を曲がろうとしたら、シャボン玉が大量に空へ舞い上がっていきました。よい日だなぁと思いました。教室ではあたしの手元に、愛らしいシャープペンが届けられました。隅っこには小さな青い鳥が描かれていて、選んでくれた当人達も気づいていなかったそうですが、とてもかわいいものでした。選んでくれた小さな手はそのシャープペンを、取り上げて、青い鳥にたくさんのチューをしてくれました。そのかわいい手が発端になって、小さいかわいい事件が起こりました。愛情満タンのその手は、別のボールペンを何気なく、おっ壊してしまいました。こういう状況の常として、本人はさほど気にしていないように見えるものです。同席しているママは、ぶっ倒れそうにショックを受けているように見えました。この子に反省してもらわなくては!でも、なんとも伝わらないその歯がゆさまで見える気がしたので、私はあまり触れずにその事件を終えました。「お母さんとしては、本人に反省してほしいのに、案外、本人は平気そうで参っちゃいますよね。大丈夫大丈夫。ここにあるものは、すべて、壊れることも含まれて存在しているものですから。」とだけ伝えておきました。しかし、ここから、もう一つイベントが生じます。壊れたボールペンには贈り手が別に存在するわけで。そして、その瞳は、このボールペンをあたしが使っているのを見るのが大好きで。うまく伝えられるかしら。それだけが少し心配でした。でも、逆にたくさんのことを教えてもらいました。ボンドで貼って、二度と動かなくなったペンのキャラクターの手を見せる私。あるがままをシンプルに伝えました。彼女から発せられた言葉は最小単位でした。きっとこれを壊した子の年齢なら、もうちょっと大事にこういうものを使えたらいいはず、ということと、ちょっと悲しい、ということ。そうね。とだけ応える部分。案外、本人はまだわかっていないから、ママのほうが参って倒れちゃいそうに困っていたから、あなたにもらったことは言ってないけど、いい?とだけ話す部分。そして、ボンドで直したまま使っていくか、壊れちゃったからもう使わないほうが悲しくないか、考えたけれど、直して使って、今まで以上に、かわいいな、と思っていこうと思うあたしの気持ち。そして、ペンの贈り手は、楽しく楽しくピアノを弾いて笑って帰りました。私の手には、壊れたペンと青い鳥にチューのシャープペンが同じ愛しさで残った日でした。大人の方が、怒り方と悲しみ方は下手みたい、と思った日でもありました。アタシ自身、「ねちねち」怒ったり、「ねちねち」悲しんだり、しちゃうところもあるんだけど、そうしないで、シャボン玉みたいに、そこでキラリ☆で、後は空に飛ばしちゃうほうがいいなと思いました。だって、壊すのも傷つけるのも、失敗しちゃうのも、大きくなりながらだんだんに無くなっていくものだもの。その意識を、生徒のおうちの方たちと、うまく交わせるようになるのが、今後の課題です。でも、その気持ちも、なぜか今はけっこう軽い。青い鳥マジックです。☆ちなみに「ねちねち」は、これまた全然違う子が、同じ日にひらがなシールで作った言葉。いいキーワードなので、あたしの大切な決め台詞にしようと思います。
2007年07月15日
コメント(16)
ボトルキープならぬ、シールキープの提案日でした。前後の二人が競って「山盛り貼る」曜日なので、ここだけはなんとかしないと、あっしが参ってしまう!お先シールちゃんに切り出しました。「あたし、気がつかなかったけど、いいシールがなくなっちゃうのが嫌だったのね?」「・・・うん」「じゃ、提案。今までどおり、たくさん貼りすぎ!ってあたしに言われながら貼るパターンと、この一枚のシールシートをキープしておいて1枚ずつ安心して貼るのとどっちか選ぶのはどう?」「・・・う、う、うん??!」想像もつかなかったらしい提案に、目を白黒させながら、シールキープ方式を選びました。「じゃ、これでいこう。そうしてもらえば、あたしも助かるの。わかるでしょ?」「うん」ここであたしの予想を裏切るかわいい行為、その1が出ました。自分のシール、というものが手の中におさまったとたん、彼女は豹変したのです。「ああ、大きいシールがもったいない!一番小さいのから貼る!」あははは!自分のシール、となったとたん、小さいほうから貼るんだ!あまりにかわいくて、私もケラケラ笑ってしまいました。笑うあたしにびっくりしながら、照れたように、「だってー、もったいないんだもん」「そりゃ、みんなのシールはでっかいほうからいっぱい貼るわけだ!」絶対値を保ったまま、ベクトルの向きが逆になる様を見せ付けられて、あたしはとても勉強になりました。突如、彼女がオリガミを探し始めました。何をするのか見守りました。一輪の朝顔を折り、ぶっきらぼうに私にくれました。予想外のかわいい行為その2です。お礼ね?ありがとう。あなたの瞳の中に、あたしが映ったってことなのかな?ありがとう。すると次の言語。「ね、先生、他の子もみんなこうしてるの?」「ほんとに時々ね。どうしても我慢できない人は、このやり方でやるよ」残酷なあたしの一言。でも、ここではウソをつかないほうがいい。彼女は何かを考えているようでした。次の子ちゃんも、同じように、展開していく様を、前の子も見つめていました。でも、それぞれの反応が少しだけ違う。前の子が「朝顔」を折ってくれたところで、次の子は、もう一つあたしに甘えました。「シールくっついちゃってはがれない。袋から出して」赤ちゃんのような声色で。でも、彼女の背景と照らし合わせると、非常に自然な反応のように思えました。出してあげました。二人の子の小さな変化。私の変化。絡み合って来週はどんな風になっていくか、見つめてみようと思います。いつかは、皆のことを思いやれる気持ちが、本当に心の中に育っていくように、私もしっかりと付き合おうと思いました。
2007年07月14日
コメント(6)
先週、ママから離れたくない、と綺麗な涙を流したおちびさん。今週はどうなるかな?と思っていましたが、案の定、大丈夫でした!!心の奥の一番大切なところが「ママとつながっている」という安心を得たようで、やっぱりほんの少しは淋しいけれど、でも待ってるからお迎えに来てね!という強さが育ってきていることを感じました。たくさん笑って、いろんな曲を弾いて(←発表会前だけど!!発表会の曲は仕上がってきているし、他の曲で楽しさを感じて、また発表曲を新鮮に弾いちゃおうよ!)元気に過ごしました!逆に不安一杯だったのは、お母様じゃないかな?と感じる瞬間がありました。他の兄弟に手がかけっぱなしでいると、そういう風になる子がいる、というようなことを言われたそうで、ご自分をちょっと責めてしまっていたのかも。「みんな、時々、こういう時期、ありますよ!」という私の言葉に、ふと瞳が緩んだように見えました。ああ、お母さん、気の毒に!ではもう一発!「こうやって、一緒にいたい!と表現できるときは、逆に心が通っているものかな、ってあたしは思います!大丈夫大丈夫。様子を見ていきましょうよ!」おちびさんはもう泣かなかったけど、先週と変わらずに彼女の中に残った感覚があったようで、それにあたしは感動しました。それは・・・「ありがとうございました!!」というあたしへの、でっかいご挨拶。先週、涙にぬれて、ママの手を握って帰ったときと、笑って帰った今日と、瞳のまっすぐさは同じでした。言葉の強さも同じでした。あの涙の日まで、この強い強い挨拶は、聞いたことがなかったのにね。散歩道に咲く確かな花のようなもの。私が意図しないのに、向こうから発せられる美しさ。最近、ちょろちょろと、体調について日記に書いてはいるけれど、多分、これも一過性のものではないかな、と感じます。根拠はないから、油断してもいけないのだろうけれど、なんとなく、「折りたたまれ、ねじ込まれていた、痛みや疲れのようなものが、体の緩みとともに表面化している」という感覚があります。そういえば、昔、こんなことがあったな、という痛みが、記憶を逆に辿るように、昔の何分の1もの軽さで体をよぎっていきます。いろんな症状は、どこか一つのルーツから、ずっと連鎖していたんだなと思います。大していつも気に留めていなかったくらいの些細なものでも、ちゃんとつながっているってちょっとおもしろーい!ネジを緩めるように、心と体が緩んでいく先に、何があるのかしら?・・・なんつってぽよーんとしていたら、「薬のズルやめ10日」で、見事、懐かしのズッキーン痙攣がやってまいりました。やっぱり痛い・・・。チクショー。ハックショーイ。「お医者さんに言いつけてやる!コンニャロメー!」と思いながら、太ももをさすり続けました。それでも痛みは一定時間が経つまで去りません。毒づいているのも飽きたので、泣いてみました。両目からちゃんと同じように涙が出たので、めちゃくちゃびっくりしました!!この間「転校生」を観て号泣したときには、左目からばっかりだったのに!!両目からちゃんと出たけど、なんかネットリした涙(←転校生涙は、さらりとポロリとたくさん出た)だった上に、あんまりたくさん出なかったので、つまらなかったです。今度、攣ったら、毒づかずにすぐ泣いてみようと思っているけど、だいたい、こういう心境で待ち受けると、すっぽかされて、見捨てられて振られるタイプ(?)なので、あきらめ半分です。
2007年07月13日
コメント(14)
夏毛疑惑の後ろ側で、触れるだけで飛び上がるほど頭皮が痛んでいました。右耳から入る音も、キリのように脳を突き刺す日が多かったり、右顔面そのものがへんてこりんでした。右肩、右首、右の背中も嫌な痛みが抜けませんでした。そんなとき、義母の椿油が目に入りました。さっそく借りてみました。シャンプー前に椿油で頭皮をマッサージ。そうすると、ほんとにシャンプーしたときの感覚が違います!!地肌からするするっと汚れが浮き上がって、シャンプーの中に溶け込むような。それでいて、地肌はダメージを受けていない感覚。肩の痛みや顔の痛みも、少々楽になった気がするっ!オラも買いにいくだー!!で一本購入!600円ちょっとなんすけど☆なんていうキュートなお値段♪昨晩は、深夜までジャズバーバイトだったので、今朝の抜け毛は少し多めだったけれど、バイトがない日の抜け毛は、明らかに減った気がします。←希望的観測込みではあるけれど。抜け毛より効果を感じるのが、「しっとり感」ですが、何よりすごいのが「頭皮臭」への効果?!毎朝シャンプーしてるってのに(←ほんとはこれがよくないって言うのもわかってるんだけど。でも、頭のくっさいピアノの先生は嫌でしょ?)夜には、うっへーおめーの頭クッサーっとダンナにバカにされていました。ところが、「おいっ!さっぱりお前の頭が臭くないぞーッ!俺にも貸せ!椿油!!」という展開になりました。義母本人もびっくりの椿油パワー。おそるべし。まもなく80歳の義両親。経験から選り抜かれた、無駄のない最良のアイテムと、莫大な技能を搭載しているので、同居してると何でも聞けて、ほーーーーんと楽チンです。
2007年07月12日
コメント(14)
昨晩のレッスンでは、大人の生徒さんと理論書作りに熱を上げました。今やっている曲のために必要となる最小限のルールを、自分の言語で理論書にしていくのは、とても楽しいのです。こちらの説明、それも雰囲気で語るふにゃふにゃっとしたわけのわからない言葉が、彼女のイメージにしっかりと取り付けば、そのままに彼女はそれを書きとめます。自分の中から生まれるふにゃふにゃとしたイメージがぴっちりとはまれば、また彼女はそれを書きとめます。暗号状態の理論書ですが、理論の前でいつも崩れ落ちていた彼女としては、たった一枚のルーズリーフが宝物のように思えているらしく。ま、ある程度溜まったら、並べなおして補強するもよし。このままふにゃふにゃ路線で、一本の彼女のための理論道を辿るもよし。どうなるかも、未知数ですが、相当嬉しいようで、「あたし、先生にもっと、お給料払いたい!あ、違った!お給料じゃない!」という、愉快なセリフにアタフタしている様が、非常にかわいらしかったので・・・お給料がわりに、発表会のお手伝いをしていただくことにしました☆悪いんだけど、うちの教室「お手伝いファミリー」に登録されると、こき使われるよー、と脅しておきました。(←ダンナがいい見本。司会にも、生徒やご家族のモチベーションアップのためのイメージキャラクターとしても、いいようにこきつかわれている)お駄賃、出せないし!!(笑)でも、真面目に助かります☆夏の発表会は2つの教室でやってます。もう一つの教室の先生が、去年まではお仕事を手伝ってくださっていたけれど、今年はどうにもならないご都合でなるべく早くお帰りにならなくちゃならないそうで。そちらの教室の生徒さんも、なるべく早い時間にやってほしいとなので、全体の記念撮影も、先に済ませることにしました。そういう諸々はかまわないとしても、ステージ上で仕事をしなくてはならないあたしの分身が、もう一人ほしかったところです。どうせなら、あ☆うん、の呼吸で、「大切にしてほしい部分」がかみ合う人にお願いしたいところだったので、嬉しい助っ人参上です。実は、この生徒さんが手伝ってくれることになったのは、アベ首相のおかげなのですよー。選挙が1週間ずれたからねっ☆←その影響で彼女のスケジュールが急に空いたらしい。いやー悪いねー。アベくん。うちの教室の発表会のために、選挙をずらしてくれるとは、ありがたいねぇ。ガハハハハ。
2007年07月11日
コメント(12)
魔人どもの餌を仕入れに行きながら、本心ではもう一つ、狙っていたお買い物がございました。コピー機です。ちっちゃーいのでいいの。複合プリンタみたいなのより、ザ・コピー機みたいなのが欲しかったの。あたしの大好きな事務キチは、シールも安いが、ファミリーコピアも安い。ちょこっと資料を作りたいときに、瞬時にコンビニに走りゃいいんだけど、密集時間には不可能です。書類が足りないときとか、「来週まで覚えておくね」とか、チョー不可能になってきた脳みそ千切れ気味の昨今。いい仕事したいんだから買っちゃえ!!(←自分に言い訳)ついでに今は車検だ!!ここで1万ちょっと余分にかかったところでなんだって言うんだ!!(←自分に目くらまし)ダンナに朝から反対されたので買っちゃえ!!(←いつものパターン)わーいわーい!!コピー機のある事務所だ!!オトナだなっ!!わたし!!わーいわーい!!大喜びで2、3枚コピーして、今日は満足☆お勉強の意欲も終了。だめじゃん。
2007年07月10日
コメント(8)
保育士希望のお姉さん生徒が、ちびっ子シール魔人たちに、私の想像すら及ばない言葉がけをしておりました。忍法「全柄一度に独り占め」とか「同柄立体になるまでかさね貼り」とか「今日は20枚貼ったよ!今度はもっと貼るよ!」ちゃんたちを相手に、聖母の笑顔で「あー、すごいねー。たくさん貼れてるねー」お、おいら、どう頑張っても、ここまでは言えねぇ。けれど、その聖母の笑顔に対して、シール魔人たちは、それはそれは誇らしげな、ちょっと照れたような顔を返したのでした。ガツン!と学ばされました。チッ!!やられた!!この感覚、わしにはなかった!!と反省しました。彼らのシールコレクションは、彼らの誇りなんだな、と。たとえ、そのシール予算の財源が、あたしの貧相極まりない、しかも、いろんな意味でクリーン極まりないお財布であろうがなかろうが、そんなこと知ったこっちゃ無くて、アクマのようにより多くを競うように貼り倒す。それをいくら彼らに「やめろ」と説得しても彼らの心に響かなかったのはこのせいかと。仕方がないので、彼らのコレクター魂を満足させる方式で、シール対策を変更です。必殺「シールキープ方式」です。そういや、時々、最終手段で使ったことがあった方法です。どう説得しても折り合いのつかない人々に、「このシールシートは一枚そのままあんたのもんだ。他の人は、これを使わないから、ほしいのが取られちゃう心配は無いから、安心して一個ずつ貼れ!」と言うと、それこそ安心して丁寧に一つずつ貼るんでした。そうこうしているうちに、「人にとられる!」という不安感がなくなるらしく、途中で「もう他の人にあげてもいいよー」と言い出すくらい大人になる(←飽きるともいう)とても使える手段だったのでした。忘れてたー。良い子のお父さんの皆さんはよくご存知の「ボトルキープ方式」にヒントを頂いております。あらーん、ターちゃん(←誰?)お疲れさまー。ってカウンターの向こうから、俺様のボトルがスッと出てくると、嬉しいでしょでしょ?カウンターの中のお姉さんのお顔が5割増しに見えてくる、魔法の方式ですね。この方式ですと、俺様のシールを大切に貼ろう、と思うらしいってのは、実験済み。さっそく魔人分のキープシールを買い込んで来ようと思います。こっちのほうが、教室のレジ的にもあとあとお得だし。でも、これはアクマでも最終手段です。基本的にはやっぱりこの技は使わずにいければ楽・・・。なんて理想論かしらね。
2007年07月10日
コメント(12)
今朝はよく毛が抜けた・・・。この1ヶ月くらいは、ほんっとによく抜けました。ワンワンのように、夏毛に生え変わるんじゃないか、と思うことにしてます。一方で、腹立たしいことに、膝まわりの無駄毛が増えてます。なんかっ!ちょっとあたし、毛の配分を間違えてるよっ!!という感じです。生えるなら、膝でなくてアタマにお願い。・・・膝なんかの関節が冷え気味で、毛皮を生やしてあっためたいんだったらどうしよう??なんかの獣に変身中だったらどうしよう。・・・心配なので、今年は体を冷やさないことに徹して厚着気味です。そして大発見。砂漠なんかの人たちが、長袖なんかを着たほうが直射日光から体を守れるって言うのは本当ですね。厚着の方が、外では暑くない。・・・あったかいお茶のほうが、暑いときは涼しい。でも、アタマは夏毛。季節の変わり目は、ちょっとだけブルー。
2007年07月09日
コメント(14)
夕方4時から、ちょっとだけ私の仕事があった休日でした。朝が来るなり、ダンナが「休日を楽しむ!!」と張り切って起き上がりました。夕べは、まるで奈良漬のようにアルコール臭を漂わせて帰宅だったのに、よほど休日を楽しみたかったらしい・・・。休日にこんなに早起きするなんて、どういう風の吹き回し?!一つ目のお楽しみメニューは 高原で朝ごはん目当てのレストランが営業していなかったので、少々長めの高原ドライブをすることになりましたが、これが究極の森林浴となりました。緑が五感にしみ込んできました。時期が良かったのか、蝶の乱舞も楽しめました。飯綱高原、戸隠高原と通り抜け、黒姫の裾野でようやくいい塩梅の小さなレストランを見つけました。手作りのログハウスでした。「らんぷ屋」木の香りが心地よくて、庭はかわいい花が咲き乱れていました。ゆっくりと、おいしい朝ごはんを食べて、コーヒーを飲みながら、お店の隅で見つけた絵本「おしいれのぼうけん」を読みました。うっかり感動の涙もこぼれて、もー大忙し。お次のメニューは妙高の赤倉温泉でじっくり汗を流すの巻。気持ちまで緩んでしまって、「今、自分が何をすべきか」すら忘れて、ただただ心地よいお湯に身を任せました。・・・お風呂上り、なぜか右半身がすべてダルダルになっていて、あーー、右半身がこっていたんだなぁと実感しました。この時点で、まだ正午。早起きはほんとに3文の得です。最後に、中野市に足をのばして、ダンナが仕入れた情報をもとに御食事処「山どり」で、鳥からあげ定食と七ツ鉢ラーメンを頂きました。丁寧に下ごしらえをしてある味、という感じで、何を食べても柔らかなおいしさが広がってきました。このお店でご飯を食べると、優しい人になれそうというイメージです。家に戻って、軽ーいお昼寝をして、仕事に向かいました。レッスンも優しい気持ちでできちゃいました。生徒のほうも、楽しく練習をしてくれていたようで、とてもとてもスムーズな一日でした。
2007年07月08日
コメント(6)
発表会を楽しみにしていた生徒から、「学校行事と重なって出れない・・・」という悲痛な電話が来ました。思いのたけをこめて練習してきていて、それはそれは素晴らしい完成度だっただけに、本人はショックだったそうです・・・。確かに、私が聞いても「こりゃ、うまいっ!!」と思う本当に素晴らしい演奏で、発表してもらうのが楽しみだったのです。でも、こういうショックを感じられるっていうのは、辛いだろうけど、「あのホールで思い切り響かせたかった・・・」という言葉が心から出せるということは、尊敬の一言です。小学校5年で始めて、中学でこんな風に言えるようになるなんて、あんたは偉い!この悔しさ、何らかの方向で生かせるように、考えていこうね、と言いながら、気の毒なようなすがすがしいような不思議な気持ちになりました。いい思い、させていただいております。
2007年07月07日
コメント(6)
友達と映画「神童」を観ようと、待ち合わせていました。私は1度観ていたので、上映時間などもしっかりと記憶にあったのですが。バタバタと二人で駆けつけて、当日券を購入していざ☆というところで、「神童」の上映時間は5時間近くも後の回しかなくなったとわかりました。「只今の上映時間は転校生です」映画館のお姉さんも心配そうにおっしゃいました。私は仕事もあるし、さぁ、どうしよう?!ああ、友達には申し訳ないし、びっくりしてクルクル回るしかできない私に、友達が「じゃ、転校生、観よう!」と決断をしてくれました。でも、いざ観てみたら、これがまた非常に良くて、壊れた水道のように涙がほとばしり出ました。…長野ロケ、ということで、街中でぽつぽつと「転校生の撮影に使われた家です」などという張り紙を見かけたりもしていました。でもなんとなく「ふーん…。この映画を見る機会はないだろうなぁ。」としか思っていませんでした。友達も後で言っていたのですが、「これは、偶然だったけど、なんか“コレを今、見ろ!”っていわれたみたいー」って思いました。たくさんの対立するもの。オトコとオンナ。体と心。オトナと子ども。過去と未来。生と死。絶望と希望。そういうものが危うく接する境界線を、愛しかつなげないということを、こんなに強く見せつけられることになるとは思いませんでした。うっかりと大騒ぎして入ったくせに、息もつけないほど号泣したあたしたちは、主人公「一夫」の家としてロケに使われた空きテナント前の小路を通りました。ついこの間まで、興味も示さなかったくせにゲンキンなあたし。そこで、この空きテナントを管理している不動産やさんが、今の教室の不動産やさんであること、そしてその隣のビルのオーナーが、前の教室のあったマンションと同じオーナーであることがわかりました。小さい偶然でも嬉しくなるようなゲンキンなあたし。私にとっても、過去と未来の隙間の「いま」と名づけることしかできない時間なんだなぁと、これまたゲンキンに思いました。本日、一人目のレッスンで、かわいらしい涙をみることになりました。いつも、おりこうにしてお母さんのお迎えを待っている女の子なのですが、今日はお母さんが「行くね、じゃあがんばってね」と言ったときに、ほんとにかすかにですが、とても寂しそうな顔をしたように見えました。「お母さんが行っちゃうの、寂しいの?」と聞くと、涙が滝のように頬をつたうのです。お母さんもびっくり。でもおっしゃいました。「子どもたち、みんな、こういう時期があるみたい。昨日は、弟が泣いて私のそばを離れなかったんですよ。」そんな日があっても自然かもしれません。今日は、お母さんの用事に合わせて一緒にここを出られるように短めに切り上げることにしました。「じゃ、また来週、元気な日だったら、そのときに今日の分までがんばろうね」と言うと、本当に驚いたように私の顔を見ました。お母さんの手を握って帰るときに、私に向かって発せられたたった一言のご挨拶、「ありがとうございました」には、小さな彼女からの大きな意味が込められているような気がして、私は迷いなく二人を見送ることができました。たまには、こんな日があってもいいんじゃないかな、と思いました。
2007年07月05日
コメント(16)
副作用がきついのをうまく伝える努力もしないままに、一人で悩みこんだ挙句、薬の数を誤魔化して飲んでいた件で、お医者さんにカミングアウトすることができました。いいお医者さんで、「ああーよかった!少なかったんだね。だからこの結果なんだね。こんな結果だから薬を増やすよって言わなくちゃいけないと思って悩んでいたんだよ。じゃ、ちゃんと飲んでくださいね」とおっしゃっていただきました。ご、ご、ごめんなさいーーー「数値も下がってきているから、ここで増やしても、さほど副作用は出ないでしょう。それでも攣ったら、漢方を併用してもいいしね。ま、成り行きで考えよう」ご、ご、ごめんなさいーーーなるべく余計なご負担はかけないように、ちゃんと飲みます、話します!時間のかかる治療にはなるでしょうが、だからこそ、こういう風にほわーんと散歩のようにお付き合いさせてもらえると助かります。もうひとつ、叶えば嬉しかった散歩未満の出来事がありました。何度か参加させていただいていたラジオ番組のディレクターさんから電話をいただきました。別の番組に参加できますか?というお話でした。あまりに急なお話と、教室の仕事との兼ね合いで、今回のスケジュールではお断りをせざるを得なかったけれど、お目にとまって違う番組へと誘っていただいたことは、やっぱり嬉しかったです。ラジオ好きの義母は「もったいない!MOTTAINAI!」を連発していましたが、どんなにもったいなくても、タイミングが合わないのもご縁のうちかもしれません。違う形で、またタイミングが合うことを祈るだけです♪
2007年07月04日
コメント(14)
ゆるゆるとリセットしながら、今までの私の気持ちを保ったままに、徐々にリアルへと移行していきたい時期になりました。今までも、リアル感は意識しながら書いてきたつもりでしたが、より丁寧に、自分と気持ちとリアルな人とのつながりを意識して書いていきたいと思っています。ワガママで申し訳ありませんが、もし可能であれば、今までと変わらないお付き合いをよろしくお願いいたします。
2007年07月04日
コメント(12)
全25件 (25件中 1-25件目)
1