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小学校1年生が、レッスンの後につぶやきました。お母さんの腕の中にもぐりこんで。「赤ちゃんに戻りたい」「どうして?」とたずねました。「だって、お母さんに怒られないもん」「気持ちはわかるけど・・・。でも、大人だってみんな、赤ちゃんにもどりたいのよ。お母さんだってそうだと思うよ。」「だったら、戻ればいい。みんな赤ちゃんに」「そうしたら、誰があなたにミルクをあげて、おしめをかえるの?」「おばあちゃんがすればいい」「おばあちゃんだって、赤ちゃんに戻りたいと思うよ」大きくなるのは、仕方がないの。と思いながら彼女を見つめました。お母さんと私とただ、静かに。腕の中の小さな女の子の、お鼻がちょっと赤くなって、あらら泣きそう、でも、その赤みは一瞬でひきました。静寂を打ち破るように小さな姉が叫びました。「だったら、死んだ人がミルクくれればいいじゃないの」どっしゃー☆場は一気になごみ、二人は仲良く大騒ぎの喧嘩を始めました。大人になると、「なぜ生きるのか」という自分への問いかけは、日ごとに強くなるけれど。ヒトという種が、手にしてしまった知性は、永遠の矛盾を自分に毎日つきつけるけれど。今、たくさんの人間が不器用にかなえようとしている世界は、小さな眼差しには、いびつに映るかもしれないけれど。それでも、ヒトの営みは「美しい」と、子ども達に知らせていくこと。どう不器用であれ「愛されている」ということを、子ども達に伝えていくこと。そのパズルの1つのピースとしての役目を、しっかりと果たしていきたいと思っています。
2007年09月29日
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愛しの4歳さん。プライド全開で(笑)「間違いを指摘されたのが気に食わず」「もーーーっピアノなんか嫌い」と、ピアノにお尻を向けて座りました。この愛くるしさには参りました。昼間、ちょーっとトンチの効いた偶然に翻弄されて(←恥ずかしいので、内容は略)カイロプラクティックで号泣の巻だった私は、すっきりピンピンしていて、この愛しい生き物のプライドなんて「へ」でもございませんでした。曲がっちまったおへそを直して、もう一度取り組んだのが上手くいったってのに、「はくしゅしちゃ、だめ」「ほめても、だめ」じゃ、どうすればいいの?!「なにもしちゃ、だめ」わかったってば!!(笑)愛しのおちびさん、ピアノを終えたその瞬間、椅子に座るあたしの背中にかじりつきました。首に回した手が苦しい。(笑)そして。「もう、はなさないから」と言い、時間にして1分くらいかしら?永遠のようにも感じるとても大切な時間を、あたしの背中で過ごしました。ママが目を丸くして「仲直りって意味かしら?」私には意味などわからなかったけれど。ああ、世の中のママの皆さんは、この味を知っているから強いのね。とは、確かに思いました。この気まぐれな愛をまっすぐに向けられても、もうあたしは揺らがないし、怯えない、と感じました。怖いものが一つ、減りました。生徒達は、今日、揃いも揃って「駄々っ子」ばかり☆いつもは、どこかおりこうさんであったのですが、きゅんきゅんと鼻をならして、拗ねたり足をばたつかせたり。小さい人から大きい人まで、ダダをこねながら、プリプリしながらピアノに噛り付いていました。よい一日でした。半端なしに、もうひとつ強くなったあたしに、あたしは心の中で乾杯しました。
2007年09月28日
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メルカゾールの副作用と思われる諸症状に悩まされた時期もありましたが、私自身の精神的な安定のせいか、血液検査の数値が、この2ヶ月、急カーブを描いて、正常範囲に飛び込んでしまいました。お医者さんに「副作用が苦しい」ということを、涙ながらに話したことや、勝手にクスリを減らしたことなど、今思えば、それ自体も精神的な動揺を現していたと思います。そんな私の不安定さを、優しく受け止めてくださったお医者さんの気持ちに救われた部分も大きいと思います。かといって、クスリと先生だけにすがっていても、明らかに崩れていく精神状態は止められないのも、体感していました。副作用の、極度の攣り状態にしても、生き埋めみたいな肩こりや顔面神経痛や難聴にしても、異常な冷え感にしても、その全てのルーツに血行不良があるように感じていたのも事実でした。カイロプラクティックで、ゆったりとしたマッサージを受けたことそのものが、ダイレクトに数値を正常値にした、と言い切ることは、これもまたある意味、常軌を逸していることもよくわかります。プラシーボ効果とも言えるような、なんらかの力が働いたのかもしれないし、まだまだこの先、結果には変化も起こるかもしれません。原因と結果をつなぐ、その確かな一点については、曖昧なままですが、むしろ、この曖昧な状態こそが、全てにとって、とてもいいのではないかな、と今日感じました。色々なものが、全て良い作用をした、という感覚のところで、私の体感は私に訴えかけます。私は、自分の感覚に合うものをたくさん良いとこ取りをして、結果的に良くなり始めているんだなぁということです。毎月、一生懸命、血液検査の結果を見ては、私の体調を気遣ってくれるお医者さんは、今では日向のお布団のように優しくて、「クスリで叩く」という言葉よりも、「慣れていくように」「徐々に」という言葉を多用してくださるようになりました。カイロプラクティックの先生は、曖昧な領域で、誠実に生きる人特有のデリケートな優しさで小さくドアをノックするように、確かめながら優しく体をほぐしてくださいます。みんながとても優しいから、私も優しくなれる。だから、クスリも優しいけれどしっかり効くし、マッサージも良い効果をくれるし、私は安心しました。それが、理由のわからないこの病気に、一番効いていることだけは、確信しています。なんとなく、いろんなことを思い出して、ホロホロ泣いていたら、いきなりびっくりゲスト。おまわりさんが二人…。盗難かしら?という自転車について交番に電話してあったのですよね…。多分、今現在、この場面に遭遇して、一番驚いているのはおまわりさんであろう、と思われたので、「きゃーごめんなさい!一人で凹んで泣いているだけなので気にしないで!!」と泣きながら言ったんですけど…。おまわりさん、乙女(自称)の涙にびっくり仰天の巻です。(笑)
2007年09月26日
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ツェルニーのような「反復練習」を主眼に置いた練習曲集、基本的にみんな嫌いです(笑)ところが、一人の女の子が急に「やろうよ」と私に言いました。「前、やり始めたけど、嫌になっちゃったけど、やりたい」・・・どうも、彼女、レ・フレールという兄弟デュオのコンサートに行って、感化されたらしいのです。指をはやーく動かしたい、という熱望が生まれ、それならばやっぱり基礎練習のようなものをきっちりやったほうがいいだろう、という思考の流れへとつながったようです。こうなってくると、メトロノームでテンポを刻みながら、とか、粒がそろうまで何度でも、というのが、本人の意思になるのですね。始めに本人の欲求が存在するとき、無味乾燥な練習曲が成長のために必要な、意思を伴った反復練習素材になります。・・・こうなりゃ、放っておいても、何十回でも弾き込むことでしょう。そして、スムーズになっていく自らの指が、喜びになることでしょう。小学生が自らの成長のために、そういうものを欲する・・・って素敵だなと思いました。非常に私自身も勉強になるもの、それはいつも、「生徒達の思い」です。
2007年09月25日
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日・月の連休は、盛りだくさんで過ごしました。日曜日は、私の実家へGO!!コース。月曜日は、レオナルド・ダ・ヴィンチの頭脳展と東山魁夷の絵画を楽しむ芸術の秋コース。子ども型思考回路の私にとっては、「子どもも楽しめるように」と配慮されたレオナルド・ダ・ヴィンチの頭脳展はビッグヒットでした。何しろ全体の量が少ない☆←一番重要。おもしろくて、触っていいものがある☆←これも重要。説明も簡潔☆←これも大切。・・・そして、極小単位で配置されている、よりぬきの名画の複製やデッサンが、美しさを堪能するには充分な量でした。NYのメトロポリタン美術館でも、自然史博物館でも、グッゲンハイムでも・・・感じられなかった楽しさ満載。一流品の洪水って、器の小さい人間にはブタ子に真珠。メトロポリタンでは疲れちゃって飽きちゃって泣き出しました。←ワタクシ34歳でしたけど。そんなあたしの足元で、一桁くらいのお歳の女の子がやっぱり、飽きちゃって疲れちゃって転がって泣いていましたけど、あらそっくり?そんな前科者をしょっ引いていくダンナ、今回も不安が満載だったみたいです。お気の毒。いやもう今回はおおはしゃぎさせていただきました。デンデケ太鼓(←勝手に命名)があって!リヤカーみたいなのをひっぱると、太鼓が鳴るんですよー。いやもう楽しい楽しい。やるね、レオナルド。こっそり引っ張って遊んでいたら、美術館のお姉さんが「土・日なんて子ども達が取り合いで、もーーーそりゃうるさいんですから安心して大きな音を出してくださいね」と。親切ー。何かがおかしい気がするけど。携帯用の橋の模型も作れちゃうのですよー。(←生徒から事前に情報収集済み)ちょっと恥ずかしいけど、大人一人でやっちゃいますからねぇ。椅子にまで座って本気出してやってたら・・・近くの高校生くらいの女の子が「できなーい」と騒ぎ出しました。心の中で「できるでしょこんなもん」と思ったら!見事に7本目の棒を組んだところで行き詰まる!ダンナは私のことが恥ずかしいので放ったままどこかに行ってしまっているし。「できなーい」と言ってた子のファミリーは見事にできているし、聞くには恥ずかしいし。やめるのも恥ずかしいし。もう死にそう。仕方が無いので走って逃げ出したら、ダンナに「美術館で走るな」と叱られるし、肝心要の「空飛ぶ装置の模型」の前は猛ダッシュだったから見過ごすし。・・・それでも、レオナルドの哲学思想や、絵画に秘められたたくさんの象徴、ほんの少ししかもともと知らなかったけれど、この展覧会をきっかけに、その生き様のほんの少しがまた見えた気がしました。帰りにDVDレンタル店で、ダヴィンチコードの余波のように置いてあったレオナルド・ダ・ヴィンチの謎関係のDVDを借りて帰ってゆっくり観ました。レオナルドの頭脳展の後に、ちょろっと観た東山魁夷の絵画も、今までとはまた違った目線で楽しむことができました。芸術の素晴らしさ、を作品だけで感じるにはアンテナが足りないながらも、その芸術を生んだ人の人生に触れながら作品を観ると、ちょっと奥まで楽しめるらしい・・・ということがわかりました。
2007年09月24日
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深夜までのバイトは、たったの週2日なのですが、やっぱり土曜の夜には、バテ気味になるようです。土曜のレッスンが終わったところで、パッタリと電池が切れて、うたた寝マシンになってしまいました。土曜のレッスンは人数が多いけれど、パワーをたくさんもらえます。5ヵ年計画、と自分で決めて、淡々と幻想即興曲を進める小学生の男の子☆その淡々と具合は、彼のお母さんが、1年半かけて、別れの曲を淡々と身につけた様によく似ています。ピアノ経験が皆無であることを、逆手にとって、子ども達には「練習しろ」と一切言わずに、ただただ、子ども達のテキストを練習しているらしい愉快なお母さんもいます。そうすると、娘達は「あたしらのほうが先輩でちゅ」と言わんばかりに、レッスンでは食い入るように学んできます。とっても小さいのに「おうちで練習すること」が、「遊びと学びの習慣化」になっちゃってる子は、やっぱり「ピアノ経験皆無」のお母さんが「すごいねぇ。一人でそんなに弾けちゃうんだね」とグッドタイミングでおうちで拍手していたらしいです。厳しい伴奏オーディションを勝ち抜いた女の子には、たっくましい努力母がついています。音楽の先生が、その子に出してくれるであろう音楽的な指示と、私の指示とのギャップが最小限になるように、指導の方針のすり合わせのデリケートさは、その努力母にお願いすることにして。週2時間レッスンのうさぎ姫には、お母さんと一緒に「あんたは、あたしたち大人世代の頭の固さの軽々と蹴飛ばして、未来へ向かって羽ばたけ」と二人で応援団。・・・レッスンでお預かりしているお子さんは、各家庭ごとのもっともやりやすい形を見極めることで、ますますタフに羽ばたくのだなぁとつくづく感じています。子どもたちは、各家庭の一つの側面のようなもの。個人であるけれど、その家族の一員であることも、以前よりは見えるようになってきたかなぁ・・・。いろんなアプローチがみーんな素敵で、とっても楽しい今日この頃。しかし、以前は「見つめること」を生徒に絞るだけでよかったのに、昨今は親御さんの「やる気」も見るようになって、立ち居地をレッスンのたびに変えることは・・・まだまだむずかしい☆ということで、いろんな顔になるのは、私にとってはまだしばらく疲れるらしい・・・。そのうち疲れなくなると思うけど。
2007年09月22日
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音楽会が近い学校が多いようで、何人かの子ども達が伴奏を目指して頑張っています。担任の先生の考えによって、伴奏者を選ぶ方法も様々なようです。今はオーディション形式も多いようで、熱い闘志を燃やして努力している子ども達が多く、刺激的な毎日です。「これをやりたい」と目標を定めた子ども達の、その一途さは、そばに付き添って教えている私の胸まで痛むほどです。「長い」「難しい」という思いが、間違いなく彼らの中をよぎっているのに、決して弱音を吐きません。そんな時は、あたしも心を鬼にするしかないです。明らかにいつもの彼らの実力以上、明らかにいつもの彼らの努力以上。それでも、「やりたい」と自分の心が決めたから、というその小さな小さな背中を支えることしかできません。こんなときは、あたしが経験上得た知識で、「どうすれば、今の負担を最小限にして結果へつなげるか」を提示することしかできないのですが、それでも苦しいだろう、と思います。30分ではレッスンがとても足りないと、1時間を希望した小さな女の子と二人でピアノ道を走りました。走り終えたときに、あたしは独り言のようにつぶやいていました。「さっき、ちょっと凹んだでしょ?難しいな、長いなって思ったでしょ?」「・・・うん。」でも、必ず次までにこの子は、今日やったことを形にしてくる。今までもそうしてきたから。こういう自分に出会えた子ども達は、年齢はどんなに幼くても、下手な大人よりも誠実です。彼らほど誠実には、私は到底なれません。自分と対峙する子どもの、厳しい時間。それでも弾きたいのは、魂が叫ぶからなの?全くの他人なのに、なぜかあたしが子ども達を悲しいほど愛しく思うのは、この時間を共有する同志だからなのかなぁと思います。
2007年09月20日
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ふと気付くと、教室を移転して1年近くになるんだなぁと思いました。不安を感じない日などなかったけれど、それでも移転当初のナーバスさは落ち着いてきていたこの数ヶ月…。また、次の変化に向けて過渡期に来たかな、と感じています。精神力を鍛える時期だなぁと思います。この姿勢は、生徒にとって本当にプラスであろうか、と、自分に問いながら、結果の跳ね返ってこない時期を、タフに笑顔で乗り切るしかありません。1日1日を、重ねていくしかありません。この過渡期の先には、まだ出会ったことのない自分がいる、ということだけは、今までの経験からわかります。その自分が、今の自分よりも進歩していることだけを祈って、ただただ、いつものように毎日を過ごすことになるのでしょう。
2007年09月19日
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ダンナとダンナの弟を乗っけて、ドライブに出かけました。ダンナの弟はとってもいいヤツなんですが(←アタシより10歳も年上なのにこの言い様)、この形式で出かけるときに、車に乗る際にダンナにまず缶ビールを手渡すのが惜しい。そして二人でお酒を飲みながら、ドライブを楽しむんですけど。そのうち、ワンカップ酒とか飲み始めるんですけど。コンビニとかで車をとめると、また二人でビールを買い込んで、ニコニコしながら飲んでいるんですけど。…んんんん?これって…ああああっ!会社の慰安旅行とかのスタイルなんじゃないの?!つーことは、あたしは白い帽子と手袋が似合う運転手さん?!かわいいガイドさん兼任で?!(←どさくさにまぎれて暴言)今回は、朝起きるなり、ダンナが決めた「海辺で浜焼きビール」コース。右だ左だっていう勝手な指示のもと、名立に連れて行かされました。あああーーーもう、いきなり土壇場で決める上に、食べることと飲むことしか考えていない人たちだから、食べるだけ食べて飲むだけ飲んで「さぁ帰る!!」えええーーーー。せっかくこっちまで来たのに?!ご飯だけ食べて帰るの?!…でも、あたしもちゃっかりしているので、大男二人のお財布は、しっかり資産運用させていただきました。さすがに兄弟。妙なところで、見得の張り合いがあるので、それにうまく乗っかって「ガソリン満タンにしていい~?!」「今日のご飯は、一番高いメニューを頼んじゃってもいい~?!」遠慮なんかしませんからねっ。(←鬼?)ってか、そのくらいしないと、なんか割りに合わない感が残ります。(笑)ついでに車の中では、あたしのおしゃべりも大暴走。多分誰も聞いていないけど。酔いつぶれてぐっすり眠らせてあげましょう☆なんていう優しさは、あたしには微塵もなし。
2007年09月17日
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風邪をひいて、とっても良かったことがありました。風邪の直前まで、「視力が低下しちゃったなぁ」と感じる場面が多かったのです。だけど、熱を出して、休んだ日にコンタクトもつけずに一日をすごして、とにかく目もたんまりと休めました。そしたらあら不思議。熱が下がった日から、驚くほど視力が回復してしまいました。あれから5日。視力が鈍っていた日があったなんてウソのように、とてもクリアな視界が戻ってしまいました。2ヶ月ほど前は、「聴力がおっかしいのよねぇ」という時期があったけれど、それも、今ではさっぱりなくなって、とっても快調です。使った分だけ休めることって、意外に大切なのかもしれないなぁと思いました。
2007年09月16日
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「この子は、何を欲しているんだろう?」毎回、一人一人の眼差しのなかに、言葉のなかに、今日のこの子に最適の課題を探すことから始めようと思いました。それぞれの生徒達が欲しているものと、その日に、私が教えることを揃えることの大切さを痛感しています。本当はそれがうまく、システム化されたり、テキストに沿っていたりすればいいのでしょうけれど、一人一人個性がある上に、毎日毎日の流れは違う!そして、私の扱うものは、音楽という領域に位置するものなのだから、やっぱりいつもどこかで、生徒自身に「今の自分の気持ちに合うなぁ」っていう感覚を少しでも持っていて欲しいなぁと思いました。欲していないものを、無理やりに与えると、どうしても与える側は「規律戒律」的なもので相手を縛りがちだけれど、それはどうしても、受け手の抵抗を生んでしまう。抵抗が大きくなればなるほど、規律は厳しくなる、という循環に陥るよりは、欲しているものを与えていけば、当然ながら抵抗は少ないです。生徒が欲するものを細かく与えながら、最終的にそれぞれが、一つの大きな分野を成すように、広い視野のもとで彼らを見つめていきたい。とても当たり前だけど、「お願いします」の瞬間に「先生、今日は、こんなことがやりたい!」というものを、笑顔で伝えてもらえるような関係を作っていきたいと思いました。--------------------------------------♪おもしろい記事をメルマガで読みました。自分自身、滞って結果が出にくい箇所って、この「敗者」のほうに当てはまってる!!アタタタタ☆(笑)ご自分に喝を入れるのがお好きな方、よろしければご一緒にアタタタタ☆--------------------------------------♪コンピューターに関する技術や用語を、コンピューターに得意な管理人がまとめているサイト「Geekなページ」で「勝者と敗者の違い」が紹介されている。ネタ元はスタンフォード大学の学生が運営しているホームぺージ上にアップされているもので、「Geekなページ」上ではその日本語訳が載せられている。同サイト上では勝者と敗者の違いが世間一般で言われているものから、言われて見ればそうであると感心してしまうものまでが分かりやすく10の文章にまとめられている。たとえば、「勝者は間違ったときには『私が間違っていた』と言う。敗者は『私のせいではない』と言う」などだ。これに対しブログでは、「事の核心をついていて面白い!」などのコメントが寄せられていた。1 勝者は間違ったときには「私が間違っていた」と言う。 敗者は「私のせいではない」と言う。 2 勝者は勝因は「運が良かった」と言う。例え運ではなかったとしても。 敗者は敗因を「運が悪かった」と言う。でも、運が原因ではない。 3 勝者は敗者よりも勤勉に働く。しかも時間は敗者より多い。 敗者はいつでも忙しい。文句を言うのに忙しい。 4 勝者は問題を真っ直ぐ通り抜ける。 敗者は問題の周りをグルグル回る。 5 勝者は償いによって謝意を示す。 敗者は謝罪をするが同じ間違いを繰り返す。 6 勝者は戦うべきところと妥協すべきところを心得ている。 敗者は妥協すべきでないところで妥協し、戦う価値がない所で戦う。 7 勝者は「自分はまだまだです」と言う。 敗者は自分より劣るものを見下す。 8 勝者は自分より勝るものに敬意を払い学び取ろうとする。 敗者は自分より勝るものを不快に思い、アラ捜しをする。 9 勝者は職務に誇りを持っている。 敗者は「雇われているだけです」と言う。 10 勝者は「もっと良い方法があるはずだ」と言う。 敗者は「何故変える必要があるんだ?今までうまくいっていたじゃないか」と言う。
2007年09月14日
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「先生、叱って」ちゃん、ますますうまくなってました。だからこそかな、「おうちではやらなかった」は変わらず・・・。(笑)じゃぁ、中身をもちょっと難しくしちゃおうか!!という展開になりました。ちょうど、気になり始めている曲があるようだったので、いつもの流れをぶち破って、ちょっと難しい楽譜を作っていきました。シャープも出てくるし、習ってない音も出てくるけど、「やりたい曲」だし、メロディは頭の中で踊っているから・・・。ふぁーーーー!頑張りました。もしかしたら、難しすぎて凹んじゃうかもしれないから、ママ、支えてあげてください、とお願いしたら「やってこなくても誉められちゃう教室より、ずっとずっと嬉しいです!!」・・・そっか☆(笑)さて、この展開について、後でうちの古株さん(小6の放っておいても頑張り子さん)に、お話して「先生の対応はOK??」と聞くと、いいと思うよ。ただ、難しいことを教えるときに、遠まわしに教えてあげてね!といわれました。凹まないように優しくね。そう、このぐらいわかっちゃう人になると、ついつい気をつけていても難しいことを難しく言っちゃって泣かせちゃったりするのが先生の悪いところだもんね。ハーーーーーイ!!気をつけますっ!(笑)ピアノを弾いていて、私はいつも思います。何かときっちり向き合うことは、必要のない無理強いよりもよっぽど大変なこともたくさんあるからこそ、必要のないときには、無理させない、怒らない、でありたいと。私はなんだかいつも自分にはへたくそで、自分のことを怒ってばかりなのよと言うと、不思議そうに「そうなの?」と何度もたずねてきました。いつもは元気で楽しくしてても、必要なときにきっちりとガッツが出せるような、そんな風に育ってほしいな、とみんなに対して思います。
2007年09月13日
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税務署のパソコン記帳講習会に申し込んでいたのですが、レッスンもキャンセルなくらいの体調なので、お断りの電話を入れました。本当に何度も丁寧に連絡を下さっていたことに対して、すまないなぁという気持ちが強くて、電話の前に、何度も何度もセリフの練習。(笑)ダンナさんにもセリフ指導を受けて(←バカ)いざ!!「熱が出てしまったので、お休みさせていただきたいのですが・・」と、切り出したところで「ああ!それは残念です!!」というお返事があったときに、不覚にも涙ぐんでしまいました。いやー、ほんっと、この人、いい人だべ。「2回目、3回目も受けられますから、またご案内しますからね」と言われたときにも、じーんとしましたよ。税務署っていうと、おっかないイメージがあったけど、たった一人の担当者の方の人間性で、ぜーんぶが素敵に思えちゃう。ちょっくら単純なあたしですが、いいの。今日は熱っぽいんだから、デリケートなの。伊集院光に似てるけど。
2007年09月12日
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鼻と喉の風邪、うっすらと流行っているなぁと感じていたら、見事にひっかかってしまいました。こういう風邪は、喘息の引き金になってしまうので、嫌だなぁと思います。だましだまし過ごしていたけれど、もう我慢できず、水曜のレッスンとジャズバーバイトをお休みすることにしたら、ようやく熱が上がってきて、「治ってきた~」って感覚になりました。悪化していく風邪が、治るほうにベクトルの向きを変える瞬間ってほんっと気持ちいいわぁ。・・・ということで、体はずいぶん楽になったけれど、1日お休みを頂いて養生したいと思います。
2007年09月11日
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先日、強烈なぎっくり腰?というか、強烈な痛みが襲った右の腰は3日後には、突然、良くなってしまいました。ふーーー、なんだったんだよ。ものすごーく辛い3日を経て、上半身のマッスルは、いきなり薄らぎ、今はもう普通の女子のふわふわした体に戻りました。下半身のマッスルはまだ少々残っているけれど。それでも、超人ハルクと呼ばれた陸上選手のような日々は、突然に終わりました。世界陸上の終わりとともに?…その間、運動したわけでも、薬の量が変わったわけでもなんでもないのに、この変化はなんじゃっ!!(笑)そして、悩みのタネだった、「とにかく攣り倒す」も、さっぱり息をひそめてしまいました。この間も、「こりゃ攣る!」という動作をしたのに、確かに軽くは攣ったけど、もう以前のような、くっはーーーーっ!!(その後3分は機能停止)状態にはならず、あはあははー、攣りかけたけど、大丈夫だったーーー、で済みました。とっても幸せです。薬の量も変わってないのに、こんなにいろいろ変化が楽しめて、おもしろいなぁ。…右腰ぎっくり並みの痛みパンチ。それは、20年も前に車にはねられたときのことを思い出させてくれました。ちょうどその場所を強打して、数日はまったく動けませんでした。あれからずっとそこをかばって歪んだ体で生きてきたのかもしれないなぁって思います。運動しても、ちょっと変な座り方をしても、右腰がよく痛みました。つまり、古傷は治ってなかったということでしょうね。…謎のままに、マッスル部隊を卒業の予感。わたし、みのもんた、と呼ばれていましたが、新しい名前を頂戴しました。伊集院光です。
2007年09月09日
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レベルの低い、鈍いタイプの絶対音感・・・ピアノの音を聞き分ける程度の絶対音感はありました。それが、不必要であるから、壊れたほうがいいのだと知って5年を経ました。ようやく、壊れました。そして、始まった新しい耳の世界。壊れてよかった、という面と、壊れてしまったがゆえに、より苦しくなった面がありました。今までの鈍いフィルターならOKだったものが、OKではなくなりました。昨日、調律をしていただきました。調律師さんが、晴れ晴れとした顔で「久しぶりに納得のいく仕事ができた」と言って作ってくれた音は、また私に新しい世界を見せてくれました。その音で初めて弾いたとたん、うわーっと狂っていくものがありました。自分の発する音楽が、ぬかるみに足をとられるように、ぐわーっと思いもかけない方向に乱れていきました。滑りすぎてしまうスケートリンクのように。今までの鈍い世界で、「自分の盲点ではないか」とうっすらと思っていたものを、情け容赦なく拡大していく残酷さがありました。自分の課題だと思ってきたものが、自分の発する音で裏づけされていくことは、喜びである前に、苦かった。それでも、ふさがっていた意識の風穴を開く力も持っていました。ただの楽器なのに、世界のトッププロの師匠みたいな存在になって、バシバシとヒントを浴びせかけてくれました。この状態は2時間しか保ちませんから、あとは、またなだらかに日常のピアノへと戻っていくから、と言い残して調律師さんは帰っていきました。「こんな社会の末端のピアノ教室で、こんなホンモノの音を作ってくれなくてもいい!」と、あたしは笑いながら、怒りながら、彼を見送り、ピアノに向かいました。その音はピラミッドの頂点のようなものでした。理想があっても、妥協点を探して生きるしかないというのに、その理想が実在することを知ってしまいました。あたしが認識できるホンモノの精度が上がってしまった・・・切なさ。気をつけないと、気が狂う。少し、鈍く自分を保たないと、本当に狂う、と思います。でも、きっと、この音は、知らないよりは知っていたほうがいい。どうせ、それはあたしごときに、やすやすと制御できるような、生易しいものではないのだから。存在することを知ってさえいればいい。残酷なくせに、なぜかとても優しい光の座は、神と言う名がよく似合うことだけ示して、静かに閉じていきました。「絶対音感が、壊れちゃったの」と調律の途中でつぶやいたあたしに、調律師さんは小さく言ってくれました。「先生も進化してるんだ。ボクも頑張らなくちゃ」
2007年09月08日
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なーんでも「学ばなきゃ」とか「理解しなきゃ」とか思いがちで、放置することがイマイチ下手くそだったけれど、今回のお相手とのお話のあと…。「つまんないから、興味ない」という、とっても、こざっぱりとした感覚が生じたのを感じました。例えばそれは、今まで持っていたパズルのピースみたいな感覚があります。あたしの、無駄な執着心と変なところの無関心さ、みたいに間違ってはまっていたピースのようなものが、「カチャ」っと正しい位置に戻ったようなしっくり感です。あーあ、長いこと、このお相手さんに、無駄なエネルギーを投入しちゃってたよ、あたしっておばかさんだなぁと思いました。なんで、こんな人の、こんなつまんない話、こんなに長いことクソ真面目に聞いていたのかしら(笑)と思っちゃって、はーあ、せいせいした♪喧嘩別れはしなかったけど、興味もなくなっちゃった☆☆☆と思いました。もう、この人に対して、なんの興味もないから、仕事があれば、かえってサクサクやれちゃうかも☆いいとこだって、見つかっちゃったりするかも!!でも、きっと、この先も、かみ合わないところはかみ合わないままだけど、きっとそれでもノープロブレム!興味がなくなっちゃったから!!←最初から、この気分になれればよかったんだわー。(笑)でも、こればっかりは、頭で考えても無理でした!わーい一つ大人になれたぞー☆
2007年09月06日
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一つ、お仕事をやり遂げました。難しい設定だったので、今後、もっと良くするためには?!ということをたくさん考えさせられました。笑顔で終わることができました。それでも、今回の流れの中に、お相手がなさったことは、私にとっては「ルール違反をされた、裏切られた」と感じました、とお話することもできました。それに関しては謝っていただけました。別に謝られたかったわけではないんだけど。その上で、あちらが妥当と考える配分のギャラを頂きました。なんとなく、ここまで話しても、「teaさんは、私より少なくて当たり前」という感覚は揺らいでいないように思えたし、あんまり当然そうだったので、失礼なお話をしたお詫びとして、頂いたギャラから、さらに少しお返ししました。(←この負けん気の強さがあたしの売りです☆)またご一緒する機会があれば、あたしが少なくても当然ですけど、先にパーセンテージを決めましょうね、とお話して終わりました。教室に戻って、生徒たちに会いました。子どもたちはワガママも言うけれど、いじらしいまでの正義感も持っていて、あたしはそれが大好きです。その正義感が、今日ほど恋しかったことはなかったです。先生がダメにならないように、見張っていてね、ダメだったらちゃんとサインを出してね、と思いながら、みんなと一緒にすごしました。もう、何が正しくて、何が悪くて、誰がずるいのかはわからないけれど(←私が一番ワル?)正しいと思うことは、しました。
2007年09月05日
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人間って、自分の手落ちには気づかないようにできているんだなってつくづく思いました☆そしてむしろ、そうじゃなくては、人間は生きられないんだなって思いました。仕事に関して、金銭的な面で「おい☆それは詐欺でしょ?」と言ってもいいようなことがありました。もちろん、しょせん金額も小さいし、詐欺と呼ぶよりはピンハネ☆と呼ぶくらいが似合う、キュートなおままごとみたいなお話ですが。しかし、「おい☆あんた、今、しゃーしゃーとした顔で、物事を根本から裏返してるよ?!」やる側からしたら、ちょっとした甘えのようなものだし、それを正当化するための言い訳は100でも200でも用意できる状況だろうし。しかし、明らかに根本をひっくり返された側のあたしとしては、「おっとびっくり☆」でも、相手がそれを、ちょっと言いにくそうに切り出した瞬間、心の底から笑顔が出た自分にも、びっくり☆「ええ、どうぞ、お好きなようにたーんとお取りください。ぜーんぶお取りください」と、あたしに笑顔で言われてることが、どんなことなのか、客観視できないお相手さんに、合掌。今後、あなたのなさる全てが、あなた自身の評価になる、ということ。あなたがあたしにつける金額が、少なければ少ないほど、あなた自身の価値が安いということを明らかにしているということ。もし、あたしがあなただったら、恥ずかしくてできないこと。そういうことに人は気づかずにいられるから、生きていられるんですね。私に次に課されたことは、一つだけです。このお相手さんと一緒に活動をしていく際に、そんなお相手さんの全てを、できる範囲ででも愛せるか、という挑戦。ま、そんな挑戦しなくともいいんだけど、現に一緒の仕事が目前にある以上、それだけは成功させないといけないから。でも、多分、できると思います☆逆の立場だったら、嫌だけど(笑)相手の急所を噛んで、相手を叩きのめして、うっぷんを晴らすよりも大切なことは、相手がこの仕事に対して、熱意を注いでくれるよう、こちらも努めることでしょう。裏切った相手とチームを組む!!うーん☆やりがいを感じます☆この仕事、がっつりやり遂げられたら、ギャラなんていらないって、あたし本気で思えると思うなぁ☆
2007年09月04日
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IKKOさんの肩と超人ハルクの背中を持つ、と言い放ったダンナは、もう一発お見舞いしてきました。「お前、みのもんたに顔が似てるな」すっげー有名人じゃん☆(←論点がずれてる)すっげー金持ちじゃん☆(←本当は論点をわざとずらしてる)すっげー働き者じゃん☆(←強引にまとめて、うやむやにしようとしてる)腰痛がおそろいじゃん・・・。(←どうにも抵抗しきれなくなってきてる)・・・ってか、顔だって。(←現実をようやく受け入れた)いくらぎっくり腰だと言っても、そういうお見舞いはご遠慮したいところです。この件につきましての本人のコメントは、差し控えさせていただきます。
2007年09月03日
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ジャズバーのバイトで、ぎっくり腰でヨタヨタしながらも、出かけてよかったなぁと思いました。素敵なフラダンスのショーが、昨夜のイベントでした。初めてこんな間近で接したフラダンス!今まで全く未知の世界でしたが、フラダンスって見ているだけで幸せになるんですね!見ている側が、ほっとしてニコニコしてしまう世界☆たくさんの恋や祈りやシンプルで壮大な世界観が、うわーっと体に入ってきました。たくさん恋をした気持ちになったし、踊ってる人たちが大好きになっちゃったし、その素敵さに「あーあたし、オンナでよかった☆」と思ってしまいました。(IKKOさんと超人ハルク説は軽やかに一蹴)アタシもあんなふうにかわいく笑っているんじゃないか、という錯覚に見事陥らせてもらえるマジックタイム。夢はせめて今夜だけは醒めないでっ!!体が痛んでいるから、彼女達の発するエネルギーに対して、貪欲に吸い取ろう、という意識もどこかで働いていて、結果的に「幸せを受け取ろう」ということの大切さを感じた夜になりました。幸せは発する側と、受け取る側がとっても素直になると、ますますいい感じでまわるんだろうなぁ。夢のおかげで、仕事中は、痛みが薄らいだような気がして、一通りの作業は、なんとかこなせました。仕事が終わりそうになったころに、「ああっ!シンデレラの魔法がとけっちまう」と自分でもわかるような鈍い痛みが戻ってきました。脳内麻薬、おそるべし。
2007年09月02日
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過去にも痛めたことがある右の腰を、嫌な感じで捻ってしまいました。人間、一点が痛むだけでここまで不自由になってしまうのか・・・という感じです。お医者さんに行こうにも時間がない今日のスケジュールなので、そろりそろりと動いて様子を見ています。レッスンはいいとしても、今夜はジャズバーのお手伝いバイトがあるので、そっちが不安。ピアノを弾くほうでなく、ホールでの仕事や洗い物などを。なるべく一つの動作にさせてもらうつもりです。他にもう誰にも頼めない、という状況で頼まれているので、交代も考えられませんし、猫よりも邪魔なくらいになってしまうけれど。しかし、こんな私に、生徒たちはおもしろいことを教えてくれました。こんなに痛がっていても、おちびさん、結構、人使いは荒いです。「先生、あっちに行って、ママと一緒に聞いていて」とか「こっちにきて聞いていて」などと、いつもより熱心なのは結構だけれど、あたしに要求する動きもハード!「悪いんだけど、痛いから反対向きになるくらいじゃダメ?」と聞いてみたら「いたいのはわかるけど、おとななんだから、いたいのがまんして、あっちにいってあたしのピアノをきいてちょうだいよ」…なんか、今、あたし、すごく大切なことを学んでいるんだわ…、と思いました。この子の発想はすごく納得できる☆世の中、確かにこういう風にまわってる☆でもでもでも!!(笑真面目に痛いもん。あたしだって。(笑)もちろん「はいはい」って言いながら言うことを聞きつつも、頭の中では、思考をフル稼働…することもできず(笑)「痛い痛い」と思いながら動きました。(笑)痛いのが止まったら考えよう。(笑)痛みからもう一つ発見。たった一箇所をかばうだけで、体がここまで崩れていく様を感じています。ジャズバーのオーナーにまで「オトコ!!」と驚かれた、ピシッとマッスル(←過剰だけど)になってきていた体が、痛いところを庇うように、くにゃっと曲がるのにしたがって、そのまわりのマッスルが乱れてまいりました…。全身にピシッと感も乱れてしまいました…。はやーい。///////////////////////////////////////運よく今日は「腰痛経験者」の親御さんが次から次へと重なっていて「動くな」と教わったり、「痛みの治まる姿勢はこれだ」と教わったり、「先生はギックリ腰だから動かさないように」という伝言が次へ次へとリレーされたりしていて、ほとんど動かずにすみました。動けないので、いつもなら、あたしがなだめたりして連れてくる子どもたちもお母さんに「あたしは動けなくて、連れにいけないので、こちらに来るように言ってくださーい!」とお願いすると、各家庭の素のやり方で、きりりと怒ったり、手をとってつれてきたり、いろんな方法でピアノの前までつれてきてくれました。結果的にやっぱり「お母さんのやり方」って、効率がいいんですねぇ。ちょっと手荒でも(笑)自信を持って、「いつものやり方」で連れてきてくれて、そんな光景もいいなぁと思いました。教室が広いって色々便利です。「先生、叱って」が、あたしからの「いつものやり方でお母さんたちもやって」というお願いと絡まって、なんかとってもいい感じでした。
2007年09月01日
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