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自宅から駅に向かう途中にY川が流れているので、橋のあるところまでぐるりと遠回りしないと駅の近くのスーパーに行かれない。自宅を出たときから、わたしは少し変な気分だった。
橋を渡りきってからすぐに左に曲がると土手があって、そこには等間隔に桜の木が植えられている。桜の木はまだ小さいのだけれども、春になると土手は桜の花吹雪で覆われる。ただ、冬の夕方、見る見るうちに闇が広がっている中では、それらの桜の木々は体格の良い男が腕を組んでいるかのように立ち尽くしている。
自転車のスタンドを倒す音がして、川辺から自転車が土手に繋がる草の中の道を上がってくる。それを見て、わたしも川の流れが見たいと思った。
先日の大雨のためか、Y川に小さな川が流れ込むあたりの流れが大きく変わった。Y川に沿ってコンクリートの堤防が設置されていて、小さな川が合流するあたりまで延びていたが、この堤防がほぼ水没した。水が堤防を乗り越え、以前の合流地点よりももっと手前でY川の水が小さな川に流れ込んでいる。だから、小さな川の水量はたいしたことがないが、Y川の水が加えられて、そのあたりだけは水の流れが急になっている。
闇が深まっていたけれども、川の流れをわたしは、音だけではなく、まだ視覚を通しても感じることができた。そのとき、まさかと思ったが、見直して見ても、川の中に男がいた。水が堤防を越えたところは浅瀬で、そこに男がまっすぐに立っている。顔は見えないけれども、黒い影からすると男であるにちがいない。当然、足は水に浸かっている。
その男がわたしに軽く会釈したような気がした。それでわたしは気がついた。彼がここ数年わたしが外出するとわたしの後をついてきた人だと思った。もしかすると、彼はわたしが産まれて以来ずっとわたしの後をついてきたのかもしれない。わたしが気がつかなかっただけのような気がした。
どうして、今日の今になってわたしの正面に現れたのだろう。いや、むしろわたしはなぜこの男がわたしの後をついてくるのか、そこを考えるべきなのかも知れない。
わたしがあわててここを立ち去ったら、この男はどうするんだろう。この川を渡ってやはりわたしの後をついてくるのだろうか。今すぐにでもここから全速力で走り出したい衝動に駆られたけれども、どうやっても逃げられないんだとわたしを諭す内なる声を聞いてわたしはすぐには動けなかった。
しばらくすると眼をこらしてあの男を見ようとしても、闇があたりを支配し、そこにまだ男がいるようにも、どこかに立ち去ったようにも感じられた。
わたしはゆっくりと土手に向かって歩を進め、土手の上に到達してもそのままの速度で駅の方向に歩き続けた。例の男がやはりわたしの後をついてきていると感じた。ただ、今はそれよりも、人のように見える土手の桜の黒い影が、わたしが通り過ぎるのを監視し、もう振り返ってはいけないと警告しているように思えて気が重くなった。