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犯罪不安社会 誰もが「不審者」? (光文社新書) [ 浜井浩一 ] 2006年の刊行でいささか古い。 特にのっけの論文,犯罪統計については,今や全く別物になっている。 つまり2006年平成18年の数年前から警察は組織を上げて犯罪抑止に力を入れており,その結果今や犯罪発生件数はこの書物が書かれた当時よりもずっと少なくなってしまっているからだ。 だからその統計論は無視して本書を読んでほしい。 というよりその他の部分では,非常にためになる論がぎっしり書かれているのだ。 まず,鉄の四重奏, ジョエル・ベストは,マスコミ報道によって作られてモラル・パニックが,市民運動家,行政・政治家,専門家の参加によって,一過性のパニックとして終わらずに,新たな社会問題として制度に組み込まれ,恒久的な社会問題として定着していく過程を分析している。 彼は、これを限「鉄の四重奏」(直訳すると鉄の四角形)と呼んでいる。 マスコミが問題を探し出して報道し,市民運動家が社会運動の中でこの問題を取り上げ,政府に対策を求め,行政・政治家がこれに対応して法律等を制定し,医学・法学・心理学などの分野の専門家が,学問的な権威としてこの問題を解釈するという一連の作業が,パニックを超えた恒久的な社会問題を作り出すとベストは指摘している。 (略) 日本においても,おそらく治安悪化神話の解消のためには,まず治安悪化の根拠となっている犯罪増加について正確な情報提供を行うこと,警察に対する信頼感を回復することなどが重要だと思われるが,同時に治安悪化神話の生成及び確立に大きな役割を果たしているマスコミ,市民活動家,行政・政治家,専門家の「鉄の四重奏」の絡みを一つ一つほどいていく必要がある。というもの。 治安悪化神話の大元が,鉄の四重奏(マスコミ,市民活動家,行政・政治家,専門家)によって作られたものだということが明らかにされたのは,犯罪論においては輝かしい発見と言えよう。 犯罪からいかに身を守るかについては, 代わりに関心を向けるのは「場所」である。 (略) そのようなアプローチは「犯罪機会論」と呼ばれる。 犯罪機会論は犯罪の機会を与えないことで,犯罪を未然に防止しようとする。 特徴的なのは,この理論は犯罪者を特別視しないことである。 犯罪者とそうではない人間との間に違いはない。 どんな人間でも機会があれば犯罪に及ぶし,また機会がなければ実行しないと考えるのだ。 それゆえどんな人間にとっても犯罪に及びにくいような「環境」を整えようというのが,犯罪機会論の発想にほかならない。とする,犯罪機会論がなにより説得力がある。 この論によらずして不審者対応訓練を何度しても効果が上がらないことは明白だ。(8/10記)
2023.10.16
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警察捜査の正体【電子書籍】[ 原田宏二 ] ご存じ著者は北海道警察の裏金問題を暴露した方。 その方が2016年講談社現代新書から本書を刊行したのだが,BOOKOFFの110円の棚にほぼ新品の状態で陳列されていましたな。 様々な視点から現代警察捜査について書かれていた。 捜査手法中,GPSについては, 2015年には,大阪地方裁判所が,(略)1月には,窃盗事件の捜査対象者の車両にGPS端末を取り付けた大阪府警の捜査手法について,「プライバシーの侵害は大きくなく,重大な違法とは言えない。」との判断を示した。 一方で,同じ2015年の6月には,窃盗事件の裁判で,警察が裁判所の令状なしで約6か月にわたって捜査対象者の車にGPS 端末を取り付けた捜査を大阪地裁は「大きなプライバシー侵害を伴う捜査だった」と違法と判断し,この捜査で得た証拠を不採用とする決定をした。と同じ大阪地裁が真逆の判決を出したことを紹介している。 これなんざあ,令状をもってできるようにすべき事案でしょうなあ。 どうも警察はそういう令状主義を嫌う傾向だと言う事を著者は書いている。 栃木県警の女児誘拐殺人事件について, (略)2014年1月に別件の商標法違反で逮捕,起訴された男A(33歳)が,事件への関与を認めたことから,事件は急転直下解決へと向かった。 栃木県警には古傷があった。 1990年5月の栃木県足利市で発生した女児殺害事件(足利事件)で,無実の菅家利和さんを逮捕,2009年5月の再鑑定により遺留物のDNA型が菅家さんのものと一致しないことが判明し,その後の再審で菅家さんの無罪が確定した。 この事件を含めて足利市内を流れる渡良瀬川周辺で遺体が発見された3件は「足利連続幼女誘拐殺人事件」とされ,いずれも未解決のままである。 (略) 本件のDNAが栃木県警の元捜査幹部のものであったことが判明した。とする。 そう,日光今市事件は解決しているが,足利事件冤罪を生み,いまなお未解決なのだ。 なお,DNAに関しては,日光今市事件に関してらしい。 栃木では,女児誘拐殺人事件が複数起きていたんだな。 それが記憶がそちこちあちこちになってしまって,収拾を得ないことになっていた。 この辺の正しい事実をしっかり覚えておきたいものだ。(8/9記)
2023.10.15
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失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織【電子書籍】[ マシュー・サイド ] 本書では,医療過誤と航空機事故とではどちらが多く人命を奪っているかという観点から問題を提起する。 驚いたことに医療過誤のほうがずっと人命を落としていたのだ。 それは失敗に対するスタンスの違いから生まれた。 航空機業界はいち早く航空機に2つのブラックボックスを準備し,事故後この2つのブラックボックスを回収して詳細に分析検討する。 残念ながら人命を奪った航空機事故ではあるが,その事故原因の詳細を分析検討することで同様の事故を二度と起こさないという航空機業界の矜持が見える。 対して,重要な医療過誤も医学界は決して認めることをしなかった。 絶対に有り得ないと信じる簡単な麻酔や手術の失敗を認めようとしなかったのだ。 これら航空機事故や医療過誤のみならず世の中にはたくさんの失敗がある。 それらの中で特筆すべきは,人間の思い込みが大きな事故を惹起するということだ。 代表的なのが瀉血という今はありえない中世代の医療法。 いわゆる,血抜き,ですな。 冷静に統計を見れば,瀉血よりしないほうが健康であり,科学的には瀉血は正しい治療法ではないことが現代でははっきりしているところ,中世代は全く別に理解されていたのだ。 そういう思い込み,それは捜査の現場にもあって,冤罪を引き起こす。 冷静に考えれば,絶対にありえないことが人の強い思い込みで正しくないことが正しいことのように思われてしまう。 記憶の捏造というのもそのガテゴリーに入るだろう。 本書で重要なのは,思い込みの時間は相対的だということ,思い込みの当事者の時間は止まっていることがごとくゆっくりしているのだ。
2023.01.30
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犯罪は「この場所」で起こる【電子書籍】[ 小宮信夫 ] 本書は、犯罪機会論、ついて書かれたものだ。 犯罪学は、犯罪原因論から犯罪機会論にシフトされている。 2001年6月8日に大阪教育大学附属池田小学校において児童殺傷事件が起きたあとに本書は書かれている。 当該事件については犯人の精神障害等も取り沙汰され、原因論的な議論もなされたが、実は機会論に当てはめるとわかりやすく、今後の同種の事件予防にも役立ちそうだ。 まず犯罪機会論だが、この論理は犯罪に関し需要と供給があるのだという。 需要とは犯罪を行いたいということ。 供給は犯罪の機会を与えること。 この2つが相俟って犯罪は起きるというのだ。 それを防ぐための1つが、領域性、だ。 池田小事件では、 まず、領域性を高めるためには校門を閉めておく必要があるが、事件発生当時、この小学校では校門が開放されていた。 そのため、加害者は、容易に被害者に接近することができた。ということで領域性が確保されていなかった。 2つ目が、監視性、だ。 同じく池田小事件では、 次に、この小学校には死角が多く、監視性が十分に確保されていなかった。 事件当時の報道では、加害者が校内に侵入した東門から校舎までの経路が、体育館で死角になっていたため加害者の発見が遅れたとされていた。 しかし、仮に加害者が正門から侵入したとしても、近づいてくる加害者を、校舎西側一階の事務室から発見できたかどうか疑問である。 というのは、正門と校舎との間には大きな樹木があり、監視性も不十分だったのだ。 つまり、池田小事件は校門が閉鎖され死角がなければ発生しなかったということになるのだが、一概にそうも言えまい。 何しろ当該犯人は本気だったのだ。 領域性と監視性だけで防ぎきれるものではなかったろう。 ここで重要なのが危機意識の保持だ。 学校の安全という観点からいうと、このような悲惨な事件が起きるかもしれないということを念頭に置いた上でしっかりと領域性と監視性を高めていかなければならないということなのだ。
2020.10.06
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地名は災害を警告する 由来を知りわが身を守る (tanQブックス) [ 遠藤宏之 ] 地名はいたずらにつけられたものではない。 そのことも知らずに、駅前だから、駅前、とか、街の中央だから、中央、なんて名前を米沢市がつけたのは昭和42年ころのことではなかったか。 だからかれこれ50年以上の年月が経ってしまった。 それでも子どもたちは旧町名の子供会に属しているとのこと。 ちょっとホッとした。 ちなみに先述の駅前は、住之江町、旭町、であり、中央にいたってはそれこそ城下町由来の町名がずらりと並んでいたはずだ。 地名は文化だということを考えないと、50年でその街は衰退する。 米沢がその例である。 口承されてきた地名もの日の何処かで感じが振られることになる。 そこで命名者の意図と異なる漢字が当てられることも多い。 特に平安時代に延喜式と言われる格式(律令の施行細則)が導入された際に、凡諸国部内郡里等名 並用二字 必取嘉名、という決まり事がなされ、これに基づいて、全国の地名が変更されている。 この際に地名に様々な当て字が使用されるようになったのだ。 延喜式ではそれまでバラバラだった地名を中国風の漢字二字の好字に改定し固定化させようとしたもので、中央政権下による地方支配の徹底という狙いのもとに実施された。 ここで日本の伝承地名は大幅に修正されてしまうのだ。 ということで古代から地名の改定はなされていたが、それでも漢字二字だし、当て字だから、もとはたどれるというもの。 駅前とか中央とか西大通、東大通などよりはずっといいよ。 東北地方に多い、釜石や塩竈など、カマ、地名は古語の、噛マ、に通じ、津波により湾曲型に侵食された地形を表している。 石巻市で津波により多くの、児童、教職員、の痛ましい犠牲を出した大川小学校が位置する場所の地名も、釜谷(カマヤ)、であり、過去の津波を暗示する災害地名であった。 という。 地名は変えてはいけない。 そこに記された暗示を守らなければならない。 それが基本だ。 地名は文化であるとともに安全のための先祖からの警告でもあったのだ。
2019.12.02
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楽天ブックスなぜ福知山線脱線事故は起こったのか [ 川島令三 ] あの福知山脱線事故。 私は過密ダイヤが及ぼしたものと思っていたが、川島令三 しかし福知山線は過密ダイヤとは言えない。 朝ラッシュ時の尼崎方面の運転本数は尼崎着7時半〜8時半のピーク時で20本だ。なのだそうだ。 つまり、福知山線は決して過密ダイヤなどではなかったということ。 じゃあ、なぜ起きたのか。 というところで、福知山線との競合路線の検討に入ると、 福知山線が阪急と競争しているのは周知の事実だが競争は両者間ではない。 最も脅威なのは自動車である。 特に関西地区では道路の整備が進み、首都圏ほどの渋滞はない。 ということで、車が最大の敵だったということになる。 私達田舎の者にとっては、何を差し置いても車がなければなんともならないのだが、反面、首都圏と並んで、私鉄が充実している関西圏は、車など用がないものと思っていた。 しかし、違うんだねえ。 車の便がいいということ、暗に、それが福知山脱線事故の一つの遠因としているところ、今までの切り口とは違うと思った。
2018.07.02
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民警 [ 猪瀬直樹 ] ガードマンのニーズについては1964年の東京オリンピックを契機に生まれた。 そのころ宇津井健らによる、ザ・ガードマン、がTBSから放送された。 ガードマンが認知されたときである。 猪瀬直樹 結局事件が発生すれば警察権は行使されるが道路交通法は適用されない、警察官が選手村に入る際には警察手帳を提示するなど、外国人選手を逮捕するような事案が起きないよう細心の注意が求められた。 そこに民間の警備員のニーズが生じたのだ。 だが東京五輪の正式な整備記録には極めて小さな日本初の警備業である日本警備保障が代々木選手村を警備した事実は記載されていない。 民警は社会的に認知されていなかった。 その後、特に交通整理を中心に上はセコムから下は畳の部屋に事務所を持つ田舎の小さなガードマン会社まで全国に数多の警備会社が広まった。 公安委員会の管理の下、今や警察以上に頼られている部分もあるのは事実だ。 反面、派遣会社と同様の人材の確保とか人の資質の確認とか、問題は多大でもある。 その意味でこれからも将来に向かって就職するという若者のニーズから捉えると期待できる業界であることには間違いない。 炎天下、あるいは厳寒に現場で働いているがガードマンを見ると気の毒であり、どれだけの収入を得ているのか本当に心配になってしまう。 だが何より求められるのは、人の資質であろう。 身上も含めてきちんとした人材を採用する必要がある。 その意味で当該業界には人材調査をする部署も必要となろう。
2018.05.26
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極楽ガソリンダイエット ラクして節約、鼻歌でエコ (Navi books) [ 島下泰久 ] 車の運転で、エコを念頭においた場合、重要なのは、島下泰久 巡航の際に何より大切なのは一定の速度を保つということです。 時速50kmなら時速50kmを可能な限り維持して走るだけで燃費には確実にプラスの効果が現れます。 先に記したようにエンジンにとって最も大きなロスとなるのは無駄な加減速なのです。 不必要なほどアクセルを踏み込んで無駄な加速をして前の車に詰まったら減速、車間が空いたらまた加速するというのを繰り返すなんて走り方はもってのほかと言えます。だそうだ。 悪い方の運転は時々しているし、車間を詰められた時などは、加速をして、カーブで後続車が見えなくなったらさらに加速して引き離すことはよくある。 同時に、オートクルーズコントロール機能の付いた車に乗ると、その一定速度走行の安定性に気付く。 残念ながら私の車にはその機能がないので、自ら一定速度を保つようにしなければならない。 それは骨の折れることだが、確かに安定しており、燃費も安全性も優れている方法だと思う。 そもそもエコドライブの要点は、個人的には燃費、地球的には環境に関わる問題ということになる。 従って、ドライバー個人が意識するかしないかが大きなポイントなのだ。 私は、本論のほか、燃料カットというシステムを活用したいと考えている。 いずれも無理なアクセル操作をしないという意識が必要だ。
2017.11.21
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トコトンやさしい電気自動車の本第2版 (B&Tブックス) [ 廣田幸嗣 ] 電気自動車、電気自動車と言われて久しいが、鳴り物入りの日産リーフも、航続距離がカタログ値から大きく乖離し、さらに、同社の検査疑惑、インフラ整備の後れ等、問題は山積だ。廣田幸嗣 これに対して電気自動車(EV)の基本構成はシンプルであり駆動部の部品点数もエンジンより約一桁少なくなります。 主要部品の多くで汎用品を使えるようになります。 エンジンとの共通部品はほとんどありません。 本格的なEV時代が来ると自動車部品産業が質量ともに大きく様変わりします。 などという簡単な話ではない。 にもかかわらず各種モーターショーでは、電気自動車が花盛り。 いずれ、ガソリン車は電気自動車に変わるのだろうが、明日明後日の話ではない。 ただ、その過渡期とも言われたハイブリッド車に関し、それは電気自動車ではないとはっきり示されていることから、自動車会社が電気自動車に本気なのは本当だと思う。 技術的には、電池そのものらしい。 それに伴う充電場所、充電時間、航続距離、コスト。 クリアすべき問題は多い。 果たして一歩一歩発展しているのかも疑問だ。 それらをクリアした会社が勝者になる。
2017.11.20
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クルマが長持ちする7つの習慣 あなたのクルマが駄目になるワケ教えます。 (Navi books) [ 松本英雄 ] 今の車、カローラフィルダーに変えてから2年になった。 アイドリングストップが導入されており、信号待ちではエンジンが止まる。 この本を読んでから私もNレンジに入れてサイドブレーキを引いて信号待ちをすることが多くなった。松本英雄 というわけで両者のネガティブな要素を考え合わせると短い時間の信号待ちや断続的に動かざるを得ない渋滞などではDレンジのままで、フットブレーキを使う信号待ちが長いことが分かっている場合や踏切での電車の通過待ちなどでは Nレンジに入れると言ったように使い分けるのが良いと思います。 ちなみに安全性をより考慮するならNレンジに入れる時は合わせてサイドブレーキを引くことをお勧めします。 エコドライブということが言われているが、あまりにも遅すぎると今度は 追い上げられ、煽られたりしてかえって危険ということになってしまことは否めないだろう。 従って究極のエコドライブなどというものはすべきでないと私は思う。 そもそも後続がイライラするような運転の仕方はすべきではない。 公道には 色々な人がいるわけで色々な考えを持って走っている。 複線であればともかく単線で勝手なことをされては困る。 特に困るのは単線の高速道路をゆっくり走るような人。 どういう考えなのだろうか。 お金を払ってまで高速道路に入っている人に対する 大変失礼な行為ではないかと思う。 こういう考えの人が高速道路だけではなくて他の面でも多々見られるのはどういうわけだろう。 モラルというものについてみんなで考え、ある程度のガイドラインというものも必要なのではあるまいか。
2017.11.19
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「少年A」14歳の肖像 [ 高山文彦 ] 酒鬼薔薇聖斗という名前で始まったこの事件は今も 人々の記憶に残っているのではなかろうか。 センセーショナルに報道機関で報じられたこの事件の情報を解析すれば、最初から犯人が子供であるということは推測できた。 なぜだろう。 幼い子が犠牲になるのは。 同じような年頃の子を持つ親の心配は計り知れないものがあったろう。 そして犯人が我が子であった時の親の気持ち。 一体どんなものだったであったろうか。高山文彦 天井裏の方の面を見ると赤茶色の汚れがあった。 父親は雨漏りではないかと思いまじまじとそれを見た。 外は台風の接近で激しい雨が降っている。 もし雨漏りだとすれば天井板は濡れているはずだった 。 だが赤茶色のシミは何日も前につけられたもののようにすっかり乾ききっている。 「この天井板はどういう意味があって必要なんですか」と父親は尋ねた。 捜査員は気の毒そうに顔をしかめて黙り込んでいる。 「 どうしてなんですか。教えてくれてもいいじゃないですか」 母親がいいつのると諦めとも同情ともつかぬ顔になって「お宅の息子さんが淳君の頭部を持ち帰って一旦天井裏に隠したと説明しているんです」と言いにくそうに答えた。 自宅の天井裏に被害者の頭部が隠匿されていたという事実を知った時のショックはいかばかりであったか。 その人でなければわからないことだろうが、尋常なものでなかったことは推測できる。 この事件の前にもこの事件の後にも幼い子供が 犠牲になる事件は起きている。 すでに犯人が死刑になった事件もある。 現在公判中の事件もある。 現在公判中のものでは 被告人が事件を否認している例もある。 また冤罪で無罪となった事件もあった。 つまりかような大きな事件が起これば 一筋縄では終わらないのである。 かような事件を起こさないためにいったいどのようにすればいいのか。 被害に遭わないための手立てはあるのか。 私たちは、起きるたびに騒ぐのではなく、起こさないための努力をすることが必要なのだと思う。
2016.11.03
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サリンそれぞれの証 [ 木村晋介 ]価格:2160円(税込、送料無料)木村信介 サリンといえば、オウム。 この事件もかなり風化してしまったもんだ。 前段に長野のの事件が入るからな。 河野さんもひどい目にあったもんだ。 そこにこの年の10月サンデー毎日による教団批判の連載が始まる。 ここで取り上げられたものの1つが血のイニシエーション。 100万円の布施を払って教祖の生血を飲めば高いレベルに達することができるという非現実的修行だ。 しかし教団はこの現実を科学の名で繕おうとする。 京大医学部が麻原の血を検査したところ DNA に秘密があり体内に取り入れると霊的エネルギーが上昇することが分かったと教団が発行する雑誌に掲載したのだ。 その嘘はサンデー毎日の京大医学部への取材ですぐにわかりこれが報道されている。 オウムの嘘嘘嘘、これを信じて、妙なことになる。 その上、大量殺人である。 巨大な電子レンジで粉々にされた人もいるはずだ。 そして、裁判は今も続く。
2016.07.12
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【楽天ブックスならいつでも送料無料】警視庁捜査二課 [ 萩生田勝 ] 萩生田勝 警察の先は闇か。 どこかにうまい汁を吸っている奴が必ずいる。 高桑の金額は 150万円でした。 しかし高桑には現実には1億に近い金が流れているこ とが取調べで分かっています。 起訴には持ち込めませんでしたが、これは確実です。 高桑ですら1億円なのです。 しかも莫大な警察対策費の行方は結局解明できませんでした。 ビクビクしながら生きながられえている警察官が絶対に何人かいるはずです。 だもの、汚職してもペイできるのなら、やっちまう奴がいるということだ。 たかが150万でなんて思うのだろうが、立件できたのがそれだけだということなので1億も入ったとしたら、その人生文句なしということだろうな。 あとは綺麗事で、正義が云々かんぬんなんて思わないことだ。
2016.04.30
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【メール便送料無料、通常24時間以内発送、午後1時までは当日発送】【中古】 警視庁捜査一課刑事 / 飯田 裕久 / 朝日新聞出版 [単行本]【メール便送料無料】【あす楽対応】 飯田裕久 制服を着た 警察官の職務質問の能力が低いということをいいたいのであろうか。 現に私が刑事になってしばらくしたとき、余罪を多数もった常習窃盗犯人は私にこう言ったことがある。 「交番のおまわりさんなんか怖くありませんよ」と。 彼は量販店で正規に購入した自転車で下見に出かける。 そしてすきあらば仕事をする。 彼の仕事は主に夕方から夜にかけて電気のついていない家屋をねらう。 当然下見中に何回も警察官に職務質問されるが、防犯登録が一致しているからそれ以上は拘束されない。 おまわりさんよりも刑事の方が上だと言いたいのだろうか。 職業に貴賤がないのと同じで 警察の組織ということを考えると、この考えはおかしいのではないか。 ならばこの方は 警察という組織にいた時になぜそのようなことを報告しなかったのか。 警察を出てからグダグダ言うのは本当でない。 著者を調べたら2010年に脳出血で死亡とあった。 46歳だった。 警察官を経て映画の世界に入ったようだ。 著作物も多い。 いずれも前職の警察官という立場を利用して監修などしていたようだ。 元組織に対する恩返しもして欲しかった。
2016.04.29
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【楽天ブックスならいつでも送料無料】公安を敗北させた男 [ 小野義雄 ] 小野義雄 警察庁長官狙撃事件があった。 そんなこともう忘れ去られようとしているのか。 誰が犯人かもわからないまま真相は闇の中か。 結局内部犯行説も固まらなかった。 K巡査長が端本悟らしい男に貸したとされるコートに溶融痕を発見 、spring8で分析した結果 、バリウム、 アンチモン、鉛という拳銃の発射残渣物が検出された。 この残渣物は狙撃事件現場の壁に付着していた拳銃発射の際に飛び散った硝煙痕の火薬成分と矛盾しないとの結果を得た。 コート姿の男は端本悟と断定した。 オウム真理教事件が風化してきている。 あの時のサリンは一体なんだったのか。 サティアンなんて言葉もあったなあ。 サリンなどという猛毒は簡単に作ることができると言うじゃないか。 この国は本当に大丈夫なのだろうか。
2016.04.28
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【楽天ブックスならいつでも送料無料】震災大不況で日本に何が起こるのか [ 宮崎正弘 ]価格:1,296円(税込、送料込) 宮崎正弘 震災不況という言葉があるなんて知らなかった。 津波のあと大きな損害を受けた福島原発の放射能漏れはテクニカルな分析を横におくとして、主として外国メディアの曲解に基づく過激な報道が輻輳したため 制御できないパニックを日本人の心理状況にもたらした。 原子力のイロハを知ってれば起こりえない核爆発があるなどという予測の範疇にもない誇大被害のシミュレーションが幅をきかせた。 明日にも 日本列島がメルトダウンする恐ろしいイメージを欧米のマスコミが病原菌の様にばらまいた。 その姿勢を意図的に後追いしたのが日本のマスコミだった。 だから意味の理解が正確にできない外国人が狼狽のあげく日本から逃げ出すという異常事態が起きた。 その最中、オリンピック招致に成功したことは特筆に値する。 私は、福島原発の問題は、今でも恐怖である。 著者の言うように、原子力のイロハを知ってれば起こりえない核爆発があるなどという予測、だったのか。 それから今もって福島県の放射能の値は高いのではないか。 そもそもこの私は、妻とともに福島市で生活することを考えていたのだ。 それがあれ以来福島市には、新幹線で通りかかる時しか行っていない。 著者の言うようなことなら、なぜそのような説明がなされないのか。
2016.01.21
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【中古】 そのとき自衛隊は戦えるか / 井上 和彦 [単行本]【あす楽対応】 自衛隊と台湾。 軍隊であっても軍隊でなく、国家であっても国家とみなされない。 そんな不遇の立場は同じである。 どちらもが日本の安全保障にとって不可欠な組織と燐国でありながらこれまで存在しないものとして扱われてきた。 そういうのが世の中には多いですよね。 中途半端というか、政治問題化しているというか。 我らが自衛隊は国際的には決して弱いものではないそうだ。 だが軍隊ではないという。 ではなにものなのだろう。 台湾然り。
2013.11.05
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監視カメラ社会著者:江下雅之〇 インターネットに常時接続するということは,自分自身のパソコンを世界中のインターネットユーザーの前にさらすということだ(6)。〇 その覚悟が必要だということ。〇 自分自身のパソコンに蔵置してある中味もこうしてブログに公開している意見もともにさらされているということを自覚し,そのことに責任を持たなければならない・・・。注 1 エシュロンとは,アメリカ,イギリス,カナダ,オーストラリア,ニュージーランド英語圏五カ国が」UKUSA秘密協定で共同運営している地球規模の通信傍受システム。2 アメリカの場合電子コミュニケーションプライバシー法によって会社側の監視の権利が認められている。全米経営協会が2001年1月から3月にかけて実施したアンケートでは,回答を寄せた企業の38パーセントが電子メールの保存や閲覧を行っており,54パーセントもの企業がインターネットの接続状況をモニタリングしている。こうした監視の背景には,業務時間中のサボタージュをチェックするという意味合いもあるが,機密情報の流出や中傷文の流布など犯罪につながる行為を阻止するという目的があるのだ。3 FBIは,インターネットを流通する電子メールを傍受できるシステムを開発していた。システムの名称は,「Carnivoreカーニボー」(その後,「DCS1000」に改称)。意味するところは,「肉食獣」だが,ことが判明するや米国の人権団体は,プライバシーがむさぼられてしまうと非難した。4 2002年1月,日本で初めて通信傍受法による携帯電話の傍受が犯罪捜査で実施された。傍受の結果,神奈川県川崎市内の暴力団組員2名と埼玉県内の男女2名が覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕された。5 2001年11月20日米国のNBC放送は,犯罪容疑者のコンピュータのキーストロークを追跡して記録するプログラムをFBIが開発していると報じた。6 インターネットに常時接続するということは,自分自身のパソコンを世界中のインターネットユーザーの前にさらすということだ。
2009.11.18
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安全と安心の科学著者: 村上 陽一郎 安全・安心という言葉を良く使うけれど、その差など何も考えずに使っているのが私たちである。 しかし、この2つの言葉の対語を考えると、その違いがわかる。 すなわち、安全の対語は、危険であり、安心の対語は、不安である。 安全・安心を支える言葉に満足がある。その対語は、不満である。 このように考えると、概念がスッキリする。 そうすると、まず私たちは、安全をいかにして手に入れるかということを考えなければならない。 逆に言うと危険からの回避をいかにするかということである。 私たちが人間であるがゆえに危険に対する厄介な概念がある。それがヒューマンエラーというものである。 思わずとか思わぬという言葉で言い表せる言葉か。 ありゃあ、やっちゃった、というやつだが、その危険からの回避のために今はいろいろな施策が講じてある。 それでも足りないというのが現実である。その施策が足りないから満足度が不足し、不安が付きまとうというのが安全と安心の概念的構造である。 ヒューマンエラーの原因に忙しさがある。 忙しい中では事故が起きやすいというのが現実である。そのことを考えると、交通事故に遭わないためには、まず余裕を持って運転することが大切だということになろう。 安心というのは、個人の気持ちの問題だが、安全というのは、確かに社会的要因である。 ということは、地域を初め、社会全体で考えなければならない概念であることは確かだ。しかしそれは、社会という大きな枠組みだけではなく社会の成員である個人問題でもあるということを考えなければなるまい。 つまり、自分で自分を守るという概念も必要だ。 そのために何をするのかということを知らなければ自己防衛はできない。 人は、安全のためにまずそこから始めるべきではなかろうか。 自分のことは自分でできるだけやり、できないところを社会がカバーする、そこまでの道程は実に遠いという感じがする。
2007.06.16
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人はなぜ危険に近づくのか 著者: 広瀬 弘忠 危険には、Tリスクというものがある。Tは、スリルの頭文字である。 山登りやバイク乗りなどスリルあるものにあこがれ、それを味わう。これらには、リスクが伴う。だから、Tリスクである。 これらは、男性に多いから、男性の死亡率が高くなる。 これらのリスク=危険は、受容の許容範囲がある。収入の高い人の方が許容範囲が広くなるようだ。 これらのリスクは、数値的に明確であれば、危険率が高ければ高いほど忌避する傾向につながる。 しかし、地震は、数値的にあやふやである。だから、確率が高くとも簡単に考える。 それは、危険である。地震は、起きるということを冷静に考え、日ごろの準備が必要である。 踏切事故の危険がある。この確率について、あわてても、じっくり待ってもその後の時間的な経緯はあまり変わらないのだから、当然、じっくり待つべきものと考えよう。 このように危険について考えると、危険からの回避で重要なことは、「一歩待ち或いは一歩待て!の精神」であろう。 この考えをイメージ化すると、人は、危険に超高速で近づく習性があるから、落ち着いて時間待ちをしなさいとでもいうことだろうか。 安全とか危険を管理する危機管理の考えには、様々なものがあろうが、さしあたって私たちが持つべきものは、危機意識だと思う。 危機意識と4文字の感じで表すとなにやら難しい概念になるが、「ちょっと、変だなあ」「本当に大丈夫かなあ」の2つの考えに過ぎない。 この考えを持つと持たないでは、Tリスクに関する考えも全く違うものになると思う。 危機意識の次に、「一歩待ち」の精神を持つには、時間に余裕があることが必要になる。 ここから「ありすぎる余裕」が危険を回避するという結論が導かれる。 行動には、「ありすぎる余裕」を心がけたいものだ。
2007.03.21
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危険学のすすめ著者: 畑村 洋太郎 危険学という概念は、失敗学の先にあるものだという。 危険学を考えることになったわけは、あの六本木ヒルズにおける回転ドアによる子どもの死亡事件から、ドアの危険性を調査するドアプロジェクトを立ち上げ、その結果、ドアとりわけ回転ドアが「殺人機械」であることが解明できたことによる。 その結果、そのような殺人機械から危険を回避するには、どのような手だてを取るべきかという「危険学」が派生したのだそうだ。 それにしても壮大なプロジェクトだったようだ。日本の名だたる企業、公共団体が参加したようだ。 回転ドアからエレベーターのドア、クルマのドアまでありとあらゆるドアを集め、実験をしデータを取った。 電車のドアでは、JRから協力を得ながらも、なお、実験が失敗したらそれまでとの約束で行い、貴重なデータを得た。 だから、本書は、説得力がある。 危機回避のために一体我々は、何をすべきか。 著者は、まず、危険を起こさない環境だという。あたりまえだ。回転ドアは、殺人機械であることが判明した。これは、必要以上の力が入ると言うことに起因している。だから、その力が入らない工夫をすれば、ある程度の危険を避けることが出来る。 次に、成員、つまり、人間である。人間自身の危機回避能力の必要性を説く。成員自身が危機を予知し、それを回避する能力がなければ、事故は起こるだろう。あたりまえだ。 そして、規範だそうだ。 ルールを遵守することで、危機が回避できることもある。マニュアルに基づいて動くことで危機が回避できよう。 だから、規範意識が重要だと説く。 その上に文化が乗るという、危機回避の形は、階層を有しているという。 この文化の概念は、少し難しいが、私は、危機回避の文化と受け止めた。それでいいのだろうか。 著者が提示した階層、基礎に環境があり、その上に人が乗り、その上に規範が乗り、その上に文化が乗るという概念。私は、正にこの順だと感心した次第である。
2007.03.07
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