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葦の浮船 新装版【電子書籍】[ 松本 清張 ] 新年あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いします。 さて本年の第一号は清張の、葦の浮船、です。 実は本作は既読作品なのだが、とんと詳細を覚えていないのである(今日、何読んだ? 220907)。 むしろその方がまるで新しい作品に出会って初々しく評をのせる感じでいいんじゃないかなんて自分で勝手に思って再読して今こうして書いているのだ。 本作は大学文学部における教員たちの葛藤の問題であるが、だからと言って学説が滔々と語られるようなことは全くない。 むしろ男女の不倫が綾になっている作品で、連れ込み宿で女が殺されたり、付き合っている女が自殺したり、その夫が殴り込みをかけたりするサスペンスが軸になる、ミステリーと言えばミステリーの一種と言える作品なのだった。 読んでいるこちらはまるでジェットコースターに乗っているがごとく次から次へと次どうなるんだという期待を持って読み進むことになる。 当然折戸二郎という男にいい気持ちは持てない。 小関というその友達の人の好さには辟易する。 小関は山陰のY大学の教授に就任するのだが、本作では都落ちという設定だ。 しかし小関はそれでよし、と満足しているし、たぶんこの先一緒になるだろう近村達子という女性もその貞操をきちんと守るという読み手好みの結果に読み手も満足しているのだ。 ある意味この作品は清張モノでも佳作に入るんじゃないのかな。 ライトミステリーに人の心理を散りばめた面白い作品だった。(10/13記)
2024.01.01
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花氷【電子書籍】[ 松本清張 ] ミステリーリーダーとして活動していると様々な課題が出てくる。 松本清張は果たしてミステリー作家なのか否かというのも 一つの課題だ。 本作においては最終盤にミステリー リーダーが常に期待している殺人事件が発生した。 ミステリー作家の書いた作品で殺人事件ではなくてもなんらかのトリックがあって, 動機と機会と方法があれば, それはミステリーと言えるのだろうが,本作ではミステリーとしての事件性がつゆほども認められないのだ。 翻って本作を何とかミステリーと認めようとするのであれば, 新たなジャンルが出てきたということで論じなければなかろうが,それはともかく清張は社会派推理を標榜していた。 つまりその観点から論じれば, 本作をミステリーと呼んでもいいのかもしれない。 さて本作であるが,要するに粕谷という悪いやつの話である。 彼は不動産屋であるが,国有地払い下げを巡って認可してもらおうと企み, 言葉巧みに大銀行の課長, 支店長 代議士,そのバックにいる実力者, 林野庁,大蔵省 の官僚を巻き込み,最後には大蔵大臣の決済印をもらうところまでのサスペンス だった。 ここに悪い男粕谷の数人の愛人そして銀行の坂本課長という人の良い人間も絡んで話は進んで行く。 昭和40年代初めに書かれた小説で400ページこえの作品だった。 読んでいるうちにだんだん作品の中に感情移入してしまって,このワルが滅びてしまえばいいのにと思った。 時代の違いがわかる60年近く前の 作品だから, 登場人物がタバコをどこでも何本でも吸うこと, DV 当たり前, 浮気・ 不倫当たり前の話で,だからこそこのエネルギーが当時の高度経済成長を促したんだろうなあと思えた。 連載小説というのは書いて書いて書いて書き溜めて 一気に書き上げるものではなかろうから, 世相を反映しながら世論の動向を気にして,その時代が全面出てくるということで 昭和40年代初めの時代はこうだったんだろうなと思えたのだった。 同じ社会派作家と言われている森村が都会的なのに対して清張は泥の臭いがする。 最終盤の坂本が多恵子を殺して自分が首をくくるシーンはミステリー リーダーであれば全部みろっとめろっと お見通し状態だった。 そこから先の粕谷の人生が見ものだと思ったのだった。(6月 10日 記 )
2023.08.21
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遠くからの声【電子書籍】[ 松本清張 ] 8作からなる短編集である。 読了すると, 全く頭の片隅にも残らない, 何が何だか分からないようなカスしか残らないそんな感じの短編集だったのかなと思う。 それに残っているのは, いわゆる警衛警備で進路を間違ったばかりに署長と自分が, 文字通り腹を切らなければならなかった話, それが後に, その進路を間違った警部殿の息子が警察官になって, みごとその警衛警備の対象である廃れた元宮様の薬物犯罪を暴き出し, 逮捕するに至ったというのは, ちょっとばかり心に残ったかな。 でもこの話は, 結局何のミステリー トリックが入っていないという欠陥商品でもあったのだ! しかしそれにしても清張はなぜにこうも色恋沙汰が好きなのか, やはり多作家症候群に罹患していたのだな。 そういう話題を入れないと, 売れなかったんだろうなと思う。 本格推理小説というジャンルで普遍的な作品を書き続けるべきだったろうにそれができなかったのは, 結局 松本清張という作家の貧乏性のなせる業なのだろう。 それでもさすがに清張が, 短編の王様などと言われることが本短編集を読むとわかる仕掛けになっている。 本短編集に書かれた話は, 当然短編だけに独立はしているものの, 逆に言えば何の統一性もない話で,ただひたすら売らんがための小説仕様であったということは間違いのないことだ。 作家の世代が森村のところまで来ると少しは, 近代的な匂いがするのだけれども,さすがに清張では, そのものに取り付いている終戦直後の状況が拭いきれないため, 逆に言えば, それは乱歩にも正史も書けなかった荒ぶる時代のモニュメント的な作品集だったことは間違いのないことだ。 (6月8日記)
2023.08.20
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連環【電子書籍】[ 松本清張 ] 濃厚な清張ミステリー。 まあそれにしてもこのプロットは鬼畜などにも見え隠れしていたものだ 。 今の時代には適さないものの、 当時は平気で差別用語を 使えたのだなあと本作を読んで思った。 けれども本作の面白さはその差別用語にあったなとも思う。 私は一郎の描いた絵に何か含まれているのかなとずっと思っていたが,結局旅館の領収書の裏にいたずら書きをするための絵を描いていたことでそれが笹井誠一に関連して, 本ミステリーが成立したということになろうか。 いずれにしろ本作は清張ミステリー爆サイであった。 半端な話はない。 必死の昭和30年代の男の生き様, その中で3人を殺した笹井誠一は最終盤上申書を出して控訴審に備える。 本作の 読み手であるから 犯人が笹井誠一であることは明らかなのであるけれども,しかしながら上申書に書かれたことは捜査, つまり事案の真相を明らかにするための活動 においては それもありかなと, 思えるような見事な書きっぷりであった。 本作は倒叙モノ。 犯人笹井誠一から見た話になる。 ただし滋子殺害に関しては最終盤までそのネタを明かさない。 だからと言ってそれは叙述トリックではない。 一郎という障害を持つ子供がキーマンだろうなとは思ったけれど ,その他にまた何らかの形で名字は違えど 血縁関係にあるような兄弟とか, 出てくるんだろうなと思っていたら, まさにその通り出てきましたな。 本作は500ページ超えの大作で,それでも読了することができたのは, ひとえにこの話がとても面白かったからだ。私はこの作品は今まで読んだ清張モノではナンバーワンじゃないのかなと思えるほどである。 本作にしてやっと清張のミステリー が読めたなと思う。 ( 5月29日 記)
2023.08.12
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黒い樹海【電子書籍】[ 松本清張 ] 本作は, 久しぶりの清張のミステリーである。 そもそも端緒がバスの踏切事故で, 東京で2人暮らしの身寄りのない姉妹のうちの姉が乗っていたバスで, 後部座席に乗っていたために, 貨物列車に衝突して即死状態だったという事故から始まる。 ここまで読むと, その姉は敏腕な文化部の記者であるのだが, きっと陰に男あり, だろうなということは容易に推測できる。 全くその通りだから, それは, ネタバレにはならないだろう。 その後, 連続殺人事件が発生するのだけれども,それは 結局その男が痕跡を隠すための工作 だろうということは, これまた容易に想像できるのだ。 つまり清張のレベルというのはこのくらいのものなのだということだ。 途中申し訳ない程度にWho done it?の体裁を取って, 妹に容疑者のリストを作らせているけれども, こういう小手先はミステリーリーダーにとっては全く邪魔なもので, 大清張にしてこのレベルなのかとしか思えないのだ。 無理して殺人事件 を次から次へと仕立てる必要もなかったろうに。 いつものようにつまらぬストーリーにすれば良かったろうに。 なぜ清張が大作家のような誤解を生んでしまったのだろうか。 それは一つに風貌にあるのかな。 分厚い下唇,度のきつい近眼メガネ, だらしない着物姿は, まさに昭和年代の大作家の風貌だ。 さらに清張昭和史などと謳われた昭和の戦後の闇を探るノンフィクションは確かに面白い。 したがって, いつのまにか清張がミステリー大作家と呼ばれるようになったのだろう。 しかしミステリーという観点から見ると,私は東野の世代に数多いるミステリー作家たちよりも劣ると思っている。 しかしながら清張が乱歩,正史の後に確かな傷跡をミステリー業界につけたことは間違いのないことで, それゆえ清張は私は第三祖であると 思うのだ。( 5月29日記)
2023.08.11
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塗られた本【電子書籍】[ 松本清張 ] しかしやっぱり清張はミステリー作家ではない。 本作は明らかに男女のあやを幹とした, 複雑な人間関係の話である。 本作がミステリーとして成立するのであれば, 本作のヒロイン紺野美也子が美也子の夫が自殺したシーンが冒頭に来て, それが自殺なのか他殺なのか などというごちゃごちゃした話になって捜査が始まって, 実は… ということになろうが,美也子の夫が自殺するのは最終盤(おっと,これは ネタバレ じゃねえか) それがもう350ページくらいの大作なのだから, 読み手としては 本当に 困ってしまうのだ。 それでもなんとか読了できたのは, 耳読によったからかもしれない。 私の耳読は,全編を耳読するなどということはしないで, 全体の約10%を入力 するだけだ。 そのことで作者の書いた風景が脳内にパッと広がる。 だからコンセプトのような複雑な人間関係もありと簡単に 理解することが できるのだ。 その結果単なる速読 よりも かなり具体的に話をグリップすることができる。 本作を単なる速読によったならば, 多分内容の半分も理解できなかったと私は思う。 その点, 電子書籍化を否定している東野モノは 実に 読みにくいということになる。 特に Kindle Unlimited に 入っていないのが苦痛だ。 今私の目の前には東野の, 白夜行 集英社文庫 860 ページ,があるが, 未だ読む気になれず, ツンドク状態だ。 古いとはいえ清張モノをこんな風にして読める,そして内容が理解できるということは,実に耳読の素晴らしいところだと私は考える。(5月27日記)
2023.08.10
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ゼロの焦点改版 (新潮文庫) [ 松本清張 ] まずもって本作は, いわば,これは,敗戦によって日本の女性が受けた被害が,13年たった今日,少しもその傷痕が消えず,ふと,ある衝撃を受けて,ふたたび,その古い疵から,いまわしい血が新しく噴き出したとは言えないだろうか。という清張の思いが具現化されたものである。 それは, In her tomb by the sounding sea! とどろく海辺の妻の墓! 禎子の目を烈風がたたいた。という最終盤のシーンに収斂される。 それにしても文学史に残る名作,本作に敢然と立ち向かった野村芳太郎の意気や良し。 しかし完膚なきまでに野村は叩きのめされたのだ! そもそも映画が原作を超えることはやはり不可能なのだ。 たしかに野村は砂の器で清張を超えた。 もっともそれは原作とは趣を新たにした映画としての芸術性を昇華させたものだから原作とは違った別の作品として世の中で評価されたものであった。ようするに砂の器に限って言えば野村が清張の作品を原案にして新たな作品にしそれが評価されたということになろう。 ともかく本作に関しては原作のコールド勝ち! さてその映画に関しては,(夕顔絵夢二郎の江戸ハブ日記 230312)参照。 ここは読んでから観るとがっかりしますぞと老婆心ながら警告しておきましょう。 ミステリーの観点から読むと本作は祭文語りも名探偵役も禎子という新婚直後に夫失踪事件に遭ってしまった20代の女性であり,それが余計な警察の組織論に入らずにわかりやすく,斬新な仕掛けで,とても読みやすかった。 ここまでをまとめるとこうだ。 映画を観るにあたり原作を読むことは必要だが,原作を読むにあたり映画を観ることは必ずしも必要ないけれども観る価値はある。(3/13記)
2023.06.07
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美しき闘争 上 新装版 (角川文庫) [ 松本 清張 ]美しき闘争 下 新装版 (角川文庫) [ 松本 清張 ] ヒロインは倒れそうで倒れないボクサーで,結局フルラウンド闘って,なんと,元サヤ状態に戻るという,上下巻冗長な話の結末としては読み手としてなんとも口が塞がらない,あんぐり…。 参りましただな。 そして清張はあらためてミステリー作家ではないということがわかった。 いやあ,途中人が死んだなどという記述があったから,やっとミステリーめいてきたかとおもったら,結局脳溢血の発作を起こし,寝たきりになっていたという話。 その彼女をヒロインはなんとかして東京に連れ戻そうと躍起になるのだが,二重三重になんらかの力が働いていつのまにか東京の施設に入所させられていた。 ヒロインは今少しのところでやられそうになるのだが,なぜか助かってしまうとか,とにかく訳のわからないことだらけでしたな。 つまり話がくたくたなのだ。 それを上下巻で読まなければならないのだから骨が折れた。 そして結末はつまらんもんだし… 朝ドラ理論でもこんなふうな終わり方はせんぞ。 久しぶりにとにかく一生懸命清張を読んだのだが,清張自体ミステリーの王道から外れていはいやしませんか,というのが正直な感想だ。 私は一体何のために本作を読んだのだろうか。 単なる時間つぶしではなかったはずなのだが…。 一人の女のよろめき劇,そのよろめきは文字どおりのよろめきで,ただこの女性はしっかりとしたポリシーがあるので,けっして流れに流されたりはしないのだ。 気の毒なのは売れっ子作家だったはずの女流作家。 脳溢血で誰に看取られるとういこともなく死んでしまうのだった。(2/14記)
2023.05.03
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延命の負債【電子書籍】[ 松本 清張 ] さて先日読んだ小谷野敦によれば清張は短編の名手,本書は8作の短編からなるもの。 しかしミステリーはない。 それにしても清張をミステリー作家だと思いこんでいる人がこの世の中にはどれだけいるのだろうか。 そもそも清張はほとんどミステリーなど書いていないのだ。 それはともかく社会派という名称でまるでミステリーめいた話を書いては,世に送ってきたという作家なのである。 ある意味,私がミステリーリーダーとしてその日本ミステリーの系譜を,乱歩,正史,清張,としたのはどうも誤りではなかったかという気がしないでもない。 たしかにミステリーと言えるものはあるにはあるけれど,それは意外に少数なのである。 ようするにはっきりいうと清張はミステリー作家ではない。 ということで本書にはミステリーが一つもない。 読めば読むほど気分が悪くなるような人生の転落劇がずっと語られる。 たしかに清張が本を書いた時代というのは,医学も人命救助に至ることもなく,人の寿命は短く,50も過ぎたら爺婆の時代だったのだ。 そんな中でたしかに,爺婆が頑張りすぎれば早死するだろうし,経血が出たと思った老婆のその血はなんと子宮筋腫のものだったという,どうもあたしゃあこの清張の世界が好きになれませんなあ,清張はどこまで暗いどん詰まりの話を紡ぐつもりだったのだろうか。 2ヶ月もしないで夫に逃げられた家の嫁が,舅が探し出したその息子を義理の弟と連れ戻しに行く話がある。 結局その男は一緒に帰ることなく,嫁と義弟は途中懇ろになり,二人して家をおんだされる,なんていいう間尺に合わない悲しい話も紡いであった。 ようするに本書が清張の特徴をよく表す作品ということになろうか。(10/28記)
2023.01.20
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松本清張への召集令状【電子書籍】[ 森 史朗 ] 本書は清張の研究書として重要である。 特に清張と戦争体験を主にして書かれている。 著者は清張の編集者として側近にいただけに清張の人となりが臨場感をもって感じることができる。 まず清張の実績であるが、 平成四年八月四日、この巨人は著書七五〇余、作品約千点を遺して超多忙の人生を閉じた。 享年八十二。 「ぼくには時間がないんだ。やりたい仕事が多くてね」 と、口ぐせのように語っていた言葉が思い起こされる。 作家としてデビューしたのが四十一歳のとき。 「或る『小倉日記』伝」で芥川賞を受賞しても、三、四年間は多作ながら雌伏のときをすごした。 『点と線』、『眼の壁』が単行本として出版され、ベストセラー作家の仲間入りをし、社会派推理小説の草分け的存在となるのは四十八歳のときのことである。 作家としては、おそい出発点だといえよう。という一文に収斂される。 その生い立ちは極貧であり、 貧しい生い立ちや小学校高等科卒という学歴が、弱者としての視点を位置づけたのか。 いや、松本清張の作家としての人間洞察力と視点は、それほど単純な動機によるものではあるまい。 それよりも、この作家が三十四歳のときに召集され、一家六人の家族を残して朝鮮に出征。 一兵士として軍国日本の植民地統治と崩壊をつぶさに見聞きした──その巨いなる戦争体験、すなわち昭和の歴史体験そのものが作品を生み出した根底にあるのではないか。 それに気づき、改めて検証してみようと思い立ったことが、本書を書く動機となった。と幸せな家庭を築いたにもかかわらず30を超えて召集されたという経験を持つ。 著者はその戦争体験が清張の昭和史に投影されているとする。 多作多忙な清張に対し言われなき誹謗中傷もついてまわる。 「そういう作家は思考というものがないんです。朝から晩まで書いているんですけど、何人かの秘書を使って資料を集めてこさせて、その資料で書くだけですね。だから例をあげると松本清張のような作家は相当反米なんですけど、その理由が自分の秘書の中に共産主義者がいるんですね。そういうことがあるんで、そういう資料を集めてくるわけです。それで松本といえば人間ではなく『タイプライター』です」 こういうことはまったくないでたらめだと側近にいた著者が断言する。 しかしたしかに、多作家症候群と認められる作品があることは事実だ。 そこから上記のような誹謗中傷が出来上がったのだろうが、根拠のないことはいくら高名な方でも言わないほうがいいということだろうな。 清張の取材力は、 河井検事と知りあったのは「点と線」を雑誌『旅』に連載中の頃で、「いままでの探偵小説を読んでいると、たいてい捜査一課の仕事ばかりを書いている。しかし二課の仕事もあるのだから、そっちの方を書いてみたらどうか」と勧められたのが付きあいの発端となった(『随筆 黒い手帖』)。と現職の検察官が情報源だったりする。 なるほど河井検事と懇意になったあたりから二課モノが得意になってきたんだな。 著者いわく河井検事については、 清張さんとの何げない会話の背後に、とんでもない戦後保守政治の暗部が語られたりして、この人の情報源はどこにあるのかと不思議に思ったことがたびたびあるが、河井検事だけでなく政界のフィクサーたち、代議士、政治家秘書など、テーマのたびに豊富な取材の人脈を広げて行ったことは確かである。 それ以外にもいくつかの陰の情報源があり、出身母体の朝日新聞はじめ各社のジャーナリストの協力を得ていただろうと思われるが、その実態についてはついに語られることがなかった。ということで深い取材力があったことは確かだが、なるほどそれが語られることがなかったというのは素晴らしいことだと私は思う。 極貧の状態は作家になってからもしばらくは変わらなかったらしい。 線路は石ころがつまっていて、小さなペンシルはそれにまぎれて眼に入らない。 「腰をかがめ、近視眼を石ころの上に匍いまわらせた」というつらい文章がある。 結局は見つからず、二度とペンシルは買えなかった。 こうした窮乏生活のなかで、紙の悪い手帖に、社の仕事の合い間をぬって草稿を書いていたのである。 一日原稿用紙二、三枚分書き上げるのがやっとの生活であった。 気の毒なことである。 清張の死生観については共感が持てる。 「死ぬならやっぱり畳の上だ。妻子にみとられて死ぬのが人間の最後の最上の幸福だ」という針尾佐平の幸福感は、わずか二年間ながら軍隊生活の体験を経てたどりついた松本清張の究極の人生観であった。 この強烈な人間観は、どんな権力にたいしても揺らぐことはなかった。 これは私とて同感、戦争体験のあるなしに関わらずそのような死生観を持てるということは素晴らしい家族に恵まれたことその言動だろう。 本書一冊で清張に対するスタンスは大きく変わった。 清張は知の巨人であり、大乱歩、大正史、につぐ、大清張だったのだ。
2022.11.16
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回想・松本清張 私だけが知る巨人の素顔【電子書籍】[ 梓林太郎 ] 著者は清張のかなり近くにいた人である。 つまり本書は清張を研究する上で欠くことのできないものになる。 まず清張の記念館が北九州にあるそうで、 生涯に出版した著作約七百冊のすべてのカバーがパネルになっていた。 推理小説、時代・歴史小説、現代史、古代史研究と、広範にわたった創作活動が一目瞭然で分かるように造られていた。というもののようだ。 700という数字が多作ぶりを示している。 梓林太郎はとにかく松本清張の近くにいた人物だけにその清張論はかなり精緻であるといえよう。 生々しいのだ。 ところで村松剛が、 つらい生活に耐え、何とかして現在の地位を保ち、あるいは多少ともましな地位を手に入れようと苦労している力行型の人物か、逆に運命をだまってうけいれている人びとか、いずれにせよ下づみの、生活苦をその表情に彫りこまれた、男または女」(村松剛)などと言う評価を清張作品の人物に関して分析しているのはなかなか面白い。 さて清張は、 目をむくのは書庫だ。 約三万冊の蔵書だというが、「調べて書く清張」にふさわしく、これらのすべてが資料としての価値を持っていたのではないかと思われる。ということだが実は、 清張さんは私のような、小説のヒントや資料になるものを提供する人間が存在しているのを、他人に知られることを忌み嫌っていた。といういうことなんだな。 梓林太郎はずいぶん立派なことを書いているけれど実は上記の通りその情報源は私(梓林太郎)にあるということを暗に書いているのである。 梓林太郎の生涯こそ面白いものだということが本書を読んでわかる。 最初清張との関係を詳細に書いていたのだけれどそのうちほとんど自分論になってきましたなこの本は。 まあそれでも清張論を唱えるにはこの本を欠くわけにはいかないだろう。
2022.09.10
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葦の浮船 新装版【電子書籍】[ 松本 清張 ] やはり清張はミステリー作家ではなかったな。 本作を読んでつくづくそう思った。 本作のテーマは男女間の愛憎、組織における出世欲、利用される友情である。 ミステリーリーダーとしてマーダーを期待していると本作においては中盤において連れ込み宿の隣の部屋で殺人事件が発生する。 ただそれだけだ。 さらに作品の3/4ほどで本件主人公の愛人の自殺未遂騒ぎが起き、そこから終盤に向かって話がどんどんどんどん進んでいく。 サスペンスとしてほんの小さなどんでん返しをこらしているのは彼がミステリー作家と呼ばれる所以からだろうか。 いずれにしてもこの話をいつまでも忘れないでいることはできないと思う。 本作は角川文庫版なのであるが令和3年に昭和49年に刊行された本をこの電子ブックに直したのだと書かれている。 その解説によればいつかどこかで読んだ松本清張ものというものであった。 けだし名言である。 結局清張の作品というのはこういうのが基本でつまりさっき私が書いた男女の愛憎劇、組織における出世欲、利用される友情ということが芯になってそこに枝がつけられ葉っぱがついて行くというものであろう。 そこに申し訳なさそうにアリバイ崩しやその他のちょっとしたトリックが用いられればミステリーになるということになる。 結局清張は本が売れるためにミステリー作品を書いたのだろう。 本作を読んで私はそう思った。
2022.09.07
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或る「小倉日記」伝【電子書籍】[ 松本 清張 ] 本作は清張の初期の作品で芥川賞を受賞作品である。 おそるべし松本清張と私は思った。 彼の作品のこれまで読んだどの作品よりも私はこの作品が優れていると思う。 短編ながら否短編だからこそ凄いのだ。 つまり清張は短編小説家なんだよな。 話は森鴎外が小倉にいた時に書かれたはずの日記の復元を頭脳は優秀だが言語能力に劣る田上耕作という人物がもし鴎外であればこんな風な日記を書いたのではないかという構想のもとに研究を重ねていくというものだ。 残念ながら彼は病に冒され志半ばにして逝ってしまう。 その上本物の小倉日記が発見されたというネタばらしがなされる。 それをもって田上耕作が何と不運不幸なことかと思わざるを得ない話になってしまうのだ。 本作を読むと清張はやはりミステリー作家ではないと思う。 そもそも本作はミステリーではない。 サスペンス性もない。 話は淡々と進む。 言語障害のある頭脳優秀な男の話それに美貌の母親が絡んでということ。 その微妙な絡ませ方が清張風だ。 情景は想像すればするほど映画向きなのだけれどなんと芥川賞ですからな純文学にカテゴライズされるわけでまあ清張は大衆に斜行しなければ食べていけないということだったんでしょうね。 それが後々私から見れば清張に乱歩や正史のような大をつけることができない理由でもあるのだ。 本作は私の心にしっかり入り込んだけだし名作である。 まさに恐るべし松本清張だ!
2022.08.20
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落差 上 新装版【電子書籍】[ 松本 清張 ]落差 下 新装版【電子書籍】[ 松本 清張 ] ようするに一人の高慢ちきな男が未亡人やら人妻やらを自分のものにしたり捨てたりしようとしたりする話。 ミステリーではないのであしからず。 最後にやっと捨てられた女が拾った小さなナイフで男を刺傷させるくらいが見せ場で、これらの3人とその周りが延々と上巻下巻にわたり話を続けていくのだ。 この作品を読めばもう清張なんか読まなくていいと思う読者は数多いるのではなかろうか。 とにかく清張のネチネチ感は半端ない。 そもそも本作をまとめれば冒頭の話なのだ。 しかしそれにしても本作もまた本格ミステリーなどという謳い文句だったわけではあるまいな。 嫌がる女を自分のものにしようとするシーンそれに続く女の哀れなシーン、それになんとなく気づいている夫の心理はさすが清張か。 それもただただ上巻下巻の時間稼ぎにしか私には思えないのだ。 これほど長々と書いてきて女から刺された大学教授は社会的名誉を失うのだろうか。 妻を取られた男はもう一度その妻とやっていけるのだろうか。 傷害被疑者の女だけはこれから自由に生きていけそうな気がするし、刺された大学教授の妻もひょうひょうと生きて行くんだろうな。 そういう人間模様の綾を紡ぎつつじゃあ一体何を言おうとしたんだという視点から外れてしまった作品でもある。 こういう作品が当時は読まれていたんだろうな。 清張という名ばかりで売れたんだろうな。 清張には名ばかり作品が結構ある。 たまには清張が書いた本格ミステリーを読みたいものだ。
2022.08.17
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風紋【電子書籍】[ 松本清張 ] ええっ、こここれがミステリー? 本ブログのアフィリエイトを開けてみたら長編ミステリーと言う謳い文句があちこちに書かれてあったけれどなぜこの作品がミステリーなのかよくわからない。 ようするに業界記者の独り言を作者が聴き取って書き記した話なのだけれどその記者はある食品会社に勤めてたもので、当該会社の社長伝を認めるために奔走していた。 その中で社長派、専務派、常務派、宣伝部長派が入り乱れて出世競争あるいは会社の権力闘争と言う人間模様を書いたものだ。 だから本作には、ミステリーの要素である動機も機会も方法もないのだ。 それなのに松本清張と言う名前だけで長編ミステリーなどという謳い文句をこの本につけていいものなのだろうか。 ミステリーというよりは企業小説なのである。 つまりは宣伝する方もまた松本清張とはミステリー作家だと言う先入観念が強すぎるのだ。 今まで私が松本清張について書いてきた通り、彼の作品は全てが全てミステリーではない。 むしろミステリーが少ないといえるのである。 だからミステリーということで期待して読んではいけない。 そもそも1/3ほど読んで人が殺されるなどの事件がひとつも起きていないような話ならばそれはもうミステリーではない。 松本清張独特の企業小説あるいは心理小説であると踏んで読んだほうがよろしい。 本作は香辛料としてこの企業の商品にかかる栄養剤の栄養素の分析結果が問われその良し悪しで先ほど書いた社長、専務、常務、宣伝部長の足が掬われそして最後に一体誰が得をしたのかという話になって行く立派な企業小説なのだ。
2022.08.16
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数の風景【電子書籍】[ 松本 清張 ]松本清張 数の風景 さて本作は、清張のミステリーの特徴があまた見えるものであった。 清張のミステリーと呼べるものには大きなトリックはない。 だからミステリーぽいものつまり人殺しが入らなければ面白みが全くないものとなってしまうことで、清張は殺人事件を中に組み入れてしまうのだ。 清張は自分の知識、自分が旅して取材した物を自分の頭の中で組み立ててストーリー化していることが本作を読んではっきり分かった。 そもそも話がそっちこっちに飛んでしまうのだ。 そして主人公が途中で死んでしまう。 普通ミステリーの主人公は探偵役であり、最後に謎解きをして終わるというのが古典的な型であろう。 しかし清張はその型を無視して今回は自分が旅した山陰地方の数々の話を本作に散りばめて行く。 石見銀山、出雲の国の神話の時代の話。 そして主人公は得体の知れないブローカーで、電力会社の高圧電線の下の土地を転がして巨額の利益を得るものである。 そこに本作の題名の元となったと思われる数字大好きな女性大学助教授が出てきて最後のミステリーを仕上げる訳だ。 江戸時代の墓がこの間見たら52だったのが今回53に増えているということから俄然ストーリーが動き始め、53番目の墓が他の52の墓と状況が違うということに気づいた警察が掘ってみたら…。 しかしそれにしても饒舌な本作に特に必要もないようと思われる石見銀山の話、出雲神話の話、さらにはヨーロッパで売れない国産車の話まで出てきて、最後にほんの少しだけミステリーぽい話を仕上げてくる。 それが清張ミステリーの特徴と言えるのだろう。 まとめるとこうだ。 旅して取材をしそこで得たことをさらに研究して知識を深めそのことを作品に散りばめて行くこと、それらが清張の頭の中では有機的につながって、物語が構成されるということ、そこに装飾品としてのミステリーを入れる、本作では、殺された女性がいったいどこにいるのかという主人公の推理が本作の本線になっていくのだが、それを最終的には墓の下という考察にはめ込んで行くというもので、確かに今と違って当時は不動産建物などというものは絶対的なものであり一旦大きな建物を建ててしまえばその下に人を埋めてしまえば見つからないだろうというその発想はあったろうが、先ほど書いた53番目の墓と立派な研究所の建物を無理無理結びつけることが果たして今の読み手に支持してもらえるのかどうかは定かではない。 いずれにしても私は清張の文章は好きではない。 頭に染み込んで行かないのだ。 饒舌すぎて読むのに往生する。 なんとか読了できて良かったと思う。
2022.08.12
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犯罪の回送【電子書籍】[ 松本 清張 ] 数少ない清張のミステリーではなかろうか。 トリックは大まかな時刻表トリック、でも東京と北海道を舞台にしてしかもクロフツの樽を彷彿とさせるトリックも仕込んで。 清張のミステリーでは傑作と言えるだろう。 ただ動機がそれに伴わない。 市長やら革新系の議員が出てきてさらに地元開発の陳情のための上京ときては、2課モノと思うところ実は陳腐な男女間の情が動機だったという恐ろしい結末、逆に言うとそれこそがミステリーである。 まるで手品のような種明かしとでも言うのかな、まあそれでもありえない話ではないな、とおもいつつ、航空機を使った時刻表トリックは、その航空機が飛ぶことができるか否かという、つまり、天候条件等ですな、それが揃わなければ犯行不可能ということになるのであって、そういう意味では航空機ほどではないにしろ、鉄道も同様、読み手はなんの問題もないことを前提に読んではいるけれど、どうしてもそんなつまらないツッコミを入れたくなるのだ。 それはともかく鉄道にしか目がいかない時代に航空機に目を向け、更に死体運搬の酒樽という小道具がうまく効いていいミステリーに仕上がっていた。 私は、清張は本作のような作品ばかりを書いていた人だとばかり思っていて、ミステリーリーダーとしてあまりにも期待し続けたことから、少し無理が入った。 乱歩にしろ正史にしろたしかに大がつく作家だが、残念ながら清張に、ミステリー作家として大を付けるわけには行かないというのが今の私の評価だ。 本作のような作品にこれから会うことがあればそのときは考えが変わるだろう。 そろそろ清張のあとの作家も探しておかなければならない。
2022.08.11
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一九五二年日航機「撃墜」事件【電子書籍】[ 松本 清張 ] 松本清張を見くびっていたな。 これは清張作品では、私は最高傑作だと思う。 何より私はこれをノンフィクションだと思い込んでしまった。 それほどの信憑性があるのである。 これが本当の話だとしたら、当然もっともっと話題になっていいのだろうけれども、なっていないのだからやはりフィクションと考えざるを得ないということになるのだろう。 私は、清張がこの作品で記した事柄については、考えられることだと思う。 要するに清張の頭の中では、本件事故は、国連軍(当時朝鮮戦争に派遣されていた)が血気にはやって演習中に敵とみなしたもく星号に対して発射したものであり、その記録が全然残っていないという不自然さがそれを証明していると考えたものだろう。 本作にあるような機長、副操縦士のとの管制塔とのやり取りが真実のものであれば、もく星号は撃墜されたことになる。 本件航空機事故の原因がきちんと公表されずに今日まで来ているということは非常に不自然だなと思う。 そもそも70年も前の事故なのだ。 乗っていた乗客の中に烏丸まりこなる宝石デザイナーがいた。 彼女が本作では大きなポイントとなる。 ただ単に三原山に激突して胴体が折れた遺体ではなくなるのだ。 彼女の名前が本名であるかは分からないが、清張では非常に珍しい後出しで、彼女は最終的には、45歳くらいの混血女性で当時進駐軍のオンリーであり娘が一人いたらしいのと、どうやらダイヤの運び屋だったらしく、それが本事故によって現場で明らかになりそうになったことから、米軍が急ぎそれを接収していった、ゆえに様々な証拠となる記録がなくなっている、ということである。 つまり、いたずらに記録が無くなるということは、邪推を産むということになるということだろうか。 しかし私は本件については清張の話を支持するものである。 まこと清張というのはこういう話を語らせたら右に出る者はいない。 無理なミステリーなど書かないで、こういう面白い話をもっともっと書いて欲しかったなあと私は思うのである。
2022.08.06
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内海の輪【電子書籍】[ 松本 清張 ] 本作は中編である。 物語性は高い。 最初の不幸な結婚が美奈子の不幸の始まりだった。 そこで夫から逃げられ、義弟に助けを求める。 朝ドラとしては非常に面白いテーマとなるのだが、清張は何とへそ曲がりなのだろうか、そこから話がくずくずくずになって行くのだ。 こんなグズな話どう考えても覚えておきたいとは思わないよね。 そういう意味で清張は非常に損な作家ではなかったのか。 今思えば、清張をしっかり読もうなんて考えないでよかったなあと思うのである。 それだけミステリーに関しては読むものが多かったともいえる。 そもそも清張は今から50年ほど前に盛りだったんではないのか。 私が小学校を卒業して中学校に入る時の春休み、大冒険を企てていた。 それは米沢市の東部を流れる羽黒川の上流からいかだで乗り切るというもので、もしそれが本当に実行されたとしたら、絶対に遭難していたのだけれど、その時なぜか山形に住む従兄からスキーの誘いがあり、結局私はそっちの方に乗ってしまった。 従兄の家に一週間くらい宿泊し、彼の運転する車で毎日蔵王スキー場に行って滑りまくった。 これは本当にいい思い出だ。 その時従兄が大量に買い集めていたのが松本清張の本だった。 これを順番に読むのだと彼は言っていた。 あれから53年である。 つまり清張の盛りは53年前ころということになるのだろう。 その後私自身十冊くらいは読んでいると思う(今回を除いて)。 ただ先述の通り、ミステリーは百花繚乱。 何も清張のみに頼らずとも、素晴らしい作品があったから、清張を読む必要はなかったということになる。 それが今なぜどんな理由で読むことになったのかといえば今ミステリーを乱歩から読み始め正史に渡り、次は清張かということで読み始めたからなのだ。 そして本作もまた凡作だったということに気づいてしまった。 小説としてではなくミステリーとしてである。 今回のおもしろポイントは、タクシードライバーだ。 これが冒頭のシーンにも入っている。 それが最終盤でまた生きてくるという仕掛けだ。 それでも、ミステリーではない。 何のトリックもないのだ。 結局義弟が義姉をなぜ殺さなければならなかったのかと言う話である。 清張の場合トリックより動機に重きを置いている。 この動機があるから、人を殺すのだ。 そういう論理である。 だから文学としては動機文学ともいえよう。 しかしミステリーリーダーはそのような物は望まない。 簡単に言えばトリックのないミステリーはありえないということであり、本作もただただ人からバレないようにしたいと言うその小細工を弄するところに重きが置かれ、とてもじゃないがその動機で人を殺すのかと言うと疑問だけが残ってしまった。 清張の脳内の地図はこの動機は人を殺さなければならないというベクトルが働いているだけで、ミステリー作家としての矜持が全く認められないということは乱歩、正史ときたその先が清張ではないという結論になるということである。 困ったものだ。 さて一体乱歩、正史の先にある作家を一体誰にしたものか。
2022.08.04
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影の車【電子書籍】[ 松本 清張 ] 短編集であり、かつて読んだことがある、潜在光景、も収録されている。 しかしそれにしても清張はなぜにこうも不幸な話を書き綴ってきたのだろうか。 特に男女間の不仲に関しては、得意中の得意技、男には必ず浮気女がいて、正妻とうまくいかず、事件を起こしてしまうのだ。 かと思えば翡翠に目がくらんで友を殺してしまう事件を起こしてしまったり、妻の浮気を疑って自らが淋病に罹患し、それを妻に移して浮気相手をあぶり出すなどという話もある。 清張が読まれていた時代というのはそういう話が好まれていたんだろうなと思うと、今、朝ドラ理論にどっぷり浸かっている私にとっては、好きになれない状況ばかりが続くのである。 人を憎むその先にあるのが殺人である。 そのためにミステリー上犯人は知を働かせる。 そのトリックを暴くのがミステリーリーダーだ。 ミステリーリーダーは犯人の心理を知りたいなどとは思わない。 その機会、方法、動機がいったい何なのかということを読みながら推理していくのである。 従って少しは具体的なトリックが欲しいものだなあと思うのであるけれど少なくとも本短編集7作品にはそのような跡も兆しも認められなかった。 つまり清張はミステリー作家ではないということなのである。 確かに動機は面白い。 動機にストーリー性を持たせる手法が清張と言えよう。 しかしそれでは謎解きにならない。 確かになぜ犯人はこの人を殺さなければならなかったのだろうかということの分厚い動機は物語性としてつまり小説の価値として高いものになることは疑いない。 しかしミステリー性のないミステリーほどつまらないものはないのだ。 その辺私自身自分の読書生活として反省しなければならないと思っていることの一つで、つまり 小説は知的生活を邪魔するものであるという故立花隆の理論に則って忌避してきたのであるけれど、定年退職後、小説を再び読み始め、そして今ミステリーリーダーが生業となり、乱歩から始めて正史とわたりじゃあ次は清張かということで読み始めたものの、読めば読むほど彼がミステリー作家ではないということに気付いてしまうのであった。 まこと先入観念とは恐ろしいものだと思うのである。
2022.08.03
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失踪の果て【電子書籍】[ 松本 清張 ] 清張の話は読めば読むほど嫌になる。 今回の殺人事件は、清張によれば、定員殺人事件、とでも呼ぶべきであろう、などと表している。 しかしそれにしても私は清張に関しては特に警察のことなどは取材力がものすごくてリアルに徹していたという先入観念があったのだけれど、実は違っていたことに読めば読むほど気がつくのだった。 本件は著者が言うとおり定員殺人事件なのである。 なわち大学の教員をめぐる話なのだ。 ここは教授、准教授本作では助教授、講師などというヒエラルキーの世界であって、上に行くには当然つっかえてる人が辞めるなり後進に道を譲ることがなければ浮かばれないということだ。 しかしながら捜査当局が本件が教授の自殺ではなくて事件性があるということに気づいたことが、捜査本部における警部補が、所属の警部が警視に上がったために自然に警部に上がれたというところから来ている話で、このことは認めることはできない。 なぜなら警察の昇任制度は、昇任試験によるものであって、同じ部署の誰かさんが動いたからそこに自分が充てられるなどということは決してないのである。 だから捜査本部の捜査官が本件に関して事件性を感じることの一つのヒントとして人事異動があったということについては非常に不自然な話なのだ。 もう一つ、清張の取材力はすごいという先入観念のもと、捜査に関しても精緻な知識があるのだろうなと思っていたのだが違っていた。 つまり本件のような縊死に関して、極めて普通に鑑識がなされていれば定型的縊死と判断され人為性がないことから普通に自殺と認められるのだろうけれど、本件に関しては人為が入っているのであり、それを鑑識が見逃すわけがないのだ。 つまり本作を警察の視点から見るととてもとてもじゃないがリアリティに欠け、読むに耐えない作品ということになる。 久しぶりにミステリーっぽい清張作品を読んだのだけれど、以上の理由からとてもじゃないがミステリーリーダーたる私を喜ばせる作品ではなかったということである。
2022.08.02
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真贋の森【電子書籍】[ 松本 清張 ] 美術の世界などよくわからないから清張が書いていることは本当のこととして読み進むほかない。 清張については今まで書いてきたとおり非ミステリー作家という括りでいいと思う。 そして彼の場合最終盤でのうっちゃり負けを得意とする。 精緻に仕掛けた罠が最後に音を立てて崩れる。 応援団である読み手もがっかりしてしまう。 これを柏戸理論とでも名付けよう。 柏鵬時代、相撲の一時代だ。 柏鵬と言って頑張るのは横綱柏戸の出身地である山形県くらいで、実際その並び立ったライバルの大鵬は柏鵬時代などという陳腐な言い方ではなく、自分の時代、すなわち大鵬時代というくらい、大差がついたライバル間だった。 その柏戸の負けっぷりが土俵際でのうっちゃり負け、土俵際まで寄ってよってそこでくるりと体をかわされ負けるのである。 そういう作品が清張にはなんと多いことか。 本作もそういう話だ。 そもそも絵画の贋物を描かせる犯罪の話だ。 何も主人公を応援する必要性はない。 しかしそのシチュエーションですな、動機の面でどうしてもこの悪を応援したくなる。 そして最後に大成功を収めてほしい、のだけれど、様々な人間の性で大失敗するという話だ。 それでも主人公は些細な自己満足を持つのだから、それはそれでいいか、なんて思ってしまう読後感。 小説ってそれで良いのかなとふと疑問を感じてしまうのである。
2022.07.31
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偏狂者の系譜【電子書籍】[ 松本 清張 ] 清張盛んなりしころ、50代はすでに老境だった。 60代は完全に老人と表現される。 本書は短編集であるが、出てくる人たちは、アカデミックな世界の人々だ。 アカデミックゆえ専門性が高い。 したがって私なんぞはついていくことが大変だ。 それでもその人間ドラマにのめりこんでいくことになる。 そう、清張はミステリー作家ではなかったのだ。 ちょっとミステリーっぽい、サスペンス的だと思えるのは、60キロの猿、を何十頭も潰して得たデータによる聴覚の研究の話だ。 人と猿では聴覚神経が違うので猿を何十頭潰しても正しいデータは得られないのだが、60キロの猿を潰せばそれができるというのだ。 ここでミステリー読みはその意味を悟るわけだ。 ここにも50代のみにくい老けた看護婦が出てくる。 30代の研究者の愛人にはなりえないというわけだ。 この話は見事だったな。 老境、若い愛人と暮らす破目になると大変な苦労を伴う、ということをなんとなく読み手に誘導しているな。 しかしそれにしても清張を読めば読むほど彼がミステリー作家にあらずということが見えてきて、ミステリーリーダーの私はミステリーに飢えてくるし、それから清張ワールドの不幸、不運は、精神衛生上悪いので、ここでやめようと何度も何度も思うのだ。 それでもやめないのは清張話で傷つきたいというM的な面もあるということなんだろうな。 ただ清張話で精神が傷つくのは間違いのないことだ。 清張精神病というのもあるんじゃないかなと思ってしまう。
2022.07.29
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霧の旗【電子書籍】[ 松本 清張 ] 清張に関しては原作を読んでから観るか観てから原作を読むかとか原作と映画とどっちが勝ちなんてことの議論を、砂の器一本でかなり論じてきた。 今回、霧の旗(夕顔絵夢二郎の江戸ハブ日記 220415)でも論じられることがわかった。 今回はどう転んでも原作の勝ち。 あの映画は原作をじっくり読み込んでいないことが明らかだった。 つまり当時新進気鋭の山田洋次に人気女優倍賞千恵子を絡ませたから面白いはずだというコマーシャルイズムに乗せられた作品だったということだ。 原作の良さがつゆほども感じられない。 逆に言うと本作が良くできているとういことの証左だ。 ただし何度もいうが清張はミステリー作家ではない。 ようするに人の心理の襞を上手に表現する心理作家とでもいうべきものだ。 私は清張は取材力のある作家だと思っていた。 特に警察の内部とか刑法刑事訴訟法には十分通じている人だと思っていた。 作風にある、警察の供述調書風の文章を見るとそう思う。 しかし録取者が司法警察官ではねえ、これじゃ素人じゃないか。 そこで本作の価値がぐんと下がるわけだ。 映画の項でも書いたが、犯人が左利きなのがわからない捜査はないし、一人殺しで死刑などということはありえない司法の現実であり、そういうデティール表現不足が、まるでうっちゃりを喰らう柏戸みたいだと思うのは私だけだろうか。 それらを差し引いても私は本作は清張の名作の3本指に入るものと思う。 それほどすごみのある作品だった。 (広瀬アリスよ、あなたが本を読み込めない大根役者だということで休養に入ったとすれば何も恐れることはないよ、はっきり言ってこの作品における倍賞千恵子も本作を読み込んではいないことがわかる演技だったから。アリスよ、あなたの将来はこれからだ。努力次第で、さくら、になれる。頑張れ!)
2022.07.27
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密教の水源をみる 空海・中国・インド【電子書籍】[ 松本清張 ] さて本書を、仏教、松本清張、いずれのカテゴリーに入れるか迷ったが、とりあえず松本清張に入れた。 しかしそれにしても多作家はなんにでも首を突っ込みたがるんだなとつくづく思った。 さりとて本書が空海密教の真髄を捉えているかというとさにあらず、結局インドに何をしに行ったんだというダメ出し、ツッコミが入ってしまう。 仏書的には薄っぺらだ。 ようするに単なる紀行文にしか過ぎない。 中国からインドに入り得た結論が こうしてみると、中国で成立した密教は、仏教とはいえないのである。 なぜなら仏教と名のつく以上、それは釈迦の教義に沿ったものであり、その教義の範囲内のものでなければならない。 広義の意味の仏教として大乗仏教があるが、それとても釈迦の教義を基盤にしている。 中国の密教を大乗仏教の中に入れる説があるが、仏教から離れた『大日経』や大日如来を創始した以上、釈迦の教義たる仏教とは関係のないものであり、それを大乗仏教の中に含めるのは大乗仏教の拡大解釈にすぎるであろう。 ただ、中国で成立した密教が仏教用語をもって修飾したために、仏教と錯覚された。ではあまりにも薄っぺらでおそまつだ。 大作家という評価を大衆から得たばかりに清張は自分を過大評価してしまったのではないか。 今本書を目の当たりにし、そして、乱歩、正史と読みついで清張文学を読み、その大衆が評した大作家の仮面が剥離しつつあると私は感じているなか、その確信は本書を読んで更に強くなった。 空海に関し ところが密教は、日本にはまだ未開拓地である。 密教は入っており(いわゆる雑密)、大日経もきていたといわれるが、未だに組織的ではない。 密教としての組織宗団はなかったのである。 これあるかな、と恵果に会って空海は心を決めたのではないか。 平安遷都は奈良仏教を切り離した時代である。 そうして新しい仏教が模索されているときだ。 頭のいい空海が、密教の新しい組織づくりを思いついたのはこうした理由からであろう。 だから彼は恵果について密教の取得に人一倍努力した。 懸命に勉強した。 他の同門弟子とは意気ごみが違う。 その結果が恵果の期待第一となった。 ──わたしはそのように考える。という見解は同感だ。 しかしそのことは何も清張が一番初めに発したことではない。 だから本書を仏書として捉えることはできない。 むしろ紀行文として読めばよろしいと私は思った。
2022.07.26
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男たちの晩節【電子書籍】[ 松本 清張 ] ウィークデーの午後スタバで読み始めた。 短編集だった。 読んでいて楽しい話は何もない。 今まで何度も書いてきたとおり清張はミステリー作家ではない。 ただ本短編集ではひとりかな、殺されるのは。 いずれも不幸な奴らだ。 だから、男たちの晩節、などとしないで、不幸な奴ら、とでもすればよかったのだ。 しかしそれにしても清張はとにかく運の悪い奴らの話が好きででもよくよく考えてみると、こんな不幸な話を読んで楽しいというやつはおかしいんじゃないのか。 この清張が書いた世界の時代は高度経済成長期で、人々の老化も激しく、退職時期が見えてきた晩節、どうあるべきかということを多くの人が考え悩んでいたんだろうな。 だから、多くの人が共感して売れたということなんだろう。 死ぬ前、辞める前の一攫千金というのも実に生々しい現実だったんだろうな。 それを思うと今現在定年退職しても何らかの仕事をしているということは、当時から見たら夢のようなものだということだ。 先日ニュースを見ていたら、教員不足で73歳にして今なお現役などという人が出ていた。 73歳は大げさとしても実際ボランティア的に働いている人は多い。 現実に私も、会計年度任用職員などという身分で今なお薄給ながら働いている。 今の時代に生きている人からは、清張は一体何を書いているのだろうという疑問だらけになろう。 しかし一昔ふた昔前は本作のような世界だったのだ。 本当に世の中というものは変わるものだ。
2022.07.24
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カルネアデスの舟板【電子書籍】[ 松本 清張 ] 短編集である。 清張の作品のうちでも傑作といえる、カルネアデスの舟板、鬼畜、一年半待て、を日曜日、スタバイオンモール天童店でコーヒーを飲みながらゆっくり読んだ。 しかしそれにしても清張は、短編の方が出来がいいんじゃないかな。 今回選んだ3作は、どれも実に良く出来ていて、犯罪者の心理が我が事のように思えてくるのだ。 ミステリーリーダーとしては、清張をミステリー作家と認めるわけにはいかないのだが、こと本三作に関しては 、それに準じることができるんじゃないかと思えるのだった。 まず、カルネアデスの舟板、これは刑法総論緊急避難の論理で有名なもの、敗戦で一度沈んだ恩師の猛迫に耐えられなくなった主人公が愛人をして恩師に冤罪を仕掛ける話だ。 その上、愛人さえもなきものにしてしまう。 この辺にね、トリックがあればミステリーなんだろうが、残念ながら清張にはこれがないのだ。 鬼畜は別の短編集にものっていて本ブログにアップした記憶があるので省略する。 一年半待て、は、夫殺しの話。 夫を殺しても執行猶予で出てくる計画を立てたのだが、ミステリーリーダーだったら、その結末は全部みろっとめろっとお見通しというもの、その最終盤の大どんでん返し、風、がなんともいえぬ味わいがあるが。 しかしそれにしてもなぜこれほど清張にはトリックがないのだろうか。 トリックがなければミステリーではない。 だから清張をミステリー作家と認めるわけにはいかない。 それは傑作である本3冊を読んでますます感じたことでもある。
2022.07.22
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聞かなかった場所【電子書籍】[ 松本 清張 ] ようするに下級官吏の妻の心筋梗塞死の謎を解く話。 トリックはない。 ただ妻の死が怪しいと感じた男の執念で、その真相にたどり着くのだが…。 辟易、これが偽らざる清張に対する私の感想だ。 結局彼は官吏のフィールドをよくわきまえているということなんだろうな。 だから勢い舞台が官吏の世界になる。 さて、ツッコミどころ満載の本作、そもそも心臓に異常があるとわかっている人が急な坂道を登るものか。 化粧品店で急死した人を警察が検視見逃しするものか。 自己のキャリアを捨てることが嫌で人を殺すものか。 その証拠隠滅のために、その現場からの講演依頼を何度も断ったら不自然ではないか。 などなどとにかく清張の話は強引に進んでいく。 普通の下級官吏なら、我慢でしょう、寝取られた妻が変死した、その影に男がいた、その男もわかった、それでいいじゃないか。 あとは民事の分野、残りの人生を懲戒免職処分を受け刑務所で過ごすよりもどんなに遠くに飛ばされても、定年まで働いてその権威をきちんと手にすることが男としての生き様ではないのか。 なのだが、何しろ清張はサスペンスを意識しているから、無理無理殺人を犯してしまうのだ。 この辺の不自然さが鼻持ちならない。 しかしそうしないとストーリーとして持たない。 本当に清張も苦労していたんだなと今更ながら読んでいて思う。 作り話の不自然さだけが残ってしまうというのがここまでの清張に対する私の評価だ。
2022.07.17
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三面記事の男と女【電子書籍】[ 松本 清張 ] 男女間の情愛を軸にした短編サスペンス集。 しかしそれにしても本当に清張にはこれと言ったトリックがないんだな。 彼については先に書いたとおり非ミステリーなのだ。 たしかに複雑なトリックなど人間ドラマに不要といえば不要だろう。 しかし、ミステリーリーダーにとっては、トリックのない読み物は読みたくないのである。 一般的な清張の流れとして、正式な夫婦に浮気不倫が吹き荒れ、殺人が入る。 殺したはずの女が何故か記憶喪失で生きていたりする。 年上の手練手管に長けた女に男にされた宗教家の話は、ちょっとトリックめいていたな。 獣脂を愛人達の夫に注射するのだ。 すると血栓が脳か心臓に入り絶命する。 でもその話では、まもなく亡くなる運命にある男を生命保険欲しさに殺すのだが、何も殺人をせずとも自然に死ぬだろうにな、ということと、いくらなんでもそんな不審な死に方をしたものを解剖もせずに置くことはなかろうと思うと、この話もミステリーリーダーからすれば、いまいち、という評価になる。 何を大層な、大清張にそんな不遜な言を吐くなんてと怒られそうだが、実際そうなんだからしょうがない。 結局これからもまだまだ正史を読んで清張を読んでまた正史を読んで…、の繰り返しなんだろうが(乱歩は全集でほぼ読んでしまっているので)、清張モノは時代を反映しているので、時代が進めば進むほど背景が薄くなり、読み手の理解が不能になってくるんじゃないかという危惧がある。 その点正史のおどろおどろしさは時代を超越しているのでいつまで経っても劣化しないといえよう。 山下清大画伯の貼り絵のように劣化する傾向にあるのが清張モノだと思うようになってきた。
2022.07.16
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小説帝銀事件 新装版【電子書籍】[ 松本 清張 ] うむ、清張はこうでなければならない。 つまり本作は小説の体をなしているが、実は実録に近いものである。 力強い取材力で、あの、平沢貞通による(といわれる)帝銀事件の真相に迫ろうとする。 狂言回しを架空の雑誌の記者にさせるという体裁を取りながら、自分の取材内容を表現したんだろうな、それだけに真に迫っている。 そして、清張は単に本件が冤罪であると断定するような野暮な書き方をしない。 だから、読了後の感想は、平沢貞通が果たして犯人だったか否かについては、読み手の判断に任せるよ、材料は出すだけ出したのだから…、というわけだ。 したがって、読み手は何らかの判断をしなければなるまいな。 大きなポイントは二つ、すなわち有力な証拠が供述と状況証拠だけで、物的証拠がないこと、次に、平沢貞通がコルサコフ症候群だったということ。 状況は平沢貞通が極めて黒という心証だ。 この点について清張は、当時の司法は状況証拠でも有罪にできたという但し書きを付ける。 今なら無罪というわけだ。 次の論点、コルサコフ症候群罹患の件、これは捜査側が慎重に進捗させるべき項目だったろうな。 平沢貞通の供述が二転三転するわけはこの病気のせいもあったろう。 とすれば自白の任意性が問われるのは当たり前だけれど、あるいは真実を語っていた可能性もあるし、軽々に判断はできない。 そして些末な関係の検証になるが、アリバイの件、数名の他の容疑者の件、当時の捜査陣においてもっと丁寧に進めてほしかったなとつくづく思う。 刑事の勘だけで有罪にされては、しかも死刑にされては救われない話ではないか。
2022.07.15
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中央流沙【電子書籍】[ 松本清張 ] あーあ、がっかり、それにしても納得行かない。 ますます清張が嫌いになった! この作品を読了するまでの時間を俺に返してくれ! 何度も書くが、清張はミステリー作家ではない。 とにかく終わり方が納得行かない。 官僚の人事で終わりか。 ミステリーリーダーとしてただただ怒り以外何者もない。 こんな話読みたくもない。 しかし読んだ以上はそれなりの書評を残しておく。 ます、すぐ官僚が出てきたのでこれは二課ものと踏んだ。 まさにそのとおりだった。 北海道から急の帰り一体何? 官僚の自殺、殺人? 汚職で警視庁に課長補佐、係長が呼ばれる。 そして、よほど清張さん好きなんだろうなあ、出ましたまたまた作並。 札幌から仙台までの飛行機、そこから鉄道で。 で、汚職絡みだから渦中の倉橋補佐は死を勧められるだろうな。 そこから物語がどう進展するかだが、結局崖から落ちて死ぬ。 普通さあ、ミステリーならばここから丁寧に精緻に描かれなければならないところ、清張は、死体現象が嫌いなのか、それから二課は好きだが一課、鑑識を知らないのかはわからないが、捜査手続き上ありえない動きになっていく。 ここいら辺がミステリーリーダーをして疑問符がつくところなのだが、とにかく最終盤にそれらを挽回してくれるものだろうとここでは期待していたのだ。 ここではまた清張の好きな心中偽装でも出るのかと思ったがさにあらず。 230ページ中96ページでやはり殺された。 警察としてありえない失態ですな、ここは。 そもそも崖からの落下死体の検視もしない、解剖もしない、そして焼いちゃうなんてことはまずありえないじゃないか。 これだけ大事な容疑者の死なのだよ、その前に死なれるようなヘマはしない。 警察は絶対ついて回っているよ、倉橋補佐に。 132ページで、二課が、何死なれた、なんて言葉吐くか。 これは警察として恥ずべき大失態だ。 さて、真相をどのように解明するか、それが本作の大興味であったところ、やるせない終わり方、これじゃあ、本当に最後までついてきた読み手は一体どうなるのだ! ざーんねーん!
2022.07.13
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人間水域【電子書籍】[ 松本 清張 ] 全編340ページ以上の作品だが、100ページ過ぎても登場人物の説明に終始し、この段階では一人の女を巡る恋の鞘当て、老若入り乱れという感じ、女のライバルも現れ、新聞記者も現れ、なんてうちに話は硫酸を顔にかけられ終わり、やはり、清張はミステリー作家ではないのだ、と読み手は考えた。 100ページの段階では本当にこれから一体どういう流れになるのか、ミステリーかサスペンスかはたまた普通の小説か全くわからないままなのである。 本当に人間のあるいは男女の愛憎を軸にそこに青酸カリやら硫酸やらが出てくるから、ミステリーっぽくもなり、サスペンス的ににもなるのだけれど、これらの毒劇薬がそんなに簡単に手に入るわけもなかろうに、また仮に入ったらそちらからの捜査で犯人はみろっとめろっと明らかになるだろうに、そういう危惧が清張にはないのだ。 しかしそれにしても私自身かなり高く清張を買い被っていたんだな。 乱歩、正史のあとに継ぐものとして清張を選んだのはあながち間違いではなかったとは思うけれど、ことミステリーの視点から見ると大乱歩、大正史からは見劣りすることがはっきりした。 結局有効なトリックを創造することができないまま男女の愛憎劇を描くことで小説家として成り立ってしまったということなんだろうな。 それはともかく本作であるが、100ページ後は先に書いたとおり女のライバルが出、新聞記者が出、若い新進気鋭も出、という流れになる。 ヒロインをやったのは、成り上がり親父で、女は金で釣られたくせにやがてその男から離れ、硫酸をかけられる。 あーあ、あーた、こんな女と老人が其方此方に行って、気持ち悪い濃厚な愛憎シーンを描くのだ。 清張ってそういう路線だったんだなと今にして思う。 そしたら私は今まで何を読んできたのだろうか。 清張の本質も知ることなくただただ本を読んできた、ということか。 ここにきて清張を私なりに正確に論じることができるということは、それだけ集中して読む機会に恵まれたからであり、今更ながら今の境遇に感謝しなければならない。 男と女の描写について今清張のような書き方をしたらジェンダーフリーの風潮からブーイングを受けることになろう。 本作に表れる女性はまさに男の側から作り上げられた女性の姿だものなあ。
2022.07.11
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山峡の章 (角川文庫) [ 松本 清張 ] 昌子は馬鹿だ。 官僚の妻としてなっていない。 官僚というものが一体どういうものなのか勉強してから結婚しろと言いたい。 死後ひと月の変死体を山で火葬するか。 その前にかならず解剖だろうに。 乱歩、正史では死体交換だろうよ、解剖もしなかったら。 読み進んでいくと官僚が噛んでいるからきっと清張得意の二課の話だろうななどと思ったらなんとロシア人のスパイなどというのが出てきて国家機密云々の話になり、さらに麻薬まで話が飛ぶ飛ぶ、清張が西京化した、のではなんて思ってしまった私だった。 清張モノだから実際の警察の捜査に即しているんだろうななどと思いこむのはいかがなものかという結論に今回私は達した。 馬鹿な昌子が旅館で聞き込みをするシーンがあるが、昌子の聞き込みの件など警察でしていなければ嘘だ。 などなどとにかくツッコミどころ満載の作品なのだ。 二課ものと思いきや先に書いたとおり外事警察に飛びさらに麻薬だぞ、何でもありの百花繚乱の、そしてトリックなど見当たらないミステリー、本当に清張が大作家だなんてこたあ、この作品を読めば言えなくなるという代物だ。 それにしても変死に対する捜査が不十分、清張の取材力不足が顕になっている。 そして大沢は米沢市、山形県分なので福島からは出張らないだろうし、当該地区はたしかに山間ではあるが沿線に崖崩れで鉄道が不通になる危険性のあるところは見当たらないし、さらにもしそのような事故が起きたら、復旧まで数時間で済むなどということも考えられない。 国家機密の漏洩がポイントかあ、どうも大きな話でしたな。 睡眠薬と麻薬を間違うかということ、つまり解剖をしないということは考えられない。 この作品は、社会派と銘打った清張の価値が全く変わる一作であった。
2022.07.10
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生けるパスカル【電子書籍】[ 松本 清張 ] 相変わらずテーマは家庭内ゴタゴタ、というより夫婦間のゴタゴタ。 清張というのは実生活でも夫婦仲が良くなかったのだろうか。 本作を読んでいると本当に不快になる。 本作のような夫婦関係に陥ったら無理をせず離婚をすればいいじゃないかと私なんざ本気で思った。 それが奸智を持って夫婦心中に見せかけ妻を殺すなどということを考える。 私は読めば読むほど清張が嫌いになる。 まあそれにしても清張は粘着質だ。 心理描写もここまで精緻だとびっくりぽんだ。 夫の方から見ると何とにくい妻かと思う。 しかし果たしてこれでいいのだろうか。 先に書いたとおりここまで夫婦関係が破綻したのならさっさと離婚しな、だよ。 さて本件、ミステリー的なポイントは虫だ。 だが果たしてこのミステリーを解ける警察官がいるのだろうかと言いたいところ、本件に疑念を感じない刑事は刑事失格だ。 そもそも不自然な話だものな。 どこから攻めますか 、あなたが刑事なら、と自分を叱咤して捜査するに、死せるパスカルという小説、新機軸の画風の変化と状況証拠は実に怪しい、でも、指紋も細工されているし、どこに活路を見つけるのか。 先に書いた虫をどう犯人にぶつけるのか。 そういう見方で読むと少しはミステリーっぽくなるのかもしれない。
2022.07.07
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アムステルダム運河殺人事件【電子書籍】[ 松本 清張 ] 本作は奇をてらった作品だ。 そもそも舞台がオランダ 、ベルギーである。 アムステルダム港湾に大型スーツケースに入った日本人の胴体が発見される。 その死体が一体誰なのかというところから捜査がなされ、結果的には被疑者死亡で捜査は終結となる。 しかしその結果に釈然としない日本人関係者が改めてその真相解明に乗り出し…。 ポイントは本件探偵役によれば、なぜ手首、首といったところが切断されているのかということで、単なる個人識別ではなく、それを切断しなければならない理由があったと言うのである。 まあそれにしてもとにかく現代の DNA 鑑定というのは、なんとすごいものなのだろうか。 まずもって本件では、手首がないのだから指紋鑑定は出来ないわけで、つまり本件捜査における最重要課題である死者の特定がならないまま捜査終結になっているという点、これは説明のしようがない、粗い結論である。 これでミステリーの巨匠では私は納得できない。 ミステリーリーダーとして、乱歩、正史の潔さは評価できるし、この二人のおどろおどろしさは、魅力でもあるのだが、清張が得意にする家庭内ゴタゴタとか、手首を切断した理由が指紋鑑定以外にあるというポイントが粗すぎて、納得できないのである。 手首も首も着衣のない部分、そこに何らかの付着物があり、それが証拠になるという論理だった。 この点、現代の微物鑑識により、胴体部分にも何らかの痕跡を発見することができるのではないのかということを考えれば、先ほどから書いている通り、どうも清張の理論は粗いというところに行き着くのである。 そもそも欧州を舞台とする意欲作なのだろうが読み手の脳内がスパークすることはなかった。
2022.07.06
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【中古】 松本清張短編全集(07) 鬼畜 光文社文庫/松本清張(著者) 【中古】afb潜在光景【電子書籍】から 鬼畜 [ 松本 清張 ] こちらは浮気相手に産ませた自分の子供に対する殺意だ。 題名のとおり、主人公もその妻も主人公の浮気相手もまさに鬼畜だ。 はっきり言って読んでいて気持ちが悪くなる。 子供に何回か毒を飲ませるなんて行為をよく考えるものだ。 まあそれにしても作家それぞれの個性があるといえばそれまでだろうが、とにかく清張は不倫、浮気などの家庭崩壊の話が多いな。 そして主人公は決してハッピーではないのだ。 そういう話が清張が売れた時代というのは流行っていたのだろうか。 翻って本件に戻れば、浮気相手の産んだ子供が果たして自分の子供かなどということで主人公は悩むわけだ。 これなんざ現代では DNA 鑑定で明らかになるもので、何も主人公が深く悩む必要もないのである。 赤子は衰弱して故意か過失かはわからないが布団を顔にかけられて死んでしまう。 就学前の女の子は大都会に置き去りにされる。 そしてその上の男の子は崖から突き落とされてしまう。 子らの不幸な境遇に比べたら、主人公の不遇は自らの責任によるもので、本作のような流れを喜んで読みたい気分にはなれない。 そういう意味で読めば読むほど清張は嫌いになってしまいそうだ。 清張の作品ってこんなのだったかな。 凄く精神的につらくなるのだ。 そしてミステリー的な様子があまりにも少なくて、ただ自分も不幸になる気がする。 多幸感のない小説は考えものだ。
2022.07.05
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潜在光景【電子書籍】[ 松本 清張 ] いかにも清張らしいと言えばそれまでの話だ。 しかしそれにしてもとにかく清張は家庭内トラブルが好きだ。 本作において主人公は浮気相手の連れ子に対する殺人未遂で逮捕される。 幼い時のトラウマが取れなかったというのがその動機だ。 そのことは読み手において実に明らかなのだがなにしろこの件については後出しなのだった。 後出しといえば正史だが、彼の場合は実にフェアだった。 今回はまるっきりの後出し、読み手がミステリーリーダーでなかったら絶対に騙される仕組みだ。 そもそも本作において読み手は、主人公がじわりじわりと連れ子に対する殺意を抱いていくのがはっきりわかるわけで、その原因も幼い時のトラウマということも分かるところ、清張はそのことをうやむやに記載する。 そういうのはダメでしょう、フェアじゃない。 それでも主人公の母親と主人公の伯父との関係など文章になくてもみろっとめろっとお見通しなので、それはそれでいいか。 でも読み手としては正史が実にフェアだっただけにその点に関して本作では違和感を感じてしまうのだ。 今までどれだけ多くの人がミステリーにおいて殺されてきたのだろうか。 それを思うと死んだ方々には心から哀悼の意を表したくなる、たとえ作り話とはいえ。 そんなことを考えていたら、清張にしろ正史にしろなんて人でなしの人殺し野郎なんだなんて思えてしまう。 そうなるととてもじゃないがミステリーなんて読めない。 それはミステリーリーダーの職業病ということに他ならない。 清張の場合具体的なトリックよりも心理戦が多い。 そのことが読み手の心を不安定にするのかもしれない。
2022.07.04
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日光中宮祠事件【電子書籍】[ 松本 清張 ] 今作は実際にあった事件を清張が小説化したものらしい。 本作は無理心中事件を強盗放火殺人事件であると証明するための刑事の一途な活動を追ったドキュメンタリーのようなものだ。 短編であるが、それゆえテーマもしっかりしている。 清張がここで言いたかったのは当時強盗放火殺人事件を安易に無理心中事件と決めた当時の所轄の警察署長に対する批判である。 清張は小説内で言い訳がましく本作の語り手でもある某警察の刑事部長をして今は科学捜査の時代だからこんなことはあり得ないが当時は警察署長の恣意によることがあったのですみたいなことを言わせており、そのことからも清張の当時の所轄警察署長に対する大きな批判が見て取れる。 しかしそれにしてもこれだけの大きな事件いわば日本国内では最極刑に値する事件をろくな捜査もせずに放っておくなどということが捜査官として許されることなのだろうか。 そもそも当時は電球の数が少なく従って旅館では人の入っていない部屋の電球を抜いておいたにもかかわらず、事件当日午前2時に客室の電気がついていたと言うではないか。 何をもって無理心中と判断したのかはもはやその当時の人たちは実在もしないだろうから、今の人たちが想像するより他ないのだが、何より亡くなった人々には傷があったということであり、創の生成状況を推定するだけでも他殺であったと判断できるはずなのだ。 つまり清張の精緻な文章を待つまでもなく本件捜査は杜撰であった。 本件の全容は、無理心中事件としてかたづけられてから10年もの年月を要して明らかになったのであり、当時の所轄署員の怠慢は犯罪だったともいえよう。 捜査に従事するものにはそれなりの矜持が必要である。
2022.06.09
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夜の足音 短篇時代小説選【電子書籍】[ 松本 清張 ] そりゃあ情事が入れば本は売れるだろうよ。 それにしても人の情特に女性の情というのは本作のように見境のないものなのだろうか。 それともそういう文章を故意に入れることで目くらましに清張はしたのだろうか。 そこいら辺のことはわからないけれど覗き見の対象にされた男の、本件覗き見を企画したものに対する復讐が凄まじい。 夫婦の串刺しですな。 それらが短編のうちに入っているのだからやはり清張は凡庸ではない。 様々なストーリーが常に生まれてくるんでしょうなあ、清張くらいになると。 その世界を読む読み手は受け身で、すべてを肯定する必要はないのだと思う。 好きでも嫌いでもどうでもいい。 読みたくなかったらやめればいい。 だがそこは読み手の性、読まずにいられないというもの。 特に本作が不快というようなことを言いたいのではなく、読み手の受け身性の解放のためにはどうすればいいのかという問題点が提示されているなと私は思ったのである。 だから読み手はただ読めばいいのじゃなく何らかのコメントを出すべきだ。 読書はインプットとアウトプットだということは多くの人が言っていることだ。 そして今そのアウトプットの方法としてSNSであるとかブログであるとか様々な方策があるわけだから、読み手は億劫がらず読後のコメントを残しておくべきだと思う。 たとえば本作で言えば、覗き見もその後の殺し方も不快だった、というコメントでもいいじゃないか。 読み手は読みっぱなしではだめだ。
2022.06.07
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地の指 上【電子書籍】[ 松本 清張 ]地の指 下【電子書籍】[ 松本 清張 ] さて本件の第1死体は保険の外交、集金人、セールスマン、郊外に住むサラリーマンぽい島田玄一という元都政新聞の記者で青酸カリにより死亡。 しかしそれにしても当時は青酸カリという猛毒が簡単に手に入ったんだろうな。 正史作品でも毒と言えば青酸カリだ。 作中、++++、という符牒が出てくるがこれは私は線路じゃないかと思ったのだ。 なぜなら作中清張がそう思い込ませるような表現があったからだ。 しかしこれは精神病院の符牒だったのだ。 本作は後に不二野病院という精神病院の話だということがわかってくる。 それにしてもとにかく清張の取材力がすごい。 精神病院査察採点表などというものは深い取材がないとわからないことだ。 そして清張の作品は必ず二課臭くなる特徴がある。 本作では青雲タクシーの運転手三上と都庁の官吏山中が準主役でその三上運転手が探偵業をすることで本件の概要が掴める仕組みになっている。 三上は二課の刑事と同じ視点で考えて行動している。 さらに被害者として不二野病院の看護婦小木曽妙子28歳が出てくる。 これは三上運転手によるもの、三上は人を殺しさらに自分も殺される運命である。 中華そば屋の証言の信憑性、これはフェアでなければならないと思う。 そもそも本件の探偵役警視庁の桑井刑事のひいきの中華そば屋なのだから。 やはり私は清張はミステリー作家だと思う。 その精緻性と社会性は乱歩にも正史にもなかったことだ。 乱歩正史の毒々しさに比し清張はさらさらとした毒という感じだ。
2022.06.04
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蔵の中 短篇時代小説選【電子書籍】[ 松本 清張 ] 本作は短編ミステリーである。 事件の概要は 番頭の半蔵は土蔵の横の空地に掘られた穴の中に首を逆さまに突っ込んで窒息死をしている。 その穴の中にはお露が半死半生の体で落ち込んでいた。 さらに、その蔵の中には手代で一番若い岩吉が縊り殺されている。 その上、お露と来春夫婦になるはずだった亥助は、行方を晦ましている。というもの。 現代の科学捜査では本件の犯人は全部みろっとめろっとお見通し状態なのだがこの時代はそうは行かない。 江戸時代の話を純粋にミステリー仕立てにしているものだからつまりは江戸時代の習俗を知らなければ本件の解決には至らない、そういう仕掛けだ。 さてこの事件の捜査に関し 河村は同僚と一緒に先に帰った。 奉行所の同心として無責任のようだが、下に腕利きの岡っ引がいると、なまじっか口を出すより、その男に全部任せたほうが効果があるのだ。 あとは、同心がその岡っ引の報告を聞いて判断し、適当な指図をする。というもの、つまり今の検察と警察の捜査の関係がこの時代にも垣間見ることができる、ただし清張の考証が正しければの話だが…。 短編でしっかりしたプロットの上にミステリーもきちんとしたトリックを使い筋道立てているけれど少し理屈っぽくてゲーム性に欠けるなと私は感じた。 つまり本作を読んで私はミステリー文学の一つの構成要件にゲーム性もあるということに気づいたのである。 私は正史の作品は後出しが多いがそれはアンフェアではないと書いたことがある。 正史は読み手に対し後出し部分についてはもうおわかりでしょうという上から目線で仕掛けてくる。 だから読み手は歓喜するわけだ。 しかし清張は、あんたらこんなこともわからんのか、的な仕掛けだ。 この作品も某毒の解毒には土に入り顔だけ出すのが良い、なんてことわかりっこないじゃないか。 ここまで清張を数作読んできて思うことは、一つは彼の作品はミステリーオンリーではないということ、もう一つはミステリーのトリックが上から目線だということだ。 たとえばもう有名なトリックだから書くけれど、東北弁が出雲でも語られているとか、13番線ボームから15番線が望めるのはたった4分間だけなどのトリックは、そのことを知っていなければその謎を解くことができないということになり、ゲームにそもそも参加できないということつまり資格がないということでありそれは上から目線にほかならないのではなかろうか。 今のところ私は清張ミステリーをそのように解釈している。
2022.06.03
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混声の森 上【電子書籍】[ 松本 清張 ]混声の森 下【電子書籍】[ 松本 清張 ] 舞台は女子大。 その権力争い。 更に家庭内暴力、浮気、醜女の事務員と理事長の醜聞。 まさに今の日大問題にも当てはまる。 学長の権限が弱く理事長の権力が強いというのは学の独立を唱える大学にはあってはならないものだということなのだが、今回の日大問題を遠の昔に清張は読んでいたということでしょうなあ。 追い落とすものと権力にすがるもの、追い落とすものは、あなたの都合でやめたりはしない、と強がっている。 この段階で追い落とし側の優勢が見て取れる。 ある時期が来たらそして理事会や教授会が一致して賛成したら大島を元の位置に戻すことが可能だというのだったという一文がある。 これなんざあ多分日大でも言われたことでしょうなあ、上の大島を田中に言い換えればいいのだもの。 権力というのはそれほど魅力的なものということになろうか。 さて本作では、思った通り主人公が足をすくわれた。 そういう話だ、清張モノは。 ある意味マンネリで飽きてくる。 結局本作にミステリーはなくミステリー読みには物足りない。 これまで私は清張はミステリー作家だと思っていたがこの度読み継いできて彼が実はミステリーのほか他分野でも多くの作品を残しているということがわかった。 最初からその作品がミステリーかどうか分かる方法はないものかな。 清張のミステリー以外の作品には食傷だからだ。 そこが乱歩、正史と違うところだ。
2022.06.02
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神と野獣の日【電子書籍】[ 松本 清張 ] いやあこういう話も清張は書けるんだなと感心した。 本作は近未来小説である。 某国から誤射された核弾頭ミサイルが我が国に迫る。 しかもそれは5発である。 目標は東京。 非常に精度が高いゆえ東京が壊滅状態になることは間違いない。 そのような中で総理大臣、政府、国民がどのように動くかということがそれこそ紙上で秒刻みで描かれていくのだ。 本作はミサイルが我が国を襲う以外の舞台はない。 音楽で言えば同じメロディが鳴りっぱなしの状態なのだ。 それが最初から最後まで流れていく。 この小説の有り様は斬新だ。 しかしなんの凹凸もないからつまらない。 その中にたとえば総理大臣が大阪に内閣を作るとか刑務所の囚人を逃すとか核が日本に到達するほんの一瞬前に結婚する男女とか様々なエピソードをこれでもかこれでもかと読み手に仕掛けてくるから読み手が飽きることはない。 本作は先入観念を交えて読んではならない。 とにかく一体結末はどうなるんだという興味の一心で読み進める。 終末を教えるわけには行かない。 歓喜か絶望か。 本作の最終がこれで良かったのかどうかはそれぞれが考えてほしいのだけれど、本作を文学とした場合私は本作の最終は納得がいかなかった。
2022.06.01
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佐渡流人行【電子書籍】[ 松本 清張 ] いくら時代劇とは言えそのストーリー性はやはり清張であった。 男と女がいて上司と部下がいてその時代がいつかということなのだ。 つまり本作の話は現代劇にすり替えることもできるものなのである。 ただし正史で培った鍾乳洞的な現場が本作にもあって、それは佐渡金山の現場なのだが、おどろおどろしい舞台設定が短編に色を添えたと言えよう。 まあそれにしても男女の綾というのはそんなに面白いものなんだろうか。 その関係も枯れてしまえばそんなに興味があるものでもないしいい年してそんな話になってくると気恥ずかしいし…。 この話では主人公が妻の前の男に嫉妬してその権力を笠に着て次から次へとその男に攻撃を仕掛ける。 本作の根底にあるのは見にくい出世争いだ。 上に行きたい、いい場所に勤務したいために力のある上司におもねることも大事だ。 結婚もそのための道具にしか過ぎない。 とすれば妻はその道具でもありどのような女であろうが甘んじるほかない。 佐渡金山は僻地である しかし出世するには通らざるを得ない場所とも考えられる。 佐渡金山の主人公の部下も又出世志向が実に強いやつだ。 そこいらへんがくんずほぐれつ微妙に絡み合って話が進み最後は奈落の底に誰かさんと誰かさんが落ちていくという、このへんは清張が稀代のストーリーテラーだということの証左になるな、まるでボレロのように話が進んでいくのだ。 私はこの話を床屋の待ち時間に読んだ。 読み終えて呼ばれたら今度はこの店のひどい接待に呆れその店を飛び出し別の店に飛び込んだ。 こうしてこの日1時間弱を無駄にした思いに駆られたけれど、逆に本作を読めたのであるから良しとしよう。
2022.05.31
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考える葉【電子書籍】[ 松本 清張 ] まずは猟奇的な話、乱歩、正史調で始まる。 78ページで死体発見となりここで本作がミステリーであることを知る。 怨恨説、変質者説、強盗説が飛び巡る。 胸のタコの部分が切り取られた死体から死者は硯職人とわかる。 崎津弘吉が本作の主人公だ。 彼が警察官の職質を受けたりして話が進む。 彼は警察の留置施設の中で井上大造と知り合う。 この井上はわざと警察に捕まった感がある。 前半かなり話が込み入っていて何が起こっているのかわからなくなるほどだった。 井上大造もまた殺され、話は急展開する。 ここで黒田という警備主任がでてくるのだが彼が一つ噛んでいるのかと思ったものの大筋に絡むことはなかった。 外国使節が病死だから警察の捜査を受けないのはおかしい話。 清張にしてこの不整合性がでてきたりするのだなとミステリー書きの難しさを思った。 結局清張好みの悪政治家シリーズだったな。 富と権力の関係は汚い富と汚い政治家の関係とも言えようか。 権力=富という先入観念から清張は離れられなかったのかもしれない。 そのことを前提としてさらに終戦直後のどさくさも交えたことで昭和30年代の日本の様子が見える作品となった。 結局昭和史の闇の部分のイメージというのは清張のイメージなのかもしれない。
2022.05.29
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紅い白描【電子書籍】[ 松本 清張 ] いやあ白猫でなくて白描でしたな。 まあいつものように先入観念なしに読み進みました。 そもそも白描を白猫と読んだくらいだからやはり私は乱歩正史の流れを未だ断ち切れずにいる。 白描だと読んでもまだ私はミステリーだと思って四分の一ほど進む。 そして人が死なないのでそうか又いわゆる社会派小説だったんだなとふと思いつく。 それよりも本書を読んだのは久しぶりのスタバ。 しかもソファに深々と沈み込んでの読書だ。 本当は本県の一日のコロナ新規感染者が100人を切り、市の新規コロナ感染者も35人を切ってからなどと考えていたが、本県の新規感染者はここ1週間250名を行ったり来たり。 いつまでも待っていられないものな。 せめてスタバでコーヒーを飲みながら読書をしたいのだ。 さて本作であるが先に書いた通りミステリーではない。 高名な絵描きが知的障害のある少年の作品を元に絵を発表するという話だ。 その男の子に偶然近づいた美大出たてのヒロインがやがてその真実を暴き出すというプロットである。 いくら偶然でも偶然すぎやしないか。 まあ小説だけに不自然があるのは仕方ないか。 それでもやはり清張のその緻密さ精密さには脱帽だ。 世の中にこんな作り話をしてくれる人がいるなんて、なんて素敵なことなんだ。 なんで彼らを超える作家が出てこないのだ。 言うまでもなく彼らとは、乱歩、正史、そして清張だ。
2022.05.27
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「松本清張」で読む昭和史【電子書籍】[ 原武史 ] まずもって本書を松本清張のカテゴリーに入れたのは本書か松本清張の研究ものとして非常に優れていると感じたからである。 同時に成長の優秀性を感じずにはおれない書であった。 まず本書では つまり、いちばん重要なトリックの部分が事実に基づいているわけです。 小説でありながら、ある種ノンフィクションの要素が混じっている。 これは第二章の『砂の器』や第五章の『神々の乱心』にもいえることで、多かれ少なかれ、清張作品に共通して見られる一つの特徴だと思います。 そこが、小説とはいえ非常に史料的価値があるところなのです。というようにミステリーを中心とした生地をの作品を手放しで称賛する。 ところが読み進んで行くと肝が226事件を中心とした昭和における天皇制に言及してゆくのだ。 226事件を単なるクーデター事件として捉えるのではなく ところが、清張の二・二六事件の解釈はそうではありません。 青年将校たちはただ「君側の奸」を殺して待っていたのではなく、その先に宮城を占拠するという不穏な計画があった。 「なぜに最初の秘匿された計画通りに宮城占拠まで進まなかったのか。磯部の遺恨もそこにある」と清張は記しています。 つまり中橋や磯部らには、宮城を占拠し、天皇と重臣の連絡を遮断して昭和天皇を自分たちの手中におさめる計画があったというのが、清張が『昭和史発掘』で明らかにしたことでした。というような深読みをする。 貞明皇后は実は権力者であり秩父宮を天皇にしようと考えていたのだそうだ。 本クーデターの深部には貞明皇后、秩父宮の ラインがあったと言うのである。 ゆえに昭和天皇が本クーデターの将校たちを謀反人としてただちに処刑したのはむべなるかなということになる。 本クーデターに関しては三島由紀夫も深く述べているものでありその三島の憂国だけでは語りきれないものであって三島はさらに2、3の本クーデターに関する本を出している。 というように乱歩、正史と読み進んできた私は事ここに至り彼らとは違う側面を持つ清張にはまりつつありこのままいけば抜け出せなくなるのではないかなどと危惧している。 著者は清張を研究しながら持論も展開している。 昭和の後の平成、令和に関してもまた著者独自の視点から現在の皇室の在り方について深層をついているのだ。 しかしそれにしてもなるほど現在の上皇が人々の前でひざまずく対応は上皇后がカトリックの系統だからだという視点には恐れ入った。 全くその通りだろう。
2022.05.26
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二重葉脈【電子書籍】[ 松本 清張 ] 本作も又精緻に構想が練られている傑作である。 素晴らしい。 しかし、学生時代には分からなかったことが今明らかに分かるようになっているのに驚いている。 つまり、社会生活とはそういうものなんだなとつくづく感慨に浸っている。 世の中の仕掛けがわかるから本作のような傑作が理解できるのである。 ところで悪い奴生駒のイメージは田中英壽だ。 4年前でしたかあの悪質タックル事件の際田中は知らぬ存ぜぬでなんのコメントも発しなかったが世の中の人は彼を当時のもうひとりの別の事件の悪いやつボクシング界の山根と並べて、ヤマネタナカ新アンガールズ、なんて戯言を語っていたのだった。 まさに田中は本作の生駒のごとく金の亡者となり名門大学をパーにしてしまったのだ。 田中赦し難し! さて本作に戻る。 私の本作における中盤までの推理はこうだ。 ○生駒は岡山ではアリバイを作った。 ○行方不明の重役たちは自殺を装って殺された。 なんてね。 これ又あたらずとも遠からず。 ああ、それにし清張は昭和のにおいがプンプンする。 そしてなんと第三の殺人だ! 日本の各地を構想しながらの旅行はつまらなさそう。 そして終盤who done itになる。 犯人は必然的にあの人である。
2022.05.24
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翳った旋舞【電子書籍】[ 松本 清張 ] いやあ相変わらず本当に面白い小説を清張は書くもんだなあとまた感心してしまったのだった。 本作はミステリーではない。 誰も死なない。 世間知らずの新聞社の新入女子社員の話だ。 で、清張ものには時々そういうシーン、それはデジャブ的なものなのだけれど、こういう初な女が結局ホステスになってしまうという落ちがあるので多分今回もそうなるのかななって読んでいたら最後堂々とその様になってしまった。 しかしそれにしても清張は女性の心理を本当に読んでいるな。 そしてその表現は巧みだ。 旅館が火事なんて現象はそうそうなかろうが小説だけにそういうシーンが出てきて、そこで男の心理を巧みに知る女なんてね、それはそれは実に魅力的なのだ。 冒頭の調査部長と同部次長の更迭シーンなんてこれは新聞社の内情をみろっとめろっと知っていないと書けないシーンだ。 こういうリアルがいいんだよな。 まあそれにしても実に魅力的なヒロインを清張は創出してくれたもんだ。 そもそも名前の間違いは新聞社では致命的だ。 だから何があってもそのようなことがないように複数チェックをするに違いない。 にもかかわらず能無し部長やらマージャン屋でさぼっている次長では名前間違いも出てくるというわけだ。 そういうリアルが実によろしいですな。 清張が社会派と言われる所以が理解できるところだ。
2022.05.23
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黒い空【電子書籍】[ 松本 清張 ] まあしかしそれにしてもまたまた傑作で、これだけの骨のある濃密な作品を書き続けることができた清張の偉大さを感じずにはおれない。 さて本作の題名、黒い空、とはなんだカラスのことかとひとりごちたのが21%くらい読んだところでだった。 とにかくカラスが良く鳴く小説だった。 推理小説に関し清張は本作で面白いことを書いている。げに殺人の方法はたやすく死体の隠匿は至難である というものだ。 その隠匿方法は、その穴から土を鉄柱室に注いで死体を埋めるのというもの。 カラスとくれば死臭、結婚式場会館に作られた断崖の中に死体はあるのだが、どんどん死臭がひどくなりしかも式場の周辺にはハシブトカラスが多く棲息していることから上記のような隠匿方法を思いついたというわけだ。 ここからは私の独り言。「死体がいつまでも見つからないことから会長は殺されたと思われ優秀な刑事が推理を始め、断崖が埋め立てられたことを突き止め、そこに死体があると考える」「カラスが微かな匂いを嗅ぎつけ会館の空を何百羽もとびまわり真っ黒になる」「実は千谷の乗っ取り?」 これらの私の独り言は読みながら私が進めた推理の結果だ。 当たらずとも遠からず、一番目の件では刑事がきちんと令状を持ってきた。 そのリアリズムに脱帽である。
2022.05.22
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