バベルの図書館-或る物書きの狂恋夢

PR

Profile

快筆紳士

快筆紳士

Calendar

Archives

2025/12
2025/11
2025/10
2025/09
2025/08
2025/07
2025/06
2025/05
2025/04
2025/03
2008/07/02
XML
カテゴリ: 書評
見出し:無頼騎士による、リアリズムを究めた“騎士道の聖典”。

サー・トマス・マロリー著、ウィリアム・キャクストン編、厨川圭子訳『アーサー王の死』(筑摩書房)

 西洋世界各地、古今に散らばるアーサー王伝説を、一つの物語としてまとめたものが、サー・トマス・マロリーによる『アーサー王の死』であり、本書はその抄訳にあたる。時は15世紀、およそ騎士道とは無縁な放蕩無頼の騎士・トマス・マロリーは、数々の罪を犯し、逃亡して捕らえられ、獄中で本書を書いたとも言われているが、実際この一世一代の大仕事を成し遂げた人物の正確な情報は伝わっていない。
 本書は、壮大な、そして大陸横断的な広がりを持つこの5世紀・ブリテンの偉人を取り巻く伝説と物語を、巧みに編集したキャクストン版の抄訳であるが、本書のトーンや趣旨に従っているため、一般的にロマンティシズムの観点から有名なエピソードの幾つかが大胆に省略されており、その点については不満を抱かれる読者も少なくないだろう。
 たとえば、聖杯探索の物語や、トリスタン卿の悲恋などは丸ごと割愛されているが、そもそも、本書にそのようなエピソードは適さないかもしれない(重ねて言うように、リアリズムこそがトマス版の素晴らしさなのだ)。議事録のように進むドライな文体の向こうに、刃が鋼の鎧を打ち、火花の飛び散る様が目に浮かぶようである。
 しかし、この無粋な騎士が記述したこの物語、生々しさこそ真髄なれば、お伽の中に、強烈なリアリズムを醸し出すのに成功している。そのトマスの筆致を壊すことなく、淡々として簡潔な名訳が作者の思惑をうまくなぞっている。本書には―もしそのような物騒なものがあるとすれば、だが―ある種の戦記に見られるロマンが漂っている。
 そして我々にはローズマリ・サトクリフがいる。胸躍る冒険ロマンで描かれる方がよい箇所(つまりは、本書でカットされている箇所の幾つか)は、サトクリフ版三部作で補えば十分ではないだろうか。あたかも、それが正しい読み方であるかのように、こうした相補関係を起動することはあながち間違っていないと確信している。
 歴史的な目線で見れば、当時の騎士道とはどのようなものだったのか、さらには、当時の騎士たちがどのような戦い方をしていたか(これを知れば、後にそれがどのような変化を遂げて、やがて槍や剣を銃器に持ち替えるにいたったか、を想像で埋め合わせることが可能だ。そしてその想像は相当精度が高いはずだ)。
 それにしても、いつも不当な扱いを受けてきた“沼のエクトル卿”の息子にしてアーサー王その人の乳兄弟、国務長官ケイ卿は、言うなれば聖書に言うイエス・キリストの先触れたる洗礼者ヨハネの役回りであるし、またある意味では後の中世貴族社会における騎士道のメンタリティ、つまりはモードやマナーとしての騎士道、ヒロイズムと無縁の、文化的精神としての騎士道をただひとり先取りして体現していたことは指摘して評価しておくべきではないか。前時代的な騎士道精神の中で、ひとり先駆的にクールでヒップだったのは、実はケイ卿ではなかったろうか。



アーサー王の死

著作です: 何のために生き、死ぬの? 。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2008/07/02 02:10:44 PM
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Comments

プラダ バッグ@ gpzqtt@gmail.com 匿名なのに、私には誰だか分かる・・・(^_…
バーバリーブルーレーベル@ uqafrzt@gmail.com お世話になります。とても良い記事ですね…
バーバリー マフラー アウトレット@ maercjodi@gmail.com はじめまして。突然のコメント。失礼しま…

Favorite Blog

カードケースを試作… New! 革人形の夢工房さん

新・さすらいのもの… さすらいのもの書きさん
価格・商品・性能比較 MOMO0623さん
抱きしめて 愛の姫.さん
天使と悪魔 ♡ り ん ご♡さん

Keyword Search

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: