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母tocoの世話は、日曜日がいちばん忙しい。この日だけは外に出る用を設定していないので、tocoの望み通り、昼まで寝かせてあげるのだが、用がないのが判っているため気持ちがだらけてなかなか起きようとしない。これを時には(というよりほとんど毎回)力づくでベッドから立ち上がらせるところからはじめて一日ベッタリ。家にいると、座ってばかりで、目を離すとすぐにうたた寝してしまうので体を動かすように工夫してあげなければならないが、散歩といえば嫌がるため、興味のわきそうな行事やイベントを探し外に連れ出し、歩かせるようにしている。基本的には、車に乗るのが好きなので、ゆっくり時間のとれるこの日は遠出することも多い。帰宅後、風呂に入れ、日記に付き合う。動けば動くほど、日記の文章量が多くなり、一つひとつ小さなコトまで一緒に思い出しながら書くと、時には1ページ半も進むことがある。で、週初め、人々が今週もガンバルゾ!と気を引き締める月曜は、2週に一度デイサービスを入れているので、私としては、今週も皆さんのお世話になりますと、気を抜ける一日だ。父とて、朝tocoを送り出し、ホッとしているようす。日中、父の好物の蕎麦を食べにちょっと遠出をし、tocoを連れてはなかなか行けないデパートの食品売り場を二人してうろついた。自分主体の買い物はストレスの解消にもつながるようで、帰宅早々、父爆睡(--)zzz。今日はtocoも、そこそこ機嫌良く帰ってきたので。ホッ×2。検査入院でリズムが崩れた日常も、なんとかペースを取り戻しつつあるなと思った。明日は、リハビリに(tocoの嫌いな)歯医者&入浴。一緒にがんばろうね>おかあちゃん。
2006.07.31
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今日は、日曜日。母tocoにとって、週に一度の休みだ。とはいうものの、今週は、火曜水曜と検査入院し、木曜は休養、金曜土曜とデイサービス&デイケアだったので、生活リズムがめちゃめちゃになってしまった。今日は、いつもの休日どおり、昼食を持って実家へ。案の定tocoはベッドの中。無理矢理起こして、リビングへ。とりあえずブランチとなった昼食を摂らせて、身支度を整え、車で買い物に出かけた。久しぶりにまとまった距離を歩かせたが、最初はたどたどしかった足取りも、徐々にしっかりしてきた。やはり、本人の言うがままに休ませてばかりでは、体力も筋力も衰えてしまうなぁと実感した。帰宅後、髪を染めることを口実に、久しぶりに湯船に浸かっての入浴。冷房漬けの生活ですっかり冷えた体をじっくり温めることができたようだ。冷房が体に良くないことはわかっているが、父に任せておくとついつい温度を低めに設定してしまう。それなりに厚着で対応しているのだが、あちら立てればこちら立たずで、tocoに我慢してもらうしかないのが実情だ。さて、入浴中、tocoの体を洗いながら、いつまで世話できるか判らないけど、行けるとこまで行くしかないな~としみじみ考えた。先日、知人(男性)に、母を早くグループホームへ入れなければ、自分が大変になると強くアドバイス(?)をされた。そのことが私の心の中で尾を引いているのだろう。知人の家庭は、男性二人兄弟で、女性といえばそれぞれのお嫁さん。どちらも同居せず、ご両親だけで暮らしていた。そこへお母様がアルツハイマーになり、お父様一人では対応しきれなくなり、病院へ。が、格子の入った病室で、お母様は錯乱状態となり、グループホームへ入所。徐々に心を取り戻し、病院での錯乱がウソのように落ち着いて暮らされているという。その間に、お父様は急病で亡くなり、グループホームだけがお母様の居場所となった。私の場合は、自分のしたいことがあり勤めていた会社を辞めたとたん、母tocoが大病を患っていることが発覚。大きな手術をし、看護生活~介護生活を余儀なくされた。ここが一つの分岐点。もし、会社勤めを続けていたら、この時、きちんとtocoの様子を見ることが出来ただろうか。以前、tocoがペースメーカーの手術を受けた時、私はまだ会社員で多忙を極めていたため、足早に見舞い、足早に世話をし。。。お医者さんが付いているんだから、それで、いいと思っていた。が、大きな手術の時に至っては、日々tocoの様子を見ていると、ふとした所作や言動に「何か判らないけど、なんだかおかしい」という感じを抱き、嫌がるtocoの診察に無理矢理付き添って行くと、具合が悪いにもかかわらず、悪いところはないなどとお医者さんに「いい顔」をしていた。が、ホントのところはこうこうだと詳しく説明し、検査の結果、即手術になった。術後も、この「何か判らないけど、なんだかおかしい」という感じは消えず、精神科に連れて行く必要はまだ無いという医師の言葉を参考程度にとどめ、父の静止も無視して精神科のドアを叩くと、即、アルツハイマーの診断を受けた。が、そういう病名が付いても、昨日までのtocoと今日からのtocoが別人になるべくはない。あれから、もう丸1年経つが、随分病気が進んだとは思うが、やはり日々接するtocoは昔のままのtocoだ。幸い父の方が元気で、歳も随分若く、お気楽とまで言えるほどの娘任せな人なので、二人でなんとかチカラを合わせtocoの世話が今のところできている。もうこれ以上できないというところまで来たら、施設のお世話になろうと決めているのだが、これが、tocoと父が逆転していたら、すでにお世話になっていることと思う。というのも、tocoは実によく、実父母の世話をした。特に後で逝った祖母の晩年、亡くなるまでの2年ほどは、父と別居し、祖母の家で認知症とまでは行かないがそれなりに惚けていた彼女と幼い頃から知的障害の実弟と共に暮らし、祖母が寝付かないよう工夫し、たった今まで話していたのにふと寝入るように安らかに逝った最期を看取った。父はなさぬ仲とでも言うのだろうか、祖父母の家に寄りつきもせず、いい婿とはお世辞にもいえなかった。そういうtocoとて、父の実母とは、彼女が亡くなるまで10年以上も顔を合わすことがなく、いい嫁とは決して言えなかった。夫婦の間で、お互いの親に対する思いは色々とあったようで、それぞれの血を引く一人娘の私としては、お互いの愚痴を聞かされ続け、なんともはや。切なさだけが心にあった。話が逸れたが、tocoが実母に尽くしたのを間近で見てきた私は、何故tocoをもっと手伝ってあげられなかったのか悔いている部分がある。tocoのがんばりへのご褒美ではないけれど、tocoが祖母にしたのと同じくらいは、tocoにしてあげたいという思いがある。だから、多少のことは頑張ることができる。父にもそういう気持ちがあるのだと思う。若い頃、なかなか遊んだらしい父は、tocoへの償い的な気持ちがかなり加味されていると断言しても過言ではないだろう。叔母から、若い頃の両親の話を訊いたことがあるが、そりゃあもうアナタ。。。それだけで、2.3本お昼のドラマが作れそうだ。tocoと父の立場が逆転していたら、ザンネンながらtocoは昔の恨み辛みから、迷わず父を即施設へと実行に移しているだろう。tocoは元々ネガティブな考えの持ち主だが、こうと決めると頑固一徹!外野が口を挟むスキなど1ナノサイズもない。話を戻して、知人のところは、ご両親と毎日接する機会もなく、ある意味、家族とはいえそれぞれが気持ち的にも自立されていたため、施設へという道を選ばざるを得なかったのだと思う。話を訊くと、これから先は、まだまだ道は長そうだ。今のところ、toco本人が自分の家で暮らすことを強く望んでいるので、私たちとしても納得の行くまでtocoの世話をしようと思う。気持ちがへこむことも多いだろうが、根比べで行かなければ。。。こっちがすさんだ心で世話していると、tocoにも伝わるようなので、色々と考えすぎないように付き合って行くつもり。明日も、いえいえ、明日こそ、ご機嫌な笑顔でお願いしますよ>おかあちゃん。
2006.07.30
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今日は、母tocoのデイケアの日。昨日のことがあったので、行くのを嫌がるのかと思ったが、お迎えの時刻前にちゃんと用意をしてご機嫌さんで車を待っていた。が、その後が良くなかった。予定の時刻を20分過ぎて車が到着。はりきって支度をしていただけに、tocoの怒りは沸点に達したらしい。「もう行かない!」を連発。父も困り顔で「ほんとに休むかね?」。そこは、百戦錬磨の職員さん「ごめんなさいね~。そんなこと言わずに、一緒に行きましょう、ね」と車に乗せてくれた。果たしてご機嫌で帰ってくるのかどうか。。。父と二人、まさか帰されることはないだろうが。。。と心配しながら待っていると、夕方、ニコニコ顔で帰ってきた。今日は、デイケアの関連施設に出向いて、竹の筒を使った本格的な「流し素麺」を楽しんだそう。本来が小器用なtocoは、おもしろいほどスイスイと素麺をすくってかなり食も進んだらしい。「もう行きたくない」とは言わなかった>ほっ。ついでと言ってはなんだが、ご機嫌なうちに「シャワー浴びる?」と水をむけたら、顔が曇った。シャワーとて、やはりお風呂は嫌なのね。明日は、髪を染めるという名目でたっぷり入浴させるつもり(自宅で髪を染めると、染料を洗い流した後、ついでについでにと促しやすく、どうしても浴室へという流れになる^^;)。運動量の少ないtocoには、ゆっくり湯船に浸かって体を温めるということが大切なような気がする。入浴は体のためなのよ>おかあちゃん。
2006.07.29
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今日は、デイサービスの日だったが、tocoは、昨日から「デイへはもう行かない」宣言をしていたので、本当に行かないのか非常に心配だった。案の定、朝もぐずるtoco。父から手こずっている旨、メールが入る。が、お迎えの方の顔を見るなり笑顔になりそそくさと出かけて行ったそうだ。日中、用があり出かけていた先で、アルツハイマーのお母さんをもつ友人にばったり会ったので、様子を訊くと、早くグループホームに入れた方が良いとのアドバイス。が、まだtocoは家族のことは判っているし。。。ゆくゆくはと思っているものの、日々世話をしていたらなかなか踏ん切りのつけどころが難しい。デイから帰る時刻になったのでtocoを迎えると、所長さん自らがtocoだけを送ってきてくれた。何か話したそうにしていたが、タイミングがつかめず、あとから私の携帯に電話が入った。以前は、多少嫌なことがあっても口や態度に出すようなことはなかったそうだが、この頃は、職員さんにこぼしたり、明らかにイヤだという顔をするらしい。中でも、トイレのドアを開けた時、鍵をかけずに用をたしていたおじいさんに遭遇したこと(これは1回だけらしいが何度もあったと言うそう)、カラオケに合わせて調子はずれに机をたたくおじいさん、この2点が特に気になっているそうで、登デイ拒否(^^;)を訴える原因になっているかもとのことだ。イヤなことをイヤとはっきり言う方もいるので、迷惑はかけていないようだが、どうしたものか。心療内科の診察は再来週だが、先生にちゃんと相談しなければと思う。が、toco連れでは言い出しにくいなぁ。「ますます怒りっぽくなってきます」とおっしゃった先生の言葉どおりになってきていることを実感する。明日はなんとかご機嫌さんでいてよ>おかあちゃん。
2006.07.28
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昨日一昨日の入院以来、母tocoは実に不機嫌である。どうやら昨日無理矢理シャワーを浴びさせたのも、その要因の一つらしい^^;。今日は、リハビリを休ませ、のんびりさせてあげたが、昼食の後、スーパーを散歩がてら買い物している時から不機嫌さが増してきた。結局一日中ゴロゴロし、入浴もパス。明日のデイサービスも休むと言いだした。こういう時、そんなにイヤなら休ませようかとも思うのだが、休ませたら、もういくのがいやになり、辞めてしまっては、寝たきり生活へだらだらと向かってしまうのではないだろうか。見守る私たちも、根気よく、tocoをその気にさせながら、ちゃんとケアしてあげなければならない。が、この根気がなかなか続きそうになく、今日も、危うく日記を休んでしまうところだった。1日休んだら、2日目も休みたくなって、もう書くのがイヤになるのは必至。少しでも書かなければと、気休め程度だが、とにかく書き込んだ。ずっとつきっきりでいたら、小さい声ながら朗読もしてくれて、ひとまずほっ。が、しばらくしていたら、また横になり寝息をたてはじめた。明朝、お迎えが来たら、なんとか機嫌良く車に乗ってくれることを祈る!そして、夕方はどうしてもお風呂に入ってもらわないと。。。お願いしますよ>おかあちゃん。
2006.07.27
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朝病院へ行ったら、母tocoは、ぱっちり目を開けてベッドに寝ていた。夕べはよく眠れなかったそうで、ちょっと興奮気味。顔なじみのヘルパーさんがいたので目をかけてくれて、ちょっとうろついていたらすぐに来てくれて部屋まで連れて帰ってくれたそう。洗面所に連れて行って歯を磨かせていたら、そのヘルパーさんが通りかかったのでお礼を言った。病院のシステムが変わったとかで、スタッフさんの顔ぶれもずいぶん変わっている。それに何より、社会的入院の廃止で病院に住み着いているような方々がいなくなり、ベッドも随分空いている。こんなことで、この病院はやっていけるのか。。。なんて少し思った。さて、tocoは、午前中に胃カメラを済ませ、手術の跡もきれいで問題なしとの診断だった^^。昼ご飯を食べて退院。4700円あまりを払って家路を急いだ。夕べあまり眠れなかったためか、よく眠り、入浴させようとすると、大声を出してごねたが、なんとかシャワーだけを浴びさせた。だだをこねるとな~んか疲労感倍増。日記も軽く書かせて、本日終了。総じて平穏な入院で、父ともども、ほ~~~~~~っ、と安心した。よくがんばったね>おかあちゃん。
2006.07.26
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母tocoを朝8時前に迎えに行くと、やはりベッドに座ったままだった。いつもより早く起こされたためか機嫌が悪く、何にもしゃべらない。着替えがしやすい服を選び着せて、父と3人で病院へ。今日は、大腸のファイバー検査。何度も入院している病院の同じ病棟なのに、スタッフさんの移動があったばかりのためか、過去の病歴、入院歴を1というより0から訊かれた。何年何月に。。。とか言われても覚えているわけない。ま、こういう時のために(?)病歴を記した一覧表を作ってあるので、それを見せたら一気に書ききれなかったらしく「預からせて下さい」とのこと。こういうものは、コピーして複数持っておかなければと思った。大腸を中から見るため、下すための液体を2リットル飲む。いつもは一日にコップ数杯しか水を飲めないtocoだが、看護士さんに言われると、サラサラと飲む飲む。で、下す下す。今回は、個室にしてもらったので、他の患者さんを気にすることなくポータブルトイレに座りっぱなし。この個室、今どきお安い1日2000円!トイレ無し、シャワー無しなのだが、大部屋と違ってベッドがいいし、木のテーブルがあり、付き添い用の椅子にも肘あてと背もたれが付いている(笑)。tocoも気持ちが落ち着いたのか、徐々に機嫌が良くなり何のモンダイもなく、午後4時になって検査が始まった。やはり、ポリープができていて、その場で切り取ることになった。私たちも入室し、カメラを見ながら切り取る様子を眺めることになる。おっぱいの先みたいなポリープをつまんで切り取る。その突起は腸と同じはだ色をしているが、切り取ると紫色に変わり、すぐに白くなる。内視鏡を使った手術は手術だが、tocoは痛みがないためか、眠くなってきたという>ほっ。私たちもモニター画面を見ながら、体の中の世界に感心することしきりだった。無事終了。あとは、悪性でないことを願うのみ。夕ご飯をモリモリ食べたtocoは、いつものぼんやり母さんを返上したかのように、言動がしっかりしている。いい時とそうでない時が、スイッチが入ったように切り替わるON、OFF現象が起こるというお医者さんの言葉を思い出しつつ、いまONなんだなと思った。明日は、胃カメラ。大腸よりも厳しいかもしれないけど、がんばってね>おかあちゃん!
2006.07.25
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明日は、母tocoの検査入院。2泊3日の夏休みを終え、家路を急ぐ私だったけれども、飛行機はいっこうに飛び立つ気配なく、不具合が見つかったということで、さんざん待たされた挙げ句代替え機に乗り替え、1時間余り遅れで地元に着いた>やれやれ。遅くなったが、今日はどうしても入浴させなければ。。。tocoは、私の顔を見てご機嫌だったが、お風呂という言葉を口にしただけで、不機嫌になり、口をきかなくなった。が、なんとか風呂場へ。で、脱がせてびっくり!オムツを外していた。大腸の検査のため緩下剤を使っているのだが、どうにも間に合わなかったらしい。入浴は順調に進み、いざという時のために、オムツを分かりやすいところに置いてきたが、明朝確かめてみなければならない。明日は眠るまでつきっきりでいてあげなければならないだろうな。何度も入院のことを言うが、言ったはしから忘れ、「明日、入院?誰が?ああ、私?どこの病院?」と2時間ばかりの間に何度も何度も繰り返していた。さ、明日は早くて長い。私もがんばるから、おかあちゃんもがんばって!
2006.07.24
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顔はニコニコ、心はプンプン))) 今日も笑顔で帰ってきた母toco。例によって日記を書かせながら、デイサービスであった出来事を聞き出した。どうも、気に入らないこと、腹の立つことほどよく思い出せるらしい。以前から、カラオケのリズムに合わせて机をバンバンたたくおじいさんのことを気に入らないらしかったが、今日は、そのおじいさんのことを「リズムが合ってないし、音がうるさすぎる」とtocoに語りかけてきたおばあさんに腹を立てていた。理由を訊くと「人のことをどうこういうものじゃぁない!」ときた。さすが!事なかれ主義の内弁慶toco。10分ほど興奮して話すので、適当なところで話題を変えた。tocoは、自分のことはさておき、お仲間のことを、おじいさん、おばあさんと呼ぶ。いくつになっても気ばかり若いお嬢さんだ^^。さて、娘の私は、明日から2泊3日で夏休みをいただきます。早い話が現実逃避なんだけど、こういうことがなければ、やってらんないというのが本音。逃避できるうちに逃避しとかなきゃね。とはいうものの、検査入院が急遽決まったので、夏休み最終日の夕方には実家に行き、入浴をさせねばならない。最終日は、兵庫県で暮らす父の妹たちを訪ねる予定なので、かなり駆け足で西へ東へあっちこっちしなければならない。父も足腰が弱り、妹たちを訪ねることは無理になってきたので、電話だけではわからない様子見に私が出かけることにしている。どちらも独り暮らしのため、訪ねるのを楽しみにしてくれている。tocoには、明日も明後日も会えないと伝えたのだが、わかっているのかいないのか。ただ、日記に2日分の塗り絵用イラストと計算問題を書き込んできた。よって、その成果が楽しみである。ガッカリに変わらないよう、お願いしますよ>おかあちゃん。
2006.07.21
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リハビリを終え、昼食を終え、スーパーで買い物をしていると、母tocoの女学校時代のお友達にバッタリ会った。もちろん、tocoは先方のことを覚えていないのだが、以前住んでいた家が近所で、私が幼い頃はよく行き来していたので声をかけさせていただいた。お友達は、ご主人ともども日本画家。お子さんはなく、ご主人を10数年前に亡くされてからは、お弟子さんに囲まれ、お教室を開きながら日々活動的に過ごされている。若い方々と一人渡り合う生活のせいか、どこから見ても81歳とは思えないほどお若い。確実に10歳は若く見える。tocoの病気のことなど判らないので、自然に話しかけてくださり、tocoも久しぶりの再会に目頭を熱くしていた。が、お別れしたとたん「あの人は誰で、どういう人?」ときたもんだ!>やっぱりね~。もちろん、お名前すら覚えているヨシもない。これは日記に書いておかなければと、今日の日記の塗り絵づくりにお友達の顔を描き、tocoに色を塗らせ、お友達のプロフィールも書かせた。似顔絵も我ながらなかなかよく似ていて、これならtocoも。。。と思ったが、甘かった^^;。今日は風呂に入れる日でもあり、むずがるtocoをお風呂場へ強制連行し入浴させ、機嫌が良くなった頃、「今日会った人は誰だったっけ?」。ふむふむ、名前は覚えてなくても、知り合いと会ったということを覚えてるとは。。。いいじゃないのよ、おかあちゃん。何度も繰り返される質問に根気強く答えていたら、最後にtocoはこう言い放った。「誰なのかどこかに書いておかねばね」>お~~~~~~~~い。思いっきり日記に書いているんですけど。。。ま、こういう事は今に始まったことではないので、風呂上がりの世話をし、風呂場を片付け、リビングに戻ったら、今度は父にお友達のことを聞いていた。日記に書いてある旨話すが、今いちピンとこないらしく、父はいらだっていた。やれやれと思いつつ、メモ用紙にまた似顔絵を描き、名前と会った事などを書き添えて、目に付くペン立てにはっつけた。プロではないので、全く同じ絵は描けなかったが、なんとか納得した様子。また聞かれても、これ!っと指させばOK!だと思うので父もストレスにはならないだろう。。。。。かなぁ~?
2006.07.20
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母tocoは、デイサービスから帰ってくると、決まって「今日もたいしたことがなかった」と言う。しかし、送り届けてくれる職員さんには満面の笑顔でサヨナラを言い、車が見えなくなるまで手を振っている。いつも「まっ、いっか」と思うが、ホントの所、デイで過ごす時間に満足しているのやらどうやら「?」である。さて、今日も日記を書いたが、日中過ごしたデイのことをほとんど覚えていないので、なんとか色々と聞き出しても、5行行くか行かないか。まぁ、そこをなんとか書かせる訳だが、本日の記述は「今日は歌を歌わなかった。みんなは話をしていました」って、自分は話しに加わらなかったらしい。ホントの所は、適当に相づちを打っていたと思うが、自分から進んではほとんど話さないので、今日の日記を朗読させたら、ストレス発散とばかりになかなか声がしっかりしていた。そこで「!」。「おかあさんの誕生日の3月14日の日記はどんなことを書いてるかな~」と投げかけてみると、日記のページをゆっくりめくり「あった、あった」。「じゃ、読んでみて。おとうさんにも聞こえるようにね」と様子を見たら、さらに大きな声で朗読をしはじめた。そうか、この手があったのね。本や新聞を読ませることばかり考えていたけれど、日記もすでに200日を超えているので読み物として使える。しかも、自分や家族の一日を書いてあるので実在感があるのだろう、「こんなことがあったのね~」とか「そうそう、あそこへ行ったね」とか、会話が広がる。結局、ランダムに10日分ほど読ませてみた。普段大きな声を出さないため、少し声がかれてきたので「また明日ね」と言って終了。使えるモノは意外と近くにあったのね。
2006.07.19
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母tocoにとって、朝8時半のお迎えは、かなりの早起き。なにしろ一日中寝ていたいのだからして^^;で、今朝は9時前には内科の待合室へ。大腸検査&胃カメラの検査入院の予約をするためにまず診察をという段取りだった。ここで、待たされること40分。かかりつけの総合病院は、予約当日の午前0時以降に来院の上、予約!というちょっと変わったシステムなので、日付が今日に変わったばかりの時に走って予約を取ったにもかかわらず、40分も待たすとは。。。ひょっとして私の予約方法が間違っていたの?と思いつつ、受付で確認したら、ちゃんと予約は取れてるとのこと。尚、内科にせかしてくれた効果があり、スグに呼ばれた。とりあえず、血圧を測っていたら。tocoが、昨日便に血が混じっていたと告白。げっ!診察の時に先生に報告したけれど、よくよく訊いてみると、果たしてそれは血液なのかトマトの皮等なのか、要領を得ない。「ま、様子をみてみましょ」ということで、検査入院も早まった。本当は病院側としては、今週末、金・土曜がベストなのだが、土・日・月と私は夏休みをもらって高飛びしようと随分以前から目論んでいた。都合が悪い旨告げると、来週火・水の入院となった。月曜の夜遅く帰ってくる予定だったのだが何とかするしかない。しかも、水曜日は、叔父のカンファレンス(特別養護老人ホームの3ヶ月に一度の面談会。施設側の状態報告と家族としてどういう対応を望むかの結構突っ込んだミーティング)の日だ。が、母のことを考えると、この日を動かすことはできない。と、言いつつ自分の夏休みは動かさないけど(笑)。ということで、入院の注意事項や検査を済ませ、いつものリハビリへ。火曜日は、リハビリの待合室にも私のお仲間がいて介護関係の情報交換に花を咲かせる。高齢者を取り巻く環境はまったくもって厳しいのひと言に尽きる。中でもたった一人でご主人の介護を続ける奥さんにとってはストレス解消のおしゃべりにもなっているらしく、今日の話は盛り上がった。40分ほどしてtocoがリハビリを終えて出てきた。入院前日の検査食をもらうために会計へ行ったが、まだ計算ができてないと言う。?。通常ならリハビリを終えるともうできていて当然のはず、「20分以上お待ちの方はお申し出下さい」という張り紙を順守し、20分後に「ひょっとして、リハビリからカルテが帰ってきてないじゃありませんか?」と申し出ると案の定。。。(汗)それから待つこと18分。時計を見ると12時前だった>やれやれ。車を飛ばして帰宅すると、父が鶴首で待っていた。ピックアップして、定食屋さんへ。出足が遅かったので、日替わり定食はもう売り切れ。が、今日は「土用の丑の日」!めずらしく「ひつまぶし風鰻丼」があった。一杯目はそのまま、二杯目はネギをのっけて、三杯目はだし汁をかけてお茶漬け風に。。。食に感心のないtocoにとっては、説明されてもちんぷんかんぷん。お茶漬けはイヤだ!とのたまう。しかし、少量ずつ、お茶碗に入れて、最後の一杯にだし汁をかけてあげると。つい口元がほころんだ。「おいしいでしょ」と言うと「おいしい」と返す。「イヤといってたのにねぇ」と言えば、「誰が?」ときた。ま、いつものことで。。。と笑いで吹き飛ばす。最後のお楽しみ、デザートの抹茶プリンと食べていたら、Tシャツにたらり~んとソースをこぼすtoco。隣にいて気づかなかったのだが、前から見たら、なんともはやTシャツにはこぼしたタレやソースが芸術的に飛び散っていた。散歩がてらに、いつものイ○ンへTシャツ探しに。とりあえず三枚購入し、食材を買っていたら、「トイレに行きたい」と珍しく告げるtoco。差し迫っている様子だったので、父を残してトイレへ一目散。便座に座ったとたんに。。。セーフ。紙おむつをはいているものの、よかったぁ。一旦、家に帰り、今度は、叔父の特別養護老人ホームへ。tocoの入院が決まってすぐ電話を入れたのだが、「カンファレンスの時間は変更できないので、今度来られた日にご意見をお伺いしますと」言われていたため、「今日、様子見にお伺いするつもりですが、その時に時間の調整を」と告げ、そのつもりだったのだが、「せっかくですから、今日お話ししましょう」と言うことになった。これは、一石二鳥。一挙両得。いつも私にばかり出席させている父を強引に引き込み、臨時カンファレンス。とてもしっかり面倒を見てくださる施設なので、家族に対しても突っ込んだ意見を求めてこられる。よって、こちらとしてもあやふやな意見は言えない。メモを取る私に対して、結構お気楽な父。が、意見を求められると真剣にならざるを得ない。ふ~。なかなか有意義な30分余りだった。家に帰り着くともう5時すぎ。一休みがてら、大阪のケアハウスに入居している叔母(母の実姉)に電話をした。tocoも私も何万回も聞かされた息子と嫁のグチをリピートされ、いつもながらに辟易。父はなさぬ仲で若い頃から叔母のワガママに振り回され続けてきたため「一生話したくない」という理由から、会話はパス(いつもながらにパスできる人はいいな~と思う)。が、こんなことでへこんでなんていられない。気分を取りなおして、tocoを入浴させた。風呂上がりに、恒例の日記&塗り絵&計算&朗読。tocoはもう自分で文章を創作できないのでいつも私が文章を口立てするのだが、最後のくだりに「今日はお風呂にも入りました」とささやくと、「誰が?」「おかあさんが、よ」「お風呂に入った?私、知らない」と言う。とほほ~ん。こういう時は、ひとまず一家で大爆笑!お風呂での出来事などを話し「シャンプーの香りがほのかに香るでしょ」と髪に手をあて匂わせると「変なニオイ」ときたもんだ。が、ようやく思い出してくれたようで。一件落着。食べこぼしのたくさん付いたTシャツやジャケットをおみやげに帰路についた。さ、今から染み抜き染み抜き。食べこぼしてもいいから、たくさん食べて体力つけてね、おかあちゃん。
2006.07.18
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母tocoは、朝からデイサービスへお出かけ。よって、今日は日中、墓参りにと思っていたけれど、出ようとした矢先にちょっと頼まれごとをしてパタパタしてたら、あっという間にtoco帰宅の時間になっていた。慌てて実家へ。すでにtocoは帰っていて、昨日買ったスイカをみんなで食べることにした。で、パクッと一口食べたところへ、電話がポロロン~♪出ると、tocoの女学校時代の友人であった。テレビの音がうるさいとか何とか言って玄関まで電話を持って出るtoco。20分ほど経ったので、さすがに大丈夫かしらんと様子を見に行ったら、クツを履くために置いてある椅子に腰掛け、「あんたもなるべく気にしないようにね」「そのうちいいことあるからね」とか先方を励ましている。30分ほど経って、ようやく終了。どんな話をした?と訊けば、何も覚えてないと言う。「入院したとか言ってなかった?」と聞き返すと「そうそう、それはご主人」と答える。なんかきっかけを与えると少しずつ出てくるようだ。が、いくら聞いてもそれ以上の内容はあまり分からなかった。それから、日課の日記&塗り絵&計算&朗読。本日の塗り絵のテーマは、スイカだったが、楕円形のスイカの玉に描かれている緑の模様がどうしても分からない。「互い違いに濃い緑と薄緑で塗って」と言っても「?」。。。結局、この線は濃い緑、次は薄緑と根気よく、耳かきで指示しながら塗り上げた。デイサービスでの出来事もあまり記憶にないらしく、tocoのブラウスに付いた糊やご飯の食べこぼしから一日の様子を伺い知ることができる。またそれも楽しい、かな?明日は、大腸検査と胃カメラのための内科の診察。今夜12時過ぎに予約を取りに行って、朝は8時半にお迎え。ちょっと気合いが入ります私。
2006.07.17
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今日は、母tocoにとって唯一朝寝坊が出来る日。昼前に、昼食を持っていったら、当然のようにベッドの上でぐっすり寝ていた。ヘルパーさん直伝の起こし方で強制的に起こし、昼食を食べさせた。寝ぼけているわけでもないのだが、冷麺を食べるのに、1筋ずつ麺を食べるtoco。そんな食べ方をしていたら、すぐに飽きて「もういらない」と言うことが分かり切っている私は、昨晩の反省はどこへやら、スパゲティを食べるようにフォークで麺を巻き付けtocoの口に運んだ。残りが少なくなってから「あとは自分で食べたら」と言うと、おとなしく食べてくれた。そして、いつものイ○ンへ。20分ほど散歩&買い物をし帰宅。まだまだ眠いというので放っておいたらぐっすり寝入ってしまった。それを無理矢理起こして、お風呂タイム。昼寝の途中の入浴はとにもかくにも機嫌が悪いが、この夏場、せめて2日に1回入れなければプ~ンと臭ってくる。うちは、火、木、日の3回にしているので、日曜には絶対入らなければ、とんでもないことになってしまう。いつも心を鬼にして、tocoをなだめつすかしつ風呂に入れる。風呂上がりに、日記&塗り絵&計算&朗読をさせたが、夕べの同窓会のことはまたしてもまったく忘れていた。昼に食べたお寿司の残りも「残り物を持たせてから。。。」とか言ってたが「おみやげをくれたのよ」と言って聞かせた。モノは考え方次第。常に後ろ向きなtocoは、人の親切も何か裏があるのではと以前から思うタイプ。デイでも、その場ではニコニコしているが、家に帰ってから愚痴がとにかく多い。施設と家の区別がつかなくなるとトラブルのモトになってしまうのではと、つい考えすぎてしまうが、少しでも前向きな考え方をしてくれるよう、思い込みを別の解釈で説明するようにしている。明日は、デイサービス。祝日でも休みナシなので有難い。明日からの1週間、がんばってね。おかあちゃん。
2006.07.16
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本日は、母tocoの同窓会。デイケアからの帰りを待ち、日記&計算&朗読を済ませ、「今日は同窓会ね」と言うと、またしても案の定「誰の?」ときたから笑うしかなかった。6時開始ということで、5時15分頃から着替えをさせ、トイレに行かせ、ちょっと一段落させていたら、出発の5時45分になった。会場は、近所のお寿司屋さん。私の足で5分なのだが、ずいぶんノリシロをとって、15分前に出ることにした。父と二人、そのお寿司屋さんのカウンターで待機という予定だったが、開始早々行くのはイヤ!と父が言うので、私一人でtocoの手を引いて会場に向かった。tocoもがんばって歩いたので6時5分前に到着。男性諸君が3人早くも来て待っていて下さった。母がちょっとボケ気味ということは、以前にお知らせしてあったのだが、アルツハイマーとまでは言ってない。おかげで、普通に接して下さるので、tocoも居心地がいいらしい。「終わる頃に、カウンターで一杯やってますのでよろしくお願いします」と、tocoをお預けして、一旦実家へ。7時前に、父と二人でお寿司屋さんへ。tocoたちはテーブル席で、私たちの座ったテーブル席とは仕切られている。が、様子は何となく判る。幹事さんが、時折「tocoさん・・・」と話しかけてくれる声が聞こえる。会の終了間際、幹事さんがカウンター席まで出てこられて、余ったお寿司をおみやげの折詰めにして下さった。そして、私に・・・「tocoさんは全然食べられなかったから、ぜひ持って帰って下さい」。やっぱりそうだったか、と、恐縮する父と私。散会の頃を見計らって、母を席まで迎えに行き、皆さんに軽くご挨拶して帰途に。集まられた皆さんは、体もそこそこ、頭もしっかりしていらっしゃる方ばかりなので、同じ81歳でも。。。と少し羨ましく思いつつ、お寿司屋さんを後にした。tocoの手を引いての帰り道、「お腹が空いて空いて・・・」とのたまう彼女。家に着き、いただいたお寿司を半分に切り分け、3貫ずつ小皿に入れて出したらあっという間に6貫を平らげた。いつもの、廻転寿司切り分け&小皿作戦のおかげで、tocoったら、ふつうサイズのお寿司を食べられなくなっていたのだ。誰も切り分けてくれないから仕方がないが、普段の接し方を改めなければならないのかとも少し思った。ま、何はともあれ、tocoが自力で適当に話を合わせながらの同窓会。無事終わってよかったよかった。
2006.07.15
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案の定、母tocoは、明日の予定を忘れていた。デイサービスからの帰りを待ち、ひと休みさせた後に、日記を書かせていて「明日は同窓会」を言ったら「誰の?」ときたのでやっぱりねと、可笑しくなった>やれやれ。ま、なんとかなるでしょと、早々にtocoの世話を済ませ、実家を後にした。
2006.07.14
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今日は、月に一度の外科の診察だった。母tocoは、平成15年の秋に、胃の1/3と胆のう全部、S状結腸と直腸の一部などを摘出している。今日までのほぼ3年、色々とあったが、現在はまるで何事もなかったかのように内臓の方は元気で過ごさせてもらっている。今日の診察でも悪いところはなかったのだが、そろそろ大腸と胃の検査をした方がいいのでは。とすすめられた。大腸検査では、大量の液を飲み、またそれを出すために水分不足に陥りやすく、補うために点滴も必要とのこと。ただでさえ脱水症状が危惧されるこの夏場、一泊入院してはどうですかといわれた。不安がないことはないのだが、心療内科の先生からも、今飲んでいる薬の効果で入院などで環境が変わったからといって急激に分からなくなったりはしないといわれているので、思い切って検査入院させることにした。で、まずは来週、内科で受診し、予定を立てなければならない。にわかに忙しくなってきた。月末には叔父のカンファレンスもある。そして、私の夏休みもある(ってこれが一番大事^^;)。万一、ポリープでもできていたら、入院が長引くのでその覚悟もしておかなければならない。が、家族が不安な表情を見せてはいけない。なるべくその話題にふれないようにして、日々を明るく過ごそうと思う。今日は、診察の後リハビリ。帰宅時間が遅くなったので、そのまま父を迎えて、三人でまたしても廻転寿しへ行った。先日の店が、ここだけの話イマイチのお味だったので、そのリベンジってことで、おいしいお店を目指した。そこそこ満足。いつもの、半分にちぎる&小皿作戦で、のべ5貫と茶碗蒸しをペロリたいらげてくれた。その後、いつものイ○ンへ行った。足の指先が伸び切らなくなり丸まったような状態になってきたtocoは、これまで履いていたクツがきつくなってきている。少しソックスが薄ければはけそうなので、ソックスを探しにめったに行かない「北の端っこ」の売り場へ行ってみた。が、「!」と思うモノがなかった。せっかく来たのに、そのまま帰るのもなんだかもったいない気がして、「南の端っこ」を目指して歩いてみることにした。さすが、地域で一番大きなシッピングセンター「イ○ン」。行って戻ってなら500mはゆうにある。往路は休むことなく(が、グチは続きながら)一気に南の端っこへ。復路は3回ベンチに座って休みながら北の端っこへ戻った。それから、食品売り場で買い物をしてようやく帰路についた。tocoにしたら、久しぶりに歩いた長い距離。夕方、お風呂に入れる時、服を脱がして背中を触ったらちょっとねちゃっとしていた。汗をかいたんだなと思った。体が健康であることに感謝した。
2006.07.13
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今日は、デイサービスの日。いつもウエスト部がゴムになっていてチャックすら付いてないズボンを愛用している母tocoが、ひさっしぶりにチャックが付いてホックで留めるタイプのズボンをはいて出かけた。帰って来るなり、トイレトイレと言って緩やかながらトイレに駆け込み、ウエストのホックを留められないままにリビングにやって来た。デイではちゃんとホックをかけられたらしいが、家に帰ると留められないと訴える。たしかに、tocoは手許も随分鈍くなってきている。時間をかければホックをかけることができるが、外すのにも手間取るので、トイレを我慢していたらしい。出来ることは少しでもやらそうと思っていたのだが、そのズボンをはくのを怖がるようなら気持ちの上でもよろしくないかなと思い直し、ホック部分をマジックテープに付け替えることにした。私一人が自転車でサッとイ○ンへ行き。。。と思っていたのだが、父も母も付いてくると言う。車に乗せ、散歩がてらのショッピングとなった。tocoの手を引き、手押しカートを頼りに歩く父とともに、てくてくてくてく歩いた。tocoのことばかりに目が行っているようだが、父の方にも気配りをしてあげないと、彼もうっぷんが随分たまっているようである。私が出かけるというと、どこへでも付いて来たがる。tocoの世話は、若い頃苦労をかけたtocoへのご奉仕と割り切っているのだが、かいがいしくtocoの手を引く様子を見ていると。「好きおうて一緒になった仲やない。。。」というセリフが頭をよぎる。が、細かな気配りなしに手を引くので、適当なところで軌道修正をしたり、私の方へ手を取り直したり結構気をつかう。予定外の買い物に出かけたので、すっかり遅くなってしまったが、日記を休むわけにはゆかない。父に日記の係を頼んだが、ちょうど囲碁のテレビ番組が佳境に入っていたため、うわの空、買ってきたばかりのマジックテープをつけ替えながら、tocoの日記を見、計算問題を作って採点をし、朗読させた。まったく、私がtocoの母なのだ。祖父母も頭だけはしっかりしていただけに、こんな日が来るとはね。さ、明日は、診察とリハビリから一日が始まる。そうそう、お風呂もだ。同窓会に向けて念入りにゴシゴシしなければ。な~んか、気疲れした一日だった。
2006.07.12
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昨晩、母tocoから電話があった。とは言っても「・・・なんて話したらいい?おとうさん」とのっけから。。。「なぁに?」と返すと「私、15日に同窓会になった。私、行くらしい」ヾ(・・;)ォィォィ 。らしいも何も。。。「お父さんに電話代わって」と頼み、詳しく聞くと。夜、小学校の同窓生から電話があり、15日土曜日に近所のお寿司屋さんで10人足らずの同窓会を開くとのこと。事が判っていなくともお返事のいいtocoは「行く行く!」と返事をし、会場や日時などを復唱する後から父がメモしたらしい。何度も書いたが、他人様と話をするtocoは、病気がウソのようにはっきりと受け答えをする。何にでも機嫌良く返事を返すので、認知症のお年寄りが親切を装った詐欺に会うというニュースを耳にしても(被害者の方には悪いが)ありがちな話だと思わずにはいられない。実は、この春にも昼食を兼ねた同窓会が開かれtocoを出席させてみた。会場はお蕎麦屋さんだったのだが、もちろん連れて行き、終わる時間を見計らって父と二人食事がてら迎えに行った。デイサービスでも他の利用者さんとうまくやってくれているので、今回は、返事もしたことだし、出席させることにした。同窓生の方は、同じ81歳とは思えないほどしかっりしていらっしゃる(しっかりされているから出席できるのだろうが^^;)。当日はもしもために、父と二人お店まで連れて行き、同窓会の間、他の席で待機することに決めた。どうなることやら、心配半分楽しみ半分。tocoの頭に楽しい思い出が刻まれることを願っている。さて、そういう訳で、今日は、同窓会に着て行く服を見に行った。病気をして以来、tocoは随分痩せたので、手持ちの服はどれもこれも借り物に見えて仕方がない。普段着はそこそこ揃えたが、改まったお出かけの機会が少ないので、ちょっとしたよそゆきはほんとに少ない。前回の同窓会には、お着物の奥様もいらっしゃったので、たまにはおしゃれをさせようと父と三人で近所の「イ○ン」へ出かけた。tocoは、まったくもっておしゃれに無関心な女性で、結構目鼻立ちがはっきりしているため、若い頃から化粧をしなくてもそれなりの美人で通してきた。洋服もまったくもって無頓着。私の子供時代のこじゃれた服は、叔母や父が選んでくれていたほどだ。で、選ぶのはもっぱら私と父。パンツとジャケットを買ったのだが、何着着せたことか。。。無頓着ながら派手なのは嫌がるので、地味ながらちょっと流行が入っているのを見つけることができた。「イ○ン」の熟年~高齢者向きのアイテムを揃えた売り場には、お体の不自由な方や高齢者向けの試着室がある。もちろん広めで、手すりや椅子が設置されていて大人二人で入って着替えさせても安心できる。平日の昼のため売り場が空いているのをいいことに、父も呼び入れ納得の行く買い物をすることができた。ついでといっては何だが、靴も買おうということになった。が。。。tocoは、どういうわけか足のサイズが大きい。痩せたとはいえ骨自体が大きく大変な甲高なので、24.5cmでは収まりきらないことが多い。その上、加齢に伴い足の指が曲がってきたので先の方にゆとりがないと歩くのに随分影響する。去年まで履けていた靴が今年ははけなくなるという有様だ。売り場で10足ほど試し履きをしたが、帯に短しタスキに長し。結局、つっかけサンダル状ながら造りがしっかりしていて、甲の部分にマジックテープが付いて微調整できるのを発見し履かせてみたら「これは履きやすい」とご機嫌の様子。靴売り場でほぼ30分費やしてクタクタの父と二人ほっと顔を見合わせた。買ったパンツとも相性のいいサンダルで、あとは、当日晴れてくれることを祈るのみ。帰宅してからも、同窓会のことを楽しみに話すtoco。だが、それが明日のことなのか、明後日のことなのか、ピンとはきていないようす。何度も「今度の土曜日よ」と言いきかせつつ、あと何回同じ質問に答えるんだろうと思った。何度でも答えるからね、おかあちゃん。
2006.07.11
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何でもされるがままだった母tocoが、今日は珍しく「イヤ!」を言った。というのは食事のことだが、外食の折、行く先を自分で決めることができないので、いつも思いつくままに適当なお店へ連れて行き、tocoは黙ってついてくる。が、今日は、自ら和食の店の名を出したのでそこへ向かっていたが、家を出るのが遅くなり、いつも食べる定食が売り切れていそうなので急遽他の店に行くことにした。目的地は、大きなショッピングセンターのレストラン街。その中のどこでもいいと言うので、父が希望したトンカツのお店に決定し、私が車を停めてくる間に店まで夫婦二人で行って、店の前で待っている段取りだった。が、私が辿り着くと「ここはイヤ!」とごねていていっこうに入ろうとしない。「どうしてイヤ?」と訊ねたら「ここには何があるか分からない」と言う。tocoは海老フライが好きなので「海老ちゃんもあるよ」とディスプレイを指さすと「大きいしいっぱい入っていて食べ切れないからイヤ!」と言う(これまでもさんざん食べたのに)。で、困った時の廻転寿司。「じゃ、お寿司にする?」と言えば、すぐにのってきた。tocoは、質より量でまいってしまうタイプ。ただ単にどこでもいいとついてくるよりも、何を食べるのかに興味を持ってくれたことは有難いと思った。廻転寿司では、得意の小皿&ちぎり作戦で、お寿司5貫と茶碗蒸しを食べてくれた。もっとも最後の方は、お口の中に入れてあげたが…^^;明日も、昼は外食。この店はイヤ!ならいいが、出かけるのがイヤ!と言いませんように。。。外食には20分ほどの散歩がもれなくついてくるのだからね、tocoちゃん。
2006.07.10
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日曜日は、母tocoにとって週に一度の安息日。リハビリもデイもないので、心ゆくまで(といっても昼近くまでだが)寝かせてあげることにしている。今日は、11時半に見に行くと、案の定ベッドの中。入院中ヘルパーさんから教わった起きあがらせ方で、よっこらしょっとtocoを起きあがらせ、パジャマのまま食卓につかせる。そして、ブランチ。日曜の定番は、お寿司。こちらの名物の鯖の姿寿司や巻寿司などを、これまた名物の「日曜市」で買ってくるのが恒例となっている。が、どういうわけかいつも食が進まない。起き抜けということがあるとも言い難い。というのも、外食をするとなかなかの食欲をみせるのだ。自宅で食べる日曜のブランチは、途中から娘の私がお口に入れてあげて食べさせなければ、小鳥が餌をついばむほどしか食べない!とまるで決めているかのようだ。ま、いいか。といつも思いつつ、今日も母娘かしましく時間を過ごした。昼に起きる日曜は、一日が短い。ちょっと一休みした後、運動がてらの買い物へ。ショッピングセンターをぐるぐる回った。帰宅したら、tocoは昼寝できると思っていたらしいのだが、日曜はお風呂の日。しかも、ちょっと髪の毛が伸びてきたので、その前に散髪が待ちかまえていたのだ。tocoのサンパツは、娘の私の担当。まだ彼女がしっかりしていて、一人で出かけることができた数年前まで近所の美容室でお世話になっていたのだが、ある日、髪を染めて帰ってきた時に染まっていない部分があり「ちゃんと染めてもらえなかったの?」と聞くと、「途中で染料が足りなくなってこれで我慢してと言われた」と帰ってきた。tocoも商売をしていたのでついお店の立場になって考えるため「我慢した」そうなのだが、そんなことでお金を払うのはどうしても納得が行かず、私が染めることにした。全然、資格も経験もないのだが、一旦染めてみると、切ってみたくなり、今に至っている。時には虎刈りっぽくなることもあるけれど(笑)、髪の毛の伸びる速度が速いので、なんとか様になってくれるので助かる。今日は、いやがりもせず、おりこうさんでお風呂に入ってくれたし、日記も二度朗読してくれた。明日は、心療内科の診察日。また新しい一週間がはじまるゾ!
2006.07.09
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デイサービスとは違い、デイケアでは「お料理」というカリキュラムがある母toco。他の曜日のカリキュラムには興味を示さなかったので、まずは「お料理」からと始めてみた。今日のメニューは、刻んだ野菜と蒸し鶏、それにスープだった。が、もちろんtocoは料理したことすら覚えていない。が、連絡帳をもとに「キュウリを切ったんじゃなぁい」と聞くと、「そうそう切った切った。けど、あれは料理ではない」と言う。tocoは自尊心が強い性格のので、覚えてないことをとても気にしてそういういい訳をよくする。このいい訳がなくなるとこれまたシンパイなので、最近では、いい訳するたびに微笑ましい気持ちになってくる。シンパイといえば、今日は、ご飯を食べてないと言い張ることもなく、平穏な一日を過ごすことが出来た>ほっ^^v。
2006.07.08
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とうとう、と言うべきか、夕食後に父から電話があり、母tocoがごはんを食べてない!と言いだした。本人に電話をかわり話を訊くと「食べたかどうかが分からなくなった」と言う。「おなかはいっぱいになってない?」とたずねたら、「それほどでもない」という。食べ足りないのかと思い、父と量を相談の上、拳の半分ほどの小さなパンを食べさせることにした。本人は納得するんだろうか。日中はデイサービスで七夕飾りを作ったらしいが、本人は全く覚えていなかった。日記を書かせた時も、「七夕」という漢字が判らないというので「数字のナナを漢字で書いて」と教えたが「漢字」という意味が思い出せなかった。別の紙に「一、二、三、四、五、六」と書いてその次の漢字は?と問いかけると「ああ、コレが漢字か」と「七」を書いた。「夕」はすらっと書いたが、少し前から漢数字が判らなくなっていたらしい。今日はぐずついたお天気なので、そのせいかなとも思う。来週の月曜日は心療内科の診察日なので、ちゃんと報告しておかなければ。。。たまたま今日、忘れただけと思いたい。おかあちゃん、たのみます。
2006.07.07
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今日は、週に2度の母tocoリハビリの日。「今日は一日寝ていたい」というtocoを車に乗せて病院へ。リハビリ及び通院は、基本的にtocoと二人で出かける。本日も平常通り。リハビリが終わるのを待っていると、2週間ぶりに会うおなじみのご夫婦。60代中盤のご夫婦だが、ご主人は脳の病気で体が不自由。結構身長があって奥様一人では入浴させるのになかなか大変なのでデイサービスを利用させたいのだが、「お前にそんなにも迷惑をかけているとは思わないのだが。。。」としみじみいわれ、人一倍健康だった日のことを思い出し、自分で出来る限りは世話をしようと覚悟したそう。でも、やっぱり現実は。。。とこぼしていらっしゃる。この「こぼす」というのもストレス発散になるのかなと思いつつ、いつも「自分で納得行くまでお世話するのが一番ですよね。でも、がんばりすぎないように気をつけてください」と声をかけた。みなさんとお話していると、みなさん色々なんだなと思いつつ、自分を自分で励ましているような気にもなってくる。リハビリを待つ時間は、ご主人や親御さんを先生に預けているので、気を抜ける瞬間というんだろうか、みなさんお顔がホッとしているように見える。さて今日は、tocoの希望であったはずの「一日寝ていたい」という言葉とは裏腹に、何かと忙しい一日だった。リハビリ終わりで帰宅し、昼食まではいつも通りのんびり。昼食は、回転寿司を食べに行こうということになり車で近所へ。一つのお膳やお皿にたくさん盛ると見た目でお腹がいっぱいになるtocoにとって、小さいお皿にお寿司がちょこんと乗っている回転寿司は、食欲を増進させる格好のイベントだ。茶碗蒸しを食べさせながら、目の前のお皿に、一貫を私が箸で半分に切り分けたお寿司を半貫(?)ずつこっそり乗せてゆく。するとぱくぱくぱくぱく。今日は、都合5貫(半貫×10)ほどを平らげてくれた。イカや貝を箸で切り分けるのはなかなかコツが必要だが、食べてくれるにこしたことはないので頑張れ自分!だ。で、食事の後、ショッピングセンターと100円ショップへ。再び帰宅し、昼寝をさせていると、親戚がお中元を持ってきてくれた。結局、tocoの昼寝は10分ほどで終了。久しぶりの懐かしい顔に目が冴えてきたようなので(とはいうものの、来てくれた親戚が誰なのだか名前はもとより顔も忘れていたというから今更ながらびっくり)、特別養護老人ホームで暮らす実弟の様子見に出かけることにした。車で片道30分、バスなら接続が悪くて1時間の道のりだ。叔父は、この頃食欲がなく、一日の水分量が500mlを切るようなら点滴を始めるといわれた。彼は、数年前まで「胃廊」(いろう:皮膚の上から胃に穴を開けて直接栄養が送れるようにすること)をしていた。何を食べても苦く感じると言いはじめ、徐々に食欲がなくなり、点滴などもだめになりとうとうお腹に穴を開けた。が、奇跡の復活とでもいうんだろうか、病院を転々とするうちに、周りの人がおいしそうに食べているのが起爆剤となったようで、徐々に食欲が戻り、口から食事が摂れるようになり、お腹の穴も閉じることが出来た。ところが昨年、再び極度の食欲不振に陥り、あと一歩で胃廊というところまでいって手術承諾書にサインした。ら、翌日からまたしても奇跡的に食欲が回復して事なきを得た。今回も、食欲が戻ることを願う。tocoが一生懸命弟に「食べなさいよ」と言い聞かせている姿が微笑ましかった。施設で30分ほど和んでいたら、tocoが「帰る」と言いはじめたので、職員さんに挨拶をして帰路についた。帰宅したら4時半。それからtocoを風呂に入れた。風呂上がりに、日記とぬり絵と計算と朗読をこなして本日終了。風呂も日記もろもろも、いつも「今日は休む」とごねるtocoだが、一日でも先延ばしにすると風呂は定期的に、日記もろもろは毎日続けることが難しくなる。一日くらいと思わなくもないが、今日も「鬼娘」はtocoにハッパをかけて強制執行してしまった。「おかあちゃん、ごめんね」と心でつぶやきつつ。
2006.07.06
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tocoの実弟は73歳、特別養護老人ホームに入居している。幼い頃に脳膜炎を患い、 養護学級のなかった小学校からは登校を禁じられ、母である祖母が存命中ずっと親元でのみ育て、暮らした。一心一体だった祖母が亡くなってからは、実の姉であるtocoが主に世話をし、私も会社勤めの合間を見て土曜日毎にドライブに連れ出していた。 が、tocoの発病を機に、人様にお世話になることを決意し、病院を転々とするうちに体の悪いところが全くなくなり、高齢化と共に、認知症患者並とかいう理由から知的障害の認定をはずされ、昨年9月から、現在の「特養」生活に至った。 小うるさい家族から離れ、初めて普通の人と同じ扱いを受けながら、叔父は、のびのびと施設ライフを楽しんでいるようす。少しながらがちぎり絵をしたり、絵を書いたり隠れた才能を発揮している。 実は、小学校の時、障害が出てから「絵がいい!」と、ある人の目に留まり、何かの表紙にさせてくれという要請があったそうだが、「うちの子をさらし者に...」という親の反対に遭い表紙の絵は実現しなかったそうだ。 今思うと、ご時世がそうさせたのかも知れない。 現在の施設の職員さんも、なかなか絵がいいと誉めてくれて、シルバーの県展などに出すようにしたいと言ってくれている。 で、姪バカだが、最新作のちぎり絵をアップしてみた。 携帯で撮影したので細部までは判らないが、「海の絵」で波の上に黄色い人が一人と白い人が二人手を振っている。その左上にカモメが飛んでいて、白い紙で判りにくいと思ったのかちゃんと縁取りをし、羽根の先を黒で塗っている。 70年来、家では自分の名前を書いたり、裏写りした絵をなぞることしかしなかったのに、書きたいという気持ちは、無限に広がっているようだ。幸せは意外なところに。。。
2006.07.05
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朝リハビリ、昼から歯医者とtocoにとっては気忙しい一日だった。日頃、何度も何度も「明日はどうする日?」とたずねるので、うちでは大きな字でとても目立つ予定表を作ってある。2,3日前の朝、tocoが一人でその予定表を見ながら、プンプン怒っていた。よく聞いてみると「歯医者は痛いのでもう卒業する」と言う。もう自分で磨ききれないので、月1で歯の掃除にゆくのだが、それが気に入らないようす。ま、怒りは1時間ほどでおさまったので、今日という日まで、歯医者のことは黙っていた。案の定、今朝は歯医者のことを思い出していなかった。予定表を見ればばっちり書いてあるので、どうして気づかないかなぁと不思議といえば不思議なんだが。。。朝リハビリを終え、昼食を食べ、ショッピングセンターで買い物&散歩を済ませ、昼寝をさせていたら、歯医者の時間がやってきた。で、「さ、行こう!」と起こしたら、機嫌の悪いこと悪いこと。行く先を告げずにこれなので、黙って連れて行こうかとも思ったが、歯医者に行くことを正直に言ったら、足をバタバタさせて「いや~~いや~~~」と、ごねるごねる。まるで幼子である>体はでかいが。絶対に立とうとしないので、以前入院中に体得した立たせ方でひょいと立たせた。あっけなく立ってしまったので笑ってはいたが、「いや~~~いや~~」コールは収まらない。が、手を引っ張らずに、後から体を支えて歩いたら歩かざるを得なくなり、なんとか観念したらしい。車で行けば?という父を残して、トコトコ歩いて出かけた。tocoの足で10分だが、ぼやくtocoの手を引いて、なんとか任務を遂行した。「よく磨けてますね」と先生が調子のいいことを言って下さったので、tocoのご機嫌も少しは治った。来月の予約をとったが、また同じ事の繰り返しだろうなと思った。しかし、今日のごねごねは、まだ終わってはいなかった。風呂に入れなければならないのだ。夕方「入ろう」と言うと「今日は風呂は休み」だと言い張る。またしても力づくで立たせ、入浴させた。いつもなら「やっぱり入ってよかったよね」というと「そうそう」と機嫌良く返事をするのだが、今日は「入らないなら入らないでよい」ときた>やれやれ。風呂上がりにパジャマを着せていたのだが、帰り際に座布団カバーを買いに行くので一緒に来るかとたずねたら、ほいほい着替えて車に乗り込んできた。まったくもうゲンキンなんだからと口では言いつつ、母を愛おしく思った。
2006.07.04
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母tocoは、アルツハーマーが進むとともに、食べ物の好みが変わったというか、無頓着になったせいか嫌いな物がなくなった。例えば「馬刺」。馬というだけで箸もつけなかったのだが、口に入れてやると「おいしいおいしい」と言って食べ、馬だということを告げても、平気な顔。また食べたいとか言うようになった。好き嫌いの激しい性格だったので、この点は多いに助かっている。tocoは妙に引っ込み思案なところがあり、その性格は今も変わってはいない。デイサービスでもケアでも、カラオケを楽しむそうだが、自らマイクを握ることはないものの、結構歌を歌っているとか。そんな歌をいつ覚えたんだろうと不思議だったので、今夜、外食した後カラオケに誘ってみた。父は週に1度必ずカラオケスナックに行っているので、予定外の行動に大喜びでのってきた。で、父の行きつけというカラオケスナックへ行ってみた。以前のtocoなら絶対に行かないが、かなり乗り気で、一家3人初めてのカラオケと相成った。父の熱唱に大笑いのtoco。恥ずかしい恥ずかしいを連発していた。肝心のtocoは、やはりマイクを握らないが、無理矢理持たせて、デイサービスで歌っているという曲をかけてみた。が、どうやら曲を知らないのに適当にモゴモゴ歌っているようす。デイでは、そのモゴモゴを歌っていると勘違いして報告してくれたんだなと納得した。tocoが知っていそうな曲をかけたら、結構ハリのある声で歌っていた。たまには、こういうのもいっか。と、ちょっと幸せを感じた。追記:さっき食べたばかりの食事を食べたかどうかも覚えてないtocoなのに、翌朝はカラオケのことをしっかり覚えていた。父の歌がよほど恥ずかしかったらしい(笑)
2006.07.03
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日々勝手に忙しくさせられている母tocoにとって、日曜日は唯一、朝寝坊の出来る日だ。今朝、というより、昼前に行ってみたら、案の定、ベッドでごろごろしていた。が、今日はそれ以上にドキドキする出来事があった。tocoの面倒をみてくれている父が、朝風呂に入っていたのだが、何度呼んでも応答がない。彼の従兄弟が入浴中に亡くなっていただけに、ヒヤヒヤしてしまった。どうもシャワーの音で私の呼ぶ声が聞こえなかったらしい>やれやれ。さて、tocoはこの頃、朝昼の食事が進まないが、夜は俄然食べる。夜は消化がはかどらないので、朝昼をしっかりで夜は軽くが健康的食生活の基本なんだが、彼女の体重維持に一役買っているかと思うと、まっいっか。と思ってしまう。しかし、一口二口でご馳走様は、作る方としては味気ないので、今日の昼もだましだまし皿に入れ口に運んで、一応まとまった食事をさせた。この病気は、本当に本人の集中力がなくなるというか、根が続かない。こっちの根が尽きそうになるのだが、食事が摂れなくて入院していた日々の事を思うと、なんのこれしきと「気」が沸いてくる。栄養失調や水分不足は、時に幻覚を伴い、周りの人間は、もう一生回復しないのかと絶望的になる。呆けの症状とは異なるようなので、本人も「どうなっているのか」と不安になるらしい。tocoがアルツハイマーと診断される前、病状的にはごく初期の頃だったと思うが、水分の不足と電解質のアンバランスで入院していた。当時、しきって「頭の中が変になりかけてるけれど、私はどうなっているのか」と訊いてきた。それは、こっちが問いかけたいセリフだった。というのも、どこにいるのか分からなくなり、ベッドの脇で用を足したり、体が衰弱して歩けないはずなのに、点滴中フラフラと廊下をさまよい、挙げ句の果てベランダで倒れていたり、どういう風に落ちたのかベッドから転落し目の下にお岩さんみたいなアザを作ったり。。。それも、午前2時から4時の間に大活躍していた。こっちは、毎朝様子を見に行くたびにビックリである。ま、問題点が解消され、tocoはパッと見正常に戻ったので退院し自宅に帰ったのだが、やっぱりおかしいと思った私が「心療内科」に連れて行かなければ、今でもアルツハイマーと診断されず、正しい薬も処方されていなかったのかもしれない。tocoと私の立場が逆だったら。。。と思うとゾッとする。「精神科」を嫌がる方も「心療内科」なら気が楽かもと思うので、?と思ったら一日でも早く受診した方がいいと思う。脳外科の医師は「年並みに脳が縮んでいます」との診断だったが、精神科では「明らかにアルツハイマーです。もう2年早ければ良かったのですが」ときた。2年前から同じ総合病院で、脳外科の医師に診てもらっていて、精神科も受けさせようと思いますがと何度も相談したのに「そんな必要はありません。精神科の診療はキツイですよ」という返事だった。早く診せておいたら。。。と悔やまれるのだが、たらればを言っても仕方ない。栄養失調や水分不足など、こっちが頑張れば防げることでまた入院させることがないように、日々「鬼娘」を演じて、食べさせたり運動させたりしなければ。。。と、風呂に入れながらお尻の床ずれのあとを洗いつつぼんやり思った。
2006.07.02
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今日は、デイケアの日。みんなで作ってみんなで食べる「昼食クッキング」が本日のカリキュラム。メニューは、スパゲティとスープ、サラダだったそうだ。というのも、母tokoは作ったことすら覚えていない。しかし、連絡帳を見ながら「野菜を切ったでしょ」と問いかけると少し覚えている風にこたえる。が、スパゲティってどんなもの?と、何度も問うのでその記憶も怪しいモノである。また、月初めということで、利用者さんのお誕生会も開いたそうだ。連絡帳によるとパンケーキだと思うのだが、フライパンでケーキを焼いてみんなで手作りしたらしい。tocoは「初めて作る」とかいいながら、器用にケーキをひっくり返しご満悦だったようだ。5時前に帰宅。珍しくtocoの友人から手紙が来ていたので、返事を書かせることにした。この友人はいつも手紙を下さるのだが、何度指摘しても住所が間違っていて、何日も迷走した挙げ句にやっとうちに届くので、今日は郵便屋さんから「相手の方に正しい住所を教えてあげてください」といわれてしまった。よって、返事を急いだ。tocoは、手本を見ながら書くということがスムーズにできなくなっている。そして、分からない漢字を何度も何度も問う。今日の?は、「暑」という字だった。一応の下書きに書いてあるんだが、どこに書いてあるのかが分からなくなるらしく何度もたずねる。その都度、書いてあげるのだが、また問いかける。3度はこたえたがラチがあかないので「もうひらがなで書いたら」と言うと、さっさとひらがなで書いていた。こういう場合、もっと根気よく同じ事を繰り返せばいいのか、いつも悩んでしまう。葉書を書き出すまで15分、書き上げるまで20分。ほんの5行のことなのに、いつもと違うことをするという行為をどうも怖がっているらしい。出来なくなることが多くなり不安が増すのだろうか。が、書き上げて5分と経たないうちに、葉書を書いたことなどすっかり忘れているtocoがいた。やれやれ。明日もそれなりに平穏な一日でありますように。
2006.07.01
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