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非常勤からの帰り道、上野で途中下車して国立西洋美術館へ。本日はフェルメールin上野の第一弾で、「真珠の首飾りの少女」を鑑賞する。 駅の広告などで見かけられるように、このフェルメールばかりか「ルターの肖像」も日本初公開だ。混雑が心配されたが、まったくの杞憂であり、たっぷりと鑑賞できた。
それにしても、「真珠の首飾りの少女」はちょっと期待はずれだった。画面向って左に窓が描かれ、フェルメールらしい光と影のコントラストが浮かび上がる。確かに、いかにもフェルメールなのだけれども、なんかちょっと違う……って感じてしまう。黄色の色使いとか、平面上の構成美とか、フェルメールっちゃあフェルメールなんだけど。
画集で見ていたときには気にならなかった、鏡に向かい合う女。これ、実際に見ると、鏡と向き合っているように見えないのだ。女は鏡ではなく、窓の向こうの何かに向って首飾りを見せているように思えてしまう。
それと、結構カットされてしまう机の下の、謎の白い物体。暗がりになるはずなのに、なぜか一箇所だけ異様に明るい(白い)のである。それより何より、「ミルク壺」にしても「手紙」にしても「青いターバン」にしても感じられる、一連の動きの中の一瞬を切り取ったかのような、静謐にして緊密な空間が感じられないのだ。なんだろう、この奇妙な違和感。15分以上、フェルメールの前で、行きつ戻りつしながら見たのだけれど、この違和感は最後まで拭い去れなかった。
それにしても、この夏は、上野にフェルメールが3点も来ている。春には渋谷に1点来ていたし、なんか日本の財力ってホント怖ろしい。
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