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大仙市大曲にある、農業関連の展示を専門にしている県立の博物館。開館から15年以上経過しますが、常設展示内容は変わっていません。展示室が2室と温室があります。第1展示室では、秋田県の農業、農業の四季などについて展示。特定の農産物についての紹介や、県内各農業系高校の紹介が行われていることもあります。前回訪れた時には、キノコについてのパネル展示(食用か毒か)がありました。第2展示室では、作物の起源(地理の教科書に出てくるアレです)、農産物の進化、(当時の)最先端技術、食物連鎖について展示。温室には、熱帯・亜熱帯植物が約300種。しかし、展示内容は陳腐化しており、そろそろ全面改訂が望まれます。来館者の一番の目当ては、定期的に開催される植物展示会。「洋ラン展」「菊花展」「山野草展」などが開催されていると、愛好者の皆さんが大挙して見物に訪れます。農業科学館ホームページに日程が出ていますので、それに合わせて訪問すると良いでしょう。ちなみに、次は 2006年9月22日(金)~24日(日)、秋色山野草展 です。秋田県立農業科学館美の国秋田ネット(秋田県ホームページ)>秋田県教育庁***** DATA *****秋田県立農業科学館秋田県大仙市内小友字中沢171-4開館時間:9時30分~16時30分(冬季は16時)入館料:無料休館日:月曜日(休日・県の記念日に当たる日はその翌日)、年末年始公共交通利用の方JR秋田新幹線・奥羽本線 「大曲」駅近く「ジョイフルシティ(JC)」内「大曲バスターミナル」より、羽後交通バス中山線で「農業科学館前」下車。徒歩5分。時刻要問合せ。お車の方国道13号線秋田方面から…玉川橋を渡りきったところの玉川橋南交差点を右折し旧道へ。国道105号線由利本荘方面への交差点を右折。大曲大橋を渡って暫くすると、「山根」交差点。右折。看板が見えます。玉川橋の通行方法が変わりました。橋の北詰に交差点、右左折ができました。ご注意下さい。 「玉川橋の通行方法が変わりました」(国土交通省・湯沢河川国道事務所ホームページ)国道13号線横手方面から…美郷町六郷を過ぎると、バイパスと旧道に分かれるY字型交差点がありますので、そこを左折し市街地方面へ。「飯田」ICより大曲西道路(自専道)を走行し、次の「山根」で降り、交差点直進。看板が見えます。国道105号線角館・田沢湖・盛岡方面から…13号バイパス交差点を越し市街地へ。突き当たりの若竹町交差点を右折し、すぐ由利本荘方面への交差点があるので左折。大曲大橋ですので、あとは13号秋田方面からと同じ。国道105号線由利本荘方面から…大曲IC前の交差点を左折。低い尾根を越えると看板が見えます。秋田自動車道から…料金支払い後、自専道には入らずに交差点直進。低い尾根を越えると看板が見えます。自専道山根ICでは、秋田道→市街地への車線の車は降りられません。←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年09月12日
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やっと更新再開です。16日・17日に開催された寺宝公開の時に同時に公開された、佐竹家位牌堂「お霊屋」と、歴代藩主の墓所です。本堂のすぐ隣にあり、檀家さんの墓域に隣接していますが、周囲に塀が張り巡らされていて、お霊屋の近くには行事の時しか立ち入りできません。寺宝公開に合わせて、佐竹家の霊域であるこの区域も公開されました。2代藩主義隆公の発願で、1672年に完成した建築物です。係の人の話では、内部は金箔貼りになっていて、そのさまは中尊寺の金色堂のようだということです。正面から内部を見ることができましたが、暗くて「金色」のさまは分かりませんでした。歴代藩主の墓は、それぞれ覆い堂が付けられています。この覆い堂はヒノキ作りで、亡骸は土葬されているそうです。←旅に出たくなったらポチっとよろしく【古刹】天徳寺寺宝公開(1)←アクセス情報もこちらに※今年の寺宝公開は終了しました。※通常は、境内と本堂内のみ参観可能です。本堂の参観は16時までで、法要等の時は参観できません。お霊屋と歴代藩主墓所は、寺宝公開時を除き非公開です。秋田ビューホテル秋田駅前に位置し、交通至便、ビジネス、観光の拠点に最適です。ご宿泊のお客様ご利用可能なプール、サウナの設備がございますホテルメトロポリタン秋田JR秋田駅西口に隣接し観光、ビジネスに最適。客室からインターネット無料接続できます。ドーミーイン秋田男女別展望天然温泉大浴場完備した新感覚ホテルが7月に堂々オープン!!
2006年08月22日
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秋田藩主佐竹家の菩提寺、曹洞宗萬固山天徳寺で、寺宝公開が行われています。虫干しを兼ねて毎年8月16・17日の両日に開催されています。天徳寺はもともも佐竹氏が支配していた常陸(茨城県)太田に開かれましたが、関ヶ原の戦いの後、1602年に佐竹氏が秋田に移封された時に一緒に遷されました。秋田へ遷された時は、楢山金照寺山(現在の秋田市街地南東・JR車両センターの近く)に建てられましたが焼失し、1624年、今の場所(秋田市泉)に再建されました。現在ある総門、山門、佐竹家代々の霊廟「御霊屋」はこの時の建築です。本堂は?というと、1676年に再度火災に遭って焼失し、その後1万石の費用をかけて1687年に再建されました。このとき建てられた本堂が、現在まで残っている本堂です。門前には松並木があります。現在は3~4本しかありませんが、かつては城下の方へ続いていたのでしょう。菅江真澄の紀行文についているスケッチをみると、そうなっています。また、バス停「天徳寺前」は、この松並木にあります。バスを降りると、この風景が広がります。ここから先が寺域で、車は入れません。松の木の間に見える門は「総門」(国重文)で、楢山時代に建立、楢山での火災の難を逃れて移築された、天徳寺で最も古い建築物(慶長年間)です。山門(国重文)1628年建立。重厚な建物で、仁王像が納められているようです。総門と山門は、1998年にも改修が行われました。続いて、本堂です。2度目の火災の後建立された本堂は、何と萱葺き屋根です。約300年を経ても、ガラス戸や水道、電気等が入った事を除けば大きな改造は行われず、東北有数の大伽藍として有名です。内部の撮影はできませんが、本堂は高い天井と太い梁が特徴です。さて、寺宝公開会場へ進みましょう。寺宝公開は、奥書院で開かれています。本堂から棟続きになっています。奥書院は、殿様が御参りする際に、休憩したところで、茶室も併設されています。また、茶室に面して、後ろの山の斜面を借景にした小さい庭園があります。それでは、天徳寺秘蔵の佐竹家ゆかりの品々を・・・と言いたい所ですが、ここから先は撮影禁止です。掛け軸や立像、御膳などが展示されています。ご自分の目で見てみて下さい。今年約5年ぶりに公開された秘宝もあるそうです(ABSニュースより)。**** データ ****天徳寺寺宝公開秋田市泉三嶽根10-1 曹洞宗天徳寺8月16日・17日 両日とも9時~16時まで。交通・・・秋田駅前(西口)3番線より、「神田旭野(組合病院)線」「神田土崎線」「笹岡線」「添川線」で約10分、「天徳寺前」下車すぐ。各線合せて、およそ15~30分おき運行秋田駅前(西口)3番線より、「泉山王環状線(泉回り)」で約10分、「桜町」下車、進行方向に向かって徒歩約7分。午前早い時間のみ運行←旅に出たくなったらポチっとよろしく明日は、霊域を紹介します。
2006年08月16日
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日本三景松島へ行くには、仙台から仙石線に乗って、「松島海岸」で降りるととよろしいよ~というお話を、先日(7日の日記)でしました。その仙石線には、山手線のお下がり電車が走っているよ~というお話もしました。仙石線は、松島・塩釜を通るものの、基本的に通勤路線。殆どの電車は東京時代のままロングシート(ベンチ型シート)となっておりますが、ごく一部、違う仕様の車両が走っています。それが、これ外見上は、いたって普通の通勤電車。しかし、車内は2人がけ転換クロスシート(リクライニングはしない)になっています。実はこの車両、「2WAYシート」車と言いまして、朝のラッシュ時のみロングシートとして、その他の時間帯はクロスシートとして、腰掛の配置を変えることができるスグレモノ。時間帯によって輸送量に大きな差が、曜日によって客層に大きな差が出る仙石線にピッタリの車両です。もっとも、最近は終日クロス状態で運行されているようです。2WAYシート組み込み編成は5編成あって、石巻寄りの1両がこの仕様になっています。この他、車体全面に石ノ森章太郎氏の漫画キャラを描いた「マンガッタンライナー」という電車が1編成だけあります。「マンガッタンライナー」(同一列車の前と後を撮影 2004-10 苦竹駅)「マンガッタン~」のは、土・休日は指定の列車で運行されているようですが、その他の日はマンガッタン車両、2WAY車両を含めて一般車と区別なく使用されているので、仙石線でこれらの車両に出会ったらラッキーですね。そうそう、楽天イーグルスの本拠地、フルスタ宮城に行く電車も仙石線です。それから、仙石線の電車は、東京地区からの転用時に、便所が取り付けられました。←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年08月10日
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秋田市では、東北三大祭「竿灯まつり」が終わりました。過去2番目に多い、138万人(実行委員会発表)が訪れ、真夏の夜空に揺れる光の稲穂を堪能しました。その竿灯まつり期間、今までは「ホテル・旅館は満室」「直前・当日予約は99%不可能」というのが常識でした。しかし!今夏はその神話が崩れたというのです。今朝の秋田魁新報によれば、客室稼働率はダイワロイネットホテルが75~90%、秋田ワシントンホテルが初日~3日目は満室になったものの最終日は90%、ホテルハワイ(3店舗)は当日販売分がほとんど売れず。ロイネット、ワシントンとも竿灯会場のど真ん中で、しかも、ロイネットは客室から演技が目の前に見えるというのに!原因は2つ挙げられています。ひとつは、客室数の急増。秋田市内では、一昨年~今年までに、東横イン、アルファーワン、ルートイングランティア(既存廃業ホテルの施設を一部利用)、ダイワロイネット、ドーミーインと、大型ビジネスホテルが相次いでオープンしました。さらに、明後日10日にはコンフォートホテルがオープン。現在、ホテルはくとが建て替え中。来年以降、影響が出そうです。ふたつは、交通機関の混雑。個人客が早めに部屋を確保したものの、交通機関を確保できずに(※)直前になってキャンセルする例が起きたためです。来年以降は団体客(交通機関は確保されている)の獲得に力を入れると、あるホテルの担当者がコメントを寄せていました。※:東京・大阪~秋田直通アクセスは、航空便はもちろん、新幹線「こまち」、高速バス全て全席指定。 また、東京・大阪~秋田の夜行列車は災害のため全便運休これまでの竿灯期間は観光客側の「宿獲得競争」でしたが、これからは施設側の「観光客(顧客)獲得競争」に焦点が移るでしょう。いずれにしても、竿灯期間のホテル予約がし易くなったことは確実です。←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年08月08日
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日本三景松島に行くなら、さて、どっち?日本三景「松島」あと2つは「天橋立」「安芸の宮島」先日、仙台に行ったついでにチラッと寄ってきましたよ。松島自体はもう5~6回目だけど、たまたま、使った新幹線往復のトクトク切符「仙台フリーきっぷ」のフリーエリアに入っておりましたのでね。ちなみに、この切符のフリーエリアは…東北本線 岩沼~仙台~松島仙石線 あおば通~仙台~松島海岸仙山線 仙台~山寺新幹線往復指定席つきで、秋田県内・青森県内からの設定があります。2018-7-31追記 現在「仙台フリーきっぷ」は廃止され「仙台週末フリー乗車券」(指定席特急券は別購入するタイプ)に変更されています。それで本題。みなさん、松島見物に行くには「松島」駅で降りますか?「松島海岸」駅で降りますか?両方とも、松島の最寄り駅です。こちら、「松島」駅。2018-07-31追記:「松島駅」の駅舎は改築されました。画像は旧駅舎です。こちら、「松島海岸」駅。時刻表の索引地図をご覧頂くと分かりますが、二つの駅は違う路線にあります。正解は、「松島海岸」駅松島海岸駅は、仙台市内の「あおば通」駅と石巻を結ぶ「仙石線」の駅です。以前は、仙台駅東口の裏淋しいところに乗り場があり、京浜東北なんかのお下がりの、水色の古い通勤電車(103系)が走っていました。今は、仙台から3つ目の陸前原ノ町まで地下鉄になり、同時に、仙台から西側(市街中心部側)に1駅延長され「あおば通」駅が始発になりました。電車は相変わらずトウキョーのお下がり電車ですが、ちょっと前まで山手線を走っていた銀色の電車に変わりました。その松島海岸駅を降りると、瑞巌寺、五大堂、遊覧船乗り場まで5分ちょっと。松島水族館は目の前で、駅前には土産品店が立ち並んでおります。松島海岸駅ホームより松島観光に電車で来られる方は、仙石線の松島海岸駅下車でどうぞ。また、同じ仙石線の本塩釜駅は、松島~塩釜間遊覧船の塩釜港乗場まで5分くらい。…本家?「松島」駅の方は松島から遠いのか…といえば、そうでもない。実際に歩いて見ました。だいたい、10~15分も歩けば、いわゆる「観光地松島」の端っこ(オルゴール博物館・伊達政宗歴史館)に着きます。駅前の通りを真っ直ぐ歩くと、国道45号に突き当たる。それを右に曲がって道なりに進むと到着。両駅を徒歩で結ぶと、旅にバリエーションが出そうです。2019-06-30追記仙台と石巻とを結ぶ「仙石東北ライン」は、どちらの駅にも停車しません(通りません)。高城町駅で仙石線仙台方面にお乗り換えか、高城町駅から徒歩となります。(歩く距離は、本線の松島駅から海岸地区まで歩くのとあまり変わりません)なお、「一の坊」「ホテル壮観」へ直行される場合は、高城町駅のほうが近いです。←旅に出たくなったらポチっとよろしく~日本三景「松島」にも温泉があります!~宮城・松島温泉松島温泉元湯 ホテル海風土 大江戸温泉物語 松島温泉 ホテル壮観 松島温泉 湯元 松島一の坊 2018-07-31本記事は2006年8月にUPしましたが、2018年になっても当ブログ日別閲覧ベスト5に入っております。ありがとうございます。よって、一部の情報を2018年版に削除・修正しました。2019-06-302019年時点でも当ブログの日別閲覧ベスト5に入っております。ありがとうございます。宿リンクの一部がリンク切れとなっていましたので、その部分を再構築しました。
2006年08月07日
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竿灯妙技大会準決勝、決勝。会場は通町。日曜日とあって、大勢の人出でございました。大若、小若、団体、個人、規定演技、自由演技、囃子方等々、いくつもの種目があります。トーナメント戦で、今日(祭り最終日)は準決勝、決勝。3日目ともなると、選手は予選を勝ち抜いた強豪揃い。絶妙な演技に、観客から拍手喝采。7日1時48分追記 各団体競技の1位(個人競技と、2位以下は竿灯公式HPをご覧下さい)大若団体規定 新川向南町Aチーム大若団体自由 四十間堀町小若団体規定 保戸野小学校囃子方団体 保戸野鉄砲町囃子方小若団体 南通り←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年08月06日
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東北三大祭のひとつ、秋田「竿灯まつり」が始まっています。6日(日)まで。今夜の夜本番の写真から数枚ご紹介。真夏の病気や邪気を払う「ねぶり流し」行事のひとつ。「ねぶり流し」とは、「眠り流し」で、七夕の一種。青森「ねぶた」、弘前「ねぷた」等も、似たような由来の行事です。今年の竿灯は、70団体236本が出竿。年々増えているということです。国の重要無形民俗文化財に指定されています。肩、額、腰に乗せて、バランスを取りますが、大人が演技する「大若」は、何と高さ12m、重さは50kgあります。竹竿は継ぎ足す事ができ(継ぎ竹)、長くするとこんなにも撓ってしまいます。「戻り竿灯」(大町二丁目・ニューシティ前)竿灯の演技は、8時40分で終わり…ではありません。本番演技終了後、ふれあいの時間(観客が道路に降りて、記念撮影等ができる)を経て、会場の竿灯大通りから退場するわけですが、その後、「戻り竿灯」という一種のエキシビション演技があります。自分たちの町内に戻った時に、企業竿灯なら自分たちの会社に戻った時に、あるいは、竿灯演技のためにお金を出してくれたスポンサーの前で、少しだけ演技をするものです。会場は竿灯大通りではなく、各団体それぞれの場所で行います。この「戻り竿灯」は、細い小路や公園で行われますので、竿灯の古い演技形態を残しているといえるでしょう。写真は秋田ニューシティ前で、青年会議所と秋田いすゞ・秋田ゼロックスの皆さん。以前は、ここで戻り竿灯をやるのはダイエー・辻兵の竿灯だったんですけどね。←旅に出たくなったらポチっとよろしく明日は、昼竿灯(竿灯妙技大会:4日~6日)を見に行こうか思案中。ちなみに、竿灯まつり公式WEBに、今日の妙技会第1日の結果速報が出ております決定版! 日本の祭り大吟醸 竿灯金萬 30個入り(真空パック)「28個食ベマシタ! キンマ~ン」(…というCMがあるのだ)
2006年08月04日
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これから見に行ってまいります。あ、いま狼煙があがりました。先ほど4時半頃に、竿灯大通りをクルマで通ったら、既に場所取り盛ん。竿灯を見に来る団体客へお願い。待ち時間が長いからって、道路の縁石に腰掛けないで~。足を轢かれても知らないぞ。昨日の秋田駅 観光客が続々到着市内のホテルは、前年の竿灯が終わると、翌年の予約でもう満室とか駅前のアゴラ広場も人出があります昨日の夜本番は、来年の秋田国体マスコット「スギッチ」と、秋田市の納税キャラクター「ゼイキッズ」が秋田のPRをしているところに、楽天イーグルスのMr.カラスコが乱入しちょっかいを出していたとか。←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年08月04日
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秋田市・赤れんが郷土館旧「秋田銀行本店」←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年07月28日
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窓の外からは、竿灯の囃子方の練習が遠くから聞こえます。さて、「土崎のおまつり」こと土崎神明社祭典「土崎港曳山まつり」が、今日と明日祭行されております。今日は宵祭(宵宮)でしたが、明日の例祭は見に行けないので早速カメラ片手に見物に行ってきました。(今日も写真が多いです。画像取り込みまで気長にお待ち下さい)(五十嵐病院前の交差点 手前が穀保町、奥が壱騎町一区の曳山)各町内ごとに通称「やま」という曳山型の山車を繰り出し、土崎の町を練り歩きます。1台の曳山の一方はお囃子の皆さんが乗るようになっていて、もう一方は夫婦岩に見立てた飾りに人形を仕立ててあります。曳山行事全体が、国の無形文化財に指定されています。今年は23台の曳山と、1ヶ所に置き山車(おきやま)(ジャスコ土崎港店の置き山車も入れると2ヵ所)が出ています。今年の23台は多いそうです。町内によって、毎年出るわけではありません。財務上の都合や不幸があったりすると出さないことがあるようです。初参加以来ほぼ毎年出ていた「鉄道社宅」は、今年は「いなほ」脱線事故のため自粛だそうです。上の写真では、ちょうど2台の曳山が正反対の方向を向いて止まっているので、曳山の構造が分かりやすいと思います。(土崎郵便局前 壱騎町一区の曳山)(ホテル大和前 下酒田町の曳山)所々で停止して、手踊りが披露されます。この手踊りは、基本的には町内で選んだ人が専門に行うようです。(土崎小学校の交差点 清水町二区の曳山)今日は、宵祭なので、基本的に曳山は地域内を一巡して、夕方陽があるうちに自分の町内に戻ります。この曳山も、あらかたのコースを回って自分の町内に戻る途中です。夕方5時頃でしたが、既に自町内の会所に戻った曳山もあったようでした。(土崎ジャスコ前の交差点・新国道 愛宕町の曳山)いくつかの曳山は秋田市きっての幹線道路「新国道」(県道56号線)を運行します。この曳山は信号1つ分だけ新国道を運行しました。このあと右折を控えているので、追越車線を運行しています。新国道を渡る曳山もあります(21日例祭の御幸曳山は全部の曳山が渡るらしい)。(本山町の曳山)このように、狭い通りもどんどん進んでいきます。秋田の夏祭りと言えば「竿灯まつり」が有名(過ぎるほど)ですが、港まつりは観光客の姿は少なく、代わりに地元の住民、秋田市の他の地域や周辺市町の人々が大勢繰り出し、昔ながらの「地域のまつり」の面影を非常に良く残した、風情ある祭典です。今日はもうほぼ行事は終了、「ふれあい曳山」の運行がそろそろ終わり頃。明日は例祭で夜遅くまで曳山運行があります(戻り曳山(もどりやま)という)。近隣にお住まいの方はぜひ繰り出してみてください。あす21日は、午前中に各町内の曳山が穀保町まで運行、御幸曳山は12時30分穀保町を出発、クライマックスの「戻り曳山」は20時に相染町を出発、夜遅くまで続きます。港まつり実行委員会公式ホームページ・・・行けない人の為にライブカメラがあります。日程、まつりの紹介、交通規制図もこちら。←夏祭りに燃えたくなったらポチっとよろしく
2006年07月20日
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昨日の日記(蚶満寺その2)等で、象潟はかつて潟湖であったと紹介しました。そのときに使われていた舟つなぎ石が、蚶満寺境内の他にも残っています。水面からの比高が随分高くなってしまっていますが、これは、象潟地震で象潟が陸化してしまった時にできた高低差です。また、この川は、潟湖時代には象潟と日本海を繋ぐ水路の役目で、海水がこの川を通って象潟に流れ込み、汽水湖(海水と真水が混じった水の湖)になっていたことが、動物の屍骸などの遺物から分かっています。←旅に出たくなったらポチっとよろしく★★★ CM ★★★↑ うなぎ専門 川口水産 ↑もうすぐ丑の日 うなぎを食べて夏を乗り切ろう!
2006年07月18日
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深夜ですが蚶満寺の続きを更新させてもらいます。蚶満寺シリーズを初めてご覧になる方は、「その1」から見てください→その1はこちら(7月15日の日記)今回も写真が多いので読み込みに時間がかかるかもしれませんが、気長に待ってください。境内(前庭?)に、芭蕉の碑があります。では、山門の先で拝観料を支払い、境内有料ゾーンへ入りましょう。(ちなみに私は、秋田県内でここ蚶満寺以外に拝観料を取る神社仏閣を知らない・・・由利本荘市にあって、神奈川・鎌倉市の長谷寺、奈良・桜井市の長谷寺と並んで「日本三大観音」に称される「赤田の大仏」でさえ拝観無料だ)大きなタブの木。亜熱帯植物のタブが、この北国でこんなに大きくなるのは非常に稀少だそうです。樹齢千年との由。北条時頼公のつつじ。北条氏ゆかりの土地でもあるようです(日本史は苦手)。「舟つなぎ石」ここはかつて島であったと、「その1」に書きました(少々前の日記「象潟郷土資料館」にも書きました)。その当時、船着場として機能していた名残です。もっとも、船着場といっても、おそらく小船1艘を係留できるくらいの簡易なものだったでしょう。その小船に乗って、参拝者が訪れたのかも知れませんね。長野の安曇野地方に行くと、あちこちに「牛つなぎ石」がありますが、それを思い出しました。ただし、当時この蚶満寺の島には、橋がかかっていたようです。忘れてはいけない。こちらが御本堂です。←旅に出たくなったらポチっとよろしく*** CM ***記念品・バッジ等はおまかせ 業界最大手の総合徽章会社「立川徽章」
2006年07月17日
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「おくのほそ道」秋田県にかほ市象潟 蚶満寺(かんまんじ)俳人の松尾芭蕉は、江戸千住から美濃大垣まで、半年にわたり奥羽・北陸を巡る旅に出ました。1689年(元禄2年)のことでした。草加、日光、那須、飯坂、松島、平泉、立石寺(山寺)、湯殿山・・・等々と巡り、出発から78日目、全行程のちょうど半分のときに、この象潟に立ち寄りました。芭蕉と門人の曾良が象潟を訪れたは、象潟はまだ潟湖(ラグーン)に無数の小島が浮かぶ風光明媚な景色でした。蚶満寺は、782年~806年の間の創建に、その小島の一つに建てられた古刹と伝えられています。宗派は途中2度変わり、一時廃れたことがあったようですが、現在は曹洞宗。国道7号線から羽越本線の踏切を渡るのが、ほぼ唯一の入口。ここが、踏切を渡ってすぐのところで、門柱が立っています。すぐ右手(南)が、駐車場で、観光バス駐車可。こちらが山門です。山門は参道を道なりに進んだところに建っているのが普通ですが、蚶満寺ではかつて参道の付け替えが行われたようで、現在の参道から少し外れたところに建っています。山門より外側には、老松の並木が続き、古い参道の面影を残しています。さて、山門の先で拝観料を払い、境内へ入りましょう。ここには、ニャーが数匹います(笑) はずかしがりやだそうです。さて。写真が多すぎるとお使いのPCによっては動作が重くなると思うので、ここまで。境内は本堂、位牌堂、庭園、墓域があります。その様子は、後日お伝えしましょう。★★★ PR ★★★↑ 夏休み・お盆休みの旅行計画は早め立案を ↑
2006年07月15日
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今年も夏祭りの季節がやってきました秋田市の2大夏祭りといえば、東北三大祭のひとつ「竿灯まつり」と、もうひとつ、「土崎港曳山まつり」(国指定重要無形民俗文化財)毎年7月20日、21日、秋田市北部の土崎地区で盛大に開催される、400年くらいの伝統をもつ行事。大きな曳山が15~20台位繰り出し、お囃子「港ばやし」は秋田三大囃子の一つ。各所で曳山の制作が大詰めを迎えていました曳山は町内ごとに、参加者の手づくりで毎年制作されます(台枠等は、安全に使える限り何十年も使用)。土崎街区公園(湊城跡・D51公園)琴平第二街区公園(金子山・本山町集会所前)去年のまつりの様子はこちら→2005年7月22日の日記:21日夕方&戻り曳山の様子****** アクセス ******土崎港曳山まつり7月20日(木) 宵宮 朝~夕方まで(本町通り規制解除は22時)7月21日(金) 例祭 朝~深夜まで(本町通り規制解除は24時)JR秋田駅から奥羽本線・男鹿線で次の土崎下車バスは、新国道経由土崎線、寺内土崎線、五城目線、船川線など土崎経由各線バスの迂回運行:本町通り→国道7号線、寺内線の中央高校入口から先→新国道~国道7号線 神田土崎線は途中折り返し実行委員会公式ページ:まつりの見所情報・交通規制情報が詳しい土崎神明社公式ページ:まつりの由来等が詳しい・参加町内へのリンク今年はJRの臨時列車はないようですblogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑
2006年07月12日
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秋田県にかほ市 象潟郷土資料館(旧象潟町郷土資料館) 「象潟」は、鳥海山の北西の麓に広がる町。 象潟郷土資料館は、象潟の生い立ちと、地域に由来する人物の歴史、俳人松尾芭蕉の史料を展示しています。 象潟は、今は水田と林と集落という、日本海側沿岸にありがちな土地利用ですが、かつて、ここは潟湖(lagoon)でした。 大昔(縄文時代晩期)の鳥海山の噴火で流出した泥流がもたらした土砂が堆積、やがて波に現れて硬い部分が島として残ると同時に、現在の海岸線に相当する部分に砂嘴が発達して海と隔てられ、ラグーンになったと推定されています。 そのころは「八十八潟九十九島」と呼ばれた、陸奥国仙台藩領内の松島に並ぶ景勝地とされました。 1689年には、俳人松尾芭蕉が、有名な『おくのほそ道』の旅の途上で訪れて2泊滞在し、きさかたの 雨や西施か ねぶの花(夕方雨やみて処の何がし舟にて江の中を案内せらるゝ)など数句を詠んでいます。現在同館では、11月末まで芭蕉に関する企画展を開催中。 しかし、1804年に象潟付近を震源として発生した「象潟地震」で一帯は大きく隆起し、ラグーンは干上がってしまいました。そして、今は、ラグーンだった頃に島だったところが、微高地として点在しています。館内に当時の模型があります(公開前提の撮影は不可)。現在残る「島」(蚶満寺参道より)リンク象潟郷土資料館(にかほ市旧象潟町)↑駅からの地図もあります******** アクセス ********象潟郷土資料館秋田県にかほ市象潟町字狐森31-1休館日:毎週月曜・年末年始・祝日の翌日・振替休日の翌日・企画展展示替え期間入館料:150円電車の方羽越本線「象潟」より徒歩15分(JR東日本えきねっとにリンクします)※寝台特急「日本海1・4号」「トワイライトエクスプレス」以外の全ての列車が停車します※夏季は週末を中心に、新潟からの臨時快速列車「きらきらうえつ」が酒田~象潟間を延長運転しています(証拠写真→7月1日の日記)※待合室内の観光案内所で無料レンタサイクルを借りられます。案内所は売店も併設。※「駅レンタカー」が営業しています(要予約)お車の方秋田市街または日本海東北自動車道「岩城」から国道7号を南下1時間半~2時間程度山形自動車道「酒田みなと」より国道7号を北上30分強象潟町内で内陸側に入り、にかほ市象潟庁舎の向かいblogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑ お願い 楽天ブログ旅行・海外情報のテーマ「博物館・資料館めぐり」は立ち上げたばかりで、まだ投稿数が非常に少ないです(というより、利用者はまだ私だけ)。博物館めぐりをされる方、博物館等に興味のある方、このテーマを利用してどんどん日記をUPしてください
2006年07月08日
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大正8年築 松野医院現在でも、現役の医院として使用中。古くは陣屋町、宿場町、北前船寄港地として発展してきた町です。羽州浜街道の時代は大きな町がない本荘~酒田間において、有数の街村でありました。
2006年07月07日
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秋田県にかほ市 カセットテープといえば「TDK」。我々一般市民にとっては、同社の代表的製品は映像・音声の記録媒体でしょう。ここ、TDK歴史館は、1935年(昭和10年)、東京蒲田の工場で製造された1片のフェライトから始まり、世界有数のエレクトロニクス企業に成長したTDKの発展と技術向上の記録が詰まった、技術者にとっては夢の世界であろう企業博物館。創立者斎藤憲三の生まれ故郷には、故郷の若者と経済を想う氏の計らいで何ヶ所もの工場が建設され、今現在平成の世においても、全国有数の半導体・電子部品産業工場の集積を維持しています。このTDK歴史館は、にかほ市平沢にある「TDK平沢工場」の前庭にあります。歴史館開館以前は、ごく小規模な展示室があったようですが、昨年(2005年)12月、本格的な展示施設としてオープンしました。館内は「シンボルゾーン」「テーマゾーン」「探求ゾーン」3つのゾーンに分かれています。シンボルゾーンでは、TDKゆかりの人物、社是社訓の紹介を通じて、同社の「コンセプト」を。テーマゾーンでは、フェライトに端を発した同社の製品開発を、同社製品と時代を象徴する電気、電子製品の展示によって紹介。さらに、拠点紹介、環境への取り組みなども。探求ゾーンでは、同社製品についてより深い知識を、実物の電子部品や製品を沢山展示し紹介。興味深いのは、企業博物館なのに他社の製品が数多く展示されていることでしょう。任天堂の「ファミリーコンピュータ」「DS」、ソニーの「ラジカセ」、他社製(東芝だったかな?)の「カラーテレビ」、アップルの「i Pod」、キャノンの「デジタルカメラ」等々。つまりこれらは、時代を象徴する家電品として語るに外せないと同時に、内部部品にTDK製品が使われているためなんです。他社の宣伝になるような展示も自社の利益を犠牲にして展示することで、この歴史館の展示が非常に奥深いものになっていると思います。(もっとも、現在同社の事業は部品製造とシステム開発に特化しているということもありますが)創立者斎藤憲三の胸像。フェライト発明者で、斎藤の起業に大きな影響を与えた加藤与五郎教授の所属先「東京工業大学電気化学科」から社名をとり、「世界のTDK」に育て上げた彼は、仁賀保の、由利の、秋田県の偉人。生家跡は平沢工場から徒歩10分程の勤労青少年ホームのところで、ここにも彼の胸像があります。****** アクセス ******秋田県にかほ市平沢字画書面15 TDK平沢工場内開館時間:あさ9時~ごご5時(最終入館4時30分)休館日:日曜、祝日、TDKの休業日入館料:無料電車でお越しの方・・・JR秋田新幹線秋田駅からJR羽越本線特急「いなほ」または酒田行き普通列車JR上越新幹線新潟駅からJR羽越本線特急「いなほ」(一部の「いなほ」と普通列車は酒田などで乗り継ぎ)いずれも「仁賀保」駅下車 徒歩10分(別添え地図参照)※寝台特急「あけぼの」も停車します※JR東日本「えきねっと」では、「みどりの窓口」はないことになっていますが、当駅の業務はJTB代理店の「TDKサービス」が受託、駅舎内にJTBの店舗があり、指定券の発券を受けることができます。クルマでお越しの方・・・秋田市、または日本海沿岸東北自動車道「岩城」から国道7号線を南下山形自動車道「酒田みなと」から国道7号線を北上にかほ市平沢地区へ入る(別添え地図参照)※地図は設定の都合で、フラッグが若干ずれたところについています。 歴史館の場所は「平沢工場」です。リンクTDK株式会社TDK歴史館(休業日カレンダーはこちら)blogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑
2006年07月06日
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ニャー光線ビームっ(いやいや、うっかりフラッシュを焚いちゃったからなんですが)
2006年07月04日
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博物館、資料館は全国にあります。自然、歴史、企業、産業、考古、社会・・・ジャンルもさまざま。ぜひ、みなさんの博物館探訪報告をご紹介下さい。観光旅行に1ヶ所、ミュージアムを組み入れるだけでも、ぐっと知的な旅に変身します博物館等の施設内は××撮影禁止××または、撮影できても××許可なく公開禁止××のところが大多数です投稿の際は留意してください。blogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑
2006年07月04日
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羽越線方面へ日帰りでお出かけしました。さて、どこでしょう?(簡単・・・だな)今日は新潟県地方と能代方面の大雨で、日本海縦貫線の長距離ダイヤはボロボロ。こちらは鈍行だから、関係(ほぼ)なし。当方列車の遅れの理由が「運転士があけぼの号で只今到着しました」とのこと。当方の運転士、なんと、直前まで酒田から「あけぼの」を運転し、数分の折り返しですぐ酒田行きに乗務となった模様。休憩取らせなくて良いんかいな?一応代わりの運転士は待機していたようだけど。こんなのがいました。さて、ここはどこでしょう?(酒田ではありません)あ、正解が・・・
2006年07月01日
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2006年6月25日日曜日一級河川雄物川の河口。昭和の初め頃、砂丘を切り開いて作られた人工流路。絶好の釣りポイントになっています。川の向こうに見える風車。近年ニョキニョキッと建ちました。右(東)の画面外にもっとあります。風車が林立するということは、それなりの風が吹くところ。しかし、あそこには25年前まで何と「秋田空港」がありました。ハマナス・ヒルガオ・・・咲き誇っています。「ももさだカエル」かつて、新屋は「百三段」(ももさだ)と呼ばれる地でした。それで、なぜカエルかといえば、「昔の新屋浜の賑わいにカエル」「事故やケガなく無事カエル」「ゴミを捨てずに持ちカエル」だそうです。特に、カエルに関する伝説があるわけではなさそう。釣れましたか~?新屋漁港。人知れずひっそりとしたところにある人工入り江(川自体が人工なのだから当然か)。本来、新屋は漁業の町でした。いまでも細々と水揚げがあります。この日は、近くのテトラポットで捕ったという「岩牡蠣」が揚がっていました。日焼けが厳しい快晴の新屋浜でした。blogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑今回は、画質を落としてみたのですが、如何でしょうか?
2006年06月27日
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昨日の続きです。今度は、ヤートセ通町会場。(通町郵便局・佐野薬局前)特別出演のどこかの盆踊りでしょうか。(佐野薬局前)気持ちのよい青空でした。(せきや前)通町は電線がないので、大旗を豪快に振り回しての演技ができます。「ヤートセ秋田祭」は1998年から始まった、市内の大学生が中心になって立ち上げた新しいイベントで、当初は中通の産業会館跡の空き地やアゴラ広場などで行われていました。「単なるイベント」という見方から、交通規制を伴わない空き地を利用せざるを得なかったようですが、一昨年頃から県や県教委などが後援についたので、警察による交通規制を実施しての現在のスタイルができあがったようです。同時に、以前は秋に開催されていた大町祭り(年1度の大町歩行者天国)が同時開催になり、昨年からは「高校生パフォーマンスバトル」という、サンパティオ大町のイベントも同時日程で始まりました。お祭りらしい雰囲気で賑わいが出て良いですね。ヤートセ秋田祭 公式ウェブ暑かったので、秋田名物「ババヘラアイス」屋さんも繁盛していたようです。4年位前の大町祭りで、無許可のババヘラが区域外へ追い出されるところを目撃しましたが、このババヘラ屋は、大町祭りのチラシに予告があったので、正規の出店業者のようです。※日常的に「ババヘラ」と呼ばれていますが、別の会社(同業者)が「ババヘラアイス」を商標登録しています。。これが、噂のババヘラアイス。blogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑明日は、雄物川河口の午後のひととき。
2006年06月26日
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昨日24日と今日25日、秋田市大町で開催。(ニューシティ前)去年か一昨年から、2つのイベントが同時開催されるようになりました。(ニューシティ前)ヤートセ大町会場大勢の見物人が詰め掛けました。大町祭り会場大仙市協和の唐松太鼓のみなさん(ねぶり流し館・金子家住宅前)とにかく大勢の人が繰り出しました。ちなみに、画像左端に写っているお店は、チーズとワインの専門店。(サンパティオ大町前)人、人、人。秋田市にこんなに住んでいたのか~(大袈裟)と思うくらいの人出。ダイエーがなくなってから、すっかり人通りがなくなったものね。(後方の100均ダイソーの看板のビルが、かつて「ダイエー秋田店」でした)県内各地の地場産品の出店も出ていました。いい香り~旨そうな香り~。画像に写っている古い民家は、旧商家「金子家」住宅で、近年まで住居として使用されていましたが、昨年復元工事が完成し、現在は隣の「ねぶり流し館」とともに見学できます。blogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑明日も、「ヤートセ秋田祭&大町祭り」の続きです。
2006年06月25日
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仙台名物といったら、これ!「喜助」駅前店にて。アメリカ産の輸入が止まっているので、以前より高価になりました。そして、ちょっぴり薄くなったような気がしました。(写真は「大盛り」。肉が大盛りになります)(「喜助」では、食べやすいように切られて提供される)おしんこ、麦飯、テールスープの組み合わせは、仙台牛タン定食の王道です。(店により「とろろいも」がつくこともあります)メニューも、以前は牛たん定食、定食大盛り、単品・・・等牛タン焼き関連のみでしたが、現在はいろいろと。向かいの連れが頼んだのは「すきやき定食」。牛たんの老舗「きすけ」(有)キスケフーズ喜助の牛たんを買う(楽天市場内)仙台街歩きはこれでおしまい。新幹線に乗って帰途につきました。(車両は違います。東京方面上りホームに停車中の車両を写しました。私が乗ったのは、もちろん「こまち」)blogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑次回からは、しばらく日常の日記となります。
2006年06月17日
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定禅寺通に、ガラス張りの建物があります。「せんだいメディアテーク」といいます。美術や映像芸術の拠点、ライブラリー(仙台市立図書館)。お役所の建物にしては洒落たモダンな建物です。館内を一通り見て回りました。「図書館」という性質上、様々な層の人々が出入りします。そこに、展示スペース(しかも、2フロアを当てている)、スタジオ、オープンスペースを配置しているので、図書館に来た人々が気軽に様々なアートに接することができるようになっています。秋田市もどうせ芸術文化ホールを造るなら見習えばよろしい。1階にカフェがありました。そこで1枚。鏡ではありません。お外の風景です。せんだいメディアテーク(仙台市)仙台市青葉区春日町2-1市営地下鉄南北線「勾当台公園」徒歩2分夜10時まで(図書館は8時まで)やっているそうです。blogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑次回は、牛タン。
2006年06月16日
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観光シティループバス(観光客以外も乗っているようですが)「るーぷる仙台」仙台市交通局が運行している、片周り運行のみの循環バス。市街地西部の主要な観光地を結んで走っています。このような車体の車両を使用しています。カゴシマシティビューや宮崎シーガイアの園内バスなども、このタイプの車両を使っていますね。配置は川内営業所。では、「4 瑞鳳殿前」から乗車しましょう。1回250円。最前席をGET!(なお、ここまでバスは「1 仙台駅前」を起点に、「2 青葉通一番町」「3 晩翠草堂前」を経由しています)「5 博物館・国際センター前」伊達家の資料を収集、研究している「仙台市博物館」はココ。仙台市博物館ホームページ「博物館・国際センター前」を出ると、暫くして右折し、青葉山を上ります。凄い急な上り坂。この路線も瑞鳳殿前と同じく「るーぷる仙台」しか通りません。青葉城の石垣が見えてきました。「6 青葉城址」護国神社の鳥居。ここから青葉城に登ります。このバス停には「るーぷる仙台」しか来ませんが、お城のの反対側には一般路線バスのバス停「仙台城跡南」があるので、最終のるーぷるバスで到着しても安心です。青葉城址を出発しても、なお登り坂が続きます。この後、「竜ノ口渓谷」という急峻な谷があって「八木山橋」という橋がかかっているのですが、この橋は渡りません。なお、鬱蒼とした森の中を進む事数分。突如、緑に囲まれたビル街に出ます。ここが、東北大学の青葉山キャンパスです。「7 理学部自然史標本館前」化石、鉱物、大戦中に陸軍が作成した外国地図(外邦図)の展示があります。東北大学総合学術博物館青葉山キャンパスを後に、バスは下り坂にさしかかります。前方には県庁・市役所のへんが見えます。バスは、東北大学の川内キャンパスを抜けて、「8 二高・宮城県美術館前」へ。仲の瀬橋で再び広瀬川を渡って、市街地へ戻ります。ヤフー地図バスは西公園の脇を通って、光のページェント(12月)メイン会場定禅寺通りへ。「9 メディアテーク前」で降りました。バスはこの後、「10 定禅寺通市役所前」「11 地下鉄広瀬通駅」を経て、仙台駅西口に戻ります。blogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑次回は、メディアテークをちょっとだけ。
2006年06月13日
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引き続き「史跡経ヶ峯伊達家墓所」続いて、感仙殿と善応殿。「感仙殿」は、伊達家二代忠宗公の霊廟。藩の基盤安定に尽力した方。「善応殿」は、三代綱宗公の霊廟。奥が善応殿で、手前が感仙殿です。この2棟も戦災で焼失し、昭和60年頃に再建されました。この2棟のすぐ北側(上写真では撮影者の背後)には、九代藩主、十一代藩主と十一代藩主婦人の墓「妙雲界廟」があります。廟建築で建てられたのは初代~三代までの墓所で、以降の墓は墓碑の形で建っています。また、明治初年に、伊達家の祭祀方式が仏式から神式に改められ、これ以降の墓は「土饅頭」という小さな円墳になっています。長く霊域だったことと、現在も史跡指定されているため、墓所の周囲は鬱蒼とした森が残っています。「経ヶ峯散策路」として、小路があります。ちょっと薄暗い・・・この散策路に革靴、ヒールで入る事はオススメしません。石柱の文字が読めますか?「国宝経ヶ峯伊達家霊廟」と書いてあります。瑞鳳殿、感仙殿、善応殿は、非常に価値のある、将来にわたり大切に保存しなければならない建築物として、1931年(昭和6年)に国宝に指定されました。しかし、戦災空襲で焼失してしまい、対象物がなくなってしまったので国宝指定は解除されました。現在の再建された3殿は、壮麗豪華で伊達家の繁栄を今に伝えていますが、建造物それ自体は現代のものなので、国宝にはなっていません。仙台市の史跡指定は、敷地全域が対象になっています。さて、この墓域には、お寺があります。「瑞鳳寺」は、香華院、つまり、代々の霊に御線香と御花をあげる寺として、二代忠宗公が造営したお寺です。明治の廃仏毀釈(神仏分離令に端を発する一連の仏教破壊運動)で廃寺になっていましたが、大正時代に復興されました。なお、現在「瑞鳳殿」と直接の関係はないようです。瑞鳳殿参道沿いにあります。墓地には、一般の方のお墓もありますが、鹿児島県人の墓があります。これは、西南戦争従軍者で宮城の監獄に送られて、ここで亡くなった方々の墓です。ただし、処刑されたわけではなくて、宮城県の開発に従事し貢献したが、何らかの理由で亡くなった方々だそうです。参考:瑞鳳殿ホームページ(財団法人瑞鳳殿)blogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑次回は、瑞鳳殿バス停から、シティループバス「るーぷる仙台」に乗った様子をお届けします。 Information 史跡名:仙台市指定史跡経ヶ峰伊達家墓所(瑞鳳殿)仙台市青葉区霊屋下23-2観覧料金 おとな550円(るーぷる仙台1日券提示で割引あり)休館日 12月31日・1月1日アクセス 仙台市営バス「るーぷる仙台」で瑞鳳殿下車 ・・・参道の登り坂前入口に着きます 1乗車おとな250円 るーぷる仙台専用1日券おとな600円 仙台市営バス「700」「705」「707」系統で霊屋橋・瑞鳳殿入口下車 (仙台駅前11番・12番) おとな180円 ・・・徒歩2~3分で参道の登り坂入口に着きます 仙台市交通局 バス停の位置関係地図・・・yahoo!地図瑞鳳殿入口目の前のバス停を経由するバスは「るーぷる仙台」だけなのが、注意点。
2006年06月11日
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五橋から歩いて30分ほど。瑞鳳殿がある地区に到着しました。前回の日記 五橋→霊屋下瑞鳳殿は、仙台藩初代藩主伊達政宗公の霊廟です。ほかに二代忠宗公、三代綱宗公の霊廟、伊達家の墓域があり、総称して経ヶ峯伊達家墓所として、仙台市の史跡に指定されています。参道は長い長い急な登り坂になっています。この写真は坂の最上部。左手が順路で、この先で観覧料金を支払います。涅槃門をくぐると、いよいよ、伊達政宗公の霊廟「瑞鳳殿」が見えてまいります。この、伊達政宗公は、生前の遺志によって、死後この経ヶ峯に葬られました。桃山様式の流れをくむ豪華絢爛な廟建築で、昭和6年には国宝に指定されました。しかし、昭和20年の空襲で焼失し、現在の建物は昭和50年代に再建されたものです。「復元」ではなく「再建」なので、建物の構造はコンクリートを中心とした現在工法、装飾も一部が省略されております。再建工事とともに発掘調査が行われ、その出土資料は瑞鳳殿のすぐ脇に建てられた資料館で展示されています。発掘時には現に遺骨が掘り出され、その様子がビデオで公開されています。このとき、棺(座棺)は石灰で密封されていたことが判明、その石灰によって遺骨や副葬品は非常に良好な状態で発見されました。なお、遺骨は元通り、瑞鳳殿に収められました。一角には「弔魂碑」があります。これは、戊辰戦争時に無くなった奥羽越列藩同盟の人々の御霊を弔うために、明治10年、伊達家が建立したものです。奥羽越列藩同盟は、仙台藩を盟主として西国諸藩と戦いましたが3ヶ月でバラバラになり、最終的に幕府軍と合わせて8000名が亡くなりました。※戊辰戦争・・・明治元年~明治2年にかけて、王政復古によって成立した新政府が、旧幕府勢力を掃討した日本最後の内戦blogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑次回は、二代・三代の霊廟を紹介します。 Information 史跡名:仙台市指定史跡経ヶ峰伊達家墓所(瑞鳳殿)仙台市青葉区霊屋下23-2観覧料金 おとな550円(るーぷる仙台1日券提示で割引あり)休館日 12月31日・1月1日アクセス 仙台市営バス「るーぷる仙台」で瑞鳳殿下車 ・・・参道の登り坂前入口に着きます 1乗車おとな250円 るーぷる仙台専用1日券おとな600円 仙台市営バス「700」「705」「707」系統で霊屋橋・瑞鳳殿入口下車 (仙台駅前11番・12番) おとな180円 ・・・徒歩2~3分で参道の登り坂入口に着きます 仙台市交通局 バス停の位置関係地図・・・yahoo!地図瑞鳳殿入口目の前のバス停を経由するバスは「るーぷる仙台」だけなのが、注意点。
2006年06月10日
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旅行地理検定会場を後にして、伊達家の墓所「瑞鳳殿」を見に行く事にしました。広域図を見ると、十分歩けそうな距離。コンビニで詳細な地図を購入して、歩行開始!SS30の回でも登場している東二番丁通(国道4号に指定)。歩道が広く取られていて、自転車と歩行者の動線を分離できるようになっています。五橋通り。仙台市はどの大通りも、街路樹が鮮やかに繁っております。この近くに、非常に古い銭湯があり、昔は学生達で賑わったそうですが、いまは閉店していました。東北大学の片平キャンパスを貫く道路を歩きます。道路自体は一般道です。「旧仙台二高正門」です。旧制二高正門の並びにあります。ここが東北大の正門。近所の住民が犬を連れて散歩に入って行きました。2枚上の写真の場所から構内を通ってここに抜けることも可能。東北大のキャンパス外周道路から離れて、霊屋橋の方へ向かいます。学生相手の喫茶店やリサイクルショップなどが目立ちます。霊屋橋(おたまやばし)。独特の意匠です。「霊屋」とは、この後訪れた伊達家霊廟「瑞鳳殿」をさします。霊屋橋が架かる川は、青葉城と共に仙台市のシンボル、歌謡曲にも歌われた「広瀬川」です。この辺り、市街地の真ん中ですが、川は穿入曲流をなしております。また、この辺が広瀬川で最も水深が深い区間だそうです。また、蛇行が大きく、霊屋橋を渡った霊屋下(おたまやした)地区は、蛇行する流れに挟まれた「曲流帯」になっております。釣りをしている人が見えますね。関連地図:Yahoo!MAP※穿入曲流:川の水が谷の通りに流れているようす逆に、平野部をほぼ自由に蛇行して(現実にはそうそう動かないが)流れているようすを、自由曲流というblogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑次回は、伊達家代々の墓所「瑞鳳殿」です。
2006年06月08日
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今日は「テーマ」を設定していませんが、一応「仙台街歩き」シリーズの第3回です。旅行地理検定。会場受験、東北地区の試験場は東北外語学園。(一時は盛岡会場もありました・・・)JTBの関連会社が始めた民間検定ですが、今回で数えて23回目。旅行地理検定開始とほぼ同時期に、別の団体が「地理能力検定」を始めましたが、こちらは数年で中止。一方、旅行地理検定は、開始から既に10年経過し、意外に長持ちしています。この間、1度だけ認定制度が変わりました。当初は、全員同一問題を解き、正答数に応じて級が認定される仕組みでしたが、現在は申し込み段階から1~4級の級別になっていて、問題も級別。仙台会場の「国内」受験者は、全級合わせても30人ほど。2~4級は「インターネット受験」ができるので、受験者はそちらを利用していると思われます。しかし、「インターネット受験」って如何なものか。自宅で受けるので、十分に不正(カンニング)可能だと思うのだが。1級は会場受験(本会場または団体受験)しかありません。従って、仙台会場参加者は1級が最多。といっても13人。私は1級を受けました。相変わらずの手加減容赦なし、難問の数々。3級くらいだと、観光地の地図や行程表を見ながら答える問題なんかも出ますが、1級では完全に細かい知識を問う問題。やれやれ。会場のトイレから()南側を見ました。眼下は五橋の交差点で、車が流れている道路が手前から奥に向かって東二番丁通~愛宕上杉通(国道4号)、左方から合流する道路が愛宕上杉通。正面のガラス張りのビルは、家庭雑貨・収納用品製造大手の「アイリスオーヤマ」本社。blogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑次回は街歩き。五橋から霊屋下まで歩きました。
2006年06月07日
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「SS30」(住友生命仙台中央ビル)は、仙台市青葉区の東二番丁通りに面して建っている31階建ての高層ビルです。隣は仙台国際ホテルです。このSS30と国際ホテルの場所には、1980年頃まで宮城学院の中学・高校・大学がありましたが、同校が郊外に移転し、その跡地に住友がオフィスビルを建てました。東北地方で一番最初に完成した超高層ビルです。上層階の28~30階は、レストランなどになっていますし、展望室もあります。展望室では、当日は結婚式をやっていたので、29階のエレベータ脇等から外を眺めてみました。北西の方向、ちょうど国分町の方向です。遠方に見える白い物体は、仙台大観音でしょうか?(小さすぎてよく見えない)東の方向です。中心街のビル群が突然途切れて、深い森になっています。通称「青葉山」です。青葉山の上に場違いに建つビル群は、東北大学の青葉山キャンパス。中腹に見えるビル群は、東北大学川内キャンパス。写真では見えませんが、ビル群と青葉山の間には、「広瀬川」が流れています。同じく東の方向、カメラを少しパンしました。画面中ほどの、木々に囲まれたビル群は、東北大学の片平キャンパス。片平キャンパスは、一部を残し、青葉山へ移転の予定。跡地は東北学院が買うそうです。ちなみに、画面では見えませんが、片平キャンパスの南隣(画面では左画面外)は、東北学院大学の土樋キャンパスです。画面左側から張り出している丘陵が見えますが、これは伊達政宗はじめ伊達家の墓所「瑞鳳殿」などがある「経ケ峯」です。紅白塗りのタワーは、おそらく「東北放送」の社屋。その近隣に東北工業大学。画面の最も奥に見える三角トンガリの山は「太白山」だそうです。blogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑次回は、旅行地理検定。
2006年06月06日
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新幹線で21時24分に到着後、夜食を確保して、今宵の宿へ。今回宿泊したホテルは、青葉区中央4丁目の「ホテルフォーリッジ仙台」。宿泊特化型のシンプルなホテル。ロビーを入った第一印象は、「小奇麗」。壁面も床もピカピカに磨き上げられていました。館内構成は・・・1F:ロビー、朝食レストラン、自動販売機2F以上:客室駐車場はタワー型立体駐車場(先着順)客室は、今回はシングルルーム。広さによってA~Cまであるようです。今回泊まったのは、広めの方の部屋だったようです。室内もデンマーク調家具で統一され、清掃も行き届いた気持ちよい部屋でした。あいにく、窓の外は隣のビル(マンション?)。ユニットバス。浴槽は広め。体を伸ばすことが可能。備え付けのボディシャンブーとリンスインシャンプーがポンプ式で設置。アメニティは、T字髭剃りと歯ブラシ。湯水の出が良く、すぐ満水にできました。ここも清掃が非常に整っていました。夕食の供食はありません。新幹線車中で駅弁を食べて来ましたが、時間が経ったので青葉通りのダイエーで寿司を購入。なお、ホテル近隣にコンビニ(サンクス、セブンイレブン)があります。朝食。<写真はありません>1人1,000円で、フロントで食券を購入(食券購入にもクレジットカード使用可)。ご飯・パン類を除くと全20品くらい。メニュー的にはごく平均的なホテルの朝食バイキングでしたが、味が調っていて旨い。思わず満腹になるまで食べちゃいました。もちろん、仙台名物の「笹かまぼこ」、「長茄子漬」もあり。デザートも用意。当日はティラミスが出ていました。そのほか・・・16時~21時まで、宿泊者は1Fでコーヒー無料。インターネットはロビーで無料閲覧。PC2台(用紙は有料)。全室ではないがADSL利用可。有料テレビは、TBSのニュースチャンネル、映画2チャンネル、アダルトの計4チャンネルで、テレビカード1,000円。シングルルームで6,000円前後(割引条件、プランによる)と、コストパフォーマンスに優れたホテルでした。仙台の中心部、駅から数分の好立地。しかも、愛宕上杉通(仙台駅前を通る)と東二番丁通(電力ビルがある)という2つの南北メインストリートの間を真ん中くらいまで入った場所なので、車通りが少なく静か。開業から6年程経っていますが、メンテナンスが行き届いた、仙台お薦めホテルです。 Information 施設名:ホテルフォーリッジ仙台仙台市青葉区中央4丁目7-1ホテルフォーリッジ仙台←楽天トラベル利用の予約はこちらをクリックJR東北新幹線仙台駅より徒歩約5分(柳町通)仙台駅前を横切る大通りを左(南)へ進む→ホテルモントレ仙台と住友生命ビルがある角を右(西)へ曲がる→信号1つ過ぎたら左側にあり市営地下鉄仙台駅&JR仙石線あおば通駅南2出口(イービーンズ)より徒歩約2分仙台駅より地下鉄で勾当台公園駅(県庁市役所・国分町)まで約3分あおば通駅から松島海岸駅まで仙石線快速電車で27分。ホテル公式ページ:http://www.libraryhotel.jp/hotelfoliage/仙台市内に他に系列ホテル2軒、岩手の奥州市(水沢)に系列ホテル1軒あります。blogランキングに参加していますこの記事をお気に召されたら↑ 1クリック下さい ↑
2006年06月05日
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3日(土)、4日(日)と、1泊2日で仙台に行ってきました。仕事の都合で、夜遅い到着になり、滞在時間は宿泊、用件を含めて正味24時間ほど。あまり彼方此方は見れませんでしたが、街歩きと旧跡探訪などを明日から紹介します。まず、第0回として、「移動」。秋田19時06分発 こまち34号。東京まで行く最終列車。仕事を何とか定刻で片つけて、自宅に戻ってから、駅に駆けつけました。この後、仙台止まりのこまち98号もありますが、盛岡→仙台間各駅停車のため時間がかかるので、34号に決定。21時24分、仙台着。宿泊は、ホテルフォーリッジ仙台。明日の第1回レポは、このホテルフォーリッジ仙台をちょっと紹介。第2回は「SS30」、続いて「旅行地理検定」、「街歩き 五橋→霊屋下」、「瑞鳳殿」、「るーぷる仙台」と紹介予定。全8回程度になる見込みです。また写真が多いレポートになりますが、数日間御付き合い下さいませ。
2006年06月04日
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「世界遺産暫定リスト」というのがあるそうです。世界遺産に登録される前に、予備段階として暫定リストに登録され、この期間中に各種審査や検討が行われるそうです。暫定リストに登録されてから世界遺産に本登録されるまでの期間はまちまちです。暫定リスト登録地は各国が選びますが、本登録地はこのリストの中からユネスコの会議で選ばれます。現在、日本国内で暫定リストに載っているのは次の4件。石見銀山とその文化的景観(島根県)銀鉱山跡と鉱山町、街道、港と港町平泉の文化遺産(岩手県)中尊寺、毛越寺ほか古都鎌倉の寺院・神社ほか(神奈川県)鶴岡八幡宮、鎌倉五山、切り通し彦根城(滋賀県)天守が国宝、周囲が特別名勝なのは、姫路城とここだけこのうち、最も登録が近いと見られてるのは「石見銀山」で、早ければ来年の会議で。その次は「平泉」で、再来年には登録される見込みだそうです。逆に、鎌倉は環境や都市化、彦根城は姫路城との差をどうアピールするのかが問題だそうです。blogランキングに参加しています
2006年06月03日
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「日本三大○○」「日本五大○○」などと、日本人には同じようなモノに番号をつけて呼ぶ慣わしがありますね。そこで。日本三景・・・松島、天橋立、厳島(宮島)新日本三景・・・大沼、三保松原、耶馬溪三名山・・・富士山、白山、立山三名瀑・・・華厳滝、袋田滝、那智滝三大河・・・利根川、吉野川、筑後川三急流・・・最上川、富士川、球磨川三清流・・・柿田川、長良川、四万十川三大鍾乳洞・・・龍泉洞、秋芳洞、龍河洞三大秘境・・・五箇山、祖谷、五家荘三奇勝・・・妙義山、寒霞渓、耶馬溪三名園・・・偕楽園、兼六園、後楽園三名城・・・名古屋城、姫路城、熊本城三奇橋・・・猿橋、錦帯橋、眼鏡橋(長崎の眼鏡橋ではなく富山の愛本橋とする説もある)三大祭・・・山王祭(東京千代田区日枝神社)、祇園祭(京都東山区八坂神社)、天神祭(大阪北区天満宮)江戸三大祭・・・神田祭(神田明神)、山王祭、三社祭(浅草神社)京都三大祭・・・祇園祭、時代祭(平安神宮)、葵祭(上賀茂神社、下鴨神社)等々、いろいろあるわけ。しかも、提案者(多分旅行会社か、昔だったら国の観光振興担当部課でしょうね)により、おなじ「三大○○」でも違ったりするのですよ。blogランキングに参加しています
2006年06月02日
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日本の世界遺産は13ヶ所。北から順に・・・知床白神山地日光の社寺(二荒山神社・輪王寺・東照宮)白川郷・五箇山の合掌造り集落(萩町地区・相倉地区・菅沼地区)古都京都の文化財(賀茂別雷神社・賀茂御祖神社・教王護国寺・清水寺・比叡山延暦寺・醍醐寺・仁和寺・平等院・宇治上神社・高山寺・西芳寺・天龍寺・鹿苑寺・慈照寺・竜安寺・西本願寺・二条城)法隆寺地域の仏教建造物(法隆寺・法起寺)古都奈良の文化財(東大寺・興福寺・春日大社・春日山原始林・元興寺・薬師寺・唐招提寺・平城宮跡)紀伊山地の霊場と参詣道(高野山・熊野三山・吉野大峯・大峯奥駈道・熊野参詣道・高野山町石道)姫路城原爆ドーム厳島神社屋久島琉球王国のグスク及び関連遺産群(今帰仁城跡・座喜味城跡・勝連城跡・中城城跡・首里城跡・園比屋武御嶽石門・玉陵・識名園・斎場御嶽)・・・以上13ヶ所。あなたは何ヶ所行ったことがありますか?
2006年05月31日
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六郷町の「ある施設」に、特別に入れてもらいました。県南1泊旅行(巡検)のこれまでの日記1:いなにわうどん体験 2:川連漆器 3:ジークブルガー通り 4:小安温泉元湯くらぶ5:小安峡大噴湯を歩く 6:横手やきそば 7:清水の郷 六郷今回紹介する施設は、「観光名所」「観光施設」ではありません。従いまして、通常は入館出来ません。また、個人で見学を申し込んでも、おそらく許可されないでしょう。今回は、大学の見学団体についていったので、地元の案内者の方が特別に組み入れて下さいました。案内者の観光案内ボランティアの方々も、初めて入ったそうです。六郷の扇状地には、高い建物は「ある1軒を除いて」ありません。高台もないので、通常は扇頂部付近の山に登るしかない。さて、その「ある建物」とは・・・JA(農協)のカントリーエレベーター。収穫した米を低温で貯蔵し、出荷まで行う大型のタワー型貯蔵庫。町の中心部内部はこうなっています。内部と言っても階段ですが。タンクの中は、当然見れません。なかなか怖い。床が網になっているところもあって、高所恐怖症ではこの仕事はできません。blogランキングに参加していますこの後、一行はニテコ清水を訪問。バスで大曲へ行き、電車で帰途につきました。
2006年05月30日
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町内いたるところから清水が湧き出す、六郷町。県南1泊旅行(巡検)のこれまでの日記1:いなにわうどん体験 2:川連漆器 3:ジークブルガー通り 4:小安温泉元湯くらぶ5:小安峡大噴湯を歩く 6:横手やきそば清水の郷「六郷町」。今は、合併で後三年の役で知られる仙南村、大きな地震を起こした千屋断層で知られる千畑町とともに、美郷町(みさとちょう)になりました。秋田県内の自治体で、初めて「ちょう」と読む町になりました。さて、この六郷は、丸子川が形成した扇状地の扇端付近に出来た集落です。集落内には、パンフレットに載っているだけでも26もの湧き水があって、人々の生活用水として利用されてきました。現在では、湧水を生かした街づくりを進めていて、TMO(Town Management Organization)機関として「六郷まちづくり株式会社」を設立して様々な事業を展開しています。※TMO:様々な団体・個人(役所も含む)が、街づくりを横断的に行うための調整をする。 関連・・・中心市街地活性化法(平成10年法律92号)ハタチや清水町内の酒店「ハタチや」さんの敷地内にあります。いまでも夏にはスイカやビールを冷やすそうです。ニテコ清水・ニテコ名水庵(5月1日撮影)町内でも最も有名な湧き水。明治天皇が秋田に来た時に、ここの水を差し上げたそうです。サイダーの製造でも有名です。仁手古サイダー(ニテコサイダー)ニテコ清水には、サイダー他の工場を兼ねた直売所「湧子ちゃん」があります。駐車場あり。散策の時の駐車場所に最適。木造の古いサイダーの工場がそのまま残っています(写真右方)。建物の下を水路が横切る少し変わった構造。以前のサイダーのビンとラベルのデザインは、いかにも小規模工場の手づくりといった感じでしたが、ちょっと稼いで潤ったようですね(笑)綺麗になりました。味は変わっていませんでした。そうそう、流しソーメンの食堂「ニテコ名水庵」もここです。八千代酒造合名会社現在、六郷町内に3軒ある造り酒屋の一つ。代表銘柄は「八千代」。八千代 上撰超辛口辛口の酒が好評。当ブログの関連記事:蔵元4社競作 六郷限定「名水の雫」(5月2日UP)下見に来たときに、先の「ハタチや」さんで「八千代」の「名水の雫」を買っていたのでした。このほか、有名な清水として、御台所清水(佐竹の殿様の料理用)、久米清水(久米さんが日常使っていたので)、藤清水(藤の花が見事なので)、諏訪清水(諏訪神社の近くにあるので)、キャペコ清水(形が似ているからか何なのか、キャペコとは、方言で男の子の大事な部分!)が挙げられます。御台所清水藤清水主だった清水と、寺町を徒歩で散策してもおよそ1時間。このような絵地図もあります。中心部、かつて國之誉酒造があったところに名水市場「湧太郎」が、キャペコ清水のすぐ脇に、観光情報センターがあり、絵地図をはじめ、パンフレットを貰え、情報を得ることができます。 左:湧太郎 右:観光情報センター湧太郎にはショップ2軒のほか、喫茶店、創作料理店、資料館、さらに國之誉酒造の酒蔵をリニューアルした「國之誉ホール」(の写真)があります。ここにも駐車場があって散策の時に利用可。普通車30台、大型車5台。6月10日(土)に、「えきからハイキング」があります。えきからハイキング 東北エリア・6月(JR東日本)アクセス情報車の方 秋田自動車道「大曲」から、大曲西道路、県道13号、国道13号経由で約15分。場外車券売場「サテライト六郷」の交差点を左折※大曲インターを降りたら、大曲方面右折105号の指示をしている青看板の指示に従わず直進するのがポイントです(ショートカットコース)。そのまま再度国道105号と交差するとともに、そこが大曲西道路の入口です。※大曲西道路出口は、左折。※国道13号線沿いに、「清水の郷六郷」の白看板(標識)がありますが、これも無視するのがポイント。六郷の位置Yahoo! Map秋田自動車道「横手」からも、30分程度で到着できると思われます。電車の方秋田新幹線・奥羽本線・田沢湖線「大曲」もしくは、奥羽本線・北上線「横手」下車。それぞれ駅近くにショッピングビル併設のバスターミナルがありますので、そこから乗車。※大曲は「ジョイフルシティ大曲」併設、横手は「マックスバリュ横手駅前店」併設大曲からは「横手バスターミナル」ゆきに乗車し、「六郷大町」か「六郷上町」下車。630円。横手からは「大曲バスターミナル」ゆきに乗車し、「六郷米町」か「六郷上町」下車。500円。一部時間帯を除き、30分ヘッドの高頻度運行で便利です。羽後交通 横手・大曲線時刻表(PDF・羽後交通株式会社)後三年の役古戦場の金沢資料館も、この路線の沿線です。なお、奥羽本線「飯詰」から歩くと言う手段もありますので、健脚の方はどうぞ。えきねっと「飯詰駅」(JR東日本)blogランキングに参加しています次回、六郷地区で最も高い「ある建物」に登った様子を紹介します。
2006年05月29日
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小安温泉を後にした我々一行は、旅館の送迎バスで十文字駅へ。十文字駅からは奥羽本線で横手へ。街中を散策。この平源旅館本店は、大正15年の建築で、国の登録文化財。旧街道に面する中心地にあって、かつては旧皇族が宿泊した事もあったし、多くの文人墨客、政治家が宿泊した、平鹿地域で最も格式高い旅館の一つでした。以前は駅前に支店があって、横手駅の駅弁を一手に引き受け、特急あけぼの、つばさ、急行津軽等の車内販売でも売っていたようです。本店は現在も営業中で、宿泊できます。楽天トラベル平源旅館本店←館内の写真を見る事ができます平源本店の隣に、同じ大正15年築の旅館平利がありました。平源が時代を先取りした洋風建築であるのに対し、平利は和風建築の傑作として、両者競い合って営業し、ステータスを維持してきました。しかし、平利は一昨年のかまくらの夜に出火、全焼してしまいました。規模を縮小し新館を建て、再起を図っています。最近脚光を浴びているのが、横手焼きそば。おなじく焼きそばの町として売り出している静岡県富士宮市と競って(もちろん仲良く)やっているようです。普通の焼きそばと違うのは、太い(決して「太め」ではない)茹で麺であること、直麺であること(ちぢれていない)、目玉焼きが載っていること(まれに別料金の店もある)。出来上がりは、麺自体に汁気があります。祭りの屋台で売られている焼きそばとは随分違います。今回行ったのは横手地域局向かいの中華料理店「千草」。ここでは塩焼きそばもあります。ほかに、一般の中華料理もあります。こちらは一昨年の秋に行った横手駅前の「ふじわら」。ここは、焼きそばオンリー、玉子有り無し等のバリエーションのみのメニュー。同じ焼きそばでも、店が違うと具材が随分違いますね。こちらは、関口知宏さんのNHKテレビ「列島縦断鉄道12000kmの旅」で生中継されました。色紙が飾ってありました(2004年11月撮影)。ちなみに、初めて横手焼きそばを食べたのは、横手駅構内の伯養軒でしたが、ここは店じまいしていました・・・。「横手やきそば6食セット」横手市十文字町・林泉堂の「あつあつ亭の横手焼そば」↑秋田県内各スーパーで販売中↑blogランキングに参加しています次回は、美郷町六郷の六郷湧水群。
2006年05月26日
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切り立つ崖の下から熱湯が噴き出す景勝地「小安峡」県南1泊旅行(巡検)のこれまでの日記1:いなにわうどん体験 2:川連漆器 3:ジークブルガー通り 4:小安温泉元湯くらぶ秋田県最大の河川「雄物川」の支流「皆瀬川」の上流、宮城県まであと少しのところに、川の流れが谷底平野を更に深く刻んだ谷中谷地形があります。川の侵食作用のうち、側刻(川岸を削る)よりも下刻(川底を削る)が大幅に卓越したために異常に深い谷が形成されたと考えられています。この谷の比高は最大65mあります。赤い橋が見えますが、あそこが皆瀬川の本来の谷底です。橋の両側には、まとまった耕作が出来るほど広い平地があります。それが激しい下刻でここまで深くなったこの小安峡の区間で皆瀬川に流れ込む沢が幾本かありますが、これらと皆瀬川との合流地点は当然、滝になっています。この一帯は地質時代には非常に激しい火山活動があったとみられる地域です。その溶岩が急に冷却されて固まると、溶岩の性質によっては「節理」と呼ばれる形の岩が出来ると言われます。この小安峡の両岸の崖は、その節理状になっています。ただし、秋田市の筑紫森と違い、柱状ではなく水平状になっています。(2004年11月撮影)この写真だと、分かりやすいと思います。激しい下刻で川底を削ったこの川は、遂に、温泉の湯脈(早い話が、地熱で熱くなった地下水の層ですな)を断ち切ってしまいます。それが、現在「大噴湯」として、峡谷自体と共に観光名所になりました。(2004年11月撮影)鬼首(宮城)や別府などで見られるような、湯を高く吹き上げる「間歇泉」ではありません。崖から湯が噴き出しています。蒸気が遊歩道まで達する近さなので、「生きている地球」を体感できます。但し、近づきすぎの火傷にご注意。案内板によると、噴出口で約90℃あります。秋田県南部最大級の景勝地ですが、なぜか「名勝」「天然記念物」の類には一切指定されていません。一帯が栗駒国定公園に指定されているだけです。森吉の小又峡、奈曾の白滝などは指定されているのに。それから、増水時は立ち入りできないことがあります。その証拠に、遊歩道の手摺りが破損しているたぶん、流されちゃったんでしょうね。 アクセス情報 交通手段は、昨日の小安温泉元湯くらぶの日記を参照して下さい。降りるバス停は、同じ「元湯」か、一つ前の「大噴湯入口」です。車の方は、駐車場がありますが、秋の紅葉シーズンには混みあいます。小安温泉の旅館街は、この大噴湯から徒歩5~10分の範囲です。blogランキングに参加しています次回は、横手市を紹介。名物B級グルメ「横手やきそば」登場します。
2006年05月24日
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一連の旅行(日記その1・その2)で、一番最初に訪れたのは、湯沢市でした。ほとんど街歩きをしませんでしたが、中心商店街を一回り。「ジークブルガー・シュトラッセ」という、建物の外観をドイツ風に統一した商店街があります。写真では一部だけですが、数百mに渡る商店街です。湯沢駅から徒歩5分強。「商店街へ来てたんせ」(湯沢市)↑blogランキングに参加しています ぜひご投票(バナーをクリック)を
2006年05月22日
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川連漆器(川連塗)は、湯沢市川連町(旧稲川町川連)に古くから伝わる漆器で、その起源は12世紀終わり頃まで遡ります。江戸時代中期~末期にその製造が拡大、販路が広がり、1975年には国の伝統的工芸品に指定されました。川連町に資料館があり、平日と土曜午前は見学が可能です。木材を切り出し、木地を作る工程から、塗り、沈金や蒔絵で彩を施すまで、ほぼ分業制になっており、乾燥させる時間も必要なため、1個の製品が出来るまで非常に長い期間がかかります。こちら、木地を仕上げる途中(後述の「工房利山」にて)資料館では、こんな大きな製品も展示されています。完成までに5~6年かかったそうです。こちらは、高齢者が使いやすいように、窪みをつけるなどの工夫がされた製品で、グッドデザイン賞受賞作です。川連地区には、規模の大小を別にしても、何軒もの工房があります。そのうち、「工房利山」におじゃまし、伝統工芸士の佐藤公氏にお話を伺いました。工業製品に圧されている漆器を海外向けにアレンジして、高い評価を得ている同氏。イタリアンデザインの漆器は、現地の見本市で非常に高い評価を得たそうです。特に、デザインを現地のデザイナーに任せたところ、既定のデザインにとらわれないアイデアで、エスプレッソカップ、サラダボウル等々、ヨーロッパの生活様式にマッチする製品が数々出来上がったとのこと。また、海外では、漆器は「自然・ナチュラルなもの」として受け入れられているとのこと。川連漆器資料館へは・・・湯沢駅前・横手バスターミナルから羽後交通バス「大門」「稲庭梺」「皆瀬庁舎前」「小安温泉」行きで「稲川中学校前」下車工房利山へは・・・同じバスで一つ手前「稲川庁舎前」下車↑blogランキングに参加しています ぜひご投票(バナーをクリック)を
2006年05月20日
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最近、更新が滞り気味の管理人です。ネタはいっぱいありますが、疲れてしまって更新する気にならず。でも、明日は前回の続きを載せる予定です。内容は「川連漆器」。詳細は明日のこの場所で。 さしあたり、せっかくなので商品紹介だけします。上の写真は全て、(財)秋田県物産振興会(アトリオン内)の販売ページへリンクしています。
2006年05月19日
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5月13日~14日、県南の旧湯沢市、旧稲川町、旧皆瀬村へ行ってきました。※現在は合併でいずれも新「湯沢市」行程は、湯沢市街→山谷峠→川連→稲庭→稲庭城→小安温泉<泊>→皆瀬ダム→十文字駅(乗換)→横手市街→六郷湧水群→大曲駅地元の大学2校の学生さんと先生の見学旅行(地理では「巡検」「エクスカーション」等といいます)に、案内役を兼ねて同行しました。※私が行程計画の骨子を立てたので、責任を持って・・・順番は前後しますが、数回に分けて、写真掲載の上で紹介します。のっけから、昼食の写真で恐縮です( ^ ^ ;もちろん、訳があります。湯沢市稲庭地区(旧稲川町稲庭)では、饂飩作りが盛ん。秋田県を代表する名産品、「いなにわうどん」として全国に出荷されています。「さぬき」「きしめん」とともに、日本三大饂飩に数えられるほど。他の饂飩と違って、少々平べったくて細く繊細。喉越しがよく、歯応えはしっかりあります。手間がかかっているのでお値段は高い。でもおいしいです。温でも冷でも、茹でたら必ず冷水に通す。今回は、まず「七代佐藤養助稲庭干饂飩」の佐藤養助商店の本社工場を見学し(要予約)、次いで国道沿いにある佐藤養助本店で稲庭饂飩の昼食と製造工程の体験をしました。工場長氏の解説によれば、幾つもの工程は、実施作業が全て時刻で決まっているようです。○時までに~を、その後○時までに△を・・・といった具合。大量に出回っていますが、意外に手工業の方法が色濃く残っていると感じました。煉る、綯う、つぶす、伸ばす、乾燥・・・等、その一部を体験できます。綯う作業、なかなかうまくいきません。伸ばす。非常に長く伸びます。こうして乾燥させます。よくテレビに出てくる、麺を伸ばしているシーンはこの工程。くわしい製造工程解説(佐藤養助商店)七代佐藤養助「稲庭うどん」180g×5束中元、歳暮の超定番。冷でも温でもおいしいので、これから夏の贈り物にどうぞ。どこで買っても3000円(税込3150円)。 家庭用のパック(贈答用より短い)や、オフィシャルのめんつゆもあります。※商品紹介は、全て湯沢市上院内の「ドラッグストアマツダ 楽天市場店」の養助稲庭うどん販売ページにジャンプします。おいしい昼食と貴重な体験でした。
2006年05月16日
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それでは、昨日の続き。一昨日、昨日と読んでいない方はまずを読んでくださいませ一昨日の日記昨日の日記日本海の眺め。男鹿半島西海岸は、ほとんど断崖絶壁になっています。遥か下に見える道路は、大桟橋道路。海辺を走っているようにも見えますが、海面まではなお比高があります。大桟橋道路も、自衛隊が作った道路(現在は県道)。上の写真とほぼ同方向アングルと倍率を変更男鹿の山の険しさが分かるでしょう。桜島の方向海岸段丘が続いていることが分かりますB29墜落慰霊碑終戦直後の1945年8月28日、大館花岡の捕虜収容所に食料を投下するため飛行していた米軍B29型機が、濃霧のため針路を誤りこの山に激突炎上、1人は生還したものの11人が遭難した。慰霊碑は、日本海の大海原を望む静かな鎮魂の地に建っておりますこの地点へは、車の場合、自衛隊専用道路を経由して行きます。また、西海岸の門前の五社堂から徒歩で登ることも出来ます。何れにしても、陽のあるうちに下山できるようにしましょう。もちろん街灯等はありません。行路途中にはセンサやカメラがありますが、「立入禁止」区域に入らなければお咎めないようです。また、自衛隊道路のうち、分とん基地三叉路から本山・毛無山の山頂までは、夜間通行止めです。午後6時に施錠されてしまいます。閉じ込められてしまったら・・・自衛隊が助けに来ます(これ本当。一昨日9日の日記中の写真を参照)↑blogランキングに参加しています ぜひご投票(バナーをクリック)を
2006年05月11日
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昨日の日記こちらその続き・・・では、男鹿本山山頂近くからの眺めをご覧下さい。(今日は写真中心です)毛無山と本山の間の鞍部より、北東の方向海岸線は、若美の宮沢海岸~能代市、奥に見える山脈は、世界遺産「白神山地」。白神山地の背後には、津軽富士「岩木山」が見えました。デジカメの光学ズームを最大にして、さらに双眼鏡(!)を通して撮影本山への登り坂より、南東の方向秋田市が見えます。遠くに見える、雪を被った山々は、太平山地と奥羽山脈。天気が良かったので、実は、森吉山、八幡平と岩手山もうっすら見えたのですが、撮影失敗森吉山は、スキー場のコースがはっきり見えるので分かりやすい。お隣、毛無山のレーダー基地。奥にうっすら見える山は、出羽富士、秀峰「鳥海山」お隣の寒風山見下ろすのはめったにないことです。火山なので、噴火口が見えます。ちなみに、男鹿半島には目潟、戸賀湾など火山が多くありますが、男鹿三山は火山ではありません。さて、次回は海の方へ目を移しましょう。写真枚数が多くなるので、今日はこれまで。↑blogランキングに参加しています ぜひご投票(バナーをクリック)を
2006年05月10日
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東北の日本海側にほぼず~っと続く砂浜海岸に、ボンと突き出た半島が、なまはげで有名な男鹿半島。男鹿半島の観光地と言えば、水族館、入道崎、寒風山。ドライブで男鹿半島に行った方なら、寒風山に登って素晴らしい眺めに感嘆の辞を発したことでしょう。2005年7月17日の日記「寒風山」しかぁし!男鹿半島に近づいたら気づくでしょう。半島上に、寒風山よりももっともっと高い峰が2つ3つ載っていることに。※注意※今日行った、これから紹介するドライブコースは、最低でも四駆車、できればオフロード車で行ってください。余程の悪路経験がない限り、二駆車での進入はお勧めできません。また、道路管理者は「自治体」「森林管理署」等ではありません。この件は、この日記を読み進めると分かります。その、寒風山より高い峰とは、本山、真山と、毛無山(峰は余り目立たない)。古くから信仰の山として登山者を集め、江戸時代の紀行作家菅江真澄も登頂し記録を残しています。その、本山、800mに少し届かないくらいの高い山だけあって、頂上近くからの眺めは素晴らしいと言う。そこで、車で登ってみました。ちなみに、秋田県民ならご存知の方が多いと思うが、山頂への立ち入りはできない。この件も、読み進めれば分かります。すっかり観光ドライブコースになった「男鹿なまはげライン」。一応、「広域農道」。なまはげラインを船川側より数分進むと、「左:本山山頂」の青看(方向指示標識)があります。そこが、本山への入口。暫くは2車線ですが・・・やがて車線なしに。車線なしになるT字路には、「ある注意看板」が建っています。一般には道を拓かないであろう急峻な道路。しかし、道路状態は非常に良好。但しカーブはきつく、左に右にウネウネ。すれ違い退避所が150mおき位に。めったに見かけなくなった、「びっくりマーク」(その他の注意)、「ラッパのマーク」(警笛鳴らせ)の標識が、いたるところに建っています。暫く行くと、またT字路。本山へは、そのT字路を左折します。直進しても行き止まり。ただ、行き止まりの先にあるのは・・・。さて、左折すると、やがて舗装路が終わり、砂利道に。同時に、急勾配登坂開始!この写真は、帰りに撮った下り方向。そして、この状況は実は序の口。厚く敷かれた砂利にタイヤを取られます。走ること、何分だろう?いや、何十分?再びT字路が現れます。本山へは右。しかし、数百mで車両進入規制。ここからは徒歩。山頂はもうすぐです。おや?何か建て看板が見えますね?規制地点にも2枚のたて看板があります。拡大してみましょう。左:規制地点の看板 右:規制地点から100mほど加茂分とん基地司令緊急連絡先 航空自衛隊第三十三警戒隊始めの方で、この道路は「自治体」「森林管理署」の管理ではないと書きました。1枚目の写真の次に、「T字路にはある看板が・・・」と書きました。そして、2つめのT字路を直進すると行き止まりだが、その先には・・・と書きました。そうです。この道路は「防衛庁専用道路」なんです。観光地としての側面が非常に強い男鹿半島。実は、もっとも海に突き出たエリアは、今でもまるごと「要塞」のようなところ。本山、毛無山には航空自衛隊のレーダーがあり、T字路の「行き止まり」の先には駐屯地(分とん基地)があるのです。従って、道路は防衛庁のものですが、通行は半ば黙認されています。(規制線まで「進入禁止」の表示はない&山頂近くに立派な公衆トイレがある&観光案内板が何ヶ所かにある)ちなみに、「立入禁止」区域には防衛庁がフェンスを張ってありますので、その外側にはいても何も言われません。実際に、隊員とすれ違いましたが、何も・・・。では、男鹿本山山頂からの眺めを!・・・それはまた次回。↑blogランキングに参加しています ぜひご投票(バナーをクリック)を
2006年05月09日
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桜前線は、今日、青森に到達。東奥日報 Web東奥「ソメイヨシノ開花」ついに、本州最北端に到達しました。次はいよいよ北海道。最も早い江差と函館の予想日は、明後日3日。そして、津軽海峡を越えると、開花宣言の対象がソメイヨシノから「エゾヤマザクラ(根室はチシマザクラ)」に変わります。サクラの開花状況上のリンクは、気象庁のサクラ開花状況一覧表。最も早咲きだったのが、1月13日の沖縄県那覇。それから、3ヵ月半かかって本州最北端に到達。よくがんばったと、言いたいね。それでもまだ桜前線の旅は続き、最も遅い予想の根室では、チシマサクラが咲くのは5月19日頃と予想。さて、本題。今日は、予告の通り県南方面に足を伸ばしました。秋田道・西仙北SA上り構内車中のラジオでは、「みちのくの小京都」角館がそろそろ見ごろだとか。実は、サクラは8分咲き位が綺麗なピンクを発色するそうで、満開になると白っぽくなると同時に散り始めてしまうのだとか。満開になるちょっと手前が、サクラを鑑賞するにはちょうど良いですね。美郷町六郷向こうに見える山並みは、奥羽山脈です。六郷は、「湧水の里」として著名。集落内のいたるところに湧き水があり、毎日多くの観光客が訪れます。六郷湧水群めぐり(六郷観光情報)町並みも古い時代(昭和時代)の面影を色濃く残す、商店主たちとの語らいも楽しみな町です。コンパクトな町なので、歩いて巡れます。自動車の方は、国道13号からすぐ。列車の方は、秋田新幹線大曲からバスが頻発しております。羽後交通バス時刻表「大曲・横手線」↑blogランキングに参加しています ぜひご投票(バナーをクリック)を
2006年05月01日
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昨日、天気が良かったので、天徳寺地下道(ガード)の桜を撮りに行きました。 秋田市内は、千秋公園も新屋帯状公園も高清水も、どこも見ごろです。市内が終盤に近づくと、今度は角館などの内陸部が見ごろを迎えます。今年の県内の桜は、例年よりも遅いようで、満開を迎える前に観桜会が終わってしまった公園もあるようです。↑blogランキングに参加しています ぜひご投票(バナーをクリック)を
2006年04月29日
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