温故知新

2006.01.31
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本を捨ててきた。

娘のオムツが3パック入っていた段ボールに、ぎっしりと2箱分。
ほとんど、学生時代に使用していた書籍である。
今では役に立たない改正前の法律書やら、
面白そうだから読んでみよう、と思った部落問題の本やら思想本。
これを本気で研究してみようかと、かじりかけた、メディアと政治に関連する本、本、本。

こんな年数の古い物は大手古本屋では、たとえ値がついても10円だろうし、
値がつきませんでした、と、私の学生時代のことを言われているみたいで気分が悪いし、
うず高く詰まれた本の向こうからそう言われてしまったら、正直、ちょっと恥ずかしい。

特に法律書は値段がつかなく、古い物であれば戦前まで遡らないと価値が出ないそうだ。
オークションで売ったり、チマチマ譲り手を捜す手間を時給換算したら、
もういいや、という気になった。
何冊か、めぼしいものを抜いて、残りは月に一度の廃品回収の日に、本気で出すつもりだった。

が、ひょんなきっかけで話すことになった方が、近くの大手古本屋チェーンの横で古本屋を営む方で、
そこも社会科学系を専門に取り扱っている古本屋であることが分かった。
確かに、ここは学生街。
そういった古本屋が地元にあってもおかしくない。
私だって、大学の近くの古本屋で、よく、授業で指定された本を探したものだ。

彼の古本屋は、一日のうちで午後だけ開いていたり、突然、休んだりしたので、
なんとなく、候補に挙げていなかった。

細々と商売を続けている、とのこと。
そういえば、通りから古本屋の2階を見ると、枯れた鉢植えがずっとそのまま出窓に置いてある。

そんな身の上話も束の間、早速、本の話をすると、
彼は、今までの、孫の話をする細い肩のおじいちゃん、から変貌した。
私の持っている本の中に、

「憲法だったら、吾妻のは?」
と、次から次へと矢継ぎ早に聞いてくる。
正直、彼が列挙した名前のうち、ほとんどが知らない名前だった。
私は彼に本を『託そう』と思った。
『売る』のではなくて、『託す』
私の本が、誰か一人でも頬を紅潮させた若き研究者や、野望をもった若者の役に立てば、それでいい。
「お金はいりませんので、是非、引き取ってください。」
と頼み、後日、また来ることを約束して後にした。

どうして、そうまでして本を処分したかったのか。
それは、もちろん、手狭になったからである。
が、こういった本以外の本で手狭になる、ということは、
私が今、こういった本とは無縁になっている、ということだ。
それをどうして捨てられなかったか、といえば、いつか、この学問に戻りたかったからだ。
いや、そうではない。
この学問をしていた頃の自分の価値観やらに戻りたかったのだ。
戻れると思いたかったのだ。
逆に言えば、この本の山がある限り、
私は現実から逃れ、いつまでも、現実と乖離した状態でいなければならないのだ。

私は障碍児を授かった。
そのことは私にとって、交通事故で片足を失ってしまったかのように、
一生捨てることの出来ない現実だ。
そして、そのことは、今までの価値観を180度変えてしまう出来事だった。

それでいい。
そのことに忠実に生きていこうと思う。

娘の補聴器は全く国からの補助が出ない。
そして、医療費控除も受けられない。(厳密に言えば、受けることも可能)
そんな、法律の落とし穴にハマってしまった娘を抱きかかえながら、
どうして、アメリカの選挙活動とメディアの役割、などが勉強できるだろう。
今の私だからこそ、できる研究や生かせる学問があるかもしれず、
それこそが、現在や未来の誰かを、たった一人でも救うことが出来ることに、
つながるかもしれない。
もちろん、そんな時間も余裕もないのだが…。

段ボール箱、2箱分。
それを解体して、小分けにしたり、同じ大きさの本を長細く積んだりして、
最近では使用していない娘のベビーカーに詰め込んだ。
古本屋のおじさんは、
「こんなにあるなら、私がお宅に出向きましたのに」
と、笑った。

いいです、というのに、彼は私に皺の寄った千円札を4枚手渡し、
「丸山眞男のと、シュムペーターの、あれは良い本だったね。
良い勉強されてきたんだね。」
また、そういった本があったら、よろしくね、とまた笑った。
彼のその一言のおかげで、私は、上手に、何かのページを書き終えたような清々しい気持ちになった。






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Last updated  2006.02.01 01:37:26
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