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しばらくここへ来られなくなるかもしれない可能性が出てきた。それは、入院するかもしれないからだ。1日火曜に今後の生活が決まる。念のため、お知らせ。書きたいことは山ほどあるが。長々とPCの前にもいられない。それでは、取り急ぎ用件まで。
2005.10.30
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一昨日、図書館から本を借りてきた。『食卓からの経済学』くぅ~、これが面白い。学生のころは、経済って近寄りがたい存在だったけれど。社会人になってから、すこ~しずつ経済って面白いな、なんて思って。本当に久しぶりの読書だ。最後に読んだのは、確か6、7月。そのときは、なぜ会社は変われないのかという内容のとか。ビジネスマンが読みそうなものを。数冊。今、もう一冊興味のある本があって、それはアメリカの高校生の教科書を、ある証券会社が翻訳したもの。書評を読んだら、それだけで引き付けられてしまった。分かりやすそうで、興味を持って経済を知ることができそう。本当は図書館には、『食の冷凍・解答 保存事典』というのを返却しに行ったのだが、なんと4月から借りっぱなし・・・。ごめんなさい。記憶では、夏くらいかと思っていた。半年も自宅保管していた。返却日を記入するのに、借りた日を探すのにとても手間取った。係りの人まで手伝ってくれ・・・。すいませんでした。今度のはすぐに読み終えそうだから、早く返却することを肝に銘じつつ。
2005.10.27
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人の味覚も本当に当てにならない、というか、私のが。それは「新米」で再度痛感(いや、再、再、再、・・・。とにかく幾度となく)。今年初の新米を口にした時は、ふっくら炊き上がった、みずみずしいご飯にそれはそれは感動して食べていたのだが。毎日食べるうちに、当たり前になってしまい、あの感動が日ごとに逓減している。確かにおいしいのには違いないのだが、最初の衝撃は、ともすれば忘れたかも。『記憶も真にあいまいなり。』あぁ、なんてバチ当たり。お米様に顔向けができない。いっときだけのおいしさなのに。ピカピカ光って、潤いたっぷり、プリプリのお米。このありがたさと、おいしさをもう少しかみしめ続けたいのだが。麻痺した舌が「これで当然」と感じつつある今日この頃。これはこれは、遺憾だ。今日の夕飯は炊きたてではないから(新米だから炊きたてじゃなくともおいしいはずだけれど)、この次に炊きたてを食べる時は、心して、新米の素晴らしさをかみしめたい。
2005.10.27
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雨が今朝方まで降っていたのに、皆が目覚めて活動する頃には晴れた、今日も。いつもそうなのだ。今日は、最愛の祖父の一周忌の法要の日だった。本当は21日だが、その日は金曜日の平日ということで、皆が集まりやすいよう日曜日に繰り上げた。祖父が亡くなる前日は、台風が来ていて、一晩中ひどいどしゃぶりが続いていた。が、朝方には雨もやみ、太陽が顔を出し始めた。晴れわたる空が広がる正午近く、祖父は私たちの元を去っていった。それからの当たり日ごとのお墓参りは、いつも天候に恵まれた。そして今日も。祖父のことを思い出すと、やはりまだ涙が出てくる。幼かったころの記憶から、何から何まで思い出す。最期の瞬間まで。大きい、大きいグレープフルーツと『やま柿』という菓子折りを仏壇に供えた。食べることが大好きだった祖父なら、喜んで、おいしそうに食べてくれるだろうと思って、いつも食べ物を持っていく。おいしそうに、両方をほおばるその姿が目に浮かぶ。身近な人が亡くなるということの初めての経験。この世にはもういないということ。自然の流れだけれども、自然だと受け止めるのはなかなか難しい。できることなら、まだまだ生きていてほしかった。江原啓之や三輪明宏(←字が合ってるか不安、間違っていたらごめんなさい。)が、人には「寿命」があると言っていた。祖父は祖父の寿命の限りを全うしたのだから、次のステージへ行ったのだ。そういうことなのだ。そうだよね、おじいちゃん。
2005.10.16
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たゆとう、たゆとう波。稜線が浮かぶ紅の空。このままどこへ行こうか君と。波のまにまに漂う心地は、夢心地。どこへ行こうか、行こうか君と。静かにたたずむ君と、冴えきる月を眺め。時間のないこの時に、このまま、このまま身を任せ。さっき、ひさしぶりに『四万十川の虹』さんの百人一首のブログへお邪魔しました。載っていた絵は、鮮やかに稜線が浮かび上がる真っ赤な空が印象的でした。百人一首の内容とは無関係に思い浮かんだ詩を書いたのです。
2005.10.14
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これ
2005.10.12
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