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義妹一家が義母の顔を見に泊りがけでやってきました。昨日の日曜日に小学校で運動会があり、19日(火)は代休だそうで…義母が退院のときに、病院に様子を見に来てくれた義妹から聞いていたので、そんな急な話でもなく、自然と受け止められました。義母の入院以来、以前より話す機会が増えたせいなのか、彼女は私が考えるよりももっと単純で自分の言動に全く悪意も何もないが、周りに迷惑や嫌な思いをさせていることも全く気づかない…っていうのが改めて今回わかったせいなのか、夫に何を言っても通じないから私も開き直ったというのか…とにかく、私一人がウジウジ考えても仕方ないなって何かがプツっと切れたみたいなんです。だから「手術痕が少し腫れてきたから病院に行ってくるわ」義母がそう言えば、「すぐに診てもらい!」と声をかけ結果を問えば彼女からも「大丈夫だった」と返事がある。一時話をするのもいやだったのですが何だかそれがマイナスを呼んでいたようで、子ども達の態度も最近はこのままでいいんだろうか?って思うくらい、ひどくなってきたので、なるべくプラス志向で行きたいと思うように…敬老の日でもあったので、義母のふるさとの名物で彼女の好きなメーカーの羊羹が勤め先の菓子売り場で月に1~2度取り寄せられるのをずいぶん前から知ってはいたんだけど、昔の母の日みたいな嫌な思いはしたくないからおせっかいみたいに買うのはやめてました。でも今日は素直に「買ってあげようか」ってお土産に買って持って帰りました。彼女も「ええ?これどこで買ってきたの?」と大喜びでした。人に喜んでもらえるとうれしいし、周りも明るくなる…もちろん、嫌なときもあるだろうけど、少しずつプラスの空気が増えていきますように。子ども達はまだまだうらんでいるみたいだけど、今は昔のうらみが何にでもマイナスの空気を生み出しているようで、親として見ているのがつらく悲しくなってきたの。「母親の元気な顔を見たい」という義妹の気持ちはわかる。でも、我が子達にとっては「なんでまた今頃遊びに来るねん?」なのだ。「母親が病気して手術して心配だから ×子ちゃんがおばあちゃんの様子を見にくるのは 娘として当たり前の行動やろ? あの子ら(姪っ子たち)は、×子ちゃんの子どもやから ついてきて当然なんやん。」そう説明したが、我が子達にその意味がわかるのは自分達が巣立って家庭を持ったときだろう。もちろん、娘側の孫に偏った愛情を持った義母の責任は大きいし、それに関しては許すわけにはいかない。でも、なんていったらいいんだろう…とにかく、ギスギスした自分の心が少しでも円くなるように…と願うこのごろなのである。…って、そのうちまたぼやくかもしれないけど
2006年09月18日
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またやりたいね~と言いつつ夏ごろから延び延びになってたオフ会。ようやく今日実現の運びとなりました。当初予定のメンバーはいつものくるみまま、星々ちゃん、サリーちゃん。ところが星々ちゃんの旦那様が気管支炎を悪化させて急に入院となり、残念ながら来られませんでした。京都方面から来るサリーちゃんとは電車の時刻を合わせて途中駅から乗り込み、車内で待ち合わせ。3年ぶりの対面でしたがすぐにわかりました。以前会った時にはお姑さんと同居の家に帰って食事の支度が待っている…どこか暗い表情だった彼女。その後別居、離婚と本当につらい時期を乗り越えて今日会った彼女はとても輝いていました。髪も明るく染めてやせたけどスッキリきれいになったねくるみまま家ではパパさんが得意の唐揚げやフライドポテトを作ってくれて、昔たこ焼屋さんでパートしてたままはたこ焼きを見事な手さばきで焼いてくれました。たこ焼き器は南部鉄の鉄板でガスの強い火力で焼くのが一番!と思っていたのですが、「これ、電気やねんけど、意外と火力強いねん」ままの言うとおりジュージューとガスで焼くのと同じくらいの焼け方。時々電気屋さんで安く売ってるのを見かけるけど「電気はね~…」と思っていた私。実際、ホットプレートについているたこ焼プレートで焼いたことは何回かあるけど、焦げ目の付かないいまいちの出来上がりなんだよね…でも、これはなかなかいけるやん今度、電気屋さんで見つけたら買おうっとただし、火力の調整が出来なくてひたすらガンガン「強火」で焼けるらしい…まあ、焦げそうになったらコンセント抜けばいいんだけどねたくさんのご馳走に、昼間からビールやサリーちゃんのお土産の伏見の米焼酎をロックで飲みながらひたすら食べ続けてました。とどめにデザートに買ったタルトも楽しい時間はあっという間に過ぎて、ままからは手作りアクリルたわしや、廃油利用の石鹸などたくさんいただいて、帰りには商店街で安いお肉を買い込み、前日買えなかったミッキーのバースデーケーキまで買い、両手は荷物でいっぱい!台風が近づいているっちゅうのに、傘もさされへんやん考えろよとアホな自分を責めながらもほとんど雨にもあわずに帰ってこれましたラッキー仕事3連休は1日目・中学校と高校の掛け持ち、2日目・月に1度の委員会の資料作りと委員会出席3日目・オフ会で、あっという間に終わってしまいました。でも最終日を楽しく過ごせたので、肩がすっかり軽くなった気分です。また近いうちに星々ちゃんも、そして今回家族旅行で来られない…って言ってたらお子ちゃまが熱出しちゃって旅行もキャンセルしちゃったウキ母もみんなで会えるといいね
2006年09月17日
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ミッキーさん、17歳になりました。高校1年生ですけど…昨日、校長室に呼び出されたとき、廊下で待っている間に言った言葉が「もう! よりによって誕生日の前になんで呼び出されなアカンねん」あんたね~自分の態度の悪さを棚に上げてその言い草はないだろうが!…っていうか~あんたの留年言い渡された3月のあの日は「私の誕生日やったんですけど~」
2006年09月16日
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行ってまいりましたよ。3回目の校長室。前日、担任の先生から指定された時間は3時半。実はこの日は午後から中学校でズッキーの学年の保護者が集まって先生方から最近の彼らの様子や生活指導の先生の話を聞かせてもらっていろいろ交流を図る…ってのがあったの。それで、仕事も休みを取っていたんだけどね。2時から始まって1時間ほどお話を聞いて…なかなか楽しくて良いお話もしてくださってたんだけど、3時過ぎには家を出ないと…中学校は家のすぐ側なので、3時で中座させてもらってチャリを飛ばして家に帰り、車に乗り換えて一路高校まで。約束の7分前に到着。必死ですわ。娘が毎日遅刻して「警告」の呼び出し食らってるのに、親がここで遅刻したら話になりまへんがな…重苦しい空気の校長室で、テーブルを挟んで、向かい側に校長先生、その両サイドに生徒指導、担任の先生、こちらはアホ娘と私。「起立!礼!」の号令で始まる。毎回、校長先生は静かな口調で説教される。ゆっくりと一言一言…私の方がその言葉が胸に刺さって涙出そうになるが、当の本人は首を斜めにしたまま「うん、うん」「はい」と言えんのか~!!と情けなくなる。バイト先の大学生の先輩には敬語が使えるのになんで大人の先生にはタメ語なんじゃ本人全く反省の色なし。先生方に頭下げっぱなしで帰ってまいりました。はぁ~~~今は何を言っても通じないんでしょうなぁ…
2006年09月15日
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皆さんにもこんな経験あるでしょう?めったに電話なんてかかってこないのに、その日に限って次から次にかかってきたり…携帯メールがどんどん送られてきたり…昨日の私がそうでした。仕事から帰って夕飯の準備にかかる前にちょっと一息つきながら日曜日に出かけるための時刻表を確認するためにPCの電源を入れてイスに座ると…まさにそのお出かけで待ち合わせをしている楽友サリーちゃんから携帯メールが。「何時に待ち合わせしましょうか?」で、時刻表の画面を見ているとまたまたメール受信音弟嫁のMiさんから。彼女の今始めているビジネスのことで、私に会ってほしい人がいるらしく、来週私の仕事休みに実家近くまで出て来れないか?って。う~ん…仕事休みだけど、ちょっとキツイかなぁ……なんて思いながら日曜日のお出かけにちょうどいい時間の電車を発見。サリーちゃんに返信メールを打っていると、ピコピコ何やらまたメールが入った様子なので、いったんその返信メールを保存。受信メールは昔のPTA役員仲間のOっちから「久しぶり~元気?」と。彼女には先月、義母の入院・手術のことを愚痴っていたのでその後どうなったのかと心配してくれていたようだが、偶然にも彼女のお父さんもうちの義母と同じ病院に前日まで入院していたとかで…へぇ~…じゃあ同じ建物の中にいたんだ……な~んて思い、時計を見るとお!早いとこ夕飯準備しなきゃ!で、夕飯準備を始めたのですが、今度は家の電話がRRRR…もう!また家庭教師の勧誘か?!なんて受話器を取ると、相手はミッキーの担任の先生。「今日体調が悪いと言って早退されたんですが…」なぬ~~~本人、まだ帰ってきてない!生理痛で朝から腹痛を訴えていたのは知っているが早退したなら母に連絡くらい入れろよ多分バイトに行ってるんだろうな…ったく…体調悪くて早退して、バイトには行けるんかいで、先生は「本来、夏休み前に来ていただくつもりが 遅くなりましたが…」と、またまた校長室に保護者ともども警告の呼び出しでございます。はぁ~~~~~…もういや~怒る気力もないよ…さらに夕飯の支度を続けているとまたまた家の電話がRRR実家の弟からで、実家に旧姓の私宛になにやら怪しげな葉書が届いたそうだ。私には覚えもないことだし、以前我が家にも義妹宛に同じような葉書が来たことがあるが、無視していても何もなかったこと、何か脅しがあった場合は「消費者相談センター」に相談する方法があることを去年講演会に参加して聞いていたので、そのことを弟に話すと「わかった。NTTにこの葉書に書いてある電話番号から実際にこの企業があるか調べてみる」それから数分後、「やっぱりくわせものらしいな。 番号案内の人も『何か葉書が来たんじゃないですか? 何なら消費者相談センターの番号をお教えしましょうか?』って 言わはったから、同じような問い合わせがあるんやろな」めったに電話をかけてこない弟までが昨日に限って電話をかけてくる~何じゃこりゃ?そこへ今度は携帯電話のコールが…今から車で会社を出るという夫からだった。雨がひどく降っているのと、ノートパソコンを持ち帰らなければならないので、社用車で帰宅するときにいつも利用する駐車場まで車で迎えに来てほしいとのこと。「近くまで戻ってきたらまた連絡するから」と。はいはい…わかりました…で、夕飯がやっと出来上がり、クッキー・ズッキーの2人が食べている間にようやくサリーちゃんへのメール文完成!送信それからOっちにも返信。気が付いたら8時前。夫から「近くまで戻ってきた」コールあり、待ち合わせの駐車場まで向かうのでありました。帰ってきてからようやくMiさんにやんわりと断りのメールを…今週末はPTAの集まりや、月一度の学校開放委員会があるので資料作りもあるし、ミッキーの学校にも呼び出されたしね落ち込む間もなく、来週は生協の委員会の広報活動でこれまたチラシ作りが控えているし、もうバタバタだから…勘弁してね…と。いや~ズッキーが野球してた頃は連絡網とかで夕方メールがバンバン来たことはあるけど、最近はそんなこともなくなってしまいました。久しぶりに、ほんの2時間弱の間にびっくりするほどメールや電話がかかってきた昨日でした。まる。
2006年09月14日
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ひと段落ついたので、今回の経緯を記しておきますね。もう過ぎちゃったので、「まぁいいか…」とも思うんだけど、義母の年齢は76歳…これからも何やら病気は出てくるわけで、何が起こっても不思議はないわけだし、そうなると「嫁」の私に何かとかかってくるものもあるので少しずつ自分の気持ちは書き記しておかないとね….。o○ .。o○ .。o○ .。o○ .。o○さて、1ヶ月前に話はさかのぼります。8月10日の夜、子どもたちと夕飯を済ませリビングでくつろいでいるときに義母が階段上ってきて「ちょっと…」と戸の向こうで私を呼びました。毎回彼女を嫌うマロンが吠え立てるので、いつもマロンを抱きかかえて「何?」と用件を聞くのですがその日は手招きをされたので、マロンを子どもに預け階段の方へ出て2~3段降りると、彼女は階段の途中に立ったまま話を始めました。内容は…胸の辺りがどうもおかしいと気になるのでA病院で診察を受けた。触診ではしこりは見つからないがエコー検査で影が見つかり、組織検査の結果「悪性」と出た。明日にはMRを撮って場所や大きさを確認、来週には手術日を決定することになった。そのことを娘に電話すると、「乳腺外科」のあるB医大で診てもらった方がいいんじゃないか?…と言われ、今更病院を変えていいもんだろうか…?B医大は紹介状なしで診察を受ける場合、いくらかのお金を払ってからでないといけないので、もったいないからA病院に行ったのだが…どっちにしろ、手術は免れないから「世話になると思うわ、よろしくね」カチーーン!!階段の途中で立ち話する内容か?ここまで話が進んでいて、「世話になる。よろしく!」って…私にもいろいろ予定や都合があるんだよ!何年か前の胃がんの手術のとき…ポリープみたいに小さい時点で発見され、開腹しないで内視鏡で切り取る手術だったので2週間ほどの入院で済み、転移もなくその後ご存知の通り元気そのものである…あの時も何もかも決まってから「世話になるわ」と。そのときの事は←フリーページ:あんびり編の「似た者母娘」に記してあるので、復習がてら読んでみてね。またあんな思いは勘弁してくれよ!この際だから…と夫にメールを送った。「こんな大事なことが決まってから『世話になる、よろしく』って言われても、正直言って困惑するしかありません。これまでの彼女の言動に私はあなたの思っている以上に悲しい思いをしたり、あきれたり辟易としています。まだ根にもっているのか?ってしつこいなと思われるかもしれないけど、ディズニーランド行きの件は唖然とする子ども達にも私に対してもあなたから何の言葉かけがなく、結果、あなたに対しては不信感を抱き、おばあちゃんや×子ちゃん(義妹)・いとこ達と口もきかないようになってしまって間に入った私はどれだけしんどいか…それまでにもいろいろあったけど、あの出来事は子ども達にも大きな影響を与えました。あなたに「うちは特別(夫は前妻の息子)だから」と言われても、事情を知らない子ども達に通じるはずもなく、ただお腹の中でいろいろな思いがぐるぐる煮えたぎったような感じで、本当にしんどいんです。自分はこんなに意地悪な気持ちを持っているのか?とどれだけ苦しいことか…あなたにもいろいろな思いはあるかもしれないけど、このまま『世話して』と言われてもある程度今までの事を清算してからでないと前向きにはなれません。」そして、病気の様子を聞いてくれるように促した。夫は帰宅してから「メール読んだけど…」そう言ったものの核心には触れずにボソボソと…私の訴えは彼にはあまりピンときていないようだったが、「俺にも言いたいことがあるから!」なんて言うので少し期待もしたのだが…翌日義母に話してくれるような言い方だったが、やっと話が出来たのは翌々日の土曜日の朝だった。前日にA病院でMR検査をして、次回8月17日に病院に行ったら、そこで手術の日取りを決める…というところまで話は進んでいた。夫はB医大でセカンドオピニオンが受けられるか調べたらしく何やらいろいろ資料をプリントアウトして話し合いに臨んだのだが…で、どう話してくれたかというと、・次回A病院に行ったらセカンドオピニオンで B医大にも診てもらいたい旨を伝えること。・仲間のおばさん達には本当のことを話してから入院すること。・自分は仕事のことがあり、簡単に休みが取れないから 何か決まったり相談事があったらすぐにつんつんに報告すること。おいおい!私だって働いてるんですけど~~~だめだ、この人には私の必死の訴えは通じてないんだ…とりあえず、好意は持っていないということだけ通じたか?で、翌週17日、今度はちょうどお盆で帰省中の義妹と私も付き添ってA病院に行った。順番が来て診察室に入ったのだがドクターは義妹と私が付いてきていることに対して「ご家族の方ですか?」の問いかけもなくただ黙ってデスク上のパソコンで義母のカルテやらレントゲン写真、エコー画像、前回のメモなどをカチカチと何回もマウスをクリックして眺めている。かなり長い間画面を見て、そしてようやく振り返り、「じゃ、いつ手術しましょうか?」普通、家族が付いてきたら再度病状の報告をして、どこをどのように切るか説明くらいはあるかと思ったのだがいきなり…?そして義母の話では温存法で切除した場合は後で放射線治療などしなくてはいけないが、今の腫瘍の大きさなら全摘出してしまえばもう転移の心配はないと言われていたらしい。が、そのドクターは「え?そんなこと言いましたっけ?」という感じ。なんか感じ悪かった。義母が私にセカンドオピニオンのことを言ってほしそうにしたが、「自分決めることだから自分で言って下さい!」と突っぱねた。これが今私に出来る精一杯の仕返しだもん…義母は入院した場合、通う家族のことを考えたらもう少し近い方がいいので、B医大に変わりたいとドクターに伝えると、いともあっさりと「いいですよ」と診察はそこで終了した。義妹も同じようにこのドクターに不信感を抱いていたらしく、このままここで手術は怖いと言っていた。そして8月25日、B医大から来るように連絡をもらい、今度は夫と私が付いて受診した。乳腺外科のNドクターは初めから復習するように私たちにも病状の説明をしてくださり、紙に図を描きながら、どの部分を切除するのか?傷口はどの程度のものか?このくらいの腫瘍ならば温存法で十分であり、後の放射線治療もほぼ必要はないはずであることなど、わかりやすく説明をしてくださった。ちゃんと私たちの目を見て!!書類に字を書き込んだり、パソコンに入力するときには「ちょっと失礼」と言ってから。数分間でドクターの人柄のよさがわかり、お任せして大丈夫だ!と確信した。後はドクターの都合とベッドが空き次第…そして今回に至ったわけです。私は実母を乳がんで亡くしています。母の場合はしこりを感じながらも診察を受けるのを延ばし延ばししていたがために、リンパ腺まで転移して片方の乳房を全部切除しました。バストは大きい人だったのであばら骨まで見えるくらいごっそりと切り取られ、腕のリンパ腺まで抉り取られた傷跡は未だに忘れることが出来ません。あれから20年、医学が進歩したとはいえ、早期発見にこしたことはありません。ほんのわずかな身体の変調…義母の場合は腕のしびれが治らない事が「おかしいな?」というきっかけだったと言います。いつかテレビで腕のしびれも乳がんの前兆…というのを見てそれですぐに病院に行き、乳房用のレントゲンにも映らなかったくらい、小さなそれはエコーで発見されたのでした。義母の運の強さには感心するばかりですが、実母が知らせてくれたのでは?という気もします。ありがたいことに、あまり重いものを持たないように…くらいの注意だけで、シャワーも浴びれますしその回復力は驚くばかりです。次の診察は1ヵ月後、切り取った部分を現在生体検査中で、結果もそのときに出るはずです。
2006年09月11日
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入院→手術→退院と3日間で過ごしたあんびりさまの超人さ… いや~医学は日々進歩をしているもんだ。 数年前の胃ガンにしろ今回の乳ガンにせよ、かなり早期のうちに察知し、転移させずに最小限度の手術で済ませてしまった彼女はたいしたもんだ! 退院の際にもさっさと荷物を自分でまとめるほどの元気さ! おかげで私たちは後々看護を長くしなくてもすむのだから、 これは素直に感謝しますm(_ _)m だが、普段ほとんど会話をかわすことなく過ごしている義母と 3日間とも半日を病院で共に過ごし、 帰宅後はいつもの家事をして…は 気のつかないうちにかなり疲れてしまった。 義母は今回の事では常に私に「ありがとう」と声をかけてくれるなど、 私に不快感を与えるような事は全くなかった。 むしろ相変わらずの鈍感な夫に対しては 失望感の連続だった。 退院当日の朝など、 迎えに行く私に何の言葉もかけず、 帰宅後も… せめて「お疲れ様」とか「ありがとう」くらいは言ってほしかったのに いつもと変わらぬ態度…義母に対してもそう… この平然さに悲しくなり、 どっと背中が重くなった。 退院翌日にマッサージに行ったが、 気持ちが沈んでしまっているせいか ちっともすっきりしなくて、逆に寝込んでしまう有様。 そしてその翌日(昨日)は久しぶりに出勤だったが、 身体は重く頭痛も… 気のきかない夫も、もう休めない私の状況を察知したのか 「車で送ろうか?」と… ええ。職場前まで乗せてもらい、 帰りも迎えに来てもらいました。 今日はチャリで出勤しようとしたら雨が降り出し、 「送って~!(^0^)」と甘える。 帰りも「迎えに来て~(^0^)」 2日間アッシーしてもらい、 少し気が晴れたのでありました。 疲れているのと、 子供たちにPCを占拠されているので 詳しいことはまた改めてUPしますね。 今日は携帯から… おやすみなさい。
2006年09月10日
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皆さんにこれまでの経緯などを説明する暇もなく昨日の手術は無事終了しまして、本日早くも退院でございます。2泊3日…全身麻酔の手術後とは思えん…もうちょっとゆっくりしてきてほしいんだけどと、いうわけで、またまたこれからお迎えに行ってきますだ…この3日間、わたしゃ自分の時間もなく疲れただ…肩こりひどくて頭痛がするんですけど…午後からマッサージ行きたいなぁ…とりあえず、先にあんびりさまを迎えに行ってきますだ
2006年09月07日
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秋篠宮妃紀子様、本日午前中に帝王切開手術にてご出産とのこと。 いろいろとありますが、 元気なお子さまの誕生をお祈りいたします。 で、 我が家のあんびりさまも 本日9時より手術でございます。 今頃麻酔準備に入っているかと… 私は子どもたちを学校に送り出してからしか出られないので、 今は夫が先に病院に行ってます。 乳房に出来た1センチほどの腫瘍を切除します。 詳しくはまた… これから私もチャリで10分弱の医大に行ってきます。 では~
2006年09月05日
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