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紫式部の墓堀川鞍馬口上がった処左側に島津製作所がある。道沿いの一部に紫式部と小野篁の墓所がある。あまり知られていないので、お参りする人は希である。墓所の白妙桜は、はらはらと散り花屑が絹のようなひかりを放ちとても綺麗で、思わず両手で掬ってしまった。
2007年04月22日
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白川沿のお茶や巽橋から白川に沿ってお茶やがある。表にまわるとメニューがなく勿論値段も書いてない。吉井勇の歌碑巽橋から白川に沿って西へ10歩ほどのところに吉井勇の歌碑がある。 かにかくに祇園はこひし寝るときも 枕のしたを水のながるる 勇この歌碑は吉井勇の古稀を祝って、彼と親しかった谷崎潤一郎や堂本印象、湯川秀樹博士等が発起人となって、昭和30年11月8日に建立された。
2007年04月21日
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与謝蕪村句碑京都駅中央口から西へ徒歩10分の処、堀川七条の西南にリーガロイヤルホテルがある。ホテルの北脇の道を西へ100メートルほど歩くと突き当たりに粟嶋堂がある。堂内に目的の与謝蕪村の句碑が建っている。 粟嶋へはだしまゐりや春の雨 蕪村私が訪れた時は句碑の傍らの白妙桜は僅かに残花をとどめているに過ぎなかった。
2007年04月20日
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芸妓さん舞妓さん京都の句会で「○○を食べて祗園に遊びけり」と言う句が回って来た時一瞬えゝと思った。何しろこの会に所属している人にこんなセレブがいたかしらとおもったからである。祗園に遊ぶとは「一見さんお断り」のお茶屋で何百万と言うお金を使い(それ以上かも知れない)芸妓遊びをすることである。知らないということは恐ろしいことだと思った。せめてはたから芸妓さんや舞妓さんを見るだけなら私にもできる。でも此の句を出した人は本当に祗園で遊ばれたのであろうか。それが本当なら今度私も呼んで欲しい!!
2007年04月19日
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吉野太夫の墓吉野太夫・よしのだゆう(1606~1643)本名徳子。7歳で林家に抱えられて、元和5年(1619)、わずか14歳で太夫に上り詰めた。吉野は美貌の持ち主で、利発な女性であったようだ。和歌・連歌・俳諧に通じ、琴・琵琶・笙のほか書道・茶道・囲碁をよくした。寛永8年(1631)灰屋紹益・はいやしょうえき(本阿弥光悦らと交友、和歌・俳諧・書道・茶道のほか各種芸能に巧みであった)に身請けされた。
2007年04月18日
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野点をする振袖太夫出発地点から島原道中に付き、その後観客の後ろをすり抜けて太夫道中より一足先に常照寺に付いた。入門券は前売りを利用して買っていたので並ばずに入れた。吉野太夫が寄進した赤門をくぐり島原太夫道中を待った。太夫道中は程なく到着。振り袖太夫は野点の席へ、如月太夫は本堂へと入られた。私はすぐに野点の席へ。すでに行列が出来ていたのでその最後尾に並んだが、計算違いで惜しくも太夫の席は私の前で打ち切られた。悔しいが仕方がないので後ろの床几から指を加えて振袖太夫の野点に見入った。野点をする如月太夫・第53回に撮影一昨年は如月太夫の野点の席につき、かむろからお薄をいただくことができた。このときのかむろは本当に可愛かった。
2007年04月17日
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如月太夫9時40分頃源光庵前に陣取り島原道中を待つ。人が次第に増えてきて道の両側に人垣が出来た。警備の甘いのは京都だからだろうか、見物客のマナーが悪いこともあって前へ前へと乗り出すので、釈然としないままカメラを構えた。振袖太夫は幼さの残る面立ち、如月太夫は丸顔である。髪飾りが重いので頭が揺らがないように二人とも凛と前を見つめている。また衣装が重いので脇から付き添いが支えている。太夫は足元を見ず内八文字(両足のつま先を内側に向けて八の字の形)に歩く。下駄と地面の擦れる音がゆかしい。禿(かむろ)・第53回に撮影先導する禿(かむろ)は真っ赤なべべをきている。童顔におちょぼ口が可愛い。
2007年04月16日
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振袖太夫4月15日(日)京都・鷹峯は晴れ上がり花供養日和となった。ある会の総会のため13日から上京区のホテルで泊まっていた。13日の様子はまた後ほど書くことにする。「吉野太夫花供養」は毎年4月の第三日曜日に洛北鷹峯(たかがみね)の『常照寺』で行われている。今年は第55回目。10:20島原太夫道中が源光庵前より出発する。それまで近くの光悦寺を散策した。光悦寺には本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)のお墓があり、お茶室の横にかの有名な光悦垣がある。苔の上に花楓が散っていた。
2007年04月15日
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文鳥のももさん文鳥のももさんが生まれて73日経った。頭が少し黒くなってきた。ももさんはさくら文鳥なので生え替わると頭は黒く、羽はグレーになる。嘴も赤くなりオスは元気よく囀る。
2007年04月11日
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連れ合いはカーレースを終え、車をガレージに納めて午後9時前に帰ってきた。ホンダZ「予選は20分走行でOさんが走り8台中6位。本番は100分、2人が交代で走った。Oさんが20分、あとの80分は自分が走った。途中雨で3台の車がスピンしマーシャルカーが出た。自分の車はオープンカーで、合羽を着ておらずもう大変。雨は降ったり止んだりで合羽を持っていたが、とうとう着そびれた。それでも何とか完走することが出来た。5位くらいに入っていたけれど表彰式には出ずに帰ってきた」エントリー料やマシーンに掛ける費用、宇都宮までの往復の通行料やガソリン代と金がかかることであろうが、好きだから止められないらしい。筑波サーキットで優勝した経験があるので筑波ならいいのにとれないらしいと嘆いていた。
2007年04月08日
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連れ合いは宇都宮での早朝カーレースに備えて昨日出掛けた。流山に借りているガレージで仮眠を取って行くと言っていた。レース仲間は仕事だったり、候補者の知人だったりで都合がつかず、2人(合計年齢120歳以上)での出場だそうだ。未だに何の連絡もないので無事のようだ。しかしどう考えても以前のように6位入賞とはいきそうにない。まあ帰って来ないと分からないが。(つづく)
2007年04月08日
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文鳥のももさんはじめまして、わたし(ぼく)ももさんですわたしにもメスかオスかまだわかりません2月1日うまれですきのうこのいえにもらわれてきましたミミおばさんめめおじさんロクお兄さんよろしくなかよくしてね
2007年04月06日
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文鳥(上からミミさん、ロクさんめめさん)文鳥のミミさんはすっかり回復し、元の籠に入れてもらっている。たまに籠から出してもらい飛んでいる。ミミさんは雌なので、ロクさんとめめさん(共に雄)とは一緒に飛ばすことは禁じられている。ミミさんは籠の上に乗りロクさんとめめさんに何やら話しかけている。昨夜から雨がひどく折角の桜も散ってしまった。花散の雨である。 「花のいのちは短くて苦しきことのみ多かりき」の言葉が頭をかすめる。
2007年04月03日
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