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■原題 『Before sunset』 ■監督 Richard Linklater ■脚本 Richard Linklater ■キャスト Jesse:Ethan Hawke Celine:Julie Delpy ■ストーリー :★★★★★ ■映像 :★★★★★ ■音楽 :★★★★★ ■総合評価 :★★★★★-------------------------------■コメント■-------------------------------早くも「My Best Movie of the Year」(←勝手に命名)に名乗りをあげた一作。2005年3月。前作の「恋人までの距離(ディスタンス)」から9年。「Before Sunset」は「恋人までの~」の続編で、その9年後のお話。R.リンクレーターお得意のドキュメントに似た手法で製作されていて、観客は前作同様、自分も主人公の二人の側に居て、二人の会話を聞きながら二人の恋を見守るというポジションを感じさせてくれます。前作の「Before Sunrise」は男と女が出会って翌朝の別れまでの14時間を描いた作品。今作は9年後に再会し、また別れるまでの85分を丁寧に追っています。このレビューを読む前に、前作(Before Sunrise)のレビューをどぞ! -------------------------------■ストーリー ■-------------------------------作家になったジェシーはセリーヌとの恋を綴った新刊本のプロモーションのためにパリへ。書店でインタビューを受けているところにセリーヌが現れ、息をのむジェシー。二人は再会を喜び、ジェシーはセリーヌを散歩に誘う。だがジェシーに残された時間はN.Y行きの飛行機が立つ85分だけ。会えなかった時間を埋めるようにパリの街を歩きながらお互いのことを話しだす。ジェシーは結婚し、子供もいる。セリーヌには報道写真家の彼がいる。それでも、いかにお互いを想っているか感じさせられる。あの二人って結局どうなったんだろう?観客が見ていて気になるのは、半年後の再会の約束がどうなったか?ということ。どうやら、あの後は再会できなかったらしい。なぜ再会できなかったのか?いきなりこの話を切り出すのはお互いためらわれる。だって、自分ばっかり気にしているようで、なんかバツが悪いじゃない?自分は本気だったのに、相手は本気でなかったら・・・。おそるおそる切り出す二人。ジェシーは半年後に借金をしてまで来たけれど、セリーヌはポーランドに居るお祖母さんが亡くなり、葬式のために来られなかったらしい。「どうしてあのとき、お互いの連絡先を聞いておかなかったんだろう」「あのとき再会できていたら・・・」と悔やんだり「再会できても、すぐ別れたかもしれない」と気を取り直して言ってみたり。「忘れられない人」に再会したら?過ぎたことを悔やんだり、願望を会話に含めてみたり、でも昔のように「途中下車して一緒に知らない街を周る」ほどの冒険もできない。それでも相手の反応は気になって本音を引き出すように仕掛けてみたり。時間は限られているわけで、単なる会話劇なのにものすごい緊張感。二人の本音を探り合うような会話の緊張感は前作を上回るほどです。そんな緊張感の中で爆発するのがセリーヌ。「忘れられなかった」「会いたかった」と素直に感情を表すジェシーに対し「少年の心でパリに来るなんてずるい!」とぶつける。ジェシーには家族も子供もいるわけで、そんな相手とどうにかなれるわけでもなく。後半、セリーヌを部屋に送るために乗り込んだ車の中で再度爆発。「私と別れた男はみんな結婚した。どうして私にプロポーズしないの!?」前作では強い女を自負していたセリーヌが、強い女でいることの弊害を爆発させる。ジェシーがどうしたいのかがわからず、やきもきしているセリーヌが見ていて切ない・・・。以下、ストーリーのネタバレ。見るには要反転。 二人は別れがたく、ジェシーはセリーヌの歌を聴きたいと、彼女の部屋へ。 一緒にいるのは楽しいけれど、ジェシーが発つ時間は刻々と迫っている。 セリーヌが踊りながら「そろそろ飛行機の時間ですよ~」とおどけて言っても ジェシーは黙って笑うだけ。 そして終了~。 え!?ここで終わりですか!? 本当に終わりですか!? どうやらイーサン、ジュリー、リンクレーター監督はさらに続編も考えているようです。 前作は「二人は会えたのだろうか?」という疑問を残して終えたけど 今回は「ジェシーは飛行機の時間に合わせて帰ったのだろうか?」 という疑問を残してくれました。 二人はそのまま別れたのか?それともセリーヌの部屋へ泊まったのか? 次回作(きっとあるはず!)への期待を残しつつのエンディングとなりました。-------------------------------■ここが見どころ! ■-------------------------------スクリーンに映し出された二人。年をとってます(泣)。イーサンは頬がこけていて、前作の「ちょっと小汚いけどナイーブそうな青年」が年をとるとこうなるのね。ジュリーも「あうっ。小皺が・・・」こちらもイーサン同様、痩せましたね~。(本編の中でも「前は太っていた」という台詞のやりとりがありました。)それでも後半にセリーヌの部屋で彼女が音楽に合わせて踊っている姿はとてもかわいらしい。あれ?最初に見たときと印象がずいぶん違うぞ???それを眺めているジェシーの表情もとても穏やか。ストーリーが進むにつれて、顔がアップにされても気にならなくなってくる。(うーむ。見慣れたのか!?)徹底的に「時間の流れ」にこだわた作りが見所。前作から9年の中で彼らの置かれている状況も変わるだろうし、考えていることも変わる。前作の直後の再会を描くことなく、9年後にいきなり時間軸が飛ぶわけだから、どうしても観客にわからせるため、冒頭で二人を通してお互いの現状を語らせるストーリーテリングが必要となる。これって大切なんだけど、どうしても「説明」っぽくなりがち。だけど、パリの街をぶらぶら散歩しながらだと、久しぶりに再会した男女がお互いのことを話しているってな感じでとても自然なつくりになっています。今回は二人の再会の時間である85分が現在進行形で進むようになっているため、「っていうか、そういう話してないで、もっと核心に触れなよ~。 あと○分しかないよ!」と、見ているこちらまで時間が気になってしまう時間が進むにつれ、陽射しも変わっていくし、日も暮れていく。タイムリミットは刻々と迫っている。面白い!ストーリーの進行と時間の進行が同じってとても面白い!撮影もとにかく大変だったそうです。なんてったって、85分がリアルタイムに進行するため、日照時間との戦いになる。陽の差し方、影の出来方がシーンごとに違うのは問題。そこに矛盾が生じないようにと、ストーリー同様、時間との戦いだったそうな。その努力は決して無駄ではなかったと思います!-------------------------------■ キャストについて ■-------------------------------二人についてはもう特に言う事は無いでしょう。イーサンもジュリーも前作以上に製作に入りこみ、1年近くリンクレーター監督とメールでやりとりし、映画について意見を交わしたそうです。ジュリーが40ページ以上の台詞を書き上げ、それに肉付けしつつ、脚本が出来上がっていったそうな。二人はその役を想定して意見を出しているので、会話やシチュエーションや演技に無理がないのも、これで納得。-------------------------------■ 音楽について ■-------------------------------前作のエンディングで流れた曲がそのまま続編のオープニングに使われていて、前作の印象深いシーンが流れる。う~ん。にくい演出。これだけでも前作からのファンは「あ、別の作品ではなく『続編』として見ていいんだな。」と嫌が応にも期待が高まる。また、ジュリー・デルピーが映画の中で唄っているのも見どころ。セリーヌの部屋にジェシーが来て、セリーヌが作った歌を聴くシーン。ジェシーはセリーヌと過ごした9年前のことを自分の本に書いたけど、セリーヌはセリーヌでジェシーを思って歌を作っていた。不器用な唄い方なのだけど、そこが逆によかったりもします。エンディングもジュリーが歌っている曲が流れています。サントラ版は買ってはいないけど、映画の内容に沿ったゆっくり聴ける良質なトラック集になっていることでしょう。-------------------------------■ 英語の台詞 Check it out! ■-------------------------------あまりの会話の早さと多さに、リスニングがついていきませんでした・・・。で、今回はタイトルについて。前作(『恋人までの距離』原題:「Before Sunrise」)の邦題は、よく考えたなぁと思いました。原題のまま(「朝陽が上るまで」)でもわかりやすいんだけど、「恋人になるまでの二人の距離」ってのもこの映画のテーマなのかな?と。(単に、「恋人」という文字を使うとヒットするという定説もあるようですが。)今回、いち早く「Before Sunset」の公開をアメリカのサイトで先に知ったあたくしは(タイトルどうするんだろう?)と半分ワクワク、半分心配・・・。お願いだから「恋人までの距離2」なんてだっさいのはやめてくれ・・・(懇願)。だったんだけれど、そのまんまのタイトルで落ち着いたようでよかったです。続編があることを最初から知っていたら、前作もそのままのタイトルでも良かったかもしれません。------------------------------- ■ 総評 ■-------------------------------この作品、米国の映画批評サイトでは大絶賛されたらしいんだけど、日本では評価が別れるのでは?なんてったって「起承転結」の「結」がはっきりしていないからなぁ。彼らの映画の作り方からすれば、もちろんな結末なのだけれど、この1作だけ見た人にとっては「なんて中途半端な映画!」と思うかもしれない。でも、人生って必ずしも完璧な結末があるわけでもないわけで。10年前の自分なら完璧な結末がないことが不満だったかもしれないけれど、白黒つかないこともあるとわかるようになった今でこそ、受け入れられる結末だと思う。ぜひ続編を!(でもできればまた9年後ではなく5年後くらいに。)
July 8, 2005
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■原題 『BEFORE SUNRISE』 ■監督 Richard Linklater ■脚本 Kim Krizan ■製作年 1995年 ■受賞暦 '95ベルリン映画祭銀熊賞(最優秀監督賞)受賞作品 ■キャスト Jesse:Ethan Hawke Celine:Julie Delpy■ストーリー :★★★★☆ ■映像 :★★★★★■音楽 :★★★★☆ ■総合評価 :★★★★☆-------------------------------■コメント■-------------------------------2005年に公開された『BEFORE SUNSET』はこの映画から9年が経過した後の作品です。-------------------------------■ストーリー■-------------------------------ソルボンヌ大の学生、セリーヌはパリに向かうユーレイル(ヨーロッパ横断鉄道)でアメリカ人新聞記者のジェシーと出会う。大喧嘩している夫婦の騒がしさから逃げるように二人で食堂車へ。簡単な自己紹介から始まり、自分のこと、仕事のこと、家族のこと、幼い日の思い出、死についてなどを語り合う。ジェシーはウィーンで途中下車するつもりでいたが、セリーヌとの会話は面白く、離れがたい。とうとう「一緒に降りてウィーンの街をぶらぶらしよう」と切り出す。2人はウィーンの街へ。残された時間はジェシーがアメリカに帰る飛行機に乗るため、あと14時間しかない。そんな中でのひとつの恋が始まる瞬間を見せてくれる映画です。-------------------------------■ここが見どころ!■-------------------------------ストーリーは至ってシンプル。なのについついス引き込まれてしまう。例えばユーレイルの中で一生懸命ジェシーがセリーヌに途中下車を薦めているところ。ジェシーは「アメリカ人」ではあってもさほどフレンドリーな性格ではない。だけど一生懸命に「降りようよ。一緒にウィーンの街を歩こうよ」と誘っている様子がかわいい!どちらかというとセリーヌのほうが強くて、会話の主導権はすべて彼女が握っている。後半部分で彼女は、ジェシーから途中下車を言い出されたときには一緒に降りることを決めていたと白状するのだけれど、誘ってもらうのを何食わぬ顔して待っている。観客もちょっとわくわくしながら事の成り行きを見守っている。そう、まるで、二人の側でこの恋がどうなっていくかを見守っている気分。この映画の主要キャストが主役二人しかいなくて、二人の会話にフォーカスされる仕組みになっているからなんだろうなぁ。それ以外の出演者はすれ違うだけの「行きずりの人」。 途中下車をしてすぐ、どこに行こうかと考える二人が話しかけた男性二人連れ。 お茶をしていたときに現れた女性占い師 ドナウ川沿いを散歩している時に声をかけてきた宿無し詩人 ボトルワインを恵んでくれたバーのマスター。ウィーンの街を散策しながらいろいろな人達に会う。二人の恋を応援しつつ、自分も一緒にウィーンの街を観光しているみたい。最初は身の周りの出来事や子供の頃の思い出、両親のことなどを話していたけれど二人の会話が「相手の反応を伺う話」になっていく様子が面白い。だって、長い時間をかけて相手のことを知っていくのを、14時間内でやってのけ、セリーヌを口説き落とさなくてはならないわけなのですから!○路面電車(バスだったか?)内でウィーンに降り立ち、まずは質問タ~イム! 「今までで一番セクシーと思った男性は?」 「人を好きになったことがある?」○ドナウ川沿いを散策 「いつも一緒にいたら私のどこが頭にくると思う?」 今までは自分についての話が中心だったけど、相手の反応を気にするようになっていく。○ナイトクラブでピンボールをしながらの会話 「ところで、パリではデートするような相手は待ってるの?」 確信に触れた~! これは絶対気になるところ。○喫茶店に入っての会話 セリーヌが「パリにいる友達に電話する」と言い出し、ジェシー相手に話しだす。 「明日のランチ、一緒にできなくなった。 今、ユーレイルの中で出会った人と一緒にウィーンにいるの。 彼に一緒に降りるように説得されたの。でも降りるということは決めていた。 食堂車で彼のひいおばあさんの幽霊を見たという話を聞いた時、恋したの」 ジェシーが突っ込む。 「彼とつきあうつもりなの?」 「わからない」○ドナウ川に浮かぶヨハン・シュトラウス号の船上カフェにて 「人はいつか死ぬからこそ一瞬一瞬が貴重。」 「もう二度と会えないかもしれない。それが悲しい」 「Telを教えても一度か二度電話しておしまい。それが嫌。」 「いずれ別れる。だから今夜を楽しもう。」 夜になり、二人が別れる時間が刻々と近づいてくる。 別れた後のことを考えるようになる。○恵んでもらったワインを片手に野原での会話。 「一緒にいると楽しい、でももう二度と会えなくなるから一緒にいるのは辛い」 「また会おう」 「『理性ある大人の誓い』を忘れたの?寝るためだからって次に会う約束を とりつけるのは嫌。」 お互いの出方を伺いつつ、言葉で仕掛ける。そうそう、恋愛ってこういう会話のやり取りや探りあいが楽しかったり切なかったりするのよね。そして夜が明ける。ジェシーは空港へ、セリーヌは駅へ向かわなければならない。急ぎ足で二人はセリーヌを見送るために駅へ。この時点では二人の仲には結論は出ていない。とうとうジェシーから切り出す。 「もう二度と会わないなんて言ったけど、嫌だ。また会おう。」 「そう言い出してくれるのを待っていたの。5年後は?」 「長すぎる。1年後は?」 「半年後。半年後の昨日にここで」半年後に再会する約束をして別れる二人。バスの中で疲れきったようなやるせない表情のジェシー。ユーレイルの中でぼーっと窓の外を眺めるセリーヌ。だけどちょっと微笑んでみたりする。ジェシーとセリーヌの表情の対比が印象的でした。二人の表情が違うのは、ジェシーがちょっと悲観的な性格で、セリーヌが楽観的な性格だからか?それとも男女の考え方の違いからくるものなのでしょうか。-------------------------------■キャストについて■-------------------------------イーサン・ホークがとても自然。臆病そうな目は「いまを生きる」当時と変わらず。でも、ほんのちょっと投げやりな男「ジェシー」になりきってましたね。若い頃の突っ走ったり、やるせない経験をし、大人の厳しさを知った上で「ジェシーになった」ってそんな感じがしました。イーサン・ホークはこの手の「未来や現状に不安や不満を抱え、くさくさしている男」を演じるのが上手い。ジュリーが演じるセリーヌはこれとは反対に、不満を自己の中に留めておかないで、発散させて自分のエネルギー源にしちゃえ!というポテンシャルの高い女性。(が、後の作品でこのセリーヌも成長し、「強い女でいる故の悩み」を抱えているというのが 痛いくらいわかるんだけど、これはまた次の機会に。)スクリーンで見ると特に超美人というわけではないんだけれど、とてもチャーミングでした!主役の二人の関係が自然に見え、会話やデートにリアリティを感じられたのは、監督と主演の二人が一緒になって徹底的にものづくりをしていったからなんでしょうねぇ~。-------------------------------■ 英語の台詞 Check it out! ■-------------------------------ジェシーがユーレイルの中でセリーヌを口説くシーン。ジェシーが一生懸命に「このまま一緒に話をしていたい」と口説く。 You know? I have no idea what your situation is but, Oh, but・・・I feel like we have some kind of・・uh・・connection, right? 「君の私生活は何もしらないけど、その・・・僕達すごく気が合うだろう?」「ほぅ~」と思ったのはconnectionの使い方。そもそもconnectionの意味は「接続」「関係」「つながり」「関係性」。「○○にコネがある」の「コネ」もconnectionから来ているんでしょうね。そこから転じて「(相性の良い)関係性」という意味もあるのかしら?と思ったら、ちゃんと辞書に載っていました。「feel a kind of connection to 」で「~に何かつながりのようなものを感じる 」。日本的な言い方にすると「ご縁がある」って感じでしょうか?直訳するとジェシーの台詞は 「僕達って何かつながりのようなものを感じる」となってしまうわけだけど、それを「気が合うだろう?」と訳したのは、うまいなと思う。初めて会って、たいして話もしていないうちに「何か縁があるように感じる」とかって、口説き文句としては、なんか気取りすぎというか上滑りしているでしょ?------------------------------- ■ 総評 ■-------------------------------他の恋愛映画として重要な要素を徹底的に削ったところが逆に面白かったりします。1)例えばワイン片手に野原に寝そべる二人。 キスをして・・・でそのあとどうなったの!???? →次のシーンは夜明けなのでよくわからない。 ただ、セリーヌがワンピースの下に来ていたシャツを着ていなかったりする。 ということは・・・?2)半年後に再会の約束をして別れる二人。 →ていうか、半年後にちゃんと出会えたの!?「見る人のご想像にお任せします。」だからこそ、見終わった後に「あれって結局どうなったと思う?」と会話も弾むし想像も出来る。ちなみに1)に関しては続編である「BEFORE SUNSET」で真相が明らかになります。「BEFORE SUNSET」は「恋人までの・・・」の設定を全て踏襲していて、ほんとの「続編」。この映画だけでももちろん楽しめるんだけど、随所に「恋人までの・・・」の回想シーンが出てくるので、「恋人までの」を見ておくことをお勧めします。続きモノって前作のシーンを使ってくれなかったり、ひどいときには主要キャストすら変わっちゃうこともあるけど、「BEFORE SUNSET」は前作からのファンを裏切らない。ある意味「ファン泣かせ(嬉し涙)」の映画。2つ揃ってひとつの作品なので、ぜひ両方とも見てくださいな。
July 7, 2005
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さてさて、前回のレポからずいぶん時間がたってしまいました。引き続き、簡単ですがレポいたします~。-------------------------------■SCENE■-------------------------------□ものすごいライトですお昼を食べ終わった後の撮影。ただでさえ曇り気味だというのに、ますます寒くなってきます。これって夏のシーンなんだよな・・・。と思っていたら巨大なライトが登場。めちゃめちゃでかいです。何に例えたらよいのだろう。上杉達也の投球シーンにライトを当てようと準備してます。これだけのライト、あたったらまぶしいだろうなぁ。それでも演技しなくちゃならないんだよね~。大変だわ。と、そこへ、ライトよりさらにでかい白いスクリーンが登場。ライトの前にそのスクリーンを立てて撮影が始まりました。なるほどねそのまま直射でライトをあてると、まぶしいだけではなく、ライトが一箇所に集中してあたってしまう。前に白いスクリーンを置くことによって、ライトがあたる面積が増えるし、直射じゃないぶん、少しぼやける。「いかにもライトがあたってます~」ってな感じではなくなる。微妙な日光の加減などもこうやって調節するんですね。□【かなり難】拍手をせずに拍手する!?光を当てて撮ることもあれば、音も合わせて収録するシーンもある。かと思えば、音を取らないで絵だけ取るというのもあるわけで。これがかなり難なのですよ応援団に合わせて応援しているシーンを取るのですが、声を出してはいけない、拍手をしてはいけない。声を出すふり、手をたたくふり。こんな状態ですべての人が同じアクションを出来るわけはないので、カメラの死角の位置でチアの女の子2人が応援をし、それに合わせて口パクと手をたたくふり。これがとても難しい。どうやったってずれてしまう・・・。何回かテストをして撮影に望んだものの、やっぱりNG・・・。最終的には「声を出してもOK」となりました。(後で音だけ消すのかいな???)そしたらすぐOK。やっぱりね~。□けっこう役者ね。ホームランシーンさてさて、位置を2回くらい変えて、ホームランシーンを数シーン、撮影しました。とはいっても、ほんとにホームランを打ち、どっと沸くというわけではなく。あくまでも「入ったふり」をきっかけにエキストラも騒ぎ始める。「入ったふり」をどうやって判断するかというと。「ピッチャー投げた、バッターが打った、打球が伸びて伸びて外野が追って・・・」と動きをざっと流す。ピッチャーが投げるところまではほんとにボールを投げ、キャッチャーが受けるけどバッターはスウィングするだけ。後は全部演技。外野選手が追っていって追うのをあきらめたときをホームランだとみなす。そのタイミングで観客席が喜んだり残念がったりします。こうしてみてみると、意外とボールを使っているシーンって少なくて、投げて受ける以降は「ふり」だったりするんですね3塁をまわってホームベースに向かい、「セーフか!?アウトか!?」というシーンもキャッチャーには実際はボールを送っていなかったりする。これがすべてボールを使っているように見せるってのは、技術が進歩した今だからできることなのかも。じゃないとみんな、昔のスポ根モノみたいに、いかにも合成しましたって感じの「魔球だらけ」の「なんちゃって野球ドラマ」っぽくなっちゃうからなぁ~。で、話がそれましたがホームランシーン。数回テストを行うけれど、「こんなテキトウでいいのかね~?」とあたくしでさえちょっと不安。が、本番となると、エキストラの皆様、ノリノリ。テストの時の数倍の勢いで喜んだり悲しんだりしてます。なんだみんな、本番になるとすごいんじゃないの!?それまでの撮影シーンと異なり「ふり」がトリガーとなるシーン。どうなることかと思いきや、意外と良いシーンに仕上がっているかもしれません。ドラマ「H2」も、同じように撮影したのでしょうね。-------------------------------■スタッフさん、お疲れ様です ■-------------------------------それにしても、撮影スタッフさんには感心いたします。思っていたよりも段取りが良く、手際良くエキストラをさばいてました。しかし、撮影が進むにつれ、だれてくる私も含めたエキストラ達。そのたびに「さ~。今は夏ですよ~。暑いですよ~。」とか「あともう一回だけ撮らせて下さい~。」とか丁寧かつ明るく接し、エキストラのテンションを上げていきます。こんなダルダル~な人々。役者だったら怒鳴って叱ってもいいのだろうに、一般参加のエキストラということで、とても丁寧に接していました。特に、機材の移動中などであいた時間を利用して明青と須見工ナイン達を紹介してくれたり気を使ってくれていることがよっくわかりました。ほんとうにお疲れ様でした。役者さん達も、エキストラが応援している長いシーンや応援団の応援シーンの後には拍手を送ってくれたりと、良い雰囲気作りをしてくれました。大勢の人とモノを作りあげる仕事っていいですね~。-------------------------------■いちばん怖いのは・・・。 ■-------------------------------撮影が終了したのは17:00エキストラはぐったーりとしていたけど、役者さん達はみんな元気。若いとはいえ、体力あるなぁ・・・。こうして撮影が終了したのですが、とても怖いことがありまして・・・。この日は一日曇り空。しかし次の日は晴天。あたくしが参加した日に撮影したシーン、天気が悪かったから撮り直し~。カットされてたらどうしよ・・・。というのが悩みの種なミーハーなあたくしでございました。もしそうなったとしても、大変良い経験をしたのでヨシとしよう~♪そういえば、やっと公式サイトが立ち上がったようなのでこちらもお知らせしておきます。http://www.asakura-minami.jp/index.html
July 6, 2005
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■原題 『タッチ』 ■監督 犬童一心 ■脚本 山室有紀子 ■キャスト 浅倉南:長澤まさみ 上杉達也:斉藤祥太 上杉和也:斉藤慶太2005年4月2日。秋公開予定の東宝映画「タッチ」の撮影にエキストラ参加してきました!地区大会決勝の会場です。肖像権の問題があるので、俳優さんは一切映していません。-------------------------------■初のエキストラ参加!■-------------------------------あだち充原作『タッチ』。夏の甲子園の時期には必ず再放送されるので、日本国民、たいていの人は知っているのでは? 映画化されることになり、なんと埼玉県のフィルムコミッションが、一番の山場である決勝戦「須見工VS明青」の撮影をゲットしてきました!よくやった埼玉県 Good Job!埼玉県の観光局が中心となり、エキストラ募集を行いまして、見事当選!県営大宮公園球場に約2000人が朝8:30にかけつけました!(一般公募意義あのエキストラを合わせると2000人は余裕で超えますな。)正直、キャストはむむむ・・・って感じです。そもそも「タッチ」の放送をリアルタイムで見ていた層と、長澤まさみ、斉藤兄弟のファン層が異なる。(どうしても映画化したいというスタッフの熱意はわかるんですけどね。)従来のファンを取り込むのは難しいような気が・・・。撮影に参加した小中学生の女の子達が言ってたのを聞いたんだけど。(電光掲示板に映った「南」のイラストを見て)「あれって誰?」「南じゃない?」「あーそうか。でも、南って上(名字のこと)知らないんだよね。」え!? 知らないんですか!? なんですと!?全巻読んでから撮影に参加するべし!ひとつひとつのシーンの意味がわかるからさ!!!と説教してやりたくなりました。(オヤジじゃないんだから・・・。)うーむ。それより前に、ちょっとジェネレーション・ギャップを感じてしまった。とにもかくにも、映画がどのように作られるかは映画好きとしてとても興味があったので、エキストラ参加できるのはとても楽しみ。今日はタッチの映画のストーリーの詳細は置いておいて、撮影の様子をレポいたします~! ※注意 ほんとは詳細をレポしたいところですが、いろいろと問題もあるかと 思うので、簡易レポということで。-------------------------------■シチュエーション ■-------------------------------7/28日 13:30 西東京大会決勝戦スタート。場所は神宮球場(を想定)。対戦は甲子園の常連高「須見工」と「明青」。気温は40度近い真夏日。というのが前提だったので、撮影時には半袖必須。(寒かった~)応募する前に撮影参加のための規定がいろいろありまして。・緑の服はNG。 応募規定が書いてあるWEBによって、青もNGと書いてあるところもありました。 映りに影響するらしい。・ディズニーやサンリオなど、キャラクターがプリントされた服もNG。 著作権の関係か?・俳優達の写真撮影はたとえ携帯でもNG! 肖像権の侵害にあたります。しかも拘束時間は朝8:30集合で17:00まで。ぼーっとしている時間が長いのかなぁと、時間つぶしの本などを持っていく。-------------------------------■球場に入場 ■-------------------------------撮影スタッフさんの指示で球場へ入場。うわぁ~!あの赤と黒のソックス!!!明青ナインのユニフォームだよ!!!と、早くもミーハーぶり全開。タッチファンも年季が入っているもので、もう、見るところが違いますわよ!もう既にグラウンドでは撮影が行われていました。寒い中を達也役の斉藤祥太くんがキャッチャーに向かって投げている。斉藤くんの周りをカメラがぐるーっとまわって撮影しています。うわぁ~。ほんとに映画撮影しているのね~。運よくキャッチャーの真後ろ(といっても1ブロック目の上の方なんですけどね。)へ陣取る。一般公募エキストラ約2000人がすべて着席した頃、グラウンド側の撮影が落ち着き、他のエキストラの紹介が始まります。一塁側には明星の応援団席になっていて、チアガールと応援団、ブラスバンドと制服を着た生徒達が着席していました。あれ?このチアガールと応援団、そしてブラスバンド。ひょっとして私が卒業した学校かな?あたくしの学校、高校には珍しく、応援団の専属ブラスバンド部があります。なんせ、1学年が1000名のマンモス校でして、しかも普通科なんだけどコース制。あたくしは英語コースで、朝から晩まで英語漬けという、今では珍しくないですが、文部省の実験校という変わった学校でした。ブラスバンド部は2つあって、音楽学系や、吹奏楽の大会を目指す生徒は吹奏楽部。こちらは文系のイメージですな。そして野球やサッカーなどスポーツ応援のために応援団と一緒に活動するのが応援団専属ブラスバンド部。(とはいっても、ノリは体育会系!?)とぼんやり考えていたら、助監督さんのエキストラ紹介で、「応援団、チアガール、ブラスバンドは伊奈学園総合高校のみなさんです!」ときたもんだ。やっぱり~! あたくしの母校でした!この日、応援として使われた曲は伊奈学園の略である「いながく」を「めいせい」に代えたもの。振り付けも当時のままだし、久しぶりに懐かしくなりました。自分が映っているかもしれないからこの映画を見たい。というのだけではなく、応援団の姿を大きなスクリーンで見たい!と思ってしまいました。ほんっとーにかっこいいんですよ!応援団もチアもブラスも。と、懐かしさに浸っているうちにエキストラも参加する撮影が始まりました。-------------------------------■ 撮影ダイジェスト(?) ■-------------------------------スコアが表示されている電光掲示板を見てみる。先攻は須見工。打順の4番は新田、そして5番大熊。ここらへんは漫画通りですね。上杉達也のいる明星は後攻め。2番打者に上杉達也。斉藤くんは、笑顔がとて~もかわいらしい男の子でした。お昼休憩に入る前にスタンド席近くを歩いてくれました。そのサービス精神、素晴らしいうむ。彼が達也なら許せるかも。そして4番に達也とバッテリーを組む松平孝太郎。どうしても漫画の孝太郎のイメージがあるから、その後ろ姿を比べてしまい、細いなぁと思ってしまうんだけど。ところが孝太郎役の彼(名前がわからん・・・。)190cmもあるそうです!なるほど、ほかの選手と比べると・・・・でかい。よし、許そう。(何をだ)スタッフさんの話と、エキストラ募集時の告知情報をまとめると、「上杉達也、高校3年最後の甲子園予選の決勝」ということで間違いないようです。-------------------------------■ SCENE ■-------------------------------打者は4番の新田。ここで新田を抑えたら明青の甲子園出場が決まるという、まさに最大のクライマックスシーン。いいんですか!?いきなりこんな重要なシーンで良いんですか!?達也がマウンドから投げるシーン。全体を撮影するのではなく、達也の投げるシーンをぐるっとまわりから撮ります。入場した時に撮影したのと同じシーンなのだけど、カメラのアングルを変え、そして応援の様子と音も一緒に入れるらしい。高校野球の応援には、守備のときには自チームの応援を控えるという暗黙のルールがあるそうです。(なんだかんだと言いつつ、在学中に母校の野球応援に行ったことないのです。 大きなこと、言えないですね。)ただし、ピンチの時、ここぞという時には応援をしていて、その応援の練習から始まります。『ファイト』という曲で、これがまたリズムを取るのが難しい曲。この曲はあたくし、知らなくて、(在学中にはなかった曲か!?)横目でチアを見ながらグラウンドを見つつ、一緒に練習するのですが、難しい・・・。チアを見ながら応援のリズムを取る練習が数回、そしてカメラアングルを確かめるためのテストのため、通して2、3回練習を行います。そしていよいよ本番。小道具として用意された内輪やメガホンや看板が座席に置かれていて、それを持ちながら応援開始。はい。今は4月ですが、想定は7/28日です。真夏です。灼熱地獄です。上着を脱いで、半袖になってうちわで扇ぎながら撮影に望みます。さ・・・さぶいけど、まだ興味深々でテンションが高い。数回撮ってそのたびに確認し、無事終了~。達也を中心にカメラが半回転するだけなので、長さにしたら2、3分。こういったシーンひとつひとつが積み重なって映画になる。ほんとに、映画ってつぎはぎで作るものなのね~。これが2時間くらいの映像作品になるって、気が遠い話だ・・・。そして次のシーンは時間が遡って2回の表、須見工の攻撃。打順は4番の新田から。新田の本日初打席。あたくしたちエキストラの場所はこのまま、数シーンの撮影が続けられたわけです。エキストラって「待ち」が多いのかな?と思ったら。今回はエキストラが入ったシーンの撮影がメインでした。役者さんが動くたびに背景が入るわけで、その場所にエキストラがその都度動いていく。もちろん、何シーンか撮り溜めして、私達ができるだけ動かないように撮影をするわけなのだけど、撮り方はその都度変わるため、予定外の大移動をさせられることもあります。ま、そこはエキストラ。文句は言わない、言わない。エキストラの動き方のテスト→カメラチェック→本番→カメラチェックを重ねていると、この日はエキストラよりも役者さん達のほうが「待ちが」多いらしく。カメラに入らないところでキャッチボールをしていたり、雑談をしていたりという様子を見ることができて、なかなか興味深かったです。世代も10代後半から20代前半が集まっているので、やっぱり男の子。ひとつでもボールがあれば、ちょっとした時間の合間にキャッチボールを始めます。不思議なことに、合間のキャッチボールは明青は明青で、須見工は須見工でと、不思議とチームが分かれている。一人が打って、一人がキャッチして・・・と始めるとチームメイトが自然と集まり、それも1塁側と3塁側に分かれて各チームでノックをやっている様子は、まさに「野球部」って感じでした。---------------------------------------------------------------------そしてvol.2へ続きます。
July 5, 2005
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■原題 『The Phantom of the Opera』 ■監督 Joel Schumacher ■作曲/脚本 Andrew Lloyd Webber ■キャスト The phantom:Gerard Butler Christine:Emmy Rossum Raoul:Patrick Wilson Madame.Giry:Miranda Richardson Carlotta:Minnie Driver Meg Giry:Jennifer Ellison ■ストーリー :★★★★☆ ■映像 :★★★★★ ■音楽 :★★★★★ ■総合評価 :★★★★☆2005年2月、六本木ヒルズに見に行ってきました~。ヒルズ内のヴァージンシネマは音響設備が素晴らしい~!-------------------------------■コメント■-------------------------------原作はガストン・ルルーが1911年に発表したミステリー小説。オペラ座の怪人は劇団四季のミュージカルのCMで流れる「ジャーン・ジャジャジャジャジャジゃーン」というテーマ曲で有名ですね。脚本家であり、作曲家であるアンドリュー・ロイド・ウェーバーがミュージカル化しました。今回はそのミュージカル版を作ったウェーバー氏が映画にもスタッフとして参加しています。本場ミュージカルの脚本・作曲を手がけるウェーバー氏が製作スタッフとして加わっているため、安心して見られた作品。しかも今回、この映画のために作られた新曲付き。ミュージカルファンにはたまらんです。-------------------------------■ストーリー ■-------------------------------オープニングは古ぼけたオペラ座の中。時は1919年。ベルサイユ条約が結ばれた頃ですね。1900年代とはいっても今から考えるとずいぶん前。老紳士、老婦人が集まってオークションを行っている。猿が上に乗ったオルゴールが出品され、老紳士に落札される。その後「オペラ座の怪人のいわくつきのシャンデリア」が「せり」に出されます。そこから場面が変わり、1870年代にワープしていく。1870年代のオペラ座。やたらとうるさいだけのプリマドンナ、カルロッタが事故で舞台に上がれなくなってしまう。チケットは完売。関係者達が頭を抱えている中、マダム・ジリーが秘密の練習を行っていたクリスティーヌを主役に推薦します。見事に期待に応えたクリスティーヌを、幼馴染みで今やオペラ座のスポンサーとなったリッチマン、ラウルが見つめる。ラウルはクリスティーヌを誘い出そうとするが、クリスティーヌの歌の先生である「オペラ座の怪人」は快く思っておらず、姿を隠しつつ、クリスティーヌを独占しようと画策する・・・。-------------------------------■ここが見どころ! ■-------------------------------まずなんてったって、音楽。特に冒頭のシャンデリアを「せり」にかけているところから1870年代にワープする時に、例のオペラ座の怪人のテーマ曲が流れるのですが、それまでほとんど音楽が流れていなかった分、圧倒されます。これは、劇場で生オケ(生オーケストラ)でぜひ聞きたい!いくら音響施設の良い映画館でも、生オーケストラにはかなわないでしょう。そしてこの映画、1919年と1870年代の間を時間の流れが頻繁に変わります。1870年代のストーリーの合間に現在のエピソードが挿入されるわけなのだけれど、場面の転換が全く気にならない。特に、クリスティーヌとラウルが屋上で愛をささやいているところをファントムが嘆くシーンから1919年代に戻ってくるところなんて、作り方がうまいんですよ。ハリウッド映画だけじゃなく、日本映画にもよくあるのだけれど、場面が変わる瞬間、いかにも「フィルムを切ってつなげました」というようなつなぎ目がわかってしまったり、ひどいものになると「ぶつっ」という音まで聞こえるものもある。せっかくのストーリーの流れがいったん切れてしまう感じ?あれだけ場面の転換があるのに、それを全く感じさせません。二つの時代を行ったりきたりしているのに、それが気にならなかった理由がここにあると思う。これから見る方は「映画の作り」についてもチェックしてみてくださいな。-------------------------------■ キャストについて ■-------------------------------驚いたことに、ファントム、クリスティーヌ、ラウルの主要三役は吹き替えなし。ミュージカル映画ってけっこう吹き替えが多いのですよ。「天使にラブソングを」だって、意外と主要キャストが吹き替えだったりする。「オペラ座の怪人」の三役は「歌える俳優」をキャスティングしたとのこと。特にファントムとクリスティーヌが素晴らしい!ファントム役のジェラルド・バトラーは12歳で舞台デビュー。その後、スクリーンと舞台の両方で活躍してきたそうな。劇団出身で歌のトレーニングを同じように受けている俳優さんって、歌い方が似てきてしまって、個性が消えちゃう人が多い。しかし、ジェラルド・バトラーは、この人自身の個性が出る歌い方で、しかもセクシー。観ていて気持ちが良かったです。マスクに隠れているその姿がとてもミステリアスに感じる。クリスティーヌよりもセクシーに感じました。とある理由により、仮面で顔の半面を隠してはいるけれど、出ている部分の半分がとても整った顔立ちをしているので、仮面の部分が露わになると、余計その醜さが引き立ってしまう。それゆえ、屈折した想いを歌に託してクリスティーヌに伝える姿は、切ないです。クリスティーヌ役のエミー・ロッサムは、最初はそんなに美人には思えなかったんだけど、その歌声にまず驚き、聞きほれてしまいました。自然とものすごい絶世の美人に見えてくる。特に、カルロッタの代役として舞台に立った姿。白いドレスと髪にちりばめた花形の髪飾りをつけて立っている彼女は、ミュージカル「エリザベート」のタイトルロールになっている「エリザベート」の姿に似ていて、あー、この女優にエリザベートをやらせても面白いな。と思いました。歌声と演技力も両方ある女優ってそう多くはいないと思うから、今後の活躍にとても期待。-------------------------------■ 音楽について ■-------------------------------あえてひとこと言わせていただければ・・・。クリスティーヌがファントムに連れられてオペラ座の地下通路を通り、ファントムの部屋に連れて行かれるところで、「The Phantom of the Opera」を二人が歌うのだけれど、BGMが妙に現代的。なんか、この曲だけがほかの曲と比べると浮いて感じてしまいました。ま、ひじょーに細かい感想ですが。反対に、良かった音楽は、ラストに近いところでクリスティーヌとファントムが歌う「The Point of No Return」という曲。これはこの作品オリジナルの曲。 ⇒と思ったら、新曲ではなかったようです。すみません。詳しくは「英語の台詞 Check it Out!」を参照~。あまりの曲の良さに、おかげでサントラも即買い。CD屋でやたらと並んでる理由が、この映画を観てやっとわかりました。サントラも2タイプ出ていて、1CDで歌を厳選してのせているものと2CDでライブ版のように、ストーリーに関係がある部分を丸ごと切り出しているものがありました。2CDのほうは、会話の部分など入っていたりします。映画の雰囲気をそのまま楽しみたいなら、2CDのほうをお勧めします。ただし、日本語解説が入っているEditionはなかったので、解説が入っていない輸入版を買いました。後から知ったのだけど、3月に日本発売版が発売されるそうです。それを知っていたらそっちを買っていたのに・・・。-------------------------------■ 英語の台詞 Check it out! ■------------------------------- 「The Point of No Return」クライマックスにクリスティーヌとファントムがファントム作のオペラ「ドン・ファン」で唄う歌のタイトル。まさにその時の二人を表すタイトル。訳すと「ここに来たからには もう戻れない」ファントムは、自分の作ったオペラの脚本を提供する代わり、主役にクリスティーヌを指名します。オペラ座のスタッフ達は、ファントムの要求をのむふりをして捕まえてやろうとクリスティーヌに主役を演じさせる。クリスティーヌが主役として舞台に立つということは、ファントムにとっては「クリスティーヌはファントムの要求をのんだ」ということの表れ。クリスティーヌへそれを確かめるかのようにこの歌をうたいつつ、迫ります。このシーンはものすごい緊迫感。邦訳を意識しつつ映画を観ていると、ファントムの想いの強さにぞっとしました・・・。------------------------------- ■ 総評 ■-------------------------------ずいぶん前に原作を読んだのだけれど、映画版とラストが違うような気が。でも、あたくし的には映画版のほうが良いと思う。先につながるようなラストだったもので。クリスティーヌとファントムの物語が終わった後、再び1919年に戻ってきます。猿のオルゴールを手にした老紳士が墓地にやってきて、ある墓の前で立ち止まり、そっとオルゴールを置く。ここでやっと老紳士がラウルであったことがわかるんだけど、じゃぁ、オークションでそのオルゴールをせりあってた女性は誰?一緒に観に行った友達とは意見がわかれました。友達は「マダム・ジリーなんじゃない?」と言ったのだけれど、それにしてはラウルが年を取りすぎているように見える。あたくしは、ラウルのふけ方から考えると、マダム・ジリーの娘であるメグだと思いました。 以下、ネタバレのため、反転。 でもこれは、プログラムを見てわかったんだけど、マダム・ジリーだったそうです。 あたくしの見方も間違っているわけではなく、クリスティーヌに先立たれたラウルは 急に老け込み、ずっと年上であったマダム・ジリーより、あたかも年を取ったように 見せたかったとのこと。 うーむ。芸が細かい。 そしてラウルは気がつく。墓石の上に赤いバラが一輪捧げてあることを。 この赤いバラだけがモノクロの背景から浮き上がっていて、ファントムの存在を アピールしているようでした。最後の最後までどっぷりと映画に入り込める作品。ミュージカル映画はNGと思った人にとっても入っていきやすい映画だと思います。歌ってストーリーが進んでいくなんて、なんか嫌!という人でも、良いきっかけだと思うので、ぜひ見てみてくださいな。
July 4, 2005
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■原題 『東京タワー』 ■監督 源 孝志 ■キャスト 浅野詩史:黒木瞳 小島透:岡田准一 大原耕二:松本潤 川野喜美子:寺島しのぶ ■ストーリー :★★★☆☆ ■映像 :★★★★★ ■音楽 :★★★★☆ ■総合評価 :★★★★☆2005/1/29 岡准&松潤が出るということで待ちに待った映画!岡准&松潤好きな先輩と見に行ってきました-------------------------------■コメント■-------------------------------かつてこれほどかわいらしく東京タワーを表現した映像があっただろうか?タイトル通り、東京タワーが印象的に使われている映画です。東京タワーは昼間見る姿は、単なる赤い鉄骨の塔ですが、この映画の随所に出てくるタワー(特にオープニングで出てくるシーン)は、ほんとうにきれいです。 原作は江國香の小説。ラストは原作とは違うらしい。ほかにも原作にはないシーンが盛り込まれているそうです。 いきなりネタバレになっちゃうけど・・・・ ネタバレなので反転してくださいな~。 特に詩史の夫と透の直接対決シーンは圧巻。 このシーンは映画のためのオリジナルシーンだそうです。 もしかしたら、このシーンがなかったら、この映画に関しては現実感が全くない 「大人のおとぎ話」で終わったのかもしれない。 映画って想像力でシーンをイメージして読ませる本と違い、イメージが与えられているから 「岡准と黒木瞳ってきれい。でも所詮、不倫を美化する作り事だよね」 という感想を持って終わりになってしまうかも・・・。 現実離れのおとぎ話にピリッとスパイスをきかせているのが前述のシーン。 ここでの詩史の夫と透の会話は見ごたえアリです。詩史と透のストーリーは、ペントハウスや自宅でのパーティ、贅沢三昧な食事など、憧れこそはするけれど、生活感がない。(それはそれで、見ていて楽しいものなんですけどね。)耕二と喜美子の話のほうがあまりにも生々しくってありそうで怖いくらい。-------------------------------■ストーリー■-------------------------------詩史(しふみ)と透、喜美子と耕二の二人の年の差カップルのお話。不倫の是非はあえて置いておきます。(ここで否定してしまうと物語自体が進まないもので。)「大人の女性のため」というより「大人になってしまって子供の頃のように一心不乱に恋愛にぶつかっていけなくなった女性のため」のおとぎ話といったところでしょうか。透と詩史の出会いは、透が母親に連れられて行ったパーティーで出会ったことがきっかけ。以来、41歳の詩史と21歳の透は3年越しの付き合い。午前4時にかかってくる詩史からの電話を彼女が好きな音楽と本に囲まれながら自分の部屋で待つ透。もう一組は、苦手な車庫入れに悪戦苦闘する喜美子に頼まれ、車庫入れを代わる耕二。喜美子が夫と姑の愚痴を言うだけのデートを重ねていたが、あることをきっかけに、緊張の糸がぷっつり切れたかのようにお互いにのめりこんでいく。周りを巻き込みながらもお互いを必要とする不器用な2つの恋愛が交錯していきます。しかし、盛り上がっていた最初の頃と比べ、2組の関係はやがて行き詰まりに。ある時、耕二がバイトしているプールバーに、耕二の元彼女、現在の彼女が鉢合わせ。そこに、自分なりに関係に決着をつけにきた喜美子がやってくる。そして詩史と透の恋も急展開していく・・・。-------------------------------■ここが見どころ!■------------------------------- 『きっと、恋はするものじゃなくて、落ちるものなんだ』 『恋は落ちればいいってもんじゃないんだよ』最初の台詞は映画の宣伝でも使われたもの。この映画は次の台詞があることによって、今まで語られていた「不倫=純粋な恋=美しい」というのが覆されます。不倫される側の気持ちを代弁した詩史の夫の台詞。両者の見方がわかる良い台詞だと思います。この台詞がなかったら、単なる不倫映画で終わったことでありましょう。個人的には、松本潤のモノローグが良い。ときどきドキッとさせられる台詞がありました。たとえば、夫と姑の間、自分を殺しながら生活している貴美子の言動をふりかえって言う台詞。 『たぶん俺と出会ってるどの瞬間も、喜美子さんは一人ぼっちだった気がする』誰かと一緒にいても一人ぼっちと感じる時、本当の意味でひとりぼっち。よく耳にする台詞ではあるのだけど、映画のあのタイミングで言われてしまうと、とても心に響きました。あ~!詳しく書くとネタバレになってしまうので書けないのが残念!-------------------------------■キャストについて■-------------------------------寺島しのぶがとにかく良い。喜美子役は彼女しかいない!と熱烈オファーされたようなのですが、その期待に見事に応えていました。耕二との最初の出会いのシーン。耕二のモノローグに『人妻はかわいい。』という台詞があって、年上の女性慣れしている耕二がちょっと見下した感でその台詞を心の中で言うのだけど、その時ちょうど、寺島しのぶにフォーカスされています。試写会や授賞式などで挨拶している姿を見ると、ちょっと目のきついおばさん(寺島さん、ほんっとーにすみません!!!)って感じだったのだけど、この台詞のときの彼女、ほんとにかわいいのですよ。車庫入れができなくって、でも急いでいて、ぶーたれてる姿がかわいい。この姿を見た瞬間、(あー。これを演技で出しているって・・・女優ってすごいなぁ)と思いました。そのかわいさも、年下の子に媚を売っているかわいさではなく、まるでその後の展開を予感させるかのように、「狂気が潜んだ無邪気さ」を出してる感じ?黒木瞳は「ありえない」ってくらいきれいなので、そして相手役の岡准もそうだし、この二人の恋愛はまさに「おとぎばなし」という雰囲気。一方、松潤と寺島しのぶは言ってみれば「狂い」。寺島しのぶがのめりこんでいく様子、それをもてあます松潤の姿が、ありえそうな世界で怖い・・・。「怖えぇ~・・・」と突っ込みながら見てしまいましたよ。寺島しのぶのフラメンコのシーンも圧巻。フラメンコは初めてで、フラメンコシーンの撮影まで、間に合わないと言われていたにも関わらず果敢に取り組んだそうで、フラメンコシーンは吹き替えナシ。恋愛の狂いを相手にぶつけられず、フラメンコで昇華させていったと、本人が台詞で語らなくてもわかるくらい、全力でフランメンコを踊ります。そして踊る様子はほんっとーにかっこいい!文字通り「体をはった」演技で、もう・・・この人、すごいよ・・・。ひとつ残念だったのは、寺島しのぶと黒木瞳が一緒に映るシーンがなかったこと!好きになった相手が友達同士なので、全く関係がなかったわけではない。だからこそ、直接二人が関わるシーンが見たかったな。でも、今の寺島しのぶの勢いなら、黒木瞳、食われるかも・・・。-------------------------------■音楽について■-------------------------------オープニングで流れるノラ・ジョーンズの『Sleepless Nights』は、まさに流れるそのシーンを表現しているようで、とてもぴったり! ただでさえ一緒にいる時間が少ない二人。 一緒にいる時に眠るなんて時間がもったいない。そして、 彼女からかかってくる電話を待ちわびて明け方近くまで起きているそんな詩史と透の様子がぴったりハマっていました。エンディングでは山下達郎の「Forever Mine」が流れます。最初に聞いた時は 「なんでこのタイミングでいきなり山下達郎!?なんか違くねぇ!?」と思ったんだけど、ラジオから流れるこの曲を聴いたとき、違和感がすーっと抜けて映画のワンシーンがよみがえってきました。しかも、歌詞をよく聞いてみたら、透が詩史を思う気持ち、そのままじゃないの!!!プログラムによると、この曲は映画のラッシュ(編集前のフィルム)を山下達郎が見て作った歌だそうな。あぁ!どおりで!!!これから『東京タワー』を見られる方は、事前にこの曲を聴いておかないことをお勧めいたします。映画の中で歌詞をじっくり聴きながら、堪能してください。そうすれば、今まで見てきたストーリーが再現されていきます。ちなみに↑ではいろいろ書いちゃったけど、山下達郎、好きです。10年以上前の曲になるけど「Get back in love」がとても好きでした。(当時、小学生だったけど、なんか印象に残りました。 ・・・ったく。なんてマセガキだったんだ・・・。)当時は歌詞の意味とかあまり理解してなかったんだけどね。-------------------------------■総評■-------------------------------ストーリーがどうなるかは置いといて、最後の最後まで寺島しのぶから目が離せませんでした。これから彼女の出演作品、いろいろ見てみたいです。この映画もキャスティング時点で 「どうしても寺島しのぶを『キミコ』役に」と監督も推していたというエピソードがあるけど、納得。松潤と岡准見たさ+寺島しのぶは昨年の日本アカデミー賞を総ナメしたから、野次馬程度に見たかっただけなんだけど、心を入れ替えて、彼女の出演作品をひとつずつ見ていきたいと思いました。うーむ。DVD出たら、即買いですな。毎日エンドレスで流していることでありましょう。(松潤と寺島しのぶのところを特に。)あぁ。これでまたしばらくは夢の世界の住人になってしまふ。本やストーリーの面白さ以上に、登場人物のモノローグが詩的で、 「・・・なるほどね。あーいう感情を言葉で表すとこうなるのか。」と思わされる台詞がいくつもありました。脚本や台詞の面白さで映画を選ぶ人にはおススメな映画です。と褒めつつ、ストーリーで★×3なのは、原作をまだ読んでいないから。原作を読んで比較をしてから、また改めて評価してみたいと思います。
July 3, 2005
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■原題 『JEUX D'ENFANTS(仏)』 『Love Me If You Dare(英)』 ■監督 ヤン・サミュエル ■キャスト ジュリアン:ギョーム・カネ ソフィー:マリオン・コティヤール ■ストーリー :★★★☆☆ ■映像 :★★★☆☆ ■音楽 :★★★★☆ ■総合評価 :★★★☆☆-------------------------------■コメント■-------------------------------2004年11月。この機会を逃したら見に行けない!と、ボジョレー解禁日に午後休を取ってまで見に行きました。試写会情報が流れた時からずっと見に行きたかったんだよね~。 まず、宣伝ポスターにやられた!か、かわいすぎる!色使いがとてもおしゃれでおもちゃ箱のよう。 それもそのはず。監督をしたヤン・サミュエルはイラストレーター・漫画家・絵本作家といろいろな顔を持つ人です。これが長編デビューとなるらしいんだけど、フランスでは公開初日に興行成績トップになったそうな!幻想的な作品の仕上がりから、ティム・バートンと比較されることが多いようですが、あちらは影の黒とか雪の白とか空の青とか固体のものひとつひとつの色を印象的に表現するのに対し、(シザーハンズのラストの雪なんてとても印象的でしたね。)こちらは虹色の色使い。グラデーションといった感じです。子供の頃の空想シーンなんて、「飛び出す絵本」のようにメルヘンチック。絵本作家のバックグラウンドをもつだけあります。-------------------------------■ストーリー ■-------------------------------文章にすると至ってシンプル。主人公の少女と少年の様子を30年にわたって眺めていきます。ホームページやパンフレットにこういう案内文がある。 『これはある1つの“ゲーム”にとらわれた2人の長い長い“愛のお話”です。』だけど単純な初恋ストーリーで終わらないのがフランス映画!ソフィーとジュリアンは幼なじみ。ソフィーはポーランド移民の家庭に生まれた女の子。学校ではそれが元でいじめられっ子。ジュリアンは大好きなお母さんが病気で寝たきりになりがち。父親からは理解されず、寂しい思いをしている男の子。こんなふたりがはじめた「ゲーム」。 『「ゲーム!!のる? のらない?」「もちろんのるさ!」 相手に「条件」を出し、それがクリアできれば次は相手の番。』先生に汚い言葉を使うは、お姉さんの結婚をぶち壊すわ、辛い現実から逃げ出すようにこのゲームにのめりこんでいきます。 『お互いのことを好きだと認めるということを除けば何でもやった。』 そして迎えるラスト。ハリウッド映画なら、あたくしの大好きな『恋人たちの予感』のように 「10年たって、お互いが一番大切だとわかりました。終わり。」となるのでしょうが、そこはフランス映画。一筋縄ではいきません。ま、ラストに関しては賛否両論でしょうなぁ~。私も見終わった後には「え!?なんで!?」と思いました。今となっては、「それもアリなのかなぁ~」なのですが。ラストは意見が分かれるところなので、「面白いから絶対見て!」と素直に薦めにくい映画であります。「大人のおとぎ話」と評されていたけど、「自分のやりたいこと」よりも「いかにまわりに迷惑をかけないか?」を重点に置く「自己責任論」が生じる日本人にはとうてい理解できない世界かもしれません。ポスターのデザインに魅かれ、デートムービーとして見られた方。・・・ご愁傷様です。悪い映画ではないのですが、こちらの期待を裏切ってくれてるのですよ。-------------------------------■ここが見どころ! ■-------------------------------2人が始めたゲームは、子供の時と、彼らが思春期を迎えた後では質が変わっていきます。子供のときは ・校長室でお漏らしをしろ! ・お姉さんの結婚式をぶち壊せ! どちらかというと、大人を困らせるために、困っている大人を二人であざ笑うかのようないたずらを仕掛けていきます。それが思春期以降では ・(自分の気に食わない)女と寝てイヤリングを取って来い (指令 by ソフィ) ・試験の当日に服の上に下着をつけてプレゼンしろ (指令 by ジュリアン)と、相手に恥ずかしい思いをさせ、陥れるようなゲームを次々と仕掛けます。お互いのことを大切に思っていて、代わりは他にはいないということを痛いほどよ~くわかっているのに、わざと相手を辱めるようなことをさせる。それも相手に男/女の存在があるときは特にひどい。う~ん。愛情の裏返しなのでしょうか!?イタズラの対象が「大人たち」から「自分たち」へと変わっていきます。学生、社会人になって、子供ができて・・・と、足かけ30年を追っていくのですが、最後のほうは「なんでこういうふうにしか愛情を表現できないの!?」と切なくなります。-------------------------------■ キャストについて ■-------------------------------ソフィー役のマリオン・コティヤールがいいですね!ソフィーの子供時代を演じたジョゼフィーヌ・ルバ=ジョリーもさらにいい!子役から大人役に移った時って抵抗感があるもので、この監督はどういう風にするのだろう?と思ったのだけど、 ソフィーもジュリアンも、役の移り変わりはとても自然でした。この子達が大きくなったら、こういう風になるんだろうなぁという想像通り。特にソフィーのキャストは、ちょっとコケティッシュでクレイジーなソフィーのキャラが子役時代から十分に発揮されていて、子役から変わってもぜんぜん違和感がありませんでした。-------------------------------■ 音楽について ■-------------------------------「バラ色の人生(La Vie En Rose )」がいろいろなバージョンで映画を彩ります。この音楽がまた良いのよね~。「バラ色の人生」はシャンソンの女王といわれるエディット・ピアフの代表作。聞き飽きた感もあるくらいのスタンダード・ナンバーですが、映画を見終わった後は思わず口ずさみながら出てきたくなるくらい。見終わった後にHMVに駆け込んだのですが、ありませんでした・・・。ネット買いしかないか・・・。久しぶりにサントラもほしくなるような映画に出会いました。-------------------------------■ 英語の台詞 Check it out! ■-------------------------------今回はフランス映画なので、英語の台詞チェックはありません。その代わりと言ってはなんですが、タイトルについて。 原題は『JEUX D'ENFANTS』。邦訳すると『子供たちのゲーム』。英語タイトルは『Love Me If You Dare』。日本語は『世界でいちばん不運で幸せな私』原題は『JEUX D'ENFANTS』。邦訳すると『子供たちのゲーム』。これはこれで、映画そのまんまのタイトル。大人になっても大人になりきれず、子供の頃のゲームをそのまま引きずっている彼らの様子を表現しています。英語タイトルにある「dare」には 「あえて~する」とか「思い切って~する」っていう意味があり、時には皮肉的な言い方にも使用される。受験英語の例文にでも 「How dare you say such a thing!?」という表現がでてきます。 「よくそんなこと言えるわね(怒)」ってニュアンス。『Love Me If You Dare』には「やれるもんならやってごらん。」っていうような挑むような感じがします。あたくし的に訳すと「好きになれるもんならやってみたら?」。このタイトル自体がゲームに挑む二人の姿勢みたい。反対に、日本語のタイトル『世界でいちばん不運で幸せな私』は、主人公の二人の「時間の流れ方」を表現しているようで、あたくしはこちらのほうが好きですね。「お互いを想い合い、大切に思ってるんだけど、どこかタイミングが合わなくてすれちがいばかり。 いろいろ回り道しちゃったけど、最後はやっぱり私たちって幸せだと思わない?」という感じ。さてさて。どのタイトルがぴったりくるでしょうか???------------------------------- ■ 総評 ■-------------------------------好きな映画ではありますが、単純なハッピーエンドストーリーではないので、ポスターに魅かれてデートムービーとして見た方達は、気まずかっただろうなぁ・・・。他の人には薦めにくい・・・ 。特に、ソフィーがジュリアンを振りまわす様子は、男性にとってはお怒りモードフルスロットルでありましょう。見た人からぜひ感想を聞いてみたい!
July 2, 2005
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■原題 『The Last Samurai』 ■監督 エドワード・ズウィック ■キャスト ネイサン・オールグレン : トム・クルーズ 勝元 : 渡辺謙 氏尾 : 真田広之 たか : 小雪 ■ストーリー :★★★★☆ ■映像 :★★★☆☆ ■音楽 :★★★☆☆ ■総合評価 :★★★★☆-------------------------------■コメント■-------------------------------舞台は明治維新後の日本。文明開化の世の中、ざんぎり頭に廃刀令、地位のある人は洋装があたりまえ。 武士はもはや時代遅れとなってしまっています。 欧米の列強国に対抗するための「近代化政策」を推し進める中、日本政府は帝国陸軍強化のため、南北戦争時の英雄であるネイサン・オールグレン大尉(トム・クルーズ)を日本へ召集します。 オールグレンは南北戦争では英雄とあがめられたものの、自身が経験した戦争とインディアン征伐の過去の亡霊に苦しみ、自分の信ずる道を見失い、自暴自棄な生活を送っていました。 日本に来た当初のオールグレンの職務は帝国陸軍の強化。 しかし意に反して欧米化政策に反抗する勝元(渡辺謙)ら武士を鎮圧するよう命令されます。 インディアン制圧の時と同じように、またもや反乱軍を制圧する役目を担わされることに・・・。戦うことに不慣れな徴収兵達を引き連れ、(そりゃそうだ。平和な江戸時代、武器も持ったこと無い人々だもの。) 武士軍団と対抗するものの、最後の最後で勝元に囚われることに・・・。 囚われの身となったオールグレンは、次第に勝元たちの生活に触れるに連れ、その素朴な生き方と誇りに満ちた「侍」というもののに心魅かれるように。しかし時代は彼らにとって「反逆者」のレッテルを貼り、 資本家達に担ぎ上げられた天皇は、彼らを討伐するべく、挙兵を余儀なくされます 。----------------------------------------------------- というストーリーです。 この映画、あたくしが見た中で3本の指に入るほど、泣けました。 もう、とんでもなく泣きました。 他のハリウッド映画のように「感動的な台詞で泣かせよう、泣かせよう」としていないし、「恋愛映画の引き裂かれる二人」を全面に押し出しているわけでもないんだけど、うまーくストーリーに引き込まれ、最後はあちこちからすすり泣く声が聞こえました。 2時間30分あっという間。ストーリーとしては、もうちょっと掘り下げるとわかりやすいところが何点かありました。 たとえば、 ■オールグレンは南北戦争やインディアン制圧をどのようにとらえていたのか? ----------------------------------------------------- 「罪の意識にさいなまれていた」とかそんなレベルではないと思います。 「罪悪感」というよりは、自分の生き方自身を見失っていたというか。 そこに至るまでの過程が、ちょっとわかりにくかったかな。 ■オールグレンがどう考え、勝元たち「侍」の生き方に共感していったか ----------------------------------------------------- 最初は「興味」だったと思うんですよ。 でもそのうち彼らの誇りだとか正義だとか、ゆがみの無いところに魅かれていったんだと思うんですね。 それが、「彼らを観察しているオールグレン」の姿しかなくって、彼の言葉で表現するところがちょっと足りなかったかな。 でもこれらのことを逐一、映画の中で解説していったらキリがないので、こういうのは解説本でも出してフォローしてほしいです。 私の通ってた大学では「映画で見るアメリカ」という講義がありました。この映画なんて絶好の試験問題とかになってそう・・・。 「南北戦争時のアメリカ人の価値観を述べよ」とか 「オールグレンの真情の変化を述べよ」とか・・・。 もっともっと掘り下げて観たくなる映画だと思います。 うむ。観終わった後にこれだけ考えさせられたのも久しぶりだわ。-------------------------------■ここが見どころ! ■-------------------------------□同じ民族の戦い この映画を見ている最中、南北戦争をモチーフにした「グローリー」という映画が浮かび上がってきました。 この映画を観ているときに強烈に感じたことがあります。 「なぜ同じ民族なのに戦わなければならないのか!?」 戦争をモチーフにした映画は、ハリウッドのものは特にそうだけど善悪がはっきりしていて、悪を倒すために戦う。 悪というのはたいてい「悪の枢軸国」ってやつで、同じ国ではない。 「グローリー」は人種差別が引き金となった、同じアメリカの中での戦争の話。 もう、常に「なんで戦わなければならないのか?」という思いを胸に、クリネックスを半箱空けちゃうくらいに泣きながら観ました。「The Last Samurai」はオールグレンを通してみる日本なのですが、ここでも同じ日本人同士が戦っています。 「善と悪」「自国と敵国」という風に対立関係が出来上がっていたら安心して観られるのかもしれませんが、同じ民族が戦っている様子はとても切なさを感じて胸が痛かったです。 特に両者の戦争シーンは「もうやめて!」と思うほど切ない。 今の戦争ってボタン一発で相手に大打撃を与えることができるけど、本当の戦争ってそんなものじゃないと思うんですよ。 打撃を与えるほうも与えられるほうも「人対人」の戦い。本来の戦争ってこういうものであって、ボタン一発やミサイル飛ばしてどうなるか見て、だめならまた考えるのとは違う。 だから簡単に戦争を始めるなんて言えるんだろうな。と思ってしまいました。 ほんとにこの二つの映画の戦争シーンはすごいです。 「グローリー」も「The Last Samurai」も単なる戦闘シーンではなく、そこに向かうまでの人間たちの描写がほんとにすごい。 とってつけたような恋愛や人情エピソードがないぶん、よけいに引き立っています。 「The Last Samurai」はビデオでいいや?と思うそこのあなた! まずは「グローリー」を観て、南北戦争について少し学んだ後、「The Last Samurai」をお勧めいたします。 時代的にも同じ流れだしね。 で、映画を観た後にパンフを観たら、なんと「グローリー」は「The Last Samurai」と同じエドワード・ズウィック監督の作品でした! あぁ。あたくしってば最近勉強してないから・・・。 やっぱりすごい監督だわ。と思ってしまいました。 ------------------------------- ■ 英語の台詞 Check it out! ■-------------------------------さてさて、今回の要注目な台詞は、勝元とたかの会話から。 この映画は日本語の会話でも、英訳されて字幕となってでてきます。 場面は勝元とたかが二人でオールグレンの話をしているところ。 囚われの身となったオールグレンを、勝元は弟の屋敷に住まわせます。 その屋敷にはオールグレンに夫を殺された"たか"が二人の子供とともに住んでいます。 たかは勝元に「オールグレンと一緒に暮らせない」と、出て行ってもらうように伝えます。 たかにとってオールグレンは憎い相手。 映画の中で"たか"の心情は台詞として明らかにされてはいないものの、自分の子供たちと打解け、優しい目を向けるオールグレンに対し、情が移ってしまうことを恐れたのだと思います。 それは「愛情」ではなく「情」ね。 最終的には「情」以上のものを感じるわけだけど、 そのときにはそこまではいっていない。 オールグレンを受け入れたくないが、受け入れることになるだろうという予感を感じ、そうなる前に出て行ってもらいたいと勝元へ伝えます。 口争いをしているときにオールグレンが近づいてくる気配を感じ取る二人。 一瞬口をつぐんだ後、たかがこう言います。 たったひとこと「すみません。」(申し訳ありません、だったかな?) そのときの英訳がまたいいんですよ。 「Forgive my weakness. (直訳:私の弱さを許してください)」 「すみません。」とか「申し訳ありません」となると 「I'm sorry.」と訳してしまいがちだけど、 この「Forgive my weakness.」って、もっと多くの意味を含んでいるような気がします。 武士の妻である"たか"は凛とした女性。 世は明治となってしまった後でも武士を支え、不満を言わず、また、多くも語らない強い女性です。 武士を支える妻として、兄である勝元の決断に対し、どうしても耐え切れない不満を言ってしまうが、 それは全て己の弱さゆえ。 ただ「すみません」という日本語よりも、この3語のほうが "たか"の心の中の葛藤を的確に表現しているように思えます。 さすが戸田奈津子さん。 多くを語らず、言葉の少ない日本人の言葉を英語で補足していました。 日本語の台詞よりもこちらのほうがわかりやすいかも。 ということで、初めてのレビューはいかがでしたでしょうか? 総合評価が★×4なのは、もっとストーリーを掘り下げてほしかったというあたくしのわがままでございます。 でもほんとうに映像はきれいだし、音楽も壮大だし、よかったですよ~。↓「グローリー」はこちら
July 1, 2005
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