ヴィラムジカ葡萄酒村
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ハイリゲンダム(G8会場)ではなく、ハイリゲングラーベです。どこよ、それ?と皆さん思うでしょう。私もどこか知りませんでした。ベルリンからアウトバーンをハンブルク方面に112km。旧東ドイツの田舎で、中世からの由緒ある女子修道院です。長い歴史の間には領主に無理矢理カトリックからプロテスタントに替えられちゃったり、ペスト流行時に人数が激減したり、30年戦争で避難してたり、いろいろあったそうです。名前の由来は聖なるHeilige穴Grabe。小さな礼拝堂が中世の遺跡の上に建てられています。写真だと後方のドアの前にある柵の下にあります。ベルリンの北西にあるSバーンの駅でメゾのKとオルガニストのHを拾ってA君(めるせです)で出発。工事区間も順調に通過したのはいいけれど、途中で60kmに落としてノロノロ運転(100kmでトロトロであるアウトバーンでは極めて低速)せざるを得ない、バケツを引っくり返したような集中豪雨。後で聞くと、ヒョウが降った地域もあったとか。雨女記録、また更新ですぅぅ。なぜ私が歌う日には雨が降る!?2005、2006年には二年連続7月7日に演奏会があり、豪雨とスコールのごとき激しいにわか雨が降ったのでした。断水直前の沖縄に着いた日に豪雨、年間降雨日数5日という噂のドバイでも降られた三代目、人道援助でアフリカにでも送ってくださいな。(本当に降ったら笑うしかありません。)余裕の開演2時間半前到着。礼拝堂に雨が入ったのを関係者が片付けているところでした。若くて綺麗な女性も働いています。もしかして修道院の方ですか・・・・俗世に未練はありませんか・・・・?院長様は演奏会を仕切って30年というベテランのおばさまです。ここのオルガンはパイプが壁掛けタイプです。ストップ10、一段鍵盤カプラーなし。きびしい!でも壁にはミュシャっぽい絵が書いてあったりして、かわいい礼拝堂です。代々の院長様の名前が壁に書いてあったりして、15世紀から1900年代初頭まで続いています。貴族の名前が多いですね。やっぱり持参金が多かったんだろうか。(俗世の憶測)ヘンデルから始めてバッハ、メンデルスゾーンなどの ほぼドイツプロ。バッハのロ短調ミサの二重唱などをはさんでメゾとソプラノのアリアを交互に歌います。バッハのカンタータ『Meinem Hirten beleib ich treu』は、詞が今年生誕400年のPaul Gerhardt(プロテスタントの賛美歌を多数書いた重要人物)ということを演奏前にお話しました。この修道院はプロテスタントなので院長様は大きくうなづかれました。(選曲にはマーケティングも重要なのでございます。)ハイドン『天地創造』5日目よりガブリエルのアリア。これは元ネタがBishop卿の『きけひばりを』であろうと三代目は睨んでいるのでございますが、ハイドンのソナタのメロディーに歌詞を付けて歌いました、というような器楽的なアリア。一番受けたのはメンデルスゾーンの『パウルス』の『聞けイスラエル』。ラテン語のミサと違ってドイツ語のせいか、盛り上がりまくる曲のせいか、うわーっと拍手がきます。合間にKが歌うメゾアリアはしっとりタイプ、ソプラノアリアが騒々しいので程よいコントラストです。H君のソロはバッハのプレリュードとフーガ。番号失念。三代目は譜めくりしました。アシストはストップが少ないので不要でした・・・。最後にはスタンディングオベーションもしていただき、盛り上がりました。田舎なので院長様が新聞に載せてもらうほか、キャンプ場にチラシを置いたり、地道な広報活動の結果、人口の割りに人が入るのだそうです。オランダ人のグループも来てくれて、演奏終了後オルガンを興味深く見たり、教会を見学していました。我々は院長様心づくしの軽食とお茶をいただき、独り者のH君は残りのパンを包んでお持ち帰り。ちなみに彼は天井改修工事の為に取り壊しの危機に瀕した村の教会のオルガンを自分が撤去して無料でお持ち帰りして、2間のアパートにパイプを積み上げているそうです。組み立てる為に広い部屋に引っ越すか、単に部屋を片付けるだけで済むのか微妙だそうな。
2007.06.04
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