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結婚以来、半ば強制的に済まされたこの二世帯住宅。最初、互いの生活を干渉しない、生活費も別々、もちろん光熱費も別々。但し、電気代だけは半々、これは電力会社がメーター別は出来ないって言ったらしいが、最近、友人に聞いたところ別々は可能らしい。しかし、いざ生活が始まってからは、出かけるときは一声掛けて欲しい、だの、郵便ポストは勝手に開けられる→鍵を換えてやった。電気代が高いって文句言われる、おかずが何も無いので食べるもの無いかと電話してくる、本当にウンザリ。そして今年は私の実家が病人年のように病人が出た。春に姉が倒れた、1ヶ月の入院後、やっと下された診断が、慢性疲労症候群、色んな検査して、色々な可能性のある病名を外していった結果下された病名だった。次に、夏、父があまりの腹痛に入院した。ソケイ部ヘルニア、要するに脱腸だった。手術して1週間程で退院した。10月、母が持病の糖尿病が悪化し低血糖でそれも姉の留守中だった為、姉が帰宅した時、かなり血糖値が下がりすぎていたので救急車で病院へ運んだ。この時はすぐ帰宅できたが、10月も下旬に、浮腫みがでて、検査してもらったら、腎不全が進んでるということで、入院。透析の開始も示唆されたが、何とか回避できた。その度に、私は、菜豚子連れて自分の車飛ばして、実家へ帰った。車で30分前後だし、特に姉が倒れたときなどは、母が電話してきて「姉ちゃんが仕事から帰るなり玄関で倒れて動かなくなったの」その時は夜の9時過ぎだったので、菜豚子を舅・姑に預けて行こうかと思い、親宅に行ったら、姑はぐっすり眠ってて、舅は「泣いたらどうするんだ、それに、動かないって生きてるのか?もし、死んでたら急いでいくこともないだろう」あの時の舅の薄情な言葉は一生忘れない。私が、そうした事もあってチョクチョク実家へ行くことがどうにも気に入らないらしい。姑は、「私は嫁いでからこの方、実家へは10回も帰ってない」と時々言うけど、そりゃあ話が違う。舅と姑は周囲の大反対を押し切って結婚したらしい、その時、姑の実家は、「あんな頼りない小心者と結婚すれば絶対に苦労するだけ、それでも結婚するなら二度と実家の敷居をまたぐな」と勘当されて結婚したらしいから、帰りたくても帰れないのである。それに遠いし、飛行機で1時間、その後車で2時間かかるような土地だし、帰れないのだ。朝から姉が来たので、実家行くのまで監視してうるさいんだ、って言ったら、姉曰く、「ジジィが兄貴さんの家や姉貴さんの家に行く度に、あらよくお行きになりますわねぇ、ぐらい言ってやればいい」と。姉は今日、娘の写真で作ったカレンダーを持ってきてくれたのだ、それを、ジジィのところへ持っていった。まぁ、間違っても幾らぐらいお礼をすればいいだろうか、なんていうはずは無いと思って持って行った。ジジィは「お姉さんにしてもらったんだろ、カメラ屋さんに頼むとカネかかるんだよね。その点お姉さんならタダでいいもんな、どうせ無職なんだからいいだろ」コノヤロウと思ったけど、カレンダー置いたら早急に帰って来いといわれてたので、二階に戻ったら、姉が笑いながら「タダでいいだろう、プータローだし、ぐらい言ったろう」「うん、殴ったろうか思ったけどね、・・・」「一つ一つに答えたらあんたが持たないからね。あの爺さんは人に対して感謝するとか、謝るとか、一番大事な事が出来ない人だから、要するにバカなんだバカには程ほど距離置くのが一番。」夕方帰宅した旦那にカレンダー見せたら、カースケは飛び上がって喜んで開口一番「今度の休みの日、お姉さんにお礼の洋服でも買いに行こう、お金包むのなんだか失礼だし、洋服がいいかな、アクセサリーかな、お礼何差し上げようか?まずはお礼のメールメール」喜んでるカースケと娘を眺めながら、12月は少し平和に、病人がこれ以上でませんようにって思ったものです
2005年11月30日
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私は元々短気な性格で、熱しやすく冷めやすい、そのくせ涙もろくて。そんな私だったせいか、結婚が決まったとき、当時バリバリのOLだった姉から、「結婚するからには、それまで違う生活をしてきた二人が一緒に暮らし、ご飯を食べ、同じ屋根の下で寝て暮らすのだから、自分がカァと来ても、少々のことは抑えて我慢し、新しい自分の生活と言う名の畑を作り耕し、二人の生活と言う名の作物を育てながら生きていくのよ、愚痴こぼしたければ、私にこぼせばいいし、メールでもいいしね、」と、言われたものだった。それ以来、まぁ、何かと愚痴をこぼしては姉に諭され、昨日は姉から、「あんたも随分大人しくなったのね、あんたの立場があるから色々言うまいとは思ってるけど、あまりにもねひどすぎるからね」と、姉は言ってた。自分でも、確かに暢気な性格にもなってきたと思いはするけど。旦那のカースケは暢気な性格そのもの、その父親の舅は、小心者でカネにうるさく、グジグジした性格であるが、姑はどちらかというと、竹を割ったような性格ではあるが、時折激昂するのである。で、舅には、姉が4人と兄が1人いる。要するに6人兄弟の末っ子、舅の姉達は、60過ぎた弟を、「ちゃん付け」で呼ぶ。そして姉の中の一番上の姉、80過ぎてるが、この義伯母が、舅に毎月今だお小遣いを渡しに来るのである。姑はわざと知らん顔してる様子、そしてこの舅、何事も自分で決断できない。私の結婚の時も、旦那の妹や弟の結婚の時も、必ず、お兄さんに相談に行くのだ。義弟の結婚のときは随分、舅の兄弟が反対したのは私も間近で見たものだった。私の時だって、うちの親と最初に挨拶に来た時、出来るだけ早く舅の兄のところへ挨拶に行ってくれと言われたものだった。そんな舅が、今朝、娘を幼稚園に送って帰ってくると、庭にいて「陽菜子さん、昨日は色々済まないね、お姉さんは気分害されたろうだろうが、少しは機嫌直していただけたかね」「えぇ姉は引きずらない性格ですし、今日はお正月用の乾物類とか買うんだって言ってましたよ。」「あ、そう。それならいいんだ」何がいいんだ、このクソジジィが。昨夜、カースケと話し合って、姉におせちの材料代をきちんと払おうと話した、姉は請求こそしないが母へ食べさせる食材のカロリー計算をきちんとするように、家計簿もぴっちりつけていて、1食あたりの食材の費用とか、1食あたりの光熱費とか、使った食器を洗う時の洗剤や水道代の費用まで計算してきっちり付ける人、だから、おせち代、そういうことまで考慮してもらったうえで、我が家の分だけでも払おうと昨夜カースケと話したのだ。どうせ、親宅のほう、特にジジィに関しては、自分がカネを出さないといけないなら、おせちは食べなくてもいいと思うような人間なのだから。私が帰宅して5分もしないうち、舅が車を出す音がしていた。庭に塩でも蒔きたかったが、掃除が増えるからそれはやめた。2時間ほどして、舅が帰ってきたのは車の音で分かる。車庫入れが下手な舅は、何度も何度もブカブカ吹かして切り替えてとやるのである。その舅が、なにやら大きな荷物抱えて「陽菜子さん、ちょっと」と叫ぶので、階下の親宅へ降りていくと、「あのね陽菜子さん、兄ちゃんやら姉ちゃんのところ回ってもらってきたんだ。兄弟みんなから、きちんと、陽菜子さんのお姉さんに謝っとけって言われたから、陽菜子さん謝っといてな、これは兄貴や姉貴のところの野菜とすぐ上の姉貴のところの牡蠣、みんな、持って行ってきちんと謝ってこいって言うんだよ。半分はうちがもらうから、半分の半分を陽菜子さんところで使って、残り半分を実家のお姉さんのところへ持って行って謝っといてな」なぜ、私が謝りに行くの?そして、その貰ってきたものって、本来は、うちの姉に対する謝罪の品だろ・・・チンゲン菜を1把、ねぎを1本、大根1本、塩鮭片身の半分、牡蠣これは殻のまま2個、これをどうやって実家の姉のところへ半分届けろっていうんだ、姉は、明日お昼に寄るわって言ってくれたけど。別に、野菜や牡蠣が欲しいわけじゃないが、納得いかない、舅を見てると人の心をどう思ってるのだろうか、と考えてしまうカースケが親父似じゃなかったことだけが幸い
2005年11月29日
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マジッククリスマスツリー可愛いクリスマスツリーです。葉っぱが生えてくるんです。これをセットしたのは、昼の午後3時頃、かなり出来上がってます。楽しいですよ。しかし、我が家は、今日はこのクリスマスツリーを開封前は、午前中はすごかった。今日は朝から旦那が急な勤務変更で休みになり、娘の菜豚子なんぞ、ウキウキ大はしゃぎで、幼稚園から帰ったら、実家の姉のところへラーメン食べに行く、と、別に姉じゃなくてもママだってラーメンぐらい作れるのだけど、姉のラーメンが娘は大好き。娘を幼稚園に送ってきてカースケが、夕方、義弟のところへ行ってくる、先日の借金申し込みといい、灯油を勝手に持っていったり、あまり小姑的にはなりたくないが、少し意見してくると言ってたところへ、実家の姉が飛び込んできた。普段は実に穏健で物静かな姉だが、怒ると本当に怖い、切れた感じではなく、冷めたいようなさめたような怒り方で表現できないくらい怖いのである。そんな姉が、朝早くから悪いけど、こちらの両親にきちんと話したい、嫁のあんた(私。陽菜子のこと)の立場があるからって我慢してたけど、限度ってモノがあるとのこと。そこで、カースケと姉と三人で階下の親宅へ降りて行った。するとそこに、今日は仕事のはずの、義弟夫婦が、舅・姑夫婦と向き合って座ってるのである。姑が、あらぁお姉さん早くから・・・と云うのをさえぎる様に、姉は挨拶もそこそこにぶちまけた。昨夜のこと、義弟の嫁の実家から、22時過ぎに電話がありおせちを作ってくれるなら、うちの分も頼む、容器は弁当の空き箱でいいからと。そして、義弟が私の実家の両親に、洗濯機買いたいからお金貸してほしい、と、電話してきたらしい。姉は実に冷たい言い方で「私のおせちは、弁当カラに入れるおせちではありません私は、一つ一つ、縁起を担ぎ、謂れを考慮し、その上で、病身の両親の健康を考えたヘルシーおせち、こちらはお義母さんが年末年始も仕事だし、陽菜子は菜豚子が小さくて、色々忙しいし、菜豚子はまだ小さくて大人向けのおせちじゃ食べきれないし、お義父さんも一人で元日の朝、食べるものくらい、お正月気分味わってほしいから、作って持ってくる。お義母さんが朝から仕事して、帰ってきて、一人で食べるとき、ホッと一息つけるといいなと思って作ってる、それもこれも、菜豚子が、小さいから家の中も散らかすし、時には、おばあちゃんとお風呂入ったとかも聞く、お世話なってると思うからこそ、ほんの少しのお返しのつもりなんです。買えば高いし、無駄だし、って、無駄なおせちを何も私が作る必要ない、と。さすが、ねぇちゃん、立てるところきちんと立てて、ちょっとイヤミも付け加えて・・・そこへ舅が「お姉さん、おせちの代金幾ら払えば?いいかね」するとカースケがブチ切れた。「このアホオヤジ、てめぇが、そうやってカネ・カネ・カネ言うからこういうボケ弟が出来るんだろうがぁ、俺はこいつの兄貴で今度ほど歯がゆかったことは無かったぁ義姉さんは、お袋も仕事で忙しいし、陽菜子も菜豚子のことで日々追われてるから、親父やおふくろの年も考慮してヘルシーおせち作ってきてくださるんだろうが、まさか親父が自分でおせち作るかよ、作れねぇだろうが、ありがたいと思えよありがたいと、金じゃねぇんだよ、コノボケ」舅は、もうニコニコ顔で「おねえさん済みませんねぇ」なんて言ってる。このクソジジィは、タダでもらえるなら玄関脇のゴミまで貰っていくようなやつだ。そんな舅の横で、姑の手からホウキが、義弟に向かって振り下ろされてた。「洗濯機が買えないなら川から水汲んできて洗濯しろ、おせち詰める重箱買えないなら手に載せて食え、灯油が買えないなら着ろ。金が無いならメシ食うな」姑は完全に怒り狂って、止めに入らないと義弟夫婦が怪我しそうだったので、姉とカースケと三人で止めたけど、こんな時、舅は下手に止めて自分が怪我すると自分が病院代かかるからと絶対に止めに入らない。とにかく、その後も姑の義弟夫婦に言うこと言うこと、結婚式の衣装代の話まで持ち出して、衣装代は最初、弟嫁の実家が出すというので、そのつもりでいたら、全請求書がこっちへ来たと、これには驚いた、私のときは衣装代と、他の費用、招待客分で分けて私の実家も払ったのに、義弟夫婦のときはいったいどうしたのか?月1万円の家賃も一回も払ってないというし。最初のクリスマスツリーを宅急便屋さんが持ってきてくれるまで、9時~12時まで、続いてた。姉に、おせち代払うよ、材料費は出すからねって言ったら、またあのジジィからイヤミ言われるよ、人の心を持った人なら、バアサンだけでも何か言ってくるでしょ。菜豚子に食べさせたいから作ってるの。と、姉は穏健な姉に戻ってた。午後から、菜豚子は、姉のラーメン食べて、ツリーをパパとセッティングして、寝る前、すごいことを言ってくれた。「ママ、向こうのおうち(私の実家のこと)に住もうか、そうしたら、毎日ネェちゃんのご飯食べれるもん」カースケがポツリと、「頼む出て行くときは俺も連れて行って」
2005年11月28日
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昨日、旦那の弟夫婦が来て、おせちを分けてやれだの、親夫婦に家賃払えないだのとゴタクを並べて帰って行ってた。しかし、奴らはそれだけでは終わってなかったのだ。第一に、旦那のカースケに借金申し込み:今月足りないから10万貸せ第二に、私の実家に電話して:義姉さんに頼みましたから、おせちお願いします。買えば高いし無駄になるんで、と言って、24時過ぎに電話していた第三に、灯油を一缶勝手に持ち帰っていたカースケも今朝になって、昨日さぁお金貸してって言われたんだよねぇ、と暢気な言い方する、誰によ?と聞き返すと、バカ義弟夫婦だと。なんでも、新所帯で色々と買い揃えるものも多くあって、色々買ってたら、洗濯機買う金がないので、現在は、コインランドリー使ってる。だから洗濯機買いたいからボーナスまで貸してとの事。そんなもん、ボーナスまで待って買えばいいだろう、フン。次に、朝から実家の姉が親戚が送ってくれたリンゴとリンゴジュースを抱えてやってきた。姉が大好きな娘は、大喜びだが、姉が頻繁に来ると、私が何か告げ口してるのじゃないかと、舅・姑はすぐ勘ぐるのです。普段、姉は、10日前後に1度とか、週に一度しか来ないけど、それが続けて来た時は、必ず、姑の「あんなにお姉さんに来てもらっちゃ、まるで、こっちの親が頼りにならないみたいじゃない。相談でも何でもしてもらっていいのよ」舅は「ガソリン代だってタダじゃないんだ、何かワザワザ来てもらって話す用事でもあるのかね」と言ったあと、必ずカースケに、「陽菜子さん、なんか愚痴ってなかった?」と訊くらしい。実際、頼りにならないし、相談なんか出来ない。2歳年上の姉は普段は、穏健な人でもあるのだが、時々怖い、私なんぞ、親より姉に叱られる方が怖いぐらいだった。その姉の様子がいつもと少し違う。姉は、大学卒業後、キャリア組と呼ばれるような仕事をしていて、その反面、身体の弱くなった母の食事管理などもきっちりやっていて、本当に完璧な人だったのだが、その完璧さが仇となり、慢性疲労症候群という厄介な病気になってしまい、仕事も退職し、現在は自宅で療養しながら、母の看病をし、家事をこなし、うちの娘にお菓子を作ってきてくれたり、娘の洋服を作ってくれたり、としている姉である。そんな姉が、昨日は、家庭菜園で出来た野菜がたくさん出来たからと持ってきてくれて、今日は、親戚からリンゴが送ってきたということで持ってきてくれたのだ。様子を伺いつつも、何かをタダで貰えるということが、大好きな舅はホクホクで引っ込んでしまった。いつもの姉なら、苦笑して終わるのだが、今日は違った。あの親にしてよねぇ・・・と、言うから、ごめんね、あのクソジジィ欲張りだから・・・って言うと、姉の口からとんでもない言葉が。昨日、夕方から来てさんざん、ただ食いして帰った、義弟が、私には頼んだが、実際におせちを作るのが、私の姉だからと、私の実家に電話したらしい、それも、午前0時過ぎに電話して、おせち料理を、大晦日の夕方でいいからホカ弁のカラでいいから入れて持ってきてくれ、と。姉はもう呆れてモノが言えないと言っていた。夜中の0時過ぎにしてくる電話の内容か?って、横で聞いてたカースケも、ポカーンと口開けて呆れ顔。その横で、娘は、幸せそうに、姉が持ってきたリンゴを食べ、リンゴジュースを飲んでいた。そこへ、姑が、陽菜子さん、カースケ、ちょっと・・と、入ってくる。姑「あら、お姉さん、済みませんね、いつも戴いてばかりでねぇ。ところで、陽菜子さん、こっちはファンヒーター使わないよね?」私「こっちは、菜豚子いますから危ないですから、ファンヒーターとかストーブは使いませんよ、それが何か?」姑「いやね、灯油が一缶、それも容器ごと無くなってるの、陽菜子さん知らない?今年、灯油高くてねぇ」カースケ「灯油なら昨日、あのバカスケ夫婦が車に積んでたよ、俺はてっきり、親父かおふくろが持っていけって言ったのだって思ってみてたよ」怒り狂った姑は、ものすごい勢いで階下へ降りて行って3分後には、車で飛び出して行った。姉におせちどうするって訊いたら、また数日中に出てくる。菜豚子が可愛いから、おせちだって作ってるんだからねぇ、と、言いながら姉は帰った。しかし、夜中に人の家に電話するバカ義弟といい、灯油が缶ごと無くなったからって、まるでこっちが取ったとでも言わんばかりに言う姑といい、もらう時だけ、ニコニコする意地汚い舅といい、こんなとき、カースケのやろう、夕方から仕事に出やがって。今度何かあったら、絶対に別居してやる。だれが、こんな二世帯住宅になんぞ住んでられるか
2005年11月27日
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旦那のカースケは三人兄弟、男・女・男です。真ん中の妹は、10年以上前に結婚し、現在アメリカ在住。しかし、私達夫婦の結婚式には、その為だけにわざわざ一家揃って帰国してくれたし、アメリカ人のご主人も一緒にね、絶対一度着たかったのよと、わざわざ、黒留袖まで通販で購入して。それはもう喜んでくれたし祝ってもくれた。そして、帰国するときは、姑に向かって「お母さんは一言多いのだから、これからは陽菜子さんの世話になって行くことが多いのだから、陽菜子さんに小言言わないこと、大事にするのよ」と、何度も何度も念を押して帰国していった。適当に離れていることもあって、義妹とはまぁまぁ良好な状態。しかし、私が結婚してこの二世帯住宅に住むことになってすぐというか、つい最近まで、カースケの弟が親宅に住んでいた。カースケの話によれば、見合いさせれば、ぶち壊れるし、彼女出来ても逃げられるし、困ったものだ、と話を聞いていたが、確かに、少し、大丈夫かよ?と首を傾げたくなるような部分もあった。私が娘をお産した時、退院後、実家に1ヶ月ほどいて帰宅した時の義弟の一言、「久しく見かけませんでしたね、どちらかお出かけだったのですか?」私がお産で留守してたこと話すと、驚いたような顔で「はぁお産でしたかぁ。それは存じませんで、おめでとうございます。」私は随分大きなお腹で、ウロウロしてただけどなぁ、と、その時も思った。その弟、先月やっと結婚して出て行った。その結婚に漕ぎ着けるまでが・・・大変だった。まず、式場が決まらない。決まらない理由が、式場が値切るのに安くしてくれない、と。それでもやっと決まったら、今度は、衣装が高い、これまた値切るけど安くしてくれない、と。そして、何分にも、相手の女性が、絶対に舅・姑の前に顔を出さない。これが、私はブスだから恥ずかしいと言ってるというのが理由だったから、なんとも変な話。新居がまた決まらない。相手の親があんたらの給料で家賃払えないって言ってるから、家賃を値切りたいけどどうしようか?と親ならともかく、うちのカースケに相談してくる始末。結局、新居は舅が持っていた古家がちょうど空き家になったのでそこに住ませる事西、月々格安家賃をもらうことにした。この義弟とその相手、何でも値切ればいいという感覚できてるから、付き合いきれない。そういった話は、海の向こうの義妹にも伝わってて、とうとう義妹は結婚式にも帰国しなかった、それどころか、親戚にも伝わっていたこともあって、親戚の結婚式出席数は非常に少ないものでした。結果、費用が祝儀で賄えなくて、大赤字。それでなくても金・金カネェの舅は気に入らない。そういうこともあってか、義弟夫婦は式後、一度も二人揃って寄り付かなかったのだが、今日の夕方、二人揃って訪ねてきた。今日は久しぶりに、カースケの帰宅も早かったこともあって、急いでチラシ寿司作って、実家の姉が昼間持ってきてくれていた食材で、天ぷらなど作って、親宅でみんなで食事を囲もうということになった。しかし、舅も姑も義弟夫婦を無視、姑なぞ、うちの娘に「これ食べる?こっちがいいね。ママお料理上手ねぇ、ママがお料理上手だとパパも菜豚子も嬉しいねぇ、おばあちゃんも嬉しいよ」などと言うが、義弟夫婦には一言もない。仕方なく、カースケが義弟夫婦に色々と話をしていたところ、義弟が「あのさ、家賃、今月払えない。月1万円の家賃なんて無理。それとさぁ、義姉さん、おせち作るんでしょ、買っても高いから、適当な弁当の折でいいから詰めて持ってきてもらえませんかね、一応、友達来た時とかの為に置いておかないと体裁つかないでしょ、だからお願いします。こいつ料理下手でねぇ、不味くって食えないんだ」呆れて、何も言えないでいると、義弟嫁が「私、本当に料理下手で、結婚する前は親が作ってくれてたし、本も買ったんですよ、だけどなんか出来なくて。だから、毎日、スーパーに夕方買い物行くんです。そうしたら、お惣菜が50%オフとかで出てるんです。結構お得な買い物なんですよ」毎日惣菜買ってくれば金も無いだろうな、しかし1万円も出せないでやっていけるのかね、この夫婦・・・舅は憮然として立ち上がり、姑は、娘に「菜豚子、おばあちゃんとお風呂はいろうか」とそそくさと立って行ってしまう。ジジィのやろう、ここでいつものグジグジケチ講釈を始めればいいのを、こんな時はいいやしない。しかし、義弟夫婦は、当然のごとく、料理を全部たいらげ、やっぱ手作りは美味しいですね、なんて言って帰る始末。あの舅の息子だから、金に汚い性格だとは思ってたが、ここまで図々しいバカだとは思わなかった
2005年11月26日
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娘の菜豚子は幼稚園での出来事を帰宅してから座り込んで話してくれる。今日も、帰宅後、着替えたと思ったら、座り込んで、ママおやつぅそして、話し始めた。今日はラーメンのお歌を習ったらしい。♪焼き豚いれて、チャーシュー入れて、いただきます、チュルチュル、おごちそうさま♪・・とご機嫌よく歌っていた。そこへ、私の実家から両親が来た。いつも運転してくる姉が今日は、用事があって来れなかったのだ。私の実家へ行くと、私と違って料理上手の姉は、菜豚子にも色々と目先の変わった料理を食べさせてくれるし、ミニミニフランス料理、ミニミニ懐石と称する、綺麗な飾りつけで食べさせてくれるから、娘は私の姉が大好き。私が姉に、「ネェちゃん」というものだから、伯母である姉に対し、娘も「ネェちゃん」と呼ぶご機嫌なところへ、大好きなネェちゃんが来てない、そこで娘は今からあっちのおうちへ行く、ネェちゃんのラーメンは美味しいんだもん、だから行く「今日は今からパパ帰ってくるから、菜豚子いないとパパ淋しがるから、また今度行こう」と誰がなだめてもダメ。じゃあ、ネェちゃんに電話して今度来てもらおう、と電話した。電話口で娘は「ネェちゃん、ラーメン一つ配達してください」ガチャンあんたなんて事ネェちゃんに言うの・・・すぐ折り返し電話して理由を話したら、姉が直接菜豚子に姉「ごめんね、菜豚子ちゃんが日曜に来ると思ってたから、今日はラーメン作れないの。」娘「今日、幼稚園でラーメンの唄習ったから、みんなで買っちゃったんだ、うん日曜日にラーメン食べに行くね」よくわからない妙な理由で今回は諦めてくれたが、日に日に知恵がつく2歳児よ、頼むからママはジジィとの戦いだけで大変なんだ、君まで屁理屈言わないでくれ
2005年11月25日
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我が家には犬はいない。しかし、旦那の妹(現在アメリカ人と結婚してアメリカ在住)が置いていった、熱帯魚が親宅のほうにいる。うちの娘は、その熱帯魚を見ては、大きな声で「お魚さんはご飯食べないネェ」と叫ぶ。なぜなら、舅が、菜豚子に、「釣った魚には餌をやらないでよい」などと、非常にアホなことを話してくれてるからである。ケチタレ舅もアメリカにいる娘からまでは、餌代を徴収してないらいしいが、その代わり、餌も極端に少なくしかやらないらしい。しかし、今日、娘が幼稚園から帰ってきてから、舅・姑がいる前で、「ねぇどうしておうちはワンワンいないの?向こうのバァバのうち(私の実家)にはワンワンいるのに」「向こうのおうちにいるからいいじゃない、遊びに行った時、おやつあげれるし」「むこうのおうちには、ワンワンもいるし、リスもいるのに、うちは魚だけだよ」そこで舅が「菜豚子はまだ小さいから犬は無理だよ」娘「もう赤ちゃんじゃないもん、おしっこだってきちんと出来るもん」姑「ワンワンほしいの?じゃあ、おばあちゃんがクリスマスプレゼントでかってあげようか」娘「うん、ワンワン欲しい」舅「でも、犬はメシ食うもんな」そこで娘が一言「おじいちゃんはメシ食わないの?」あとは、姑の高笑いの声が響いてた
2005年11月24日
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今日は朝から子供を連れて実家に帰ってきました。他県に住む兄貴が、甥や姪を連れてきてたので、子供達は1日中、実家の家の中を走り回り、犬には何度もおやつをやり、リスには何十個とピーナッツを与え、子供達は満足しまくって実家を後にしました。そこまで平和だった。帰ったら、舅が相変わらず、庭にいて、「(実にイヤミな言い方)今日は泊まってくるかと思ってたよ」「菜豚子の幼稚園も明日ありますし、カースケも帰ってくるんで」「一晩泊まれば、その分、光熱費も浮くし、あんたも食費もかからず済むのにな」「どちらにしても、カースケの食事作らないといけませんから」「あのな、陽菜子さん、うちのバアサン、年末年始もパートの休み無いそうなんだ、あんたら、どこか旅行でも行くのか」「いえ、カースケも仕事はいるかもしれませんし、今日聞いたら、来年3月頃兄が転勤らしいんです。だから、今度のお正月は兄がまた一家総出で、帰ってくるそうですし、姉もお正月準備大変ですから、私が手伝いに行って、うちの御せちも実家で作ってくることで、今日話してきたんです。」「あ、そう。じゃあ、うちから重箱持っていて、一人分詰めてきて」「は?一人分ですか?」「うん、ばあさんは仕事だし、カースケの弟のトータローも今年は、結婚して新所帯持ったから、私が一人食べる分あればいいんだ。だから、あんたの実家のでいいから、重箱に詰めてきて」「あの・・・お義母さんだって、元旦はお迎えになるから、お屠蘇も召されれば、朝からおせちも召されるんじゃないですか、それにトータロー君夫婦もご挨拶にお見えなるでしょうし、そんな時はどうされるんですか?」「トータローは弁当でも買ってくるだろうし、バアサンは、仕事行く前、そんなもん食わんだろ、とにかく私の分、一人分頼むよ」なんで、私の実家のおせちをあのクソジジィに食わせる必要があるかっての。それ以前に、次男夫婦が年始の挨拶に来たとき、弁当もってこいって言うの?そして、姑にはいったい何を正月早々、食べさせる気?今年の正月までは、姑がパートに出てなかったから、どこかのおせちを取ってたような感じがしたけど、あのクソジジィ、金のかからない方法見つけたぐらい思ってるかしらないけど、誰がそんな事してやるものか
2005年11月23日
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明日、実家に娘連れて行ってきます、って、言ったら、舅が「何しに行くの?」「姉にカレンダーの作り方の相談とか、色々ですね」「ふぅん、ガソリン代かけて、わざわざ、ご苦労なこった」「お義父さんにガソリン代の心配していただかなくても・・・結構です、こっちの町より実家のほうのスタンドが安いんで、カラで転がして、満タンで帰ってくるんです。そのほうが安上がりですから」「ガソリンもね、買ってきてもらえるといいんだけどね。義理ってものもあるからね、ご近所でいれないとね」こっちの行動に一つ一つケチつけるけど、舅が、1円安いガソリン求めて、私の実家の近くまでガソリン入れに行ってる事を私は知っている。わざわざ、ガソリンだけ入れに行くアホな舅。月末近くなってきたから、舅の金がナイ病がそろそろ始まるけど、私は高みの見物と行くんだ。
2005年11月22日
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実家の母は、腎臓があまりよくなくまた足腰が悪いので車椅子生活です。腎臓があまり良くないので、同居してる姉が水分量、食事のレシピ、体重などを毎日チェックしながら過ごしてます。今日は、旦那のカースケが休みだったので、私の実家の両親を近場の紅葉見物に連れだそうと言うので、娘も幼稚園お休みさせて出かけました。行った先が、車椅子は使えない石畳と階段、母は最初、下から見てると言ってたのですが、孫の菜豚子が、手引いてあげる、と言うので、母はポッツリポッツリ歩き出しました。時間かかったけど、少しずつ歩いて見て回れたんです。そんな母を見て、旦那のカースケ曰く「俺、オフクロは世話するかもしれないけど、親父は知らない。いや、出来ない、親父が杖ついて歩いてても、手なんて差し伸べないよ」カースケは三人兄弟で、カースケ・妹・弟。真ん中の妹娘、結婚して隣の市に住んでるけど、この妹にはケチタレジジィもかなり金をつぎ込んだらしぃし、また現役で働いてる間は、毎月、義母に隠れて仕送りもしてたらしい。私が、「娘に見てもらえばいいんじゃないのぅ」カースケ「あいつは、調子いいから知らん顔だよ、親父から金取れなくなったら寄り付きもしないだろ、でも、俺は絶対に知らない」そんな私達夫婦の会話を聞いていた母が、「ね、だから早めに別居しなさい。人の心の分からない人と暮らしてるとね、自分が辛いよ。なんだったら、菜豚子連れて帰っておいでよ」それにはカースケも慌ててたが、舅だってすでに60過ぎてるし、老人介護は考えること多い。今日はその後、99歳になる、私の祖母、現在入院中の母方の祖母を見舞いに行ったら、バアチャン、カースケと菜豚子は分かる。カースケに、あんた、うちの孫の婿やったなぁ、菜豚子には、ひ孫やぁ、と目細めてたけど、私と母には、どちら様でしょうか?父には、おたく新しい看護師さんかぁ?夕方、帰宅して親宅に一声掛けたら、姑が「お寿司取ったの、一緒に食べようと思って待ってたよ」まさか、うちの分払えってんじゃないだろうねぇ?ってカースケと言いながら行ったら、舅の前には、ホカ弁の包み、そしてテーブルの真ん中にドーンとスシオケ。私「なにごと?」姑「うん、とんかつ弁当買ってこようかな、って言うから、じゃぁ二つって言ったら、自分のとんかつ弁当のトンカツを2枚にしてもらったんだって。だから、この人はトンカツ弁当、私はあんた達と寿司でも食べようと思って寿司取ったの。今日は私のオゴリ」先々、姑が先にいなくなったら、本当に大変だ。やっぱその前に、別のところへ移り住もう
2005年11月21日
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先日、舅から頼まれた年賀状を印刷しおわって、持っていった。前の晩、旦那のカースケ君が、インク代もらえるように俺から言っておくね、と言ってたが、当てにする気はなかったが、そこは義理人情、普通の人なら、済まないね・・・の一言あってもいいものだが。しかし、うちの舅は、自分がカネを出すという事に関しては全く持って異常な人そんな舅が、息子からちょっと言われたぐらいで、インク代いくらぐらい・・・なんていうはずが無い。それでも持っていった。舅は留守だった。カースケの弟が先月挙げた結婚式の費用は親が出すものだ、びた一文出すものか、と、葉書送ってきたらしい。まぁだ、支払ってなかったのかよ、もう1ヶ月だぜ。思えば、カネ・カネ・カネの舅はあの結婚式以来、余計に金にうるさくなってるのだ。姑に、出来上がった年賀状渡して、娘がお昼寝中なので、すぐ戻ろうとしたところ、姑が「ねぇ、陽菜子さん、菜豚子こうやって写真で見ると一段と可愛くなったねぇ、おネェちゃんになって・・・陽菜子さん、ついでだから、菜豚子で来年のカレンダー作ってよ、作り方わからないなら、実家のお姉さんに聞いてもらえば、お姉さんご存知でしょ」「はぁ、私でもマァマァわかりますけど・・・ところで写真はどれがいいですか」「うん、任せる、菜豚子をドーンとドーンと大きく引き伸ばして、一枚ものと、毎月のと、卓上のと、3種類作って」「はぁ少しお時間戴きますし、私、プリンタがA4対応なので、大きなのとなると実家の姉に頼まないと・・・」「あぁそうそう、昨夜カースケが言ってたけど、インク代がいるんだってね。お姉さんに幾らいるか訊いてもきっとお姉さんの事だから、遠慮しておっしゃらないでしょうから、これ持っていて、渋柿。干し柿にするといいわよ」インク代は渋柿かよ、結局、姑って舅とは同じ穴のムジナこれはアフィリエイトで見つけた干し柿、ギフトにいいですよ。いまだけの販売だし、価格もお安くなってます▽【12】フルーツ(2)▽≪05お歳暮≫【JA南信州】市田 干し柿(農家手詰め) 送料込み
2005年11月20日
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金勘定ばかりしてる割には万年金欠病の舅、来月の年金の日までカウントダウンを始めた。しかし、姑はパートで働いてるので少しばかりのボーナスがある。そんな姑が、我が家の娘のところに来て、ボーナス出たら、向こうのおばあちゃんも誘って、動物園行って、帰りにチョコパフェ食べようね、と話してた。娘は現在2歳ちょっと、大きなチョコパフェは食べるの精一杯だが、大人たちが食事する間、必死に黙々と食べるのが彼女の最大の外食なのである。【送料無料お歳暮】「神戸御影アランカスケビッチ」デザートアイスご機嫌になって、娘は私の携帯を持って実家の母に電話してキャッキャッ言って喜んでたときである。舅がいつのまにか、来ていて、「フン、いいな、給料取りさんは。年寄りは哀れだね、どこも行けやしない。年金でなきゃ何もできゃしない。」イヤミをこぼして、とっとと帰った。ムカァと来て、子供が喜んでることにそういう言い方無いだろうと思い、立ち上がったら、姑が、「今日こそ我慢ならぬ、えぇくそ、年末も近し、忠臣蔵の季節じゃぁ」と叫ぶや、親宅のほうへ行って、あとはまたホウキ折れるまで戦ったみたい。娘の菜豚子曰く、また、おじぃちゃん、おばぁちゃんに叱られたね。
2005年11月19日
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年賀状の季節。実家にいた頃は、姉が色々なデザインで色々な文面で作ってくれてたので、それに黙って?色々注文つけて甘えてた。自慢じゃないけど、実家の姉、実姉ですが、何でもできる人、だけど、仕事も母の看病も完璧にできるけど、それが元で身体壊しかけてる。結婚してからは、姉にも頼めないし、旦那のカースケはネェサンに頼めばタダでしてもらえるよ、って言ったけど。結婚した年の暮れは、結婚式の写真を入れてお店に頼んだ。その後、娘が生まれてからは、娘の写真入年賀状を親戚関係に送って、カースケの会社の人なんかには、一般的なデザイン年賀状を作って送るようにしてました。今年も我が家の年賀状のデザインはほぼ決定、ちょっとした補正と点検を実家の姉が今度来たとき見てもらえば、あとは娘が幼稚園行ってる間に印刷のみ。実家の父の年賀状が、毎年、うちの娘や兄のところの子やら、孫の顔写真館年賀状をこちらの舅・姑宛てに送ってよこす。きっと姉の仕業に違いない、親父がそんなことできるはずが無いから。それを毎年見てるせいか、今日の舅、えらく機嫌がいい、64MBのスマートメディア3枚持ってきて、「陽菜子さん、パソコンで写真をいじれるかいな」「写真の編集ですか?」「うん、あのな、年賀状に僕と菜豚子2人並んでる写真載せたいんだよ」「お義父さんと菜豚子のツーショットで・・・ですか」「うん、あんたのところのお父さんが毎年送ってくれるみたいなの、今年はあれでいこうと思って、あと簡単でいいから文面も少し作ってくれんか、それとちょっとしたイラストもな」しかしSMの写真、うちの娘も1枚とて正面向いてる写真がないし、舅の顔ときたら、新聞の社会面に掲載されてる顔写真みたいな写真ばっかしで、これをどう編集しろってんだ。それでも苦心惨憺、やっと幾つかの文例、写真例、背景例、イラスト例を作って持って行ったら、この背景にこれを組み合わせてこれで誰さんに・・と始めたんで、CDとSM渡して戻ってきて30分後、舅が古ぼけた住所録と葉書とさっき渡したばかりのCD持ってきて、「住所録に背景とか写真とか文例とか全部シルシを付けといたから。住所ね、あんたも知ってるだろうけど、住所表記が市町村合併で変更になってるけど、そんなのパソコンが勝手にやってくれるだろ」「あの、表も裏も私が印刷するんですか?」「頼むわ」こら、ジジィ、どんな優秀なパソコンだっててめぇの古ぼけた住所録データが入ってるはずないだろ。あのジジィは、アメリカに嫁に行った娘とメールのやり取りするってTVショッピングでパソコンとプリンタのセット買ったけど、いまだに、プロバイダには入ってないって話しだしなぁ。何せ、初めてFAXが家に来たとき、何度やっても紙が出てくるって相手先に何十枚も同じ内容のFAX送った経験があるってジジィだからネェ。しかし180枚の葉書印刷させられたら、私のインクカートリッジが減るだろう
2005年11月18日
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毎週木曜日に必ず見る番組が、今秋、私にはあるんです。木曜日のその番組を見るときは、姑が私の家に来て番組見るんです。最初にその番組の放送のあった日、舅と姑は夜中2時近くまで近所はばかることなく、すごい喧嘩してましたから。それ以来、姑は我が家に来て番組を見てるんです。姑は、これはドラマだけど現実はもっと厳しいだろうけど、来年になれば年金も半分要求できるし・・・と意味深な発言しつつも、菜豚子と離れて暮らすなんぞ考えられないとうちの娘を可愛い、可愛の状態。ただ思うのだけど、旦那の親夫婦が離婚したとき、この二世帯住宅の舅姑宅の方に姑が残ったときはまだましとしても、舅が残ったときは、私、絶対にやぁだ。しかし、そうなったときは、お義父さんの食べたご飯作るにかかった費用がいくら、米がいくら、魚がいくら、光熱費がいくら、って、やってやるのもたのしいか!何せ、姑の話では、先月末結婚した旦那の弟夫婦が、実家に忘れてる本を新居に送ってくれと電話して頼んだら、舅は、その本を宅急便にして近所の宅急便の営業所まで持っていったガソリン代と称して、125円の請求書を同封したらしい。結婚して新しい家庭を築けば、実家は全くの他人?他人でも、歩いて5分もかからない宅急便の営業所に自分が車出して、そのガソリン代って請求はしないでしょう。ふつうならね。また、そういう行動をする旦那に意見できないのか、もう意見したくないのか、姑もあのジィサンには心底、うんざりなのかも。姑が、今年のクリスマスは楽しくしようよ、と、言いながら、眺めてた、クリスマスイルミネーション。電気代は・・・のイヤミが始まるから、うちのほうで飾れってことなんだけどね ↓シルエットライトクリスマスイルミネーション★いつも一緒♪サンタ&スノーマン★ツインベル ★大型平面型★ 【飾りつけ簡単!イルミネーション屋内屋外OK】トナカイセット(4トナカイ+ソリ) ★立体型★ 【飾りつけ簡単!イルミネーション屋内屋外OK】明日、旦那のカースケ君が帰ってきてから、菜豚子と三人で話し合ってから我が家は決めるんだ
2005年11月17日
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我が家の娘、菜豚子、少し反抗期。それでなくても舅・姑と日々戦ってるのに、娘とまで戦わされちゃママはたまらない。そこでママは 別に昼間から飲んでるわけじゃありませんが・・・菜豚子は今朝は何故か機嫌悪ぅ。朝から、このズボンはイヤ、このシャツはダメ、靴下はこれもイヤあれもイヤ。挙句に幼稚園行かないィィィ「どうして幼稚園行かないの?お友達と喧嘩したかな」「喧嘩した」「誰と喧嘩したの?」「喧嘩なんかしないよ、みんな仲良し」「じゃ幼稚園行こうよ、ママが今日はおんぶしてあげるから」「うん、いく」単純な娘でもあります。行ってしまえば、元気に帰ってくる菜豚子。今日は幼稚園でこんな事があった、あんな事があった、とお話しながら帰ってきます。ちょうど今日は、買い物帰りになった姑と一緒に帰路についてました。姑が、少し早いけど、クリスマス用にとキャンドルを購入してました。私は、これを見てたんですけどね・・・・そのキャンドルを見た菜豚子「クリスマスはママとパパとこっちのおばあちゃんと、ママのおうちのジィジとバァバとネェちゃんとでしよう」私「菜豚ちゃん、おじぃちゃまもお誘いしないと・・」菜「おじぃちゃん、お金かかること嫌いだよ、またこのケーキはいくらしたぁって言うんだよ」姑「菜豚子、あんた偉いねぇ、あんたぐらいストレートで物言えたらねぇ」菜「おばぁちゃん、言えないから、おじぃちゃんをホウキで叩いてたんだ。あのね、パパがホウキは人を叩くものでなくてお掃除で使うものだって」わが子抱えて走り出したい心境の私、娘はそんな事かまわず、姑に、ホウキで叩いたらおじぃちゃん痛いって泣いた、なんて聞いている。帰宅後娘にお昼寝させながら、「おばあちゃんがホウキでおじぃちゃん叩いてたなんて、幼稚園で言わないのよ」娘曰く「うん、叩いたなんて言わないよ。お友達にはホウキ壊れるまで殴ったってお話したの」娘のお昼寝布団を熊さんでなく、もっと穏やかな小動物にするべきだったか・・・
2005年11月16日
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日々、二世帯住宅で舅とにらみ合ってるが、姑とは結構気楽にやってる。今日は娘の数えの三歳の七五三。まだ満では2歳8ヶ月。しかし、予定日より1ヶ月早く生まれて、生まれた時は2120gしかなかったが、いまでは13キロ。要するにブタ子ちゃん。神社でのお参りは今月初めに早く済ませてたけど、今日は通ってる幼稚園で七五三のお祝いがあるので、姑と行って来ました。私も姑も今日はウルサイジイヤン(舅)が留守なのでTV見てたかったけどママとバァチャマ来てね、って言うんで、二人で出かけました。幼稚園に行く道々姑が、「陽菜子さんごめんねぇ、うちのクソジィがうるさくてねぇ」「少しは慣れましたから(苦笑)」「頼むから菜豚子連れて出ていかないでね」「(無言)・・・」「出て行くなら、クソジィ追い出すからさ」情にほだされるんじゃないけど、姑にそう言われるとちょっとキツイそうしながら、幼稚園到着大きくなった我が子の姿をビデオに撮って姑と大きくなったものですよねぇ早いですよねぇ、なんて話をしておりました。娘の通う幼稚園は2歳児から預かり保育してくれるんです。最初、姑のパート先の人が教えてくれて私としても家で私と二人で毎日過ごすより、同年代の子供との交流の時間を増やしたがいいと思い、そういう場所を探してたので、旦那のカースケ君とも話していれたんです。お弁当とトレパンマンをリュックにいれて、最初の1日目はママァって入り口で言ったけど、二日目から、ママ、バイバイ、でした。その幼稚園行かせ始める時も舅は、金はいくらかかるんだって言ったな・・そんな事考えながら、姑と幼稚園から帰り道、姑が、「儀礼ってバカに出来ないよね」「どうしてですか?」「だって菜豚子が生まれる前、貴女が妊娠した時、あのクソジィが帯祝いなんぞせんでいぃ、陽菜子さんが病院で腹帯の巻き方教わればそれで事は済むって言って、貴女の実家のお母さんが烈火のごとく怒ったよね。貴女の実家が全てお膳立てしてくれて、そしてお寿司食べるときだけクソジィ、当たり前の顔で食べてたよね。あんな事あったから菜豚子、1ヶ月も早く生まれたんだよ」「でも、今じゃ元気に育ってるし、身長はともかく横幅はクラスで一番ですよ(苦笑)」「でもね、菜豚子、今にジィは嫌いって言い出すかもね、その時さ、あのクソジィにザマァミロって二人で笑ってやろう」あまり当てにしないでおこう、姑は、これで結構、舅側の人間だからなぁ
2005年11月15日
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日々、旦那の親と戦ってる私ですが、私には旦那のカースケ君と娘の菜豚子がおります。そして、私の生まれたおうちには、天然ボケの父と少し身体の悪い母、そしてその母を看病シィシィ仕事する姉。ちなみに姉は独身。カースケ君が、お母さんを旅行へ連れ出そう、と言い出したのは今年の9月私は最初、カースケが自分の親を連れて行く・・・と思ったら、日ごろ、なかなか遠出できない私の親を連れ出そうとのこと。その後、母の入退院もありましたが、我が家3人と実家の親子3人の計6人で山陰・山陽をぐるっと回ってきました。以前は、車椅子の母の膝の上専門だった菜豚子が、バァバのブゥブ押したげると後ろに回ったり、リハビリ中の母がバリアフリーでない場所では立って少し歩いてみたり、日々、カースケの親と戦う私にとってもちょっとだけ心の洗濯できました。実家の父はとても能天気。姉は母のことを案じるあまりとうとう結婚せずまもなく大台、そんな私の実家のことをカースケ君はいつも心配してくれます。しかし、カースケの親父は、金・カネ・かね、いっつも言ってる。カースケ曰く、いいんだよ、あいつはね、バカだから。息子からそこまで言われる親というのも哀れなもので、せめて自分が菜豚子から、そんな事言われないような親でいないと。
2005年11月14日
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今日は実家の母の診察日。腎臓の悪い母を病院へ連れて行くのだ。母は車椅子生活で父と私の姉と三人暮らし。姉は母の看病もあって結婚せずに過ごしてる。だから、通院ぐらいは私が車を出すのだ。母の健康状態は良好というとおかしな話だが、落ち着いていて、お医者様もにこやかな顔で診察された。明日から予定している旅行もOK病院終わってから、母と姉と買い物などして、母を送り届けて帰ったら、舅が「お母さんの病院?老人ってバス代安くないの?ガソリン代出して車で行くよりバスが安くない?」「母は足が不自由なんで車椅子使ってますから」「旅行行くんでしょ、旅行出来るなら安いバス使えばいいのにね、車椅子の人がバス乗ってたら、世間の人が親切にしてくれるんじゃない。それにね、バス使えば医療費控除の対象になるよ」舅のやろう、言うだけ言ってさっさと立ち去る。このクソジジィ、てめぇにガソリン代なんぞ1円ももらってないんだから、余計な口だすな。
2005年11月10日
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何かと口うるさく金・金・金・金勘定の舅どうやら先月末に結婚した次男の結婚式の費用のことで頭が痛いらしいだからってこちらに八つ当たりされてもね、知ったこっちゃないっての親戚からは料理が不味い、式場の場所が分かりにくい、引き出物のカタログの商品が悪い、と、評判悪い結婚式だった上にうちの旦那の弟である次男が式後、全く実家に寄り付かないのも腹立ちの原因らしい。そんな事私は知るかと思い、娘を幼稚園にやって買い物して帰ってきたら、舅が、庭先でブスっとして立っている。「陽菜子さん、あんた、金はね貯めるものだよ。それが嫁の勤めだよ」「ご心配なく、貯金もしておりますから」「全くもう、つまらない嫁をもらうと困ったものだ」「あらぁ、それって私のことですの(怒)」「いや、あんたじゃない、うちのばあさんと次男の嫁のことじゃ」「あらぁ、そんな言い方してはお義母様がお可哀想(フン)」「嫁をもらい損ねると金に苦労する」背後に人の気配がして振り返ると姑が烈火のごとく怒り狂った顔で「じゃぁかぁしぃ。てめぇの稼ぎの悪さと無駄遣い棚に上げててめぇの出世が遅かったから年金だって少ないんだろうが・・・金、金言うなぁ。このドアホ。陽菜子さん、亭主のもらい損ねはね、年取ってからまで苦労するよ」2時間ぐらいしてから、親宅の玄関見たら、折れたほうきが投げ捨てられていた
2005年11月09日
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二世帯住宅に住む私。結婚と同時に亭主の親が家を改築して二世帯住宅にしてくれたはいいけど何かとうるさいし、二言目にはこんな安い家賃で・・・とこんな片田舎でヤカマシィンジャ昨日も娘が咳き込むので、実家のある隣市の総合病院の小児科へ連れて行った。幸い、ただの風邪。娘も比較的元気、ホッとする私に、舅が、ガソリン代やら交通費が勿体無い姑は、近所の医院でも良かったろうに・・・それから二人で延々と金がもったいない、モッタイナイ、金・金・金挙句には娘の病院の託けて、実家へ寄ったこともグズネチグズネチいいんですよ、お義父さん、お義母さん、あなた達がどんなに具合悪くなっても最新の設備の整ってる総合病院なんて診せに連れて行ってあげないから近所の待合室の破れ椅子の診療所に連れて行ってあげるから。だってガソリン代も交通費も勿体ないんでしょ、タクシーなんて乗せてあげない。足が痛かろうと膝が痛かろうとどこまでも歩けってんだ
2005年11月09日
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