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ふたりの小学生のお嬢さんを持つ職場のスタッフに「どうしたら子どもが自主的に勉強するようになるんですか?」と質問された。ワタシが勉強しなさいと言わない母親だったというコトを知っている彼女はだからといって勉強しない子どもに何も言わないとますます勉強しないんじゃないかと不安になるのだそうだ。結論から言うと勉強することが大嫌いだったワタシはふたりの息子たちに自分と同じ思いをさせたくなくて『勉強は楽しいものだ』というイメージを与えることに努めたというのが答えなのだろう。足し算を習ってきた頃にはワタシとどっちが早く計算できるか競争してギリギリで勝ったり負けたりして「もういっかいやろう!」と何度も繰り返したくなるようにしたり新しい漢字を習ってきた日にはわざと思い出せないフリをして「お母さん忘れたの? こうやんか!」と自慢気に書いてみせる息子にへぇ~!スゴーイ!と感心してみせたり。オンナは女優よん ( ̄v ̄)低学年のときにしか使えない手だったが低学年のときにインプットされた『勉強ってオモシロイ』というイメージはその後も変わることなく学年が上がるにつれ ワタシが勉強の内容に触れることが無くなっても特に単純な次男ポチなんて競争相手をトモダチに変えてゲーム感覚で勉強していたように思う。その単純呼ばわりの次男ポチくん今は予備校講師のバイトをしており中学生の英語を教えているらしい。英語はたくさんの単語を覚えるのが一番の基本であり 一番大切なことというのを実感している彼はスペルの覚えにくい単語があると生徒さんに「僕が10秒数える間に〇回書いてみて!ハイ、い~ち、に~、さ~ん・・・」と大急ぎで紙に綴らせ「10秒経過~!ブッブー!残念でしたぁ!じゃあもう一回やらせてあげる。いい?数えるよ?い~ち、に~、さ~ん・・・」とゲーム感覚で何度もチャレンジさせるらしい。「そうすると スペルを意識しなくても自然とその単語が書けるようになるねん」勉強は 遊ぶが勝ち生徒への教え方は特にマニュアルなども無いらしいのでまずは勉強が楽しくなるように教えているらしい。自分もそうだったからと。←ちょっと嬉しいオカン
2012年05月31日
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先日 長男チロの大学の学園祭でジャズサークルのライブがあった。去年チロはウッドベースをローンで購入しバイト代で返済していくハズだったんだが4年生にあがったとたん研究室が忙しくてバイトができなくなった。『働き出したら返す』という約束で残りのローンを肩代わりしてやっているスポンサーとしては聴きに行く権利がある。トイチで計算しといたるからな高校時代のバンド仲間K君を誘い息子のベースの音を聴いてもらいたいと思っていたのだが残念ながらK君の都合が悪くなりひとりで出掛けることになった。K君、また秋に一緒に行こうね 息子の学園祭に保護者がそれもひとりで入って行くのはちょっとばかし勇気がいる。いかにも保護者という格好で行くと特にライブ会場の中では浮いてしまい『あれ誰のお母さん?』なんてコトになると「コレ僕の親♪」なんて友人に紹介してくれる次男ポチならともかく昔からワタシの存在に気がついたとたん背中いっぱいに「声かけてくれるな」というオーラを放つヤツなんでできるだけ学生の中に紛れようと明るい色のチュニックにスキニージーンズという精一杯の若々しい服装で学園祭に賑わうキャンパスに向かった。焼きそばやチュロスを売る模擬店の前では大きなプラカードを持った学生やオモシロい被り物で目立つ学生たちが「いかがっスか~っ? 旨いっすよ~!」などとハリキって叫んでいる。なんとか買ってくれないかと歩いている来場者を取り囲んでの客引き合戦なんかも大学生の経験が無いワタシにとっていくつになっても新鮮な経験でありましてや この歳になってから大学生に囲まれ声をかけられるという非日常的な このひとときはいつも職場で若いスタッフ相手に年齢自虐ネタで笑いを取るオバサンにとって日頃の傷を癒すイベントでもある。派手に飾り付けられたアーチをくぐり模擬店の並ぶブースに足を踏み入れると一番手前にあるヤキソバの店から待ってましたとばかり男子学生が飛び出してきた。プラカードを胸に抱いた その顔を見上げるとなかなかのイケメン君である。いやぁ やっぱりええわぁ。今日は年齢を忘れて過ごそうっと イケメン君はワタシの背丈に合わせて少しかがんでプラカードを揺らしサワヤカな笑顔で白い歯を見せた。「オカーサン!ヤキソバいかがっすか!」秒殺で現実に引き戻されそしてやっぱりオバサン自虐ネタに。あまりの衝撃に「あんた産んだ覚えない!」と返すことさえできず。←しっかりしろー!傷は浅いぞ!
2012年05月29日
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新キャラ・ダンナ従兄とは約20年ぶりの再会に酒がすすみ 義弟が姪っ子を連れて単身赴任でひとり暮らしている都内のマンションに帰り ダンナが疲れと酔いでソファで寝てしまってからも 「焼酎のお湯割り梅干入り、どお?」「おっいいねぇ~♪」ふたりで深夜まで盛り上がった。翌日じゃあせっかくだからとダンナ・従兄・ワタシの3人でいざ 東京スカイツリーへもちろんワタシたち夫婦もハジメテ。もうね。 楽しかったぁ。 当日はちょうど プレオープンで展望台に登るには予約が必要なので外から眺めているだけだったが飲食店や雑貨店が並ぶ話題の『ソラマチ』には入れた。それほど混雑もしてなかったし ラッキー♪到着早々、人懐っこい従兄が近くの交番のおまわりさんに話しかけどこかビュースポットはないかと尋ねるとスカイツリーの近くを流れる川にかかる橋から川辺に反射するスカイツリーを眺めることができ『逆さツリー』と呼ばれているとの情報をゲット。まずはその【十間橋】を目的地に決めた。途中 川沿いの道を歩いていると腰ほどの高さの位置にチョコンとカーブミラーが設置してある。噂で聞いたことのある『スカイツリーとツーショットが撮れるミラー』(鏡に自分を映すと背後にスカイツリーがおさまりひとりでも記念撮影ができるというスグレモノ)なんじゃないのと田舎者の3人は興味シンシンさっそくダンナが挑戦してみたが鏡にカメラを向けると 当然カメラが鏡に映り込みカメラを外そうとすると今度は鏡を狙うのが難しくなる。「僕が後ろから撮ってあげる」とダンナ従兄が提案するも背後でカメラを向けるそのポーズが怪しいオヤジに見えてしまいワタシがゲラゲラ笑って NG「もういい! 自分でやってみる!」鏡に映る自分にカメラを構えるもやっぱりこれは相当難しい。悔し紛れに「別にカメラが写ったっていいもん。そういう風に撮った記念やねんやから。」堂々と身体の横にカメラを構え「ハイチーズ♪」 ひとりでつぶやいて撮影成功。「ほーら。キレイに写ってるやん♪」鏡の中で微笑むワタシの陰になってスカイツリーが写っとらん自分を写すことに夢中になって肝心のスカイツリーが写ってない。ただただ カメラを持って微笑むオバサンがそこにいた。←「十間橋」の逆さツリーも綺麗だった
2012年05月24日
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先週末 義父の三回忌法要があり義弟と姪っ子が来てくれたのに加え九州の親戚のひとりで今は東北地方に住むダンナ従兄がシゴトで葬儀に行けなかったからぜひ出席したいと連絡があり我が家に泊まりがけで来ることになった。この ダンナ従兄今年の正月に突然 20年ぶりくらいに『いまひとりで車を運転して九州に来ていて帰りに叔父さんの墓参りがてらそっちに寄るので泊めてくれないか』という内容の話を九州弁なのか東北弁なのかよくわからない独特の訛りに加えアルコールが原因とみられるロレツのまわらない口調で電話してきた。ワタシはこの従兄とは面識もあり気も遣わないタイプなので「どうぞどうぞ いつでも寄ってくださいね」と快く返事はしたものの当時は次男ポチのセンター入試の直前。「風邪の菌持ってくんなよー」と内心ハラハラしていた。ところが布団カバーを新調し正月返上で部屋の掃除をしたにも関わらず待てど暮らせど従兄からの連絡がなく結局 あとで聞いた話ではそのまま東京を通り越して東北に帰っていたというお騒がせエピソードの持ち主である。 「今度はちゃんと行くから」あたりまえである。目的地のウチを通り過ぎてどこに行くんやっちゅうねん こうして昔と変わらず飄々とした雰囲気のダンナ従兄は約20年ぶりにワタシたちの前に現れた。新幹線に乗り遅れ三回忌法要に30分遅刻して。変わっとらん 変わっていたのは遠慮がちになった頭髪くらいか。遠慮のないダンナと義弟にイジリまくられていた。←法事準備に忙しくて更新途絶えてました;;;
2012年05月21日
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念願の大学生になった次男ポチ もうご想像通りです。はい。毎日それはそれは楽しいようでキャンパスライフを満喫している。 サークルはいろいろ迷ってやっぱりまたテニスを始めることに。 テニスサークルというのは名ばかりの飲み会ばかりするナンパな いわゆる『飲みサー』というヤツでなくガチでテニスをするサークルだそうでまだまだ左腕が不安なので転倒には気をつけながらもボチボチと身体を動かし始めている。新入生歓迎会の時期は何回歓迎するねん というくらい何度も集まりがあったようで「今日も夜ゴハンいらないから」 と出て行っては終電帰り。新しくできたトモダチのアパートに泊まる日もだんだん増えてきた。大学の近くでひとり暮らしのキミヤツはしまいにマイ布団を持ち込むぞ気ぃつけなはれやっ!サークルの先輩方にはもう何度もごちそうになっていてなんだか可愛がられているようですぐに名前も覚えてもらったそうだ。たくさんの新入部員が入ったのにあんたってよっぽど目立つんやなぁまた脱いだりしたんちゃうやろうな(↑入学早々脱いだヤツ)「あのね。先輩と知り合ったときはその先輩の特徴やニックネームの他にちょっとしたエピソードなんかを自分の携帯にメモしとくねん。」そして次にその先輩に逢うときは事前にエピソードを確認しておいて「〇ちゃん先輩!コンニチハ!このあいだ買ったっておっしゃってた新しいラケットってコレですか?」と前回の話題をふるんだそうだ。「そうするとその先輩はすぐに僕の顔と名前を覚えてくれるねん」【適職】営業マン営業職のダンナ弟がしきりに感心してた。今すぐ営業に出ても使えるかも。大学行く必要ないじゃん。←母の日もまだ帰って来ない
2012年05月13日
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整形外科の診療所はお年寄りが多いので「次は2週間後に来てください」なんて先生や看護師さんが言っても「えーっと 何て言ってたっけかなぁ」バッチャンたちはすぐに忘れる。なのでうちの診療所は診察券の裏に特殊なシールが貼ってあり次の来院予定日が記入できるようになっている。『次回の診察予定は〇月〇です』もちろん目安なので天候や身体の調子で多少日程がずれたってかまわないのだが「すぐ忘れちゃうから助かるわぁ」このシステムはなかなかの評判である。あるとき「もっと大きく太い字で書いてくれない?!私は目が悪いから全然見えないのよ!」と強い口調で訴える患者さんがいた。高齢者と呼ばれる年代ではあったので老眼という意味かと思ったのだがその患者さん(仮名:Aさん)が言うには視覚障害があるということで薬の処方や会計の際にもより丁寧な説明をするよう要求した。Aさんのカルテには視覚障害があるとの注意書きが入り次回来院日シールは特別仕様になり金銭のやりとりでは硬貨の種類の見分けがつかないと言うのでひとつひとつ丁寧に確認するなど対応する際には特別に時間をかけていた。ある日 そのAさんがご近所のおトモダチが怪我をしてここに来ているハズなんだけどと診療所に駆け込んできた。そういえば その少し前に転倒して足を痛めたという患者さんがいた。個人情報保護の関係でそういう患者さんが来たかどうかは受付で答えることはできないのだがAさんは そんなコトはおかまいなく勝手知ったる行きつけの診療所とばかり待合室の方に向かって首を伸ばした。そして Aさんは大勢の患者さんが待合室にいる中1番奥のベンチに座っているその患者さんを見つけると慌てて駈け寄った。えっ? あれ?確かAさんって視覚障害で遠くもよく見えないって言ってたよな服装や雰囲気だけで見分けたのかそれとも ひょっとして・・・治療が終了し会計をするためにおトモダチが待合室のソファに腰をかけバッグから財布を取り出すと「私が代わりに会計してきてあげる!」Aさんは嬉々としてカウンターにやってきた。おトモダチの手助けをしてあげられることが嬉しくて仕方がないようだ。「それでは診察券をお返ししますね」とAさんに差し出すとこれまた勝手知ったるシステムをおトモダチに教えてあげようと慣れた手つきで診察券をクルリと裏返した。「え~っと次の予定はねぇ〇月〇日って書いてあるわ♪」その文字 いつもあなたが全然見えないって言うサイズなんですが誰かに特別扱いして構って欲しかったのかなぁ。だったとしても視覚障害者を装うのは反則だと思う。←武士の情けで気づかぬフリしてあげた
2012年05月09日
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今回の義母の葬儀では長男であるダンナが喪主となった。義母が息を引き取るのを見守った瞬間から葬儀はいつ、どこで、どれくらいの規模で行うのかに始まり誰と誰に連絡をするか通夜や告別式の料理は何人前用意するか焼香の順序はどうするか遺影に決めた写真の背景選びから続々と届く弔電の振り分けに至るまで決めなければならないことが山ほどあり葬儀社の担当者から「喪主様!これはどうなさいますか?」 と追いかけまわされゆっくりと悲しんでいる暇などない。がしかし2年前の義父の葬儀である程度の要領はわかっていたので義弟と手分けをしてある程度スムーズに進めることができ九州から駆けつける親戚一同の空港への迎えのためのレンタカー手配や 宿泊のためのホテルの手配などは 大学院生の姪っ子がiPadをスイスイと操作して完了。 香典の管理と集計は4人の孫たちの担当で全員大学生以上なだけにテキパキと手際よく終わらせてくれた。チームワーク抜群な遺族そうそう、今回ひとつ困ったのが葬儀社に受付スタッフを頼めなかったこと。自分たちで手配しなければならないのだがワタシたちが住んでいる地域での葬儀なら職場の仲間やご近所の友人に頼むことができても遠く離れた土地で依頼するとなるとそう簡単に見つかるものではない。義父の葬儀のときと違って一般参列者が少ないだろうから孫たちが受付に立てば事足りるのだが焼香が始まったときに受付に誰もいなくなるのはマズイ。でふと思いついたのが次男ポチの高校の同級生で大阪の大学に進学した H君(↑H君が主役の過去記事)彼にお願いできないか聞いてもらうと急な依頼にも関わらず快く引き受けてくれ授業が終わった後すぐに駆けつけてくれた。持つべきモノはトモダチやね義母は未明に息を引き取ったのでその翌日が通夜というコトになったのだが明日が告別式という通夜の晩 ケセラセラ一家四人は葬儀会場の小さな親族控室に宿泊ことになりほんとうに何年ぶりかでひとつの部屋に布団を並べて敷いた。ちょっとウキウキなオカン ( ̄v ̄)丸2日間、様々な手配に追われ真面目で律儀なダンナは相当いろいろなコトに気を遣ったのだろう。横になったとたんにイビキをかきはじめ長男チロとワタシはその隣で布団の上に座って音楽の話をしていた。しばらくして 寝ていたはずのダンナが突然ガバっと上半身を起こして何かを探すようにあたりを見回した。シャワーを浴び終えたポチもビックリして「おとうさん、どうしたの?」「まわりを見まわしてんねん」いや、それは見たらわかるけどさ「なにか心配なことでもあるの?」とたずねると「状況把握!」と叫んで そのままバタンと横になり何事もなかったように寝息を立てた。喪主様 おつかれもちろん翌朝、ダンナはこのデキゴトをまったく覚えていなかった。元警察官だった義父がダンナの身体に乗り移ったのかと思った。←クリックの前に状況把握!
2012年05月07日
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今回、義母の容態が急変し急遽変更となった大阪での予定だが大阪に到着したその夜は高校の同級生たちとの女子会ができた。 前回大阪で集合した『秋の集い』では男子メンバーも含めてワイワイと楽しんだ。そのときは女子5人組のうち3人が浪人生の母で「受験終わったら春にお疲れさん会しよう」というわけで今回の女子会が成立。その2日後から 大変なことになるとは夢にも思わずいつもの居酒屋で 女5人、お喋りに花を咲かせた。過去にも何度か書いてはいるのだがもう一度念を押しておくとワタシが通っていた高校というのは青い剃り込みが眩しいニイちゃんが卒業アルバムの最前列でヤンキー座りしてるわワタシのバンド仲間もカーリーヘアに髭面にロン毛という自由っぷりだわ多種多彩な学生が集まっていた公立高校で「やればデキるのに」と言われるタイプがテキトーに遊んでテキトーに勉強していた。偏差値的にはちっとも自慢できないが「楽しい」という意味では自慢の母校である。当時、大学の進学率はそれほど高くはなくワタシたち5人組のうちでも短大に進学して幼稚園の先生になったのは優等生だったMちゃんひとり。他の4人は高校を卒業してすぐに就職した。で今回わが子(それも全員息子)を浪人させたのはワタシを含む高卒組の3人で浪人はおろか 大学受験の経験もないのだが勉強ギライの母親に育てられた息子たちの春からの進学先はそれぞれ難関私立大と国立大学の薬学部そして次男ポチもやっとこさの大学生。あらまぁ よかったねぇみんな おかーちゃんに似んとワタシの学歴のことをよく知るヒトほど息子たちがふたりとも国立大学に通っていることについて「なんで? どうやって育てたの?」と不思議そうに尋ねるのだが(¬з¬)σ ほんまシツレイな話やワタシたちの共通点はたぶん自分が勉強が苦手だったゆえ『子どもの勉強の内容に口出しなかった』あいや 正確には「できなかった」ってコト。「なんでこんな問題がわからないの?」という小言を言いたくても言えないし。ワタシは息子たちが小学校高学年の頃からテストでいい点数を取って帰ってきたときは「こんなんデキたん!あんたスゴイなぁ」と本気で感心していたし逆に点数が悪かったときには「へぇ~ そんなに難しかったんかぁ」と これまた感心していた。どれどれ見せてごらんとテストを手にしても教えられる自信がなかったので「まぁ 理解してなかったところが今回のテストで見つかってよかったやん」などとすっとぼけていた。【結論】ほったらかしが子どもを伸ばすただしワタシが子どもの頃に「勉強しろ」って親に言われなかったらもっと勉強してなかった義母の葬儀の時、ダンナの親戚にも「子育ての秘訣は?」と聞かれ「ほったらかし」と答えたら新米パパが真剣にメモしてた。マズったかなぁ。←ほったらかすのもある意味「賭け」だな
2012年05月04日
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義母が『看取り』の体制に入った最初の夜のこと 義母の息遣いを見守りながらエキストラベッドに腰をかけテレビもラジオもない静かな部屋でワタシは腕時計の針の位置を確認した。『静養室』と呼ばれるその部屋は個室でベッドの奥に家族用のスペースがありそこで夜を過ごすことになるのだが不安な家族の気持ちを支えるように介護スタッフや看護師さんが約1時間ごとに入れ替わりたちかわり様子を見に来てくれるのがありがたい。もうすぐ夜中の12時か 施設内は電気がすべて消えており暗く長い廊下の先にあるトイレまで歩くのはすこし勇気がいる。丑三つ時になる前にトイレを済ませておこうかそんなことを考えているとジャーーーーー・・・何かが流れるような音がした。ふり返ってみると部屋の隅にある洗面所の水道の蛇口から水が流れている。そして数秒後、勝手にピタッと止まった。えっ?この洗面所の水道は手をかざすと一定時間水が流れる機能だがもちろん ワタシは使っていないどころか洗面所に近づいてさえいないえ゛ぇえええーーーっ;;;あの水道ってセンサーやんな何に反応して流れたというの;;;いったい 誰の手が・・・???そういえば この部屋は入所者の最期を看取るための部屋今まで何人ものヒトがここで亡くなっているということだ。出たのか そうか出たんやな背中に冷たいものを感じさっきトイレに行っておかなかったことを後悔した。うぇえええ~~ん:::もお帰りたいよぉ~~~;;;そのときコンコン・・・ ふぎゃぁあ~~っ 「オムツの交換をさせていただきます」あー ビックリしたぁ;;;部屋に入ってきた介護スタッフさんにホッとして、助けを求めるように訴えた。「さ、さっき あの水道がぁ;;;」「ああ。アレね。毎日12時になると詰まり防止に自動的に流れるんですよ。」え~;;; 早く言ってくださいよ~;;;ビックリしたぢゃないですかぁ~;;;「この部屋ではあの水道だけですが共同トイレの6個の蛇口から真夜中にザーーーーっと一斉に水が流れ出すのはちょっとしたオカルト現象ですよ。ハハハ。」もしトイレ行ってたら ぜったいチビってたもちろんダンナと交代するときには、このコトは内緒にしておいた。『この部屋で今まで何人も亡くなってるんだよねぇ』とだけつぶやいて。←誰かの手がクリックを・・・
2012年05月01日
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