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2月8日に娘が生まれ、退院後は妻の実家の横浜でプチ里帰り。僕は週の半分くらいを横浜と東京の往復。そんな生活も昨日で終了。妻と娘が東京の家に帰って来てこれからいよいよ三人での生活が始まる。娘は横浜での居心地がとても良かったらしくこちらでは日中はグズリ気味。。。横浜では家も広くすべてにおいてとても過ごしやすい。特に娘を風呂に入れる時はとても便利。そして泣き始めるとジイジ&バアバが必ずスグに抱っこしてくれた。改めてお義父さん、お義母さんの有り難味を実感している。でも、三人での生活は始まったばかり!僕や妻の両親が築き上げた家庭を目標にしていこう!これからは夫婦ではなく家族。三人で歩き記す!そうやって家族の歴史を作って行きたい。「メンタルヘルスブログランキング」に参加してみました。応援して下さると嬉しいです。「ポチッとな」とクリックして下さいね。
2006.03.31
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「先生!今日でカウンセリングをいったん終了します。ありがとうございました。」…この言葉を聞くたびに嬉しさ半分、そして「もっと何か出来たんじゃないか」と言う反省半分。毎回の事だがそんな気持ちになる。嬉しさというのは言うまでも無い。クライアントが「もうカウンセラーは必要ではなくなった」ということなのでこれほど嬉しいことは無い。しかもほとんどのクライアントは自分の力で解決していく。僕は…ただ話しを聞くだけ!人には自然治癒力というものがある。転んでひざを擦りむいても何日かすると自然に治る。きっと「心」にもそんな自然治癒力があるんだろうと思う。何回かのカウンセリングをしていくうちに最初に来たときとはまったく違う表情になる。塗り薬を塗ったりバンソウコウを貼ると治りが早まるようにカウンセラーはクライアントにとって塗り薬やバンソウコウ程度の役目で良い。このブログのTOPページにも書いていることだが…“悩み”や“苦しみ”のない人なんていない。“悩みや苦しみを乗り越える”と言うことは“喜び”や“幸せ”と同様、その人に与えられた財産。その“悩み”や“苦しみ”を無くす方法を考えるよりも、“悩み”や“苦しみ”と上手く付き合っていく方法をほんのわずかでもお伝えできれば…。あなたの心にそっと寄り添いながら、そんなお手伝いをさせていただけることを願って。。。「I love you because you are you」 ~あなたはあなたのままで良いんですよ~…僕はそんなスタンスで接しているし今後もこのスタンスは変わらない!以前の日記にも同様のことを書いたが…。カウンセラーはクライアントの人生に深く関わり時には人に話したくない話しを聞きだしていく。でもクライアントの人生で常に関わってはいけない。黒子に徹し次第にフェイドアウトしていく存在で良い。だからクライアントが自分の力で困難を乗り越えた時には本当に嬉しい気持ちになる。しかしその反面!「あの時にこんなことを言えば良かった」「この話しをすればもっと気持ちが楽になっただろうに」「あの話しは分かりづらかったかなぁ~」「もっと気持ちを引き出すためにこうすれば良かった」…という気持ちも同じくらいに沸いてくる。「カウンセリングが終了したときにカウンセラーが無力感に襲われる…そんなカウンセリングが成功したと言える。カウンセラーが達成感を味わうようなカウンセリングではクライアントは何も解決していない。」これは僕がカウンセリングを勉強していた日本メンタルヘルス協会の講座で初級講座の一番最初に教わったことばだ。要するに…「クライアントが自分で気づき、立ち上がって克服をしてこそ成功」なのである。だから僕は毎回毎回、この無力感に襲われることを心地よい感覚と捉えている。しかし!それだけでは成長しない。当然、反省点は反省点として再度勉強して「次回はこうしよう」としている。クライアントが自分の力で克服していき僕が無力感に襲われる度に僕はカウンセラーとして成長させてもらっている。「メンタルヘルスブログランキング」に参加してみました。応援して下さると嬉しいです。「ポチッとな」とクリックして下さいね。
2006.03.29
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里帰り中の妻と子供。最近、週末は必ず妻の実家に行き子供とのスキンシップがルーチンになっている。子供の成長は本当に早い!一週間会ってないだけで顔つきが変わる。抱っこしたときの腕に伝わる重みも違う。先日、気づいたのが…「目」今までは黒目は真っ黒。先週末に見たら黒目の中央に小さい黒目!成長すれば誰でもあるヤツだ。(専門的にはなんていうのか分からないけど…)こうやって徐々に人間としての機能が備わっていくんだろうか。今はまだ視力はほとんどないとの事。でも時々気になる視線をしていることがある。天井の一点をジーッと見ている。あたかも何かを見ているような視線だ。妻とも「面白いねぇ~」「もう見えてるのかもよ」…なんて言いながら話していたんだが僕はこう思う。。。おそらく…「ご先祖様が見に来てるんだ」…と!怜奈の誕生を祝ってご先祖様が集結して「怜奈に会いに行こうツアー」を組みあの世からわざわざ遊びに来てくれているんだ。その姿は乳幼児の怜奈にしか見えない。怜奈は生まれたばかりで視力はない。世の中のものは見えない代わりにご先祖様の姿だけは見える。視力が増してこの世のものが見えてくるのと比例してご先祖様の姿は見えなくなる。…な~んてことを考えながら妻に話した。先日、妻の友人が遊びに来てくれた時にこんな話しをして盛り上がり昨日、メンタルの心友と飲んだ時に同じ話しで盛り上がった。僕はスピリチュアル的なことに傾倒しているわけでもなくかと言って全面的に否定派でもない。ただ言えることはこんな風に考えると面白いしご先祖様のありがたみも増す。誰も証明出来ないんだから正解も不正解もない。僕には両親がいて、その両親にもそれぞれ両親がいて、そのまた両親にも…。そして妻にも同じようなことが言える。だれひとり欠けても今の僕は存在しないし妻も存在しない。僕と妻が存在しなければ怜奈も存在しない。…そう考えるとご先祖様には感謝!そして将来の子孫からしてみれば僕という個人も大切な存在だ。カウンセリングをしていると「私なんて生きている価値もない人間です」なんて言葉を聞く。僕はカウンセリングに於いて自分の意見を押し付けることはしていないがこの件だけは「NO!」と言い切れる。価値のない人間なんていない。あなたが存在するから将来の子孫も存在するのだし将来の子孫までいかなくてもあなたが存在するから両親を含めご先祖様の存在が立証出来る。「あなたの存在そのものが価値のあること…!」今はまだ物言わぬ赤ちゃん怜奈!しゃべることは出来ない怜奈から大事な大事なことを教えてもらった気がする。「メンタルヘルスブログランキング」に参加してみました。応援して下さると嬉しいです。「ポチッとな」とクリックして下さいね。
2006.03.07
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仏教では「現世を修行の場」と位置づけているらしい。修行が足りないものはいつまで経ってもあの世には行けない。。。それで言うと僕は長生きしそうだ。。。まだまだ修行が足りない。気が短い性格は今に始まったことではないが最近の人間関係でイライラすることが多い。「この人、人の意見を遮って自分の話しをすること多いなぁ~」「この人、いつも誰かの悪口言ってるなぁ~」「この人、話しをする時にまず他者否定から入るよなぁ~」「この人こと…僕は嫌いだ!」なんてことをモヤモヤ考えながら…。僕は今、会社組織で仕事をしているわけではない。様々なキャラクターが集まる会社組織で働いていればこんなことは日常茶飯事。自分の気に入った人とだけ仕事をするなんてあり得ないだろう。そう言った意味では今、僕が感じているストレスは大した問題ではないのかも知れない。特別なことではなく普通のこと。。。「人と人との出会いは偶然ではなく必然」この考えでいくと僕が「この人苦手だなぁ~」と思う人との出会いも必然。きっと神様がもっと修行をするようにと仕組んだのだろう。だったら…!何も言わないでモヤモヤ考えるのは止めよう。被害面して陰で相手を非難するのは止めよう。相手の気持ちを考えもせずに徹底的に論破して自己満足するのは止めよう。苦手だったり腹の立つ相手に対して自分の意見を隠して飲み込むのではなく正々堂々を意見を言ってみて、相手にも不快な思いをさせないコミュニケーション!…どうやら僕の課題はそこにあるのかも知れない。「日々是修行」毎日が人生の鍛錬の場だと捉えれば不快に思っていた事柄も愉快に思えてくる。「メンタルヘルスブログランキング」に参加してみました。応援して下さると嬉しいです。「ポチッとな」とクリックして下さいね。
2006.03.02
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