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秋篠宮家の悠仁さまが4月8日、お茶の水女子大付属中学に入学した。ところが新入生を代表して4分間生徒宣誓をしたのだ。これには父兄の多くが驚いただけでなく、批判も出ている。これが皇室ご用達の学習院ならわかるし、父兄も納得するが、お茶の水は受験校なのだ。学校側は成績を考慮したといっているが、成績だったら、もっと優秀な生徒が大勢いるだろう。それにこの学校はもともと女子校であり、女生徒が圧倒的に多い。仮に学校側から話があっても、遠慮するのが秋篠宮家の立場だろう。これによってまたまた、秋篠宮ご夫妻の評判が落ちてしまった。このところご夫妻とも、国民の評判が悪い。反対に皇太子妃の雅子妃のほうが上昇気味だ。笑顔も戻ってきたし、一時期の精神不安定の時期を脱した感がある。ともかく秋篠宮家は国民の期待と反対方向を向いてしまっている。1つは大嘗祭の経費問題で政府にクレームをつけたり、兄の皇太子に反抗心を燃やしすぎるのかも?それにしては眞子さまに対し、親として何もいえないのか、小室圭さん問題も解決できていない。これが国民の不満になっているので、この問題を解決しないことには評判は下がる一方だ。よく見ると、近頃は皇太子ご夫妻のほうが笑顔が多い。それに対し秋篠宮も紀子さまも笑ったところを見たことがない。国民に向けたサービスがゼロなのだ。これでは評判が落ちて当然かもしれない。 オンラインサロン「櫻井秀勲のすべて」穴口恵子×櫻井秀勲 オンラインサロン「魔法大学」櫻井文章塾 第2期櫻井文章塾櫻井秀勲 著『劇場化社会』櫻井秀勲 著『老後の運命は54歳で決まる!』櫻井秀勲 著『子どもの運命は14歳で決まる!』櫻井秀勲Facebook
2019/04/26
天皇・皇后両陛下が品川区の東五反田にある「ねむの木の庭」公園を訪れた。ここはお2人の思い出の場所というより、美智子皇后のほうに思いが強い場所だ。というのも、ここはかつて皇后のご実家、正田家のあった場所だからだ。60年前の昭和34(1959)年の4月10日、ここから美智子さまは天皇家にお嫁入りされたのだった。このお邸が公園になるいきさつを書いたら、1冊の本になるくらい、財務省などいろいろのことを書かなければならないが、結論からいうと美智子妃が「取り壊してください」と発言したのだった。いまとなっては、この決断が正解だったのではあるまいか?私は正田邸に何度伺ったことだろう? 皇后の母親である正田冨美さんにインタビューをつづけていたからだ。私が「女性自身」編集長のときだった。まだお嫁入りして間もなくのことであり、娘の美智子さまを守りたい一心で、冨美さんは私にいろいろなことを頼んでいたのだ。「櫻井さん、それでもいまは話せないことがいっぱいあるので、私が死ぬ前に全部話しますね!」と冨美さんは、広い応接間ではなく、狭い部屋で、膝がくっつかんばかりの近くに座って頼んできた。結局それは叶わなかったが、その前に皇太子に編集部は単独インタビューし「皇室への二つの意見に私から答える」という一文をいただいた。いまは多くの人が忘れ去っているが、「学習院派」と呼ばれる皇族、華族の女子学習院卒業生たちは、キリスト教の聖心女子大卒業の美智子さまを、なんとかして皇室から外そうと企んでいたのだ。ほんのちょっぴりだが、私も美智子妃のお立場を守った1人として、今回のご退位は感慨深いものがある。オンラインサロン「櫻井秀勲のすべて」穴口恵子×櫻井秀勲 オンラインサロン「魔法大学」櫻井文章塾 第2期櫻井文章塾櫻井秀勲 著『劇場化社会』櫻井秀勲 著『老後の運命は54歳で決まる!』櫻井秀勲 著『子どもの運命は14歳で決まる!』櫻井秀勲Facebook
2019/04/19
高須クリニックの高須院長が10日、入院しました。すでに「全身がん」を公表しているので心配です。高須さんは5年前に尿道がんと判明しましたが、その後腎臓や膀胱も侵されていることもわかりました。これらの臓器の3分の2を切除する手術も受けているといいます。彼は「全身がん」で、抗がん剤治療を受けていることも公表しているのです。一般人にはなかなか公表する勇気もないし、また公表しても、プラスなこともないでしょう。その点、有名人はむしろ公表したほうが、週刊誌やテレビに追い回されないだけに、心理的にラクかもしれません。また公表したことにより、病気の種類によっては、新しい技術が浮かび上がってくることもないとはいえません。あるいは、同じような病状の患者に勇気を与えるかもしれません。私は高須さんが30代の頃に知り合い、以来現在に至るまで、互いに面倒を見合っています。今年も3月4日の私の誕生パーティに、出席はできませんでしたが、大きな花輪を贈ってくれました。それだけに、まさか病状がそこまで進行しているとは思いませんでした。またこちらから見舞いに行こうとしても、多分彼は受けないでしょう。彼は人に迷惑をかけたくないという、珍しく強い心の持ち主です。私も高齢なので、似たような心をもっています。私などは、衰えているところを友人に見せたくない、という気持ちになるかもしれません。互いに心が通じ合っていれば、それでいいのでしょう。1日も早く退院してほしいと思っています。 オンラインサロン「櫻井秀勲のすべて」穴口恵子×櫻井秀勲 オンラインサロン「魔法大学」櫻井文章塾 第2期櫻井文章塾櫻井秀勲 著『劇場化社会』櫻井秀勲 著『老後の運命は54歳で決まる!』櫻井秀勲 著『子どもの運命は14歳で決まる!』櫻井秀勲Facebook
2019/04/12
新しい年号はまったく予想を裏切って「令和」に決まった。恐らくこの文字を予想した人は、1人もいなかったのではあるまいか? 会社名や店舗名でも、この名称はめったにないだろう。ひらがなでは5社あると新聞に出ていたが、漢字ではひとつもないと発表されている。その意味では鮮やかな命名といえそうだ。前回、平成の発表時もそうだったが、小渕官房長官が掲げた「平成」の2文字の伸び伸びとした美しさに、目を見張ったものだった。一体誰が書いたのだろうと噂されたが、書き手は「内閣総理大臣官房の人事課辞令係」の河東純一氏だった。書家ではなく、辞令専門官だった。それは当然だろう。いくら有名な書家でも、民間人に書かせたら、誰よりも先に知ってしまい、のちのち問題が起こるからだ。また極秘のうちに短時間で書かなければならないのだ。河東氏に「平成」の文字が示されたのは、発表の20分前だったというから、ふつう人では手が震えてしまうだろう。今回も多分、短時間で書いたのだろう。書き手は辞令専門官の茂住修身氏だが、定年後に再雇用され、大役を果たした。今回の「令和」の文字のほうが「平成」の文字より、やや太目で堂々としており、2人の天皇の気質をうまく表しているかもしれない。令和への切り替えは5月1日からだが、それまでに生まれた新生児も含め、当分この2文字は、赤ちゃんの名前に使われるだろう。特に令は「れい、りよう、つかさ、よし、のり、なり」と読むところから、女の子は当然として、男の子の名前にも使えそうだ。櫻井秀勲 著『劇場化社会』オンラインサロン「櫻井秀勲のすべて」穴口恵子×櫻井秀勲 オンラインサロン「魔法大学」櫻井秀勲 著『老後の運命は54歳で決まる!』櫻井秀勲 著『子どもの運命は14歳で決まる!』櫻井文章塾櫻井文章塾 第2期櫻井秀勲Facebook
2019/04/05
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