全9件 (9件中 1-9件目)
1

<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 昨日(6月28日)は若草読書会の例会でありました。 午後1時の開会でありましたが、会場の恒郎女邸・若草ホールにヤカモチが到着したのは12時半になるかならない位で、一番乗りでありました。 道路向かいのポケットパークで暫し休憩(タバコ休憩)。(若草ポケットパーク) 少しして、ひろみの郎女さんが車で到着。 続いて、めぐの郎女さんと彼女の車に同乗してであったか、景郎女さん、利衣郎女さん、和郎女さんたちが到着。 最後に凡鬼さんが到着して、出席予定者全8名が揃いました。 先ず最初に、先月急逝し帰らぬ人となってしまわれた槇麻呂君の思い出などを語り合って同君のことを偲びました。 そして、ひろみの郎女さんが、故槇麻呂氏へのお供えにとご持参いただいたロールケーキを切り分けて皆でいただきました。分かち食ふ ケーキの甘さの 悲しかも 帰らぬ君を 偲び語れば (偐家持) 今回の例会については、凡鬼さんの案内メールに「テーマは特になく、ヤカモチ殿と凡鬼で適当に何か準備」とありましたので、ヤカモチも何か準備しなくてはなるまいと作成したのが「志貴皇子葬送の歌」。(読書会レジメ「志貴皇子葬送の歌」) 凡鬼さんの指示で、始めにヤカモチが講話。 この笠金村の歌は、「聞けば ねのみし泣かゆ 語れば 心ぞ痛き」や「いたづらに 咲きか散るらむ 見る人無しに」の文言は、槇麻呂君を偲ぶ我々の気持ちにも重なるものがあるかと、この歌を採り上げたのでありましたが、ヤカモチが暗唱できる数少ない長歌の一つでもあります。 併せて、志貴皇子の歌全6首もレジメに掲載して置きましたので、これらを鑑賞しました。 ヤカモチの講話の後、凡鬼さんの講話。 春の難解漢字季語についての解説でありました。(読書会レジメ「春の難解漢字季語」) 今回は、春の部だけでしたが、夏、秋、冬、正月についても同様の切り口で解説いただけるといいですね。季語の森 深きに迷ふも 楽しかり 一句などとは 思はぬ我も (偐蕪蕉) 講話の後は、雑談タイム。 恒郎女さんとめぐの郎女さんが、お好み焼きと喫茶若草特製クリームソーダを作って下さり、ご馳走になりました。 また、和郎女さんが自作の作品を10点余お持ち下さり、出席者に贈呈。 ヤカモチは「蛍」を頂戴しました。 これらの作品は、配布に先立って撮影しましたので、追って和郎女作品展として、当ブログで紹介させていただきます。 会終了後は、景郎女さん、和郎女さん、利郎女さんは、ひろみの郎女さんの車で東花園駅まで送って貰って帰宅。ヤカモチは、CB(クロスバイク)を手で押しながら、凡鬼さんと二人で雑談しつつ瓢箪山駅まで歩き、駅前で同氏と別れ、帰宅。 楽しい一日でした。<参考>若草読書会関係の過去記事はコチラ。
2026.06.29
コメント(8)

<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 本日でブログ開設7000日となりました。(ブログ開設7000日) 開設6000日の記事が2023年10月1日であったので、それから1000日が経過したことになる。従前の形式にならって、この間のブログの歩みを年表風にまとめると、次の通りとなります。2023年10月4日 9月21日発生のフォト蔵の各種不具合は未解消であるが、写真の新規登録はできるようになったので、記事アップを再開する。2023年10月20日 ブログ記事件数3200件到達 (注)3200件目の記事は「岬麻呂旅便り318・東北の紅葉」2023年12月3日 3389アクセス/日(1日当たりアクセス数最多新記録)2024年1月9日 PCをWindows11にアップグレード2024年1月19日 450万アクセス到達2024年3月11日 スマホ機種変更2024年5月31日 460万アクセス到達2024年6月21日 4047アクセス/日(1日当たりアクセス数最多新記録)2024年8月7日 ブログ記事3300件到達 (注)3300件目の記事は「囲碁例会・秋立つとはいへど」2024年9月15日 470万アクセス到達2024年11月21日 「岬麻呂旅便り334・南東北の紅葉」の記事に掲載の写真「柳沼2」が、フォト蔵ピックアップ写真に選定される。 (但し、撮影者はヤカモチ本人ではなく友人の岬麻呂氏である。)2025年1月11日 ブログ記事3333件到達 (注)3333件目の記事は「2025邂逅展」2025年1月27日 480万アクセス到達2025年5月21日 490万アクセス到達2025年7月16日 楽天ブログその他ジャンルのランキングで当ブログが過去最高の5位となる。 また、全ジャンルでの順位は44位。2025年7月17日 楽天ブログその他ジャンルのランキングで当ブログが4位、 全ジャンルでは27位にランクされる(何れも過去最高)。2025年8月11日 ブログ記事3400件到達 (注)3400件目の記事は「いよいよ明日から抗がん剤投与か」2025年8月28日 連続記事アップ日数最多記録:15日連続(2025年8月14日~8月28日)2025年9月3日 500万アクセス到達2025年11月4日 4804アクセス/日(1日当たりアクセス数最多新記録)2025年11月21日 記事カテゴリ「入院・通院・自宅療養記」新設追加。 但し、カテゴリ未分類の過去記事については遡及せず。2025年12月10日 510万アクセス到達2025年12月15日 ブログ記事3500件到達 (注)3500件目の記事は「自宅療養記・手毬寿司、ヨーグルト&Xmasカード」2026年4月3日 520万アクセス到達2026年6月13日 ブログ記事3600件到達 (注)360件目の記事は「岬麻呂旅便り357・日南ジャカランダまつり」2026年6月28日 開設7000日を迎える。(累計記事件数:3603件 直近1000日:413件)<参考>各千日毎の記事件数第1千日 592件 ブログ開設1000日(2010.1.22)第2千日 557件 ブログ開設2000日(2012.10.18)第3千日 646件 ブログ開設3000日(2015.7.15)第4千日 513件 ブログ開設4000日(2018.4.10)第5千日 505件 ブログ開設5000日(2021.1.4)第6千日 377件 ブログ開設6000日(2023.10.1.)第7千日 413件当ブログの歩み過去記事一覧はコチラ。
2026.06.28
コメント(4)

<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 (承前) 居酒屋を出て、商店街の方に向かいます。 昼間に見た諏方神社の神輿に誘われての祭見物です。(諏方神社の祭・神輿1) 昼間、台車に載せられていた神輿だろうか。 夜は皆で担ぐようで、台車ではなく、脚付の木の台に載せられて待機しています。(同上・天狗) これも、昼間の天狗さんと同じかどうか不明ですが、高下駄を履いてのお出ましであります。 そして、ホテルのフロントの方が仰っていた「おんでこ」です。(同上・鬼太鼓1)(同上・鬼太鼓2)(同上・鬼太鼓3)(同上・鬼太鼓4)(同上・踊り1) こちらでは、集団での踊り。(同上・踊り2)(同上・踊り3)(竹灯籠) 沿道の竹灯籠も祭の雰囲気を盛り上げています。(同上・鬼太鼓5) こちらでも。別のおんでこが演舞を披露しています。(同上・鬼太鼓6)おんでこの 暴れ太鼓か 乱れ打ち 決まりしじまに 拍手喝采 (鬼家持)(同上・鬼太鼓7)(同上・鬼太鼓8) 獅子舞や飛脚のパフォーマンスもあり、仕上げであるか、神輿が担がれて威勢よく通りを行きます。(同上・神輿2)(同上・神輿3) さて、この祭、諏方神社のそれと前頁では書きましたが、念のためと地図を調べてみると、諏方神社とは別に佐渡蛭子神社というのがありました。(諏方神社と佐渡蛭子神社位置図) 両神社の位置を地図に落とし込むと上掲の通りです。 前頁では、諏方神社を人によっては「えびす神社」とも呼ぶのだと推論しましたが、蛭子神社が別にある以上、この推論は成り立たない。 昼間に立ち寄ったのは諏方神社だけで、蛭子神社については、その存在を知る由もなく、立ち寄っていないので、何とも言えないのであるが、この祭りは両神社の共催なのだろう。 神輿のアトをついて行けば様子はもう少しよく分かったかも知れないが、余所者ヤカモチであるから、そこまでの熱意もない。 ホテルに引き上げることとします。 翌17日の朝、窓から加茂湖を眺める。(ホテルの窓からの加茂湖の眺め1<正面>) 正面に見えているのは、佐渡グランドホテルの建物のようですが、この時は、まだそのことには気づいていない。 この後の湖一周銀輪散歩で、少し早めに湖岸方向に道を入ったので、それと知ることになるのだが、廃業、廃館、廃虚となった旧・佐渡グランドホテルでありました。(同上2<左方向>)(同上3<右方向>) 午前8時半頃にホテルを出発。 昼食の用意として、昨夜祭のパフォーマンスのあった商店街の通り(国道350号)に入る手前のミニ・コンビニでサンドイッチを購入、併せて熱中症対策にと氷結ドリンクも購入。 商店街の通り、即ち国道350号に入り、左折してこれを進む。国道350号は、夷二ノ町交差点で左(西)方向に直角に曲がっているのでした。 そのことに気付かず直進。直進すると道は県道45号となり、前日に日蓮上人銅像に行く際に走った道である。見覚えのあるエーコープ佐渡加茂店という看板で道を間違っていることに気が付く。 頭の中では国道は西向きに走っているという風に刷り込まれていたので、自分としては西向きに走っているつもりであったが、実際は北方向に走っているのでした。 夷二ノ町交差点まで立ち戻り、国道350号を西向きに入り直す。 天領盃酒造(株)を過ぎた辺りで左折して加茂湖岸の道に出る予定のところ、前方に天領盃酒造の建物が見えて来たので、少し早めに左折しても問題なかろうと左折したのが間違いで、行き止まり。 はい、旧・佐渡グランドホテルです(上掲地図参照)。 行き止まりにあったのは、廃業したホテルの荒れ果てた建物でありました。(旧・佐渡グランドホテル) 出直しです。 国道350号に戻る。 国道はこの付近では西向きから南西向きに変わっている。 天領盃酒造の先の交差点で左折、東へと延びている加茂湖へと続く道に入ります。 加茂湖の西岸の道に入りました。(加茂湖・西岸からの眺め)(同上2)(加茂湖畔の道)(加茂湖自転車道) 予定では、加茂湖に突き出た半島の先っぽにある樹崎神社には立ち寄らないつもりでいたが、分岐に設置された「←樹崎神社」の標識とよく整備された遊歩道の景色に差し招かれたのでもあるか、気が付けば矢印の方向にトレンクルを進めているのでありました。(カキ小屋) 湖に突き出た半島の道にさしかかると、自身が先ほど走って来たばかりのカキ小屋が並ぶ道が、今度は反対側から眺めることになるのだが、背後の山の姿と相俟って、なかなかいい眺めである。 水は美しく透き通って、海藻がやさしく揺れる。 背後の山は金北山である。しみじみと この道行かな 加茂のうみ 水清らけく 風もさやけし (加茂家持)(樹崎神社) 半島の先っぽの小さな神社。樹崎神社に到着です。(同上・由緒) 祭神は市杵嶋姫命で、倉稲魂尊も合祀されているとのこと。<参考>イチキシマヒメ・Wikipedia ウカノミタマ・Wikipedia(同上・本拝殿) 東屋でしばし休憩。 半島を一周する道があるようにも見えたので、湖面に沿ってある舗装のされていない道を自転車を押しながら進んで行くと・・果たして行き止まりでした。引き返します。 片道3~400mほど、従って往復7~800mほどを無駄に歩いたことになる(笑)。 再度、東屋で休憩してから、気を取り直して、両津郷土博物館への道を上る。これが結構な急坂なので、押して上るしかない。勾配が緩やかになったところでトレンクルに乗って走る。すぐに博物館でしたが、入館はせず、建物の写真を撮っただけ。(両津郷土博物館) 博物館から先は下り坂の舗装道。楽々と下って行く。 右手も左手も下り坂、正面に進む道は平たんな道であるが、先はよく分からない。左手の急な坂道を走り下る。 佐渡空港の東側、滑走路の東端の外れを南へと走り下ったことになるということを、アトで地図を見て、気が付いたのであるが、走り下っている時には、佐渡空港のことは頭から完全に飛んでしまっていて、飛行場ということでもないのだろうが、「飛」の字も「行」の字も思い浮かばないヤカモチでありました。 下りきってしばらく湖岸沿いの道を道なりに進むと、再び急な上り坂。 どうするか一瞬迷ったが、左に入る湖岸の道が←表示されている標識が目に入る。これは考える余地なし、迷わず左に入る湖岸の道を選択。 鳥崎弁天を経て、旧・道の駅へと繋がっている筈の道である。(ホテルあおきや遠望) 鳥崎弁天の少し手前付近で撮ったのが上掲の写真。 昨年の7月の佐渡銀輪散歩で宿泊したホテルが、上の写真に並んで写っている建物のうち左から2番目に写っているホテルあおきやである。 今回、このホテルに泊まらなかった理由は、小高い丘の上に建っているホテルなので、トレンクルで漕いで上がるのは無理と考えたからである。 湖畔の宿は、丘の上のホテルよりも、トレンクル・ヤカモチにはずっと魅力的であるという次第。(加茂湖ウォーキングトレイル地図・鳥崎弁天) 市杵嶋姫命は弁才天とも習合しているので、樹崎神社のことを樹崎弁天とも呼ぶそうだが、こちらの鳥崎弁天は祠のようなものもなく、いかなる女神が祀られているのかも不明。 殆ど判読できない石碑がいくつかあるものの、その由緒は分からない。(鳥崎弁天)(同上・句碑) こちらは、辞世と書かれているようなので、どなたかの辞世の句か歌なんだと思われるが、判読不能なので、これも不明。(吊り橋) 昨年の銀輪散歩では、草が茫々に生えて眺望を完全に遮っていたので、このような橋があることに気が付かなかったのであるが、草を刈り取ったのか、それとも新しく橋と遊歩道を設置したのかは知らぬが、この水路沿いに南へと遡ると県道65号・両津真野赤泊線に出る筈。 昨年は県道65号からこの水路沿いに湖畔のカキ小屋にやって来て、再び県道まで戻って、夕飯の時刻に間に合うようにとホテルへ引き返したのでありました。 今回は、この付近で昼食の時刻となったので、この吊り橋の先に設置されていたベンチの一角でランチとする。 いつになく足がけだるく重くなっていたので、昼食後ベンチでゴロリ横になって休息をとりました。(加茂湖・東岸) 昼食&休息の後、東岸の道を走りますが、これは昨年の記事の写真と重なるので、省略です。(佐渡市のマンホール) 最後に佐渡市のマンホールの写真を掲載して置きます。カラー仕立てのものは、今回初めて目にしました。 預けて置いた荷物を湖畔の宿・吉田家のフロントで受け取り、午後4時5分発のおけさ丸で新潟に帰還です。 これにてリベンジ銀輪散歩加茂湖一周、無事完了です。(完)<参考>銀輪万葉・新潟県・長野県篇
2026.06.25
コメント(7)

<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 6月16日~17日佐渡に渡り、加茂湖一周銀輪散歩をして参りました。 昨年7月1日~2日に佐渡に渡り、加茂湖を銀輪で一周しようという計画であったのが、前夜に激しい関節痛に襲われるなどのことがあり、中途半端に3分の1程度を走っただけで終わるというようなことがあったので、今回はこれのリベンジ銀輪散歩という次第。<参考>佐渡銀輪散歩(上)(下) 前夜6月15日に新潟市内に前泊し、翌16日午前9時25分発のカーフェリーで佐渡(両津)に渡ります。(佐渡汽船新潟ターミナル乗船待ち) カーフェリー乗船に関しては、持参の自転車は、小型折りたたみ自転車・トレンクルなので、折りたたんで輪行バッグに収納して担いで乗船すれば、3290円の運賃で済む。しかし、杖をついての歩行しかできない腰痛ヤカモチにとっては、これは辛い動作、無理な行動となることから、これを回避するしかない。 ということで、トレンクルを軽車両として自転車の姿のままこれに乗って乗船することを選択したので、航送運賃2340円を支払う必要があり、合計5630円の運賃となった次第。 オートバイ、乗用車。トラック、バスなどに先駆けて、先ず自転車が真っ先に乗船し、所定の場所に駐輪し、係員がこれをロープで堅結します。 その後、階上の2等船室に移動するので、一般の乗船客や、オートバイ、乗用車などでの乗船客よりも早くに乗船することになります。 そんなことで、2等船室にはヤカモチが一番乗りでありました。(おけさ丸・2等船室) 船室はこんな風で、まさに一番乗りでありました。 その後、スグに次々と乗船客が入室して来て、賑やかになり、出航する旨のアナウンス。 合図のドラがジャンジャンと鳴らされ、霧笛が長く鳴り響いて、出航であります。 他の多くの乗船客同様、船室にゴロリと寝そべったままで出航を迎えるヤカモチでありました。 やや、時間が経過し、喫煙室で一服するついでに甲板に出て撮ったのがこの写真。(おけさ丸から新潟市街方面を望む) 写真左手奥に新潟市内のビル影が遠望されます。新潟は 早やも遠みか 佐渡の旅 つき来かもめも どちとし行かな (鴎家持) 新潟から両津までの所要時間は2時間30分。 両津到着は11時55分の予定です。 佐渡に近づいた頃、ヤカモチが寝そべっていた2等船室の窓の外が何やら騒がしくなったので覗いてみたら、修学旅行の小学生たちでありました。(おけさ丸船内・修学旅行の小学生たち) 楽しそうにはしゃいでいる姿が微笑ましい(笑)。(おけさ丸・両津港着岸) 両津港到着。 着岸直前にアナウンスがあり、車で乗船の客は貨物室に移動。それぞれ自身の車に乗車して、上陸準備。着岸しゲートが開くのを待ちますが、この間の貨物室内の騒音は相当なものです。 ゲートが開くと、車に先立って、自転車が下船です。 下船後ヤカモチは、先ず、両津港ターミナルビル内に入り、2階のレストランで昼食です。 久々に、たれカツ丼の昼食。 昼食後、銀輪散歩開始ですが、その前に、この日のホテル、湖畔の宿・吉田家に立ち寄り、荷物を預け、身軽にしてからの出発であります。 加茂湖一周は翌日の予定なので、初日は何処とも行き先の予定はなしということで、昨年の佐渡銀輪散歩の計画段階の折に、地図を見ていて目に止まった日蓮上人銅像を目指すことにする。 吉田家を出て走り始めたところで、お神輿の行列に遭遇であります。(諏方神社祭り・神輿巡行)(同上2) 氏子の家や店の前に神輿を停めて、祝詞をあげて行くようです。 わが里の枚岡神社の秋郷祭の太鼓台同様、昼間は担ぎ手の不足や疲労のことを考慮し、車輪の付いた台車に載せて引いて行く方式のようですが、夜には担ぐのかもしれない。(同上3)(同上4) 神輿の行列をやり過ごして、日蓮上人銅像を目指します。 県道45号を北上し、県道81号との三叉路で左折81号に入りこれを北西に進む。急坂なので押して上ります。勾配が緩くなると漕いで上がる。 佐渡中等教育学校前で、一つ左側の道に移り、これを行く。 すると左手に巨大な日蓮上人の銅像が見えて来ました。(日蓮上人銅像1) 道の突き当りを左折し回り込むと栗の木や茱萸の木が植えられた場所に出る。(栗の木) 花盛りの栗の木。 正面に回り込むと、実をいっぱいつけた枝垂桜の木と今を盛りと花を咲かせた紫陽花の木。 その間の道を進みます。(同上2) 正面両脇に休憩所の建物があって、ヤカモチは右側の建物内に自転車を停めて、日蓮さんを眺めつつ暫く休憩であります。 自販機も置かれている。冷たいスポーツドリンクを購入して飲む。 吹く風が通り抜けて行く。汗ばんだ肌に風が心地よい。 人影もなく静か。<参考>佐渡日蓮聖人大銅像・にいがた観光ナビ ややあって、車で年配のご夫婦がやって来られ、銅像の方へと歩いて行かれる。かなり距離があったので、大声で「コンニチワ」とご挨拶、先方からもコンニチワと返事がある。男性は、銅像の周りを点検しながら歩いて居られるような感じに見えたので参拝ではなく、この銅像の見回り管理を受託されて居られるお方なのかもしれない。 帰りには、その男性から何やらお声掛けのご挨拶、ヤカモチの耳にはよく聞き取れなかったので、「どぉ~もぉ~」という曖昧な返事のご挨拶を返して置く(笑)。 人影もないと、無視してもいい距離でも、つい声を掛けたくなる気分になるもののようです。(同上3) ネットで検索すると、この銅像の開眼供養というか、入魂式というか、建立時の盛大な法要の様子の動画映像が見つかりましたので下記にリンクを貼って置きます。とても長~い動画なので、所々端折りながら拝見しました。<参考>佐渡島の日蓮大聖人銅像はいつできたのか?貴重な映像で振り返る(同上4)(銅像建立辞義の碑) 日蓮上人銅像からトレンクルに乗って、来た道を引き返します。 帰りは下るだけの道なので楽々。 道端の茱萸の実、桑の実などを枝から摘みとって食べたり・・。 坂道を下りきって市街に入り、ホテル近くまで来た付近で、再び神輿の行列に出くわす。 行列の一員と思しき若い男性に声を掛けて、何処の神社の祭かと尋ねると、エビス(夷)神社の祭りだという。で、その神社は何処にあるのかと聞くと、よくは分からないと言う。説明が面倒なので分からないと言ったのか、地元出身の友人がいて、そのお手伝いで急遽応援に駆け付けたに過ぎない地域外の人なので本当に「知らない」のかはヤカモチには「分からない」のであります(笑)。通りに出ていたおばさんに夷神社の位置を尋ねると、ややこしくて上手く説明できないが、とだいたいの方角を教えていただけた。 湖畔の宿・吉田家の前に、天狗装束の人と祭りの関係者とみられる男性が並んで居られたので、再度、同じ質問をすると、諏方神社の祭であるとのこと。諏方神社への道順も教えていただいた。 一方は夷神社の祭だと言い、他方は諏方神社の祭りだと言う。 どちらが正しいのか(笑)。 ともあれ、道順の説明が明解であった、諏方神社に向かうこととする。(諏訪神社・鳥居)(同上・由緒) 由緒を見ると、両津夷鎮守・諏方神社とあるから、人によって、諏方神社と呼んだり、夷(エビス)神社と呼んだりしているようで、どちらも同じ神社のことを仰っていたのでした。(諏訪神社・拝殿) 拝殿脇左右には、神輿のミニチュア版が置かれている。(同上・右脇ミニ神輿<諏訪神社>) 右側のミニ神輿には、諏訪神社の銘板。 左側のミニ神輿には、夷三ノ町の銘板。(同上・左脇ミニ神輿<夷三ノ町>)(同上・摂社)(同上・摂社<金山彦社、金刀比羅社、船玉社>) 境内摂社は、金山彦社、金刀比羅社、船玉社の三社。 諏方神社を去り、両津港ターミナルビルに戻り、小休止。 素泊まりプランなので、ここで翌朝の朝食にとおむすびとインスタントのカップみそ汁を購入。(佐渡汽船両津港ターミナルに掲示の「越湖勝覧」) ビル2階の乗船待合室の手前付近に掲示されていたのが「越湖勝覧」という、両津湾と加茂湖を描いた江戸時代の絵図。 ホテルに戻る前に夕食の出来そうな店を探すべく走っていて出くわしたのが、両津八幡若宮社。(両津八幡若宮社・本拝殿)(同上・由緒) 立ち寄ってみると、境内には北一輝とその実弟・昤吉のレリーフ像と若き日の北一輝の短歌が記された碑がありました。 両津港ターミナルビル2階の観光案内所で貰った地図を見ると、すぐ近くに北一輝の生家があるではないか。 北一輝と言うと二・二六事件とセットで記憶している人物であるが、彼が佐渡の出身であったことは初めて知った。と言うか、彼について書かれた文献は遠い過去にいくつか読んで居り、そういう記述も或いは目にしていたかもしれないので、初めて知ったというのではなくて、よくは覚えていなかった、失念していたと言うのが正確かもしれない。<参考>北一輝・Wikipedia 北昤吉・Wikipedia(同上・北一輝と北昤吉のレリーフ像) こちらは、北一輝の短歌。(同上・北一輝の短歌)みえずみ江ず なる人かげを みおくりて 逢はれん思 あはれぬ思いなみかね かへしせむとて 筆はとれど あけの袖口 ただかみてのみ 神社を出て、北一輝の生家に向かう。(北一輝の生家)(同上2) 生家の前までやって来たものの、中に入っていいものかどうか分からず、人影も見えず、何やら入りづらい感じであったので、外から覗き見ただけで、やり過ごし、ホテルに戻ることとする。 今回のホテル「湖畔の宿・吉田家」に戻り、預けた荷物を受け取り、チェックインして、部屋で小休止。 ひと風呂浴びてから、夕食に出掛ける。ホテルを出てスグのところに「居酒屋・酔蓮」という灯り看板が目に入ったので、そこで夕食とする。 ヤカモチはアルコールは駄目なので、ノンアルコールのビールであれやこれやを適当に注文して夕食としました。 お腹もくちくなったので、お勘定を済ませて店を出ようとしたところ、お土産だと笹団子2個を頂戴しました。 この居酒屋を出て、夜の祭見物ですが、本日の記事はここまでとします。 (つづく)<参考>銀輪万葉・新潟県・長野県篇
2026.06.23
コメント(6)

<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 3600件目の節目の記事は、友人・岬麻呂氏からの旅便りであります。 今回の旅は、宮崎は日南ジャカランダまつりに合わせての、ご夫妻とお嬢様との三人旅であります。●旅・岬巡り報告357・宮崎・日南ジャカランダまつり(↓)※画像をクリックすると、大きいサイズのフォト蔵写真が新しい窓で開きますので、それでお読みいただくと読み易いかと存じます。●同上添付写真(1) ●同上添付写真(2) ●同上添付写真(3) ●同上添付写真(4) ●同上添付写真(5) ●同上添付写真(6) では、例によって旅の日程に合わせて、送信いただいている写真を添えつつ、そのご様子を紹介させていただきます。6月1日関西空港→宮崎空港→(レンタカー)→青島・亜熱帯植物園→ANAホリデーインリゾート(3連泊) 岬麻呂氏の旅は概ね6ヶ月前に計画を立て予約などの準備をされるので、今回の台風6号の直撃は予想外。 搭乗予定の宮崎便は、天候調査中の表示であったが、出発時刻直前になって、「関西空港に引き返すこともあり」という条件付きでの出発となりました。幸い無事に宮崎空港に着陸、レンタカーを借りて、旅の開始であります。(青島・亜熱帯植物園<ジャカランダ1>)(同上<ジャカランダ2>) 傘が要らない程度の雨だったようですが、いつなんどき雨や風が強くなるやも知れぬとあっては、行動も自重せざるを得ない。 やがて本降りの雨となり、青島は隣接の海岸側から遠望するのみで、青島神社参拝は諦めることとし、ホテルへ。6月2日日南・南郷のジャカランダまつり→マンゴー農家のご友人T氏訪問 台風の影響は午後からとの天気予報であったので、午前中にとジャカランダまつりに出掛ける。 強風下、ジャカランダの青い花が散って、「道路を埋めていた」とのことです。ジャカランダの 散り敷く花や 森の道 台風直下 南郷をゆく (南郷家持) ジャカランダの森の山の頂上にある、宮崎県亜熱帯作物支場トロピカルドームという大温室で、カエンボク、ホウオウボクの花もご覧になったよですから、世界三大花木の花をご覧になったという次第。 その後、ご近所にお住いのマンゴー農家のご友人であるT氏宅をご訪問になられたようですが、「長話となったが風雨激しくなったので」おいとまされて、昼にはホテルにお帰りになったとのことです。 はい、台風直下の青島海岸です。(台風通過時の青島海岸・ホテルの部屋から)青島は 霞みか遠み 寄す波も とどろ騒ぎて 嵐かも疾き (青島家持)6月3日鹿児島・仙厳園(島津家別邸)→(桜島フェリー)→桜島・湯ノ平展望所→鹿屋・志布志経由→都井岬灯台→南郷ジャカランダまつり(再訪) 台風通過後は急速に天気回復。(台風通過後の青島海岸) 台風通過後、天気回復の青島です。 前掲の写真と比べてご覧ください。青島は 朝の光に 輝きぬ けふのひと日の たひらけくこそ (旭家持) 天気も回復し、観光日和であります。 この日はお嬢様のご希望で、鹿児島の仙厳園(島津家別邸)に参ることとなりました。(仙厳園・御殿)(同上・庭園) その後、フェリーで桜島に渡り、湯ノ平展望所へ。(桜島フェリー) 再び、宮崎県に戻り、都井岬へ。(都井岬灯台)(御崎馬) まだ赤ちゃん馬ですが、しっかり踏ん張って立てばもう立派な御崎馬の仲間入りというものです。頑張れ。われ今し 生まれ来りぬ 今日よりは 都井の御崎の 馬にしあれり (都井家持) そして、ジャカランダまつり再訪です。 その際、道の駅「なんごう」で、前日のお会いしたばかりの友人・T氏とまたもやバッタリ出会うというハプニングもありました。(ジャカランダの森)6月4日西都原古墳群→宮崎市市民の森・花菖蒲園→宮崎空港→関西空港 最終日は、朝から雨。 何処へ行くという予定もなかったので、取り敢えず西都原古墳群へと向かいます。(西都原古墳群・鬼の岩屋) 最後は、宮崎市市民の森公園の花菖蒲園を巡り・・。(宮崎市市民の森・花菖蒲園) 全走行距離529kmの親子3人ドライブ旅、無事終了であります。 台風直下でありましたが、いい旅をされたようで何よりです。<参考> 過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。 フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。
2026.06.13
コメント(7)

<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 一昨日(6月10日)は囲碁例会の日。 午前10時10分前後にCB(クロスバイク)で家を出たのであるが、外環状道路(国道170号)まで来たところで、スマホを持たずに来てしまったことに気が付く。 道中の写真を撮ったりしてブログ記事にアップするということをしている関係で、スマホを自宅に置き忘れてしまっては、緊急連絡などもさることながら、色々と不都合があるので、家に引き返す。 そんなことで、出だしからつまづき、自宅を再出発したのは、11時近くになってしまっていました。 外環状道路の新町交差点を西に進み、恩智川を渡ってすぐのところで脇道を北に入ってジグザグに進み、最後は中央大通り(国道308号)に出て、これを西に向かい、大阪城公園を通り抜けて・・というのが、最近お決まりのコースになっているが、今日は少し気分を変えて、新町交差点から西にひたすら走り続け、御堂筋に出たところで右折、これを北上するというコースを久々に走ってみることにしました。 はい、そのスマホで撮った、この日最初の写真がこれです。(柳通東交差点付近) 中央大通りに比べると些か走りにくい。(鶴橋駅前付近)(上本町6丁目交差点)(御堂筋・難波交差点)(同上) 御堂鋤に出て、難波交差点から北上します。(御堂筋・道頓堀付近) 道頓堀川を渡り・・。(御堂筋・本町付近) 梅新交差点で左折、国道2号を西進。 梅田スカイビル到着は12時53分。駐輪場が満杯で駐輪できず。 仕方がないので、近くの駐車場の片隅に無断駐輪させていただく。(新梅田シティ・梅田スカイビル)(コース地図 ―線:往路、―線:復路) 今回の走行コースを地図で示すと概略、上掲の通りです。 昼食をいつものカフェ・ポポロで済ませ、ガーデン・ファイブ棟の5階の部屋に行くと、既に福麻呂氏、村〇氏、平〇氏が来て居られて、福麻呂氏と村〇氏が対局中で、それを平〇氏が観戦して居られるという状態。 早速、平〇氏と最初の1局を打つが、中押し負け。 次に福麻呂氏と打ち、これも中押し負け。 隣の、村〇氏vs平〇戦はまだ中盤の段階であったので、福麻呂氏ともう1局打つこととする。今度はヤカモチの3目半勝ち。 時刻は既に午後3時半になっていたので、この日はこれまでとしたので、1勝2敗ということになりました。 今年に入ってからの成績は12勝12敗で可もなく不可もなし。 帰途はなにわ筋を南へ走り、靭公園を通り抜けて四ツ橋筋に出て、本町付近から御堂筋、堺筋、谷町筋を渡り、東へと走り、上町筋を渡って大阪城公園に入る。(谷町3丁目交差点)(大阪城公園・桜広場付近) アトは中央大通り(国道308号)を東進という、いつもの復路コースを走っての帰宅でありました。<参考>囲碁関連の過去記事は下記参照。 囲碁関係(その1) 2008年~2019年6月 囲碁関係(その2) 2019年7月~
2026.06.12
コメント(2)

<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 入院・通院・闘病記はコチラ。 カテゴリ「友人ほか」の記事一覧はコチラ。 6月3日、夜の測定 体重59.8kg、最高血圧123、最低血圧64.5、脈拍(74.5)。 ※123/66(74)、123/63(75)。 血圧は正常値。 脈圧も、57、60で基準値範囲内の正常値。 MAPも、85、83で目標値範囲内の正常値。 6月4日、朝の測定 体重59.7kg、最高血圧118.5、最低血圧63.5、脈拍(62.5)。 ※116/63(62)、121/64(63)。 血圧は正常値。 脈圧も、53、57で基準値範囲内の正常値。 MAPも、80.7、83で目標値範囲内の正常値。 6月2日夜から4回連続してのオール正常値となっている。 さて、この日は、友人、家近健二氏から「3人絵画展」の案内ハガキが届きました。 今月25日~28日の日程で開催とのことですから、銀輪散歩がてらに出掛けてみますかね。元気を貰いに(笑)。(三人展案内ハガキ) 夜の測定 体重59.7kg、最高血圧106、最低血圧57.5、脈拍(72.5)。 ※112/57(73)、100/58(72)。 血圧はやや低めですが、正常値。 脈圧も、55、42で基準値の範囲内。 MAPも、75.3、72で目標値の範囲内。 これで、5回連続のオール正常値。 6月5日、朝の測定 体重59.2kg、最高血圧116、最低血圧57、脈拍(72)。 ※120/58(72)、112/56(72)。 血圧は正常値。 脈圧は、62、56で、1回目測定値が基準値オーバーで6回連続オール正常値は達成ならずでありました。 MAPは、78.7、74.7で目標値の範囲内。 夜の測定 体重59.4kg、最高血圧124、最低血圧63.5、脈拍(68.5)。 ※128/65(68)、120/62(69)。 血圧は正常値。 脈圧は、63、58で、1回目測定値が基準値オーバー。 MAPは、86、81.3で、2回共に目標値の範囲内。 6月6日、朝の測定 体重59.2kg、最高血圧138、最低血圧64.5、脈拍(63)。 ※138/60(63)、138/69(63)。 血圧は、2回共に138で高血圧。 脈圧も、78、69で2回共に基準値オーバー。 MAPは、89、92で2回目測定値が目標値オーバー。 千葉市ご在住の友人・川麻呂氏からメロンの贈り物が届きました。 同氏とは昨年11月17日に近鉄大和西大寺駅の駅中喫茶店でお会いして以来である。 当時は抗がん剤治療の副作用で味覚異常に悩まされていた時期で食欲もなく、辛い状態であったが、今はそういうこともなく食欲も正常に回復しているので、それを思うと幸せな状態と言うべきか。ただ、腰痛が段々に酷くなって来ているので、その辺は微妙であります。(メロンの贈り物) 柏原市の元気なじいさん3人展の案内ハガキ到着の日から3日目に、千葉の友人からの贈り物・メロン3個が届きました。 3、3、3が並んだところで、本日の記事アップとします。
2026.06.06
コメント(4)

<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 入院・通院・闘病記はコチラ。 今日・6月3日は、循環器内科受診予約の日。 午前9時40分にCB(クロスバイク)で自宅を出る。 台風6号が通過した後で前夜からの雨も止み、雲の切れ目からは青空が覗いているという空模様で、自転車による通院が可能であったという次第。 病院の前まで来たところで、事故と思われるが、横転した乗用車をクレーン車で吊り上げようとしている現場を目撃。その前を横切って、病院に到着です。(事故です。) マイナ保険証の顔認証を済ませ、診察券を受診申込機に挿入、午前10時丁度に病院の受診申し込み受付完了。 発行された連絡表記載の指定に従い、先ず心電図をとるべく2階検査室へ。 心電図をとったあと1階の循環器内科受付窓口へ連絡表提出。 待つこと1時間程度で受診。 心電図の状況に特段のことはなく、これまで通りアムロジン錠、エンレスト錠、メインテート錠の服用を継続ということで、これらの薬の処方をいただく。 会計を済ませ、12時15分、薬を受け取り、喫茶ペリカンの家へ。(ペリカンの家の喫煙所から マイCB) 豚肉の生姜焼き定食&珈琲の昼食。 昼食後にいただいたデザートは、カボチャのタルトでありましたが、店主の、ももの郎女さんからは、「べにいもタルト」のお土産を頂戴いたしました。 ごっつあんです(笑)。(べにいもタルト) (同上) 昼食後、ライフ新石切店に立ち寄り、パンとヨーグルトほかを買って帰宅でした。 以下は、5月30日夜から6月3日朝までの血圧などの測定値であります。 5月30日、夜の測定 体重59.3kg、最高血圧118.5、最低血圧61.5、脈拍(84)。 ※117/62(85)、120/61(83)。 血圧は、2回共に正常値(最高血圧130以上を高血圧とする)。 脈圧も、55、59で2回共に基準値(40以上~60以内)範囲内の正常値。 MAPも、80.3、80.7で2回共に目標値(60以上~90未満)範囲内。 測定値は、オール正常値でありました。 5月31日、朝の測定 体重59.2kg、最高血圧114.5、最低血圧59.5、脈拍(65.5)。 ※117/59(66)、112/60(65)。 血圧は、2回共に正常値。 脈圧も、58、52で2回共に基準値範囲内の正常値。 MAPも、78.3、77.3で2回共に目標値範囲内の正常値。 前夜に続き連続オール正常値となりました。 夜の測定 体重59.3kg、最高血圧102、最低血圧52.5、脈拍(80)。 ※1回目99/52(79)脈異常、2回目101/53(79)、3回目103/52(81)。 血圧は、1回目が脈異常で測定値不採用。2,3回目は正常値。 脈圧は、47、51で基準値範囲内の正常値。 MAPは、68.7、69で目標値範囲内の正常値。 脈異常が現出しなければ、オール正常値であったのだが・・。 脈異常現出は、5月14日朝の測定以来のことである。 夕刻1回、夜3回下痢。 6月1日、朝の測定 体重59.3kg、最高血圧128.5、最低血圧64、脈拍(80.5)。 ※127/65(80)、130/63(81)。 血圧は、2回目測定値が高血圧。 脈圧は、62、67で、2回共に基準値オーバー。 MAPは、85.7、85.3で、2回共に目標値範囲内の正常値。 前夜の下痢は収束。 夜の測定 体重59.6kg、最高血圧122、最低血圧57、脈拍(75.5)。 ※125/57(76)、119/57(75)。 血圧は、正常値。 脈圧は、68、62で、2回共に基準値オーバー。 MAPは、79.7、77.7で、2回共に目標値範囲内の正常値。 6月2日、朝の測定 体重59.4kg、最高血圧126、最低血圧62.5、脈拍(67.5)。 ※132/63(69)、120/62(66)。 血圧は、1回目測定値が高血圧。2回目は正常値。 脈圧は、69、58で1回目が基準値オーバー。2回目は正常値。 MAPは、86、81.3で2回共に目標値範囲内の正常値。 夜の測定 体重59.6kg、最高血圧118.5、最低血圧65.5、脈拍(81)。 ※122/66(81)、115/65(81)。 血圧は2回共に正常値。 脈圧も、56、50で2回共に基準値範囲内の正常値。 MAPも、84.7、81.7で2回共に目標値範囲内の正常値。 今回の測定数値はオール正常値でありました。 6月3日、朝の測定 体重59.4kg、最高血圧116、最低血圧64.5、脈拍(63)。 ※117/63(64)、115/66(62)。 血圧は正常値。 脈圧も、54、49で、基準値範囲内の正常値。 MAPも、81、82.3で、目標値範囲内の正常値。 前夜に続き、今朝も測定数値はオール正常値でありました。
2026.06.03
コメント(6)

<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 偐万葉・どち篇(その16) 偐万葉シリーズ第352弾、偐万葉・どち篇(その16)を記事アップします。 偐万葉シリーズ記事は、各篇20首以上になったら、記事アップするというのが一応の目安になっていますが、今回の「どち(友人)篇」は32首にもなっていましたので、遅ればせの記事アップであります。 1.健人会関係 健人会に於いて作りたる替え歌1首桜花 散りぬるなごり 惜をしみつつ どち皆幸さきく あれと願ひつ (健家持)(本歌)桜花 散りぬる風の なごりには 水なき空に 波ぞ立ちける (紀貫之 古今集巻2-89) (20260409健人会・瀬田川畔の桜) 健人会のブログ記事に寄せて詠める歌1首こころよき 疲(つか)れなるかな 四千余歩(よんせんよほ) どちと過(す)ごせし 今日(けふ)の一日(ひとひ)の (石川家持)(本歌)こころよき 疲れなるかな 息もつかず 仕事をしたる 後(のち)のこの疲れ (石川啄木) こころよき あはれこのつかれ 息もつかず 仕事をしたる 後(のち)のこのつかれ (同上初案)<参考>健人会関係の過去記事はコチラ。2.岬麻呂氏関係 岬麻呂氏に贈りて詠める歌26首 岬麻呂氏のコメントに答へて詠める歌1首病気とは それ戦わずして 勝つことが 肝要なりと われ心得ぬ (病家持) 岬麻呂氏の石垣島、西表島への旅に寄せて詠める歌7首火の色に 咲ける花かも カエンボク バンナの園は 今盛りなり (火炎家持) (20260228カエンボク)白浜の うすくれなゐの サガリバナ 花芽刈られし 咲かなく悔し (白浜家持)朝風や 沖行く船の 影見つつ イダの浜辺を 二人し行かむ (西浜家持) (20260228イダの浜)入日さす イダの浜辺の 夕暮れの 寄せ来る波の 音はかなしも (西浜家持)黄金(こがね)なる 蛹(さなぎ)を出(い)でて 貴婦人の 蝶(てふ)よ飛び立て 南国(なんごく)の空 (蛹家持) (20260228オオゴマダラ)朝夕に 寄せ来る波の 平久保の 海に向かひて 言ふこともなし (岬家持) (20260228平久保崎の海)玉取の 丘にし立てば はるかなる 青き島山(しまやま) 大空の雲 (玉取家持) (20260228玉取崎展望台からの眺め) 岬麻呂氏の南東北桜旅に寄せて詠める歌8首ちらほらの 桜見つつや わが来れば 花の盛りに あひつ若松 (会津家持) (20260416会津若松市街)鶴ヶ城 朝日ににほふ 桜花 二つ並べて 見らくしよしも (鶴桜家持) (20260416鶴ヶ城)遠山に 雪は置きつつ しかすがに 枝垂れ桜は 咲き匂ひける (飯豊家持) (20260416飯豊山塊と枝垂れ桜)寄す波の 笹川流れ 光る海 吹き来る風の ままにぞ行かな (笹川家持) (20260416笹川流れ)何となく 有難うと 呟きぬ 夕日の宿に 妹とある旅 (偐岬麻呂) (20260416湯野浜温泉の夕日)消灯の 時刻過ぎたり 倉津川 夜桜見物 叶はずありき (倉津家持)しめやかに 降る春雨の 花もよし 旅の仕上げと 山形城址 (山形家持) (20260416山形城址)上山(かみやま)の 城のさくらは いかにかも 小雨に濡れて あるもよかりき (上山家持) (20260416上山城) 岬麻呂氏の北東北桜旅に寄せて詠める歌6首鶴の舞 橋ゆ花越し お岩木の 津軽の富士は 見らくしよしも (津軽家持) (20260508鶴の舞橋)花筏 かきわけかきわけ 行くボートに さらに一陣 花嵐吹く (花嵐家持) (20260508弘前公園)桜旅 花も嵐も 踏み越えて 行くが男と 地震まであり (愛染家持)桜花 散り敷く道を わが行けば 車のあとに 花の波立ち (八郎潟家持) (20260508八郎潟干拓地)灯台の 黒き横縞 雄々しければ むべ男鹿の地に 置かれけらしも (入道埼家持) (20260508入道埼灯台)桜姫 枝垂れて一人(ひとり) 気を吐くや この春納めの 舞ひをや見せつ (角館家持) 岬麻呂氏の富良野桜旅に寄せて詠める歌4首しづしづと 咲き散る桜 山桜 妹とし二人(ふたり) 湯の沢に見つ (桜家持) (20260525湯の沢温泉のヤマザクラ)岬麻呂 ご夫妻迎へし 金山の 姫は三人(さんにん) 姉妹にあるか (桜家持) (20260525金山ダム公園の桜)出で行けば そこば尊き 愛別の 雄々しその山 見らくしよしも (偐家持) (20260525愛別岳)葉桜と なるもよしなり この道は 芦別岳を 見つつも行けば (芦別家持) (20260525山部山桜街道と芦別岳)<参考> 過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。 フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。3.オガクニマン氏関係 オガクニマン氏の手土産餅パイに寄せて詠める歌1首ヤカモチも もちにしあれば 餅パイを 喰らひて少し いや太りませ (餅家持) (20260226餅パイ)<参考>偐万葉・オガクニ篇及びオガクニマン氏関係掲載のどち篇はコチラ。 オガクニマン氏のブログはコチラ。4.出麻呂氏関係 出麻呂氏の訃報に接して詠める歌1首またひとり 君逝きたるか 悲しかも 面影追へば 心ぞ痛き (悲傷家持)(初案)悲しかも 心ぞ痛き またひとり 君逝きたるか 面影追ひつ (20260330病院の桜)5.野麻呂氏関係 野麻呂氏との再会に寄せて詠める歌2首よき友と よしとよき時 過ぐしつつ よき友よき時 よしとす我は (偐家持) (20260403新町西公園の桜)ひとや先 われや先かの 癌持つ身 神がまにまに この身任せて (偐家持)<参考>偐万葉・どち篇の過去記事はコチラ。
2026.06.02
コメント(4)
全9件 (9件中 1-9件目)
1