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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 (承前) 前頁の続きです。今日、9月16日は中尊寺に向かいますが、前日の毛越寺庭園散策で腰痛が酷くなったみたいなので、旅館でタクシーを手配して貰い、中尊寺に向かうこととしました。 玄関先の喫煙場所で電子タバコを一服しているとタクシーがやって来ました。荷物は旅館に預け、杖だけを持って蓮池下の駐車場まで行き、そこでタクシーを下車。そこから拝観券発行所までの坂道をとぼとぼと杖つきながら上ります。 拝観券を購入し、パンフレットを受け取って金色堂へと向かう。(中尊寺・パンフレット1)(同上・パンフレット2) 金色堂へは左手に進むが、右手を見ると阿弥陀堂と鐘楼が目に入ったので、先ずこれらを撮影する。(同上・阿弥陀堂)(鐘楼)(同上・梵鐘説明碑) 踵を返して、金色堂へと向かう。 今回の平泉銀輪散歩は、芭蕉の「奥の細道」に誘われてのものであるので、金色堂は外せない。参考までに「奥の細道」の平泉の段の全文を掲載して置きます。三代の栄耀(えいえう)一睡(いっすい)の中(うち)にして、大門の跡は一里こなたに有(あり)。秀衡(ひでひら)が跡は田野(でんや)に成(なり)て、金鶏山(きんけいざん)のみ形を残す。先(まづ)高館(だかだち)にのぼれば、北上川南部より流るゝ大河(たいが)也。衣川(ころもがは)は和泉(いづみ)が城(じやう)をめぐりて、高館の下にて大河に落入(おちいる)。泰衡(やすひら)等が旧跡は、衣(ころも)が関(せき)を隔(へだて)て、南部口(なんぶぐち)をさし堅め、夷(えぞ)をふせぐとみえたり。偖(さて)も義臣すぐって此城(このしろ)にこもり、功名(こうみやう)一時(いちじ)の叢(くさむら)となる。「国破れて山河(さんが)あり、城(しろ)春にして草(くさ)青(あを)みたり」と、笠打敷(うちしき)て、時のうつるまで泪(なみだ)を落し侍りぬ。夏草や兵(つはもの)どもが夢の跡卯(う)の花(はな)に兼房(かねふさ)みゆる白毛(しらが)かな 曾良兼(かね)て耳驚(おどろか)したる二堂開帳す。経堂(きやうだう)は三将の像をのこし、光堂(ひかりだう)は三代の棺(ひつぎ)を納め、三尊(さんぞん)の仏を安置(あんぢ)す。七(しち)宝(ほう)散(ちり)うせて、珠(たま)の扉(とぼそ)風にやぶれ、金(こがね)の柱霜雪(さうせつ)に朽(くち)て、既(すでに)頽廃(たいはい)空虚(くうきょ)の叢(くさむら)と成(なる)べきを、四面新(あらた)に囲(かこみ)て、甍(いらか)を覆(おほひ)て風雨を凌(しのぐ)。暫時(しばらく)千歳(せんざい)の記念(かたみ)とはなれり。 五月雨さみだれの降ふりのこしてや光堂<参考>上記の現代語訳はコチラをご参照ください。(同上・金色堂覆<さや>堂遠望) ここから行くのが金色堂への本来の入口なんだろうが、右手に進み拝観券を提示する入口から遠回りしての入場となります。 金色堂の手前に宮沢賢治の詩碑があったので立ち寄ります。(同上・宮沢賢治詩碑)(同上・詩碑) 副碑によると、この詩碑は、金色堂建立850年を記念して昭和34年(1959年)に建立されたものとのこと。(同上・副碑)(同上・金色堂の覆堂さやどう) 金色堂の覆堂の東側に沿って裏へと回る。覆堂の入口は裏側にあるのだが、その手前にあったのが、念仏行人阿波之介の舎利塚。(同上・念仏行人阿波介舎利塚)<参考>阿波介・新纂浄土宗大辞典 覆堂に入ると、燦然と輝く金色堂と本尊の阿弥陀如来、脇士の観音菩薩と勢至菩薩、それらを囲む形で六体の地蔵菩薩と持国天・増長天。 「皆金色」の極楽浄土を表現しているとのことですが、見事な眺めであり、荘厳此処に極まれりであります。金色(こんじき)に 荘厳(しやうごん)されて まばゆければ 光堂(ひかりだう)とぞ 呼ばれけらしも (金色家持) 金色堂は藤原清衡により天治元年(1124年)に建立されたものであるが、「吾妻鏡」に所収の「寺塔已下注文」(奥州藤原氏滅亡直後の文治5年<1189年>に、中尊寺経蔵別当心蓮が源頼朝に差し出したもの)に「金色堂上下四壁は皆金色なり」の記載があるとのことで、当時からこの阿弥陀堂が金色堂という名で呼ばれていたことが分かる。光堂というのは近世以降の俗称である。<参考>中尊寺・Wikipedia 中尊寺公式ホームページ 中尊寺金色堂・Wikipedia 観光客は、裏側(南側)の出入口から覆堂内に入り、表側(北側)の出入口から退出するようになっている。(同上・芭蕉句碑) 金色堂を出たところに芭蕉句碑。 五月雨の降のこしてや光堂 元禄2年(1689年)5月13日(新暦6月29日)、おくのほそ道の旅で芭蕉が詠んだ句。時に芭蕉46歳(数え年齢)である。<参考>曾良旅日記「(五月)十三日、天気明。巳ノ尅ヨリ平泉ヘ趣。・・高館・衣川・衣ノ関・中尊寺・(別当案内)光堂(金色寺)・・・」 芭蕉句碑の斜め向かいにあったのが昭和天皇御製歌碑。(同上・昭和天皇御製歌碑)みちのくの 昔の力 しのびつつ まばゆきまでの 金色堂に佇つ (昭和天皇御製)(同上・経蔵)(同上・経蔵説明碑) 経蔵の撮影では建物前でスマホ画面を眺めながら長らく楽しそうに立ち話をされている男性二人組が立ち去るのを辛抱強く待って・・(笑)。(同上・関山天満宮) 関山天満宮から旧覆堂への坂道を上ります。(同上・芭蕉像と奥の細道碑) 旧覆堂の手前にあったのは芭蕉像と奥の細道の碑。(同上・旧覆堂)(同上・旧覆堂説明碑) 現在の覆堂は昭和38年(1963年)に建築され、それに伴って旧覆堂はこちらに移築された。 芭蕉が見たのはこの旧覆堂の中の金色堂であったということになる。(同上・旧覆堂を別の角度から撮影) 旧覆堂から、釈迦堂・弁天堂を経て、拝観券発行所のあった讃衡蔵(宝物館)の展示室に入館。 そろそろ腰が限界を迎えたようであります。(中尊寺九百年・讃衡蔵展示室の出口前ディスプレイ) 讃衡蔵展示室を退出し、外に設けられているベンチで暫し休憩であります。 これ以上歩き回るのは無理とみて、電話でタクシーを呼び、旅館・舞鶴経由で平泉駅前に戻ることとする。 このアト駅前から衣川方面へ銀輪散歩するのですが、続きはページを改めることとします。(つづく)<参考>過去記事、銀輪万葉・その他篇はコチラ。 (東北地方銀輪万葉は、その他篇に収録) フォト蔵アルバム「2026.09.15~16.平泉銀輪散歩」
2026.09.24
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 (承前) 毛越寺境内散策を続けます。 浄土庭園の中央の池、大泉ヶ池を時計回りに巡ります。 嘉祥寺跡(前頁記事掲載)から講堂跡へ。(毛越寺・講堂跡)(同上・講堂跡説明碑) 講堂跡の東側に隣接してあるのが、金堂円隆寺跡。 藤原基衡が万宝を尽くして建立したという勅願時である円隆寺跡。 池の対岸が南大門跡であり、そこから池の中島を跨ぐ形で橋が架けられていたようで、往時の毛越寺の中心をなす伽藍であったとのこと。(同上・大金堂円隆寺跡)(同上・金堂円隆寺跡説明碑) 金堂円隆寺跡の東側にあるのが、山水を池に取り入れるための水路である遣水。(同上・遣水)(同上・遣水説明碑) 毎年5月第4日曜日にこの遣水を舞台に「曲水の宴」が催されているが、これは1986年に遣水の遺構が復元されたことを記念して開かれるようになったものである。<参考>曲水の宴・Wikipedia(曲水の宴・毛越寺のパンフレットより転載) この遣水を見たいという観光客が多いのだろう、本堂から大泉ヶ池に向かう途中にこんな標識も立てられていました。(同上・遣水の案内板)(同上・遣水と萩の花)(同上・遣水の上流側)(同上・遣水の下流側と大泉ヶ池)(同上・常行堂) 遣水の流れを渡って、左に入ると常行堂がある。(同上・常行堂説明碑)(同上・地蔵菩薩) 常行堂に向かって左手前にこんなお地蔵さんがありましたが、通常見慣れているお地蔵さんとは姿形が随分異なるので、「地蔵菩薩」という表示がなければ、お地蔵さんとは思わなかったことだろう。(同上・鐘楼) 常行堂に向かって右側に鐘楼があり、その東側が旧の常行堂跡、その奥(北側)が法華堂跡。(同上・常行堂跡と法華堂跡)(同上・常行堂跡・法華堂跡説明碑) 常行堂跡を過ぎると、大泉ヶ池の北岸の史跡は全て見たことになり、池の東岸の木立の道へと進みます。 下掲の写真は、池の北東岸から南西方向にある本堂の方向に向かっての眺めです。 写真左手から伸びている緑色の出っ張りが洲浜である。(同上・大泉ヶ池) 池の東岸の木立の道。(同上・池畔の楓と杉) 池の北西岸に設けられた岸の出っ張りが洲浜。 海岸の砂州を表現して居り、やわらかい曲線で入江を形作っている。(同上・大泉ヶ池と洲浜)(同上・出島と池中立石) こちらは、出島と池中立石。 荒磯の風情を表現している。 池中立石は約2.5mの高さがあり、毛越寺庭園を象徴する景趣とされる。(同上)塵泥(ちりひぢ)の 身にはあれども さやけきを 求め浄土の 庭をめぐらむ (塵家持) 小雨がぱらつく生憎のお天気であったが、雨間を選んでの散策でありました。(つづく)<参考>過去記事、銀輪万葉・その他篇はコチラ。 (東北地方銀輪万葉は、その他篇に収録) フォト蔵アルバム「2026.09.15~16.平泉銀輪散歩」
2026.09.21
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 レスパイト銀輪散歩第6弾。 9月15日~16日と平泉を銀輪散歩して来ました。(一ノ関駅)(同上) 東北新幹線一ノ関で在来線に乗り換え、平泉駅下車。(平泉駅) 先ず旅館に立ち寄り、荷物を預けて・・。(旅館舞鶴) 毛越寺に向かいます。 毛越寺の東側に隣接して史跡公園・観自在王院跡がある。これを通り抜けて毛越寺表門へと向かう。<参考>観自在王院跡・Wikipedia(舞鶴が池) 宿泊する旅館の名が「舞鶴」であったが、これはこの舞鶴が池から来ているのでしょう。(同上・説明碑)(同上・中島跡説明碑)(観自在王院跡)(同上・説明碑)(同上・南門跡説明碑)(史跡公園・特別史跡観自在王院跡) 毛越寺は、850年(嘉祥3年)に円仁(慈覚大師)が創建した天台宗の寺院である。(毛越寺・山門) 山門は1921年(大正10年)に伊達一関藩の一関城の大手門を移築したものである。<参考>毛越寺・Wikipedia 毛越寺公式ホームページ(毛越寺パンフレット1) パンフレットについては、画像をクリックして、大きいサイズのフォト蔵写真でご覧ください。その他の画像も同様です。(同上2)(同上3)(毛越寺・本堂遠望) 本堂に向かう右手に芭蕉句碑「夏草や兵どもが夢の跡」があったようだが、見落としてしまい、写真はなしです。(同上・伽藍復原図)(同上・南大門跡)(同上・本堂)(同上・本堂) 本尊は薬師如来。脇士仏は日光・月光両菩薩。(同上・本堂 本尊薬師如来遙拝) 杖をつきながら大泉ヶ池をぐるり一周しますが、腰痛ヤカモチにはかなりこたえる歩きであります。 浄土庭園という名前の庭園。 極楽浄土とあらば、頑張って巡るほかありませぬかな。(同上・大泉ヶ池&中島 北方向)(同上・大泉ヶ池&出島と池中立石 東方向)(同上・杉木立)(同上・開山堂)(同上・開山堂説明碑)(同上・嘉祥寺跡)(同上・嘉祥寺跡説明碑)<参考>過去記事、銀輪万葉・その他篇はコチラ。 (東北地方銀輪万葉は、その他篇に収録) フォト蔵アルバム「2026.09.15~16.平泉銀輪散歩」(つづく)
2026.09.19
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 友人・岬麻呂氏からの旅便りが届きました。 前回の富良野に続き今回も北海道です。 岬麻呂氏の旅は、概ね半年前に予約をされているのが普通で、今回の北海道東部、知床・網走・阿寒の旅もその例の通りの予約。 出発直前の道東地域の天気予報は停滞する前線の影響で曇りや雨。 「天候最悪を覚悟しての夫婦旅」であったようですが、「悪運強く」であったかどうかはともかく、予報は見事に外れ、お天気に恵まれたいい旅をされたようでありますので、我々もお相伴させていただきましょう。〇旅・岬巡り報告359・知床半島、網走、阿寒(↓)(以下、添付写真は、画像をクリックすると大きいサイズの写真画面が別窓で開きますので、それでご覧いただくと、記載文章も苦労なくお読みいただけるかと存じます。)〇同上添付写真1(↓) 〇同上添付写真2(↓) 〇同上添付写真3(↓) 〇同上添付写真4(↓) 〇同上添付写真5(↓) 〇同上添付写真6(↓) 〇同上添付写真7(↓) 〇同上添付写真8(↓) 〇同上添付写真9(↓)8月26日関西空港→女満別空港→(レンタカー)→空港近くのヒマワリ畑→能取湖・卯原内→サロマ湖・ワッカ原生花園→サロマ湖・キムアネップ岬→網走湖畔の温泉宿・ホテル網走湖荘(3連泊) 女満別空港に降り立ち、レンタカーを借りて出発。 先ず、空港近くのヒマワリ畑に立ち寄り、能取湖、サロマ湖へ。(卯原内<網走市・能取湖>のサンゴ草群落) アッケシソウ(厚岸草・別名:サンゴ草<珊瑚草>)の紅葉はかなり進んでいたが、もっと鮮やかな赤に色づくのはもう少し先のようです。<参考>アッケシソウ・Wikipedia こちら方面のご旅行は、網走湖畔の温泉宿・ホテル網走湖荘を定宿とされているのでしょうか、今回も網走湖荘3連泊であります。 馴染みの大女将の益々もってお元気なお出迎えは嬉しいことでした。(キムアネップ岬<佐呂間町・サロマ湖>のサンゴ草群落)8月27日カムイワッカ湯の滝→知床五湖(一湖)→天に続く道→清里町・神の子池→裏摩周展望台→川清水 事前の天気予報は外れて、お天気は晴れ。 しかし、ウトロの知床岬航路の観光船も、羅臼から道の果てる相泊出航のヒグマボートクルーズも、波が高いため欠航との連絡が入る。 是非もなし。 通行制限解除となった地道の林道をカムイワッカ湯の滝まで走る。 通行車両皆無で「ヒグマとの遭遇を期待した」とのことでしたが、出遭ったのはエゾシカばかり。(カムイワッカ湯の滝)<参考>カムイワッカ湯の滝・Wikipedia(知床林道のエゾシカ) ヒグマに遭遇しなくてよかったです(笑)。 熊さんの虫の居所が悪くて車を襲われたら大変です。 巨大なヒグマなら車をひっくり返す力もありそうです。(知床五湖<一湖>)<参考>知床五湖・Wikipedia 知床五湖(一湖)、天に続く道、神の子池と巡ります。(天に続く道)<参考>天に続く道・Wikipedia 国道334号、国道244号を含む全長28.1kmの直線道路の最東端、斜里町峰浜から眺める景観の呼称が「天に続く道」である。 東端からの眺めであるから、西へと一直線に伸びるこの道は、さしづめ西方浄土への道でもあるか。 28kmなら自転車でも行ける西方浄土でありますな。(神の子池)<参考>神の子池・Wikipedia(裏摩周)<参考>裏摩周展望台・観光スポット/清里町 裏摩周では天気が急変し、小雨に濃霧。ご覧のように視界最悪という場面もありました。8月28日女満別空港近くのヒマワリ畑再訪→美幌町経由→津別町・鉄道公園→阿寒町・オンネトー→阿寒湖→川湯温泉駅構内のレストラン「森のホール」(昼食)→硫黄山→屈斜路湖・砂湯→美幌峠 この日も快晴。 ホテルの部屋から眺める網走湖。 素晴らしい眺め。(網走湖・ホテルの部屋から撮影)(メルヘンの丘)<参考>メルヘンの丘・Wikipedia 網走郡大空町のメルヘンの丘へ。ランドマークの7本のカラマツを眺めつつ、26日に立ち寄った女満別空港近くのヒマワリ畑を再訪問です。(女満別のヒマワリ畑) こちらもメルヘンですな。 26日の訪問時は展望デッキが設置されていましたが、花の時期も終わりということで、種を収穫するための作業に入るべく、展望デッキは撤去されていました。 メルヘンから現実へ、であります。(鉄道公園<津別町・相生>)<参考>北見相生駅・Wikipedia 道の駅あいおい・Wikipedia 津別町相生の鉄道公園、オンネトー、阿寒湖と巡ります。(オンネトー)<参考>オンネトー・Wikipedia オンネトーは、阿寒摩周国立公園内にある湖で、アイヌ語で「年老いた沼」または「大きな沼」の意味。(阿寒湖と雄阿寒岳)<参考>阿寒湖・Wikipedia 雄阿寒岳・Wikipedia この日の昼食は、川湯温泉駅構内の「森のホール」というレストランで、ビーフシチューの昼食を召し上がられたそうですが、美味であったとのこと。<参考>川湯温泉駅・Wikipedia そして、屈斜路湖へ。(屈斜路湖・砂湯)<参考>屈斜路湖・Wikipedia 屈斜路湖畔温泉郷・Wikipedia アトサヌプリ(別名:硫黄山)・Wikipedia 美幌峠から屈斜路湖を眺めて、ホテル網走湖荘へと戻ります。(美幌峠から屈斜路湖を望む)8月29日能取湖経由→能取岬→天都山展望台・オホーツク流氷館→女満別空港→関西空港 最終日も晴れ。 能取岬灯台、オホーツク流氷館を巡り、女満別空港へ。(能取岬灯台)<参考>能取岬灯台・Wikipedia(天都山展望台・オホーツク流氷館からの眺望)<参考>オホーツク流氷館・Wikipedia 全走行距離720kmの夫婦旅、無事完了であります。<参考> 過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。 フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。
2026.09.09
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 昨日(9月2日)は健人会の例会で大津市の石山まで出掛けて参りました。この日は、囲碁の例会の日でもあったのですが、囲碁の方は欠席とし、健人会の方を優先とした次第。 JR石山駅へは、大和西大寺駅で近鉄京都線に乗り換え、京都駅に向かい、京都でJR線に乗り換えることになるが、大和西大寺駅で京都行き急行に乗り込もうとしていたところ、偶然にも徳〇氏、竹〇氏と一緒になりました。 両氏共に健人会のメンバーである。 3人で京都経由石山駅へと向かう。(JR石山駅改札口) 石山駅到着は11時過ぎ。 石山駅からは料亭新月の送迎バスで会場に向かうことになるが、お迎えの車が来るまでは随分と時間がある。(JR石山駅前のガス灯) 駅前のガス灯の前でタバコ一服であります。 ガス灯の向こう側は、ビバリーヒルズをもじったビワリーヒルズという名のマンションの工事中である。(料亭新月の送迎マイクロバス) やがて送迎のマイクロバスが到着。 これに乗車予定の全員が揃ったので、会場の料亭新月に向かい出発。 出席者は、杉〇氏、只麻呂氏、近江鯨麻呂氏、平〇氏、岡〇氏、今〇氏、森〇氏、徳〇氏、竹〇氏、生〇氏、平◎氏、正〇氏、木〇氏、北〇氏と幹事役・世話役の草麻呂氏、そしてヤカモチの16名。 現在のメンバー全員が恙なく出席ということで、めでたし、めでたしでありました。 世話役の草麻呂氏のご指名により、岡〇氏のご発声で乾杯。 会が始まりました。(今日の前菜) 食レポはしない主義のヤカモチでありますので。写真は前菜のみ。 ワイワイガヤガヤいつもの通りの楽しい交流です。 前回が4月9日でしたから、5ヶ月ぶりの再会であります。 特段の こともなけども 恙なく かくし集ひて あるぞうれしき (偐家持) この会は年に2~3回のペースで集まっているが、いつまでも皆さんお元気に集まってワイワイガヤガヤと楽しい時間を過ごせるようでありたいものです。 最後に杉〇氏と只麻呂氏のご両氏からの短いスピーチがあり、次回の集まりを来年1月13日(水)とすることを決めて散会となりました。<参考>健人会関係過去記事はコチラ。
2026.09.03
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