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ちょい不良ドクター お~ちゃんです。え~、多くの方はお休みと思いますが、なんと、お~ちゃんは12月31日の大晦日も仕事してます。寝たきりの方々のお世話をしていますので、週に2から3回は排泄のお手伝いはお正月休みとは言えお休みにできません。お正月三が日を丸々お休みにできないので今日出てきました。というわけでウンコは大晦日にも出る。では、皆様よいお年を! 訪問看護・介護のご相談はこちらまで♪今日はなん位かな?いつも応援ありがとうございます!
Dec 31, 2006
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ちょい不良ドクター お~ちゃんです!お~ちゃんの往診でのお仕事は一応医者ですから、患者さんの病気をみるということですが、実際はいろんな仕事をします。その中で結構やらされている仕事は夫婦喧嘩の仲裁です。時々なんでこんなことせなあかんねん!と、ぼやきたくもなりますが。おうちで過ごしていると看病するほうも、されるほうも色々ストレスがたまるようで口げんか、プチ家出、私がいようがいまいが関係なく皆さん夫婦喧嘩をします。往診の経験が余りなかった時は結構面食らいました。でも、最近は冷静です。喧嘩の仲裁をせず、様子をみます。昔であれば仲良くしてくださいねとひとこと言うぐらいでしたが、決して喧嘩を止めません。おかげで往診時間が延びて伸びて、次の患者さんに御迷惑をかけることもたびたびです。ただ、仲がいいからこそ喧嘩しておられる場合が多いので「お熱いことで。」と茶化していると当人たちはばかばかしくなって喧嘩が終わることが多いです。次に行くと結構仲直りしておられたりしますのでこれも患者さんたちをいろんな面でサポートするという意味で仕事のひとつではないかと、考えるようになりました。じゃあ、またね! 訪問看護・介護のご相談はこちらまで♪今日はなん位かな?いつも応援ありがとうございます!
Dec 27, 2006
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ちょい不良ドクター お~ちゃんです。23日と24日は連休、またクリスマスイブでした。皆さんはどんな風に過ごされましたか?さて、お~ちゃんはゴージャスにキョンちゃんとクリスマスを過ごすと宣言していましたが、23日はリッツ・カールトンホテルのラベというお店でお食事をいただきました。http://www.ritz-carlton.co.jp/restaurant/labaie.htmlそのまま、ホテルで一泊し、ちょっとしたセレブの気分を味わってきました。24日は部屋でDVDを見たり、有馬記念のディープインパクトの最後のレースを見たり、年末恒例の漫才のM-1グランプリを見てのんびり過ごしました。優勝したチュートリアルは最高に面白かったなあ!ところで前から料理を覚えたいと思っていたお~ちゃんはキョンちゃんと一緒に筑前煮を作ったり、きゅうりの酢の物や、おみそ汁も作りました。もちろん、キョンちゃんが手取り足取り教えてくれました。リッツのラベで食べたクリスマスディナーも大変おいしかったですが、こうして二人で作った夕食を二人で食べるのはクリスマスディナー以上においしかったです。幸せってこんな風なもんなんだろうなあと一人納得していたお~ちゃんでした。じゃあ、またね! 訪問看護・介護のご相談はこちらまで♪今日はなん位かな?いつも応援ありがとうございます!
Dec 25, 2006
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ちょい不良ドクター お~ちゃんです。いよいよ年の瀬も押し詰まってきました。明日はイブイブですがお~ちゃんはキョンちゃんとゴージャスにイブイブを楽しむ予定です。うふふふふ!ところでお~ちゃんの診療所でも昨日クリスマス会を開催しました。これはクリスマス会のプログラムです。手作りでスタッフ全員で作りました。診療所の待合室でちょっとした音楽会をしたんですよ。曲目は写真のプログラムにもありますが1.ジングルベル2.アベ・マリア3.上を向いて歩こう4.世界にひとつだけの花5.波浮の港6.宵待ち草7.パッヘルベルのカノン8.きよしこの夜お~ちゃんの診療所には音楽療法士を目指している看護師がいて彼女が仲間を連れてきてくれました。バイオリン、ピアノ、フルートを3人で演奏してくれました。当然音痴のお~ちゃんはハンドベル担当です。患者さんたちと歌を歌ったり、手拍子をしたり、お~ちゃんも随分楽しみましたが、何よりもおうちで寝たきりの方も車椅子で来ていただいたり、普段外来でゆっくりお話できないような患者さんたちも大勢来ていただきとっても有意義な時間を過ごせました。ところで曲目に波浮の港 宵待ち草とちょっとクリスマスらしからぬ曲がありますが、これはある患者さんがこのクリスマス会のことを知って自ら歌いたいと名乗り出ていただき、急遽追加となったものです。このおじさんは、実は某局のアナウンサーだった方で、定年退職後悠々自適の生活を始めようとした矢先に胃癌、食道癌と次々に癌に冒されました。でも明るく前向きに生きておられ私は忠臣蔵の浅野内匠頭よりも切腹してますなんてギャグを飛ばしていました。さすが元アナウンサー、自己紹介、曲の紹介も自分でやってのけ、また、その歌声のすばらしいこと、終わったときはすごい拍手が沸き起こりました。歌い終わってから、食道も胃もなくったってこうしてちゃんと歌えるし、毎日を楽しんでます。とおっしゃった時は目頭がじ~んとなりました。でも、いつかはこの光景も見られなくなるかもしれない、でも絶対来年も歌ってくださいねとお~ちゃんは心から願いました。そう、来年も歌ってください、お願いします!じゃあ、またね! 訪問看護・介護のご相談はこちらまで♪今日はなん位かな?いつも応援ありがとうございます!
Dec 22, 2006
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ちょい不良ドクター お~ちゃんです。年末ですね~!お~ちゃんは年末は年末ジャンボ宝くじを買います。発表前になると妄想が膨らんでほとんど一億円当たったらどうするかで頭の中はピンク色です。今年こそ当たりますように、これまでかすりもしたことがありませんが。ところで今日は久しぶりにNおじさんと外来でお会いしました。お~ちゃんは競馬はまったく興味ありませんが、Nおじさんは競馬が大好き。そう事件が起こったのは7年前の年末の日曜日でした。有馬記念、今、テレビで中居君がコマーシャルをやってるレースです。7年前の有馬記念、Nおじさんは色々予想を立てました。Nおじさんの買った馬券は当たれば配当が約20倍。日曜日のお昼間にビールを飲みながらレースをテレビで見ていました。ゴール前の直線をNおじさんが買った2頭の馬が駆けていく。思わず興奮して「それ、いけ~!」やりました。当てました。配当は20倍。Nおじさんは1万円買っていたので20万円ゲットです。「やった~!!!」と同時に胸に激痛が!!!昔、プロレスが超人気だった時代に力道山を応援していたおじいちゃんたちがよく心筋梗塞を起こしたという話は聞いたことがありますが、Nおじさんは有馬記念を当てて心筋梗塞になってしまいました。一晩我慢して、(我慢すんなよ!)翌日の月曜日にお~ちゃんの診療所に来られましたが、心電図で心筋梗塞と診断し、すぐに救急車で専門病院へ!でも、今となってはこれも懐かしい話です。元気なNおじさんと懐かしい話を振り返りながら、「せんせ、あまり興奮したらあきませんな。」無責任なお~ちゃんは「人生、楽しく生きて、なんぼでっせ。」Nおじさん「そら、そうでんな。」「今年も、当てはったらよろしいやん。」「ほな、今度発作が起こっても、たのんまっせ。」「その時は、あたった配当は山分けでっせ。」お~ちゃんは人生を楽しんでる人が大好きです。じゃあ、またね! 訪問看護・介護のご相談はこちらまで♪今日はなん位かな?いつも応援ありがとうございます!
Dec 20, 2006
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ちょい不良ドクター お~ちゃんです。今日もノロウィルスと思われる患者さんが何人か来ました。でも、よく読んでくださいね。ノロウィルスと思われるであって、間違いなくノロウィルスとは診断できないんです。訳を御説明しますと、ノロウィルスによる感染性胃腸炎と間違いなく診断するには、便や嘔吐物の中にノロウィルスを検出しないと診断は確定しません。しかし、保険診療の枠組みの中ではノロウィルスの検査はできないんですよ~!お~ちゃんの診療所ではどうしてもはっきりさせる必要があった特別な事情の方だけ検査をしましたが、保険のきかない検査なので実費が必要です。検査会社にかかるコストだけで1万円かかります。というわけで検査をしませんが、検査をしても結果がでるまでに丸1日以上かかりますし、幸いノロウィルスによる感染性胃腸炎は3日もすればよくなることがほとんどなので今更原因がわかったところでノロウィルスかどうか確認する検査をする意味もあんまりありません。今日は最近はやっているノロウィルスの裏事情について少しお話してみました。じゃあ、またね! 訪問看護・介護のご相談はこちらまで♪今日はなん位かな?いつも応援ありがとうございます!
Dec 18, 2006
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ちょい不良ドクター お~ちゃんです。今日は昼から木枯らしが吹いてとっても寒くなりました。いよいよ本格的な冬が始まるようです。いまだにお~ちゃんの外来ではインフルエンザの患者さんはいません。しかし、そろそろ現れるころだとスタッフに準備を始めさせています。最近はもっぱらノロウィルスによる感染性胃腸炎が大流行しています。皆さんもご存知なようにノロウィルスは牡蠣に代表される貝類による感染調理をする人がノロウィルスに感染している場合最後にノロウィルスを含んだ嘔吐物や便が乾燥してこれが空気中に浮遊して感染するケースがあります。特に最後のケースがあるためにこれだけの大流行になってしまっているように思います。皆さんもくれぐれも手洗いを忘れずにしてくださいね。また、家族が発病したときはいろんなホームページに紹介されているように塩素系の消毒剤で汚れたものを消毒するようにしてください。詳しくは下記のホームページを参考にしてください。http://www.pref.ehime.jp/040hokenhukushi/140eikanken/kanjyo/topics/ityoen/noro.htm じゃあ、またね! 訪問看護・介護のご相談はこちらまで♪人気blog参加してます。ぽちっとご協力お願いします。
Dec 17, 2006
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ちょい不良ドクター お~ちゃんです。前回お話したおじいちゃんは戦中派。つまり青春時代を太平洋戦争の時代に送っています。だから、戦争を、戦場を経験しています。もちろん、大変多くの方が、戦死されました。当然、戦後、適齢期の男はいな~い。当時の女性は結婚相手を探すのがたいへんだったようです。そんな事情を反映してか、びっくりするような年の差カップルがこの世代の方々には結構います。このおじいちゃんは昭和17年に最初の結婚をされました。お子さんを一人もうけましたが、戦争から帰ってくると、奥さんは病気でお亡くなりになっていました。当時の男性は馬力もあるし、結構情熱的な方が多いというのはお~ちゃんの個人的な意見ですが。このおじいちゃんも日本に帰ってからしばらくぶらぶらしてましたが、後にある会社に入って働き始めました。そうして、じゃ~ん!!!社長の娘さんと恋に落ちなんと年の差20歳!!周りの反対を押し切って結婚しました。やる~!まあ、こうした年の差カップルの場合年上の御主人が先に死ぬというのが一般的ですが。奥さんが先にお亡くなりになってしまいました。奥さんがなくなる5年前におじいちゃんは脳梗塞になって半身不随になっていましたから。奥さんはおじいちゃんのお世話を5年間献身的にされたのでした。でも、おっとどっこい、どっちが先に死ぬかなんてわかりませ~ん!!!看病をしていた、20歳年下の奥さんが先に大腸癌になってお亡くなりになってしまいました。こうしたケースは意外とたくさんあります。だから、お~ちゃんはいつも答えます。どんなに残された時間がわずかしかない方にも癌の末期で残り余命3ヶ月と宣告されてる方にさえも答えます。どっちが先に死ぬかなんてわかりませ~ん。お~ちゃんだって6歳年下の嫁は死んでこの世にはいないんだから。 訪問看護・介護のご相談はこちらまで♪人気blog参加してます。ぽちっとご協力お願いします。
Dec 15, 2006
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ちょい不良ドクター お~ちゃんです。前回は誰か助けてくれますやろと超 前向きな おじいさんをご紹介しましたが、このおじいさんとお~ちゃんが知り合った頃は随分前ですが、超 後ろ向きな おじいさんでした。しかし人は変わります。というか変われます、何歳になっても。ということを教えてくれたおじいちゃんでもありました。お~ちゃんが往診に行く必要のあるお年寄りといえば、大正の後半生まれから昭和ひとけた生まれです。この年齢の男性たちは特有のプロフィールを持ってます。そう、戦争を体験しています。戦場を経験しています。あるおじいちゃんは1000人の部隊の仲で生き残ったのは自分を含めてたったの3人0.03%の確率で生き残ったということです。戦争での体験もさまざま、シベリア送りになった人もいるし南方の島で激戦地を生き延びた人もいるし。ところでこの前向きなおじいさんはベトナム、タイあたりで仕事をしてたと言ってました。信じられない話で、どこまでほんとかわかりませんが、陸軍の情報関係の部署で働いていたといいます。う~んいわゆるスパイというやつかなと初めて聞いたときは思いました。戦争中さんざん悪いことをしたと思うと言ってました。そのことを後悔もしてました。おじいちゃんはわしの仕事は占領地の行政組織を作ることやったといってましたが、実際はその人材は日本からヤクザもんを連れていって担当させたと言ってましたから、その実態がどんなものかは想像がつきます。おそらく暴力で押さえつけるためにそうした人材を使ったのでしょうね。だから こんな男ははよ死んだほうがええねん といってました。後ろ向き!!!だから薬もろくに飲んでくれません。血圧が高かろうが平気です。でも、このおじいちゃんが変わっていくのです。また、機会があれば続きをお話します。じゃあ、またね! 訪問看護・介護のご相談はこちらまで♪人気blog参加してます。ぽちっとご協力お願いします。
Dec 13, 2006
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ちょい不良ドクター お~ちゃんです。お~ちゃんはいろんな病気の方が自宅で生活するのをお手伝いしています。ある85歳のおじいちゃんは脳梗塞で麻痺がありました。お子さんはいますが離れた町に住んでいるので一人暮らしです。ヘルパーさんに助けてもらってなんでも自分でします。このおじいちゃんは立った状態で歩けるのはせいぜい10m。家の中では這って移動しています。でも、このおじいちゃんは、外出します。うどん屋さんに行ったり、お買い物すら出かけます。「おじいちゃん、大丈夫ですか?」「へえ、大丈夫でおます。」「大丈夫なわけないでしょう、倒れて動けなくなったらどうするんですか?」「へえ、大丈夫です。」「だって、おじいちゃん、10mしか歩かれへんから、困るでしょう。」「せんせ、わしが倒れたら必ず、誰か助けてくれますやろ。」「う~ん、ほんまですか?」まあ、なんと前向き!なんと、楽観的!実際、この会話の後でおじいちゃんの家の近くで火事がありました。このおじいちゃんの言ったとおりでした。どなたかわかりませんが、夜中にもかかわらず、おじいちゃんを探しに来て火事がおさまるまで一緒におうちで過ごしてくれた方がいたんです。でも、こうした事は、おじいちゃんの人柄のおかげなのをお~ちゃんは知っています。子ども会のおみこしの保管場所がなくて町会の方が困っているときに自宅の倉庫を無償でお貸ししたり、商店街の行事があるときも自宅を提供したりされてました。どんなに体が不自由でも、誰かのお役に立ちたい、社会に参加するんだという強い意志をお持ちだからです。お~ちゃんがもし将来体が不自由になったときにこのおじいちゃんのように、言えるかしら。「道で倒れても、誰か助けてくれますやろ。」じゃあ、またね!人気blog参加してます。ぽちっとご協力お願いします。
Dec 10, 2006
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ちょい不良ドクター お~ちゃんです。毎日いろんなことがありますが、今日はあるおばあちゃんからいいお話をお伺いしました。このおばあちゃんは私が内科的な問題を見ていますが、膝の痛みが強くて、別の整形外科医院に通っておられます。私の町の大阪市ではお年よりは無料で市バスに乗れますので、お年寄りの方たちにとって市バスは大事な移動手段です。このおばあちゃんが長年かよっておられる整形外科医院は少し離れたところにありますので、毎週市バスに乗って移動します。ところで、バス停からバスに乗り込む際にこんな膝やら腰やらが痛い方にとっては、バスに乗るにもいろんな問題が発生します。停車したバスの乗降口と歩道の間がほとんど隙間のない時と、50cmぐらい隙間のあるときがあって、隙間が広いといったん車道に下りてからバスに乗り込むそうです。膝が悪い方にとってはこの1段が大変つらい。また、大阪市のバスには2通りあって乗降口の高さが低いバスと高いバスがあり、高いバスの場合はなおさら段差が大きくなってバスに乗るのも降りるのも一苦労するということでした。診察時間中にお~ちゃんは結構この手のお話が好きです。こうしたお話を聞くと、その方の生活が見えてくるようで本当に何がお困りになっているのか、どんな援助が必要なのかが見えてくることが多いからです。今日も「大変ですね、バスに乗るのにそんな問題があるなんて知りませんでした。」「でも、せんせ、私歩道との間にほとんど隙間がないようにとめてくれたときは、必ず、バスに乗った時に、運転手さんにお礼してます。」「へ~!」「運転手さん、ありがとう!」てね。色々、考えさせられるお話でした。バスの運転手さんは、歩道とバスの間にきちんと隙間のないように止めるようにしておられるんだろうか。また、そういうことを仕事としてきっちり自覚していい仕事をされている運転手さんて多いのかしら。きっとそうした運転手さんはどんな仕事にも手を抜かないひとなんだろうなあ!反省!どの様な仕事も手を抜かず心を込めてするべし!また、このおばあちゃんみたいにそうした、きっちりと仕事をされていることに対してきちんとお礼をなさるおばあちゃんているのだろうか?反省!感謝の気持ちは素直に伝えるべし!と反省するお~ちゃんでした。でもきっとこうした気持ちのやり取りを重ねているおばあちゃん、あなたはとっても素敵な人です。お~ちゃんでした。じゃあ、またね!人気blog参加してます。ぽちっとご協力お願いします。
Dec 8, 2006
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ちょい不良ドクター お~ちゃんです。今日は看病に疲れ果てたお父さん(11月29日)の続編です。糞尿にまみれたお母さんのお世話をしておられるお父さんを助けたいと思っておうちに訪問しました。お母さんは疲れきった表情で横になっておられました。お母さんはもともと私の診療所の近くの別のH診療所さんにずっとかかっておられました。H先生の紹介で大きな病院に入院して治療を受けたけれど、結局よくならずに...もう治療ではなくケアの時期だと言われておうちで約1ヶ月間過ごしておられました。今回訪問するに当たってどうして私が呼ばれたのか不思議に思っていましたので、お母さんに尋ねました。「H先生には会いたくない。」「どうしてですか?」「H先生にひどいことを言われたから。」H先生がどのようなことを言われたのか私には想像がつきません。しかし、医療関係者の言葉が患者さんを傷つけてしまうこと、よくあることだと思います。私もこれまでに御家族の方に色々非難された経験があります。どんなに心を配っても、何を話しても傷つけてしまうこともあります。治らない病気を告げること、告げられること、どっちの立場も大変難しい。頑なになったお母さんの心を解きほぐすのは大変なことです。お母さんの心は私に対しても頑ななままのように感じました。また、56歳という年齢が問題。というのは在宅で過ごすのと、病院で過ごすのとでは経済的な負担が違ってくる。お年寄りの場合は負担がやっぱり軽くなるように制度が作られているのですが、若い方の場合は制度がない。若い方々の場合たいていの人は入院したら1日5000円とか10000円とか保証してくれる保険に入っておられることが多い。しかし、健康保険では高額医療制度があるけれど医療費の負担は馬鹿にならない。点滴、清拭、排泄の介助等で頻回に我々が訪問すると3割負担なので毎月2から3万円の自己負担が生じます。入院すると保険から一日当たり5000円のお金が入ってくるので差し引きこの差は大きい。たとえば1ヶ月入院して保険から1日5000円だと15万円入るけれど、入院費は高額負担で上限があるので8万円ちょっと、とすると差し引き7万円が残る。また、お母さんとお父さんの関係も何かよくない。できれば、世話をするほうは喜んで、されるほうは感謝の気持ちを表現するという気持ちのやり取りが必要ですが、会話が刺々しくてお二人の関係がぎすぎすしている。お母さんとその後話し合いましたが、やはり家で過ごすよりは入院をとおっしゃいました。私の考えとしては体調の許す限り家族の方に囲まれて自宅で過ごすのが、残された時間をもっとも有意義に過ごせると思うのですが。でも私がここに書いていることはわずかに2日間お会いした印象だけですから、本当にどのような理由で人生の最後を病院で過ごすことを選ばれるのかはわかりません。私の知らない理由もきっと色々あるのでしょう。何かちょっとさびしい気持ちになっておうちを後にしたお~ちゃんでした。人気blog参加してます。ぽちっとご協力お願いします。
Dec 6, 2006
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ちょい不良ドクター お~ちゃんです。先日、ダニエル・パウターの大阪公演に行って来ました。お~ちゃんにダニエル・パウターのことを教えてくれたのは恋人のキョンちゃんです。ついてないときにはこれを聞いて元気を出すのよと。教えてくれたのは9月でした。さっそくCDアルバムを買ってきましたが、お~ちゃんはすっかりファンになりました。写真はアルバムジャケットで、アルバムの名前は「DANIEL POWTER / ダニエル・パウター(ニュー・エディション)」 Daniel Powter / ダニエル・パウター と言います。コンサートではこのアルバムに入っている歌をほぼ全曲歌ってくれました。コンサートの最後の歌はもちろん「バッド・デイ~ついてない日の応援歌」でした。コンサートはとてもアットホームな雰囲気で突然、1階の観客席の中をマイクを持って歌いながら1周したりして、直接ファンと触れ合うのをとても大事にしていてますますファンになりました。当然1階の人たちは直接ダニエルパウターと触れ合って大喜びでした。お~ちゃんとキョンちゃんは2階の最前列でこの様子を見ていましたが、ごく身近に彼を感じることができてうれしかったです。お~ちゃんとキョンちゃんはコンサートの間ずっと手を握り合っていました。楽しい時間をありがとう!ダニエル・パウター!!!じゃあ、またね!人気blog参加してます。ぽちっとご協力お願いします。
Dec 4, 2006
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ちょい不良ドクター お~ちゃんです。昨日の60年ぶりの親子の対面は今度続きを御報告いたします。でも、やっぱり難しそうなんだなあ。お~ちゃんだったらやっぱりそれはもう赤の他人だと考えますね。しか~し!そうでは無い人もいるから世の中わからない。その人はこんな人でした。御近所の居酒屋の女将さん。仕事柄、毎日お客さんの相手をしてたくさんお酒を飲みます。身長は150cmしかないくせにそれはもう立派な体格。体重は90kg。ウェストは不明、、、おそらく1m以上!!!まあ、ご多分に漏れずこうした人は糖尿病、高血圧、まあ、最近流行のメタボリック シンドロームというやつです。医者のお~ちゃんからすればこうした人は自己管理のできないだらしない人と相場が決まっているのですが。確かに食事については自己管理のできない最低の患者さん。しかし、しかし。この患者さんも10歳の時に両親の離婚で父親に引き取られてお母さんとは50年間も一度もあっていませんでした。その自分を捨てたお母さんが突然50年ぶりに現れたんです。そのお母さんはもう70台後半でしたが、名乗りを上げられたときには胃癌の末期状態。私とは赤の他人ですと断ることもできたでしょうに、その生活習慣のだらしない女将は結局1年半献身的にお世話をされました。お~ちゃんは心の中でこの自己管理のできない女将さんを馬鹿にしてました。馬鹿だと思ってました。でも、この女将がお母さんのお世話をしているのを知ってから、いつも外来に来たときに、えらそうに、「もっと食事に気をつけてもらわないと」と説教していたのが最近は小さな声で「申し訳ないですが、体に気をつけてくださいね。」としか言えなくなってしまったお~ちゃんでした。だって、その女将のほうがお~ちゃんよりもずっと 人間として大きいのですから。もちろん体の大きさではなくて、心の大きさが。女将がお~ちゃんに「だって親子やから仕方ないやん、せんせ。」尊敬のまなざしを送るお~ちゃんです。でもお酒は減らしてくださいと小声でつぶやいています。じゃあ、またね!人気blog参加してます。ぽちっとご協力お願いします。
Dec 2, 2006
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ちょい不良ドクター お~ちゃんです。今日もお~ちゃんの診療所ではいろんな出来事がありました。認知症になったおばあちゃんの身寄りがいない。いや、実はいました。20台で結婚したおばあちゃんは子供を二人もうけましたが、3年後に離婚、実家に帰ってきました。お子さんは御主人が引き取られました。このお子さんたちとはずっと音信不通でしたが、現在おばあちゃんは85歳なのでなんと60年間も親子として接してこなかったんです。60年後に親子の対面しかも母親が認知症この親子はどうなるのでしょう。特に息子さんは自分を捨てた女性を母親として受け入れることができるのでしょうか?じゃあ、またね!人気blog参加してます。ぽちっとご協力お願いします。
Dec 1, 2006
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