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列石と言えば、フランス・ブルターニュ地方カルナックの列石が有名ですが、このエイヴベリーにもかなりの規模の列石があります。それが、エイヴベリーの大サークルからまるで両手のように伸びていたとみられるアヴェニュー(大通り、道)と呼ばれる列石群です。それぞれ南東と南西の方向に伸びていたとされています。その南東側のアヴェニューは比較的よく保存されて残っています。二列の列石がずっと、写真奥の大サークルまで続いています。ただし、かつては200ぐらい会った列石の数も今は数十しか残っていないそうです。一つ一つの石もユニークです。こちらの石は・・・手前の石は、また五角形のホームベースのように見えますね。きっとこのアヴェニューで運動会とかベースボールとかをやっていたにちがいありません。そしてこちらのアヴェニューは・・・石ではなく、隣では羊たちがアヴェニューのように並んでおりました(笑)。(続く)
2013.08.31
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翌6月4日。再びエイヴベリーを訪れます。駐車場はナショナルトラストの敷地にもあるのですが、レッドライオンのほうが安いので再びそちらに駐車します。再訪した目的は、資料・書籍の購入です。エイヴベリーのお店が開く午後10時を待って、資料探し。面白い本がいくつかあったので購入します。レッドライオンに戻って、今度は昨日撮影しなかったパブの裏手の巨石を見に行きます。裏手の巨石は壊されたものが多いのですが、この巨石だけは立派に残っていました。五角形のホームベースのような巨石です。巨人たちが野球でもやっていたのでしょうか。こちら側には、大サークルの北側の弧が辛うじて残っています。ところどころに小さい墓石のような石が建てられていますが、そこには破壊される前に巨石があったことを示しています。つまり巨石のためのお墓、墓標のようなものですね。レッドライオンの東側の牧草地には、小サークルの一部とみられる巨石も一部残されています。今では周囲の巨石はほとんどなくなっており、昔描かれたスケッチによって、ここに小サークルがあったことがわかるだけです。それにしても、素晴らしい色のハーモニー。空の青と芝の緑。そこに何千年もの間、人間たちの歴史を見続けてきた象牙色の巨石がたたずんでいるわけです。このエイヴベリーの大サークル近辺には、まだまだたくさん巨石遺構があります。さあ、次の巨石遺構に向かいましょう。(続く)
2013.08.30
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午後9時28分。夕陽はすっかり地平線の彼方へと消え、薄暮の世界が広がって行きます。既に撮影時間も一時間を超えたので、またレッドライオンに戻って一休みすることにしました。そして秋山氏お薦めの田舎のスープを注文します。とても濃くて味があります。噂に違わず、なかなかの絶品でした。午後10時にパブも閉店。まだ空がうっすらと明るかったので、午後10時10分から12分までの間に次の写真を撮りました。巨石の奥のライトが付いている家が先ほどまで滞在していたレッドライオンです。空もすっかり濃い青色に変わっていますね。夜の空に浮かび上がる巨石のシルエットが美しかったです。(続く)
2013.08.29
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午後8時半ごろになってようやく日が地平線へと没し始めました。巨石一つ一つの影もグングンと延びて行きます。羊たちもそろそろねぐらに戻るころでしょうか。そわそわしてきました。ここの巨石には誰もが触ることができるだけでなく、巨石によじ登る子もいます。子供の髪の毛が夕陽に染まって透けていますね。午後9時10分ごろ撮影しました。そして、一番上の写真から1時間ほどが経過した午後9時23分ごろ、夕陽はとうとう地平線に沈んで行きました。6月の夕陽はなかなか沈まないので、本当に長い時間夕暮れの巨石群が撮影できるわけです。巨石はすっかり黒いシルエットになりました。(続く)
2013.08.28
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レッドライオンで喉を潤した後、撮影タイムに入ります。パブのすぐそばに巨石が立っています。しかも巨大です。大きいものは60トン~100トンの重さがあるそうです。それがサークルを描いているのですから、壮観な眺めです。村を取り囲むように巨大なストーンサークルがあり、さらにその外側にはヘンジと呼ばれる堀と盛り土に囲われています。上の写真の土手が盛り土で、その左側の陰になっている部分が堀です。いかに巨大かがわかってもらえると思います。その堀とストーンサークル。上の写真はヘンジの盛り土の上から撮影しています。堀の向こう側にあるのが、大サークルの巨石。その奥にある比較的小さな巨石が小サークルの巨石です。村を取り囲む大サークルの内側に、小サークルが二つあります。小サークルと言っても、かなり大きいです。その小サークルの内側にも小さなサークルがあったのですが、今では壊されてよくわからなくなっています。エイヴベリーの巨石群は17世紀後半ぐらいから村の建設などに巨石が使われるようになり、破壊の憂き目に会いました。奥に見える白い建物がレッドライオンです。だんだん、夕陽の影が長くなってきました。もうすぐ日没です。(続く)
2013.08.27
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ウェールズから再びイングランドに戻った6月3日は、オックスフォードからそれほど離れていないスウィンドンという都市のヒルトンホテルに泊まりました。夕方チェエクインして、近くにショッピングセンターがないかどうかフロントに聞きます。すると、大きなモールを紹介してくれましたので、部屋に荷物を置くとすぐにモールに出かけます。久しぶりのショッピングタイムです。いくつか買い物をして、この日はモールで食事。その後、エイヴベリーに向かいます。おそらく午後8時近かったと思いますが、相変わらず日は高いです。エイヴベリーの巨石群は素晴らしいです。規模ではフランス・ブルターニュ地方のカルナックの巨石群に匹敵するのではないでしょうか。何しろエイヴベリーの村がそのまま巨大なストーンサークルに囲われているんですから。加えて村の周辺には、シルベリーヒルなどの巨大な人工マウンドや列石、ドルメンなどもあります。夕食後にここを訪れたのには理由がありました。夕陽の中でエイヴベリーの巨石群の写真を撮るためです。ルイス島のカラニッシュでも同じことをやりました。この日は、まだ日没までに時間があったので、町の真ん中というか、ストーンサークルの真ん中にあるパブ「レッド・ライオン」でのどを潤します。潤すと言っても、私は車を運転しなければなりませんから、アップルサイダーを注文しました。この場所は3年前には立ち寄らなかったのですが、かなりのパワースポットでスープが最高に美味しいと国際気能法研究所の秋山さんが言うので、今回は寄ってみることにしました。スープも後で試してみましょう。店員さんの許可を得て、店内を撮影します。店内はこんなところです。さすが巨大ストーンサークルの真ん中にあるだけあって、独特の雰囲気があります。ストーンサークルのエネルギーが渦を巻いているのでしょうか。こんなところでお酒を飲んだら、目が回りそうです(笑)。女性の店員さんも一緒に撮影。笑顔の素敵な、感じのいい店員さんでした。(続く)
2013.08.26
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国境を越えてイングランドに入る前に、ウェールズでもう一つだけ巨石遺構を見に行きました。昨日ご紹介したフォー・ストーンズから直線距離で22キロほど南南東に下ったところにあります。ちょうどパブがあったので、そこで道を聞いて、同時に近くにあった案内板で場所を確認して「アーサーの石」と名付けられた巨石遺構を探します。ところがほぼ一本道なのですが、行けども行けども見つかりません。とうとう峠を越えて下りはじめてしまったので心配になり、引き返します。途中の民家に立ち寄って再び道を尋ねると、あともうちょっと下ったところにあったということが判明。再び峠を越えて、そのまま下って行きました。そして見つけたのがこちら。アーサーの石です。5000年ほど前に建造された通路付き石室墓と考えられています。手前に写っているのが、通路の部分ですね。アップするとこうなります。かつてはここは土で覆われていたので、この通路を通って石室に入ったのではないかと考えられています。横から撮影すると、こんな感じです。ドルメンですね。ウェールズではアーサー王伝説が多いので、こうした巨石遺構にはアーサーの名前が付けられることが多いですね。この場所でアーサー王は巨人を投げ飛ばしたんだとか。さらに回り込んで撮影します。最後は25トンはあるとみられるキャップストーン(天井石)を撮影。見晴らしがいい場所に造られたことがよくわかりますね。今回はこれでウェールズの巨石めぐりは終わりです。最後は三年前に一度行きましたが、イングランド南西部の巨石めぐりをしてロンドンに向かいます。残りはあと6日ほどとなりました。(続く)
2013.08.25
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イングランドとの国境に近いウェールズのポーイス郡に、そのストーンサークルはありました。名前はフォー・ストーンズ。まさに4つの石です。一度だけ道を尋ねましたが、ここも比較的簡単に見つかります。早速、車を止めて撮影します。いました、いました、羊が・・・・・・・ではなくて、巨石が四つ。近づくと、当然ですが、羊は逃げていきます。羊がいなくなったところで再び撮影。ずっしりとした感じの巨石が4つ綺麗にサークル、あるいは四角を描いています(直径2・9メートルの円周上に四つの岩が置かれています)。スコットランドやアイルランドなどにもこうした四つの石のサークルをよく見ることがあります。ストーンサークルのもっとも基本形なのかもしれませんね。こうした小さなストーンサークルは「4柱式寝台タイプ」と呼ばれることもあるそうです。サークルの中で人一人が眠れるぐらいのスペースがあるからでしょうか。別の角度からも撮影します。最後はその中の一つをアップで撮影。カップマークらしきものも刻まれており、このことからもスコットランドとウェールズとの間に交流があったことがうかがえます。(続く)
2013.08.24
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次の日(6月3日)、結局ウェールズ語はまったくわからないまま(地名がちんぷんかんぷんです)、イングランド南西部のスウィンドンを目指します。と、その前にアングルシ―島でもう一か所、泊まったホテルから車で20分(距離で15キロ)くらいのところにある巨石遺構に立ち寄ります。発音が正確にはわからないのですが、Lligwy Burial Chamber(リグウィ石室墓)と呼ばれているドルメンです。こちらがその石室墓と呼ばれているドルメン。柵で囲われています。手前の巨石も意味があるのだと思いますが、保存されているのはあくまでも「石室墓」だけのようです。柵の中には誰でも入れるようになっています。近くに寄って撮影。8つの石の柱が巨大な天井の巨石(キャップ・ストーン)を支えています。キャップ・ストーンの重さは25トンもあるそうです。ここでは紹介しませんでしたが、二年前に訪問したアイルランドにも同じようなドルメンがありました。上の写真の狭い入り口から中に入ることもできます。キャップ・ストーンを上から撮ると・・・自然の浸食かどうかよくわからなかったのですが、何かマークが彫られているようにも思えました。さあ、これでアングルシ―島の探索は終了。車をイングランドとの国境に向けて走らせました。(続く)
2013.08.23
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立石を後にした私たちは、列石の先にあるtrefignath(トレフィグネイス)の石室墓に向かいました。立石から600メートルほどしか離れていません。見つけるのは簡単で、遺跡自体もよく整備されていました。柵の向こう側、木の手前の丘の上にある石組が石室墓です。手前にゴースを入れて撮影します。入り口にある巨石。二本の柱に天井の石があって、ドルメンのようになっています。先ほどとは反対側から撮影。かなり細長、石室が並んでいることがわかります。石室の中をのぞいてみましょう。く紀元前4000~同2000年ごろに建造されたとみられています。さて、これでホーリー島の探索を終了。この日(6月2日)は湖水地方から長躯、ウェールズまでやって来たので、ガソリンもそろそろ底を突きそうになってきました。アングルシ―島に再び戻り、ガソリンスタンドで給油。同島Cemaes Bay(ケミス湾)にあるホテルに宿泊しました。(続く)
2013.08.22
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ウェールズ最北西端の立石から2キロほど東に行ったところにもう一つの立石があります。この立石もホーリーヘッドにあり、Ty Mawr Standing Stone(ティ・モウアーの立石)と名付けられています。道路のすぐ脇に立っているので、すぐに見つかります。もうちょっと回り込んで撮影してみましょう。下の方に膨らみがあって、人間のようにも見えます。ユニークな形の立石です。で、面白いのは、この周辺にも立石がいくつかあり、直線状に並んでいることです。ただし、この立石についての説明はまったくありません。最近造られたものなのか、あるいはティ・モウアーの立石が建造されたときに意図的に配置されたものか、わからないんですね。私は古代人によって意図的に配置された列石であるように思われました。比較的近年に建造されたのか、古代に建造されたのかはさておき、この直線上に明日ご紹介するケルンと、その先にドルメンが建造されています。だれかが意図的に列石を配置したことだけはまちがいないようです。(続く)
2013.08.21
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巨石めぐりの旅もそろそろ終盤になってきました。湖水地方から次に向かったのは、ウェールズのアングルシ―島。ここには昨年も立ち寄っていますが、いくつか見損ねた巨石群があったので、再び訪れることにしました。昨年は一時間かけてようやくたどり着いた、コンウィのドルイド・ストーン・サークルは今回は素通りして、ひたすらウェールズの北西端にあるアングルシ―島を目指します。島と言っても大橋でウェールズ本国と結ばれていますから、陸続きという感じがします。ホーリーヘッドは、そのアングルシ―島の先端にくっついている島の島みたいな港町です。今から32年前、私はこのホーリーヘッドから初めてアイルランドの地へと渡ったのでした。私たちが探したのは、アイルランド海に突き出た島の先端にある二本の石柱です。ペンロス・ベイルゥの立石と呼ばれています。小さい港町なので難なく見つかるかと思いきや、結構道が複雑であっちへ行ったりこっちへ行ったり。何人にも道を尋ね、迷いながらようやく探し当てました。こちらがその二本の石柱です。3メートルほどの石柱が2本、約3メートルほど離れて立っています。山吹色の小さい花が一面に咲いていて、綺麗でした。逆光だったので、今度は反対側から撮影。この二本の柱の間にウェールズの山々が見えました。こちらの山です。日本の二上山みたいですね。おそらく二本の石柱は方位を知ったり、天体の動きを観察したりするために建てられたのではないでしょうか。ウェールズ人はふざけて、古代サッカーのゴールポストと呼んでいるとか(笑)。でも、反対側のゴールポストが本当にアイルランドにあったりして・・・。この牧草地には馬が放牧されておりました。(続く)
2013.08.20
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エルヴァ高原を後にして、次に私たちが向かったのは、同じ湖水地方にあるブレイクリー・レイズ(キニサイド)のストーンサークルでした。車で30分ほどの場所です。道がわからなくて二度ほど人に聞きましたが、道路から見える場所にあるので、ほどなく見つけることができました。こちらがそのストーンサークル。直径18メートルのサークル。かなりきっちりと円を描いていますね。がっしりしています。でも、それもそのはず。実は1925年に一度修復されているとか。いくつかのストーンはコンクリートで土台を固めてあるそうです。違う角度からも、全体を写してみましょう。この日は地平線の方に雲が出ていたのでわかりませんでしたが、晴れた日にはこの場所から遠く海岸線やスコットランドが見えるだけでなく、マン島まで見渡せるそうです。やはり古代においては、重要な光通信の拠点であったことは間違いなさそうです。見晴らしのいい丘の上にあるストーンサークルでした。(続く)
2013.08.18
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翌6月2日。私たちが宿泊したトラウト・ホテルから東北東に5キロ離れたエルヴァ平原に、次に目指すストーンサークルがありました。そのエルヴァ平原の農場にはほどなく着いたのですが、見渡してもどこにストーンサークルがあるのか見当もつきません。ちょうど2、300メートルほど先にハイカーの老夫婦が歩いていたので、その人たちに道を聞くことにしました。それに彼らの向かっている先には岩山がありますから、その人たちが知らなくとも、岩山の上からならストーンサークルの場所がわかるかもしれないと思った次第です。岩山の手前で老夫婦のハイカーに追いつきます。旦那さんのほうにストーンサークルのことを訪ねると、知っていると言います。しかも、この岩山からでも見えるはずだというので、眼下に広がる平原の中を一緒に探します。すると、ありました、平原の中にストーンサークルが。一瞬家畜が寝そべっているのかと思いましたが(笑)、ちゃんとしたストーンサークルです。見事に、緑の自然の中に溶け込んでいますね。その男性から、農場の持ち主の了解を取ってからストーンサークルの場所まで行くといいよとアドバイスを受けます。持ち主はとても気さくでいい人だと、その男性は言います。早速、農場に戻って、持ち主に了解を得ます。そして農場の中のストーンサークルのある場所に到着。こちらがストーンサークルの全体像です。比較的背の低い石が並んでいるので、最初見つからなかったんですね。さらに近づいて写真を撮ります。しっかりと弧を描いていることがわかりますね。湖水地方のストーンサークルは、三年前に紹介したスゥィンサイドのストーンサークルもそうでしたが、自然との調和をとても強く感じます。逆に言うと、湖水地方は今なお、昔の自然のままの姿が残っているということなのかもしれませんね。(続く)
2013.08.17
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6月1日に宿泊したのは、イングランド湖水地方にあるワーズワース生誕の地コッカーマスのトラウト・ハウス。テラスのある豪華な部屋で、テラスのテーブルや椅子の背には時々、鳥たちが遊びに来ます。フィンチの仲間でしょうか。図鑑で調べてもわかりませんでした。こちらはブラックバード。何か獲物をくわえていますね。目の周りの黄色い輪が決め手です。小鳥を観察しているうちに眠くなり、その日はぐっすりと休みました。(続く)
2013.08.16
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ケアンホーリー1の一通りの撮影と観察が終わって、私がその男性に感想と観察結果を話す番になりました。私はまず、間違いなくここは天体観測施設であり、カレンダーの役目をしていると告げました。その理由として、8柱の立石の真ん中の2本が、ある方角を示す直線を意識して建造されていることを挙げました。ただし、私は今、正確な地図を持っていないので、それが夏至の日の出を指すのか、春分、秋分の日の出を指すラインなのかはわからないと言いました。私はまた、この8本すべてに天体観測上の意味があるのではないかとの感想を述べました。さらに私はここから持論を展開し、こうした巨石遺構は必ず、農耕などの時期を知るためのカレンダーとしての役割のほかに、日時計としての役割、ほかに他の巨石群を示す道標としての役割があること、そのカレンダーに基づく祭祀場としても使われ、同時に農耕の実験場に使われたのだと、滔々と述べたのでした。すると、男性は驚いた顔をして、「今まで5年間、いろいろな人に感想を聞いてきたが、お前の説明が一番面白くて勉強になった」と言うんですね。彼の話を聞くと、どうやら彼はニューヨーク出身らしく、イギリスにやって来て、このケアンホーリーの遺跡に出会ったそうです。最初はただの古代人の遺物程度にしか思わなかったらしいのですが、何度も通ううちにこの遺跡の素晴らしさに魅了され、以来ほとんど毎日、この遺跡に来ては、太陽がどこから昇り、どこへ沈むのかなど天体観測するようになったとのことでした。そして私の観察結果通り、8本の立石の真ん中の2本の隙間から春分と秋分の日の出が観察できること、つまり日の光がその時、2本の石柱の間から石室を照らし出すこと、そして、夏至と冬至の朝には、この遺跡から日の出を見ると、ちょうど山の際にそって美しい曲線を描きながら日が昇っていくことなどを教えてくれました。さらに彼の観察の優れたところは、この8本の立石の形の意味に気づいたことです。まず、昨日紹介した写真を見てください。私も気になっていたのですが、左右対称のようでいて非対称になっています。8本のうち左の4本は左に向かって小さくなっているのに対して、右の4本は弧を描いているように見えます。ところが8本の立石の根元の部分に着目すると、今度は左側の4本は弧を描き(左に行くほど手前にカーブしている)、右側の4本は直線になっているんですね。つまり立石の大きさ(上)に着目すると、左が直線で右が曲線。立石の配置(下)を見ると、左が曲線で右が直線になっているわけです。確かにこれは男性が指摘するように、一本一本が意図的に配置、建造された巨石であることは明らかです。一本一本に意味があるように、ちゃんと設計されている。男性の説明はまだ続きます。左の4本の立石の高さが下向きの直線になっているのは、実は左側は左下がりの斜面になっておりそのまま海にでるのですが、その地形を模したものであると同時に、下、すなわち地下の世界、黄泉の世界を指しているのではないかというんですね。一方、右の曲線は、右側は山や谷が続いているのですが、その地形を模しているのと同時に、右上がりのカーブを描くことにより、上、つまり山の上の天空の世界を指しているというのです。確かに天は丸く、天空を横切る太陽も月も弧を描きます。これに対して、海や大地はどこまでも平らな直線のイメージがあるように思います。その男性の説によると、この巨石遺構は間違いなく、曲線と直線、天と地(海)が交わる場所であるとともに、生と死、動と静など異質なものが交わる神聖な場所だったのではないかとしています。素晴らしい観察眼です。古代人の哲学や芸術をここまで理解した人は少ないのではないでしょうか。その男性はそうした観察結果を近々、本にして出版するつもりのようでした。出版される日が楽しみですね。別れ際、と言っても、別れてからしばらくしてその男性が戻ってきて、私にもう一つだけ言い残したことがあると言います。何かと思ったら、「実は8本の立石のうち尖った一本は、確かにお前の言うとおり、日時計として使われていたのは間違いない」と言います。「それを言い当てたのは、5年間でお前だけだ」と。私としては当たり前のことを指摘しただけなのですが、まあ感激してもらえたならそれはそれでよかったです。それにしても、当初行く予定だった遺跡に行かれなかったために、当初来る予定のなかった遺跡で、こうした出会いがあるのですから、世の中よくできたものです。偶然は神の計らいであることがよくわかりました。ただしその男性と1時間以上にわたって話し込んでしまったために、他の遺跡を見る時間がなくなりました。私たちは、その日の宿泊場所である湖水地方へと急ぎました。(続く)
2013.08.15
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予定になかったケアンホーリーの巨石群に着くと、そこでは何やらガイドらしき人が、このケアンホーリーの石室墓(ケルン)1の説明をしています。この人ならクリ―タウンのストーンサークルの場所を知っているかもしれないと思って、説明が終わるのを待って、私から話しかけました。するとその人は「クリ―タウンのストーンサークルの場所はよく知っているが、道路から巨石は見えないので説明が難しい。それより、このケアンホーリーの遺跡のほうがずっと面白い。私から言わせれば、この遺跡はイギリスでNO1の遺跡である」と言うんですね。さらに「クリ―タウンのストーンサークルのことを知っているからには、巨石に詳しいに違いない。私からは一切何も説明しないから、この遺跡をよく観察してわかったこと、感じたことを教えてくれ」と逆にテストされることになりました。一応私も巨石研究家ですから、それなりのことを言わなければ行けないのかな、などと考えながら、このケアンホーリー1と名付けられたケルンを注意深く観測することにしました。まずは全体像はこんな感じです。ちょっとした小さなマウンドの上に立石が8本、意味深げにならんでいて、中央の2本の立石の手前に「石室」とされる方形の構造物とスペースがあります。立石8本を反対側から撮影すると、こうなります。一本一本が非常に個性的な石柱です。この一本一本にそれぞれの意味なり役割があるに違いありません。横から撮影します。左側が8本の立石、右側が石室です。石室の側が下がっていることがよくわかりますね。その石室の側から中央の2本の立石を撮影。すると、その2本の立石の隙間の延長線上の地面に石が置かれていることがよくわかります。これは直線を意識した配置になっているわけですね。その置かれた石と2本の立石を反対側からも撮影します。完全な対称形ではない対称形。ここに古代人はどのような意味を込めたのでしょうか。(続く)
2013.08.14
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スコットランドにある巨石群探査もあと一つ。クリータウンの東3キロにあるストーンサークルを最後にして、湖水地方へ向かう計画でした。先ほど立ち寄ったウィッグタウンを通過して、クリータウンへ。町へ着くと、何やら音楽が聞こえてきます。人々も多くて大変賑わっています。後で知ったのですが、この町は音楽フェスティバルで有名で、今年は新しい試みとして6月1日にもミニ音楽祭を開催していたんですね。道理で町に活気があったわけです。クリータウンのストーンサークルへの道を訪ねるため、道端でたむろしていた初老の男性たちに声をかけます。ところが、地元の人なのですが、5人のうち1人以外はストーンサークルなど見たことがないというんですね。ただ一人、昔見たことがあるという人に道順を聞いて、その場所に向かいます。しかし、言われたとおりに運転しても一向に巨石が見つかりません。かなり時間をロスして再びクリ―タウンに戻り、誰かに道を聞こうとしたのですが、音楽祭で観光客が多く、巨石の場所を知っている人はいない感じです。そこで予定を変更して、もうちょっと先にあるケアンホーリーのケルンを見に行くことにしました。当初はここには立ち寄らないつもりだったのですが、クリ―タウンの巨石探しがうまくゆかなかったので仕方ありません。こちらは有名なケルンなので、すぐに見つけることができました。この時はまだ、このケルンを見た後でもクリ―タウンのストーンサークルを見る時間があると思っていたので、このケルンの説明をしながら案内しているとみられる男性に声をかけることにしました。上の写真の中央やや右に立って話をしている男性です。そしてこのことには、実は非常に大きな意味があったんですね。(続く)
2013.08.13
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「ミソサザイの卵」に立ち寄った後、先に紹介したドラムトロッダンの彫刻岩から400メートルほど離れた場所にあるというドラムトロッダンの立石に向かいました。遠くにある「ミソサザイの卵」の方に先に行ったのは、勘違いして曲がなくていい道を曲がってしまったため、ミソサザイの卵のほうが近くになったからでした。だから少し道を戻って、今度はちゃんと曲がるべき道を曲がって、丘の上に立つドラムトロッダンの立石にたどり着きます。こちらがその立石です。でも手前に二つ巨石が倒れています。実はここには三本の立石が並んで立っていたのですが、それがずいぶん昔に一本倒れ二本の立石になり、最近また一本倒れて、とうとう立っている立石は一本だけになってしまったとのことです。そういえばネットで見た時には、二本ちゃんと立っていました。倒れている巨石のアップ。かつては立派な立石でした。今はこの一本だけです。こちらはがっしりしているので、これから先何千年も立っているかもしれませんね。ちなみにこの立石は4000年前に建造されたとみられています。(続く)
2013.08.12
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ドラムトロッダンの立石に行く前に、もう一つWren's Eggという立石を見に行くことにしました。「ミソサザイの卵」なんて、ずいぶん変わった名前です。ミソサザイは翼長5センチほどのスズメ目の小さな小鳥です。その卵と立石というのは、面白い組み合わせです。道路が狭いのでちょっと駐車しずらい場所でしたが、すぐに見つかりました。丘の上に丸い立石が見えます。もっと近づいてみましょう。確かに卵の形をしていますが、小鳥の卵にしては巨大ですね。恐竜の卵という感じです。右奥のほうにも大きめの岩があるので、そちらにも行ってみました。二つのストーンが仲良く並んでおりました。この並んだ岩の向こうに、「ミソサザイの卵」が見えます。「ミソサザイの卵」を中心にしてストーンサークルがあったのではないかとみて、発掘調査したことがあったそうですが、その証拠は出てこなかったとのことです。三つの石は何を意味しているのでしょうね。とても面白い配置です。もっと調べれば、いろいろなことがわかりそうです。それにしても大きな卵です。巨大な怪鳥が現れて、さらわれないうちに車に戻りました(笑)。(続く)
2013.08.11
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古本の町ウィッグタウンでガソリンを補給して次に向かったのがドラムトロッダンの彫刻岩です。スコットランドの西海岸地方に多いのですが、岩にリング(輪)やカップ(カップ状にくぼんだ穴)のマークが彫られているんですね。三年前は、スコットランドのキルマーティン渓谷で、巨大な彫刻岩を見ています。ドラムトロッダンの彫刻岩があるのは、こんなところです。牛が放牧された牧草地の真ん中、柵で囲われた場所にあります。牛たちを刺激しないように、ゆっくりと静かに歩いて、柵の中に入ります。すると、柵の中にはこのような岩が横たわっています。その岩には、次のようなリングマークや杯状穴(カップマーク)が彫られていました。同心円のリングが4重に彫られていますね。アイルランドやフランスのブりターニュ地方にも同じようなマークが見られます。いつごろの時代に、何の目的で彫られたかは、よくわかっていません。近くにあった案内板には、紀元前3500年から紀元前1万年ごろのものではないか、400メートルほど離れた場所に立っている立石と何らかの関係があるのではないか、などと書かれていました。(続く)
2013.08.10
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トーハウスキー・ストーン・サークルから次の巨石遺構へと移動する途中、ウィッグタウン(Wigtown)という町を通りかかりました。すると、町の広場ではマーケットが開催されています。面白そうだったので、車を駐車場に止めて、散策することにしました。まず目についたのは、古本市。興味深い本もありましたが、買うほどの気持ちにはなれません。それでも、ちょうどガソリンも空になりかけていたので、近くのガソリンスタンドの場所をそばにいた紳士に聞くことにしました。その紳士はとても話好きで、ガソリンスタンドの場所を教えてくれただけでなく、いろいろとこの地方のことを話してくれます。そこで私がウィッグタウンのwigはカツラと関係あるのかと聞くと、wigはカツラではなくヴァイキングの言葉(古代スカンジナビア語)で「湾」のことだと言います。つまり当時ここは海がそばまで来ていて湾になっていたので、湾の町と呼ばれたのだそうです。その紳士と別れを告げてから、さらに街中を歩いていると、今度は大きな古本屋さんが目に留まります。見るからに面白そうな古本屋です。そして一歩店の中に踏み込んだら、その後1時間以上出てこれなくなりました(笑)。しかも店から出てきたときには、両手いっぱいに本を抱えている羽目に。とても素晴らしい本がたくさんあり、ついついたくさん本を購入してしまいました。実は後で知ったのですが、ウィッグタウンは古本の町でも知られているんですね。次に近くを通ったら、この古本屋に再び足を運ぶことになりそうです。(続く)
2013.08.09
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6月1日。今日はスコットランドを離れ、イングランドの湖水地方へと向かう日です。でも湖水地方に行く前に、スコットランドでいくつかの巨石探しをします。最初に訪れたのは、トーハウスキー・ストーン・サークル。比較的保存状態のいい、綺麗なストーン・サークルです。本当は別角度からの写真のほうがわかりやすいのですが、実は上空に雲のサークルが出ていたのでこの写真にしました。天と地のサークルです。なぜ別角度の写真のほうがわかりやすいかというと、実はサークルの中央に三つの列石がある珍しいストーン・サークルでもあるからです。上の写真では中央に一つだけしか写っていません。こちらがサークル中央にある三つの列石です。中央の石が小さくて、両脇の石が大きいですね。中央の石の奥にみえているのが、外側のストーンサークルの石です。このトーハウスキーのストーン・サークルがユニークなのは、この中央の三つの列石だけではありません。ストーン・サークルの西側と東側にそれぞれ列石があることです。こちらの写真をご覧ください。手前がストーン・サークルですが、その奥(写真中央左)の丘の上に東の列石が見えます。東北東に130メートルほど離れた場所にあります。そこまで歩いて行って撮影します。こちらがその写真。こちらの列石も基本的に3つの立石から成っていますね。天地人の3でしょうか。右側奥の列石の直線上にいるのは、4つ目の立石ではなく、羊です(笑)。この列石から、先ほどのストーン・サークルを見ると・・・写真中央にストーンサークルが見えます。その右側にあるのが、私たちが乗っているフォルクスワーゲンです。この後、ウィッグタウンへと向かいました。(続く)
2013.08.08
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アラン島での巨石探索もこれで終わりです。フェリーの時間も迫っていましたので、ブロディックの港へと急ぎます。午前中の曇天と雨空はうそのように晴れ渡り、山々が美しく輝いていました。5月31日午後4時15分ごろの撮影です。この後、午後4時40分のフェリーに乗って、スコットランド本土に戻ります。本土のアルドロッサンに到着したのは午後5時35分ごろ。エアーのホテルに帰ってきたら、昨日頼んだ洗濯物が出来上がっていないという不手際がありましたが、単純に迷子になっていただけとわかり、一安心。その日はぐっすりと休むことができました。6月1日。この日はスコットランドを離れる日でもありました。今回はスコットランドだけで7泊8日の旅でした。後残すところ、7泊8日だけ。その間に湖水地方、ウェールズ、コーンウォール地方、そしてキューとロンドンをめぐります。(続く)
2013.08.07
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今度こそ本当にマクリ―・ムーアの巨石群の撮影は終了です。だけど最後に、丘の上にある、渡り鳥がとまっていた立石を撮影しようとしたところ、カメラの電池が切れてしまいました。でも裏ワザがあるんですね。一度電源を消して、もう一度入れると、2、3枚は撮れるんです。その裏ワザで撮影したのが、こちらです。この場所からなら、6つのサークルとドルメン、ケルンなどが見渡せるんですね。まさにこの巨石群を設計する上の観測基準点であると私は考えています。駐車場に歩いて戻る途中、声が最後にこんなことを言っていたことを思い出しました。あの山も晴れるから、そのとき撮影しなさい、と。そしてその山を見ると、確かに今まで雲がかかっていたのが嘘のように、晴れてきました。本当に最後の一枚。これを撮った後は裏ワザを使っても、カメラはウンともスンともいわなくなりました。それでも車の中にはもう一台一眼レフデジタルカメラがありますから、この後はそれを使います。そしてアラン島の南海岸に出て、この日最後の立石を探しに行きました。これがその立石です。3角形のお結び型ですね。さて、なぜこんな形をしているのかと思案していると、すぐに答えがわかりました。それは海上に答えがあったんですね。ほら、この通り。アラン島の南のはるか沖に、まさにこの立石と同じ形のピラミッド型の島があるんです。つまりこの三角形の立石と海上のピラミッド島は密接な関係があることが推察されるわけです。アップにしてみましょう。島の名はエルサ・クレイグ。エルサのごつごつした岩山というような意味でしょうか。第二回イギリス巨石めぐりの旅でご紹介した「エジンバラ城から見たピラミッド」、すなわちバス・ロックという島にそっくりです。そしてなんと「偶然」にも、バス・ロック、エジンバラ城、エアを結んだ直線上にこのピラミッド型の島が位置しているんですね。偶然は神ですから、神の粋な計らいなのか、それとも、だれかが測量して、ピラミッド型に島を加工、一直線上に並べたのか。いずれにしても、同じ形の島がスコットランドの東と西に存在することは、しかもエジンバラ城を通った直線上に存在することは、非常に面白い現象であることは間違いありませんね。バス・ロックもそうでしたが、エルサ・クレイグもまた、海上の目標物として昔から航海には欠かせない島であったと記されています。(続く)
2013.08.06
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アラン島の港に到着する前、島は雨雲に覆われていました。そして到着後ほどなく、ポツポツと雨が降り始めました。マクリ―・ムーアの巨石群を探索しているときも、雨が降ったりやんだりの天気。それでも何とか大雨にならず、写真撮影も順調に終了したはずでしたが、最後に「5分待てば晴れる」との声が聞こえたところまで書きましたね。その時私は「えっ、本当に五分で晴れるのかな」とちょっと半信半疑でした。確かに空は少し明るくなったようですが、太陽が出る感じがしなかったんですね。遠くの山々も雲に覆われています。それでも、もしかしたらと思って、駐車場に戻りかけた足を止め、しばらく様子を見ることにしました。そして五分ほどすると、本当に日が差してきました。さあ、大変。写真撮影のやり直しです。まずはフィンガルの竈ことサークルV。日が当たっているので、きれいに写りました。そのサークルVから遠くにサークルIIIとサークルIIを入れて撮影します。上の写真で、左奥にIIIが、中央の木の右奥にIIが写っています。さらにサークルIVを望遠で撮影。一つは木の陰に隠れてしまいましたが、まずまずです。帰りのフェリーの時間もありますから全部を再び近くで撮影するわけにはいかなかったので、もう一つだけサークルIIIのそばまで行って撮影することにしました。それがこの写真。サークルIIIの立石です。青空に映えますね。最後にサークルIIを望遠で撮影します。先ほどまでの雨雲が嘘だったかのように、空が晴れ渡ってきました。(続く)
2013.08.05
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6つのサークルのうち、望遠で撮影しただけでまだ近くまで行っていなかったのが、サークルIIIです。一度サークルIVの近くまで戻って、IIIへと向かいます。今度は近くからIIIのサークルの中でひときわ高くそびえる立石を撮影します。サークルIIIと名付けられているぐらいですから、かつてはストーンサークルだったのですが、今ではほかに折れた立石が3本、埋もれたように横たわっている石が5個あるだけです。こちらはその折れた立石。埋もれた立石の先端部分でしょうか、溝が掘られたようになっています。このように一応、弧を描いて折れた立石が並んでいることがわかります。小雨がぱらつく曇天でしたが、サークル6つの撮影がなんとかすべて終わりました。そろそろ引き上げて次の巨石の取材に行こうとしたら、いつものように目に見えないガイドが「ちょっと待て」と言います。何かと思うと、「あと五分ぐらいで晴れるから、その時に撮影しろ」と言うんですね。(続く)
2013.08.04
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これでマクリ―・ムーアにある巨石群を大体ご紹介しました。ここで渡り鳥がとまっていた丘の上の立石を思い出してください。実はこの立石がこれらの巨石群を建造するにあたっての測量基準点であったことが、サークルXIとサークルIを見た後、気が付きます。つまりXIとIのどちらからも丘の立石がよく見えるだけでなく、サークルIとIIとIIIがほぼ一直線に並び、さらにその先に渡り鳥がとまっていた立石があるんです。またサークルXIの南端の石とサークルIIの北端の石を結ぶとサークルIIIがあります。このことから、丘の上の立石から測量者が平原を見下ろしながら、それぞれの巨石を目印にして一大巨石群を設計したことがわかるわけです。写真をお見せしましょう。サークルXIから撮影したサークルIIです。手前の三本がサークルIIの立石。その真ん中の石の右奥に見えるのがサークルIIIの立石です。そして写真を縮小しているので見にくいと思いますが、右端近くの丘の上に渡り鳥がとまっていた立石が見えます。それをもうちょっと望遠で撮影したのが、次の写真です。右の丘の上に立石があるのがわかりますね。XIから約600メートル離れています。最後にサークルXIの石を入れて撮影。さて、この6つのサークルの配置ですが、ジョン・バーナットという研究者によって、夏至の日の出と関係があることがわかっています。夏至の日に6つのうち4つのサークルからアラン島を南北に二分している峡谷を見ると、まさにその谷間から太陽が昇るのを観測できるそうです。ほかの二つもちょっとだけずれているだけで、夏至の日の出を意識して巨石群が建造されたことは間違いないようです。おそらくアラン島では最大の祭祀場であったのではないでしょうか。(続く)
2013.08.03
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今日ご紹介するのは、サークルIIから70メートルほど東南東に離れた場所にあるサークルIと、そのサークルIから2、30メートルしか離れていないサークルXIです。まずはサークルI。直径15メートルほどの綺麗なストーンサークルです。かつては12個あった石も今残っているのは11個です。上の写真の右奥には前日ご紹介したサークルIIの立石が見えます。さらにサークルIから北東の方角を見ると、写真右奥にサークルXIが見えます。この二つのストーンサークルIとXIは、ほぼ隣接しているんですね。そしてこれがサークルXIの全景。次の写真では、手前がXIで、左奥にI、右奥にIIが写っています。まさにストーンサークルが密集して建造されたことがわかりますね。次回はその配置について説明します。(続く)
2013.08.02
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サークルIVからIIIを望遠で撮影します。90メートルほど離れています。デヴィルズ・アローズにそっくりの立石です。大きさがわかるように人間も一緒にフレームにおさめます。サークルと呼ばれているぐらいですから、ストーンサークルに間違いないと思いますが、遠くから見えるのはこの一本だけです。この時、他の旅行者がIIIの方角に向かったので、私たちは人のいないIIに先に行くことにしました。IIに到着。まだカモメが巨石の上にとまっていますね。左の巨石の裏側には女性が以前として休んでいます。反対側から撮ると、こうなります。三本しか立っていませんが、昔はちゃんとサークルになっていたようです。手前に二つほど円卓のような石が転がっていますが、これは現代において誰かが巨石の一つを加工して碾き臼にしようとして失敗、それが放置されているそうです。(続く)
2013.08.01
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