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買いましたこんなデカイ分厚い手帳買ったの初めてですもちろん…持ち歩きません(笑)例年は電車の線が見やすい小さい手帳を買っていて今回もそういうのを買ってたんですが…こっちも買ってしまいましたいっぱい書き込んでやろう!なんか詩とかエッセイとかそんな感じで…と意気込んだ次第ですがはたしてどうなるのか女子高生ガチャピンセレブガチャピンピエロガチャピン武士ガチャピンスポーツガチャピンなどなど、いろいろおりますきゃ、きゃわゆいあ、あ、あわわわわもちろんムックもいますつーか、なんかいろいろ書きたいんですけど(いつものような長くて深いエッセイ風の日記ね…)あんまり時間なくってこんなんなってしまってますもともとあんまPC開かないのに余計ひらかなくなってしまって…開いて、今日こそは長いメールしよ!長いブログ書こう!とか思いながらもしないままになってしまってますひょえ~~~私らしくない私マメなはずが…ど、どうしたんだ~~~ヨリヤマーーー!!!チーン
2009.12.30
こんなの見つけました↓http://www.bs-j.co.jp/fashion/pl/091212.html大好きな「ファッション通信」にて私の歌がバックの音楽に使われてたっていうのはとても嬉しいです♪
2009.12.29
Twitterをやり始めましたつっても、全然やり方わかってなくてyolisweetって名前でやってます。ので、もしやってる方がいらしたらフォローして下さいなって、フォローの意味もあんま分かってないですが…(笑)最近、改めてすごくすごーく思うのですが私はやっぱ文化的な哲学的な話や深い話を一緒に出来る人が好きですそれっていうのは育った環境に起因してると思います。オヤジは今はいませんが子供の頃オヤジはよく私にそういう話をしてきました。母とは昔からよく色々なことについて深く語り合ったりしています。素晴らしいモノを観たり、聞いたりしてもその素晴らしさを理解できない人もいます。つまりは感性があるのか、ないのかです。私は、そういうのを誰かと分かり合えた時やシェアできた時に至福の喜びを感じますそれと、もう1つ。あなたは「歌」という1つのことを何があろうともやり続けてるからそれはとてもすごいことだと思います…みたいなことを言って下さる方々がたまにいらっしゃるのですが私からしたら自分は「歌」というものしかない単なる不器用な人間だと思っていて逆に1つのことに執着せずにいろいろなことを手広くやってらっしゃる人の方が私からしたら「すごいよな」って思うんです。人って無いものねだりですね(笑)でね、思ったんだけど私はやっぱり「歌うこと」が大大大好きなのです曲も作るし詩も書くけどそれらよりも歌うことがやっぱりダントツに好きなんだなって思う。だってね昔から「歌うこと」だけは何があってもやめないんだもん。この飽きっぽい移り気な私がさ(笑)
2009.12.10
私はあんまりテレビみないのですが…見るとしたら英語のためにほとんどケーブルですニュースとかドキュメンタリーとかは好きなのでちょこちょこ見てます。そんな中、こないだたまたまNHKつけたら「きらっとひかる」という番組の再放送をやってたので何気なくみてたんですが…う~ん、すごく深い!とても良い番組だなぁと感心してしまいましたざっくり説明すると…障害者の人たちが明るく活き活きと生きている姿や自分たちの持っている悩みや想いなどを赤裸々に語りかけてくれるそんな番組です。3人のパーソナリティーがいます。司会の山本さんは関西のおっちゃんって感じで気さくで面白い人。アシスタント的な女性は清潔感ただよう感じの人です。で、もう1人とても面白くて素敵な人がいらっしゃるんです。玉木さんという方で自立生活センターで働かれているみたいなのですがご自身も脳性麻痺らしく番組に登場する障害を抱えた人たちの気持ちをあらゆる視点からわかってあげることができとても深いコメントをなさるのです。障害を持ってる持ってないに関わらず玉木さんの何気なく発する言葉はどれも深くってすごい人だなぁ!!ってめっちゃ尊敬してしまいましたしかもよく面白いことをおっしゃっるのでおもしろキャラみたいな感じだしすごく楽しく生きてらっしゃる感じ見ていて、とても伝わってきました。障害を持ってらっしゃる人の生の声が聞けて本音の部分の気持ちが分かるのでこの番組は見ていてとてもタメになります。私が、誰かに対して好感を持つ基準は障害を持ってる持ってないは関係ありません。健常者、障害者っていう分ける感じの言い方嫌いだけども…健常者でも好きな人は好きだし嫌いな人は嫌いだし障害者でも好きな人は好きだし嫌いな人は嫌いです。シンプルです。小学生の頃私は特別養護学級の子と仲良くなったので遊んでいたら周りの子たちから「あいつ、ようごと遊んでる」って言われて余計いじめられてとても傷ついてしまいそれから、その養護学級の友達を無視するようになってしまいました。それ以来、その子もそれを察したのかもう私には手も振ってくれなくなったし時々すれちがっても少し遠慮気味な感じでみつめてくるだけになってしまいました。今思えば、とても悲しい。本当にバカなことをしたものです。とても心のキレイな子でした。どうして彼女と友達のままでいなかったんだろう?周りの目なんか気にしてさ…今でも自分に、そう問いかける時があります。自分の「芯」の部分の感覚はとてもシンプルなんです。そこに愛があるのか、ないのか…私は自分のこの言葉をこの信念を時たま周りの雑音によって無視してしまうことがあります。昔よりはだいぶ減ったけど今でもそうしてしまうことがあります。その養護学級の彼女には私への愛があったのです。私も彼女への愛があったくせに周りの雑音によって彼女への愛や互いの信頼関係を壊してしまったんです。生きてれば色々あります。人間が集まればいろいろありますよね。私は普通、一般的な人よりも深い部分でないと「愛」を感じることが出来ません。その私が直感で一緒にいてあふれる「愛」をそのまなざしからその行動から感じさせてくれる人っていうのは間違いないのです!その自分の直感はどんな周りの雑音や障害があろうとも決して曲げてはいけないものだとほんとうにほんとうに思います。「愛」とはシンプルなもので決して悪い意味での「重い」ものではないと思います。どんな人間関係にも「愛」は不可欠ですがそれに欠けている人々やそういう光景や行動や言動や文章を見るととても悲しくなります。私はとても純粋過ぎる人間です。あまりよくない意味でも。純粋過ぎる人間はそのイノセンスやピュアネスを守るためにそれと同じくらいあるいはそれ以上に強くならないといけないんだ!ととてもとても思います。NYにいる黒人のおばさん私のお母さん的な友人アリスはまさにそんな人です。彼女はとてもタフ繊細で愛情深い人でありながら。私にこう宣言した時には笑っちゃいました。「私は何があっても傷つかない」ってさ。いろんな人に目を向けてみてください。自分のことだけ考えるのではなく周りの景色や街の情景と化している道行く知らない人たちやこの地球のヴァイヴを感じてみてください。人の表面的な部分だけを見るのではなくそれらに決してだまされるのではなくもっとその人間の奥深くを見てみてください。そして身近な友人や家族こそもっともっと大切にして下さい。いなくなってからそのありがたみに気づいてもそれでは遅いと思うのです。だいぶ話がそれてしまったけど最後まで読んでくれた人ありがとう
2009.12.04
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