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写真日記その2。※いつまで続くやら???(^_^;)現在の我が家の玄関。亡くなった祖父がペンキで描いた「モナリザ」の模写が飾ってあります。今朝は朝市で、カラーとカモミールの花束を見つけました。★ ★ ★ ★ ★今年もサンダンス映画祭に挑戦しようと、シナリオを考えています。毎夜、NHKで広報していますが、見るたびに、仮に5年、10年かかろうとも、絶対私はあの場所に立つ!と闘志を燃やしているのでした。(^_^;)お話の中に、平安時代のシーンが出てくるのですが、登場人物の名前を決めたい。インターネットで探したら、日本人の名前についての本があることがわかりました。図書館に行って探したら、類書が並んでいました。その中の1冊「名前の日本史」、あまりのおもしろさに、はまってしまいました。古代日本人は、「実名敬避」という習慣で、他人に本名を明かすことを忌み嫌っていたのだそうです。「実名を相手に知らせることが自分の生命を失うに等しく」だったそうです。今もネット上で、ハンドルネームを使って、実名を明かすのを避けるってありますね!!なんとなく恐れていたのは、ネット上の悪い人々かと思ったけど、もっと深いところで「名前を明かすとアブナイ」という気持ちが働くのかもね。シャチョウとか、ブチョウとか、カントクだとか、役職名で呼ぶのも、今に始まったことではなく、古代から。90%以上の一般市民の姓が、明治初期にあたふたと決められたことは、学校でも習ったなあ。作家たちが、かっこいいペンネームをつけたり、逆にかっこよすぎることを恥じたりという歴史も紹介してあります。宝塚の俳優の名前なんて、確かにかっこよすぎてはずかしい・・・。(>__
2007.05.31
これぞ、ウルトラ・シンデレラの靴?(^_^;) お城の舞踏会まで、歩く!★ ★ ★ ★ ★引き続き「気づきの写真術」を読みながら、「私と写真」について思い出しました。写真との出あい・・・それは、モデルとしてだ!!(#^.^#)ほとんどの人がそうですよね。親が撮った写真のモデル!!生まれてすぐに撮られる写真が、初体験じゃない?私の場合、父の趣味が写真だったこともあり、入選作のモデルになったことも何度かあったみたいです。思い出すに、空港で「私も乗りたいなあ」とぼんやりしてるのや、遊園地で、回転ブランコに人が乗っているのをうらやましそうに見上げているのやら・・・・あれれ?どっちも同じテーマ?「撮る初体験」はよく思い出せないのですが、初カメラは、祖父が使っていた小型カメラでした。フラッシュがついていなかったので、ピンボケ写真をいっぱい撮りました。写真には、必ず家族や友人や自分が写っていて、人が写っていなければ、何も写っていないとさえ感じた時期があったのを思い出しました。子どもの絵に、必ず人が描かれるようなものなのかな?就職して、初めて自分で買ったのが、キャノンのEOS。EOSって、めちゃ、かっこいいと思いました。名前もいいし、イメージもいいし、使いやすい♪その頃には、「女性フォトグラファー=超かっこいい!」という図式がアタマの中にインプットされていたことを思い出しました。映画俳優のキャンディス・バーゲンが写真家だったとかね、フェイ・ダナウェイだったと思うけど、めちゃかっこよくカメラを構えた写真が忘れられない。そーかー、あの美しき女性たちから、カメラ=かっこいいという写真外のイメージを持ったのか!!・・・すごい影響力ですね。(*^。^*)さてさて、思い出話しはともかく、ごちゃごちゃ言ってないで、撮ったらどうですか?と、今愛用しているIXYがつぶやくのです。そうね、ウルトラ・シンデレラ夢実現写真日記もいいかもと何枚か身近なものを撮ってみたのですが・・・・・。エライことに気づいてしまいました。この暮らし、私のイメージと違うっ!って。(>_
2007.05.30
昨年、ウォーキングの途中で撮影した紫陽花。画家ジョージア・オキーフみたいな視点で撮りたいと思いました。ところで、オキーフって、めちゃ素敵♪★ ★ ★ ★ ★良い写真ってナンだろう?って、以前からずっと悩んでいました。前に日記にも書いたのだけど、コンテストで賞を取るような写真と、自分の写真の何が違うのか、よくわからない。(^_^;)このギモンは、私だけではなかったのだと、「気づきの写真術」を読んでわかり、ほっとしました。「作品を判断するのに何か定規のようなものがあって、それを当ててやれば、自分の写真の良し悪しがわかるのではないか、というのです」この問いかけに対して、筆者は、「良い写真とは、そこに写っている世界に入ってみたくなるような、あるいは、知らないうちに、われを忘れて写真と話し込んでいるような、画面の中からいくつもの言葉が聞こえてくるような写真のことをいうのではないでしょうか」と答えています。なあるほど!!納得!!これって、絵にもいえている。物語にもいえている。ところで、と。洗濯モノを干しながら、なぜ、私は良い写真を撮りたいのか?というもっと根っこのところのギモンがわいて来ました。写真は自分が撮りたいように撮れれば、目的は遂げているともいえる。同性の友人に、あなたが撮ると、いい感じだから、お願い」なんて言われたこともあるから、カメラでの表現は、そこそこかもしれせん。・・・そりゃ、より多くの人に、見てほしいんでしょ?(*^。^*)自分だけじゃなく、気心の知れた友だちだけじゃなく、作品を通じて、初めて会う人にまで通じる表現がしたいんでしょ?あるいは、写真を撮ることを通じて、今まで見なかった風景や瞬間、人々との出会いも期待しているのかも。「写真」という道を極めようとする先輩たちも含めて。私の夢は、映像にあるのだけれど、たった1コマに切り取った写真に強いチカラがあることはわかっています。この本を読みながら、写真を語るには、もっともっとカメラと仲良くして、いっぱい撮ってみなくちゃはじまらないよ!なんてキモチになりました。
2007.05.29
先日、初対面なのに、一方的にずうううううっと愚痴をいう人に会いました。はじめは、同情したり、あいずちを打ったりしていたのですが、だんだん、相手は私の反応を期待していないことに気づき、ただ、ただ、黙って聞くだけになりました。そのうち話題が見えなくなり、「私って、何をしているんだろう?」と呆然。不毛の会話に消耗しつつ、こんな方にお会いしたのも、私自身に問題があるからではないか?と反省しはじめたのでした。愚痴を言う必要がないほど幸福ならば、最高です。愚痴を言いたくなったとしても、受け止めてもらえて、すっきりすれば、それもとてもいいことです。でも、エンドレスに、何度も繰り返して、えんえん愚痴を言い続けていては、何もならないどころか、ほかならぬ自分自身を毒してしまうのではないでしょうか?なあんてね、本当は、そう説教のひとつもしたかったのだけどね。なにせ、初対面だしね。なにより、自分のことを棚にあげられるのか・・・?その後、自分を観察してみると、あれれれれ?けっこう言っていました。幸い受け止めてくれて、前向きな助言をくれる家族や友人がいたのです。それに、気づけたのは、大きな収穫です。感謝です。が、意外と愚痴っている自分に気づくのはショックですね。自分にだから、遠慮なく説教しますが、「愚痴ってるヒマがあったら、自分を変革せよ!」ですね。(-_-;)今朝は、ヴォイス・トレーニングに行きました。先生の明るい笑顔、なんでもプラスに受け止める姿勢、はつらつとした声を聞いて、いい人間関係に恵まれていることをあらためて、ありがた~く感じたのでした。
2007.05.28
昨日は、木下大サーカスを見に行きました。つい数日前、父が招待券をもらってきたのです。木下大サーカスは、幼い頃1度見たのと、息子が3歳くらいのとき、大阪で見たので3回目かな?遠景で見えてくる旗付きのテントが、わくわくさせてくれます。このテントの中で、信じられないことが起こりますよ~という前兆。広島公演は来週終わるので、早くからたくさんの人が集まっていました。行列の人々といっしょに、どきどきわくわくってのも、いいもんですね。(*^。^*)お祭りの縁日みたいな出店が雰囲気を盛り上げていました。人々の期待いっぱいで始まったサーカスは、鍛え抜かれた技の連続です。これぞ、愚直なまでに繰り返された訓練の賜物。人間って、鍛えれば鍛えるほど、変わっていくのだろうなあ。高速で回転する演技でも、当人はスローモーションのように、すべてを把握しているのかも。きっと、毎日まいにち、基礎トレーニングをして、技を磨いて、リハーサルをして、数え切れないほどの本番を重ねているのだろうな。はじめてサーカスを見た子どもたちの、純粋に驚嘆する喚声がキモチいいです。「うわー、すごーい、信じられない!!」この感動が、回数を見ることで、なくなってしまうのは、いいことではないのでしょう。見るたびに、違う視点と感動を持っていたいですね。「人を感動する仕事」に従事しているサーカス団にココロからの敬意。
2007.05.27
図書館で、「國弘流 英語の話しかた」たちばな出版 という本を見つけました。國弘氏って、NHKの英語講座でお声を聞いていたような・・・。アップの顔の表紙にたじろぎつつ、「読みなさい」という迫力を感じたのでした。はじめから、英語は、逆立ちと同様、練習しなければできないと断言。「日本全体で、かなりの人が、楽をして英語を身につけるという共同幻想にしがみついているんですね」考えてみれば、そのとおりです。(-_-;)ひたすらに、愚直なまでに、中学生の教科書レベルの英文を繰り返して音読せよとの教えです。・・・千回単位で。英語だけでなく、スポーツでも、楽器でも、上達のすべての鍵は、繰り返しにあるのだと。数回とか、数十回ではなく、千回単位でね。カンタンすぐにほらできた!というのは、幻想なんですね。なんとなく、最近、そうかなって感じていたから、決定打を打ち込まれた感じです。(-_-;)愚直なまでの繰り返し、やってみる価値を充分に感じたのでした。
2007.05.26
私の足、40cmも伸びました!!(^^ゞ先日、見たBSのランニングの番組で、まずは、ウォーキングのフォームを正しくしようと提案していました。みぞおちの下から、足だと思って歩こう、と。そうすることで、足だけでなく、骨盤から歩くということが可能になるのだそうです。みぞおちとは、胸の中心のへこんだ場所。みぞおちから下は足、みぞおちから下は足・・・。わあお、私の足、長~いっ!!(>__
2007.05.25
昨日は、半年ぶりに、人前で歌いました。(>__
2007.05.24
昨日は、近くにあるボーリング場が解体されるのを、長時間撮影しました。同じ素材で、90分テープ2本分撮ったのは、初体験。フィルムじゃないんだから、不要ならば後で消せばいい。なのに、ココロの中はざわざわと、「もったいない、もったいない」とつぶやき続けるのです。(-_-;)この、ケチっ!モノを大事にするのは、いいことだけど、あまりに抱え込み過ぎたら、なにもできないじゃない!!と、自分と喧嘩・・・。(^_^;)先日、なにげなくテレビをつけたら、グレゴリー・コルベール氏の番組がちょうど始まるときでした。雑誌で知ったこの作家、写真家だと思っていたら映像作家だったのですね。静止した一枚でも、心を激しく打たれた作品が、ハイビジョンで動く・・・。信じられない、その奇跡の美しさ!(ToT)素晴らしすぎる!!コルベール氏は、その映像を15年かけて撮影したのだそうです。動物たちは、人間の都合に合わせてはくれない。ひたすら、忍耐強く待ち続けるのだと語られていました。15年で、50枚の写真と、60分の映像。それって、許されるんだな・・・。焦らなくても、あわてなくても、いそがなくてもいいんだ。むしろ、果てしない時間の中で、ゆったりと、じっくりと、自然に向き合うことこそ、必要なことだったのか・・・。で、私。昨日、半日の撮影で、忍耐力を試されました。(^_^;)もちろん、何を撮るかという素材選びも重要なのですが。経験を増やすということも大切ですね。学びは、あちらこちらに転がって、試されるのを待っているのだなあ。
2007.05.23
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昨日、ヴォイス・トレーニングに行ったら、先生の棚に、新しい本を見つけました。その名は、「素敵なあなたになるボイス・トレーニングブック」。なにやら、スピリチュアルな雰囲気♪ぱらぱらとめくってみたら、たくさんの美しい風景写真が印刷され、「七色の声」CD付です。私が今、必要としている、自然におおらかに、のびのびと歌うことを、教えてくれそうな予感がしました。うきうきと借りて帰って、さっそくCDを聞いてみたら・・・?ぬあんだあ!これはっ!!??はじめは、ごく、まじめに始まりました。だんだん・・・。ぷっ!!ぷぷっ!!あっははははははは!と大爆笑。(>_
2007.05.22
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「エブリディ・ジーニアス」という本と出あいました。図書館の返却日になって、あわてて読み始めたのですが、これはまさに、今、私が読むべき本であった!と感じるほどのシンクロ。数日前から、子どもの頃のココロの傷に向き合っていたのですが、この本では、音楽の力を使って、自分にプラスに働く新たな記憶に書き換えるという方法が提案されていました。ココロの底に、しっかりと錨をおろしている痛い記憶・・・。まずは、その悲しみや苦しみや怒りに向き合う。そして、やさしくゆったりとしたクラッシック音楽を聴きつつ、「あれはね、愛だったんだよ!」と書き換える・・・。まずは、自分に、ココロの古傷が多数あることに驚きます。元気で達者な気でいても、ココロの底には、阿鼻叫喚の記憶がざっくざく。ちいさな子どもが泣き叫んでいる。あな恐ろしや。(>__
2007.05.21
おとといは、ギターの変則チューニングで驚嘆したし、先週は、きたのじゅんこさんメソッドの色鉛筆手法にしびれたし、「今こそ変われる」予感を感じています。型にはまった表現を脱するときであること。遠慮なく、どんどん先輩の知恵を学べるときであること。さらに、もうひとつ、最大の課題は、感情を解放するときなのだと。ココロを揺さぶるだとか、ハートで表現するだとか、心理的な言葉を連発するわりには、肝心の自分自身の感情は、固く封印していたりする。例えば、「心をこめて歌う」というとき、演劇的な、過剰な感情表現だと感じた瞬間、強く抵抗して、シャットアウトをしたくなる・・・。幼い頃の、なんらかの記憶が、私の表現に安全な範囲を知らせて、警告して、止めるのかもしれません。演劇的な人々に対する、尊敬と軽蔑。違う次元で渦巻く怒涛の感情に溺れている人々に対する驚異と恐怖。もっと単純に、「おまえって、バカみたい」といわれた残酷な経験・・・?せっかく、ここまで来たのだから、やってみよう、通り抜けてみよう。完全に心を解放して、見えてくる世界へ。
2007.05.20
昨日、初めてギターの「変則チューニング」をやってみました。変則チューニングとは、普通、6弦を「ミラレソシミ」と調弦するものを、「レラレ#ファラレ」だとか「レラレソラレ」にするものです。なーんだ、そんなこと、やってみればいいじゃん♪ということには、なぜか、ならなかったのです。「そんな恐れ多いことするには、まだ早い、未熟だ」みたいな、抵抗を感じていたのです。そのうち、いつかするだろうと、前々からなんとなく思っていたのですが、やっと昨日になってやってみる気になりました。どきどきしながら、糸巻きを回す・・・。なんと美しい音がしたことでしょう!!ギターの透明感、不思議感、共鳴音、たまんないです~。(ToT)一度やると、次々やってみたくなるものですね。俄然、変則チューニングに興味がわき、以前から持っていた雑誌に、特集記事を見つけました。「それは、どこまでも広がる自由な世界への入り口であり、飛び入る勇気を必要とする底なしの沼地」本当だ。そんな印象・・・。たかが、楽器の一つのテクニックに過ぎないなんて思えなかったし、実際やってみて、別世界への扉を開いたような気分です。チューニングを変えるだけで、世界が変わる。その変え方は無限に存在する・・・。なんとぞわぞわする、恐ろしく感動的な体験でしょうか。音世界への無限の冒険へ、でかけてゆこう。
2007.05.19

この頃は、NHKラジオの英語番組を夜11時から12時まで録音しておいて、夕食をつくる間に流し聞きをしています。この間に放送されるのは、「英会話上級」「ビジネス英会話」「徹底トレーニング英会話」「ものしり英語塾」。水や鍋の音で聞き取れないことも多いのですが、楽しくやっています。「徹底トレーニング英会話」という番組では、最後に、英語で励ましのメッセージを言ってくれます。”Proceed toward your goal step by step. ”だとかね。なんだかね、じーんと嬉しくなっちゃうんです。(T_T)毎日コツコツやるってのは、楽しくもあるけど、ときどき、「なんでこんなことやってるんだろう?なにになるんだろう?」と疑いたくなることも、あるんですよね。それは、本当は、英語のことじゃないんですけどね・・・。(>_
2007.05.18
数日前から、我が家の難題は、愛犬の「ムダ吠え」でした。1か月くらい前に、からだが大きくなり、知恵のついた愛犬は、隣の家に侵入し、畑の上でネコを追いかけたりしたので、庭で放し飼いにしていたのを、鎖でつなぐことになりました。その頃から、ムダ吠えは、日々エスカレート。ついに、父をして、「ペットショップに返品して、もっといい犬に変えて来い!」と怒り爆発に至ったのでした。モノの本によると、これは犬の問題ではなく、飼い方の問題。放し飼いにしていたのも、かまいすぎていたのも、わがまま犬にしてしまった飼い主の責任・・・。(-_-;)しかし、愛犬家の父は、これまでの考えを変えようとはしません。もっと厳しく、毅然としつけをしないと、犬は、どんどんわがままに、手に負えなくなってしまいます。あああ、どうしたものか!!??(>_
2007.05.17
昨夜、私は不機嫌でした。先日エントリーしたイラストコンテストの予選に落ちたから~。(T_T)冷静に考えれば、さもありなんという状況で、「落ち込む」レベルではありませんでした。しかし、充分に「キゲンを損ねる」状況・・・。よくも、私を落としたなっ!・・・て。(^^ゞむかっ、むかっ、むかっ。不機嫌になると、なんでもないことも気にさわる。不機嫌が不機嫌を呼び、ますます「いやあ」な状況に。さらに、家族まで愛犬の無駄吠えの件で、不機嫌でした。我が家は、不機嫌の渦の中!!(~o~)ああ、キゲンというものは、呼び合うのだなあ。発端は不機嫌だったのに、だんだん「憎悪」に進化していく。これは、いけません!!早急に、この増殖した不機嫌をなんとかしないと、憎悪に侵略されてしまいます。さあさ、気分を変えて。愛をささやこう♪今日一日の、幸福を数えよう。喘息&アレルギー持ちだった息子は今日も元気だった。大病をした母も、今日も元気だった。おいしいごはんが食べられて、いい天気だった・・・。あああ、極上の有難き幸福かな~♪(ToT)なんて、振り返っている間に、キゲンよく眠っていたのでした。
2007.05.16
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「科学者が見つけた『人を惹きつける』文章方程式」という本と出あいました。タイトルどおり、火山学を専門とする科学者が、「名文とはなにか?」を科学的に分析してみたという内容です。同時に、私はフォトリーディングの手法も知ることとなり、この本は、その画期的な早読み術で逆向きに読んでみました。(^_^;)まだ、きちっと読んでいない状態なのですが、つまり、科学者は「名文とは、”催眠”である」って言っているようです。きっちり論理的な科学論文が、下手だ、読みにくいといわれるのと対照的に、文学者たちの文は、あいまいで、非論理的で、スジがとおらない。しかし、読み手の自由な空想を侵さず、個人的な記憶を蘇らせつつ、やがて巧妙に作家のイメージの中に引きずり込んでいく。それは、まさに、催眠なのだと、科学者は言っているのです。なるほど、絵でも、ばちばちにピントが合った写真のようなものより、全体ぼわっとして、かすんでいて、得体の知れないものの方がココロを惹きつけたり、歌だってそうかも。「では、いよいよ始まりますよ」と予兆があって、イントロからAメロ、Bメロ、サビへと感情の渦の中に巻き込んでいく。映画にしたって、映画館に入った時点から、すでに催眠術がかけられはじめている。オープニングから、徐々に、あるいは一気に別世界に引きずり込む。そーか!あらゆる芸術表現は、催眠だったのか!!作家たちは、知っていて種も仕掛けもある術を行っているのでしょうか?あるいは、天才的なひらめきでなしているのでしょうか?うーむ。どっちにしても、日々学んでいくしかないでしょ。ときに、ホンモノの魔法使いもいるに違いないと、私は思うのです。
2007.05.15

昨日は、息子と積み木のワークショップに参加しました。大量の積み木が用意され、子どもたちと親で巨大なドームを作りました。息子は、手順を仕切られることが不満そうでしたが・・・。(^_^;)ちゃくちゃくとドームは積みあがり、子どもたちの背を超えていきました。おおお!完成!!(^○^)出来上がると、今度は、ジェンカみたいに、少しずつ、下から積み木を抜き取って、トンネルづくり。子ども達が、その間をはいつくばって、行ったりきたり。次は、さらに、積み木をひとつひとつ抜き取り抜き取り。いつ崩壊しても、おかしくない。そのときです!「ビデオ準備!」とココロの声が。それまで、遠慮もあって、ビデオカメラを持っていたのですが、バッグにしまったままでした。ささささと出して、セットOK!びしっと構えて、録画開始。間もなく、誰かが積み木にぶつかって、いきなり崩れ始めました。ざざざざざざざざざざーーーーーっ!!あっけなく崩れていく積み木のドーム。呆然とする人々。緊張がほぐれて、笑う。ぜーーーんぶ、撮れたあ!!(^○^)「今だ、準備せよ」って予感、あるんだなあと感じました。このビミョウな感じ、大切にしていこう♪
2007.05.14
ついに、オリジナル天使画を描きました。おとといの夜から描きはじめ、昨日は、ほとんど1日中没頭していました。自分のことを世話するのも忘れてしまいました。ふと、鏡を見ると、天使画とは全然違う、仕事にとり付かれて、ぼろぼろになった自分が・・・。ひやーーーーっ!!(>_
2007.05.13

昨日は、きたのじゅんこメソッドで、バラを描きました。まずは、モデルになるバラを買いにでかけました。カーネーションやかすみ草といっしょになったミニ・ブーケを見つけました。絵を描くために、花を買うのは、実に嬉しい♪(#^.^#)まずは、じっくり観察。今までとは違う見方で・・・。知らない間に、ミケンにシワが寄る???(ーー゛)しかし、バニラ色のバラは、「描いて、描いて~♪」と無邪気に喜んでいるように感じました。そうだ、気楽にやろうね。バラは、これまでも何度か描いてきましたが、きたのじゅんこさんの水彩色鉛筆手法は、実に丁寧。その手間ヒマのかけかたに、気が遠くなりそう。「ああ、メンドクサイ!」と思って抵抗するココロとの戦いだなあ。それでも、なんとか描きあげたときの達成感は、心地よい♪(#^.^#)さらに、夜には、レッスン8に進み、レッスン9に進み、「あなただけの天使画を描きましょう」という終章に突入しました。つくずく、今は学びどきだなあと、ヨロコビを噛み締めたのでした。
2007.05.12
きたのじゅんこさんの「エンジェル・レッスン」を続けています。昨日は、レッスン6「クリスタルを描きましょう」をやったところ。水彩色鉛筆で水晶を描くなんて、考えたこともなかった・・・。本なのに、きたのさんの助言が、まるで、隣でささやいているかのように感じる。「ここはね、こうしてみて」と・・・。このテキストには、いろんなワザが紹介してあります。色鉛筆を削った粉で、ぼわわっと塗りこむパウダリング。消しゴムを使って光や白さを描くイレージング。そして、細やかな線で描いていくハッチング。「知るだけではダメよ、どんどんやってみましょうね」なんて、やさしい声が聞こえてきそうな。なんだか、本当に天使がやってきて、絵を導いてくれているような。(*^。^*)今日は、レッスン7「バラの花を幻想的に描く」です。せっかくだから、バラの花を買ってきて、香りを楽しみながらやってみよっと♪つくずく、こういうときがいちばん幸せだなあと感じます。「これをやっていると、あんなに素敵な絵が描ける!」という希望をもっているときです。楽器だってそう。「ああ、こんな素敵な音が自分にも出せるかも!」と憧れて、夢中になってやっているときがいちばんハッピー♪(#^.^#)できてしまうと、きらきらしていた希望の輝きが失せてしまう。この光り輝くようなわくわくした気持ち、いつも持っていられたら、どんなにか幸福でしょう♪脳科学者の茂木健一郎さんが言っていた言葉、「脳が退屈する」状態って、けっこうツライ。退屈よりも、「がんばっても、なにもならない」という無力感はもっと痛い。希望を持続させる達人、な~んていいね♪(#^.^#)
2007.05.11
きたのじゅんこメソッドで自作を描きなおして見ました。そうそう、こんな風に描きたかったんだよね・・・って感じます。描き方が変わると、細部まで気になってくる。これは、成長のときですね!!(*^。^*)★ ★ ★ ★ ★「儲ける」ということに対してココロの抵抗をいつも感じていました。5年くらい前には、お金の勉強を意欲的にしたのに、「芸術は商売ではない」とか、「お金に狂わされた人生」なんて言葉を聞くと、瞬間に、もとのがちがちなココロに舞い戻ってしまっていました。生きていくためにお金は必要なのに、お金のために生きたくない。お金がらみの話題には、無意識に緊張する・・・。無償であれば、悲しくなるし、お金を請求するなんて、苦しくなる。安く値切られると、自分を値切られたみたいでツライ。ああ、厄介な問題だ。(-_-;)そして、辰巳芳子さんのメッセージに出あいました。著書「いのちの食卓」のなかで、「よい食べ物には、信頼できる作り手がいます」と語られた後、「生産者も生活している人間ですから、欲得に目がくらむことだってあります。(中略)欲ってきりがない。人間にとって、『儲ける』とは何かってことを考えないといけないですね」「昔の京都では、どんどん仕事を広げることよりも、いい仕事をちゃんととしっかり守ることを大事にしていました。やっぱりそれでいいんじゃないですか」と。なるほど!目指すは、「儲ける人」ではなく、「いい仕事をする人」なんだ!なんだか、ほっとしました。そう、儲けようではなく、真心こめて、いい仕事をしよう♪お金は、後から笑顔でついてくるらしいよね。
2007.05.10
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はずかしながら、左がお手本なしの私の塗り絵、右が、きたのじゅんこメソッドによる塗り絵。私の幼稚なプライドは、ぺしゃんこになりました。★ ★ ★ ★ ★天使を描く、きたのじゅんこさんの「エンジェル・レッスン」というキット付きの書籍を見つけました。きたのじゅんこさんの絵には、これまで何度も出あっていましたが、そのあまりの気高い美しさにただ、ただ、「すごいなあ」と感じていました。その作家が、創作のノウハウを惜しげもなく公開。アロマカードや、美しい曲の入ったCDまでついていて、レッスンは、ぬりえから始まります。ぬりえですか・・・?自称アーティストな私、それなりにはりきって塗っていたのですが、次のページを開いてびっくり!きたのさんの作品。なんで!?同じ下絵で、こうなるのか!?正直、落ち込むほど感動しました・・・。すごい、すごい、すごい!という敬意と、なんで、なんで、なんで?という嫉妬・・・。なんと、フクザツな心境・・・。もしも、アーティスト宣言などしていなければ、「すごい、すごい、すごい!」だけで感動していたでしょう。しかし、私もひとりのアーティスト。「それしきの腕で、よくも自称などできたものだ」などと、自虐的な言葉が次々と沸いてきました。私って、何のために絵を描いてきたのだろう?もしかして、「じょうずねえ!」なんてほめられるため?「いちばん上手!」と、自分の価値を高めるため???(-_-;)次から次に、封印されてきた感情が湧き出してきて、うるさーーーーーいっ!!やかましーーーーっ!!楽しくなーーーーいっ!!(>_
2007.05.09
昨日作ったビーズのネックレス。テーマカラーは赤!パワーストーンは、ローズクォーツ。元気不足の友人にプレゼントする予定です。気に入ってくれるかなあ?★ ★ ★ ★ ★ウォーキングを始めて、1年たちました。正確には去年の5月7日に始めました。そろそろ1年?となにげなく思い出し、ブログを見返してみると昨日でした!継続1周年おめでとう!私♪\(^o^)/はじめの90日は、ほとんど休まず、毎日2時間歩いたっけ?その後は、1日40分3日空けないという「ミニマム・コース」で続けてきました。なにはともあれ1年、続けてエライ、エライ!!(*^。^*)さてさて、1年前のブログには、佐藤富雄さんの著書からの引用で、「やりたいことが見つからない。夢を描けない。人の欠点ばかり目に付く。恋ができない。仕事に身が入らない。つまらないことでお金を浪費してしまう。楽しいと思えることがない。将来が不安でたまらない。こんな症状がひとつでもあれば、それは間違いなく、脳の活動パターンに問題があります」とあり、2つ該当していた私でした。人の欠点、確かに目に付いていたけど、今は全然ないなっ!それは、雅楽士 東儀秀樹さんの著書「すべてを否定しない生き方」の影響もあるのだけど、「それもありだよね」って、思えるようになりました。恋ができないというのは・・・・・。これはう~む。あってもいいかな?って思えるようになったのが進歩だなあ。今朝のウォーキングは愛犬といっしょに。完璧な五月晴れ。風がここちよく、髪をさらさら~なんてなびかせたくなりました。人は変われるんだな・・・もちろん、いい方向へ。昨日は、本屋さんに行って、何冊もの本と出あいました。その中の一冊、棚から見つけた「マジカル・アイ」。絵を見つめるだけで、どんどん目が良くなるそうな。以前の私だったら、「うそっぽい」と、手にとることさえなかったかも。でも今は、「お!そりゃ、やってみよ!」と積極的です。隠された立体画像が見えるようになるまで、時間はかかりませんでした。うわお、おもしろい!これを2週間続けると、視力が回復する???やってみよう、やってみよう!!何事も、「手にしてみよ、読んでみよ、やってみよ」だよね。さあさ、近未来の私に出会うのが楽しみ♪(*^。^*)
2007.05.08
今朝、お隣からいただいたさくらんぼ♪★ ★ ★ ★ ★昨日は、息子とモスバーガーに行きました。レシピを新しくして、キャンペーン中です。「モスバーガーがモスバーガーを超えた」というコピーに、自己ベストを超えるって、かっこいいなあと感じました。1年かけて、パンとソースなどを変えて「おいしさ」を追求したようです。企業が求める結果は「売上げ」や「利益」なのでしょうね。では、私はなんのために自分を超えるのか・・・・・?韓国ドラマ「ホジュン」で、天才医師である師匠がこう言い放ちました。「医員(医者)は病人に寄り添うためにいる。金儲けがしたければ、商人になるがよい。出世したければ、通訳にでもなるがよい」医者の中にも、明らかに儲け主義の人もいれば、出世したい人もいる。しかし、それでは「真の心医」にはなれないと叱咤するのです。その厳しさ、テレビ画面を越えて、がつーーーんと響く。例えば、もっと有名になりたいとか、レベルを上げたいとか、それは、何のためなのか・・・?そうなれば儲かるんじゃないかと思っていたりするんじゃないかとかね。「この愚か者ーーーっ!」・・・って、放り出されるなあ。きっと。(-_-;)絵を大きくするとか、立体的にするとか、精密度を上げるとか、目立つようにするとか、心理的効果を追求するとか、方法はいろいろあるけど、それは何のためなのか?そもそも、何のための表現なのか・・・?即答できない私は、自分を超える理由も見つけていない。答えが見つかったらね、自然と表現は変わっていくのではないだろうかと、自分を超えられるのではないかと、どきどきするのでした。
2007.05.07

昨日は、友人に誘っていただき、たけのこ堀りを初体験しました。イノシシが掘った穴などをよけながら、鍬を担いで裏山に登り、ざっく、ざっくと掘り出して、がつんと一撃を加える・・・。おおおおおおおお。やったーーーー!\(^o^)/たけのこの切り口から、新鮮な香りがします。手に取ると、ずしりと重い。家に帰って、さっそく料理本を紐解いて、米のとぎ汁で1時間煮ました。先っぽのやわらかそうなところを、わさび醤油でいただくと・・・おいしいいいいいいいい!!!あまーーーーい!やわらかーーーーい!さらに、蕨といっしょにおかか煮にしました。先日、NHK「プロフェッショナル」で放送していた、おいしいごはんの焚き方もやってみました。うーーーーーむ。これは、これは、命がある食べ物だ~!おいしいだけじゃなく、おなかのなかでエネルギーが渦巻くようです。あらためて、食事とは、命をいただくことなのだと、ココロとからだでじわわわわんと感じたのでした。
2007.05.06
昨日、川原で見つけたよつばのクローバーです。息子と愛犬と散歩している途中で見つけました。続けて3つも見つけたから、ひとつは通りがかりの方に贈りました♪(*^。^*)★ ★ ★ ★ ★最近、思うこと。これまで知っていたことを、やるだけじゃ、ダメだなあと。常識的な行動や、決まったやり方を越えたところに、独自性が生まれるのだろうなあと。危険を伴ったり、失敗の可能性も倍増するけど、そうしなければ、前進できない、という場所にいるのだろうなあと。それに、失敗したところで、泥水の中に転げ落ちるくらいのもので、「なーんだ、こんなことを怖がっていたのか!」という程度のものだったりしてね。勇気をふりしぼって、ルールを変えてみると、「なーんだ、すごく自分らしいじゃん?」なんてびっくりするくらい当たり前な状況があったりしてね・・・。
2007.05.05
最近、「赤だよ、赤!」というメッセージがよく届きます。「赤いものを身につけるといい」というのは以前からよく耳にします。赤いパンツが万病を防ぐ、とかね。(^_^;)私は青が好き。クールで知的、理性的。底知れぬ深さを感じるウルトラ・マリンブルーは特に好き!赤は、幼い頃から、やたら「女の子だから」と着せられていたのが、なんとなくイヤでした。さらに、「赤いパンツ」だの、「流行の赤」などと聞くと、拒否反応。しかし、この頃は、「赤」の必要を感じています。情熱不足。エネルギー不足。パワー不足。ときに、理性を溶かす「過剰さ」も必要なのではなかろうかと。昨日は、息子といっしょに、住宅展示場に遊びに行きました。そこのイベントでやっていたアイロンビーズ細工。私もいっしょに作りました♪テーマカラーは、赤だなあ・・・。熱々の赤いハート。情熱の赤で行ってみよっ!(*^。^*)
2007.05.04
以前つくった切り絵ですが、ナナメからの視点が確かに弱い・・・。自分自身への興味と、絵の上達は関係しているんだなと、しみじみ感じたのでした。★ ★ ★ ★ ★昨日は美容院に行きました。いつもながら、丁寧な施術に6時間以上かけていただき、大満足&へとへとでした・・・。その間に読んだ雑誌10冊以上!ある女性雑誌に、「ナナメから見た顔」についての記事がありました。通常、鏡を見るとき、正面からしか見ないので、よく人から見られるナナメからの視点を忘れているという指摘でした。うーむ・・・。思わず、美容室の鏡にナナメ顔をうつしてみると。確かに、これは、問題あり。(-_-;)去年、大きな三面鏡を手に入れて、横顔や後姿という視点も配慮する必要を感じていました。・・・感じていただけで、ばっちりチェックしていなかったし、さらに、ナナメ視線というのは、完全に意識していませんでした。(-_-;)家に帰ってから、テレビを見ると、確かに俳優やタレントさんたち、どの方向から見てもキレイ!!全方位から見てOK!というのは、プロの条件のひとつなのかもね。肖像画が正面だけでなく、どこから見ても、視線が合うことがあります。先日も、NHK日曜美術館30年展で出あった、謎の鬼才画家 高島野十郎氏の自画像に、どこに逃げても見据えられてぞおおおおおっとしました。絵は平面なのに、全角度を感じさせることも可能。(ーー゛)ナナメからもキレイ!どこから見ても素敵♪誰が見ても、どこかに「共感」や「発見」「感動」がある・・・。立体的な表現をめざそう♪(*^。^*)
2007.05.03
笑う愛犬ココー。息子が撮影しました。★ ★ ★ ★ ★この頃、力をいれているのは、愛犬のしつけ。以前飼っていたメスのシェルターは、賢く、おとなしく、美しく、なーんにも教えなくても、家族を困らせもせず、喜ばせてくれていました。ところが、今回のオスのボーダーコリーときたら・・・。(-_-;)犬の中ではトップレベルの頭の良さとといいますが、相手を見て、態度を変える知恵のことだったのかい。先日読んだ本、「しつけの仕方で犬はどんどん賢くなる」は、これまでなんとなく思っていた犬との関係が、実はとんちんかんであったことを思い知らされます。今まで持っていた思い込みをがっさり捨てないといけません。これは、なかなかしんどいことですね。昨日まで大事だと思っていたことが、使い物にならないのですから。新たに学ぶこと、いらなくなったものを意を決して、きっぱり処分すること、そして、行動することが必要なんですね。日々、進化っ!
2007.05.02

デザイン系サイト アットクリエイターズ主催のイラストコンテストに「ハートの循環」で5ページ目の5番目にエントリーしています。ウェブ投票上位50位まで、デザインフェスタに参加ができるのです。ぜひ、応援してください!このサイトに登録したメリットは、他のアーティストの作品をたくさん見ることができることです。正直、プロとアマチュアの差は、ひとめでわかってしまう・・・。けれども、「うまいからいい」とも限らない・・・。ここがムズカシイところ。たくさんの作品に触れると、そのナゾは解けそうです。入選したら、東京行こっと♪(*^。^*)★ ★ ★ ★ ★腰痛は結局、4日でウソのように治まりました~。(*^。^*)今朝は、寝汗をかいて目覚めました。体温を測ってみると36.8度!!私が知らない間に、からだはウィルスなんかと戦っていたんですね。元気って素晴らしいっ!!(>_
2007.05.01
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