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政治が信頼できなくなっている。小生はコラムを稿す気持ちも失せそうな状況である。スピード感もなく政府も永田町も霞が関も網制度疲労で錆びつき機能していないことに気も付いていない勉強不足に癖へき癖きする。自分たちの選挙制度を立法が決定する矛盾。 マスメディアは司法に托すべきだという記事をみない。これまた国家意識がなさすぎる。 パナーソニック、シャープ、ソニー、東芝の大手家電開発、販売機関の決定まで時間がかかり過ぎて、時代の要請に合っていない。そもそも魚介類や青果のよう旬がすぎて市場に出している事を理解していない。家電量販店で唯一気をはいているのは時代の要請に優れた経営者大山社長である。彼は開発販売まで3ヶ月とスピードを重視している。そして元大手家電の技術者や経験者を積極的に採用している。その結果、顧客の要請に対応できていて1人勝ちである。 経団連の米倉会長は引責辞任ものであるが誰も鈴を付けられないようだ。経団連や経済同友会などの大手と云われている各社の経営手法が中小企業からコストを絞り、会社存続の危機にも無関心で、古い体質と経営の亞呆さ加減に呆れてしまう。 また川崎市ではいい顔して自分たちの団体をアピールしたいと懲りない面々が強かな中国人たちを招き環境汚染の防除技術を研修させた。これは民間でなく、このような国際情勢を鑑みて判断すれば、政治的に外交カードとして中国政府の感謝の言葉を現出させての行動が必要だが、国家利益の意識が浅い良い格好をしたい団体が勝手に主催している。日本は技術を取られ用無しになれば、感謝の言葉もなく、中国は独自に努力したという今までのパターンで侮らけるだけである。日本人の甘さはどこからきているのだろうか?よく分からない。 ツイッターhttp://twitter.com/yukemuririki(国家意識ある同じ国家観のフォロワー募集中です) 中国で感染が相次ぐ鳥インフルエンザウイルス「H7N9型」だが、4月4日までに4つの省と市で感染、9人中3人が死亡したことが確認された。 上海ではH7N9の鳥インフルエンザについて、「黄色」信号が点灯した。中国では警告段階を4つのフェーズに分けて規定している。中国衛生部(日本の厚労省に相当)の「衛生部インフルエンザ大流行準備計画と緊急対策案」によれば、黄色は「フェーズ2」に相当する。【衛生部インフルエンザ大流行準備計画と緊急対策案】・フェーズ4(赤色)=「特別重大」 世界規模で感染が広がる状態。パンデミック・フェーズ3(橙色)=「重大」 人から人への感染が認められるが感染範囲は限定的・フェーズ2(黄色)=「較大」 人から人への感染はまだ発生していない・フェーズ1(青色)=「一般」 人の体内に新亜型ウイルスが検出されるが、特異性抗体を持たない状況 最初に死亡者が出てから国民が知るまで4週間 中国では4月5日までに、4つの省と市で感染、14人中5人の死亡者が確認された。発病・死亡した場所、年齢、職業、発病した日は次の通りだ。 ・上海市 87歳(男) 定年退職者 2月19日発病、3月4日死亡・上海市 27歳(男) 豚肉の販売業者 2月27日発病、3月10日死亡・浙江省杭州市 38歳(男) 調理師 3月7日発病、3月27日死亡・安徽省●州 35歳(女) 無職 3月9日発病(●の字はさんずいに「除」)・江蘇省宿遷市 48歳(女) 板材料の加工 3月19日発病・江蘇省南京市 45歳(女) 家禽類の屠畜 3月19日発病・江蘇省無錫市 32歳(女) 無職 3月21日発病・江蘇省蘇州市 83歳(男) 定年退職者 3月20日発病 ・浙江省杭州市 67歳(男) 定年退職者 3月25日発病・上海市 48歳(男) 家禽運搬業 3月28日発病、4月3日死亡・上海市 52歳(女) 定年退職者 3月27日発病、4月3日死亡・上海市 67歳(女) 定年退職者 3月22日発病・上海市 4歳(男) 幼稚園児 3月31日発病 (2013年4月4~5日「東方早報」に基づいて引用作成) ここで問題となるのが情報公開のスピードだ。最初の死亡者が出たのは3月4日、そこから国民全体がこの情報を知るまでに4週間近い時間が流れている。 上海市公共衛生臨床センターが、死亡した患者がH7型のウイルス感染の可能性を指摘したのは3月22日のこと、その後、このサンプルを上海市疾病コントロールセンターに送った。同センターは3月29日になって検体からH7N9型ウイルスを確認する。そして3月31日になって情報を公開した。そして4月1日、ようやく新聞が1面で「上海、安徽省でH7N9型鳥インフルエンザに3人が感染、2人が死亡」と伝えた。これに対し、中国では今「情報公開が遅れたのはなぜか?」という批判が上がっている。 上海市疾病コントロールセンターの呉凡主任は上海の地元紙「東方早報」に対し、次のようにコメントしている。「H7N9は新型であることから、まずSARSなど既存のウイルスの可能性を排除し、そこから未知のウイルスとしての判断を行う必要があった。遺伝子との比較照合を経て、国家疾病コントロールセンターにデータを送り、そこでの確認を経てH7N9の特定に至った。そのために時間がかかった」 テレビや新聞が報じない鳥インフルエンザの詳細な情報 この鳥インフルエンザで思い出されるのが、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)である。SARSは2002年11月(7月とも言われている)に広東省で発生し、翌年7月の制圧宣言が出されるまでに8098人が感染し、774人が死亡した。 すでに世界保健機構(WHO)が3月27日に北京を「伝染病発生地区」とし、北京への移動を規制していたにもかかわらず、結局、張文康・衛生部長は4月20日に更迭処分となった。その時点で、北京では実に339人がSARSに感染していたのである。心ある人民たちは気味の悪さを感じている。中国では4月4日から6日まで国民の休暇である。休暇の初日だからなのか、4月4日の夜7時のトップニュースは「清明節」の特集だった。鳥インフルエンザに関しての報道はあるにはあったが、ほんの数秒で終わってしまった。 前掲したように4月1日付の地元紙「東方早報」は、確かに鳥インフルエンザの患者数と死亡者数を発表した。しかし、この日、トップの見出しに掲げられたのは、感染の危険性ではなく、「不動産売却益にかかる個人所得税」だった。本来ならば、感染者についての詳細な報道があってもいいはずだ。感染する直前どこにいたのか、どんなものを食べたのか、どこでどんな人に接触したのか。知りたい情報はいくらでもある。だが、詳しい内容は一切報道されない。中国政府の隠蔽体質が国家存亡の命取りになりかねない。 川に漂流していた豚の死骸との関係は? 上海では4月4日、上海市松江区の農産物卸売市場のハトからもH7N9型ウイルスが検出された。上海市では、3月10日に27歳の豚肉の販売業者が死亡しているが、この男性も農産物市場で働いていた。おのずと感染ルートとして農産物市場が浮上する。鶏やアヒル、ハトなどが生きたままで売られる農産物市場は市民が日常買い物に行く場所でもあるが、すでに汚染された危険区域の疑いが強い。 しかし市民の危機感は薄い。今週は清明節の3連休が入り、ちょうど桃の花の開花も重なったことから、郊外に出かける行楽客も少なくなかった。訪れる先の多くは農村部であり、家禽小屋も多い。社員旅行で上海郊外の農村を訪れた行楽客の1人は「アヒルを飼う農家がたくさんあった。鳥インフルエンザのニュースは聞いていたが、農家の周りを普通に歩いた」と話す。あまり警戒心を持っていないようである。 27歳男性の豚肉販売業者の死亡については、黄浦江に大量の「豚の死骸」が漂流した事件との因果関係も気になるところだ。 上海の農業委員会は4月1日、川から引き揚げた34頭の豚の死骸を検査した。その結果、鳥インフルエンザウイルスは検出されなかったという。だが、WHO(世界保健機関)中国駐在代表のティモシー・オリリー氏は、「鳥インフルエンザの感染源が豚の可能性も否定できない」と主張する。SARS騒動と同様に、またしても中国当局とWHOの食い違いが生じているようだ。 情報公開がパニックを生む中国社会 温家宝元首相は中国共産党が発行する「求是」(2013年2月1日発行)の誌上で、10年前のSARSをこう振り返っている。「情報はごまかされ、蓋をされ、厳しく管理された」--。これこそSARSの残した教訓である。 ただし、もう1つの教訓がある。それは広州での記者会見の後、この「怪病」に関する流言飛語がすさまじい勢いで全国に広がった。さらに間違えはハクビシンの幼獣を食べる食文化をターゲットにしたのである。情報公開がパニックを生んだのである。 マスクの買い占め、SARSに効くとされた「板藍根(banrangeng)」という薬品の買い占めも起きた。また、中国沿海部では食塩が買い占められ、店頭から消え去った。その背後には株価操作を企む人間が存在した(そしてパニックの収束とともに、一生涯かけても消費しきれない量を買い込んだ者たちが世間の失笑を買うことにもなった) 国民の政府に対する不満は高まる一方である。そんな中国で疫病の情報を公開すれば社会秩序が乱れ、反政府デモや暴動すら起こりかねない。情報公開は、そんなリスクもはらんでいるのでいたのである。 SARSから10年、果たして政府、国民は穏便にこの事態を乗り切ることができるのか。世界の目が向けられている。(おしまい) (統治機構も変えて『日本文化主義』では大統領制にした方が国際社会に政治的アピールしやすい「戦後保守主義」の政治家たちは分かっていないようだ)本当の政治の仕事はプライオリティーは増子化対策のため中間層の拡大を急ぐべきである。 仏教で「生死流転」と云う言葉があります。(しょうじるてん)と読みます。ここでいう生死というのは、人間の「生まれ・死ぬ」ということではありません。この世の一切のものが、一瞬として止まることなく、絶えず変化し動いている事を指しています。 生死(しょうじ)の中の雪降りしきる 山頭火(永遠の時間の中で、永遠に消滅を繰り返してゆく、そのなかの「ふりしきる雪」をとらえた句です)。働き盛りの人間も同じです。その先には老いがあり、死があります。だからこそ今を働くその姿が美しいのです。降りしきる雪のなんという「潔さ」でしょうか。国家も政治も変化し動いているのである。 ←賛同されると更新意欲が増す癖あり、お仕舞いにさせていただきます。
2013年04月09日
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日本の企業家は単純に飛びついてコツコツ蓄積した中小企業の技術力と経済力を世界のシャークたちは狙っている。よくよく中国や韓国進出の経験を織り込んで莫大な損失をしないよう護送船団復活でもいい、鎖国でも構わない思い切った政策返還の真価が問われている。 ツイッターhttp://twitter.com/yukemuririki(国家意識ある同じ国家観のフォロワー募集中です) インドのパラニアッパン・チダムバラム財務相はこのほど来日し、安倍首相とも会談した インドのパラニアッパン・チダムバラム財務相が3日、投資促進のための東京訪問を終えた時、同氏には日本の産業界がもっと多くの資金をインドに振り向けると期待するだけの理由があった。 日本の新首相、安倍晋三氏はインドのファンだ。最初の首相在任中の2007年には、ニューデリーを訪問し、アジアの2大民主主義国を結ぶ新たな「自由と繁栄の弧」について語っていた。 だがインド政府が秋波を送っているのは、資金力の豊富な日本企業だ。中国は伝統的に、こうした日本企業の新興国投資の多くを吸収してきたが、日本勢は今、中国の経済的、政治的変化に不安を感じているからだ。 「中国に勝るとも劣らぬ魅力的な市場」 インドが前四半期に過去最高水準を更新した経常赤字を穴埋めするために追加の外国資本を切に必要としている一方、日本企業は伝統的にインドに気前よく投資してきた。 「日本の企業と投資家は様々な理由から、中国以外の選択肢を望んでいる」。チダンバラム氏はインドのテレビでこう語った。「インドは法の支配によって統治された巨大市場を提供できる。そのおかげでインドは中国に勝るとも劣らぬ魅力的な市場になっている」 政府系機関の日本貿易振興機構(JETRO)の調査部に所属する梶田朗氏は、日本企業は何年も中国に重点的に取り組んできた後、「地域的によりバランスの取れた」アプローチを採用し始めたと話す。 HSBCのエコノミスト、チン・グエン氏が世界的な外国直接投資の構造的変化と呼ぶものの結果でもあるこのトレンドの下、多国籍企業は人件費の上昇や通貨高に直面して、中国から別のアジア諸国にシフトしている。 決してインドだけがその恩恵を受けるわけではないが、インドの国内市場の規模は若くて安い巨大な労働力と並び、競合する投資先が長期的に対抗するのに苦労するセールスポイントになる。これはまさにチダンバラム氏が今週の訪日期間中に強調していたテーマだ。 拡大が続く日本企業の対印投資 日本企業による新たな対インド投資の例を見つけるのは難しくない。自動車メーカーのホンダは2日、4億6000万ドルを投じてラジャスタン州に工場を建設する計画を明らかにした。それに先んじて日産自動車とトヨタ自動車も最近、投資計画を発表している。 電機メーカーによる投資も増えており、パナソニックの山田喜彦専務は先月、パナソニックはインドを将来の成長計画の「中心」に据えると述べた。 日本企業のM&A(合併・買収)を専門とするモルガン・スタンレーの投資銀行家、アンシュマン・タクール氏は、消費財、小売り、ハイテク機器メーカーからの関心が高まっていると話す。 2007年8月に訪印した安倍首相(左はインドのマンモハン・シン首相) 全体として見ると、日本はインドにとって過去2年間、先進工業大国からの対内直接投資の最大の源泉となっており、2011年には過去最高の30億ドルを投資した。 こうした投資拡大は大きなトレンドの一環で、2014年には2国間貿易が250億ドルに達し、2010年の水準のほぼ2倍に拡大する見込みだ。 日本企業はそれでも、インドに投資する他の投資家も苦しめられている不規則な規制や官僚主義、汚職といった問題に直面している。中国式の大規模な製造工場を設立しようとしている企業は、特に土地の取得やお粗末なインフラといった特定の問題にも直面する。 それでも多くのアナリストは、特に政治的な力も日本の投資を新たな方向に押しやっているため、これらの障害は克服可能だと考えている。 中国の暴動や不買運動が「追い風」 東シナ海の島嶼を巡る領有権問題は、外交的な緊張を高めただけでなく、多くの場合、暴力的な中国人のデモや日本製品の不買運動に直面した企業の不安も高めている。 「反中感情は間違いなく、日本の投資の方向転換を促している」。リスクコンサルティング会社ユーラシア・グループのイアン・ブレマー社長はこう言う。「インドと東南アジアは最も投資が拡大する地域だが、安倍氏は個人的にインドに肩入れしている。インドには強い感情を抱いている」 だが、日本企業は海外で慎重な姿勢を崩しておらず、インド進出事例の中にはその業績が大きな心配の種を提供しているところがある。 NTTドコモは顕著な例だ。東京に本社を置くドコモは2008年、タタ・グループとの合弁事業の少数株主持分を取得するために27億ドルを出資した。これはインドでも著しく業績が振るわない携帯電話事業者を生んだ投資だ。 だが、日本企業に最も大きなショックを与えた出来事は昨年7月に起きた。インドでも最大級の成功を収め、名声を確立したインド企業に数えられる自動車メーカーのマルチ・スズキがニューデリー郊外の工場で暴動を目のあたりにしたのだ。この暴動では、経営幹部が1人殺され、数十人の従業員が負傷した。 日本にとって最適なパートナーになれるか それでもチダムバラム財務相は、このような注目を浴びる問題の影響は克服できると考えており、インドを日本の将来の最適な投資パートナーとして位置付けようとしている。これは経済界のリーダーたちの間でも支持を得ている見方だ。 「日本は、低コスト生産を提供できるパートナー(ここでは中国の力が徐々に弱くなっている)と大きな国内市場を必要としている」。ムンバイを本拠とする金融アドバイザリーグループ、インダジアの創業者、プラディップ・シャー氏はこう言う。「インドは最有力候補のはずだ」(おしまい) 参照一部引用:英フィナンシャル・タイムズ紙 日清戦争時も英国は日英同盟で日本を利用して中国に進出した歴史的史実がある。日本企業は漁夫の利や後進国独特の格差社会と政府の汚職に大いに注意したい。 (統治機構も変えて『日本文化主義』では大統領制にした方が国際社会に政治的アピールしやすい「戦後保守主義」の政治家たちは分かっていないようだ)本当の政治の仕事のプライオリティーは増子化対策のため中間所得層の拡大と若者の賃上げを急ぐべきである。移民はよくない不良外国人が増えると日本人に危害が及ぶ、安直に考えない方がよい。万が一中国全土に感染拡大も想定される。国は水際だけでなく、中国本土からの渡航制限を即刻発令すべしである。パンデミックになってからでは遅いのである。 インドも女性を平気で集団●するような女性蔑視の国で汚職など後進国特有の政治体制がある。手放しで進出すると命取りになることも想定しなければならない。 仏教で「生死流転」と云う言葉があります。(しょうじるてん)と読みます。ここでいう生死というのは、人間の「生まれ・死ぬ」ということではありません。この世の一切のものが、一瞬として止まることなく、絶えず変化し動いている事を指しています。 生死(しょうじ)の中の雪降りしきる 山頭火(永遠の時間の中で、永遠に消滅を繰り返してゆく、そのなかの「ふりしきる雪」をとらえた句です)。働き盛りの人間も同じです。その先には老いがあり、死があります。だからこそ今を働くその姿が美しいのです。降りしきる雪のなんという「潔さ」でしょうか。国家も政治も変化し動いているのである。 ←賛同されると更新意欲が増す癖あり、お仕舞いにさせていただきます。
2013年04月06日
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中国のPM2.0大気汚染の対策も遅々としてすすんでいないところへインフルとWパンチである。 米国も中国も一部の既得権者のための格差社会の国「新覇権主義」「新帝国主義」と揶揄されている国家である。特に中国はトリインフルエンザも蔓延していて危険なことにヒトからヒトに感染するウイルス異変が起きている。旅行やビジネスで命をかけて行くような国ではない。そして案の定、国連制裁など守る気持ちはなく北朝鮮へ物資を運んでいる。 気になる経済的軋轢が米国のハゲタカファンドが口走り、慌てて撤回した。つまり西武鉄道の不採算の短いが生活に欠かせない3路線を止めて金に変えたいと言うのだ。さらに厚顔無礼なことに、西部ライオンズを売却してカネに変えたいと言う。それには敵対的TOBも辞さないと言った。これに西武鉄道の社長は激怒した。すぐに対抗して増資を示唆したのである。米国や中国は自国の国内は大した国でなく移民の坩堝で危険極まりない。安直な移民政策は社会不安に通じることは欧米が証明している。彼らは自業自得で植民地からの流入である。日本は気概をもって日本人全体で阻止することである。 今日5日金曜はお昼から採血して午後に外来輸血の予定である。歯が痛く治療がしたいのだが主治医の判断待ちである。 ツイッターhttp://twitter.com/yukemuririki(国家意識ある同じ国家観のフォロワー募集中です) 小生が現役のとき、学会にもスタッフとして首を突っ込んでいたころから、懸念されていたH7N9型鳥インフルエンザによる死亡事件が遂に中国で起きてしまった。英国の科学誌は鳥の体内で3種類のウイルス遺伝子が混合した可能性を示唆している。4月4日の本邦全国各紙の朝刊は1面、2面で関連ニュースを大きく報じた。ただ残念なことに、ブタ、ヒト、トリ、ヒトの感染だとしたら、この感染症の重大さは伝えられていない。一般国民は日常の忙しさでそれどころではないようだ。 当たり前のことだが、厚労省は既にウイルスの遺伝子情報分析を開始し、ワクチン製造に向けた準備も始めたという。ただここで毎回、ストップしてしまっている。国民に十分行き渡る量の生産工場は遅々としてそのつど検討中。この繰り返しで、全く行政は動きが鈍い。もちろん分析はいいがイノベーションとして新生産方法や工場建設の能力は持ち合わせていない。そこに製薬会社の自分勝手な国益を無視した分捕り合戦に群がるという繰り返しなのであろう。またいつものパターンで、中国と定期空路を持つ地方自治体などでも警戒感が高まっているそうだ。さすがは日本、対応が早いと感心することは皆無である。 ところで10年前のSARS(Severe Acute Respiratory Syndrome=重症急性呼吸器症候群)騒動のことを思い出した。いま起きていることはワクチンがない感染症が中国国内でパンデミックになったことまで想定して対処しなければならないのに相変わらず緩い行政や政治家たちで、日本国内で検討や論争している時間はないのである。 中国東部・山東省にある養鶏場 3月31日、中国の国家衛生計画出産委員会は、上海市の男性2人と安徽省の女性が鳥インフルエンザウイルス(H7N9型)に感染し、男性2人が死亡したと発表した。H7N9型のヒトへの感染が確認されたのは初めてだという。 報道によれば、87歳の男性は2月19日に発病して3月4日に死亡、また別の27歳の男性は2月27日に発病、3月10日に死亡したという。 これが正しければ、ウイルス検出と感染確認までに最初の発病から40日、最初の死亡から27日を要したことになる。 同委員会は今回の感染につき世界保健機関(WHO)や関係国・地域に通報するとともに、4月3日には「(感染拡大は)国民の健康や社会発展を脅かす」と発表し、全国の衛生当局に徹底した情報公開と検査強化を指示したという。 香港では政府が空港で入境者の体温チェックを強化。台湾でも中国からの旅行者に対する健康チェックを強めているらしい。上海の日本総領事館は在留邦人に対し、鳥や家畜に近寄らず触らないなど感染予防を呼びかけている。 中国政府がSARSに関する「正しい」情報を渋々発表し始めたのは4月20日、確か当時の衛生部長と北京市長が更迭されたと記憶する。筆者の周囲ではあらゆる流言飛語と疑心暗鬼が飛び交い、何を信じていいか本当に分からなくなった。思い出すだけでもぞっとする。専門家は想定内のことである。 当時、中国からの帰国者は毎日体温を測り、37.5度を超えたらしかるべき保険機関に連絡するよう外務省、厚労省から勧告された。 (中略) 歴史は繰り返されるのか 今回中国でヒトへの感染が確認されたH7N9型は強毒性である可能性が高いという。万一、感染がヒトからヒトへと広がれば、これはパンデミック(世界的感染流行)となる。その意味では、日本を含む各国政府のこれまでの対応は基本的に正しいと思う。 一方、2003年のSARSの例を持ち出すまでもなく、不必要なパニックは避けなければならない。幸いWHOによれば「ヒトからヒトへの感染例は見つかっていない」という。国際機関WHO神話を鵜呑みに信じていてはこの種の感染症は防御できない。最悪を想定することが重要である。 彼は、それでは現地の状況はどうかと思い、さっそく彼は中国各地の友人に直接電話で確かめてみたという。 するとどうだろう、北京、上海、蘇州、広州に関する限り、少なくとも現地日本人社会でパニックは起きていないようだというがあの無責任なコンプライアンスの微塵もない国である。連休に入ったためか。北京や広州は感染確認地域から遠いためか。それとも、今回中国政府の対応が比較的早かったためか。理由は分からない。 ところが小生には分かる。命がけで中国国内で仕事しているサラリーマンと立場が違うのである。あえて平静を装っていなければいられる国ではない。 今回の感染がパンデミックとならないことを切望している。というが、甘い、それは単なる願いで、原発事故に類似する考え方だ。他方、職業柄、常に最悪の事態を考える癖のある筆者?としては、この鳥インフルエンザが中国の習近平新体制に及ぼす政治的影響についても考えざるを得ないという。 特に、情報公開の量とタイミングは死活的に重要だ。現に10年前には北京市長が失脚している。新指導部が鳥インフルエンザ関連情報の取り扱いを一つでも誤れば、それ自体が政治的意味を持ち始める可能性があるからだ。 情報公開の功罪 キヤノングローバル戦略研究所では、疫病パニックの際の情報公開のあり方について政策シミュレーションを実施したことがある。時期は2011年9月、元々は東日本大震災の教訓を考えるために行ったもので現実ではないことだ。 2008年、香港で強毒性の鳥インフルエンザ(H5N1)ウイルスが検出され、ニワトリが殺処分された アジアの隣接する2つの国家で原因不明の致死性の高い伝染病が同時に発生し、疫病の影響が徐々に両国の首都圏にまで拡大するとの想定でシナリオを作成し、学者、ジャーナリストなど約40人が参加してくれた。 一応、参考までに紹介すると、この政策シミュレーションで得られた教訓は次の6点であるという。(1)公開する情報の迅速さと正確さは二律背反(2)情報開示はタイミングが重要(3)政府提供情報が多いほど、メディアは政府にコントロールされやすい(4)公開する情報が少なくても、国民は情報不足に慣れていく(政府批判には繋がらない)(5)独裁政権ほど情報公開のタイミングを誤れば崩壊する(6)情報公開が進んだからといって政権が安定するわけではない これが現在の中国にも妥当するとしたら、今回の鳥インフルエンザは習近平体制にとって大きな政治的試練となり得る。「ヒトからヒト」への感染が起きなければ、今回もサーズのように単なるエピソードで終わるかもしれない。最悪の事態となれば、国家の存続が危うくなるだろう。習近平総書記個人の統治能力・政治力量そのものが問われるだろうが今までの言動からは無理である。(おしまい) 参照一部引用:キャノングローパル宮家氏 (統治機構も変えて『日本文化主義』では大統領制にした方が国際社会に政治的アピールしやすい「戦後保守主義」の政治家たちは分かっていないようだ)本当の政治の仕事のプライオリティーは増子化対策のため中間所得層の拡大と若者の賃上げを急ぐべきである。移民はよくない不良外国人が増えると日本人に危害が及ぶ、安直に考えない方がよい。万が一中国全土に感染拡大も想定される。国は水際だけでなく、中国本土からの渡航制限を即刻発令すべしである。パンデミックになってからでは遅いのである。 仏教で「生死流転」と云う言葉があります。(しょうじるてん)と読みます。ここでいう生死というのは、人間の「生まれ・死ぬ」ということではありません。この世の一切のものが、一瞬として止まることなく、絶えず変化し動いている事を指しています。 生死(しょうじ)の中の雪降りしきる 山頭火(永遠の時間の中で、永遠に消滅を繰り返してゆく、そのなかの「ふりしきる雪」をとらえた句です)。働き盛りの人間も同じです。その先には老いがあり、死があります。だからこそ今を働くその姿が美しいのです。降りしきる雪のなんという「潔さ」でしょうか。国家も政治も変化し動いているのである。 ←賛同されると更新意欲が増す癖あり、お仕舞いにさせていただきます。
2013年04月05日
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日本は何も決められず、党利党略で骨抜きの政治屋たちが跋扈(ばっこ)する永田町は期待できず、また喧嘩もしたことのない霞が関の交渉力も頼りにならず、こうなったら実力ある日本人が総力をあげてこの国のかたちをつくりあげてくれなければ、小生は死んでも死にきれない。明日の金曜日は朝から外来である。 そもそも多くの国民は、政治家たちが自分たちの選挙方法を決めること自体がおかしいことに気が付いていないようだ。0増5減など遅かりし馬の助で、したり顔の政治家の発言をニュースで見ても亞呆らしくなるばかりである。少数政党への配慮などいらない。無理に存続させるような馴れ合いの古い政治ではだめだ。そんなことも分からない日本人に成り下がってしまったようだ。司法と政治の政党色のない専門家などによる第三者と司法が決定するべきである。憲法改正して司法で決めるのである。 自主防衛と核抑止力で日米同盟ということが日本にとっても米国にとってもよく、いわゆる「日米同盟」が本当に強化されることを与党も野党も官僚も分かっていないことで政治の体たらくが、病と闘いながらコラムを稿している小生の回復を遅らせている。 ツイッターhttp://twitter.com/yukemuririki(国家意識ある同じ国家観のフォロワー募集中です) 先天性風しん症候群についてどんな病気? 妊婦が妊娠前半期に風しんウイルスに感染すると、胎芽、胎児も感染し、そのことにより出生児に起きる障害を先天性風しん症候群といいます。白内障または緑内障、心疾患、感音性難聴(3主症状)、精神運動性発達遅滞などが見られます。先天性風しん症候群の発生頻度は、妊婦が風しんに感染した時期により異なり、妊娠4週までは50%以上、5~8週は35%、9~12週は15%、13~16週は8%とされています。妊娠8週までの罹患では、白内障、心疾患、難聴の2つ以上の疾病が出現し、それ以降20週までの罹患では難聴のみのものが多く、妊娠後半の罹患では、胎児に感染は起こっても、先天異常は出現しません。 日本において、先天性風しん症候群は、1999年4月から届出疾患(感染症法の全数把握疾患)となっており、1999年には報告がなく、2000~2011年は下の表の通りです(参考文献2)。風疹の患者発生が増えた2012年については、年間で5人の先天性風しん症候群患者発生報告がありました。兵庫県から二人、埼玉県・大阪府・香川県から一人ずつです。(参考一部引用:神奈川県横浜市衛生管理センター) なお、医師による届け出の基準は、こちら(PDF版)です。 小生のコラムで紹介したニュースに民度の低い「拝金主義」中国のおどろおどろしい光景があった。おそらくブタインフルエンザに感染し大量死した豚の死骸を日本では到底考えられない河川放棄という事件だった。あのように大量に回収すると当局に委託された者たちに感染しても可笑しくないのである。ブタからヒト、ヒトからトリというインフルの複雑な感染と突然変異は恐ろしい。中国がハンデミックになる前に手を打たないと大変なことになる国産ワクチンの大量準備は必要なのだが、厚生労働省の官僚や自民党族部会議員や学者ムラによって遅々としてすすまない。新産業のイノベーションも言葉だけが躍る。日本人たちには国家意識が薄く、米国のようにそれができていない。 さらに悪いことに大気汚染によるがん発症や感染症による怖さという意識が政府も官僚ももちろん中国人民たちにも政府やメディアの隠蔽によって影響もあるのだが薄い点である。この点ははっきり認識して評価した方がいい。人がいいたんなるおじさんや金儲けのため、あるいは倒産回避のための進出は経営者として時代の読みが足りない、半分は撤退の準備をしないと会社が潰れ本末転倒になりかねないのである。 ベトナムはすぐに中国からの鳥肉の輸入を禁止している。小生は以前から云っているが、政府の動きが遅いのが嫌になる。中国など相手にする国ではないのだ。江戸時代のように鎖国してでも、賢い経営者たちに告ぐ、日本経済再生は得意技術や技術者を他国に放出することなく、新産業システムを国内や他のアジアの国々インド、インドネシア、マレーシア、フィリピンや中東諸国や東欧諸国に求めるべきである。(おしまい) (統治機構も変えて『日本文化主義』では大統領制にした方が国際社会に政治的アピールしやすい「戦後保守主義」の政治家たちは分かっていないようだ)本当の政治の仕事はプライオリティーは増子化対策のため中間層の拡大を急ぐべきである。 日本は米中韓のサイバーテロや産業スパイに狙われている。NHKを筆頭に民放テレビ各局のメディアの役割と甘さには呆れる。本当に業界の責任も多大なのである。 フランシスコ・ザビエルは日本に西洋文化を紹介した宣教師だったが、彼の所属したイエズスス会は宗教集団と同時に軍事組織でもあり、西洋列強による英国の植民地拡大の尖兵だったというのが歴史の真相である。 サイバーテロやスパイ関連の法規で重罰にするスパイ防止の法律も必要がここにきて現実的になってきた。 仏教で「生死流転」と云う言葉があります。(しょうじるてん)と読みます。ここでいう生死というのは、人間の「生まれ・死ぬ」ということではありません。この世の一切のものが、一瞬として止まることなく、絶えず変化し動いている事を指しています。 生死(しょうじ)の中の雪降りしきる 山頭火(永遠の時間の中で、永遠に消滅を繰り返してゆく、そのなかの「ふりしきる雪」をとらえた句です)。働き盛りの人間も同じです。その先には老いがあり、死があります。だからこそ今を働くその姿が美しいのです。降りしきる雪のなんという「潔さ」でしょうか。国家も政治も変化し動いているのである。 ←賛同されると更新意欲が増す癖あり、お仕舞いにさせていただきます。
2013年04月04日
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中国の大気汚染の対策も遅々としてすすまない。米国も中国も一部の既得権者のための格差社会の国「新覇権主義」国家である。特に中国はトリインフルエンザも蔓延していて危険なことにヒトからヒトに感染するウイルス異変が起きている。旅行やビジネスで命をかけて行くような国ではない。そして案の定、国連制裁など守る気持ちはなく北へ物資を運んでいる。 我が国日本の国益のための政治には右も左もない。自主防衛と核抑止力で日米同盟ということが日本にとっても米国にとってもよく、いわゆる「日米同盟」が本当に強化されることを与党も野党も官僚も分かっていないことで政治の体たらくが、病と闘いながらコラムを稿している小生の回復を遅らせている。今週は週3日と正念場で、(月)と(水)と明日5日(金)が外来で輸血である。 ツイッターhttp://twitter.com/yukemuririki(国家意識ある同じ国家観のフォロワー募集中です) 今後10年間で中国の経済成長は鈍化する。恐らく急減速するだろう--。これは意地の悪い部外者の見解ではない。中国政府自身の見解である。問題は、この成長の鈍化がスムーズに進むのか、それとも急激になされるのか、だ。その答えは、中国自身の将来のみならず、世界の大部分の将来をも左右する。 中国の公式見解が公表されたのは、中国国務院発展研究センター(DRC)が影響力のある外国人と中国政府高官を一堂に会して先月開催した中国開発フォーラムでのことだった。ここで配布された背景説明書の1つに、DRCのエコノミストたちによる論文「今後10年間の見通し:潜在成長率の低下と新たな成長局面の始まり」が含まれていたのだ。 これによると、2000年から2010年にかけて年10%を超えていた中国の経済成長率は、2018年から2022年にかけては年6.5%にとどまる。この成長の減速は、2010年第2四半期以降の成長率低下とも符合するという。 「中所得国の罠」か「自然着陸」か 中国の政府自身が大幅な成長減速を予想している(写真は上海のビジネス街) 論文では、この減速の理由は2つ考えられるとしている。具体的には、中国が「中所得国の罠」という産業発展の中断状態に陥っているか、先進国に追いつき始める時に生じる「ナチュラルランディング(自然着陸)」に対処しているかのどちらかだという。 後者のシナリオは、1970年代の日本と1990年代の韓国で実現している。10%の経済成長を35年間続けてきた中国にも、ついにその時がやってきたというわけだ。 成長鈍化の見立てが正しそうだと論文の執筆者たちが考える理由は以下の通りだ。第1に、インフラ投資の潜在的な可能性は「著しく低下」している。中国の固定資産投資に占めるインフラ投資の割合は、過去10年間で30%から20%に縮小した。 第2に、資産のリターンが低下し、過剰設備が増大している。限界資本係数(ICOR)--1単位の投資がどの程度の経済成長をもたらすかという尺度--は2011年に4.6という1992年以降で最も高い水準に達したが、現在では同じ1単位の投資をしてもこれほどの成長は実現しなくなっている。 第3に、労働供給の伸び率が急速に低下している。第4に、都市化はまだ進行中だが、そのペースは鈍化している。第5に、地方政府の財政や不動産分野でリスクが増大している。 これだけの理由が揃った以上、低成長への移行は始まったと考えてよい、と論文の執筆者たちは考えており、今後の見通しを経済モデルを使ってより厳格に分析している。そこで得られた結果のうち最も人目を引くのは、長らく続いたトレンドの転換だ。 中国では2011年、国内総生産(GDP)に占める投資(固定資本形成)の割合が49%にまで高まったが、2022年にはこれが42%に低下すると予想されている。一方、GDPに占める消費の割合は48%から2022年には56%に高まると見込まれている。 また、GDPに占める工業の割合も45%から40%に縮小し、サービス業の割合が45%から55%に急拡大するという。投資主導ではなく、消費主導の経済になるというわけだ。供給サイドでは、投資の減速に伴う資本ストックの伸びの鈍化が経済成長減速の最大の要因になっている。 楽観的な見方もできるが・・・ 経済成長の減速が間近に迫っているという見方は、まずまず妥当だと思われる。しかし、もっと楽観的な見通しを示すこともできるだろう。 米国の調査機関コンファレンス・ボードのデータによれば、現在の中国の1人当たりGDP(購買力平価ベース)は1966年の日本や1988年の韓国のそれと同じだ。この水準から日本は7年間、そして韓国は9年間も超高速な成長を続けた。 また、先進国にどの程度追いついたかを示す指標の1つとして米国の水準に対する比率を計算すると、現在の中国は1950年の日本や1982年の韓国と同じ状況にあることが分かる。これなら、中国の成長余地はさらに膨らむことになる。中国の1人当たりGDPは、米国の5分の1の水準を超えたばかりで、伸びしろはまだかなりありそうだ。 だが、この楽観的な見方を否定する根拠もある。中国は日本と比べても、ケタ違いに大きい。だとすると、特に世界経済の中に見いだせるチャンスは相対的に小さいはずだ。さらに、温家宝前首相がよく述べていたように、中国の経済成長は「バランスと協調を欠き、持続不能」だった。この見方は多くの面で正しい。 しかし最も重大なのは、中国の成長が、生産能力拡大の源泉としてだけでなく需要の源泉としても投資に依存してきたことだ。投資に対するリターンは最終的に消費拡大に左右されるため、一貫して上昇する投資率は持続不能だ。 中国が直面する3つのリスク ここで浮上するのが、それよりはるかに悲観的な見方だ。日本の経験が示したように、高投資・高成長経済から低投資・低成長経済への移行をうまく管理することは極めて困難だ。筆者は少なくとも3つのリスクを想像できる。 第1に、予想される成長率が10%超から例えば6%に低下したら、必要となる生産資本への投資率は劇的に下がる。一定したICORに基づけば、投資率はGDP比50%から例えば同30%に低下するだろう。進展が早ければ、投資の落ち込みはそれだけで恐慌を引き起こす。 第2に、信用の急拡大は、不動産投資をはじめ限界収益が低下していく投資への依存を伴っていた。こうした理由から、成長率の低下は不良債権の増加を意味する可能性が高い。過去の成長が続くとの前提に立って行われた投資では特に不良債権が増えるだろう。 中国の金融システム、中でも急拡大している「影の銀行システム」の脆弱性は急激に高まりかねない。 第3に、家計貯蓄率の低下を見込む理由がほとんど存在しない以上、予想されている対投資での消費拡大を維持するためには、国営企業を含む企業部門から家計部門への同規模の所得移転が必要になる。これは実現可能だ。労働力不足の拡大と金利の上昇は所得移転を円滑にもたらすかもしれない。 だが、たとえそうなったとしても、その結果生じる企業収益の減少が投資の激減を加速させるという明白なリスクがある。 日本と同じ運命を避けられるか 政府の計画は、言うまでもなく、より均衡が取れていて成長率が低い経済への移行を円滑に進めることだ。これは決して不可能ではない。政府は必要な手段をすべて持っている。さらに、経済は依然大きな可能性を秘めている。だが、投資崩壊と金融混乱を招かずに成長率低下を管理することは、どんな一般均衡モデルが示唆するよりもはるかに困難だ。 長年にわたり最高のパフォーマンスを見せたが、必然的に訪れる減速をうまく管理できなかった経済国は簡単に思い浮かぶ。日本がその一例だ。中国は今なお絶大な潜在成長力があることもあり、その運命を避けられるはずだ。 だが、事故が起きる可能性は高い。1つの偶発的な事故が中国の台頭を完全に止めてしまうとは思わない。だが、向こう10年間は過去10年間よりもずっと厳しい時期になるだろう。 (参照一部引用:英フィナンシャル・タイムズ紙) (統治機構も変えて『日本文化主義』では大統領制にした方が国際社会に政治的アピールしやすい「戦後保守主義」の政治家たちは分かっていないようだ)本当の政治の仕事のプライオリティーは増子化対策のため中間所得層の拡大と若者の賃上げを急ぐべきである。移民はよくない不良外国人が増えると日本人に危害が及ぶ、安直に考えない方がよい。万が一中国全土に感染拡大も想定される。国は水際だけでなく、中国本土からの渡航制限を即刻発令すべしである。パンデミックになってからでは遅いのである。 仏教で「生死流転」と云う言葉があります。(しょうじるてん)と読みます。ここでいう生死というのは、人間の「生まれ・死ぬ」ということではありません。この世の一切のものが、一瞬として止まることなく、絶えず変化し動いている事を指しています。 生死(しょうじ)の中の雪降りしきる 山頭火(永遠の時間の中で、永遠に消滅を繰り返してゆく、そのなかの「ふりしきる雪」をとらえた句です)。働き盛りの人間も同じです。その先には老いがあり、死があります。だからこそ今を働くその姿が美しいのです。降りしきる雪のなんという「潔さ」でしょうか。国家も政治も変化し動いているのである。 ←賛同されると更新意欲が増す癖あり、お仕舞いにさせていただきます。
2013年04月04日
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自主防衛と核抑止力で日米同盟ということが日本にとっても米国にとってもよく、いわゆる「日米同盟」が本当に強化されることを与党も野党も官僚も分かっていないことで政治の体たらくが、病と闘いながらコラムを稿している小生の回復を遅らせている。今週は週3日と正念場で、明日3日(水)と(金)が外来で輸血である。 ツイッターhttp://twitter.com/yukemuririki(国家意識ある同じ国家観のフォロワー募集中です) 相互確証破壊(MAD)という概念のポイントは、どちらの側も正気でなければならないというところにある。核兵器の時代が始まって以来、世界の平和はこの考え方で維持されてきた。 合理的な政治指導者なら、何のかんのと言っても自国民を何百万人も死に至らしめる恐れのある行動は取らないという計算通りに、世界はキューバ・ミサイル危機やベルリンの壁崩壊といった危うい場面を何度かくぐり抜けてきた。 核武装をした北朝鮮を巡る今回の危機で最も不安なのは、この国の政権が希有な例外の1つで、通常の核抑止の論理が通用しない相手であるかもしれないことである。 どこかの政治指導者が普通なら考えられないことを考える覚悟なのかもしれない、と思わせる場面は冷戦期にも時折見られた。毛沢東は1950年代後半にモスクワを訪れた際、核戦争はそれほど悪いものではないかもしれないと発言した。 居合わせた旧ソビエト連邦の、百戦錬磨で少々のことでは驚かないはずの元スターリン主義者たちでさえこれには目を丸くしたが、毛沢東はこう続けたという。「仮に最悪の事態に至って人類の半分が死ぬことになっても、半分は残る。帝国主義は破壊されるだろうし、そうすれば世界全体が社会主義になる」 核兵器を振りかざし、世界を脅す全体主義の悪夢 北朝鮮は多くの点で、毛沢東時代の中国の最も悪い側面を再現している。外の世界からの孤立、強制労働収容所、個人崇拝、そして国内で大規模な飢餓が発生することも容認してしまう姿勢がその主なところだ。 同胞が何百万人も死ぬことは受け入れられないという認識が核抑止の拠り所であることを考えると、最後に挙げた側面には特に背筋が凍る思いがする。 西側世界には、北朝鮮をちょっとしたジョークとして扱う残念な傾向がまだ見受けられる。インターネットには、北朝鮮の若き指導者・金正恩(キム・ジョンウン)のずんぐりとした姿を画像編集ソフトで加工した「滑稽な」写真があふれている。 だが実際のところ、平壌(平壌)の政権は面白がって見ていられる代物ではない。この体制は既に何百万人もの人生を台無しにし、今では外の世界を核兵器で大っぴらに脅かしている全体主義の悪夢なのだ。 互確証破壊(MAD)という概念のポイントは、どちらの側も正気でなければならないというところにある。核兵器の時代が始まって以来、世界の平和はこの考え方で維持されてきた。 合理的な政治指導者なら、何のかんのと言っても自国民を何百万人も死に至らしめる恐れのある行動は取らないという計算通りに、世界はキューバ・ミサイル危機やベルリンの壁崩壊といった危うい場面を何度かくぐり抜けてきた。 核武装をした北朝鮮を巡る今回の危機で最も不安なのは、この国の政権が希有な例外の1つで、通常の核抑止の論理が通用しない相手であるかもしれないことである。 どこかの政治指導者が普通なら考えられないことを考える覚悟なのかもしれない、と思わせる場面は冷戦期にも時折見られた。毛沢東は1950年代後半にモスクワを訪れた際、核戦争はそれほど悪いものではないかもしれないと発言した。 居合わせた旧ソビエト連邦の、百戦錬磨で少々のことでは驚かないはずの元スターリン主義者たちでさえこれには目を丸くしたが、毛沢東はこう続けたという。「仮に最悪の事態に至って人類の半分が死ぬことになっても、半分は残る。帝国主義は破壊されるだろうし、そうすれば世界全体が社会主義になる」 核兵器を振りかざし、世界を脅す全体主義の悪夢 北朝鮮は多くの点で、毛沢東時代の中国の最も悪い側面を再現している。外の世界からの孤立、強制労働収容所、個人崇拝、そして国内で大規模な飢餓が発生することも容認してしまう姿勢がその主なところだ。 同胞が何百万人も死ぬことは受け入れられないという認識が核抑止の拠り所であることを考えると、最後に挙げた側面には特に背筋が凍る思いがする。 西側世界には、北朝鮮をちょっとしたジョークとして扱う残念な傾向がまだ見受けられる。インターネットには、北朝鮮の若き指導者・金正恩(キム・ジョンウン)のずんぐりとした姿を画像編集ソフトで加工した「滑稽な」写真があふれている。 だが実際のところ、平壌(平壌)の政権は面白がって見ていられる代物ではない。この体制は既に何百万人もの人生を台無しにし、今では外の世界を核兵器で大っぴらに脅かしている全体主義の悪夢なのだ。 北朝鮮は実のところ何を考えているのか? これを推測することは、難しいが非常に重要な作業である。この国のリーダーについては、外の世界のことを意外に理解しているかもしれないとうかがわせる場面が時折見られる。 以前、現在の指導者の父親である金正日(キム・ジョンイル)とたびたび交渉していたという中国のとある上級外交官に、北朝鮮のあの独裁者は西側について知識を持っているのかと尋ねたことがある。返ってきた答えは「もちろん」だった。「彼は一晩中インターネットを見ているよ」と教えてくれた。 強硬な態度を貫く米韓政府 またその息子については、外の世界にもっと門戸を開くのではないかという期待がいくらかあった。スイスの学校を卒業したという経験が何らかの影響をもたらしているに違いない、との見立てだ。北朝鮮政府の公式ウェブサイトに公開された、韓国侵攻作戦を描いた「3日間の短期戦争」と題された約4分間の動画の一場面 しかしながら金正恩は今日、核兵器で人目を引こうという北朝鮮の姿勢を新たな、そしてさらに危険なレベルに引き上げている。この国の政府は先日、韓国と戦争状態に入ったと発表し、米国への核攻撃にも言及した。 米国と韓国はこれを受け、MADの従来型の教えに則った対策を取っている。 まず米国は、核兵器を搭載できる爆撃機の試験飛行を韓国上空で行った。「ひるむな。弱さを見せるな。敵はいずれ退却する。核戦争で壊滅する危険を冒すことはない」という、核抑止論の専門家がしそうなアドバイスに沿った対応だ。 また韓国政府も、挑発を受けたら多方面への政治的な影響を考慮することなく迅速な軍事的対応を取ると述べている。 核抑止の論理が通じない政権が存在するとしたら・・・ 危険なのは、これらの方針では、敵方が物事を合理的に考えると想定されていることだ。実際、かつて特使として北朝鮮との交渉に臨んだクリス・ヒル氏など、米国にいる北朝鮮の専門家たちは、あの国には米国と一戦交えるつもりはないと主張し続けている。 彼らによれば、本当に危険なのは平壌の経験の浅いリーダーが何かの間違いで図らずも戦いを始めてしまうことだという。そしてその場合でも、戦闘は長続きせず、核兵器の投入にはほど遠い段階で終わる可能性が高い、と彼らは想定している。 恐らくその通りなのだろう。だが困ったことに、本当にそうだという確信は持てない。もし通常の核抑止の論理が通用しない政権がこの世界のどこかにあるとしたら、それは北朝鮮であるからだ。 ということは、米国と韓国が現在取っている姿勢--「核を使った恐喝」には屈しない、ひるまず立ち向かうという方針に基づいた姿勢--は、少し弱める必要があるかもしれない。今の段階で最も重要なのは、目前の状況の鎮静化に専念することだ。だとすれば、必要なのは米国と韓国の軍事演習を増やすことではなく、むしろ減らすことなのかもしれない。 長期的な話をするなら、朝鮮半島に平和をもたらすものとして最も期待できるのは、北朝鮮内部の変化であるに違いない。 水面下で変わりつつある北朝鮮 なぜなら、北朝鮮は水面下で変わりつつあるからだ。外の世界との貿易は10年前に比べれば格段に増えている。2005年からは北朝鮮側に設けられた工業団地を韓国と合同で運営しており、進出した韓国企業の工場で北朝鮮の労働者が5万人以上働いている。 国境を接する中国との小規模な交易も盛んに行われている。外の世界から商品やニュースが入り込んでくるにつれ、個人が資産を保有したり自由に行動したりできる場面も少し拡大されている。 中国は現在、北朝鮮と貿易や対話を進める必要性を強調している。西側世界ではこれを下手な言い逃れだと見なすことが多いが、上記のような経済面の変化を考えると、実はそれ以上のものかもしれない。 もし核兵器を使わないように北朝鮮の指導部を説得できれば、そして外の世界と商業の面でかかわりを持つよう促すことができれば、平和的な変化が訪れる見通しは大幅に強まることになるだろう。(参照一部引用:英フィナンシャル・タイムズ紙) (統治機構も変えて『日本文化主義』では大統領制にした方が国際社会に政治的アピールしやすい「戦後保守主義」の政治家たちは分かっていないようだ)本当の政治の仕事はプライオリティーは増子化対策のため中間層の拡大を急ぐべきである。 仏教で「生死流転」と云う言葉があります。(しょうじるてん)と読みます。ここでいう生死というのは、人間の「生まれ・死ぬ」ということではありません。この世の一切のものが、一瞬として止まることなく、絶えず変化し動いている事を指しています。 生死(しょうじ)の中の雪降りしきる 山頭火(永遠の時間の中で、永遠に消滅を繰り返してゆく、そのなかの「ふりしきる雪」をとらえた句です)。働き盛りの人間も同じです。その先には老いがあり、死があります。だからこそ今を働くその姿が美しいのです。降りしきる雪のなんという「潔さ」でしょうか。国家も政治も変化し動いているのである。 ←賛同されると更新意欲が増す癖あり、お仕舞いにさせていただきます。
2013年04月03日
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日本のマスコミや中国政治の専門家の多くは、中国政治を分析する際、往々にして共産党指導者個人について改革派、保守派、青年団派、太子党、上海閥といったグループ分けを熱心に行うようだ。しかし、共産党指導者個人の出身、所属と政治信条などは決して白か黒かのように安易に分けられるものではない。 例えば新しく外相に就任したのは王毅元駐日大使であるが、日本の金太郎飴マスコミでは、王毅元大使は日本語が堪能で親日派と位置づけられている。このような浅い見方で中国政治を考察してよいのだろうか。常識的に考えれば、一国の外相は自国の利益を最優先にするに決まっている。要するに、政治を分析するときは、ヒトよりもコトを重視すべきであろう。この日本のメディアや評論家には何をいっても思考停止の厚顔コメントには笑止千万である。 中国に「海警局」が誕生、海上保安庁は巡視船で対応できるのか、米国追従の官僚たちと、党利党略の選挙制度で訳の分からない政党が生き残っている日本の政治では「無理無体」が目立ってしまうのは小生だけだろうか。 日本は何も決められず、党利党略で骨抜きの政治屋たちが跋扈(ばっこ)する永田町は期待できず、また喧嘩もしたことのない霞が関の交渉力も頼りにならず、こうなったら実力ある日本人が総力をあげてこの国のかたちをつくりあげてくれなければ、小生は死んでも死にきれない。明日は朝から外来である。 そもそも多くの国民は、政治家たちが自分たちの選挙方法を決めること自体がおかしいことに気が付いていないようだ。0増5減など遅かりし馬の助で亞呆らしくなるばかりである。少数政党への配慮など要ル訳がない。馴れ合いの政治ではだめだ。そんなことも分からない日本人に成り下がってしまったようだ。司法と政治の政党色のない専門家などによる第三者と司法が決定するべきである。憲法改正して司法で決めるのである。 自主防衛と核抑止力で日米同盟ということが日本にとっても米国にとってもよく、いわゆる「日米同盟」が本当に強化されることを与党も野党も官僚も分かっていないことで政治の体たらくが、病と闘いながらコラムを稿している小生の回復を遅らせている。今週は週3日と正念場で、明日3日(水)と(金)が外来で輸血である。 ツイッターhttp://twitter.com/yukemuririki(国家意識ある同じ国家観のフォロワー募集中です) 習近平政権が正式に誕生した。その誕生プロセスは国民とはほとんど関係がなく、長老政治家をヘッドとする派閥政治ゲームの結果だった。政権の一人ひとりが適材適所で選ばれたわけではなく、「どうしてこの人が」と首を傾げてしまうような、正当性を説明できない者が多い。かつては毛沢東もトウ小平も自らの力で政権を手に入れたのであり、指導者としての正当性を説明できた。 習近平国家主席や李克強首相らは公式メディアやインターネットで若き時代の写真を多数公開し、親民的指導者のイメージを国民に植え付けようとしている。それは自分たちに正当性とカリスマ性がないことを自覚しているからだ。 確かに、胡錦濤も習近平もカリスマ指導者ではなく普通の人である。問題は、普通の人が国家の指導者としてきちんと政治を行うことができるかどうかにある。 日本のマスコミや中国政治の専門家の多くは、中国政治を分析する際、往々にして共産党指導者個人について改革派、保守派、青年団派、太子党、上海閥といったグループ分けを熱心に行うようだ。しかし、共産党指導者個人の出身、所属と政治信条などは決して白か黒かのように安易に分けられるものではない。 例えば新しく外相に就任したのは王毅元駐日大使であるが、日本の金太郎飴マスコミでは、王毅元大使は日本語が堪能で親日派と位置づけられている。このような浅い見方で中国政治を考察してよいのだろうか。常識的に考えれば、一国の外相は自国の利益を最優先にするに決まっている。要するに、政治を分析するときは、ヒトよりもコトを重視すべきであろう。この日本のメディアや評論家には何をいっても思考停止の厚顔コメントには笑止千万である。中国に「海警局」が誕生、海上保安庁は巡視船で対応できるのか、米国追従の官僚たちと、党利党略の選挙制度で訳の分からない政党が生き残っている日本の政治では「無理無体」が目立ってしまうのは小生だけだろうか。 「チャイニーズドリーム」に反応しない国民 習近平国家主席が指導者として政治をきちんとやっていくためには、長老の支持はもとより国民の支持を得ることが重要である。 振り返れば34年前、トウ小平は国の開放を決めた際、長老らによる猛反対があったにもかかわらず、「改革開放」を決断した。それができたのは国民の強い支持があったからである。 習近平党総書記は2012年11月就任式の記者会見で「中華民族の復興」を唱えた。さる3月に開催された全人代での演説でも、再び「中華民族の復興」を唱えた。あえて言えば、これは習近平国家主席が国民に約束しているチャイニーズドリームであって、国民にとっての夢ではない。 中国経済はすでに世界第2位にまで成長している。その現実を見れば、中華民族はすでに復興しつつあると言っていいのではないだろうか。問題は、国と民族が復興しても、国民の大多数を占める都市部住民の多数と、農村部住民のほぼ全員が復興のメリットを享受していないことにある。(おしまい) (統治機構も変えて『日本文化主義』では大統領制にした方が国際社会に政治的アピールしやすい「戦後保守主義」の政治家たちは分かっていないようだ)本当の政治の仕事はプライオリティーは増子化対策のため中間層の拡大を急ぐべきである。 仏教で「生死流転」と云う言葉があります。(しょうじるてん)と読みます。ここでいう生死というのは、人間の「生まれ・死ぬ」ということではありません。この世の一切のものが、一瞬として止まることなく、絶えず変化し動いている事を指しています。 生死(しょうじ)の中の雪降りしきる 山頭火(永遠の時間の中で、永遠に消滅を繰り返してゆく、そのなかの「ふりしきる雪」をとらえた句です)。働き盛りの人間も同じです。その先には老いがあり、死があります。だからこそ今を働くその姿が美しいのです。降りしきる雪のなんという「潔さ」でしょうか。国家も政治も変化し動いているのである。 ←賛同されると更新意欲が増す癖あり、お仕舞いにさせていただきます。
2013年04月02日
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平和ボケ日本では国民栄誉賞が発表された。長嶋茂雄氏は遅かりし馬の助だったが、松井秀雄氏は理由のコジツケはどうでも読売巨人ファンでもないので疑問が残ら驚くばかりである。次は日本一美味しい卵焼きでもつくっているオーナーシェフにも人気取りで栄誉賞でもやればよい。 日本は何も決められず、党利党略で骨抜きの政治屋たちが跋扈(ばっこ)する永田町は期待できず、また喧嘩もしたことのない霞が関の交渉力も頼りにならず、こうなったら実力ある日本人が総力をあげてこの国のかたちをつくりあげてくれなければ、小生は死んでも死にきれない。明日は朝から外来である。 そもそも多くの国民は、政治家たちが自分たちの選挙方法を決めること自体がおかしいことに気が付いていないようだ。0増5減など遅かりし馬の助で亞呆らしくなるばかりである。少数政党への配慮など要ル訳がない。馴れ合いの政治ではだめだ。そんなことも分からない日本人に成り下がってしまったようだ。司法と政治の政党色のない専門家などによる第三者と司法が決定するべきである。憲法改正して司法で決めるのである。 自主防衛と核抑止力で日米同盟ということが日本にとっても米国にとってもよく、いわゆる「日米同盟」が本当に強化されることを与党も野党も官僚も分かっていないことで政治の体たらくが、病と闘いながらコラムを稿している小生の回復を遅らせている。 ツイッターhttp://twitter.com/yukemuririki(国家意識ある同じ国家観のフォロワー募集中です) 中国ではすでに人口ボーナス期が終わりを迎え、労働力不足が現実のものになりつつある(「ルイスの転換点」)。加えて、国民所得が5000ドルラインに乗ってきたことにより、今後先進国入りするためにさらなる生産性の向上、産業におけるイノベーションが求められる(「中所得の罠」)。かつ、計画経済を象徴する国有企業の優位性を切り崩して市場経済化をさらに進めるために既得権益層の抵抗を排除できるかどうか(「体制移行の罠」)が問われていた。 機構改革の結果は残念ながら大したことはなかった。とはいえ、軍部の権益であった鉄道部が解体され、「国家鉄路局」として交通運輸部に吸収されることになった。鉄道部は2011年2月に劉志軍部長が汚職で解任され、また同年7月には中国高速鉄道での衝突脱線事故で大きくイメージダウンしており、今回の吸収併合に強く抵抗できなかったことが分かる。また、一人っ子政策を担当してきた「国家人口計画生育委員会」が、「国家衛生計画生育委員会」と名称を部分変更し、衛生部を吸収合併した。本格的な少子化時代を迎える中国が政策の見直しを迫られている現実が窺える。結局、日本の「省」に相当する「部」が27から25に減っただけだった。 海洋の管理に関する権限を集約し大幅に強化 しかし、もう1つ重大な組織変更が今回の全人代で決定した。それは海洋管理部門の改変である。一言でいえば「国家海洋局」の権限強化と公安警察権限の導入であり、中国の海上法執行機関の大胆な統合だった。 これは、中国にとって長年の懸案でありながら、まさに関係各部門間の既得権益がぶつかり合ったため実現が阻まれてきたものだった。この統合問題については、ちょうど1年前に本欄で取り上げた(「中国は第2の海軍をつくるのか、海上の衝突に対処する『沿岸警備隊』構想」)。 中国の海上法執行機関は大小合わせて多数存在するが、主要な機関は以下の5つである。・国土資源部の国家海洋局が指揮する「中国海監総隊」(海監)・公安部の「公安辺防海警総隊」(海警)・交通運輸部に属する「中国海事局」(海巡)・「農業部漁業局」(漁政)・「海関総署密輸取締警察」(海関)(カッコ内は所属する艦船の名称) これらの機関にはそれぞれ独立した任務があるとはいえ、多少なりとも重複があったこともあり、米国のコーストガード(沿岸警備隊)や日本の海上保安庁のような幅広い任務を統括できる機関の設置が求められてきた。 そうしたことが背景にあり、かつ東シナ海における尖閣諸島を巡る日中の緊張、南シナ海でのベトナムやフィリピンとの主権争いなどの要因が手伝って、2012年11月の第18回党大会では胡錦濤報告の中で生態文明建設の部分に「海洋資源開発能力を高め、海洋経済を発展させ、海洋の生態環境を保護し、国の海洋権益を断固擁護し、海洋強国を建設する」という記述が現れた。 確かに、中国は2010年に「海島保護法」を公布しており、中国の領有する島嶼および周辺海域における生態環境の保護、経済権益の確保に乗り出していた。しかし、「海洋強国」ということになれば、領土領海の擁護のための海軍の拡充に加え、強力な海上法執行機関を設置する必要性も認識していたはずだ。これを受け、今回の全人代における政府活動報告では、今年の政府活動に対する提案の中で、「海洋の総合的管理を強化し、海洋経済を発展させ、海洋資源開発能力を高め、海洋生態環境を保護し、国家の海洋権益を守る」ことが強調された。 まさにこうした文脈に沿う形で、中国国務院(政府)は3月10日、「海監」「漁政」など海上法執行機関に所属する中国公船について、国家海洋局や農業部など複数の機関に分散している運用機能を統合し、「国家海洋局を母体として権限を大幅に強化した新たな機関の創設」を盛り込んだ中央省庁の統廃合案を全人代に上程し、会期中の14日にこれが採択された。 すなわち、海洋監視などにあたる公船や航空機の運用を、「国家海洋局」に権限を集中させる形で統合再編しようとするものであり、また、その上部機関として海洋権益に関わる部門の調整にあたる「国家海洋委員会」を新たに設置することになったのである。 第二海軍の色彩が濃い「中国海警局」 統合再編の対象となったのは、国家海洋局海監総隊に所属する「海監」、漁業監視を目的とする農業部漁業局の「漁政」をはじめ、海上警察に相当する公安部辺防海警察総隊の「海警」、海関総署密輸取締警察の「海関」の4つである。 航路管制を主な目的とする交通運輸部海事局の「海巡」は除外された。「海巡」が除外された理由は明らかにされていないが、鉄道部の吸収で交通運輸部が事務手続き的に手一杯であることを斟酌し、統合を先延ばしにしたのか、あるいは「海巡」が人員2万人を抱え、規模的には最大の機関であるものの、保有する約800隻強の船舶のうち、大部分が国内河川用か100トン以下の小型船舶で、外洋に出てパトロール任務ができる大型船舶が少なく、東シナ海や南シナ海で「即戦力」にならないと見切ったか、いろいろな解釈ができる。 ただ、海上法執行機関の統合という流れが具体化したからには、いずれ「海巡」も取り込まれることになるだろう。統合された4機関の保有する中国公船の総数は2000隻を超え、海上保安庁の保有する船舶総数(約450隻)の5倍近くに上るが、その多くは小型船舶である。1000トン以上の大型艦で見れば、中国側の総数は32隻であり、海保の49隻が上回っている。統合後の監視活動は国家海洋局の中に設置される「中国海警局」が実施することになる。 問題は、その中核となる国家海洋局で、この機関が創設された経緯を含め、中国海軍との関係が強いことを考えれば、新設される「中国海警局」はいわば「海軍別働隊」であり、「第二海軍」の色彩が濃い組織と言えることである。 中国共産党中央組織部は国務院(政府)の機構改革の一環として権限が強化された国家海洋局の新人事を決め、同局に新設された中国海警局の初代局長に公安部副部長の孟宏偉を任命した。孟宏偉は国家海洋局の副局長も兼務する。 なお、権限が強化された国家海洋局の局長は、引き続き劉賜貴が務め、劉賜貴は中国海警局の政治委員を兼務する。劉賜貴は、習近平が福建省の省長だった2000~2002年、同省アモイ市長を務めていたから、両者の関係は近い。 また、国家海洋局の中に「中国海警局」を設置するという不自然さから察するに、近い将来国家海洋局が「中国海洋部」に昇格する可能性も否定できない。 中国海警局は武力の威嚇を平然と行いかねない なお、「中国海警局」は、トップが公安部から送り込まれ、またその名称から推測できるように、公安部辺防海警察総隊の「海警」をベースにしている。 公安部の辺防部隊は、中国人民武装警察部隊の一部であり、そこに辺防海警察総隊が配置されていたことを考えれば、「中国海警局」は今後、基本的には公安部の指揮下に置かれ、また人民武装警察部隊が公安部と中央軍事委員会の二重の指導下にあることを考慮すれば、中央軍事委員会とのパイプもあることになる。上部機関の中国海洋局が海軍に近いことと併せて考えれば、まさに「第二海軍」と言えるだろう。 「中国海警局」が東シナ海、南シナ海での中国の「主権」擁護の尖兵となることは間違いない。問題点を指摘するならば、中国はかねてより、新設される「コーストガード」を「準軍事組織」として位置づけてきたことだ。「海監」や「漁政」は「準軍事組織」ではなかった。これが性格を変えてパラミリタリーの組織として東シナ海や南シナ海に出てくるとすれば、果たして尖閣諸島を守る海上保安庁の巡視船で対応しきれるかどうか。「準軍事組織」なら、当然のごとく武装しており、武力の威嚇を平然と行いかねないからだ。「中国海警局」を巡る動きに注目しておく必要がある。(おしまい) (統治機構も変えて『日本文化主義』では大統領制にした方が国際社会に政治的アピールしやすい「戦後保守主義」の政治家たちは分かっていないようだ)本当の政治の仕事はプライオリティーは増子化対策のため中間層の拡大を急ぐべきである。 仏教で「生死流転」と云う言葉があります。(しょうじるてん)と読みます。ここでいう生死というのは、人間の「生まれ・死ぬ」ということではありません。この世の一切のものが、一瞬として止まることなく、絶えず変化し動いている事を指しています。 生死(しょうじ)の中の雪降りしきる 山頭火(永遠の時間の中で、永遠に消滅を繰り返してゆく、そのなかの「ふりしきる雪」をとらえた句です)。働き盛りの人間も同じです。その先には老いがあり、死があります。だからこそ今を働くその姿が美しいのです。降りしきる雪のなんという「潔さ」でしょうか。国家も政治も変化し動いているのである。 ←賛同されると更新意欲が増す癖あり、お仕舞いにさせていただきます。
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