記憶の淵に沈みゆくもの

記憶の淵に沈みゆくもの

2004.07.16
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日本に住んで、既に30年。
大柄な体格に合わせたように、
ぬいぐるみのようなエアデール・テリアを
連れて来ることもあるこの方。
先日はちまこいミニチュア・ダックスフントを2匹連れてきた。
小脇に抱えられた犬たちは
好奇心旺盛にきょろきょろとあちらこちらを見回し、
鼻をひくひくさせて匂いを嗅ぎ回っている。
見慣れぬところに来たから、興味津々といった感じだ。

そんなわんこたちを撫でさせてもらうことも多いのだが、
時々そうやって連れてきては、
仕事の合間、部屋の中を走り回らせている。
犬にしてみたら面白いおもちゃが転がっているようで
柚木崎はしょっちゅう足下にまとわりつかせて遊んでいる。
……仕事を時々忘れてしまいそうになるのが難点だ。

この上司、綺麗なブリティッシュイングリッシュを話す。
元はと言えば、イギリス貴族の出身。
家督は兄が継いだから、弟は気楽な稼業、と嘯くが
なんかひともめあったんだろうという雰囲気が漂う。
立ち居振る舞いも優雅なことこの上なく、
紅茶を飲む姿は、やはり英国人という気品に溢れる。
たまに、職場の湯沸かしポットでの
美味しい紅茶の淹れ方を教えてくれたりするので
やっぱりイギリスの人だな、という気がする。

そんな素敵な英国紳士。
チノパンやジーンズに、よく似合うシャツを合わせて。
さらに頭にはいつも違う帽子をかぶる。
暑くなってからはバンダナを小粋に巻いてくるので
その姿をかっこいいですね、と褒めたところ、
彼は片目をつぶってこう答えた。

「うちの先祖を辿っていくとね、
 イギリスの海賊の血筋になるんだ。
 僕はその血を濃く受け継いでるらしくてね、
 たま~にこの格好で海に繰り出したくなるのさ。
 湾曲した大きな刀なんてあるといいね」

おもわずきょとんとしてしまった。
そんな話は聞いたことがないぞ? と思っていたら
悪戯っぽく輝く瞳と目があった。
どうやらからかわれたらしい。
ニヤリと笑って、子分にしてくださいと言うと、
「この頭にしなきゃダメだよ」とバンダナを外して見せてくれた。
……スキンヘッドである。
その見事にそり上げた頭をつるりと撫でながら、
彼は眉間にしわを寄せてこう呟いた。

「髪の毛がないのは、暑苦しくなくていいんだけど、
 直射日光が辛くてねぇ……。
 日本の夏は、どうにも慣れない」

その子どもっぽい表情が妙に笑えて
柚木崎、吹き出してしまった。
なんとも情けない、今にも泣き出しそうな子どもの顔なのである。
こういう表情が出来る大人というのも悪くない。
それも、何とも言えず似合うというのは、素敵なことだ。

夏だけ慣れないのか? と聞くと、
冬は帽子をかぶってくるから暖かい、と答えが来た。
帽子をかぶっても寒かろう? と聞いたら
イギリスほど寒くないとのこと。
そうなのか。
冬のイギリス。相当寒いらしい。
行ってみたいような、行ってみたくないような。

そんな話も暫くお預け。
この上司に次に会うのは9月の終わりごろである。
良い夏休みを、と手を振ったら、思いっきりハグされてしまった。
英国紳士の抱擁は、痛い……。





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Last updated  2004.07.21 14:53:04
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