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札幌市の某病院に入院します。 入院は2ヶ月の予定です。 退院までブログはお休みします。 コメントをくれる方 感謝しています。 元気になって戻ってこれるように 自分でも祈っています。
2007.05.05
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明日、札幌に行って 明後日入院します。 早く入院したくて仕方が無いです。 かなり厳しい状態です。 死が身近にいます。 ゴールデンウィーク。 どこにも出かけなかった私達夫婦。 私は体調がすぐれず寝たきり。 アウトドア派の夫は朝から山菜取り。 夫がいてくれると ワン達もおとなしくしてくれているので 昏々と眠り続けることができる。 今日に限って 夫はワン達を置いて出かけていった。 昨夜も眠れなかった私。 タンちんがおしっこを失敗したと訴える。 眠い。 動かない身体。 やっとの思いで起き上がりタンちんのおしっこウンチョスの後始末。 反省しているタンちん。 怒ることなんてできない。 ママがこんなんでごめんねと謝る。 ちゃんとタンちんを見てあげられなくてごめんね。 タンちんだって ママが起きていたら 上手におしっこもウンチョスちゃんとトイレでできるのに。 本当にごめんね。 私には犬を飼う資格ないのかな・・・。 でもふーもタンちんもいない生活なんて考えられない。 この子達がいなくなったら 私もいない。 夜間覚醒・中途覚醒のたびに 起きてきてくれる二人。 愛してやまない二人。 食べてしまえるなら食べてしまいたいくらい。 本当にこの子達がいなかったら 私はこの世にいなかった。 そう言いきれるくらい大切な存在。 私の腕枕で眠る二人(匹)。 左腕にふー、右腕にはタンちん。 幸せを感じるひと時。 離したくない 離れたくない。 もし私がワン達より先にこの世からいなくなったら 夫には誰が何と言おうとお通夜・お葬式には ワン達には参列してもらうと言ってある。 それが許されないのならお通夜もお葬式もいらない。 私を理解してくれた人 私を必要としてくれた人に 見送ってもらえたらいい。 元気になったら 元気になれたら もっと犬を飼いたい。 飼いたい犬種はたくさんいる。 ムツゴロウさん状態になりたい。 ワン達のためにも元気になりたい。 私でありたい。 子どもも欲しい。 でも子どもは私には遠い。 薬を飲んでいる私。 飲んでいる薬は全て子どもには良くない。 もし妊娠できたとしても 妊娠期間を耐えられるかどうか・・・ 育てていけるかどうか・・・。 私はちゃんとした母親になれるのか・・・。 子どもには幸せになってほしい。 でもいまの私には無理 でも夫には子どもを抱かせてあげたい。 ワン達と子どもは違うだろうけど 私はワン達がいてくれればそれでいい。 そしてきちんとワン達を看取りたい。 かけがえのない存在。 ワン達を見送れたら後悔はない。 フーにゃん たんチン ママのそばにいて。 いつまでもそばにいて。 あなた達がいなくなったら ママは本当に壊れる。 あなた達がいるから生きていける。
2007.05.05
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今さらだけれど どうして私はウツになったんだろう・・・。 これといった理由がみつからない。 不定愁訴が始まったのは4年前の6月。 姪が産まれたのが5月だったからはっきりと覚えている。 夜型生活だった私。 朝、起きられないのも気にならなかった。 普段からダラダラしていた私。 だるいのも気にならなかった。 でも次第に 倦怠感は強くなり 脱力感 何をするにも気力もない 食欲もない 眠れない・・・ いかにもウツの症状。 でもその頃はまだ動けていた。 何かあるときやどこかに行く時は大丈夫だった。 楽しめていた。 笑えていた。 毎日、妹の家に行き姪を抱いていた。 10月のある日の夜に壊れた。 自分でも何が何だかわからないけれど 涙が溢れてくる。 しまいには大声で泣き出した。 隣で眠っていた夫は驚いていた。 「どうした?」と聞かれてもわからない。 やっと言えた一言は 「私を精神科に連れて行ってください。お願いします。」 精神科で聞かれた。 「最近、何かありましたか?変わったこととか。」 何も無い。 思い浮かばない。 「ありません」と応えた。 それから抗ウツ薬との付き合いが始まってしまった。 良くなってるのかなってないのか わからないけれど 『ウツの薬』だから飲み続けた。 今まで いろんな抗ウツ薬を飲んできた。 でも体質的に合わない薬が多くて とりあえず今の薬を飲んでいる。 手元に残った身体に合わなかった薬でODもした。 何も変わらなかった。 ウツの原因。 ひとつだけ思い当たるのは環境。 私は結婚して地元に戻ってきた。 同級生はいるけれど 働いていた頃の友達や学生の時の友達のように 自分をさらけだせる人がいない。 夫は話し相手になってくれる。 でも友達じゃない。 生まれ育った場所なのに ここにいるのが苦しい。 ここ以外のどこかに行ったり(行っても何もしない) 病院への札幌から帰ってくるたび リバウンドのように不調になる。 できることなら ここから出て行きたい。 でもこの田舎で 親戚の多いなか いろんなしがらみがある。 しかも生活能力の無い私。 元気になれたら 仕事ができるのに。 自活できるのに。 友達に言われた言葉 「そこにいる限り治るとは思えない。 全然いつみらしくない。」 夫は今、家が欲しいと言っている。 最初は私も乗り気だった。 私の部屋を作ってくれるというから。 自分のスペースで 自分の好きなものに囲まれていたら 気持ちも変わるんじゃないかと思ったから。 でも今はいらない。 ここにいたくないのに 家を建てたって 私の部屋があったって この地域に住まなければならない。 どこにいきたいのかは 自分でもわからない。 ただ ここにいるのは苦しい。 「みんないろいろ我慢しているんだよ。」 と言われても 苦しいものは苦しい。 苦しいのは私。 そして こんな私はわがままだと言われる。
2007.05.04
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もし神様が私の病気ひとつ減らしてくれるなら 何だろうとふと思いました。 ウツもいらない パニック障害もいらない 摂食障害もいらない アルコールもいらない 結局選べませんでした。 でも このままでは嫌なのは確か。 『普通になりたい』 一番の願い。 最近はアルコール太りで体重は日々増加・・・。 体重計にものりたくない。 でも気になる体重。 そして食べては寝ての繰り返し・・・。 早く入院したい。 普通の食事を 普通に食べることができて 吐かなくてよくて 身体を動かせるようになって・・・。 身体が動かなくて 入院の準備も思うように進まず・・・。 普段から荷物の多い私は あれもこれも持っていかないと不安というか 買えばすむことでも 家にあるのに・・・とケチってしまう貧乏性。 そして普段使い慣れているものでないと気がすまない。 困った性格。 「どうにかなる」と思える人間になりたいなぁ・・・。
2007.05.03
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日曜日から札幌に行っていました。 月曜日 体調はすこぶる悪く 身体は動かず 精神状態も良くなく 顔も洗わず とりあえず着替え頓服を飲み 大袈裟かもしれませんが半死に物狂い(?)で タクシーに乗り込み クリニックを受診しました。 クリニックは込んでいて 調子の悪い私にはかなり厳しく 耳栓をして膝をかかえて・・・ 我慢できなくなり 受付の方にお願いして 処置室で横にならせてもらいました。 そのうち 顔面が震え始め 嘔気 でも何も食べていないので からあげ状態 受診の時も横になったまま受診しました 紹介状を書いてもらい 次の日 友人に病院に連れて行ってもらいました 友人は 「今日はいつみdayだ!」 と言ってくれ その日は友人に甘え 送り迎えから何から何までお世話になって こんな私を心配してくれて 友人の気持ちが痛いほどでした 全ておんぶに抱っこにお姫様だっこ状態 友人がいてくれなかったら きっと何もできないでいたと思います 彼には感謝してもしきれないほどです そして ストレスケア病棟のある病院へ 今まで入院した精神科とは全く違う病棟 スタッフも穏やかな方ばかり 安心しました やっとゆっくり休めるところを見つけられました 荷物のチェックもない 好きなネイルも持ち込んでいい 個人で入浴できるユニットバスもあり (今までは大風呂で男の人・女の人と時間も決められていました) 夜9時までだったら好きな時間に入浴していいとのこと 精神科=管理 というイメージ(今まで入院した病院がそうだったので)が 全くなく 静かに自分のペースで過ごせそうです 連休開けに入院する予定です でも 死が近くにいます
2007.04.27
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ウツなんてなくなればいいのに こんな病気いらない 私を普通にして もとに戻して もとに戻れないなら 私をなかったことにしてほしい 私の存在 初めからいなかったことにしてほしい 今はいない妹 産まれてすぐに亡くなってしまった妹 妹が生きてくれたらよかったのに 私のかわりに 生きてほしかった 捨てたはずの死 今は何よりも近くにいる でも死なない 絶対死なない 私が死んだら 妹も死ぬって言った妹 妹を死なせるなんてできない 友達にも約束したし でも近くに すぐそばに 死がいる 長生きなんてしなくていい 短くてもちゃんと生きたい 一日一日 おかしくなっていく私 神様 お願いです 私の大切な人 幸せにしてください 私がいられたのはその人達がいてくれたから こんな私といてくれたから そして こんな私のブログに 書き込んでくれた人 メッセージをくれた人 幸せにしてください この世からウツをなくしてください
2007.04.21
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昨日の夜も眠れず黄昏ていました。 頭に浮かんでくるのは どうしてこんなに苦しいの? どうしてこんなにつらいの? ウツって何? どうしてウツになったの? 自問自答 答えなんてない 答えなんてみつからない 私の中身が死のうと。 もういなくなろうと。 でも 自分では死なないと約束したし 妹は私が死んだら妹も死ぬと言ったし ワン達とは離れたくないし せめて妹のベビーが生まれるまでは生きなければと思いつつ 胃の辺りから腹部大動脈を探し ここを刺したら死ねるかもしれないと思い 包丁を持ち 頭の中は混乱し いてもたってもいられなくなり 実家に走りました。 走りながら 助けて助けて パパ、ママ助けてと泣き叫び。 実家に着き 父親にすがりつきました。 もう私はおかしいと。 つらくて苦しくてどうしていいかわからないと。 みんなつらい思い 苦しい思いしてるのに どうして私は我慢できないの? どうして弱いの? どうして? 沖縄にも行かせてもらったのに 元気になれたのに またこうなって・・・。 同じ事を繰り返し繰り返し父に訴えました。 驚く父。 何があったのか落ち着いて話せと。 何があったとか、ないとかそういうのじゃなくて どうしてこんなにつらいのか苦しいのか・・・。 ただ、助けて、パパ助けてとしか言いようのない私。 母親が2階から降りてきて どうしたのと。 母親にも ママ助けて、助けてと繰り返す私。 落ち着きなさいと言われても 落ち着くことなんてできず 泣きじゃくる私に 父と母が手を握ってくれました。 左手には母の手 右手には父の手 あたたかかった。 物心がついて 父と母に手を握ってもらえた記憶なんてなかった。 父が母が手を握ってくれるなんて思わなかった。 特に父が。 父も母も両手で私の手を握ってくれている。 強く強く握りかえしました。 苦しさをつらさを 具体的には表現できず それでも今の自分の状態 お酒に逃げていること 自分を傷つけていること 全て話しました。 そして父には 私が小さい頃からずっと思ってきたことを 忘れたくても忘れられないことを トラウマのことを全部話しました。 私が怒られると家族が怒られるから 怒られないように勉強していたことも。 父は お前は頭が良かったんだと言いましたが 私は頭なんて良くない だから勉強した ただ勉強した 勉強しても テストで上位にならなければ あと何点取ればもっと上にいけたのに それは努力が足りないからだ 頑張りがたりないからだと言われ続けたことも。 大袈裟かもしれないけれど 私は怒られるのが嫌で 私のせいで家族が怒られるのが嫌で勉強したとも言いました。 私の気持ちの半分も父には届かなかったかもしれないけれど 私の口からは せきを切ったように 言葉が 父に言いたかった言葉が溢れました。 父の気持ちも考えることなく。 そして この場所にこの土地に 生まれ育ったこの地域にいることが苦しいことも。 ここにはいたくない ここから出て行きたい でも出て行っても 自分には生活能力がないことがわかっていることも やりたくてもできないことも 働きたくても働けないことも 全て打ち明けました。 母がどこに行きたい?と聞いてくれましたが どこというのは私にもわからなくて とにかくここが苦しいと。 母はそばにいて欲しいと言ってくれました。 私がどこかに行きたくても 私を1人にするのは嫌だと。 父と母はしばらく家に戻ってきたらどうかと。 母は、ママと一緒に寝ようと言ってくれました。 いつみの家なんだから いつまでいてもいいんだよと。 でも ワン達とは離れたくない。 離れられない。 ワン達を連れて家には戻れない。 そしてこんな私を見せたくない。 親にさえ 私を受け入れようとしてくれている親にさえ 醜態をみせたくないと思う 私の必要のない いらないプライドの高さ・・・。 自分が嫌で仕方ない。 明け方に帰る私を家まで送ってくれた母。 ママ、ごめんね。 こんな私で。 パパ、ごめんね。 こんな私で。 私はいつ私に戻れるんだろう 戻れる日がくるんだろうか 私はどんな私だったんだろうか・・・。 ウツになって4年。 33年間 生きて生かされてきたなかでの4年。 私にとっては長すぎる年月。 薬も飲んできた。 休養が必要だと言われて休んできた。 でも一向に先が見えない。 何も見えない。 ウツは心の癌だと言っている人がいた。 ウツを克服した人 ウツは治る病気という人がいる。 私はいつ治るんだろう。
2007.04.19
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心も体力も精神力も疲れ果てました。 いま 入院を考えています。 今日 友達が言ってくれました。 「いつみは逃げてないよ。 自分を守ろうと必死になってるんだよ。」 涙がでました。 泣いてばかりです。 大切な人がいて 心配してくれるひとがいて・・・。 友達は 「そう思ってくれる人がいるってことは みんないつみが必要だからだよ。」と。 必要とされている こんな私でも。 偽善者で逃げてかっこつけてばかりのこんな私なのに。 昨日夫と話したとき 夫には 「言い方は悪いかもしれないけど依存性が強いんじゃない? 誰に電話してもかまわないけど 頼りすぎていない?」 と言われました。 でも もう 私は1人じゃ抱えきれません。 依存していることもわかっています。 私はどうしたらいいんだろう。 どうしたら治るんだろう。 本当に治るんだろうか。 そんなことばかり考えてしまいます。
2007.04.17
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今日は伯父の法事でした。 11時からの法事。 起きられない私 動かない身体。 何度も何度も起き上がろうとしたけれど 身体は許してくれませんでした・・・。 午後になっても動かない身体。 夕方になり やっと起き上がれて 3日ぶりのお風呂。(←汚いですね・・・) お風呂に入っていると こんなに気持ちいいのに どうして毎日入れないんだろうと思う私と 今日お風呂に入ったから明日は入らなくても腐らないという私がいる。 夜、伯父の家へ。 11時からの法要のあと飲みまくっている親戚達。 そのパワーが逆にうらやましいほど。 親戚のおじさん、おばさん達が私に気を使ってくれる。 私の姿を見て 私と目を合わせてただうなずいてくれる人。 直接「大丈夫か?」と言ってくれる人。 みんな気遣ってくれている。 心から感謝します。 そして帰り際 父の姉の伯母が抱きしめてくれた。 何も言わず。 抱きしめてくれながら 背中をさすってくれて 三十路の私を 「かわいい。かわいい。」と。 「化粧なんてしなくても素顔が一番かわいいよ。」と。 涙が溢れてとまらなかった。 「どうして泣くの?」という伯母にしがみついた。 しばらくしがみついて離れなかった。 離れたくなかった。 「顔を見せて」と言う伯母。 「やっぱり素顔がかわいいよ。」と。 自分に自信のない私。 お化粧して着飾ってブランド物を持って・・・。 でも伯母はそのままの私を受け止めてくれて抱きしめてくれて。 心が安らいだ。 もし母に抱きしめてもらえるなら抱きしめてもらいたい。 母に頼めば抱きしめてくれると思う。 でも 私のいらないプライドの高さなのか 素直に言えない。 ママ 私を抱きしめて。 赤ちゃんだった時のように無条件に。
2007.04.15
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つらい 苦しい しんどい この思い この気持ち 何百回 何千回 何万回 我慢したら耐えたら楽になれるんだろう もういや 疲れた そんなことばかり言っている自分をどうにかしたい。 どうにかできるものなら・・・。 でもぎりぎりの私。 ベットの上に横たわって黄昏る日々・・・。 助けて助けてって心が叫んでる。 誰かが私を助けたいって思ってくれて その気持ちはとてもうれしくて 感謝の気持ちでいっぱいになるけれど 悲しいくらい自分の中で起きていること。 自分でさえ手の届かないところで起きていること。 でも 支えてくれる人がいなかったら私は存在していない。 私を思ってくれている気持ちが 私に伝わりすぎるくらい こんな私なのに支えてくれる。 『死にたい』 久しぶりにこの思いが戻ってきた。 この思いが戻ってきてしまった。 友達が言ってくれた。 「お前に代わってあげられるなら代わってあげたい。 つらさを分けられるんだったら分けて欲しい。 でもそんなことはできないことお前が一番わかってるよな。 何もしてあげられないけど お前がいなくなったときのことは考えられないし考えたくない。 悲しむ人間がいること お前を必要としている人がいること 病気は俺が思っているよりも大変だろうけど みんな お前がいなくなったらどうなると思う?」 生きること 生きているのは自分だけれど 私を支えてくれている必要としてくれていて 私の笑顔がみたいと言ってくれる人がいて 私という人間がいる。 誰かのために生きるんじゃない。 友達のために生きるんじゃない。 私のために自分のために生きる。 そしてみんなと笑う。 病気の間の分 苦しんだ分 笑って私を取り戻す。 絶対笑う。 これでもかって笑う。 心から笑う。 自分に言い聞かせる。 『死にたい』 どこかに捨てたい。 捨てる。
2007.04.14
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眠剤が効いてくれません。 今日はバイトでクタクタなのに 身体は睡眠を求めているのに 目を閉じれば眠たい感じはするのに ここ何日か眠れません。 眠れても眠れなくても 午前中はとにかく死亡・・・。 8時頃にトイレに起きて 薬を飲んでおやすみなさい。 春眠暁を覚えず?なのか 昼夜逆転なのか お昼過ぎまでは身体も動かず起きられず。 頼みの綱の強力眠剤(○○B)もいまいち効果を発揮してくれず 3時間ほどで起きてしまいます。 以前、眠れない日々を過ごしていたときに 超強力眠剤(○○A)を処方されました。 それでも眠れなかった私。 しまいに肝機能が悪くなってしまって (γGTP・GOT・GPTが500以上になってしまいました) その眠剤も飲めなくなりました。 今、診てもらっているO先生と相談して 最終兵器としてその薬を処方してもらっているので 手持ちはあるのですが毎日は飲めません。 今のところ 眠れないことに支障はないのですが ぐーぐーガハガハアフアフ言いながら 眠っている夫がうらやましいです。 なんか悔しいので夫の足に 真っ赤なマニキュアを塗ってみました。
2007.04.12
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昨日は1日中ベットのなかでした。 何度か目を覚ましたものの起き上がれず また夢の中へ。 病気になってから 願望が表れているのか いい夢ばかりみるようになりました。 いつまでも眠っていたい・・・。 日中眠っていたせいなのか 睡眠障害なのか夜はほとんど眠れませんでした。 眠剤を追加しても。 そのうち おかしくなりました。 急に不安と恐怖におそわれ 怖くて怖くて仕方なくて涙だけが溢れ出て。 とりあえず頓服をかじり しばらく我慢していました。 でも『おかしい』私はそのまま。 このまま 気が狂うんだろうかと思いました。 泣きながら 眠っている夫のところへ行き(今は別々に寝ています) 「こわい。助けて。」 夫は何がこわい?と。 言い表せない不安と恐怖。 とにかくこわいと言い続ける私。 大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせても震えがとまらない。 ひたすら「大丈夫。何でもない。」と唱え続けているうちに いつのまにか 不安も恐怖も震えも全ておさまっていました。 いつおかしくなってもいいように いつ私が私じゃなくなってもいいように 手紙を書こうと思いました。 家族に。 そして大切な人たちに。 自分がおかしいと感じたのは初めてではありません。 でも昨日はいつもより強く感じました。 これもウツの症状? とりあえず 気が確かなうちに伝えておきたいことがあります。 私が私でいられるうちに。 そして今日は乳児検診のバイトの日。 精神的に体力的につらかったので断ろうと思っていました。 それでも午後からでも来て欲しいと。 10時半に闘って闘って起き上がり そしてアルコール+頓服。 こんな思いまでして行かなきゃいけないんだろうかと自問自答しながら。 シャワーを浴びても目は覚めない。 休み休み支度をし、出かけました。 何とかバイトを終え家に戻り またアルコール。 そのまましばらく黄昏ていました。 気づけば16時。 ずっと行きたくても行けなかった 愛するハニーのお迎えに行きました。 久しぶり(といっても2~3日ぶり)に姪に会え 「みーが迎えに来ると思わなかった~」とハニー。 「お父さんかお母さんのほうが良かった?」と聞くと 「みーでいいよ~」と。 愛しくて愛しくてしかたない姪。 姪の言動・行動 一挙一動が私を笑顔にしてくれる。 そして姪は9月にお姉ちゃんになる。 神様お願いです。 もし私が私じゃなくなって 病気に耐えられなくなって壊れてしまう日がくるなら 妹のおなかに宿っているベビーを抱かせてからにしてください。 私の今一番の望みはベビーに会うことです。 ベビーをこの腕に抱きたい。 病気が治ることよりも 妹とベビーが健康でいてくれることを望みます。 ハニーとベビーが仲良く過ごしてくれることを望みます。 『ウツ』 治る病気。 それはいつですか? ちょっと疲れてきてしまいました。 でも本当に治るのなら この思いも全ての苦しみも耐えます。 いつ治るのか あとどれくらい我慢したら 周りに迷惑をかけたら治るのか教えて下さい。
2007.04.12
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アルコールと煙草に溺れる日々。 こんな自分いやだ 明日は飲まない そう思っても 起きるなり缶チューハイ。 お酒がないと不安になっている自分に気づいた。 時間を問わず 朝・昼問わず飲んでいる私。 夫は責めないけれど 控えてほしいと。 それは私の身体のために・・・。 アルコールの変わりに炭酸水を買ってみた。 でもやっぱり違う。 逃げてばかり。 こんな生活していたら良くなるものも良くならない。 現実逃避。 ウツを認めたくない私がいる。 もう4年にもなるのに。 自分が嫌で仕方ない。 何かに依存してしまう自分が嫌。 とにかく全て嫌。 自分の存在さえも。 『神様はその人に耐えられない試練は与えない』 いまのこの私の状況は状態は 耐えられるんだろうか。 耐えていけるんだろうか。 この私の『生命』 生きていたいと 生きたいと 強く願っている人にあげたい。 頑張って病気やいろんなことと闘っている人にわけてあげたい。 私は静かに眠りたい。 眠リ続けたい。
2007.04.11
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この年齢になってもママと呼び続ける私。 (ちなみに父親もパパ) ママ、パパと呼ぶようなゴージャス家族でもなく普通の家族なんですけれど。 先日、札幌に行く前に しんどくて妹にヘルプメールを送り家に来てもらいました。 妹と話した結果、妹は 「もっとママとちゃんと話しをしたほうがいいよ。 お姉ちゃん、パパのことは言うけどママのこと何も言ってないよ。」と。 私が見てきた母親は 私にとっては、自由奔放・身勝手・自己中心的・・・ その他あげればきりが無いほどの父親の犠牲になり その中で私達を育ててきてくれた存在でした。 母親は地元の出身ではないのですが 周囲からも『ママ』と呼ばれ親しまれています。 自慢の母親です。 その血を引いたのが妹だと思っています。 母親と妹が2人揃えばだいだいのことはどうにでもなります。 しかもうまく上手に。 私は似たくなかった父親の血が濃いみたいです・・・。 札幌に行く前に母親に手紙を書きました。 本当は直接話をしたかったのですが 私が絶対泣いてしまい、話しにならないだろうと思い 母親にメールをしました。 「本当はママと話しをしたいんだけど 自分の気持ちをちゃんと伝えられるかわからないから 手紙を書いたら読んでくれる?」と。 母親は「いいよ」と。 そして下書き。 思いついたことを書いているうちに十数枚にもなってしまいました。 そして清書(?) それでもまとめきれなく、支離滅裂な手紙・・・。 札幌で書き直そうと思い 手紙を持って出かけたつもりが手紙を家に忘れた私。 もう一度書き直そうと思っていたところ 札幌にいる間、いとこから電話がありました。 「いつみ、かっこつけなくていいんだから。 支離滅裂であろうがなんだろうがいつみの気持ちなんだから そのまま渡していいんだから」と。 手紙を書き直すのをやめました。 そして母親に手紙を渡しました。 母親に電話をして時間があったら家に着てほしいと頼み。 母親と少し話しをして 「感想(?)を聞かせてほしいから読んでほしい」と言ったら 母親は帰ってから読むからと。 母親がいてくれた間、自分の気持ちを話しました。 いつの間にかお互い泣いていました。 母親は 「いつみがそう思ってるとは、そう感じていたとは知らなかった」と。 言葉にしなくてはいけないことがあることに気づきました。 お互いに思いあっていても すれ違いがあることに気づきました。 母親からはまだ返事をもらっていません。 でも自分の気持ちを伝えられたこと 伝えなければならなかったことを知りました。 ママ、大好き。
2007.04.10
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約2週間の私達夫婦、お互いにとってのお休みが終わりました。 私の介護疲れしている夫を 私から解放させてあげたい 自由にしてあげたい・・・ なんて偉そうなことを言って少し距離を置いた私達。 離れている間 結局夫のためと言いながら 自分が解放されたかったこと 夫の叱咤を耳にしたくなかったことに気づきました。 偽善者な私。 でもすごく楽でした。 自由でした。 ウツの波はあったものの それでも気持ちは楽でした。 「しんどいから寝てよう」とひたすら寝て おなかがすいたらコンビニに行って・・・。 現実逃避してました。 約10年ぶりに会えた友達 仕事をしていた時からの友達 何人かの友達にも久しぶりに会えました。 みんなも私を否定しないで 叱咤しないで受け入れてくれました。 そして 「どうしてもっと早く言ってくれなかった?」と。 「(私が)苦しんでたこと気づかなかくてごめん」と。 「いつでもいいから連絡して」と。 「ひとりで我慢しなくていいんだよ」と。 友達の何気ない言葉や態度のひとつひとつ 何もかもが温かく感じました。 あらためて友達の大切さを思い知り感謝の気持ちでいっぱいでした。 友達が私をそう思ってくれるだけで充分でした。 笑えている私がいました。 ずっといたかった。 帰ってきたくなかった。 ワン達と姪には会いたくて仕方なかったけれど わがままで自分勝手だけれど 日常に戻りたくなかった。 家に戻ったら また夫に迷惑をかける。 また「どうしてできないんだ」って言われる。 それを思うと帰りたくなくて帰りたくなくて涙が溢れました。 昨日友達とご飯を食べに行きました。 そして弟の家に戻りました。 でも玄関の扉を開けられませんでした。 『この扉を開けたら私を迎えにきた(きてくれた)夫がいる』 そう思うと怖くなり不安になり 扉に手が出ませんでした。 玄関の前でしばらく立ちつくしてしまいました。 やっとの思いで扉を開けました。 夫は普通でした。 疲れた様子も何もなく「おかえり」と。 でも夫とは話すことができず 話しかけられても「うん」と応えるしかできませんでした。 朝になりとうとう帰ることに。 車の中で泣き続けました。 「どうしたの?」と聞く夫。 「なんでもない」と言いながらタオルで顔をおおっていました。 家についてしまいました。 また涙が溢れてきました。 私を見て喜んでくれているワン達を抱きしめながら泣きました。 ママの勝手で寂しい思いさせてごめんねと思いながら この子達とどこかにいけたらいいのに・・・と思ってしまいました。 すぐ逃げようとする私。 そんな自分がいやです。 でもここにはいたくない・・・。 また毎日が始まります。 気持ちが重いです。
2007.04.07
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昨日、愛するハニーが電話をくれました。 「み~、お誕生日おめでとう。 あのね~、今度は白いマニキュアにして~。 紫はお母さんがダメって言うから~。」 私のネイルに興味深々のハニー。 今の私のネイルの色は黒。 そして蝶のネイルシール。 心の状態を表しているようです。 明日から2週間ほど札幌に行きます。 夫と相談し、お互いちょっと離れようと。 私にとっても気が楽です。 というわけで、しばらく休養します。
2007.03.26
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私達は遠距離恋愛でした。 19歳の時から夫と付き合っていました。 夫は月に1~2度、札幌に会いに来てくれていた夫。 結婚して一緒に暮らすようになって 離れていたほうがお互いうまく行っていたように思うことが 何度もありました。 夫婦とは言っても他人。 他人同士が一緒に暮らすことは簡単ではないとあらためて思いました。 そして私の病気。 病気になってもう4年近くなります。 夫に迷惑をかけて4年です。 申し訳なくて申し訳なくて仕方ないけれど 今の私には彼に感謝することしかできません。 謝ることしかできません。 1人では何もできないからです。 もし、1人で行動できたら夫を自由にしてあげたい。 私のことを気にせずに好きなことを思う存分、飽きるほどしてもらいたい。 でも、今の状態の私は1人でできることもなく そんな自分が嫌で仕方ありません。 病気だからと自分に言い聞かせても やりたくてもできない 起きたくても起きられない 動きたくても動けない・・・。 ストレスです。 ストレスで過食嘔吐をしていた私の行動を見て 夫は「異常だ」といいました。 私は内向的な性格のため自分にあたります。 暴れたりできません。 暴れる体力もありません。 今、夫と離れることを考えています。 夫のためにも自分のためにも。 でも今の私は何もできない。 結局、夫を自由にしてあげることもできず 迷惑ばかりかけています。 少しでいいから体力と元気がほしい。 そうしたら、夫に迷惑をかけずにすむのに・・・。 でもウツがずっと続いていて何もできません。 仕事で疲れているのに 夫が家事をする姿、家のことをしている姿・・・。 見ていることしかできない私。 心苦しい日々です。 夫との距離を感じます。 介護疲れしている夫。 仕事の会議でウツ病を抱える人がいる家族へのサポートという内容になった時 夫は心の中で皆きれい事を言っていると感じたそうです。 その話しを聞かされたとき やっぱり私は夫の負担以外の何者でもないと思いました。 最近の夫は 「私の気持ちが弱い」「もっとしっかりしてほしい」と言います。 気持ちを強く持つことができるなら しっかりできるなら せめて自分のことだけでもできるならしたい。 でもできない。 夫は『できない』と『やらない』の区別がつかないそうです。 負担をかけたくなくて 家事をしても、その日中に疲れきってしまい寝込んでしまう私。 寝込むとさらに夫に迷惑をかけるので あえて何もしていません。 でも夫にとってはそれは理解し難い事。 今は、わかってもらうこと 理解してもらうことをあきらめようと思っています。 偽善かもしれませんが夫には少しでも自由でいてほしいから・・・。 もう負担をかけたくないから・・・。
2007.03.24
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自分が嫌で仕方ない。 とにかく嫌。 周りに(特に夫)迷惑をかけているのもつらい。 でもこのつらさ、伝わらない。 理解してもらおう わかってもらおう こんなに周りに迷惑をかけて 負担をかけて この年齢になって 親に医療費まで援助してもらって・・・。 理解してもらおうとか わかってもらおうとか 自分のエゴなんじゃないかと思ってしまう。 治って元気な姿になって・・・。 でも、それはいつ? もう自分が元気だった頃 病気じゃなかった頃の私さえ思い出せない。
2007.03.23
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来週の火曜日、夫が人間ドックで札幌近辺まで行くので 私も同行し、私は1人札幌に行くことにしました。 理由は、最近、札幌に行っても病院に行くだけのトンボ帰りで 友達にも会えていないし あとはしばらくの間、1人になって引きこもりたいから。 夫は賛成してくれました。 「たまには1人もいいんじゃない。 俺も、こいつら(ワン達)の面倒見るだけですむから楽だし。」 「楽だし」という言葉が心に引っかかりました。 やっぱり私は迷惑をかけているんだと・・・。 夫のためにも、私は家にいないほうがいいのだと思いました。 初めは、弟の家に行くつもりでしたが (弟達は仕事があるので、その間1人になれる) 弟の彼女のお母さんが来ると言うことで 私はホテルに。 そのことを弟に話しました。 深夜になりメールが。 寝付いたばかりなのに・・・。 と思いつつメールを見たら弟からでした。 弟はこんなメールをくれました。 「姉ちゃんにだから本音を言います。 1人でしばらく札幌にいるのは反対です。 姉ちゃんの身体に何か合った時 俺はすぐに助けに行ってあげられないし 心配でたまりません。 メールだから言います。 こんな子と言うのは複雑だけど 俺は家族の中で一番姉ちゃんが好きです。 もし家族で1人選ばなければならなければ姉ちゃんを助けます。 今は地元にいるから一応安心だけど 実は沖縄に行くのも反対でした・・・。 行ってほしくなかった。 何かあったらいやだから。 今の姉ちゃんの病気はどうすればよくなるんだろう・・・。 結局、まわりがどんなに優しい言葉、元気つけても一時的なもの。 頑張れしか言ってあげられない。 姉ちゃんつらいだろうね・・・。 いつまでもこの病気引きずってほしくない。 俺は何もできないし何をしてあげれば・・・ごめんね。 姉ちゃんの元気な姿がみたい。 ただそれだけでいい。 このメールが姉ちゃんの負担になったらごめんね。 もう一度、1人でいたい気持ちはわかるけど 1人手来るのは考えてほしい。」 読みながら涙が止まりませんでした。 私にとっていてくれるだけで充分の弟。 大事な大切な弟。 その弟が、こんなにも私を心配してくれて ここまでも想っていてくれているなんて気づきもしませんでした。 弟には今まで言ってなかったことを伝えようと思いました。 リスカのこと、過食嘔吐のこと 朝からお酒を飲んでいること、その他全部。 その行動が夫に「異常だよ」と言われていること。 そして死のうとしていたこと・・・。 ここにいるのが、今一番つらいことをメールしました。 翌日、夫にメールを見せました。 「私はなんていい弟に、妹に恵まれて幸せなんだろう」と言いながら・・・。 夫は言いました。 「いつみは本当にいい妹弟に恵まれているよね。 でもさ、俺の本音を言わせてもらうと 一緒に暮らしていないから、そういうこと言えるんだよね。」 夫の本音はかなりショックでした。 私が病気になってから、夫の負担は増え、 夫の大変さも身にしみてわかっています(わかっているつもりです)。 だから、余計1人になりたかった。迷惑をかけたくなかった。 夫のため息、家事をしている姿、私を介護してくれていること・・・。 それはとてもありがたくて感謝している反面 私はいつも申し訳ない気持ちでいっぱいでした。 そして、私が『できない』ことが、夫には理解し難いこと。 何度、話しても説明しても 結局、「わからない」と言われてしまうこと・・・。 少し距離を置いたほうがお互いのためと思い やっぱり札幌に行くことを決めました。 そして今日、食後に吐き気がしトイレに駆け込み吐いた私。 吐いている私に、夫はパソコンをしながら「吐いたの~?」と。 その後も嘔気が続き、夫の近くで横になっていました。 あまりにもしんどいので 「悪いけど、少し背中さすってくれないかな・・・。」 とお願いしました。 夫はパソコンにむかったまま 面倒くさそうに「これでいい?」とさすってくれました。 そして、時々止まるさする手。 私が「疲れたらやめていいから」と言うと 夫は「じゃ、あと2分したらやめるわ。」と。 嘔気はなかなかおさまりませんでした。 ふと、夫の方を見ました。 パソコンで何をしているのかと思ったら 夫はパチスロのゲームをしていました。 悲しくなりました。 すごく悲しくなりました。 私は「人が気持ち悪いのにゲームしてたんだ・・・。」と言ってベットへ。 慌てて謝りにくる夫。 私は「もう何も聞きたくないし、話す余裕もないから」と言いました。 夫が私がいないと楽だと言ったように 今の私には夫がいないほうが楽です。 早く1人になりたい。
2007.03.21
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朝、8時半に起きた。 起きるなり 「もう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だ」と 頭の中なのか心の声なのか、それしか浮かばない。 頓服に手をのばした。 1錠かじった時にはもう1錠開けていた。 またかじった。 そして、結局1シート食べていた。 チューハイも飲んだ。 「何やってんだ、私・・・。」 そう思いながらも 『もう嫌だ』の気持ちは治まらない。 現実逃避したいけれど、逃げるところもない。 矛先は自分に向けた。 久しぶりに切った。 「切ったって一瞬だけじゃん」って思いながら。 切ったあと 寝てしまおうと思ってベットに戻ったけど眠れない。 結局『嫌だ』の気持ちをもったまま膝を抱えていた。 泣きたくなった。 でも涙がでてこない。 午後になって爆睡。 17時にワン達に起こされるまで、カーペットの上で寝ていた。 落ちている。 ブログにえらそうな事散々書いて 「結局、自分はこうなんだ・・・。」と思った。 もっと嫌になった。 友達に電話した。 「何か、もう嫌なんだけど。」 友達も同じ気持ちだった。 友達は200錠近くODをしていた。 そして「眠くなっただけで、何も変わらない」と。 何が嫌なんだろう。 自分でもわからないけど嫌で嫌で仕方ない。 ボランティアで送った荷物が届き、お礼状が入っていた。 自分は偽善者だと思った。 いつもなら、荷物が無事に届いて、 お礼状までもらって 何かの役に立てるなら良かったと思えるはずなのに 私はお礼状をもらえるような人間ではないと思った。 夜、夫に「嫌で嫌で仕方がない」と話した。 「何が嫌なの?」って聞かれたけど答えようが無かった。 いまだに嫌で仕方ない。 とにかくもう嫌だ。
2007.03.19
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もともと、お酒は大好きでした。 働いていた頃も、友達と飲みに行ったり楽しく騒いでいました。 お酒での失態もほとんどなく 家系的にお酒に強いのか2日酔い知らずでもありました。 ウツになってからはしばらくお酒は飲んでいませんでした。 食べ物もお酒も身体が欲していなかったから。 でも、いつの頃からか飲み始めました。 ウツの薬とお酒。 薬を飲み始めたばかりの私は、今までのようには飲めなくなりました。 すぐに酔い、吐き、2日酔い。 自分の適量がわからなくなりました。 それでも、まだ今より元気だったので 知り合いの家で飲んだり、お店で飲んだり・・・。 病気と知られるのが嫌で普通に(?)振舞っていました。 ある日、友達の誕生日にサプライズパーティーを開いた私。 喜んでくれている友達がうれしくて みんなで話しができるのがうれしくて 大好きなワインをいつもより多く飲んでしまいました。 気がついたときには 頭の中はグラグラでそうとう酔っていました。 それでも楽しくて、その場にいたくて ワインをやめ、「カクテルなら大丈夫」と思い飲んでいました。 その時に、お酒を飲むのをやめていればよかったのに 飲み続けていました。 急に吐き気がし、トイレへ。 酔っているのを気づかれないように 「まっすぐ歩こう」と自分に言い聞かせながら。 トイレに入るなり嘔吐。 そして、さらに酔いが回り、自分の身体を支えることができなくなり 座り込んでしまいました。 座っているのもつらくなり 床にトイレットペーパーをひき その上に寝転がり、吐いては横になりを繰り返していました。 いつまでたっても戻ってこない私を心配して 夫が迎えに来ました。 嘔吐物まみれの私。 こんな姿見られたくないし、見せたくない。 自分で企画した友達の誕生日パーティー。 それなのに企画した自分がこんな姿に。 情けなくて情けなくて涙がでてきました。 「吐いてるから出られない。もう少ししたら行くから。」 と夫に言ったあと、その場で寝てしまいました。 お店のラストオーダーの頃、夫が迎えに来ました。 自分で企画したのに台無しにしてしまった私。 泣きながら 「こんな格好じゃみんなの前に行けないよ。 みんなに恥ずかしいから先に帰ってもらって。 いつみのカードでお金払って。」と言い 夫がみんなにどう説明したのかわかりませんが みんなには帰ってもらいました。 そのあと夫が来て、怒り口調で「みんな帰ったから鍵開けて」 と言われ、鍵を開け、後始末を夫にしてもらいました。 お店の方も来てくれました。 引きずられるようにお店をでて 夫に「調子に乗りすぎだ」と怒られながら帰宅。 次の日、友達に謝罪の電話。 小さい頃からの長い付き合いの友達。 「いいって。あれくらいなんでもないよ。 っていうか、大丈夫なの?」と。 「せっかくの誕生日だったのに本当にごめんね。」とひたすら謝りました。 今では、「あれはひどかったわ。」と笑い話にしてくれる友達。 感謝。 それ以来、外での失態はしていなくても 家では何度かしてしまいました。 その度に夫に怒られる私。 それでも、『お酒をやめよう』とは思いませんでした。 最近は朝から飲んでいます。 看護婦だったくせに、薬とアルコールを一緒に飲んでいます。 きっかけは、朝、起きるなりの激ウツ。 薬を早く身体に回したくて頓服と一緒にお酒を飲みました。 それ以来、激ウツになっていなくても 夫が仕事にでかけると飲み始めます。 身体が慣れたのか、缶チューハイでは酔いません。 夫がお昼休みに帰ってきても気づかれません。 でも、夫が冷蔵庫を開けるとバレます。 ある日、10時頃起きた私はいつものように冷蔵庫を開けました。 お酒が1本もありません。 夫に隠されてしまいました。 頭にきた私。 とりあえず、テキーラを2ショット。 お昼休みに戻ってきた夫にむかって冷蔵庫を開け 「これ、どういうこと?」と逆ギレ。 夫は、「(最近の私は)飲みすぎだから・・・。」と。 「元の位置に戻してください」と私。 しぶしぶ、冷蔵庫にお酒を戻す夫。 もちろん、私のことを思ってしてくれた行為だというのはわかっています。 「酒のこと精神科の先生に言ったほうがいい。」と夫に言われ O先生に話しました。 O先生は「それくらいの量なら大丈夫だけど控えられるなら控えてね。」と。 夫の言うことは聞けないけれど O先生の言うことなら聞けてしまう私。 今は1日、缶チューハイ3本と決め飲んでいます。 (時間は関係ないのですが・・・) 自分がお酒に逃げているとも思います。 でも、やめられません。 今のところ、やめるつもりもないです。 次に大失態したら、考えます・・・。
2007.03.19
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土曜日は、久々に夫の実家へ。 木・金曜日と発作を起こしていたため、 あんまり行きたくなかったけどしばらく顔も出していないし お酒もなくなったし・・・。 結局、予想通り疲れて帰ってきて顔だけ洗って爆睡。 日曜日はこんこんと眠り続けました。 とりあえず、朝は起きて薬を飲んだものの眠い。 夫もいるのでワン達の心配はしなくて良し。 ひたすら眠っていましたが、うれしいことにいい夢ばかり。 まさしく現実逃避。 起きたくないくらいいい夢の連続で 16時、妹からのメールで覚醒。 起きるなり、缶チューハイ2本。 そしておなかがすいたので 最近の定番メニュー 『黒ゴマ入りメカブ納豆&黄身ご飯』とスプラウトサラダ。 野菜ってどうしてこんなにおいしいんだろう・・・。 と私のことは良いのですが、 妹のメールに 「うちのお嬢さんがインフルエンザになりました」と。 愛する姪のハニーがインフルエンザに! 大ショック・・・。それで目が覚めた。 ショックで落ちる。 頓服と一緒に缶チューハイ(それもをどうかと思うけど・・・)。 タミフルを処方されたのですが心配。 ハニーの好きな野菜ジュースを夫に届けてもらい ひたすらお祈り。 妊娠中の妹にもうつらないといいなぁ・・・。 あぁ、心配。 かわいそうなハニー。 変われるものなら変わってあげたい。 そしてこんこんと眠りながら 時々ウトウトしながら思ったのは さんまさんの子どもの名前、いまるちゃん。 「生きてるだけで丸儲け」という意味でつけたとTVで言ってたはず。 「生きてるだけで」という言葉に さんまさんの想いが込められているのかなぁとふと思いました。 看護婦をしている時に インフルエンザで入院した子を思い出しました。 まだ、その頃は熱が上がれば解熱剤を使用していました。 私が夜勤の時、その子が痙攣を起こしました。 そして、一時的に呼吸停止。 そういうときに限って先生との連絡が着かない。 焦りまくる夜勤の看護婦(私も含めて)。 泣き叫ぶお母さん。 やっと先生到着。 酸素、その他の指示を受けてやっと処置。 その子は個室に入院していたのですが、 Nsステーションの窓から見えるプチ未熟児室へと移動。 (未熟児室には誰もいなかったので) 窓から処置を見続け泣き続けるお母さん・・・。 声をかけたいけれど、何を言っていいかわからない。 朝方になり他の仕事もあるため、私ともう1人のNsで仕事をしました。 もう1人のNsは未熟児室に先生と入りっぱなし。 (3人夜勤) 結局、その子はインフルエンザ脳症に。 それから、インフルエンザの子には解熱剤が禁忌になりました。 I君も今では12~13歳。 どうしているのかなぁ・・・。
2007.03.18
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今週は特にウツウツウツウツウツ。 ほとんど、床に落ちて寝ているか、 膝を抱えて落ち込んでいるかの日々。 しまいに、昨日、今日と久々の発作。 しんどい。 疲れた。 何回起こしても発作には慣れない。 時間が過ぎるのを待つだけ。 自分でどうにかできるのならどうにかしたい。 今日は食事もとらずひたすら寝ていただけなのに 疲れるようなこと、何もしていないのに。 じわじわと発作が始まる。 痛みで発作のつらさを逃そうと 身体中に爪をたてる。叩く。 夫がいるときは手を強く握りしめてもらう。 普段だったら耐えられないほどの強さで。 そして、ベットの中で必死にもがく。 発作の最後は過呼吸。 手足、唇がビリビリする。 身体中、汗だくになって発作終了。 脱力感で起き上がることもできない。 考え方を変えた(変えるようにしている)。 私に与えられた試練。 人生の勉強の過程。 そう思いながら、発作に耐える。 以前は、もう試練はいらないって思ってた。 神様はその人に耐えられない試練は与えないっていうけど 私はもう耐えられないし、こんな思いはしたくないって思ってた。 人と比較するのは好きじゃないけれど もっともっとつらい思いしている人はたくさんいる。 つらいのは私だけじゃない。 自分に言い聞かせる。 逃げない。 受け止める。 耐える。 病気になるまで 嫌なことからは目をそらしてきた。 逃げてきた。 耐えることなんてしたことがなかった。 自分は弱い人間だからって。 友達が言ってくれた。 「弱くてもいいんだよ。強くならなくてもいいんだよ。 でも弱いままでいなくてもいいんだよ。」 今やっと、その言葉の意味がわかってきたような気がする。 えらそうなこと書いているけど すぐに泣き言いって凹むけど 今日の私はそう思う。 強くなりたい。 でもそれは、病気に勝ちたいとかそういう気持じゃない。 勝ち負けなんかじゃないって思うから。 同じ人がいないように 病気にもそれぞれ段階があると思う。 そして、みんななりたくてなった病気じゃないのに 頑張ってる。 何かをすることが頑張ることじゃない。 1日、生きているだけで充分頑張ってると思う。 すごい頑張ってると思う。 こんなつらさ、しんどさに耐えてるんだから。 きっと、私も頑張ってる。
2007.03.16
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私は夜間覚醒(しかもぱっちり目が覚める)をするのですが 必ず時間がきまっています。 まず2時。 この時間はパソの時間と割り切ってパソに向かっています。 1時間位したら眠くなくてもベットに戻るといつの間にか寝ています。 そして次は5時。 またパソに向かって そのあとごそごそと洗濯物をたたんで箪笥に片付けて。 日中できなかったことをちまちまとやっています。 それからはぐっすり。 夫が出勤前に薬を飲ませてくれてまた寝ます。 10時頃から意識が戻り始めるのですが動けない。 のろのろと着替え、ホットカーペットに落ちています。 午後になってやっと洗顔。 顔を洗わない(洗えない)日もあります。 そして、犬の毛を取るのにコロコロをしてウダウダとしていると 夫が帰宅。 疲れが溜まっていても2時5時には起きてしまうので そんな日が続いてしんどくなったら 最終兵器の強力眠剤。 それでもやっぱり1度は起きてしまいます。 ふらふらしながらトイレに行き 今日は何があるんだろうと思いながら眠りにつきます。 以前は、今日も起きれないんだろうなぁとか思いながら ベットの中で思っていたのですが 最近は楽しいことを思い浮かべながら寝るようにしています。 というわけで寝ます。
2007.03.14
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病院に行った時は、いつも弟の家に泊めてもらっています。 弟は彼女と一緒に住んでいるのですが 彼女もとってもいい子。 おまけに、なぜうちの弟にこんな美人が?ってくらい美人。 弟が生まれたのは、私が小学2年生のとき。 かわいくてかわいくて仕方がなかった。 自分で言うのもなんですが、本当にかわいがりました。 小さい頃からの知り合いの人には 「(弟は)いつみが育てたようなもんだからねぇ」と今でも言われます。 面倒を見てきたつもりが 今では私がかなりお世話になっています。 入院の時も、弟は毎日来てくれました。 先週、弟と彼女と私と3人で話しをしていました。 (夫は疲れてワン達と爆睡) 何かの話の流れで、弟が 「俺は姉ちゃんに何でもしてもらった。 服も靴も欲しいもの買ってもらったし・・・。 お金のことだけじゃなくて、ほんと姉ちゃんいて良かった。 俺、友達といてもうちの姉ちゃんの話しするんだよね。 姉ちゃんは俺の自慢なんだわ。」と言ってくれました。 涙がボロボロと溢れました。 沖縄に行く時も、 「元気になって」「頑張って」といろんな人が言ってくれましたが 弟だけが 「姉ちゃん、深く考えるなって。遊んで来いって。」 と言ってくれました。 同じ地域に住むYちゃんのことが気になっている私に 「Yには悪いけど、俺は姉ちゃんが良くなってくれたらいい。 姉ちゃんがYを放っておけない気持ちもわかるけど 言い方は悪いかもしれないけど 俺は姉ちゃんが元気になってくれたらいい。」とも言ってくれました。 弟は私にとっても自慢の弟です。 頼りになる存在です(ある意味では夫よりも)。 そして、今でもかわいくてかわいくて仕方のない弟です。 弟を支えてくれている彼女にも感謝しています。 高校生の時から付き合っている2人。 弟のだらしなさも(もちろん良いところも)受け止めてくれている彼女。 私のことも気づかってくれる彼女。 感謝・感謝。
2007.03.14
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時々、心が無性にさみしくなります。 昨日は、そんな日でした。 さみしい。 すごくさみしい。 誰かに甘えたい。 優しくしてもらいたい。 抱きしめて欲しい。 ただ、抱きしめて欲しい。 何にも言わないで抱きしめていて欲しい。 このままの私を包んで欲しい。 そばにいて欲しい。 なぜか、夫には言えない言葉です。 昨日もホットカーペットの上で毛布にくるまり だるくて、頭痛がして、身体が動かなくて寝てばかりいました。 お昼休みに帰宅した夫は 「こんなところじゃなくて、ベットで寝たら?」と。 私は「ここがいいんだけど、邪魔?」と聞きました。 「邪魔じゃないけど・・・。」 そして、夫は仕事へ。 孤独感が残りました。 仕事を終え、夫が帰ってきてもカーペットに落ちていた私。 「洗濯機を回したけど干せなかった。」と言うと 夫は一言「やっぱり」と。 この言葉にさみしさが倍増しました。 ベットに行き、頭痛も治まらないため 2時間以上、1人で頭を肩叩き棒で叩き続けました。 夫は1度も私のところにきてくれませんでした。 たぶん、彼なりにそっとしておいたほうがいいと思ったのかもしれませんが・・・。 甘えたい人がいます。 でも夫ではありません。 離れたところにいる人です。 彼と不倫がしたいとかそういう気持ちはありません。 でも、さみしくなると彼を思い出します。 彼だったら 何にも言わずそばにいてくれて ただ抱きしめてくれる。 でも、それは甘えであって依存。 それでも、今は彼に甘えさせてほしい。 この気持ちは恋とかじゃないこと、わかっています。 そして結果的に彼を利用してしまうことになることもわかっています。 けれど、彼に会いたい。 私をそのまま受け止めてもらいたい。 これはわがまま。そして依存。 どうして、夫にこの気持ちが言えないんだろう・・・。
2007.03.12
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金曜日、受診してきました。 大好きなO先生の顔を見るだけで心から安心します。 前回処方されたランドセンのおかげでほぼ毎日起きていた発作が この1ヶ月間、3~4回しか起こさなかったこと。 そのかわりというか、ウツがひどかったこと、過食嘔吐のこと、 頭痛がひどいこと、脳外科でのこと・・・。 その他、日常のこと。 夫とのケンカのこと。 先生は、何でも聞いてくれます。 聞き流したりもしません。 そして 「沖縄から帰ってきてから(そういえば沖縄のことブログに書けていない・・・) 考え方というか、物事のとらえ方、ずいぶん変わったよ。 やっぱり、行って良かったんだよ。 あと、ブログも思っていることを文字にするという意味で 日記のかわりにもなるし、いいと思うよ。」と言ってくれました。 ウツがひどいので、新しい薬が追加になりましたが 「やっぱり波があるから、いい時の波に乗れればいいけど、 今はちょっとつらそうだから出すけど あんまり薬増やすと減らす時がね・・・。 でも自分で調節できるよね」と言って処方してくれました。 O先生、やっぱり頼りになる~!大好き~☆ それからお買い物(^⊥^) まずは、無くてはならないアロマキャンドル。 あとは趣味のネイルグッズ。 久々の買い物だったので両方とも大量購入。 それと、頼まれ物を済ませた後、 今回の買い物のメインであるエルメスへ直行!!! 電話でお取り起きしていたひと目ぼれのバッグ。 「○○様ですね。お待ち下さい。」 (待ちますとも!) そしてバッグとご対面! ううううう~!! 雑誌で見たより実物の方がやっぱり良い!!! そして、購入(金額は秘密です。イシシ♪)!!!! 包装されたバックを車に持ち込んだ時 夫に「やっぱり買ったか」と言われつつも私はご満悦。 だって、頑張ってお金ためたんだもん。 雑誌をみる前に、今月の自分の誕生日のために すでにコーチのバックも予約済みだったので (夫はバック好きの私に「バックばかり買ってどこにいくの?」と言います) エルメスは予定外の出費だったけれど 愛するエルメス。大好きなエルメス。(←何か電車男みたい・・・) もう買うしかない。 あぁ、うれしい。 ウツもふっ飛んでいく。 また、頑張ってお金ためようっと。 そして、土曜日に帰宅。 日曜日は生きた屍状態で寝込んでしまいました。 というわけ(?)で、エルメス載せちゃいます(^⊥^)
2007.03.11
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札幌某所に個人的にタロット占いをしている人がいます。 自宅の1室を占いのお部屋にしています。 3年程前、いつも行くワインのお店の女の子と話しをしていると 「うちのお母さん、占い師なんです」と。 占い師の娘を初めて見た(?)私。 「何占い?」と聞くと、タロット占いと。 占いはあまり信じない私。 でも、不思議と見てもらいたいと感じました。 札幌市内とはいえ、中心からはすごし離れたところ。 電話で予約し、電車に乗り向かいました。 駅につくと、占い師さんのジュディさんが迎えに来てくれました。 ジュディさんの家はごく普通のおうち。 「一瞬、ここ?」と思ってしまいましたが おうちの中に案内され、ジュディさんの部屋へ。 白を基調にした1室。 ジュディさん(以下Jさん)がハーブティを持ってきてくれました。 そして、本題へ。 Jさん:何をみますか? 私:健康面と金銭面です。 Jさんに「私の名前、生年月日、血液型、星座を紙に書いて下さい。」と言われ その通り、記入しました。 それからJさんはタロットを回しはじめました。 そして一言。 「いつみさん、うつなのねぇ」とズバリ言い当てました。 すごく驚いた私。 名前と生年月日と血液型と星座だけなのにどうしてわかるの? と本当に驚きました。 ありがちな 「あなた、胃腸の具合がよくないでしょう」とか 「最近、疲れているでしょう」とか 誰にでも当てはまりそうなことは言わず 『ウツ』とはっきり。 この人、「すごい」と思いました。 Jさんに「タロットを自分の思うように回してみてください」と言われ その通りに。 そして、タロットをめくっていくJさん。 Jさんは天使が話しかけてくるといいながら タロットの結果を教えてくれました。 私の過去世の中で見えたのは(タロットででてきたのは) 私は中世のヨーロッパ方面のお城に住んでいたそうです。 3人の子どもがいて、その時の夫は他に女の人がいて出て行き 1人で3人の子育てをし(お手伝いさんがいたそうですが)、 頭痛持ちで、左側の顔面麻痺もあり、いろいろ苦労をしたそうです。 そして、今度生まれ変わったときは別の人生を送りたいと 強く思っていたそうです。 そして今世の私。 Jさん:お子さん、いらっしゃる? 私:いません。 Jさん:欲しいと思ってないわよね 私:思っていないです。 Jさん:過去世で子育てに苦労したから、子どもはいらないってでてますよ さらにビックリ。 その他にも私の性格など全てと言っていいほど言い当てるJさん。 そして 「今はまだウツは続きますね。でも必ず良くなります。 でも、この経験はいつみさんにとってはとてもいい経験になりますよ」と。 『いい経験になる』と言われ希望を持てた私。 そして金銭面のこともお話ししてくれました。 昨日、ふとJさんを思い出した私。 Jさんは、直接会わないとみないという方針を知りつつも 見てほしいと思っていることを話しました。 私も直接Jさんに会ってみてもらいたいのですが 物理的に難しく、そのことを話すと快く承諾してくれました。 現在の状態を話し、占ってもらいました。 頭痛がひどいことも話しました。 そして、最近、顔全体がわなわなと震える私。 Jさん:顔の方は大丈夫? 私:実は震えるんです。特に左側が。 Jさん:カードにでてますよ。 前世で頭痛持ちだったこと 左側の顔面麻痺があったことを教えてくれていたのをすっかり忘れていた私。 身体(心も)が弱っている時は前世でのことが現れやすいと言われました。 それから、これからのことをみてもらいました。 Jさん:もう、峠は越えていますよ。大丈夫。 あと、あまり考えすぎないでね。 いつみさんは人に恵まれているわね~。友達にも。 (これは常々、私も感じていたことでした) 何か趣味みたいなものはある? 私:最近はネイルとアロマが好きです。 Jさん:それ、いつみさんに合っているわよ~。 (最近、私はネイルとアロマの資料請求をしました) いつか、それは役にたつってカードにもでてますよ でも今ではないわね。 そして、いつみさんは気づいていないかもしれないけど いつみさん、人を癒すことできるの。 それがネイルでもアロマでも。 いつみさんの病気はいつみさんの人生の必要な過程なのよ。 感謝の気持ち、持てるようになったでしょ。 私:すごく人に感謝するようになりました。 今まで(病気になる前)のありがとうの気持ちと 今思うありがとうの気持ちは全然重みが違って 感謝するっていうことはほとんどなかったんですけれど 病気になっていろんな人に感謝するようになりました。 Jさん:いつみさんはつらいだろうけど、今は勉強の時期なの。 病気を経験して、経験したからこそ気づいたことってあるわよね。 いつみさんはいろんな人に愛されているわよ。 病気を通して私はたくさんのことに気づかされました。 私を支えてくれている人、私の無神経さ等 その他もろもろ、本当にたくさんのことを。 そして、いろんな人に出会えました。 Jさん:いつみさんは環境に左右されやすいと言うか敏感と言うか・・・。 私:実は、今年、家を建てようと思っているんです。 Jさん:それ、すごくいいわよ。 地元に戻ってきたことが病気の原因なのかもしれないと思っていた私。 友達にも、「いつみ、そこ(私の地元)が合ってないんじゃない?」 と言われていました。 一時は別居も考えていました。 私:でも、家を建てるのは地元なんです・・・。 Jさん:大丈夫よ、変わるから。 建てようと思っている家には私の部屋があります。 夫の部屋はないのですが・・・。 ず~っと、1人のスペースが欲しかった私。 主人もそれは理解してくれていて いまのこの家はよくないと。 以前から、いつみの病気はこの家も関係してると思うと言ってくれていました。 (別に幽霊がでるとか悪いものが住み着いているとかそういうのではないですけど) 私:ただでさえ引きこもりなのになおさら引きこもりそうなんですけど。 Jさん:いいじゃない、引きこもったって。 いつみさん、家の中で何かしてるほうが合ってるし ネイルもアロマもできるじゃない。 前にみた時にも『Star』のカードが出てて このカードの向きが変わる可能性が強いって話したわよね。 今はそのカードは逆位置だったけど今は正位置になってるの。 悪いカードって言ったら言い方は変かもしれないけど 悪いカードが1枚もでてないのよ。大丈夫よ。 でも、いつみさんの性格上 白黒はっきりつけたいのはわかるけど 今はね、中途半端なほうがいいわよ。 リラックスして。 ネイルでもアロマでも、好きなことで。 そして、今日1日を楽しんでみて。 短気だから、すぐに何かしなきゃって思っちゃうけど。 それは、自分で自分を追いつめてるわよ。 今は何もしなくていい時期。 そのほうがいいってカードにでてるもの。 まさしくその通りで、思い立ったらすぐ行動の私。 でも準備も何もせず、結果を求めてしまう私。 でも、中身がついてこなくて(今は身体も)うまくいかない・・・。 そして凹む。 最後にJさんは言いました。 「病気とお金は人の心を良いようにも悪いようにも変える」と。 たかが占いと思うかもしれませんが Jさんは、Jさんの言葉は占いを超えていると私は思っています。 明日は病院です。 大好きなO先生に会えます。 そしてちょっと買い物しちゃいます。 久々の大物買いです。 うううううう、楽しみ。 何を買うかは後ほど(^⊥^) ウシシ♪
2007.03.08
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昨日は、眠くて眠くて身体も重くて 午前中も午後もホットカーペットの上に落ちていました。 でも、昨日元気でいられたから気持ち的には 「今日は寝て曜日」と割り切り寝ていました。 夫が帰宅し、拾ってくれたのですが ほとんど何も食べていなかったので低血糖状態。 夫にバナナを取ってもらい、もりもりと寝ながら食べました。 バナナが身体にあっといまに吸収されていくのがわかるような感じがしました。 バナナがきっかけになり空腹は倍増。 「お腹すいた~」と連発しご飯が炊けるのを待ち続け ご飯が炊けた頃には空腹すぎて吐き気がするほど。 大好物の卵ごはん(私は黄身のみ)を食べました。 (卵ごはんは炊きたてのご飯に限る!) 気づけば、卵ごはんを食べたのは病気になって初めて。 おかわりしてしまいました。 過食嘔吐を心配して夫が「食べてもいいけど吐かないでよ」と。 あと、この2~3日のちょっとしたマイブーム(死語?最近聞かないですよね) メカブ納豆(+すりゴマ)とお豆腐。 そして柚子大根の漬物。 おいしかった~。 食事をおいしいって食べられたのは久しぶりでした。 食べた後も満足感でいっぱい。 卵ごはんは、私が死ぬ前に食べたいリスト10位の中に入ります。 そして、嘔吐しませんでした☆ タイトルのレディースデーは読んでごとくパチンコではありません。 待ちに待った女の子の日です。 ホルモンバランスが崩れていたのか遅れていた月のもの。 私はPMSもひどく、生理前はウツに加えさらにアンバランスになります。 生理の10日~2週間前位から調子が悪くなります。 生理も不順のため、ウツがひどくなっているのかPMSなのか区別が難しいです。 区別が難しくてもしんどいものはしんどい。 今回の過食嘔吐の頻発もきっと生理のせいだったのかもしれません。 女性ホルモンの身体に対する影響+ウツ。 両方、自分の身体の中で起こっていること。 自分ではどうにもできない・・・。 そして、激生理痛。 バファリン&腰にカイロを貼ってしのいでいます。 相変わらず頭痛もひどく、バファリンを飲んでも痛い。 痛み止めを飲んでも治らない頭痛。 ウツの身体症状なのかなぁ・・・。 脳外科の病院では「ま~ったく異常ないです」と言われたし・・・。 煙草とコーヒーが良くないとわかりつつ、両方とも止められない。 100円ショップの肩たたきで ひたすら頭・首・肩をとんとんとたたいています。 以前、肩こり・首こりがひどくてエレキバンも効かないので 整形外科に受診。 どうやら、他の人より少し首が長いらしく それで頭の重みが支えにくく肩と首に負担がかかるとのこと。 首長族になれそうです。
2007.03.07
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やっぱり、犬が欲しい。 いつも今日みたいに元気だといいのに。 犬系のHP見てたらやっぱりかわいくてかわいくてかわいくて。 ムツゴロウさんみたいに犬まみれ(?)にならなくても 犬に囲まれて生活したい。 犬飼えるんだったら煙草もお酒もやめるのになぁ。 欲しい・欲しい・欲しい! でも今年はやっぱり無理だろうなぁ。 自分が安定してないのはもちろんだけど 妹のベビーも産まれてくれるし。 今は、毎日寝る前に妹の子どもの名前をひとりで考えてます。 姪っ子キューティーハニーのときも 名前を考えて提案したけど、全て却下・・・。 でも今回もめげずにアタック。 ハニーは、いまネイルにとても興味があります。 私がネイル好きなので 私の爪を見るたび 「みー(私)と同じくして。」 「何色にしようかなぁ。紫がいいかなぁ。黄色もいいなぁ。」 「手も足もして。」 ハニーの頼みなら調子が悪くても(寝込んでない限り) 断れないし、断りません。 「保育所で先生に怒られなかった?」と聞くと 「かわいいね~って言われちゃった~。」とニコニコ。 ハニーはネイルをしなくても充分かわいいけれど。 妹のベビーは女の子か男の子かどちらかまだわからないけど きっとかわいいんだろうなぁ~。 そして、貢いじゃうんだろうなぁ。 う~ん、楽しみ♪
2007.03.06
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昨日はなかなか寝つけず いつも眠る前に灯しているアロマキャンドルが消えてしまうまで眠れず。 少し強めの眠剤を足してもウトウト・・・。 窓から光が入ってくるのが見えた頃から意識が遠のき眠った様子。 「寝てないし、今日はダメだな」 起きてすぐに思ったこと。 そして、いつものごとく毛布にくるまりホットカーペットの上で一休み。 1時間ほどして目が覚めると、気分がいつもと違う。 なんか、スッキリしているんですけど・・・と独り言。 そして、洗顔→着がえ→掃除機→洗濯とスムーズに。 こんなに身体が動くなんて、 動いてくれるなんて覚えてないくらいなかったから 自分にビックリ。 さらに、前から頼まれていたことも終わらせることができた。 ☆すごくうれしい☆ もし、明日いつもの行動パターンになったとしても こういう日がまた来るんだって思える。 落ちまくりが続くんじゃないって思える。 うれしい。すごくうれしい。 いまのうちに今週末の病院の用意、しておこう。 (札幌の病院に通っているので泊りがけなのです) でもあんまり動き過ぎると反動も大きいから 夜になっても大丈夫でいられたらにしよう。 動けるとうれしくて何でもやりたくなってしまう私。 そして、しっぺ返しがくる・・・。 今日はもう充分。 できることできた。 自然に笑顔。 自分にハナマルo(^⊥^)o
2007.03.06
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最近、特にこの1週間、過食嘔吐が続いています。 あまりにも頻度が多いので とうとう夫のチェックが入りました。 私が食べ物に対して執着するようになったのは プロフィールにも書いたかもしれませんが 中学2年生の夏休みです。 朝食を食べ、父親が仕事に行き、忘れ物を取りに来たとき 私はケーキを食べていました。 その私にむかって父親がいった言葉は 「さっき朝飯食ったばかりなのに、何を食べているんだ!このブタ!」でした。 (当時、私は43kgくらい。身長は155cm) 思春期だった私。反抗期だった私。 それから、『食』と『体重』に執着し始めました。 最近は、食べていないと何か満たされない気持ちになります。 そして、食べます。 とにかく食べます。 ある程度の量を食べないと吐きにくいので 自分が『吐ける』と思う量まで食べて トイレに直行し指を喉にいれ吐きます。 そして、また食べ吐きます。 「どうしてこんなことしてしまうんだろう」 と思いながら、泣きながら吐いています。 夫のチェックも入ったため 過食嘔吐がやめられないことを相談しました。 夫に言われました。 「いつみのしていることは明らかに異常行為だよ。 何でそういうことするのかわからない。 はっきり言わせてもらうけど やっぱり、いつみは気持ちが弱いんだよ。 中学生の時から食べ物に執着してることも 前に聞いたから知ってるけど 結局、そのときから病気だったんだよ。 いつみは理由をつけて逃げてるよ。 甘えが強いことも依存心が強いこともわかってるって自分で言うけど それに対して何か努力してきたことあるの? ずっと逃げてきたんじゃない? 言い方が悪いかもしれないけど 今の病気だって努力してることある? (現在私は熊本県のボランティア団体で行っているフィリピンの子ども達に 衣料品を送ったり募金をすることに協力しようと 知り合いから衣料品を集めたりしています 募金は結婚して初めて夫が誕生日にと用意してくれたお金を募金しようとしています) ボランティアのことだって 自分が吐いたりして食べ物を粗末にしてるのに フィリピンの子どもに食べ物を食べさせてあげたいっていうのは 矛盾してるとしか思えないよ。 ボランティアって言いながら自己満足してるとも言えるよ やっぱりいつみは気持ちが弱いんだよ。 努力が足りないんだよ。 (家事・その他)できないって言うけど本当にできないの? PCに向かっている時間を他の事に使おうと思わないの? 好きなことだけできて やりたくないことはできないって思うときあるよ。」 夫の言っていることは間違いなく正論です。 でも、ショックでした。 やめたくてもやめられない過食嘔吐。 逃げているという言葉。 努力が足りないという言葉。 できないことを理解してもらえていなかったこと。 やりたいと思っているボランティアを私の自己満足と解釈されていたこと。 向き合っていこうと思っていたけれど 向き合う前に受け止めてもらえていなかったように思ってしまいました。 「何々してもらおう」というのは甘えでしょうか・・・。 病気を理解してもらいたいと思うのは依存心が強いからでしょうか・・・。 全て私の甘えと依存心の強さが影響しているのでしょうか・・・。
2007.03.05
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夫とケンカしたこといとこに話しました。 いとこは 「今までお互いに避けていたことを言い合えた良い機会になったんじゃない? もっとケンカして、お互いの想いを吐き出さないとお互いがつらくなると思うよ。 言葉にしないとわからないことたくさんあるんだよ。」と。 おとといの夜に いつみから「話しがあるんだけど」と切り出しました。 今までいつみが思っていたこと 言葉にしなかったこと(できなかったこと) 夫にこれ以上迷惑をかけたくなくて我慢していたこと (わがままとわかっていても)夫にしてほしいことがあったこと 全部、話しました。 夫も話してくれました。 夫はいつもすぐに謝ります。 私は何について謝っているのかいつも聞いていました。 でも夫は答えてくれず、ただ謝るだけ。 私はそのことを 結局、夫は中身を考えないで謝ればすむと思って謝っているのだと思っていました。 でも、違いました。 夫は小さい時に母親に叱られるたびに 母親に無視されたり、外に出されたりしていたそうです。 そして幼なながらに彼が見つけた答えは 謝れば、自分が悪者になって謝れば、事が解決するという事でした。 初めて聞いた話でした。 夫は身近な人と争うくらいなら自分が謝って事を解決したかったようです。 夫がいつでもすぐに謝る理由が 幼少時の体験からだと聞いて私は納得しました。 夫も傷ついていたのです。 そして、私のこと。 夫は自分の言葉で、態度で私を傷つけたくなかったと。 壊れ物を扱うように接していたと。 私は自分だけが病気で苦しんでいるとは思っていませんでしたが 夫がそういう気持ちでいたことには全く気づいていませんでした。 私は病気になって 一番近くにいて 一番側にいてくれて 私を見ていてくれている人が どうして、病気を、症状を理解してくれないんだろうといつも思っていました。 以前、夫に 「俺はいつみと同じ病気になってないから いつみじゃないから、病気のことわからない」と言われました。 私は一番理解して欲しい人に理解してもらえないと思っていました。 夫は言葉で表現するのが苦手な人です。 私は夫の言葉をそのまま受け取り 夫には頼らないと決め 友達にばかり頼っていました。 でも、話をして向き合っていくことが必要だと気づきました。 私達はちゃんと向き合っていなかったのだと思います。 向き合っていくこと 言葉にすること とても大事なこと。 ケンカも私達にとっては必要なことだったのかもしれません。
2007.03.02
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昨日、エステに行ってきました。 私が予想していたより、しょぼいエステ。 結局、某化粧品の販売目的のエステでした。 夫が帰宅し、昨日のエステのことを報告。 「すごい高い化粧品なのに、いつみより若い子とか契約したり サロンの予約とかしてて、どこからそんなお金でてくるんだろうね~。 ○○とか△△とも通ってるんだって~。すごいね~。」と話しました。 そして、久しぶりに外に出た私。 外に出ることができた私。 夫はひとこと 「そんなのに行くんじゃないよ。○○とか△△とか行ってるんだし いつみがその人達の仲間だと思われるよ。俺、そういうの嫌だ」 私は、話しを聞いてほしかっただけ。 夫にとってはくだらない、つまらない話しでも。 化粧品のことなんてどうでもよくて 今日はこういうことがあったって話したかっただけ。 夫の言葉は何気ない言葉で 夫にとっては悪気もない言葉で 普段だったら私も何とも思わなかったかもしれない。 でも昨日はなぜかその言葉がすごく悲しくて 「いつみには、家の中でさえ話しを聞いてくれる人がいないんだね」 と言ってベットの中へ。 すぐに謝りにきた夫。 夫は「俺が悪かった。何も考えないでいつみの話し聞いてた」と。 謝ってほしいとか、許すとか許さないとかそういうのじゃなくて すごく悲しかった。本当に悲しかった。 夫婦といっても 所詮、他人で結婚したから一緒にいるだけ。 でも、私達の7年間は何だったんだろう。 お互いの本当の中身のこと、全然知らないと思った。 確かに夫は優しい。 周りの人も夫でなければ私の面倒みることできいないよって言われるくらいに。 私が病気になって、犬のこと、家のこと、私のこと、たくさんしてくれた。 それには感謝している。 感謝しきれないほど感謝している。 でも、病気の症状とかは 「俺はなったことがないから、わからない」って言われてきた。 夫なりにわかろうとしたのかもしれないけれど・・・。 悲しくて悲しくて泣いて泣いて泣いて 口にタオルをあてて 泣き叫ぶ声が外に聞こえないように泣き続けた。 急に夫が顔をタオルで被っている私の両腕を叩いて 「もう泣くな!」と私の手をつかんだ。 初めて夫に叩かれた。 夫に泣きながら訴えた。 「いつみの気持ちわかる? 動きたくても動けないんだよ みんなが当たり前に、普通にできていることができないんだよ やりたくてもできないんだよ 心がつらくて苦しくて、誰か助けてって思ってても いつみの心の中のことだから 誰かが助けたいって思ってくれても 自分でどうにかするしかないんだよ。 どうにもできないんだよ! いつみだってなりたくてこんな病気になったんじゃないんだよ!」 夫は 「本当にできないのか?病気に甘えてる部分はないのか?」と。 私が 「甘えてる部分はないわけじゃない。 それは自分でもわかってる。 じゃぁ、これからは家事も何もかも全部いつみがやるから。 もう(夫には)甘えないし、頼らない。 食器を洗えばいいの?掃除機をかけたらいいの? 何をしたらいいの?」 と言って、起き上がろうとした途端 夫に両頬を叩かれた。 痛みなんて感じなかった。 「こんなところにいたくない。結婚なんてしなければよかった。 (地元に)帰って来なければ良かった。 いつみの7年間を返して! 私達の7年間、何だったの? 結局、お互いの中身、全然わかりあえてないじゃない。 正直言って、いつみは(夫のこと)全然わかんないよ。 俺のことだからっていつも話してくれなかったじゃない!」 売り言葉に買い言葉のように 夫も言い返してきた。 でも、夫の言葉は私には届かない。 私の気持ちには届かなかった。 口にタオルをあてて泣き叫んで、わめいて こんなに涙が溜まっていたのかと思うくらい 涙がとまらなかった。 わがままだと思うけれど 自分勝手なのは充分わかっているつもりだけれど 私をちゃんと正面から受け止めてくれる人にそばにいて欲しい。 私はただの寂しがりで 病気を理由に逃げていて 自分を見てくれる人がほしいだけなんだろうか・・・。 でもつらい。すごく。 このつらさ、言葉にできるなら言葉にしたい。 伝えたい。 理解してもらいたい。 これはわがまま? 先が見えない。全く見えない。 治る病気って本に書いてあるけど いつ治るの? どうしたら治るの? 本には、光(日光)を浴びればいいって書いてるけど 光を浴びても何も変わらない。 ただ、まぶしいだけ。 心の癒されるところに行きたい。 でも今のいつみは日常生活さえままならない。 どこにも行けない。 例えどこかにいけたとしても遊びに行っているとしか思われない。 ちょっとだけ調子のいい時に 好きなネイルをしたら そんなことする暇があるんだったら 茶碗のひとつでも洗いなさいって言われる。 いつみはどうしたらいいの? どうしたら理解してもらえるの? 何々してもらいたいっていうのはわがままなの? いつみだって できることなら普通に当たり前に暮らしたい。 できることとやらないこと、その区別がつかない。
2007.02.28
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友人からお誘いがあり、明日エステに行ってきます。 以前はよく通っていたのですが 最近は、マッサージ系ばかり・・・。 肌年齢も調べてくれるらしいので ちょっとドキドキ。 せめて年相応だと良いのですが・・・。 年齢より上だったら凹みまくりそう。 心配なのは、体調。 ず~っとウツまみれの日々。 人とあまり会いたくないし 身体はだるいし 外にも出たくないし。 でも たまには力を振り絞り人の中へと突入しないと。 (というか、単にエステしてほしいだけ?) 明日のブログで結果報告いたします。
2007.02.26
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なんにもしたくない とにかくなんにもしたくない 起きているだけで疲れるし 横になっていてもだるいし ほんとになんにもしたくない お風呂も入りたくないし 顔も洗いたくないし かろうじて歯はみがくけど それもめんどくさい トイレにも行かなくてすむなら行きたくない でも今日に限って 異常にお腹がすく 自力で食べるのもめんどくさい ベットで寝ながら夫に食べさせてもらう 洗濯物もたたみたくないから山積み うんざりする 薬も飲むのもめんどくさい 頭痛薬も効かない 歯が痛いけど歯医者さんにも行きたくない だるい なんにもしてないのに疲れた なんか もう嫌だ なにもかもめんどくさい
2007.02.25
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去年から、軽い頭痛があり でも薬を服用するほどでもなく 肩こりや首こりもあるので そのせいだと思い、「何か痛い」くらいで あまり気にもしていませんでした。 今年に入ってから、頭痛の頻度も増え、痛みもひどくなり 夫に肩を揉んでもらったり、頭のマッサージをしたりしていたのですが 今月になってから痛みは倍増し 毎日薬を飲むようになり 吐き気までしてきたので 今日、朝、頑張って頑張って起きて脳神経の病院に行って来ました。 以前、夜にものすごい頭痛に襲われ同病院へ行き MRI、CT等検査をしたのですが異常なし。 とりあえず、痛み止めの薬をもらったのですが 私が服用していた精神科の薬とは禁忌の薬を処方されたのです。 (精神科の薬を持参していったのに!) 禁忌とは知らず、痛み止めの薬を飲み眠った私。 次の日、えらいことになりました。 身体は全く動かない、声もでない、もちろんろれつも回らない・・・。 午後には、よたよたと動けるようにはなったものの ふらついてまっすぐ歩けない。 ろれつがまわらずうまく話せない。 「おかしい」と思い やっとの思いでいつもかかっていた病院の調剤薬局に電話しました。 調剤薬局の方は「とりあえず服用をやめてください」と。 そして、5分もしないうちに調剤薬局の方から 「OOさん、さっきのお薬禁忌です!」と電話が。 禁忌の薬って本当に禁忌なんだとあらためて思いました。 話は戻って。 名前を呼ばれ診察室に。 私は以前もらった禁忌の薬と 今飲んでいる精神科の薬を持参。 以前、受診した時のカルテを見ながらはなす医者。 カルテには全く別のことが書かれていました。 それに対し、ひとまずカチンときた私。 「私は、セデスもロキソニンもボルタレン座薬(50mg:私の体重では25mgで充分) なんて飲んでいないし、ボルタレンもこの身体で50mgも使いません!」 と言いました。 医者は 「これ、違う人のカルテ?でもあなたの名前ですよね。 (薬)使ってるって書いてますよ。」と。 (ちなみに今日は院長の診察!!) 「でも、私は飲んでません!」と言いました。 そして、2度目のカチン。 「ここは脳外科ですよ。脳の病気を診るところです。 あなたの頭痛や吐き気が精神科のほうからきているものだったら ここでは治療できないのはわかります? ここは、脳に出血や腫瘍がないか診るところですよ。 それでもいいんですか?」と。 「それでもいいんですか?」の言葉の意味が 『検査しますか?しませんか?』のどちらの意味かわからなかった私。 「それはどういう意味ですか?」と聞きました。 医者は、私が言葉を理解できない病気ととらえた様子で 「検査していきますか?」と。 頭痛の理由がしりたくて検査しにきたのに。 「検査してください。」と半ギレ状態で言いました。 そして、MRI、レントゲン。 結果は異常なかったのですが 検査後の医者の説明に3度目のカチン。 「これが脳です。これがレントゲンです。わかります? (私は今は働いていませんが看護師です。) ま~ったく(この言い方がさらにムカつく)異常ありません。 あとは健やかに生活できるように精神科の先生と相談してください。 禁忌の薬を処方したのはもうしわけありませんでした。 それはゴミにしてください(これまたムカつく)。」と。 すごく、ものすごく、かなり頭にきました。 同じ医者なのに精神科の患者をなんだと思っているのでしょう。 あの口調、態度、思い出しただけでも腹がたちます(`⊥´) そのあとトイレに行き自分の顔をみて驚きました。 自分で言うのもなんですが、すごい形相でした・・・。 夫に「いつみの顔、すごい顔してるね」と言うと 「うん。すごいわ。誰がみても怖い顔だ。」と言われました。 仕方ないので帰りにドラッグストアに寄り鎮痛剤を購入。 あああああああああああああ!!!!! ムカつくぅぅぅぅぅ!!! 早速、車の中で缶チューハイ一気飲みしました。
2007.02.24
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昨日は、私用で人と会わなくてはならず 用事を済ませてすぐに帰りたかったのですがそうもいかず・・・。 頓服を飲みながら、なんとかこなしました。 疲れていたのですが その帰りにいとこの家へ。 いとこには、ずっと病気のことを話していなかったのですが 以前、話しを聞いてもらってから 私のことを理解してくれる存在になりました。 彼女は他の人とは違った目線で病気のことを受け止めてくれています。 私が「昨日、動けなくてお風呂に入ってないの。汚いよね。」と言ったら 「できなかったんでしょ。仕方ないよ。」と。 他の事を話しても、だらしないとか怠けているとかは一切言わず、 「それだけつらいんだね。」と言ってくれます。 こんな近くに受け止めてくれる人がいたのに 全然気づいていなかった私。 そして、彼女に私が許されないことをしたことを話しました。 誰にも話さないでいようと思っていたこと。 大袈裟かもしれませんが、墓場まで持っていこうと思っていたことを。 でも、やっぱり苦しくて苦しくて 自分の中に閉じ込めておくことはできず、彼女に聞いてもらいました。 軽蔑されることを覚悟して。 彼女は、全く私を責めませんでした。 むしろ、私がしたことを 「いつみがしたことはいいことではないけれど、 その時、いつみはそうするしかなかったんだよね。」と言ってくれました。 心が開放されました。 私がしたことは、決して許されないことだけれど 『そうするしかなかった』という彼女の言葉に救われました。 受け止めてくれた彼女に心から感謝しました。 「ありがとうね、こんな話ししてごめんね。」と繰り返す私に 「どうして謝る?いつみはいつも謝るよね。 いつみは真面目すぎなんだよ。もっと楽に考えていいんだよ。」と言ってくれました。 身体は疲れていたけれど 彼女と話しができたことで気持ちが楽になりました。 本当に本当に感謝です。 話しはかわりますが、 今日は朝から頼まれていた仕事がありました。 たくさんの人、声、音・・・。 目の前が真っ暗になりました。 早めに薬を飲んでなんとか持ちこたえたのですが 正直、かなりきつかったです。 「用事があるのでお先に失礼します」と嘘をつき 後片付けも手伝わないまま帰ってきました。 疲れました。 非常に疲れました。 これくらいのこと、みんな当たり前にできているのに もっと疲れることをしている人がいるのに 私には限界でした。 ホント、この病気嫌です。 ウツの波は少しずつひいて行ってくれているのですが パニック障害持ちの私には、人や音はかなりきつく ここで発作を起こすわけにはいかないと自分に言い聞かせつつ もう少しだからいつみ頑張ってと励ましつつ何とか乗り切れました。 いつになったら治るのか あと何年我慢したら治るのか教えて欲しいです。 今が折り返し地点だったらいいのに。 夫はいつも言ってくれます。 (我が家はクリスチャンではないけれど、寝る前にお祈りをします) 「神様、いつみに普通の生活を送らせてください」と。 夫にとっても 『普通の生活』を送れることが望みなのかな、と思います。 普通の生活、当たり前のこと、 病気になって気づけたことでもあります。 みんな笑顔で過ごせたらいいなぁ。 ちなみに今日は我が家のたんちんの2歳のバースデーです☆ たんちん、健康で元気でこれからもママのそばにいてね。
2007.02.22
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昨日の夜、久しぶりに発作を起こしました。 発作の前に「なんか調子よくない」と思い頓服。 そのおかげか、発作は小~中程度で治まったのですが、 時間にして約2時間。 発作後もじりじりと身体が落ち着かない感じ。 発作中、ふと夫のことを思いました。 今まで、私は自分の発作の苦しみだけを考えていたのですが、 私が発作に耐えてる間の夫のことが頭をよぎりました。 私は、発作中は自分のことだけ、発作のことだけ考えていたのですが その発作の時間、夫はどんな想いでいるんだろうと初めて思いました。 発作中は特に光と音に敏感になる私。 夫はその期間、静かに音もたてないで、TVも見ないで 黙って私の発作が終わるまで待っていてくれたのです。 あらためて感謝しました。 夫にもやりたいことがあるはずなのに したいことがあるはずなのに ワン達を静かにしてくれ 私の発作が終わるのを、いつ終わるかわからない発作を待っている時間、 夫は私の刺激になる要因をさけて待っていてくれたのだと。 心から心の底から夫に感謝しました。 声も出せないので夫の携帯にコール。 夫はすぐにきてくれ「どうした?」と。 トイレに行きたいとつぶやく私を抱きかかえトイレに。 そしてまた抱きかかえられベットに。 夫には本当に感謝。 感謝しきれないほど感謝。 「こんな私とどうして結婚したの?」って聞いたら 「好きだから」と即答してくれた夫。 神様が与えてくれた人。 この人を裏切ることはできない。 夫が私でいいと言ってくれる限り夫の側にいたい。 でも、いびきは困る。
2007.02.21
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少し、落ち着いてきました。 心配してくれた方々、心から感謝しています。 何度か、藁にもすがる想いで スピリチュアルカウンセラーにみてもらったことがあります。 その中で私が信頼できる人は3人。 その方達はとても、素敵な方です。 初めて、「見える」という人に見てもらった時は最悪でした。 知り合いの知り合いという形で紹介してもらい 電話でも見てくれるというので、予約して電話をしました。 私はうつの症状がつらいことを話しました。 でも、その人は 「あなたの生活状態が悪い。朝起きて、食事を摂ってやるべきことをやりなさい! 夜遅くまで起きているから、朝起きられないのよ! あなたの気持ちが弱すぎる。頑張るって言いなさい!」と叱咤するばかり。 泣きながら「言えません」と言う私に 何度も「頑張るって言いなさい!」と。 仕方なく「頑張ります」と言ったものの 「声が小さい!もっと大きな声で頑張るって言いなさい」とさらに叱咤。 もう、電話を切りたくなった私。 その人は、最後まで「頑張るって言いなさい!」と言い続けました。 泣かされ、叱咤されたあげく、料金は¥8000。 納得がいかないまま、口座に振り込みました。 その人以外の方達は、私の中身を見抜いてくれました。 (私はそう思っています) 1人の方は、タロットで見てくれる方(占い?)でした。 私の名前、生年月日、血液型を聞いただけで 「あなた、うつなのね。つらいでしょう」と。 これには本当に驚きました。 病気以外のことも全て言い当ててくれました。 その方は 「今は本当につらい時期だけれど、 この病気は必ずあなたにとっていい経験になるわよ。」と言ってくれました。 そして、最後にはハグ。 彼女に抱きしめてもらったときの気持ちは今でも忘れません。 もう1人の方は 私の中に入り込むという方法で私をみてくれました。 私の中に入り込んでいる最中の先生はとても苦しがっていて 全身で、もがいていました。 そして、私の苦しみを共有してくれました。 そして、ハグ。 私はとても安心できました。 その先生は、以前は遠隔でもみていてくれていたそうですが 今は、自分自身の身体がもたないということで 先生のところに通わないとみない方針にしたそうです。 3人目の方(Mさん)は 私と私の中のインナーチャイルドをみてくれました。 その方に言われたのは 「いつみさんは今まで『怒り』を秘めて生きてきましたね。」と。 私には見当もつかない言葉でした。 自分の中に『怒り』があるとは思ってもいませんでした。 そして、「『怒り』を持ってきたからこそ私が今まで生きてこられた」と。 Mさんに「怒りの奥に何を感じますか?」と聞かれました。 なぜか急に涙が溢れだし、私は「哀しみ」と答えました。 Mさんは 「そうよね、あなたは哀しかったのよね。」と。 そして、インナーチャイルドにも語りかけてくれました。 私のインナーチャイルドは 4~5歳の女の子で背中をむけたまま振り向いてくれません。 Mさんと一緒に語りかけても、振り向いてくれませんでした。 Mさんに 「インナーチャイルドを癒してあげることはいつみさんも癒されることになるのよ。」 と言われました。 そして最後にハグ。涙が止まりませんでした。 でも、いまだ私のインナーチャイルドは 何度語りかけてもふりむいてくれません。 スピリチュアル系を信じる、信じないは人それぞれですが 私は3人の方に出会えて良かったと思っています。
2007.02.19
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今日、許されないことをした。 自分自身の意思で。 それを辞めるチャンスは与えられたのに 自分でそのチャンスを無駄にした。 自分が嫌い。 こんな思いをするのもわかっていた。 でも辞めなかった。 自分で選んだ許されないこと。 夫は知らない。 夫には言えない。 普通の顔をして そ知らぬ顔をして 何も無かったかのように振る舞っている。 誰にも迷惑はかけたくない。 でも許されないことをした。 自分の行動と言動が一致していない。 病気のせいじゃない。 自分のしたこと 病気のせいにして逃げるのは 同じ病気で苦しんでいる人に失礼だから。 許されないことをした私。 助けてもらおうなんて思わない。 許して欲しいなんて思わない。 全て自分の責任だから。 私は何がしたいんだろう。 どうしたら 満足するんだろう。 自分のことなのにわからない。 自分のことだからわからないの? 誰にも言えない。 誰にも言わない。 自分で死ぬことさえ それを選ぶことさえ 許されないことをした。 神様、私を消去してください。
2007.02.17
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このつらさはいつまで続くんだろう。 疲れた。すごく疲れた。 もうどうでもいいってこういう気持ちなんだろうか。 とにかくだるいし、何にもしたくない(できない)。 必要最低限のことさえ面倒くさい。 トイレに行くのもだるい。 夫の存在さえもうっとおしいと感じる。 彼がいないと何もかも成り立たないのに。 何よりもワン達がかわいそう。 ごめんね、こんなママで。 本当にごめんね。 ママは謝ることしかできません。 ごめんね。 同世代の人達がうらやましい。 人それぞれ、いろんな悩みを抱えているんだろうけど。 人に会ったり、買い物したり、旅行したり・・・。 普通のことしたい。 普通って何?って聞かれたら答えに困るけど この状態から抜け出したい。 何時間、膝を抱えてうずくまっていたのかもわからない。 夫がお昼休みに戻ってきても話すのも面倒で 「うん」とか「これ」とかしか言えない。 会話も無い。 こんな姿の私をみて夫は「困ったなぁ」と言う。 私がつらいのを一緒に困ってくれてるつもりで言ってるんだと思うけど その一言がつらい。 困らせているんだと思ってしまう。 ひとりになりたい。 でも、ひとりじゃ何もできないことわかってる。 結局、うつなんて治らないんじゃないんだろうか。 治ったって、どうやって気づくんだろう。 『うつとうまく付き合う』とか『うつが治る』とかそんな本があるけど 人それぞれうつの程度が違うのに。 自分が被害妄想まみれなんだろうか。 うつ、もういらない。 どこかに捨ててしまいたい。
2007.02.16
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とにかくしぶといウツの波。 いい加減にして欲しい。 でも、少し波が去り行く感じがする。 死にたいってそれしか考えていなかった(考えられなかった)頃、 よく『自分の価値』のこと思ってた。 家事も出来ない、寝てばかり、泣いてばかり・・・。 こんなんじゃ、生きている価値なんてないって思い続けていた。 でも、今日ごろごろしながら ふと『価値』って何だろうって思った。 人間の価値、誰が決めるんだろう。 自分が決めるんだろうか。 「いてくれるだけでいい。生きていてくれるだけでいい。」 って言ってくれる人(夫も含め)がいてくれた。 例えはおかしいかもしれないけど 自分のためだけじゃなくて誰かのためにとっても私は存在しているんだと思えた。 気持ちが楽になった。 (うつ症状は変わらなかったけど・・・) 身近で言えば、私にはワン達と姪がそうだと思う。 この子達がいてくれるだけで救われている。 笑顔になれる。 神様、苦しんでいる人、つらい人、しんどい人、いろんな思いを抱えている人、 ひとすじの光を与えてください。 そして、その人達が光が与えられていることに、気づけますように。
2007.02.14
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夫と初めて出会ったのは19歳の夏。 (どこでどうやって出会ったのかは覚えていない・・・) 夫は、始めは弟の友達(?)だった。 夫は、年齢に関係なく子どもからお年寄りまで頼られる人。 仕事柄、お年寄りに関わることが多い彼は、 お年寄りからご指名が入るほどお年寄りにも信頼されている。 夫とちゃんと出会ったのはその年の冬。 家族ぐるみで仲良くしてもらっているMK夫妻の家で出会った。 「いつみ(私の名前)ちゃんに会いたいっていう人いるんだよ」と。 浮かれる私。 その日はいろんな人が集まって飲み会。 夫も来ることに。 周りにひやかされながらも、夫の隣に座る私。 でも人見知りする夫。 何の会話もないかと思えば、夫は別室でゲームをし始めた。 「あれ?話しがちがうぞ。いつみに会いたいんじゃなかったの?」と思う私。 その日はその日で、夫とも会話なく終了。 何日かして、夫と同じ職場の人から電話。 夫を含め4人で遊びに行こうと。 家にいても暇だし、行くことに。 車の中でも夫の隣に座っても会話なし。 結局、周りがひやかしていただけなんだと思う私。 冬休みも終わり、私は札幌へ戻る。 とりあえず(どういう流れかは忘れてしまったけど)電話番号は夫に教えていた。 札幌に戻ってしばらくしてから、夫から電話が来た。 電話では、普通に話す夫。 それから、毎日夫は電話をくれた。 私にとっても夫からの電話が日常になっていた。 そして、付き合うことに。 でも私は、どうせ遠距離だし、続かないと思っていた。 月に1~2回、夫は札幌に来てくれた。 続かないと思っていた遠距離が続いた。 Nsという仕事柄、土日も仕事はあった。 夫のために土日の休みの希望をだすこともしなかった私。 でも夫は来てくれた。 私のわがまま、泣き言、理不尽なこと、夫は責めたりしなかった。 もしかして夫じゃなかったら、 「皆そうやって嫌なことがあっても我慢したりしてるんだよ。」と言ってたかもしれない。 「いつみ、甘えすぎだよ」と言っていたかもしれない。 小児科で働いていた私。 病院の経営困難で小児科が縮小になり、私は内科に移動になった。 内科に移動になって、初日からいじめられた。 最初は自分でも驚くくらい、いじめられているのがわからないくらい、 何を言われているのか、何をされているのか理解できないほどだった。 小児科時代の友達・先輩が毎日、私のロッカーに励ましの手紙を貼ってくれていた。 小児科ではいじめられたことはなかった。 先輩とか、私がへこんでいたら 「煙草行くよ」と言って気分転換させてくれて、話も聞いてくれた。 内科では、毎日毎日私という人間を否定されるようなこと言われ続けた。 年上の人達も私のいじめられる姿見ていてもフォローしてくれなかった。 小児科の時の副婦長さんが会議の時に 「(小児科から移動した人達に)特別優しくしてくれとはいいませんが、 もう少し温かい目で見てあげて欲しい」って言ってくれたほどに。 私の精神状態はギリギリだった。 家で毎日泣いていた。こんなに涙が出るんだって思うくらいに。 地下鉄の中でも、地下鉄を降りても。 このままじゃ、ダメになる(その時点でかなりダメだったと思うけれど)。 仕事を辞めよう、そう思った。 そして、以前から夫が言ってくれていた『結婚』をしようと思った。 最初は結婚に逃げたと自分でも思っていた。 優しい夫。 結婚してから月の半分は札幌で友達と遊んでいた。 夫はいつみの気分転換になるならと反対しなかった。 私にとっては結婚は生活。 結婚は恋愛の延長でも、ゴールでもなくてこれから一緒に生活をしていくということ。 ただ、父のような人とだけは結婚したくなかった。 夫には、だらしない私、わがままな私、全てさらけだせていた。 私のような人間とと結婚してくれるのは夫しかいないと思っていた。 そして、結婚(いろいろあったけど・・・)。 病気になってから、つくづく感じた。 夫は神様が私に与えてくれた人だって。 こんなにしてくれる人、きっといないと思う。 そして、夫はこんな私を、見守っていてくれる。助けてくれる。 夫に何も返せない自分がつらい。 でも、元気になることが一番、夫へのお返しだと思う。 焦ってはいないつもりだけど、急いではいないつもりだけど、 夫が困った時、しんどい時、つらい時、 小さなことでも私が夫に何かできればいいって今は思ってる。 私が夫がいてくれてよかったと思えたように 夫にとって私が、そんな存在でありたいと思う。 そんな存在になりたい。
2007.02.12
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今日もしぶとくうつ。 今日はとにかく眠たい。だるい。起きられない。 ひたすら寝続ける。 連休のおかげで家に夫がいてくれる。 おっとがベットに食事を運んでくれる。 ワン達の面倒も見てくれる。 本当に本当に感謝。 そしてまた寝る。 ひさしぶりに眠れた。 昏々と眠り続けて時間の感覚もなくなっていた。 夫、すごい。 こんな私を見捨てないでいてくれる。 時々、不思議な行動するけど、やっぱりすごい。 普通(何を基準にするかはそれぞれだけど)、こんなにしてくれる人いない気がする。 私と結婚しなかったら、もっと幸せに暮らせていたんだろうな・・・。 1人になりたいといとこの家に脱出しようと思っていたけど すれ違ってしまい、脱出できず。 でも、脱出しなくて良かったと思う。 おやすみなさい。
2007.02.11
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今日もうつで落ちていました。 夜間覚醒の時は調子がよくて、今日は大丈夫と思っていたら 朝、起きるなり気持ちが沈んでいく。 薬を飲んで頓服を飲んで、ベットへ。 うとうとするも眠れず。 起きて膝を抱えて体育座り(一番楽な格好)。 とりあえず、コーヒーを入れる。 しんどい。だるい。何もしたくない。何も出来ない。 PCも見る気にならない。 洗濯機を回す。 また横になり、うとうと。 起きたら夫が洗濯物を干していてくれた。感謝。 そして、夫はパチンコへ。 私は1人になれてぼーっと過ごす。 何か嫌。何が嫌なのかわからない。 またリスカ。血がにじみ出る。痛い。 消毒して絆創膏を貼って、たそがれる。 1人になりたい。家にいるのが苦しい。 家にいたくない。 でも行くところがない。 1人暮らしをしているいとこを思い出し電話。 しばらく、泊めて欲しいとお願いする。 いとこはかまわないと。 いとこが仕事でいない間は1人でいられる。 夫に相談。 「それで納得するなら、好きなようにしていいよ。」と。 リスカしたことも話した。 以前リスカした時は、刃物を全部隠された。 でも、今回は怒りもせず、責めもしなかった。 19時頃、姪から電話。 実家でみんなでご飯食べているからみーも来てと。 姪からの電話なら断れない。 お風呂セットと薬を持って夫とワン達と実家へ。 疲れた。
2007.02.10
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夫に犬を飼いたいと言ってみた。 ふ~とたんちんがいなくなってしまったら、 ふ~以外キャバリアなんて考えられないし、 たんちん以外のチワワなんて考えられない。 犬のいない生活なんて考えられない。 ふ~もたんちんも親がチャンピオン犬で血統書つきのワン。 初めて犬を飼う時は、血統書なんていらなかったけど、 親犬から受け継ぐ性格等を気にして、 ブリーダーさんから直接譲ってもらって、血統書ももらった。 (当たり前ですが、もちろんお金は払いました) 夫は今は無理だよと。 それはわかっている。充分わかっている。 でも、ふ~とたんちんがいついなくなったしまうか、わからない。 長生きして欲しい。 ずっとずっと一緒にいたい。 無理なのはわかっているけど、 ふ~とたんちんには私の寿命がくるまで、一緒にいてほしい。 血統書なんていらない。必要ない。 元気で健康であれば、それで充分。 病気が治ったら飼えるのに。 治らなくても、ある程度の日常生活が送れたら飼えるのに。 でも、夫の言うとおり、今の私じゃ無理なんだろうな。 元気になったら、飼おう。絶対。 欲しいのは、プチバセットグリフォンバンデーンというワン。 でも、ミックスでもかまわない。 ミックスにはミックスの良さがあるし。 あぁ、ワン飼いたい。
2007.02.09
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今日は朝から激うつ。超うつ。 眠るにも眠れない。 薬、飲んでもうつはうつ。 気分転換になるかと思ってお化粧して買ったばかりの服を着てみた。 でも気分転換にはならなかった。 何にも変わらなかった。 虚無感でいっぱい。 何が不満なんだろう。何がたりないんだろう。 夫は優しいし 衣食住にも困っていない(お金はないけど・・・)。 大切な人もたくさんいる。 友達にメールしたら心配して返信してくれる。 愛するワン達も元気でいてくれる。 同じく愛する姪も「み~」と呼んでくれる。 それなのに、この虚無感はなんだろう。 満たされていないと感じるのはなぜだろう。 病気に対して焦ってはいない。 焦っても治るわけじゃないし。 愛されたい、抱きしめてもらいたい、安心したい。 でも、その相手はなぜか夫ではない。 浮気をしたいとか、不倫をしたいとか、そういうのじゃない。 やっぱり何かが足りない。足りないとしか言いようがない。 満たされたい。 煙草を吸っても、お酒に逃げても、気持ちは変わらない。 何か違う。 何を求めているんだろう。 ネットで買い物してみた。 だけど、結局、気持ちは変わらない。 私、どうしたいんだろう。
2007.02.09
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昨日はすこぶる調子がよかった。 顔も洗ったし、ご飯も食べたし、ワン達とも遊べたし、洗濯もしたし、 掃除機もかけたし、姪のお迎えもできたし、 夜はいとこの家でご飯を食べに行けたし・・・。 発作も起こさず、本当に調子が良かった。 でも、お風呂に入っているとき、急に不安になった。 「うまく行き過ぎている」と。 普段なら、今日はできることがあって自分に『◎』をあげられていたはずなのに、 なぜか昨日は不安でたまらなかった。 落ち着かない。 何ともいえない気持ち。 切ろう、と頭の中がそう思った。 半年以上していなかったリスカ。 (手首は夫にばれるので私は腕を切る。アームカット?) お風呂の中で何度も自問自答した。 切ってどうなる? 切ったからって何がかわる? でも切りたい。 傷つけたい。 こんなに物事がうまく(私にとっては)進むのが怖い。 切ろう、そう思ってお風呂からあがった。 いつものように、顔のお手入れをしてボディローションを塗って。 夫は「明日はゴミの日だ」と言って、ゴミを分別している。 今なら見られない、夫にばれない。 絆創膏を用意し、腕を消毒し、切る。 剃刀の切れが悪い。 何度か切って、やっと血が流れる。 自分のしていること、正常か異常かと聞かれたら正常じゃないことわかっている。 でも切りたかった。 ただ切りたかった。 傷跡を消毒して絆創膏をはる。 最近、年下(23歳)の友達ができた(以前も書いたかもしれませんが・・)。 Yちゃん。 2年半前からうつ状態に。 現在、通っている病院から私の通っている病院に行きたいと。 先々週、うちにきてくれた。 でも先週は「リスカしちゃった」とメールがきたあと、 私がメールしても音沙汰なし。 調子が悪いんだろうなと気になっていた。 Yちゃんに「切っちゃった」とメール。 すぐに返信がきた。 「会いたい」とメールしたらYちゃんも「会いたい」と返信してくれた。 すぐにYちゃんの家へ。 Yちゃんのリスカの跡を見せてもらった。 無数の傷。 それから2人で朝まで話し続ける。 Yちゃんは「○○ちゃん(私)が一番わかってくれる」と。 私もYちゃんに自分のこと打ちあけた。 23歳のYちゃん。今は仕事も出来ず、実家で暮らしている。 とっても気を使うYちゃん。家族にも。 家族にこれ以上迷惑かけたくないからと、調子が悪くても元気な振りをしている。 そして、同年代の友達からくるメールがつらいと。 今、一番遊びたい時なのに、皆は働いているのに、 「どうして私、何もできないの?」 友達に誘われ遊びに行くけれど、話しが合わない。 帰ってくると、すごく疲れて寝込んでしまう。 年齢は関係ないかもしれないけれど、 一番遊びたい時期、楽しみたい時期に、遊べない、楽しめない。 働きたいのに働けない。 そして、先のみえない病気。 Yちゃんが痛々しかった。 Yちゃんを見ていると切なかった。 同情という言葉は違うかもしれないけど、かわいそうだった。 私がYちゃんにとって何かしてあげられるなら何でもしてあげたい。 家に帰り、Yちゃんにメール。 Yちゃんからは「○○ちゃんはYにとって親友かも」とメールが来た。 親友。 同じ病気。 Yちゃんにとって私が必要なら、Yちゃんの気持ちに答えたい。 私にとってもYちゃんは病気のことを話せる唯一の存在。 私達の住んでいるところはとても狭い地域。 この地域で、病気のこと、本心から話せる人私にはいなかった。 『親友』 Yちゃんが言ってくれた。 神様がまた1人、私に大切な人を与えてくれた。
2007.02.08
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9月1日、沖縄に到着しました。 空港には友達が迎えに来てくれていました。 沖縄に行く前から友達には お酒・煙草・コーヒー(紅茶も)は『3大悪』と言われていました。 3大悪を嗜む(この3つはどれも欠かせない)私。 そして、SDAの教えに則り、動物性の食べ物は食べないこと。 もともと、野菜好きなので、食べ物に関しては全く苦ではありませんでしたが 牛乳大好きの私は牛乳は確保(?)していました。 常夏の沖縄。暑いと言えばビール。 友達の暮らしている今帰仁に着くまで 「最後の一杯を飲みたいんですけれど・・・」と私。 友達は「ダメ」と即答。 めげずに「最後のコーヒーが飲みたいんですけれど・・・」 「ダメ」とまたも即答。 さらにしつこく「最後の一服が吸いたいんですけれど・・・」 友達も諦めたのか飽きれたのか 「最後だからね!!!」と。 やっとお許しを受け、外で一服。 生き返る。これでビールが飲めたら・・・(諦めの悪い私)。 そして目的地へと到着。 沖縄と言えば『海』ですが、ここは山の中(一応海は見えるけど遥か彼方)。 電柱もないため、夜は真っ暗。 なので移動は懐中電灯持参。 ここ一帯は、センター(主にクレンジングのお客さんや治療目的の人が利用)、 教会(と言っても偶像礼拝ではないのでチャペルではない)、 菜食レストラン『ハーブ』、 そしてここに暮らす人が住むホームがあります。 私に用意してくれたのは、ホームの2階のお部屋。 1階には、年配のミツさん、ふじさんが住んでいます。 2階にはともさんのお部屋(2階には4部屋あります)。 友達、夫とともにホームへ。 掃除機をかけている1人の女性(むつみさん)が笑顔で迎えてくれました。 荷物を2階へと運び、次の日夫が持ち帰るスーツケースを開封。 衣装ケースへと荷物を移していると、 移動の疲れと急激な気候の変化、そして休まずに動いてしまったせいか 早速、発作を起こしてしまい私は寝込んでしまいました 発作の間、夫が残りの荷物を整理してくれました。 発作はなかなか落ち着かず過呼吸へと。 気温と発作で汗だくの私。 その日は、「これからお世話になります」の挨拶もできず寝込んで終わりました。 次の日も体調は悪く、夫を見送れないままベットの中。 寝込んでいる私をひたすらお世話してくれる人(さっちゃん)がいました。 アイスノンを交換してくれたり、水を飲ませてくれたり。 「ありがとう」と言うしかできない私。 その後も寝込む日々が数日続きました。 その間も、友達やさっちゃんが私の面倒をみてくれました。 1週間を過ぎた頃から少しずつ動けるようになり、 身の回りのことも自分でできるようになりました。 そして、1人ホームにいても何もすることがないので 友達の働いているレストランへ。 裏口から入り、友達の姿を見ていました。 朝食はホームで皆で食べていたのですが 最初の頃は朝起きれず、食欲もありませんでした。 昼食は友達が気を使ってくれ、レストランで一緒に食べることに。 そして、食べ終わると後片付け。 何ヶ月ぶりなのか1年以上ぶりなのか、 思い出せないくらい、久しぶりに自分で洗い物をしました。 お客さんが来ると、食事を中断して働く友達。 そのうち、私も手伝わせてもらうことに。 料理の盛り付け、食器洗い、後片付けができるようになっている自分がいました。 朝も起きられるようになり、ご飯も食べれるようになりました。 昼食もしっかり食べ、忘れていたに近い食欲がでできました。 そこでは夜ご飯は基本的にみんな食べません。 お腹がすいたら、個々でフルーツを少し食べたり、パンを食べたり・・・。 夜ご飯を食べなくても私は平気でした。 その代りというか、朝と昼はしっかり食べました。食べることができました。 9月の中旬、お店のオーナーさんに呼ばれました。 「煙草吸ってるのばれちゃったのかなぁ・・・」と不安になりつつオーナーさんの所へ。 (煙草はやめられず、隠れて吸っていました・・・) オーナーさんは 「これから、正式にお店を手伝ってくれませんか? そのかわりというわけではないけれど、滞在費を1ヶ月○万円に。」 と言ってくれました。 私は、仕事を与えられました。
2007.02.07
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