分かりません

夫婦喧嘩の末、奥さんが家出して、もう一ヶ月も帰ってこない。

ダンナもさすがに心配になり、警察にとどけた。

「いなくなったのはいつですか？」

「だいたい一か月前です」

「行きそうな所はありませんか？」

「分かりません」

「奥さんの身長は？」

「分かりません、普通です」

「体重は？」

「分かりません、ま、太ってた方です」

「その時の服装はわかりますか？」

「分かりません」

「当時の髪型は？」

「覚えてません」

「髪の色は？」

「覚えてません」

「何か持って出ましたか」

「分かりません」

「家から無くなったものとか無いんですか？」

「分かりません。あ、私の大事にしていた一番高いワインが一本、あの日から見当たりません。あいつめ！」

「どんなワインですか？」

「評論家のロバート・パーカー・ジュニアが理想的なブルゴーニュと絶賛し格付けこそ１級ながら特級を上回る価格で取引される、アンリ・ジャイエのヴォーヌ・ロマネ・プルミエ・クリュ・クロ・パラントゥです。アンリのエチケットの最後のヴィンテージ２００１年ものです。たったの１３９０本のうちの一本です。１９５３年、たった１５エーカーで始まったアンリのクロ・パラントゥです。もっともアペラシオンのクロ・パラントゥは１９７８年からですが。アンリは１９８８年の惜しまれた引退後、甥のエマニュエル・ルジェに仕事を譲ったものの、１９９２年に兄が病気で倒れたために１９９５年まで再びワインを生産したんです。ただ１９９６年以降も自家消費用としてクロ・パラントゥの８０ケースだけは造っていたんです。アンリは２００６年の９月２０日にブルゴーニュ地域圏の首府ディジョンの病院でこの世を去りました。１９２２年生まれですから８４歳でした。だから最後の最後が２００１年なんです。」

「それは、心配ですな」