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華族や資産家、政府の高級官僚達を乗せた車が次々と、白亜の瀟洒な建物へと吸い込まれていった。 かのジョサイア・コンドルによる設計によって建設されたその西洋風の建物は、鹿鳴館と呼ばれた。 時の外務卿・井上馨が幕末時に締結された不平等条約撤廃の為、「日本が文明国」であることを示すものとして鹿鳴館は建てられ、その中では園遊会や舞踏会、そして山川捨松ら外交官夫人主催のバザーなどが催され、上流階級の社交場として栄えた。 しかし西洋人達の目からすれば、彼らの鹿鳴館における行動は、自分達の猿真似のようなものであった。その鹿鳴館に土方夫妻は初めて足を踏み入れた。「あなた、わたくしのような者がこんな所に来て大丈夫かしら?」「臆するな、総美。俺がついてる。」「ええ、そうですけれど・・やはり、わたくしのような士族の娘には・・」「ふん、百姓の俺が鹿鳴館で夜会服着て踊るたぁ、さぞやあいつらにとっちゃ滑稽に映るだろうよ。」土方は妻の手を握ると、彼女と共に舞踏会場へと入った。「松平さん、このような所でお会いするとは。」「おや大鳥さん、奇遇だね。」葡萄酒を片手にご婦人達と談笑していた松平は、大鳥に気づいて彼に手を振った。「今夜も盛況だね。」「相変わらず華やかな場所だ。けど彼らからしてみれば、我々は滑稽に見えるらしい。」松平はそう言いながら、こちらの様子を窺っている英国人やフランス人達を見た。「それは否定できませんね。西洋の慣習や礼儀作法を習得している僕ですら、未だに彼らから除け者にされていると思う時があるんですよ。」大鳥がそう言った時、英国人の1人が誰かに向かって手を振った。『ミスター・ヒジカタ、お久しぶりです。』『これはこれはオーギュストさん、またお会いできるとは思いませんでした。』土方は英国留学時代の友人と再会し、流暢なキングスイングリッシュで彼にそう挨拶すると、隣に立っている総美を紹介した。『紹介いたしますよ、オーギュストさん。妻のサトミです。』『初めまして、サトミと申します。お会い出来て光栄ですわ。』『こんなに麗しい奥方が居るとは、羨ましい限りだよ。』オーギュストと談笑する土方夫妻を、驚愕の目で華族達が遠巻きに見ていた。 それもその筈、爵位も何も持たぬ農民出身の成り上がり者とその妻が、西洋人相手に社交術すらもままならぬ自分達よりも流暢な英語で同等に英国人と会話をしているのだから。「土方君は何処に居ても目立つね。」大鳥は葡萄酒を一杯飲みながら、顰め面をしている松平を見た。「ああ、そうだね・・」松平はこの時、土方に負けたと思った。身分や家柄、血筋で上流階級に与している自分と、裸一貫で身を興し、農民から資産家へと成り上がり、西洋人相手に同等に会話をしている土方。 どちらが今後の日本を担う存在なのか、松平には解っていた。だから、悔しくて堪らなかった。「あら、松平さんじゃありませんこと?」夫がオーギュストと談笑している間、総美はそう言って松平に話しかけると、彼は作り笑いを彼女に浮かべた。「総美さん、お久しぶりです。英語がとてもお上手でいらっしゃる。」「まぁ、英国に留学していた主人と比べればまだまだですわ。それでは、御機嫌よう。」総美は挨拶だけすると、松平にくるりと背を向け、土方が居る方へと戻っていった。(土方歳三・・いけすかない男だ。だが、美しい薔薇には棘がつきものだ。)昏い笑みを口元に浮かべながら、松平はバルコニーの隙間から見える白銀の月を見上げた。 一方土方邸では、千尋達使用人が眠っていると、突然裏口から大きな物音が聞こえてきたので、彼女達は一斉に飛び起きた。「一体何かしら?」「賊かもしれませんね。」 千尋はそう言うと、土方の書斎から乗馬用の鞭を持ち出し、物音がした一階の居間へと静かに降りていった。鹿鳴館での舞踏会のシーン、めっちゃ適当です。まぁこの時期、日本が列強の仲間入りを果たそうと頑張っていた頃なので、うわべだけでも西洋人の真似を・・というのが鹿鳴館外交らしくて。まぁ、ヨーロッパのマナーやエチケット、食事の作法なんかが全然わからなかったから、当人達にとっては「サルまね」だったようで。やっている人達は真剣だった・・てウィキペディアには書いてありましたけど(苦笑)まぁその分、土方さんが華族達よりも勝っていますね。参考資料Wikipedia 鹿鳴館 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E9%B3%B4%E9%A4%A8にほんブログ村
2011年09月30日
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「何をなさいます、旦那様!」突然土方に抱き締められ、千尋は悲鳴を上げると彼を突き飛ばした。「どうやらお前ぇは大丈夫だな。」「え?」鳩が豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべながら、千尋が土方を見ると、彼は大声で笑い始めた。「大抵の女は俺に抱き締められると、俺に気があると思って身体を許しちまう。その所為で総美が何人メイドをこの家から叩きだしたか知れねぇ。だがお前はそんな事しねぇから大丈夫だ。」「からかったんですね!?」千尋は頬を怒りで赤く染めながら、土方を睨んだ。「そんなに怒るな。それよりも千尋、総美には子どもの事は禁句だぞ。」「禁句、ですか?」仲睦まじい土方夫妻の様子から見ると、すぐに総美が身籠ってもおかしくない。「それは何故ですか?」土方は千尋の問いに答える代わりに、引き出しの中から小さな木箱を取り出した。その蓋を開けると、蚯蚓が干乾びたようなものが入っていた。「それは・・」「臍の緒だ。あいつと俺の初めての子のな。」土方の言葉に衝撃を受け、彼が浮かべる暗い表情を見た千尋は、臍の緒の主がこの世に居ないことを悟った。「あいつはぁ結婚してすぐに俺の子を身籠ってな。そりゃぁもうあいつの喜びようったら今でも思い出せるほどでな。」木箱を持ったまま土方は安楽椅子に腰掛けると、洋燈が置いてあるテーブルから紙煙草を一本取り出し、マッチを擦って火をつけてそれを咥えた。「だが妊娠中、あいつはつわりに苦しんで、入退院を繰り返すようになっちまってな。安定期を過ぎれば治まるだろうとたかを括っていたが、体調は一向に良くならなかった。それどころか悪くなるばっかりだった。」土方は一番思い出したくないあの日の事を、ぼそぼそと千尋に話し始めた。 総美が産気づいたという電報を土方が受けたのは、東京に初雪が降った日の事だった。「みつさん、総美は?」「まだ出てこないみたい・・」実家で総美は、いつ終わるとも知れぬ無限の痛みに暴れ、手負いの獣のように吼えていた。 その間、土方は無事に妻の出産が終わるようにと祈ることしかできなかった。夜が明け、総美が籠もっていた産室から、疲れて果てた表情を浮かべた産婆が出てきた。「総美は? 妻と赤ん坊は?」産婆に詰め寄った土方に、彼女は重々しく口を開きこう言った。「奥さんは無事だ。だが赤ん坊は駄目だったよ。」土方は産婆から告げられた言葉に衝撃を受け、暫く廊下に立ち尽くしていた。「総美・・」産室の襖を開けると、そこには疲れ果てた総美が布団に横たわっていた。「歳三さん・・赤ちゃんは?」「駄目だったよ。」「嘘でしょう? わたくし、確かに産声を聞いたもの!あの子は今何処に居るの、ねぇ!?」総美は半狂乱になりながら、産室から飛び出して赤ん坊を探そうとした。「落ち着け、総美! 赤ん坊は死んだんだ!」「嘘よ、嘘ぉ~!」死産を受け入れられずにそう絶叫した総美は、土方の腕の中で気絶した。「そんな・・」千尋は土方から総美の辛い過去を知り、言葉を失った。「子を失った悲しみや辛さは、女にしか解らねぇ。代わってやれねぇのが辛い・・」そう言った彼の表情は、カーテンの影に隠れて見ることができなかった。きっと泣いているのだろうと千尋はそう思い、書斎から辞した。 その日の夜、総美は斎藤にドレスの着替えを手伝って貰っていた。「お気をつけていってらっしゃいませ。」「ありがとう、楽しんでくるわ。」ゆっくりと化粧台の前から立ち上がった総美は、忠実な執事に微笑むと部屋から出て行った。土方さんの口から語られる、総美の辛い過去。待望の子を死産してしまうと言う悲しみを背負いながらも、夫に執着する彼女、そしてそれを陰で支える執事・斎藤。ちょっと暗い話になってしまいましたね。にほんブログ村
2011年09月30日
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客間に入ると、布団に寝かされた総美がゆっくりと布団を起き上がった。「土方様、来て下さったのですね。」総美は嬉しそうにそう言うと、土方に抱きついた。「馬鹿野郎、俺に会う為に肺炎になりかけやがって・・お前ぇって女は本当に大馬鹿野郎だ!」土方はそう口では罵ったが、総美が無事だと知り、内心ホッとしていた。「心配してくださったんですね、嬉しい・・」熱に浮かされながらも、総美は彼から離れようとはしなかった。「土方様。」「なんだ?」やっと自分から離れた総美に、土方は顰めっ面を向けた。「わたくしを、あなた様の妻にしてくださいませ。」「・・てめぇ、まだそんな事言ってやがるのか。俺ぁ・・」「トシ、総美さんはあなた以外の人と結婚したくないから、雨の中日野までは走ってきたのよ! あんたにはまだ彼女の気持ちが解らないの!」信子はそう言って、弟の肩を思い切り叩いた。「いってぇな。姉貴に言われなくても、こいつを貰ってやるつもりだったんだよ。」「それを早くおっしゃいよ!」「姉貴、痛いっつってんだろ!」信子と土方の会話を聞きながら、総美はくすくすと笑った。「何笑っていやがる、総!」「御免なさい。土方様、本当にわたくしを妻にしてくださるの?」「男に二言はねぇ。お前ぇを他の男に奪われる前に、俺のもんにする。それが、お前の望みなんだろう?」土方の問いに答える代わりに、総美は彼に微笑んだ。 数ヵ月後、彼女は白無垢を纏い、土方と華燭の典を挙げた。「おめでとう、総美。土方様とお幸せにね。」「ありがとう、みつ姉様。」周囲から祝福されながらも、総美は照れ臭そうに笑った。ちらりと隣に座っている土方を見ると、彼は少し頬を赤く染めながら彼女の手を握っていた。土方が22、総美が17の秋の事だった。 宴会を終え、総美は白無垢から白羽二重の襦袢に着替える為、佐藤家の女中と新婚夫婦が初夜を過ごす部屋へと向かった。「本日はおめでとうございます。」「ありがとう。」化粧を落とし、艶やかな黒髪を下ろした総美は、鏡の前で笑顔を浮かべた。「お嬢様、土方様がお見えになられました。」女中の声がして総美が顔を上げると、そこには白い長襦袢を着て長い髪を下ろした土方が欲望を滾らせた瞳で自分を見つめていた。「あの・・」「大丈夫だ、痛くはしねぇよ。」土方は総美の腰を掴んで自分の方へと引き寄せると、褥の上に彼女を転がし、襦袢を剥ぎ取った。形の良い彼女の乳首を吸うと、彼女は白い喉をひきつらせながら喘いだ。「もうビショビショじゃねぇか。そんなに俺に抱かれたかったのか?」「ええ。土方様、早くわたくしの中に・・」「他人行儀な呼び方を閨の中でするんじゃねぇよ。名前で呼べ。」「と・・歳三さぁん!」愛しい男の腕に抱かれ、その指と舌で総美は何度も極楽浄土へと意識を飛ばした。 それから土方と総美は、平穏で愛に満ちた結婚生活を送った。しかし、仕事上の付き合いで土方が遊郭で酒を飲んだことを知る度に、総美は激しい癇癪を起こし、遂には体調を崩して入院してしまった。つくづく嫉妬深い女だと思っていたが、これほどまでとは―土方はそう思いながらも、総美を悲しませぬようその日を境に女遊びを絶った。「色々とおありになったんですね・・」総美から土方との馴れ初め話を聞いた山崎は、感慨深げにそう言うと溜息を吐いた。「わたくしはあの人が居ないと生きてゆけないの。だから山崎、しっかりあの人を見張って頂戴ね。」総美はそう言うと、新しく入ったメイドの少女に対して静かに敵意を燃やした。(千尋さん、あなたに土方は渡さなくてよ・・)紫紺の瞳に、千尋への敵意の炎が宿った。「お話とはなんでしょうか、旦那様?」 一方、朝食後に土方に書斎へと呼び出された千尋がそう言って彼を見ると、彼は突然千尋を抱き締めた。土方夫妻の馴れ染め編はこれで終わりです。総美がいかに土方さんを愛し、彼に執着しているのかがわかるでしょう。次回は少し辛いお話になるかもしれません。にほんブログ村
2011年09月30日
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「お姉様・・」総美(さとみ)は驚愕の表情を浮かべながら、姉に打たれた頬を擦った。「我が儘を言うのはおよしなさい、総美! お母様がこんなお前の姿を見たら、草葉の陰でお泣きになるわよ!」「お姉様も伯母様も大嫌い!」総美はそう叫ぶと、客間から飛び出していった。「お待ちなさい、総美!」みつが慌てて妹の後を追ったが、彼女は既に家を飛び出した後だった。「放っておきなさい、みつさん。しばらくしたら戻ってくるでしょうよ。」「いいえ、伯母様。あの子は頑固な所がおありですから、きっと臍を曲げているわ。」 みつに頬を叩かれ家を飛び出した総美は、そのまま土方の元へと向かった。「御免下さい!」「あら、総美さん、どうなさったの?」土方の実姉・佐藤信子が玄関の戸を開くと、そこには全身ずぶ濡れとなった女学生が立っていた。 信子は土方と彼女が密かに付き合っていることを密かに知っており、総美の事を気に入っていた。いつも髪にお気に入りのリボンを結び、綺麗な着物と袴を身につけていた彼女の髪は雨風の所為で乱れ、足元から水を滴らせながら佐藤家の玄関先に立っていた。「信子様・・申し訳・・」総美はそう言うなり、信子の前で倒れてしまった。「総美さん、しっかりなさって!」信子は慌てて総美を抱き上げると、客室へと向かった。「まぁ、凄い熱だこと・・誰か、お医者様を!」「はい、奥様!」強風と雨に打たれた総美は、肺炎を起こしかけていた。「沖田家に連絡を!」奥の客室に布団を敷き、そこに総美を寝かせた信子は、テキパキと使用人達に指示を出した。「くそ、急に降り出してきやがって・・」一方土方は、突如激しく降り出した雨を恨めしそうに見て舌打ちすると、紙煙草を咥え、マッチで火をつけて紫煙を燻らせた。「土方さん、今お帰りですか?」そう言って自分に話しかけてきたのは、松平太郎だった。鳶色の髪を整髪料でなでつけ、同じ色の瞳で彼はじっと土方を見た。「ああ。でもこんなに降りゃぁ、帰れねぇ。」「そうですか。では、わたしの家に来ませんか?」「何言ってやがる。俺ぁ男と寝る趣味はねぇよ。」土方は紫煙を松平に向けて吐き出すと、彼にそっぽを向いた。「つれない方だ。冗談なのに。」松平は咳き込みながらも笑うと、土方の肩をそっと撫でた。「家には来なくても良いから、一緒の傘に入りましょう。」「・・途中までだぜ。」「ええ。」土方のぶっきらぼうな言葉に、松平はうら若き乙女のように嬉しさで頬を赤く染めると、洋傘を広げて雨の街を彼とともに歩き出した。「総美さん、聞こえますか!?」「う・・」総美がゆっくりと紫紺の瞳を開くと、そこには自分を見つめている信子とみつの姿があった。「信子様、お姉様まで・・」「この馬鹿、雨の中家を飛び出すだなんて・・あと少しでお前は死ぬところだったのよ!?」「ごめんなさい、お姉様・・でも、わたくしは土方さんの妻になりたいの・・」総美はそう言うと、眠りに落ちた。 土方が姉夫婦の家に帰宅すると、何やら中が騒がしかった。「歳三様、お帰りなさいませ。」「どうした? 中が騒がしいようだが・・」「実は・・」この時、佐藤家の女中から総美が肺炎を起こしかけていることを知った土方は、居ても経ってもいられず彼女がいる客間へと走り出した。土方さんを狙う美男子・松平さん。土方さんの同僚ですが、公卿華族で農民出身の土方さんを皆の前では馬鹿にしつつも、実は惚れているという設定です。土方夫妻の馴れ初め編は次回で終わります。にほんブログ村
2011年09月29日
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(土方様の妻になれないのなら、自害して彼に後悔させてさしあげるわ!) そう思いながら引き金を引いた総美だったが、銃は暴発し、彼女は利き手を怪我しただけで済んでしまった。(どうしてわたくしは死ねなかったのだろう?)総美は虚ろな目で、病院の天井をじっと見つめていた。 右手の傷は数ヶ月後に完治して退院したものの、総美の心はすっかり荒れ果てていた。入院中、土方に自殺未遂のことを姉に伝えてくれと頼んだが、彼は一度も見舞いに来てはくれなかった。(わたくしは、土方様に忘れられてしまったの?)失意の中、総美は道場通いや稽古事を再開しつつも、土方の事が気になって仕方なかった。 姉のみつから近藤家の園遊会に誘われたのは、そんな時だった。「あなたは洋装姿も似合うわね。」みつに連れられて行った近藤家の園遊会で、総美は生まれて初めてドレスに袖を通した。 黒髪と紫紺の瞳に映える、今日の為だけに姉が特別に誂えてくれた薄紅色のドレスで姉とともに園遊会の会場へと向かうと、談笑していた客たちが一斉に話を止め、自分を見つめていることに総美は気づいた。「君が、沖田総美さんだね?」「はい。」近藤家の当主・勇とその妻・つねに挨拶した時、勇の隣に紋付の黒羽織を着た土方が居心地悪そうに庭の隅で葡萄酒を飲んでいた。「土方様。」慣れないドレスの裾を摘みながら総美がゆっくりと土方に近づくと、彼は一瞬呆けたように彼女を見た。 長い髪を高い位置で結んで垂らし、木刀を男達に混じって振るう汗臭い娘はそこには居らず、代わりに立っていたのは洗練されたレディだった。「驚いたな・・馬子にも衣装だぜ。」「まぁ、酷いわ。土方様、洋装はならさないの?」「ああ。こういった場所に顔を出すのは苦手でね。親友の勇さんの為にわざわざ来たんだ。すぐに帰るさ。」「そんな・・わたくしは土方様ともっとお話したいわ。」総美はそう言って、紋付の黒羽織に仙台袴姿で、艶やかな黒髪を流すように高い位置で結んで垂らしている土方の姿に見惚れていた。「ふん、急に強気になりやがって。いいぜ、来い。」土方に差し出された手を、総美は握り締め、そっと近藤邸を後にした。 彼に連れられてやってきたのは、浅草の縁日だった。和装の土方と、洋装姿の総美は通行人たちの目をひき、総美は土方を誰にも取られぬよう、彼の手を握り締めた。「これ、似合うんじゃねぇのか?」そう言って土方が手に取ったのは、屋台で売られていた柘植の櫛だった。普段総美や姉達が使っている高級品ではないものの、愛しい人から櫛を贈られたものだと思うと、彼女は嬉しかった。「ええ。」「・・今日のお前は、とても綺麗だ。それだけは言っておきたかったんだ、じゃぁな。」照れくさそうに土方はそう言って笑うと、総美を家まで送っていった。 それから二人は暇を作っては新橋や横浜へと出掛けるようになった。総美は土方と居るだけで、二人だけの思い出を作れるだけで嬉しかった。だが、世間はそう思わなかった。「総美、話があります。」 週末に会う約束を土方と取り付けた総美が帰宅すると、姉のみつと遠縁の伯母が彼女の帰りを待っていた。「お話とは何でしょうか?」「あなた、最近若い殿方と会っていらっしゃるそうね。」「ええ。それが何か?」遠縁の伯母は総美の言葉を聞くと、大げさな溜息を吐いた。「嫁入り前の娘がなんてことを。暫くその方とお会いするのはおやめなさい。」「嫌です、わたくしは彼と結婚するんです!」「あなたにいいお話があって来たのよ。」伯母は一方的に話を切り上げると、釣書きを総美の前に置いた。「嫌、見たくない!」「総美!」みつは初めて末の妹を叩いた。広い客間にその音がやけに響いた。好きな人を一生後悔させてやる為に拳銃自殺を図る総美さん。ヤンデレ度はLEVEL8です。でも土方さんと初デートし、彼からプレゼントを貰う。総美さんがかなり土方さんに入れ込んでいますね・・。千尋が危ない・・。にほんブログ村
2011年09月29日
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「奥様、失礼致します。」 総美の寝室をノックすると、気だるい声で入れと彼女が言ったので、執事の山崎は軟膏を持って寝室へと入った。 そこには昨夜の情事の余韻に浸り、自慰をして上り詰めた後に恍惚とした表情を浮かべている総美が寝台に寝転がっていた。「奥様、薬をご用意いたしました。」「ありがとう、山崎。」鬱陶しげに前髪を掻きあげた総美は、身体を反転させると紅襦袢の腰紐を解いてうつ伏せに寝台へと寝転がった。「失礼致します。」山崎がそう言って軟膏をサイドテーブルに置き、軟膏の蓋を開けて背中の傷を見ると、そこは土方によって鞭で強かに打たれて赤い蚯蚓(みみず)腫れの跡が残っていた。「酷いですね・・」「わたくしがあの人を怒らせてしまったから悪いのよ。でもお前が来る前、昨夜の事を思い出して達してしまったわ。」山崎に軟膏を塗られながら、総美はクスリと笑って昨夜の事を思い出した。 昨夜、土方は千尋の手を鞭で打った後、それを自分の背中にも何度も振りおろしてきた。痛みとともに、土方によっていたぶられる感覚が快感を呼び起こし、シーツが愛液で濡れてしまった。『あなたぁ、もっと打って頂戴!』気がつけば、土方に向かってそんな言葉を吐いていた。他の男から乱暴に扱われるのは嫌だが、土方だけは別だ。彼に無理矢理奉仕を強要させられ、言葉で責められても、何故か嫌だとは思わなかった。寧ろ、その逆だった。「奥様、何故旦那様の言いなりになっておられるのですか?」「さぁ・・わたくしも解らないの。あの人に責められると思うだけで、身体が熱くなってしまうのよ。」 いつから彼に乱暴な扱いを受けながらも感じてしまう身体になってしまったのだろうと、総美は記憶の底を掘り起こしていた。 土方と初めて出逢ったのは、総美が尋常小学校の卒業を控えた年の頃だった。幼い頃から病弱だった彼女は、身体を鍛えるために剣道と薙刀を習っていたが、通っていた道場の交流試合で土方と出逢ったのだった。 面長で色白、意志の強そうな眉と切れ長の黒い瞳、そして華奢でありながらも鍛え抜かれた身体に、男というものを知らなかった総美は彼とたちまち恋に落ちた。だが土方にとって総美は、自分の後を金魚の糞の如く纏わりつく汗臭い剣術小町としか見ていなかったし、処女の相手は面倒だと思っていた。 しかし、総美は土方を何としても自分の夫にするまで諦めなかった。女学校に入学し、初潮を迎えて女らしい丸みを帯びた身体つきへと成長してゆく中、総美の美貌はたちまち道場界隈で評判となり、数多の縁談が彼女の元へと持ち込まれたが、それらをすべて彼女は断った。「どうしてお断りするの?」「お姉様、わたくしは土方様の妻になるまで諦めませんから!」そんな総美との思いとは裏腹に、土方は酒と女に溺れる日々を送り、総美の事は完全に忘れていた。 そんな中、総美は女学校の帰りに暴漢に犯されそうになり、偶然通りかかった土方に助けられた。「土方様、お願いがございます。」「何だ?」「あなた様の妻に、してくださいませ。」総美からの告白に、土方は無反応だった。まだ彼は、彼女を子ども扱いしていたのだ。「生娘が寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ。男を知ってから俺を誘惑できるようになってから言いやがれ。」そんな言葉を彼から投げつけられた総美はショックを受け、数日間寝込んだ。「一体どうしたというの? お粥すら口に出来ない程、悪いの?」心配して部屋に入った姉のみつに、総美は涙ながらに訴えた。「土方様の妻になれぬのなら、自害致します!」「落ち着きなさい、総美!」 姉の制止を振りきり、総美は亡くなった父親の書斎に入ると、彼の形見である拳銃をこめかみに当て、躊躇い無く引き金を引いた。漸く山崎さんを出しました。突然ですが、土方さんと総美の馴れ染め編に入ります。総美は土方さんに一目ぼれ。でも彼は自分のことに眼中にはない。何とかして彼の心を射止めたい総美は、ある手段に出ることに・・。“尋常小学校を卒業する頃”なので、この頃総美は11か12です。そのころからヤンデレてたのか。いや、そうしたのはわたしだけれども。にほんブログ村
2011年09月29日
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平然と笑顔を浮かべ、総美は脇差を握りながらじりじりと千尋との距離を徐々に縮めていった。「奥様・・お許しください。」「駄目よ。千尋さん、二度と粗相をしないように指を斬り落としたうえであなたの綺麗な目をこれで抉って差し上げるわ。大丈夫、わたくしこれでも免許皆伝の腕前を持っているのよ。だから痛くないようにしてさしあげるから、安心なさってね?」そう言った彼女の口調は穏やかだったが、紫紺の瞳は狂気で光っていた。「お願い致します・・お許しください!」「止めねぇか、総美。」土方は千尋と総美との間に割って入ると、彼女の手から脇差を取りあげた。「あなた、どうして口出しなさるの? わたくしはこの子に・・」「俺はこの家の家長だ。俺の命令に従えねぇってなら、お前を即刻ここから叩きだしてもいいんだぜ。」「あなた、それだけはお許しを! あなたに捨てられたら、わたくし生きてゆけませんわ!」「解りゃぁいいんだよ。千尋、来い。」「はい、旦那様。」土方の寝室へと入った千尋は、情事の残り香が色濃く残る部屋の空気に思わず顔を顰めた。「手を出せ。」「お許しください、旦那様!」脇差で指を斬り落とされるのでは、と思った千尋は、必死に土方に向かって許しを乞うた。「つい出来心で・・お許しを!」「手を出せっつってんのが聞こえねぇのか? 指を斬り落としたりはしねぇよ。」千尋は涙を堪え、恐怖で身を震わせながら土方の前に両手を差し出した。「ちょっと待ってろ。」土方はそう言うと寝室を出て、書斎へと消えていった。「命拾いしたわねぇ、千尋さん。」寝台でだらしなく横たわった総美が、そう言って小馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべた。「待たせたな。」寝室に戻って来た土方が右手に持っていたものは、乗馬用の鞭だった。「すぐに済ませてやる。」土方はそう言うと、鞭を千尋の両手に振り翳した。ビュゥと空気が唸る音がしたかと思うと、激しい衝撃が両手を襲い、千尋は思わず悲鳴を上げた。「もういいぞ。出て行け。」「失礼致します、旦那様・・」千尋は俯いたまま、寝室から出て行った。「あなた、あの子には甘いのね。わたくしだったら、半殺しにさせるのに。」総美は夫にしなだれかかりながらそう言うと、彼は鞭を持ったまま彼女を寝台へと押し倒した。「どうしたの、あなた?」「総美、お前ぇは俺にいたぶられるのが好きなようだな。」土方はそう妻の耳元で囁くと、乱暴に帯締めを解き、彼女をうつ伏せにさせた。「お前の望み通りにしてやるよ。」「あなた・・」土方は狼狽する妻の背に、思い切り鞭を振り下ろした。 翌朝、痛む手を擦りながら、千尋は暖炉に火を灯していた。「どうしたの、その手?」「ちょっと花瓶を落として割ってしまいまして・・旦那様からお叱りを受けてしまいました。」「後で塗り薬を持ってくるわね。」「ありがとうございます。」暖炉に火を灯し、居間を出ようとした時、千尋は土方の視線に気づいた。「おはようございます、旦那様。」「手は大丈夫か?」「はい。ではわたくしはこれで。」「朝食の後、ちょっと話せるか?」「はい・・」「じゃぁ、書斎に来い。」土方はぶっきらぼうにそう言うと、居間から出て行った。情事を覗かれたことに腹を立てる妻からとっさに千尋を庇う土方さん。彼女には非がないと解りつつも、千尋にお仕置きをしてしまいます。使用人には優しい土方さんなのですが、彼なりのある種の“けじめ”でしょうか。次回、山崎さんを登場させねば。にほんブログ村
2011年09月28日
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性描写が含まれます。苦手な方は閲覧なさらないでください。「ん・・あなたぁ・・」 寝室の中から総美の声が聞こえたので、千尋はそっと少し半開きになったドアから中を覗いた。 するとそこには、土方に陰部を舐められている総美(さとみ)が壁に手を付いたまま喘いでいた。「もう駄目ぇ、それ以上されたらぁ・・」「それ以上されたら、どうなるんだ?」土方は妻の陰部から顔を離すと、熱で潤んだ妻の瞳を見た。「あなたぁ、お願い。もう我慢できないのぉ・・」「何が欲しいんだ、総美? 口で言わないとしないぞ。」意地の悪い笑みを口元に貼り付けながら、土方は総美の細い腰に己のものを押しつけた。 今にもズボンの布地を引き裂かんばかりに怒張しているそれを見て、総美は溜息を漏らした。「あなたの熱くて硬いものを頂戴!」「お望み通り、くれてやるよ。」ベルトを外し、下着ごとズボンを土方が下ろすと、彼の男性自身が総美の前に晒され、彼女はごくりと生唾を呑みこんだ。(あれが、旦那様の・・)ドアの僅かな隙間から二人の情事を覗いていた千尋は、初めて目にする男のものを、思わず凝視してしまった。「舐めろ、総美。」「ん・・んふぅ・・」総美が土方の前に跪き、彼のものを口に含んで舐め始めた。 彼女の髪の色が映える真紅の留袖と若草色の帯は乱れ、彼女の豊満な乳房が露わにされ、裾は膝上まで捲り上がっていた。「いいぞ、上手だ。」妻の艶やかな黒髪を梳き、彼女の頭を押さえつけながら、土方は悦に入った表情を浮かべた。「はぁっ」総美は夫のものを口から出すと、それを自分の秘部へと宛がった。「あなたぁ、もう挿れてもいいでしょう?」「駄目だ。立ったまま壁に手を付いて後ろを向け。」「嫌ぁ、そんな事しないで・・」妻の抗議の声も無視し、歳三は彼女を無理矢理後ろを向かせ、片足を掴んで持ち上げると、一気に貫いた。「あぎぃぃ~!」「挿れただけでイッちまうのか? とんでもねぇ淫乱だな、お前ぇは。」土方はそう言って総美を冷たく見下ろした。「あなたぁ、もっと激しく突いてぇ!」男女の激しい艶事を目の当たりにした千尋はその衝撃で身動きが取れず、食い入るようにそれを見ていた。 先ほどから身体が突然熱くなり、苦しい。(どうして・・こんな・・)早く部屋に行こうと思い、千尋がワンピースの裾を摘んで寝室の前から立ち去ろうとした時、誤って花瓶を肘で押してしまった。 慌てて花瓶を受け止めようとしたが間に合わず、それは甲高い音を立てて粉々に砕け散った。「誰だ!?」鋭い声が聞こえたのと同時に寝室のドアが開き、憤怒の表情を浮かべた土方が呆然と廊下に座り込んでいる千尋を睨みつけた。「も、申し訳ありません・・」「お前、覗いていただろう?」千尋が顔を上げると、土方はそう言って彼女の顎を持ち上げた。「え・・」「まあ千尋さん、わたくしたちの密事を覗き見ていたなんて、悪い子ね。」乳房を晒した乱れた姿のまま、総美はそう言うと、寝室の奥に飾られていた脇差を手に取り、鯉口を切った。「そこになおりなさい、千尋さん。お仕置きをしてあげるわ。」目の前で白刃を突き付けられ、千尋は恐怖に震えた。「やめろ、総美。こいつの事は俺が決める。」「いけませんわ、あなた。使用人の躾は女主人であるわたくしの領分です。あなたは引っ込んでおいてくださいな。さぁ千尋さん、今からこの脇差であなたの指を斬り落としてさしあげるわ。」土方夫妻のエロスな夜を書いてみました。土方さんは鬼畜Sな攻だと思います。そして総美はヤンデレです。夫婦生活を覗かれただけで脇差を使用人に突き付ける美しい若奥様。彼女の嫉妬深さをあらわすエピソードとして入れたのですが・・エロ過ぎですね(←何を今更)にほんブログ村
2011年09月28日
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「こちらへ来なさい。」斎藤に連れられて千尋がやって来たのは、彼専用の執務室だった。「あ、斎藤さん!」「皆、集まったな。旦那さまからお話は聞いていらっしゃると思うが、今日から土方家で働くメイドの千尋君だ。」「あの・・宜しくお願い致します!」千尋はそう言って使用人達に頭を下げると、彼らは拍手で彼女を出迎えた。「メイド長の山浦さんは何処に?」「ああ、彼女なら・・」「呼んだかしら?」執務室に黒髪の女性が入って来て、千尋を見た。「山浦さん、こちらが新しく入ったメイドの千尋君です。千尋君、メイド長の山浦さんです。解らない事があれば彼女に聞くように。」「宜しくね。」「宜しくお願い致します。」千尋はそう言ってメイド長の山浦美佐子に挨拶すると、彼女は微笑んで千尋の肩を叩いた。「わたしに付いてきて。今から仕事を教えるわ。」「はい!」美佐子に連れられ、邸宅内を案内された千尋は、そこでハウスメイドの仕事である炊事や洗濯、掃除などを教わった。「仕事は沢山あるから、頭で憶えるようにね。あと、困った時はわたしか他のメイドに聞いて頂戴ね。」「解りました。」「じゃぁ千尋ちゃん、これから夕飯の支度をするわよ。」美佐子とともにやって来たのは、土方家の厨房だった。「吉田さん、この子が新しく入ってきた千尋ちゃんよ。千尋ちゃん、こちらは土方家のキッチンメイドの吉田さんと、料理長の香山さん。」「千尋です、宜しくお願いします。」吉田さんはふくよかな女性で優しく、料理長の香山は気さくな男だった。「ねぇ千尋ちゃん、もう奥様にはお会いしたの?」「はい・・とてもお綺麗な方でした。」千尋がそう総美の第一印象を美佐子達に述べると、彼女らは一斉に噴き出した。「あの、何かおかしなことでも・・」「お綺麗な方だけど、奥様結構嫉妬深い方なのよ。旦那様がほら、色男でしょう? 女遊びが激しかった時に奥様が一時期精神的に体調を崩されて以来、もう女遊びは止めたっておっしゃっておられるけれど・・今はどうだか。」「ああ、怪しいもんだぜ。奥様とご婚約される前、旦那様は毎日女から山のように恋文を貰っていたものなぁ。」「そうそう、実家に恋文を送ったって話は本当らしいわよ。まぁ、容姿端麗で頭も切れた色男なら、この世の女達は放っておかないでしょうよ。」千尋はジャガイモの皮を包丁で剥きながら、美佐子達の話に耳を傾けた。「千尋ちゃん、旦那様があなたを女衒から買ったって、本当なの?」「はい。身寄りがなかったものですから・・」「そう。嫌な事を聞いたわね。」 その後、千尋と美佐子は料理の盛り付けをした。「何だか緊張する・・」「大丈夫、わたしがついているから。」美佐子は不安がる千尋の肩を叩くと、ダイニングへと入っていった。「失礼致します。」ダイニングに入ると、そこには土方夫妻と1人の青年が葡萄酒を飲みながら談笑していた。「土方君、その子は新しいメイドかい?」翡翠の瞳を千尋に向けながら、客人はそう言って千尋を見た。「大鳥さん、この子は新しくうちに入ったメイドの千尋だ。」「ふぅん、こんなに可愛い子をよく見つけたね。」客人は好奇心を剥き出しにしながら千尋を見つめたので、彼女は恥ずかしそうに俯いた。「大鳥さん、彼女が恥ずかしがっていてよ。」総美が咄嗟に助け船を出し、美佐子の指示に従って千尋は夕飯を土方達に配膳した。(はぁ・・疲れた。) その夜、千尋が溜息を吐きながら二階の屋根裏部屋へと行こうとした時、土方の寝室からくぐもった声が聞こえた。今回は山崎さんの出番なし。代わりに大鳥さんを登場させました。大鳥さんは土方さんの知人で、家族ぐるみの付き合いがあるという設定です。土方さんのモテモテぶりは史実で明らかになってるので、ここでもそれを炸裂させようかと思いましたが、削りました。次回はちょっとH(というよりかなりH)な描写が入っているので、ご注意を。にほんブログ村
2011年09月27日
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「あの、どちらへ?」男とともに黒塗りの車に乗り込んだ千尋は、不安な目で彼を見た。「俺の家だ。遊郭へ売られるよりはマシだと思ったから、お前ぇを買った。」男は切れ長の黒い瞳で千尋を見ると、彼女の頬をそっと擦った。「お前ぇ、異人とのあいの子なのか?」「はい・・孤児院におりましたが、数ヶ月前に火事で焼け出され、何処にも行くあてがありませんでしたので、路上で暮らしておりました。」「そうか・・辛かったろう。お前、今年で幾つになる?」「14になります。誕生日は孤児院の院長先生がご存知でしたが、彼が今何処に居るのか解らなくて・・」「千尋、俺の家でメイドとして住み込みで働け。悪いようにはしねぇから。」「ありがとうございます。」ぺこりと小さな頭を下げる少女に、男は彼女を守ると決めた。 やがて2人を乗せた車は、とある邸宅の前で止まった。「着いたぞ。」男はドアを開け、千尋に手を差し伸べて彼女をエスコートしようとした。「あの・・」「悪いようにはしねぇって言ってるだろ。俺を信じろ。」千尋は男の手を恐る恐る握ると、車から降りた。「お帰りなさいませ、旦那様。」「お帰りなさいませ。」男とともに邸宅の中へと入ると、そこには飴色の螺旋階段と、高い天井には外国製のシャンデリアが垂れ下がっていた。 男を出迎えた使用人たちは皆洋装姿で、恭しく彼が纏っていた黒貂のコートや鞄を受け取ると、それぞれの持ち場へと戻った。「旦那様、その子は?」燕尾服を着た若い男がそう言って千尋を見た。「ああ、こいつか。女衒に遊郭に売られそうになったところを俺が買った。この家のメイドとして雇うことになった千尋だ。千尋、執事の斎藤だ、挨拶しろ。」「は、初めまして・・」千尋が男の背中から顔を出して執事の斎藤に頭を下げると、彼はじろりと千尋を見た後、男の方へと向き直った。「かしこまりました、旦那様。」斉藤はちらりと千尋を見ると、自分の持ち場へと戻っていった。「こっちだ。」「まぁあなた、お早いお帰りですこと。」男が千尋の手をひいて居間へと入ろうとした時、不意に階段の方から声がした。 千尋がそちらを振り向くと、そこには蘇芳色のドレスを着た若い女性が降りてくるところだった。艶やかな黒髪を結い上げ、華奢な身体を揺らしながら、彼女は男と千尋の前に現れた。「総美(さとみ)、今帰ったよ。」男はそう言って女性に笑うと、彼女を抱き締めた。「今日も廓で女を抱いていらっしゃるのかと思ったわ。あら、その子は?」女性の視線が、男から千尋へと移った。「総美、廓で拾ってきた千尋だ。明日から住み込みのメイドとして働くことになった。千尋、俺の妻の総美だ。」「千尋と申します。奥様、これからよろしくお願いいたします。」千尋はそう言って女性―土方総美に頭を下げた。「顔をお上げなさい。」「はい・・」千尋が顔を上げると、総美の紫紺の双眸が冷たく自分を見下ろしていた。「あ、あの・・」「千尋さん、と言ったわね? ようこそ土方家へ。これから宜しくね。」優雅な仕草で総美が千尋に手の甲を差し出したので、千尋は慌ててそれに口付けた。「まぁ、礼儀正しいこと。あなたなら、間違いは犯さなそうね。」総美はそう言って隣に立つ夫にしなだれかかった。「何をしているの、千尋さん? 斎藤の所に行きなさい。」「はい、奥様。」千尋が慌てて居間へと向かうと、そこには斎藤が彼女を待っていた。「奥様にはもうお会いしたか?」「はい・・あの、わたくしは何をすれば・・?」「こちらに来なさい。先ずは身だしなみから整えないと。」斎藤は千尋に背を向けると、居間から出て行った。土方さんの奥さん・総美(さとみ)さん登場。沖田さんの名前を女性名にしようと、「総子」に一瞬しようかと思ったんですけど何だか味気ないので却下、今の名前にいたしました。斎藤さんは土方家の執事長で、主である土方さんに忠実です。斎藤さんの他に、執事の山崎さんも居ます。にほんブログ村
2011年09月27日
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冬の厳しい寒さに、千尋は思わず肩を竦ませた。「こら、さっさと歩くんだよ!」女衒は苛立った様子で、千尋を急きたてた。 背中まで伸ばしている金髪は歩く度に揺れ、着古した着物から覗く手足は象牙のように白く、きめ細かい。 金色の睫毛に縁取られた蒼い瞳は憂いの光を帯びていたが、それすらも男達の欲を誘う。千尋は異人と日本人女性との間に生まれた混血児で、生まれてすぐに英国人が経営する孤児院の前に捨てられ、そこで育った。 だが数ヶ月前に孤児院は火事で全焼し、身寄りがない千尋は路上生活を送りながら毎日の生活を凌いでいた。そんな中、腐った食べ物を食べた千尋は食中毒となり、半日も生死の境を彷徨った末、こうして女衒に遊郭へと売り飛ばされそうになっていた。「なぁに、お前さんみたいな美人なら、すぐに売れっ子になるさ。綺麗なおべべ着て美味い白い飯食えるんだ。もう路上で野垂れ死ぬことはないさ。」女衒はそう言って愛想笑いを千尋に浮かべたが、千尋は俯いたまま何も言わなかった。「チッ、可愛げのねぇ餓鬼だ。おら、とっとと歩け!」無表情の千尋に苛立ちが増したのか、女衒は千尋の小さな背中を小突いた。「あっ」バランスを崩した千尋は強かに地面に転び、膝小僧を擦り剥いた。「早くしやがれ!」「うぅ・・」千尋は涙をぐっと堪えながら立ち上がろうとしたが、膝が痛くて地面にへたり込んだまま泣き出した。「世話の掛かる餓鬼だ、早く来いっつってんだろ!」女衒が乱暴に千尋を立ち上がらせようとした時、彼の腕を1人の男が掴んだ。「おい、その餓鬼を何処へやるつもりだ?」「何だてめぇ!」声を荒げた女衒が己の腕を掴んでいる男を睨むと、彼は切れ長の黒い瞳に剣呑な光を宿した。「こんな餓鬼を廓に売り飛ばす算段でもしてたんだろう。違うか?」「旦那には関係のねぇこった。」黒貂のコートを羽織った身なりの良い男を睨みつけながら、女衒は頭の中で彼に千尋を売ったらいくら金が自分の懐に入るのかと、算盤を弾いていた。「おいそこの餓鬼。お前だよ、お前。」千尋が涙に濡れた顔を上げると、そこには色白で長身の男が立っていた。 男の美しさに、千尋は泣くのを忘れて彼に見惚れた。黒貂のコートに、漆黒のスーツ。短く切った艶やかな黒髪が夜風に揺れ、黒い瞳がじっと自分を見つめている。(綺麗・・)この世にはこんなに美しい男が居るのかと、千尋はじっと彼の顔を見つめていた。「おい、てめぇ何て名前だ?」「千尋・・です・・」「おい親父、そいつを俺に売れ。」「は?」鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、女衒が男を見つめた。「どこぞの女郎屋のけちな女将から金貰うよりも、俺がその餓鬼を買ってやるって言ってんだ!」男はそう言うと財布を取り出し、札束を女衒に押しつけた。「とっとと失せな。」「ありがとうございやす、旦那!」女衒は千尋を男に押し付けると、元来た道を戻っていった。「俺とともに来い、千尋。」男はそう言うと、千尋に向かって手を差し伸べた。「はい・・」千尋は黒の手袋に包まれた逞しい男の手を、ぎゅっと握った。「旦那様、その子は・・」「こいつは俺が買ったメイドだ。」男はそう言うと、運転手に車を出すよう命じた。 これが、歳三と千尋の運命の出逢いだった。突発的に書き始めてしまった「螺旋(せかい)の果て」の千尋メイドパラレル。「螺旋の果て」では両性ですが、ここでは女の子です。時代設定は明治末期~大正初期です。にほんブログ村
2011年09月26日
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一部性描写が含まれます、苦手な方はご注意ください。 クチュクチュと、淫らな水音が部屋に響く。「ん、いやぁ・・」「嫌がってる割には、お前のここはヒクついてんじゃねぇか?」歳三はそう言いながら、恋人のすっかり勃ちあがったものを上下に扱いた。「はぁん!」奥の窄まりを指で掻きまわすと、総司は甘い喘ぎを漏らした。「副長・・もうやめ・・」「2人きりん時は名前で呼べっつってんだろ、総司?」歳三はそう言って意地悪そうに笑うと、再び自分の膝の上に座らせた。袴の上からでも歳三のものが勃ちあがったものが判り、千尋は顔を赤らめた。「何今更照れてんだよ、総司。挿れて欲しいんだろう?」「ふ、ふくちょ・・」歳三は素早く袴を脱ぐと、下帯を取り去り、怒張したものを一気に千尋の中へと突き入れた。「いぁぁ~!」突然中に巨大なものを入れられ、その痛みで千尋は髪を振り乱した。「くっ、今日は良く締まってんなぁ、総司。そんなに感じてんのか?」「抜いて下さい・・抜いてぇ・・」歳三は千尋の意に反し、それを奥まで入れると下から激しく突き上げた。「あぁ、いやぁ!」千尋の悲鳴をものともせず、歳三は激しく腰を振った。内部に彼の欲望が爆ぜると同時に、千尋は意識を失った。「ん・・」 表から小鳥の囀りが聞こえ、朝日が射し込んできて、歳三は低く呻きながら目を開けた。(ここぁ、何処だ?) 昨夜島原の遊郭で酒をしこたま飲み、座敷で大の字になって寝転んでしまったことは憶えている。だが、その先が思い出せない。 歳三が周囲を見渡すと、自分が寝ているのは布団の上だった。どうやら店の者が酔い潰れた彼を見兼ねて座敷から布団がある部屋へと運んだらしい。彼がゆっくりと起き上がると、妙に肌寒さを感じて自分が裸であることに初めて気づいた。そして―「起きましたか、副長。」隣でさらりと何かが腕に触れた感触がしたのと同時に、怒りを秘めた蒼い双眸が歳三を睨みつけていた。「ち、千尋!? どうしてお前ぇがこんなところに居るんだ!?」「副長、もしかして昨夜の事を憶えておられないのですか?」千尋はそう言うと、溜息を吐いた。「あ、ああ・・」歳三がちらりと千尋を見ると、彼も裸だった。男同士が裸で同じ布団の中で寝ている状況を見れば、昨夜何が起きたのかは把握できた。「昨夜はあなたは沖田先生とわたくしを間違えて一晩中わたくしを抱いたんですよ。その所為で全身が痺れて動けません。」恨めしそうに自分を見つめる千尋に、歳三は頭を下げた。「済まねぇ。昨夜はどうかしてやがったんだ・・」「まぁ、過ぎたことはもういいです。それよりも副長、これからどうなさいますか? わたくしと島原から朝帰りする姿を誰かに見られでもしたら・・」「ああ、そうだな・・」その後千尋と歳三は気まずい空気のまま島原を出て、屯所へと戻っていった。 一方屯所では、平助が左之助達に昨夜島原で見た事を話していた。「本当に、土方さんが千尋を膝の上に乗せてたのかよ!?」「本当だよ! 土方さん嬉しそうな顔して、千尋の胸とか触ってたんだぜ!」「へぇ・・土方さん、男色嫌いだって聞いたけど・・」「千尋ほどの美少年はそうそう拝めねぇぜ。酒に酔っ払って手ぇ出したんじゃ・・」新八と左之助がそう言ったとき、襖が勢いよく開いた。「土方さんと千尋君が、どうしたんですか?」「そ、総司・・」そこには、般若のような形相をした総司が仁王立ちしていた。つづくにほんブログ村
2011年09月26日
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「単刀直入に言う。千尋、お前は桂と会って何を話していた?」歳三はそう言うと、切れ長の黒い双眸で千尋を見た。「・・何も。ただ、幕府はもう終いだと言っておりました。」千尋はそう言って酒を一口飲んだ。「お前は新選組と桂、どっちを取るつもりなんだ?」「それはまだ決めておりません。それよりも、お話ししたいことがございます・・今回の銃撃事件の犯人が判りました。」千尋はさっと立ち上がり、歳三の耳元で犯人の名を囁いた。「久田が犯人か・・しかも本当の狙いは総司とくりゃぁ、生かしちゃおけねぇな。」歳三はそう言うと、口端を上げて笑った。「切腹させるおつもりですか? それともわたくしが始末いたしましょうか?」「お前の手を汚すことはさせねぇよ。久田には切腹して貰う。介錯は・・そうだな、平田にやって貰おう。俺達がそんなに甘くないってところを見せてやる。」その後、歳三は上機嫌で酒を飲み、畳の上に横になって鼾を掻き始めてしまった。「副長、起きて下さい。」千尋が歳三を揺すると、彼は千尋を総司と勘違いしたのか、彼の膝の上に頭を載せてきた。「総司・・」「副長・・」一向に起きない歳三に膝を固定され、千尋は身動きが取れぬまま溜息を吐いていた。(どうしましょうか・・)やがて歳三はすうすうと寝息を立て始めるようになった。彼の眼の下には、黒い隈が出来ていた。最近忙しくて土方さんが全く休んでいない、と総司が朝餉の席で愚痴っていたが、少し顔色が悪そうに見えた。 艶やかな黒髪を結んでいた組紐は、歳三が寝返りを打った時に外れてしまったらしく、絹糸のような髪が蝋燭の仄かな灯りに照らされて緑に輝いた。初めて歳三と会った時、この世にはこんなに美しい男が居るのかと思ってしまうほど、千尋は彼の美しさに一瞬見惚れてしまった。 色白で形の整った眉、切れ長の黒い瞳に華奢ではあるが均整のとれた筋肉がある身体。加えて頭が良く切れるとなると、女達が放っておかないだろう。先ほど部屋に来ていた毬菊とかいう太夫も、満更ではなかったではないか。だが歳三が愛しているのは総司だけなのだ。「ん・・」歳三は低く呻くと、目を開けた。「総司?」「ふ、副長?」寝ぼけている歳三は、千尋を総司だと思い込み、彼の顎を掴んで彼の口を塞ぐと、濃厚に彼の口を吸った。「ん・・んふぅ・・」クチュクチュという淫らな音が2人の間から立っていた。「嫌らしい顔しやがって・・」歳三はそう言って千尋から離れると、彼は頬を赤く染めて上目遣いで自分を見てきた。 彼は千尋の首筋をきつく吸い上げると、千尋は甘い悲鳴を上げた。「副長・・やめてくださ・・」「感じてる癖に、何言ってやがる。溜まってんだろ、総司? 俺が出してやるよ。」歳三はまだ自分の事を総司だと思っているらしい。(どうすれば・・)千尋が溜息を吐いていると、突然襖が開かれ、平助が部屋に入って来た。「土方さ~ん!」元気よく部屋に入って来た平助だったが、歳三と睦み合う千尋の姿を見た彼は気まずそうに俯いた。「藤堂先生、違うんです。誤解しないでください!」「平助か、丁度いいところに来たな。」歳三はそう言うと、千尋の細い腰を掴み、彼を自分の膝の上に座らせた。「お邪魔しました・・」「藤堂先生、待って下さ・・」千尋が慌てて平助を追い掛けようとしたが、その前に非情にも襖は彼の目の前で閉まってしまった。「総司、2人きりで楽しもうぜ?」寝ぼけた歳三は、そう言うと口端を上げて笑った。にほんブログ村
2011年09月26日
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厨房で会った時、湊は千尋が長州と幕府の二重間者であることを知っているかのような口ぶりだった。もしかしたら、彼は何かを企んでいるのかもしれない。「平田さん。」千尋がそう言って湊に呼び掛けると、彼は一瞬狼狽したかのような表情を浮かべた。「手合わせお願い致します。」「はい・・」湊の顔が少し恐怖に引き攣ったのを、千尋は見逃さなかった。「では、審判はわたしが務めましょう。」湊が防具をつけたのに対し、袴姿のまま千尋は木刀を彼の前に構えた。「始め!」「きぇぇ~!」雄鶏のようなけたたましい叫び声を上げながら、湊は千尋へと突進していったが、彼の攻撃を避けた千尋は素早く湊の胴へと木刀を打ち込んだ。 その動きは滑らかで、舞を舞っているような艶やかなものだった。「一本!」「くっそぅ・・」怒りを滾らせながら、奏は冷たく自分を見下ろしている千尋を睨みつけた。 その後彼は千尋から一本取ろうと果敢に攻撃を仕掛けてきたが、完膚無きまでに彼に叩きのめされた。「もう終わりですか?」そう言って冷笑を浮かべる千尋は、汗ひとつ掻いていない。「畜生!」湊は唸りながら立ち上がろうとしたが、体力が激しく消耗し視界が霞んだ。「平田君は部屋で休んでいなさい。」「すいません・・」総司に頭を下げながら、湊は道場から出て井戸へと向かった。「副長を撃ったのは、あなたのご友人ですか?」井戸で水浴びをしていると、千尋がそう言って湊の顔を覗きこんできた。「なんでそんな事知ってるんだ?」「やはり、あなたのご友人の仕業でしたか。でも彼の本当の狙いは沖田先生だったのでしょう?」千尋の鋭い問いに、湊は答えることが出来なかった。「誰に沖田先生を殺れと命じられたのですか?」「それは言えない。まぁお前が好きな桂さんではないよ。あの人は分別を弁えているからな。」湊はそう言うと、千尋を見た。同じ男であるのに、彼の肌は透き通るように白く、華奢な身体をしている。組紐で結ばれた黄金色の髪は、陽の光を受けて白銀に輝いていた。「千尋、お前はこれからどうするつもりなんだ?」「どうするとは?」「幕府側につくか、桂さんにつくか・・」「まだ決めておりません。ひとつだけ忠告があります。わたくしを抱こうなどという欲を抱かないことですね。」千尋はそう言って湊を睨み付けると、井戸から去って行った。「千尋、これから島原に行こうと思うんだが・・」「島原にですか?」黒の紋付羽織姿の歳三を見て、千尋は怪訝そうな顔をした。「ああ、少し情報収集にな。」「ですがまだ怪我は完治していないのでしょう? お供致します。」歳三と共に千尋が島原にある遊廓へと向かうと、女中によって2人は奥の座敷へと案内された。 やがて部屋には艶やかな衣を纏った1人の太夫がやって来た。「土方はん、お久しゅう。」「毬菊、暫くだったな。」「馴染みの妓と飲む為に島原へ行くと知ったら、沖田先生は怒るでしょうね。」「そんな事で俺達の関係は揺らがねぇよ。」歳三はそう言って酒を飲んだ。「最近長州の奴らは来てるか?」「へぇ。なんや桂はんが最近上洛しはったとかいう話を聞いてますえ。」(桂さんが上洛・・)「済まないが毬菊、千尋と二人きりにしてくれねぇか?」「へぇ、解りました。」太夫が部屋から出て行き、襖が閉じられると、重苦しい沈黙が歳三と千尋の間を包んだ。にほんブログ村
2011年09月25日
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「口を開けてください、土方さん!」「自分で食えるよ、総司。」歳三は自分にお粥を食べさせようとする総司に向かって半ば呆れたような顔をした。「駄目ですよ、土方さん。胸の傷が塞がったとはいえ、暫く安静にしているようにと松本法眼から言われてるんですから。」「へぇへぇ、解ったよ。」歳三はうんざりとした口調でそう言った時、副長室の襖が荒々しく開いた。「土方、傷の具合はどうだ?」少し太めの身体を揺らしながら、蘭方医・松本良順が歳三の元へとやって来た。「松本さん、怪我人には養生が必要なんじゃないのか?あんたの声を聞いていると心と身体が休まる暇がねぇ。」「そんな事言ってんじゃねぇよ。傷の具合を診てやるよ。」良順はそう言うと、歳三を診察し始めた。 その頃千尋は、厨房で茶を淹れていた。「千尋殿、どちらへ?」千尋が顔を上げると、そこには新入隊士の平田湊が立っていた。「副長室へ。何かご用ですか?」「いえ・・副長の傷の具合はどうなのかなぁと。」「傷は塞がりましたが、まだ油断はできません。あの出血量で助かったのは奇跡だと松本法眼がおっしゃってましたし。お話はそれだけですか?」湊に警戒心をあらわにしながら千尋がそう彼に尋ねると、彼は静かに首を横に振った。「いいえ、ただ気になってしまって。」「そうですか。」千尋は厨房を出て行くと、副長室へと向かった。「湊、千尋から何か聞き出せたか?」千尋が出て行った後、もう1人の隊士・久田義光が入って来た。「何も。あいつ、結構手強いぜ。長州と幕府の二重間者の癖に、中々尻尾を出しやしない。」「ふん、それはそうだ。それにしても義、お前射撃の腕が落ちたな。」「まさか副長に当たるだなんて思ってもみなかったんだよ。あのまま死んでいれば良かったものを。」「ったく、計画が狂ったぜ。」「仕切り直さないとな。」彼らの話を、監察の山崎が密かに聞いていた。「じゃぁな、土方。余り無理するんじゃねぇぞ!」「ったく、煩せぇ奴だ。」良順が診察を終えて副長室から出て行くのを見送った歳三が溜息を吐きながら布団にくるまっていると、山崎がやって来た。「副長、報告があります。」「山崎か、入れ。」「失礼します。」歳三は布団から身体を起こし、山崎の報告を聞いた。「そうか・・長州の間者が隊内に潜んでるとはな。千尋、山崎とあいつらの動きを探れ。」「解りました。」「出来れば俺があいつらを拷問に掛けたいところだが、こんな身体じゃどうにもできねぇよ。宜しく頼むぞ。」「ええ。」千尋はそう言うと、山崎とともに副長室から出て行った。「山崎さん、先ほど厨房で平田から声を掛けられました。しきりに副長の容態を気にしているようでした。」「そうか。怪しいな。」「向こうもわたくしの方を知っているでしょうから、慎重に動かないといけませんね。」 隊内に居る間者を炙り出すには、性急な行動は禁物だ。「ではわたくしはこれで。」「ああ。」山崎と別れ、千尋が道場へと入ると、そこには一と総司の姿があった。「沖田先生、稽古が出来るようになられたのですね?」「ええ。土方さんのお世話で大変ですから、身体を鍛えませんとね。」「そうですか。」千尋がそう言いながらも、周囲を見渡していると、そこには湊の姿があった。にほんブログ村
2011年09月23日
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自分の目の前で広がる漆黒の髪を、総司は呆然と眺めていた。「え?」 まるで鉛のようなものが自分の胸にのしかかってきたかと思うと、それは自分を庇い銃で撃たれた男の頭だった。「総司・・無事で良かった・・」その男は自分の名を呼ぶと、逞しい手で自分の頬を撫でた。見ると、男は胸に銃弾を受け、そこからは血が流れていた。「いや、死なないで!」総司はそう叫ぶと、血を少しでも止めようと、必死に男の胸を押さえた。だが血は止まるどころか、ますます流れるばかりだった。「誰か戸板を!」「副長、しっかりしてください!」隊士達の怒号が響く中、総司は男に必死に呼びかけた。「お願い、死なないで! ねぇ!」歳三は朦朧とする意識の中で、総司の手を握った。 その瞬間、総司の脳裡に、様々な映像がまるで走馬燈のように流れ始めた。どの映像にも、今息絶えようとしている男が、自分に微笑んでいた。―総司 愛おしく自分の名を呼ぶ声に、総司は聞き覚えがあった。(この人、何処かで会ったことがある・・)総司は必死に男が誰なのかを思い出そうとしていた。「・・方さん・・」名を呼ぼうとした時、不意に男の手が力を失った。見ると男の目が徐々に閉じてゆく。「駄目、眠っては駄目! 起きて、土方さん!」 一方歳三は、ゆっくりと闇の中へと堕ちていくところだった。歳三は息苦しくなって何度も水面へと顔を出そうと必死に上へ向かって泳いだが、その度に何者かが昏い水底へと引き摺り込もうとして、次第に息が苦しくなってきた。 もう駄目だ―そう思った歳三は、ゆっくりと目を閉じ、水底へと沈んでいった。―眠っては駄目!徐々に遠くなってゆく明るい水面から、誰かの声が聞こえる。―起きて、土方さん!その声には、聞き覚えがあった。(総司?)もしかして、記憶が戻ったのだろうか。歳三が水面へと顔を出そうと必死に上へと向かって泳ぎだそうとしていると、誰かが自分の足首を掴んだ。(・・なんだ?)漆黒の水底へと視線を移すと、そこには異様に白い顔が浮かんでおり、暗赤色の双眸は憎々しげに自分を睨みつけていた。『逃がすものか!』歳三は白い顔を足蹴にし、水面へと泳いでいった。徐々に辺りが明るくなり、何人かの顔の輪郭が浮かび上がってきた。「土方さん!」「総司・・」荒い息を吐きながら、歳三が恋人を見つめると、総司は彼を抱き締めた。「良かった、助かって! あなたが死んだら、わたしは・・」「泣くな、総司。それにそんなに抱きつかれると苦しい。」「あ、すいません!」総司は慌てて歳三から離れると、平助達がどっと笑い声を上げた。「惚気るのもいい加減にしろよな、2人とも。」「それにしても土方さんを撃った奴は誰なんだろうな?」「さぁな。」「総司は普通に戻ってるし・・一体何がどうなってんだ?」左之助と平助、新八が廊下で話していると、怪訝そうな顔をした1人の新人隊士が声を掛けた。「あの、副長を撃った犯人が捕まったんですか?」「いやぁ、まだ捕まっちゃいないけど・・」「おい平助、口を慎めよ!」左之助と新八は平助の耳朶を掴むと道場へと引き摺っていった。「・・厄介な事になったな。」左之助達が消えていった廊下に残された新人隊士は、そう言うと溜息を吐いた。 副長室では、総司が歳三の看病をしていた。「大丈夫ですか?」「ああ。それよりも総司、身体の方は大丈夫なのか?」「ええ、何とか。」にほんブログ村
2011年09月23日
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残酷描写あり。苦手な方は閲覧なさらないでください。 一や千尋が突如豹変した総司を前に呆然としている中、当の本人は浪士達を血祭りに上げていった。その剣は風のように音もなく、素早く敵の胴を斬り離してゆく。「あはは、楽しい~!」 壬生寺の境内で子どもらと遊んでいる時のような無邪気な笑い声を上げながら、総司は白い頬や艶やかな黒髪に返り血を浴びながらも、殺戮を止めようとはしなかった。「沖田先生、おやめ下さい!」「あら、どうして?」千尋が総司に駆け寄り彼を止めようとすると、彼は暗赤色の瞳で千尋を睨みつけた。「この人達は悪い人達でしょう?」「それはそうですけれど・・」「じゃぁ、殺してもいいじゃないですか。」(おかしい・・何かが・・)歳三に似た冥王に魂を奪われてからというもの、総司はまるで人が変わったかのように息絶えている浪士の遺体を刀で嬲っている。「動かなくなっちゃった、つまんないや。」総司はそう呟くなり、刀で浪士の腹を引き裂くと、血塗れの腸をそこから引き摺りだした。血塗れの臓器を目の当たりにした平隊士の1人が、路上に蹲り嘔吐した。(総司・・) 一方、歳三は会津藩の高官達と会合を祇園の一力で終えた後、屯所へと戻る最中だった。屯所への道を提灯で照らしながら、歳三の心は自分を忘れてしまった恋人へと自然に向けられていった。 もう彼は二度と自分の事を思い出してくれなくなるのだろうか。江戸に居た頃からの、甘い記憶は泡沫のように消え去っていくのか。(俺は・・何をしているんだ。) 自嘲めいた笑みを口元に浮かべながら夜道を歩いていると、路地から金属がぶつかり合う音が聞こえた。歳三が路地へと向かうと、そこには一番隊と三番隊の隊士達が数十人の浪士達を相手に斬り結んでいた。「土方だ!」「殺れ!」歳三に気づいた浪士達が、唸り声を上げながら突進してきた。彼は愛刀・和泉守兼定の鯉口を斬り、瞬時に彼らを斬り伏せた。「副長!」「てめぇら、余所見する暇あったら戦いやがれ!」歳三がそう隊士達に怒鳴りながら敵を斬っていると、暫く経って彼は総司の姿に気づいた。「総・・」敵を斬り伏せ、彼が総司の元へと駆け寄ると、彼は何かを咀嚼していた。「あら、あなた!」くるりと自分の方を振り向いた総司の手には、倒した敵から抉りだした心臓が握られていた。「総司、お前一体何を・・?」「美味しいんですよ、これ。あなたも食べてみません?」狂気に彩られた暗赤色の瞳を輝かせながら、総司は口端に垂れていた血を舌で舐め取った。(こいつは・・誰だ?)“土方さん”いつも自分に笑顔を浮かべながら駆け寄って来た総司。だが今目の前に居るのは、彼の身体を借りた魔物だった。「お前は誰だ!」「酷いわ、あなた。もうわたしのことを忘れてしまったの?」歳三に怒鳴られた総司は少し拗ねるように口を尖らせると、上目遣いで彼を見た。 その姿に愛らしさの欠片も感じられないのは、暗赤色というこの世のものではない瞳の色の所為だろうか。 歳三は総司に気を取られ、浪士の1人が銃を構え、総司を狙っていることに全く気付いていなかった。「副長!」千尋の鋭い声が響いたのと、銃声が聞こえたのはほぼ同時のことだった。「う・・」 総司の目の前で銃弾を受けた歳三の黒髪が波打ち、ゆっくりと地面に彼の身体が崩れ落ちていった。にほんブログ村
2011年09月22日
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昨日パソコンが壊れましたと書きましたが、先ほどパソコンの電源を入れたら起動しました。ただ、音量が最大になっているのは変わらないです。それと、昨日パソコンに異変が起きたのは動画を観てからでしたから、音量と何か関係があるかもしれません。お騒がせして申し訳ありませんでした。
2011年09月21日
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「あなた、来て下さったんですね!」歳三の顔を見るなり、総司はぱぁっと顔を輝かせながら彼に抱きついた。何かがおかしいと千尋が気づいた途端、歳三は総司の唇を塞いでいた。「沖田先生から離れなさい、冥王!」「もう遅いぞ、両性の悪魔よ。この者の魂は我のものだ。」気を失った総司を抱き締めながら、歳三―冥王は口端に笑みを浮かべた。「あの時お主にこの者を奪われた時、我はこの者の記憶の一部を我のものとすり替えたのだ。」「記憶のすり替えですか。魂に直接触れられなかった腹いせにそんな事をしたわけですね。愚かな・・」「何とでも言うがいい。我はこの者を手放すつもりはない。長い間、この者の魂に焦がれてきたのだからな。」「ん・・」総司が、冥王の腕の中で微かに身じろぎし、ゆっくりと目を開けた。その瞳は、禍々しい暗赤色に染められていた。「そんな・・」総司が冥王の手に堕ちたことを知った千尋は愕然とし、刀を持つ手が震えた。「また会おうぞ、我が妻よ。」「ええ、お待ちしておりますわ。」総司は名残惜しそうに冥王と別れると、千尋の方へと向き直った。「沖田先生・・」「千尋君、あの方とわたくしの関係を邪魔しないでくださいね?」暗赤色の瞳を輝かせながら、総司は妖しく微笑んだ。「そんな・・沖田先生・・」「おや、どうしたんだい?」砂利を踏む音がして、伊東が2人の前に姿を現した。「伊東さん、千尋君に何かご用でも?」そう言った総司の瞳は、暗赤色ではなく元の黒に戻っていた。「いいえ。それよりもそろそろ巡察の時間じゃないですか?」「そうでしたね。千尋君、行きましょうか?」「はい・・」千尋は伊東に背を向け、総司と共に屯所から出た。「冥王がここに来るとは・・色々と面白くなりそうだ。」伊東はそう呟くと、口端を歪めて笑った。 一番隊と三番隊が市中を巡察していた時、突然路地の向こうから数十人の浪士達が現れた。「新選組一番隊組長、沖田総司だな?」「ええ、わたしですけど。」「池田屋での仇、討たせて貰う!」「ふぅん、そうですか・・」総司はそう言うと、口端を歪めて笑った。 黒の双眸が暗赤色へと変わっていった。(沖田先生・・)「殺れ!」浪士達が一斉に総司の方へと突進してきたが、総司は次々と浪士達を血祭りにあげていった。彼らの返り血を全身に浴びた総司は、戦いのさなかでも笑顔を浮かべていた。「嗚呼、楽しい・・」昏い笑みを口元に浮かべながら、総司は浪士達を斬り伏せていった。「沖田先生・・」狂気に彩られてしまった総司の姿を、千尋は呆然と見ていた。「千尋君、どうしました?」「何でもありません。」「そんなにわたしが怖い?」総司はそう言うと、千尋を暗赤色の瞳で見つめた。「いいえ。」千尋は総司の背後に回り込んだ浪士を斬り伏せた。「ねぇ、人の血って綺麗だと思いません? わたし、敵の返り血を浴びるのが大好きなんです。」「総司・・一体何があった・・」 剣鬼と化し、狂気の笑いを浮かべる総司の姿に、一は驚愕の表情を浮かべながらも、敵を斬り伏せた。にほんブログ村
2011年09月19日
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新選組総長・山南敬助が脱走し、歳三は総司に山南を屯所へと連れ戻すように命じた。「いや・・来ないで!」「総司、解ったから言う事を聞いてくれ!」「いや、触らないで!」総司は歳三に腕を掴まれ、思い切り爪で彼の頬を引っ掻いた。歳三の白い頬に、赤い血が滲んだ。「総司・・お前は本当に、俺の事を忘れてしまったんだな・・本当に。」歳三は俯き、総司に背を向けて部屋から出て行った。(総司・・)総司が幼い頃から、実の兄のように彼に愛情を注いで来た。いつしかその愛は友愛から恋愛へと発展し、晴れて恋人同士となったあの夏の夜の事は忘れられない。それから総司と歳三は、辛く悲しい時も共に居た。だがもう今の彼とは心が通わない。もう、総司は―歳三の中の総司はいない。「・・今から、山南さんを追い掛けます。」総司は部屋から出て、近藤と歳三の前でそう言ったきり、歳三と一度も目を合わせなかった。「気をつけろよ、総司。」歳三の言葉に、総司は振り向く事もせず、白馬に跨り屯所から出て行った。 屯所から脱走した山南は、近江の宿屋に落ち着いて窓から琵琶湖を眺めていた。(総司、どうして・・)江戸に居た頃から総司と歳三は共に居た。その隙間に誰かが入る場所がないかのように。だが今は―襖がすっと開かれ、総司が部屋に入って来て山南を見た。「山南さん・・どうして・・どうして脱走なんか!」艶やかな黒髪を揺らしながら、総司はそう叫ぶと山南に飛びかかって来た。「総司、ごめん・・」「どうして、どうして・・あなただけは、失いたくなかったのに!」耳元で総司の痛々しい叫び声を聞きながら、山南は彼にされるがままになった。「局ヲ脱スルハ許サズ・・山南敬助、局中法度違反により切腹を申しつける。」屯所に戻った山南を待っていたものは、近藤と歳三からの「死刑宣告」だった。「解りました。介錯役は、沖田君にお願いします。」「そんな・・どうして!? きっと山南さんにも訳があるのに、どうして!」「総司、落ち着け!」「あなたは鬼だ!」総司は憎しみが籠った目で歳三を睨み付けると、彼に殴りかかった。「総司、落ち着けよ!」「今ここで土方さんに怒りをぶつけたって何にもならないぜ!」「原田さん、平助、離して! 離してよぉ~!」総司は涙を流しながら、歳三に殴りかかった。 その後、山南敬助は総司の介錯により、切腹して果てた。享年33歳。山南の死後、総司と歳三の関係は更に悪化し、総司は山南を死に追いやった歳三を憎むようになった。「話があるから、来て。」総司に呼び出された歳三は、池へと向かった。「僕はあなたの事を絶対に許さない。」「総司、俺を憎みたいなら勝手に憎めばいい。」(もう、戻れない。昔のような関係にはもう二度と・・)昔のような甘い関係にはもう戻れない。総司の記憶はもう戻らない。(俺を憎め、総司。お前の中から俺の全てが消える迄・・)歳三は総司を向けると、ゆっくりと歩き始めた。 屯所を壬生の前川邸から洛中の西本願寺へと移転したのは、春の事だった。「千尋君、わたしはこれから、どうあの人と接していけばいいんでしょうか?」境内に咲く桜の木の下で、総司はそう言って千尋を見た。「沖田先生、副長の事を本当は何も思い出せないのですか?」「ええ。それよりも、あの怖い人と、あの方の姿が時折重なるんです。あの方は一体・・」(やはり、沖田先生の中では冥王の影が・・) 総司の意識下に潜った時に見た、歳三と同じ顔をした冥王が、彼の記憶から歳三の存在を消したに違いない。(どうすれば、沖田先生の記憶を取り戻せるのでしょう・・)「漸く見つけたぞ、我が妻よ。」 良く響く低音が辺り一面に響き、総司と千尋が振り向くと、そこには歳三が立っていた。にほんブログ村
2011年09月19日
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「斎藤さん、ひとつお聞きしたいことがあるんですけど・・」「何だ、総司?」「いつも、わたしを見ているあの怖い人、誰ですか?」総司の言葉に、一は動揺した。(本当に、土方さんの事を憶えていないのか?) 総司が血を吐いて意識不明となり、昏睡状態から快復した時、彼は歳三の事を憶えていなかった。安堵の表情を浮かべ、自分を抱き締めた恋人を、総司は拒絶したのだ。「何だか怖いの、あの人・・いつもわたしを見てるし・・」総司は茶色の瞳を伏せ、一に寄りかかった。「総司、土方さんは怖い人に見えるけれど、本当は繊細な人なんだ。」「土方さん・・あの人、土方さんっていうの?」「ああ。俺達と土方さんと近藤さんとは、江戸の試衛館で知り合ったんだ。」「そうなの・・」総司がそう言った時、足音が聞こえて一が振り向くと、そこには歳三が立っていた。「総司、来い。」「いや・・怖い。」切れ長の黒い瞳が鋭く自分を見つめていることに気づき、総司は恐怖で歳三から一歩後ずさった。「何もしねぇから、来るんだ。」「いや、いや~!」総司は歳三に腕を掴まれ、彼から必死に逃れようと暴れた。「総司・・お前は本当に俺の事を忘れちまったのか? 俺はお前をこんなに愛しているのに・・」愛する者から拒絶され、歳三の美しい顔が苦痛に歪んだ。「副長、今は止した方が・・」「怖がらせて悪かったな。」歳三は総司から腕を放すと、彼らに背を向けてどこかへ行ってしまった。「斎藤さん、やっぱりあの人怖い・・」「総司、少し土方さんと話をしてくる。」一はそう言うと、総司から離れた。「副長!」背後から声が聞こえ、歳三が振り向くと、そこには一が立っていた。「邪魔して悪かったな。あいつはお前にくれてやるよ。」そう言った歳三の口調は、どこか投げ遣りだった。「俺は・・こんな形で総司を手に入れたくはなかった! 昔から、あんたと総司との間には誰にも入る隙間がないことに気づいていたから諦めていた。なのに・・」「総司は俺の事を恐れている。さっきの奴の顔、見ただろう?」「土方さん・・」黒い双眸を曇らせながら、歳三は深い溜息を吐いた。「斎藤、もし総司の記憶が戻らなかったら、その時はあいつを宜しく頼む。」「沖田先生、こんな所にいらしていたのですか。」「千尋君。」池の近くに佇んでいる総司に、千尋は声を掛けた。「ねぇ千尋君、あの人・・土方さんはどうしてわたしの事を悲しい目で見つめるんですか?」「それは、沖田先生が副長を怖がるからですよ。実の弟のような沖田先生から突然怖がられて、副長は悲しんでおられるんです。ですから沖田先生、副長を怖がらないでください。」「千尋君?」総司は、きょとんとした表情を千尋に浮かべた。「わたしはこれで失礼致します。」 総司の記憶が一向に戻らぬまま、新しい年を迎えた。その頃から、山南と歳三が、屯所の西本願寺移転について対立するようになった。参謀として伊東がきてからというものの、総長である山南の存在は伊東の陰に隠れてしまっているようだった。「千尋君、少しいいかな?」「ええ。」山南に連れられ、千尋は屯所近くの茶店へと向かった。「わたしにはもう、何処にも居場所はないのかな・・」「そんな事をおっしゃらないでください、山南先生。」「そうやって励ましてくれるのは、あなただけですよ。」元治2年2月、山南は「江戸へ行く」と置き手紙を残し、新選組を脱走した。にほんブログ村
2011年09月16日
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その若侍は、会津藩と新選組との会合でよく見かけていた。「あなたは・・」「その者は新選組隊士でありながら、長州の間者として働いておりました。」若侍の言葉に、上役の男達が一斉に眉を顰めた。「そなたをこのまま返す訳にはいかぬ。」「わたくしに何をなさるおつもりですか?」千尋がそう言って男達を見ると、彼らは口端を歪めて笑った。「拷問に掛けてその美しい顔に傷が付くのは惜しいの。」彼らは自分を慰み者にしようとしている。「拷問でも何でもなさったら宜しいでしょう? わたくしは何も吐きませんよ。」千尋は真っ直ぐな目で男達を睨み付けると、彼らはたじろいだ。「お前への責めは、明日することにする。今の内に牢でゆっくり休むことだな。」上役の1人が吐き捨てるように言うと、千尋は背後から羽交い絞めにされ部屋を出された。「新選組副長、土方歳三、御奉行様にお目通り申す!」「ならぬ!」歳三が奉行所を突破しようとすると、槍を持った門番達に止められた。「そちらに身柄を拘束されているのはわたしの部下である! その者に会わせろ!」「ならぬと言っておろうが!」(ったく、埒が明かねぇな!)歳三が舌打ちしながらどう門番達を説き伏せようか考えていると、奉行所の中から1人の若侍が出てきた。「何の騒ぎだ?」「片平様、こちらの者が先ほど補縛した者に会わせろと・・」「通してやりなさい。」「ですが・・」「ここで小競り合いを続けていても時間の無駄だ。土方殿、拙者とともに中へ。」門番を一喝し、若侍はそう言って歳三とともに奉行所の中へと入った。「かたじけない、片平殿。」「いいえ。それよりもあの千尋とかいう少年が長州の間者として動いていたこと、貴殿は存じておるのか?」若侍―片平の言葉に、歳三は静かに頷いた。「彼は長州と幕府の二重間者をしております。今回桂と密会していたのは、長州の情報を幕府に流す為だったのでしょう。」「そうか・・では桂と会っていたのはまことか。」「ええ。ですが片平様、千尋はわたしの部下であり、新選組隊士です。彼の処分は新選組内で決めます。奉行所や会津藩のお手を煩わせることは致しませんので。」歳三の言葉に、片平は黙ったまま何も答えようとしなかった。 無言のまま、2人は牢の方まで歩いた。「土方殿、我々の手を煩わさずに千尋という者の処分を下すとは、何か考えがあるのか?」「いいえ、ありません。」「ではその者の処分を貴殿に委ねるとしよう。」片平は牢番に千尋が入っている牢の錠を開けさせた。「副長・・」歳三を見た千尋が驚愕の表情を浮かべながら彼を見た。「土方殿に借りが出来たな、千尋よ。」「ではこれで失礼を。」歳三と共に奉行所から出て行った千尋は、彼が何を考えているのかが解らずにいた。「副長、今回は・・」「何も言うな、千尋。お前ぇが長州と幕府の二重間者だってことはもう知っている。切腹して貰うぜ。」「はい。」こんな騒ぎを起こした以上、無罪放免で済まされる筈ではないだろう。千尋は死を覚悟し、辞世の句を用意した。 だが、歳三が下した千尋の処分は、謹慎処分のみだった。「何故切腹ではないのです? わたくしは士道に背いた筈・・」「片平様から文がさきほど届いてな、今回の事は水に流すから公にしないようにと。」「そんな・・」状況が解らず、呆然とする千尋を前に、歳三は冷静な口調でこう言った。「総司の記憶が戻るまで、お前を死なせる訳にはいかねぇ。」その頃総司は、一と談笑していた。にほんブログ村
2011年09月16日
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「それは・・沖田先生達を裏切れとおっしゃっているのですか?」「わたしの元について来た方が、いいと思うんだ。ここでの話だが、幕府はもう長くは持たないかもしれない。」桂はそう言うと、柱に凭れかかった。「米艦隊から開国を迫られ、今や幕府は諸外国の言いなりだ。千尋、はっきりと言うが、彼らと居ても何の得はしない。」「損得ではありません。わたくしが彼らと居るのは、彼らと契約を交わしたからです。」千尋は蒼い瞳で桂を睨みつけた。「いずれ新選組が逆賊となろうとも、わたくしは彼らについていきます。あなたがたは彼らが血に飢えた狼だと考えておられるようですが、彼らには高い志があります。」「そうか。千尋、お前はどんな事があっても彼らと行く・・というのだね?」「ええ。ですから桂さん、ここでお別れです。」千尋はそう言って桂に背を向け、部屋から出て行った。「振られてしまったな・・」1人部屋に残された桂は、溜息を吐いた。千尋の心を掴もうとしたが、彼は桂に決して本心を見せない。人に弱みを握られるのは、間者としては命取りだ。それは、想い人の前でも同じだ。(千尋、お前はわたしを好いているのか? それならなぜ、わたしと一緒に来ない?)幕府はもう駄目になるかもしれない―そう思った桂は、せめて千尋だけでもと思い、彼に告白をしたが、手酷く振られてしまった。千尋は自分よりも、新選組と共に歩く事を選んだ。彼の出した答えに、桂は何も言えなかった。ましてや止めようともしなかった。今解るのは唯一つ、想い人がいずれ敵となって向かい合うことになるということだった。 桂と別れた千尋は、宿屋を出る為に玄関へと向かった。だがそこで、彼は数十人の男達に取り囲まれた。「お前が、千尋か!?」「左様、わたくしは新選組一番隊士・千尋と申しますが、何かわたくしにご用がお有りなのですか?」「いましがたお主が長州の桂小五郎と密会しておったのをこの宿の女中が知らせたのだ、神妙にいたせ!」(油断しましたね・・)千尋が周囲を見渡すと、宿の者や通行人達が、何事かと自分達の方を見ていた。此処で騒ぎを起こす訳にはいかない。「何かの間違いでしょう、わたくしはそのような者とは逢ってはおりません。」「嘘を申すな! 来い、話は奉行所で聞く!」「良いでしょう。」千尋は騒ぎも暴れもせず、奉行所へと連行されていった。「何だと、千尋が奉行所に連行された!?」「はい、何でも長州の桂小五郎と密会していたとか。」「解った。山崎、後は俺に任せろ。」山崎の報告を受けた歳三は、美しい顔を顰めて溜息を吐いた。 以前から千尋の動きを探るよう、山崎に命じていたが、まさかその彼が桂小五郎と密会していたとは、飼い犬に手を噛まれたとはこの事だった。(俺はあいつに騙されていたのか?)歳三は初めて、千尋への疑念を抱き始めた。総司の記憶は未だに戻っておらず、自分の顔を見ればたちまち背を向けて逃げ出してしまう。このまま総司に忘れられてしまうのか―そう思ったら、歳三は千尋の事を憎まずにはいられなかった。(早速奉行所に行って、千尋に会わせるよう上の者と懸け合ってくるか。)歳三が紋付の黒羽織を着て副長室から出ると、庭の池から笑い声が聞こえた。そこへ彼が行ってみると、総司と一が楽しそうに話をしていた。(総司・・)いつも総司の隣には自分が居た。それなのに、今は一が居る。(俺の事を忘れてしまうのか、総司?)悔しさと切なさを感じながらも、歳三は屯所から出て行った。 奉行所に連行された千尋は、牢ではなくある部屋へと通された。「こやつが桂と会っていたのを確かに見たのだな?」「はい。」千尋が顔を上げると、そこには1人の若侍の姿があった。にほんブログ村
2011年09月16日
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千尋が総司の意識下に潜り、彼の魂を冥王の元から奪還してから数日後、総司の意識が戻った。「総司、良かった。一時はどうなるかと思ったんだぜ。」歳三はそう言うと、恋人を優しく抱き締めた。「沖田先生、お薬のお時間です。」千尋が総司の部屋に入ると、ちょうど歳三と総司が抱き合っているところだった。今は入らない方がいいだろう―そう思い千尋が廊下を歩きだそうとしたその時。「嫌ぁ、来ないで!」総司の悲鳴が聞こえ、千尋は慌てて部屋の襖を開けた。「総司、どうしたんだ?」「嫌ぁ~!」総司は歳三を突き飛ばし、彼から逃れようと部屋の中を逃げ回っていた。「沖田先生落ち着いてください!」千尋が咄嗟に総司と歳三の間に割って入り、総司を羽交い絞めにした。「あの方はどちらにいらっしゃるのです!? あの方にお会いしたい!」目を血走らせながらそう叫ぶ総司の姿を見た歳三は、呆然としていた。「おい、これはどういうことだ!?」総司を寝かせた千尋は、そのまま歳三とともに副長室へと向かった。「総司は助かったんじゃないのか! 俺が解らねぇってどういうことだ!」「実は・・」千尋は歳三に、総司の魂を救おうとした際、冥王と会ったことを話した。「で、その冥王とやらが、俺にそっくりな野郎だったんだな?」「ええ。彼は・・冥王は沖田先生を己の妃に望んでいたようで、恐らくわたくしが沖田先生の魂を彼から奪還する際に、記憶の一部を持っていかれたのではないかと。」「記憶の一部だと?」「沖田先生の魂は常に副長とともにありました。それが冥王には気に入らず、記憶の一部を書き換えたのだと思います。副長と沖田先生の絆を絶とうとして。」「じゃぁなにか? 総司は俺を忘れちまってるってことか?」歳三はそう言うなり、千尋の胸倉を掴んだ。「お前に頼んだ時、俺は総司が居ねぇと駄目だって言ったよな? 契約した時も、総司を助けてくれとお前に言ったよな? お前は契約を破るつもりなのか!?」「わたくしは最善を尽くしました。沖田先生の記憶が戻るのは、副長次第です。」「そうか。もういい、出て行け。」千尋が副長室から出て行くと、歳三は溜息を吐いた。「土方君と何を話してたんだい?」廊下を歩いていて突然背後から声をかけられて千尋が振り向くと、そこには山南の姿があった。「山南先生。」「さっき土方君と言い争っていたね。もしかして総司の事かい?」「ええ。山南先生、わたくしは沖田先生を助けたのに・・こんな結果になってしまうだなんて。」千尋がそう言って俯くと、山南はそっと彼の肩を叩いた。「大丈夫、きっと総司は良くなりますよ。だから自分を責めないで。」「ありがとうございます、山南先生。ちょっと出掛けてきます。」 屯所を出た千尋は、総司が少しでも元気になれるようにと、彼が良く行く菓子屋へと向かった。(これなんか、沖田先生が好きそうだな・・)店先に飾られた菓子を見た千尋は、それを店員に注文し、金を払い店から出た。「千尋、奇遇だな。」千尋が洛中を歩いていると、背後から声を掛けられた。振り向くと、そこには桂が立っていた。「桂さん、まだこちらにいらしてたんですか? 萩に戻ったとお聞きしましたが?」「まだこちらに用があるものでね。それよりも千尋、話がある。」「解りました。」千尋は桂とともに、祇園の宿屋へと向かった。(あれは確か、千尋殿とか言ったな・・)祇園へと向かう彼らの姿を、柳の下で見つめる1人の若侍が居た。彼は千尋の隣に居る男が誰なのかが解ると、会津藩本陣がある黒谷へと走った。「お話とは、何でしょう?」宿屋に着き、女中に部屋へと通された千尋は、そう言って桂を見た。「千尋、わたしと共に来ないか?」桂は千尋を抱き締めた。にほんブログ村
2011年09月15日
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「我らは冥王の使い。この者を妃として迎える為参った。」 男達の中で一番年嵩の者が千尋と総司の前に立ち、そう言って千尋の背中に隠れている総司を見た。「冥王の使いだと?」「左様。我が君はその者を妃として所望しておられる。」(冥界の王が出てくるとは・・厄介な事になりましたね。)冥王―全ての死者の魂を司る者が、総司を妃として常世へと連れて行こうとしている。だが千尋は、彼を―彼の魂を現世に連れ戻さなければならない。「それは出来ませんね。この者はまだ王に渡す訳には参りません。」「そうか、なら仕方がない。力ずくでもその者を奪ってみせよう!」男達が一斉に抜刀し、千尋に襲い掛かって来た。「はぁっ!」千尋は男達の刃が届く前に、彼らを血祭りにあげた。白い肌と金色の髪に彼らの返り血がつき、濃紺の着物には赤黒い染みが付いた。「沖田先生、今の内にあちらへ!」男達と斬り結びながらも、千尋はそう言って総司を逃がそうとした。だが、彼は自分の背中に隠れたまま動こうとしない。「沖田先生、どうしたんですか?」「いや・・」返り血を受けた千尋の姿を、総司は怯えた目で見つめながら彼から一歩後ずさった。「沖田先生?」総司の様子がおかしいと感じた千尋は、彼の手を掴もうとして手を伸ばそうとした時―「いやぁぁ~!」総司は突然絶叫すると、森の中へと逃げ出した。「待って下さい、沖田先生!」千尋は慌てて刀を握り締めたまま、森の中へと総司を追った。総司の背中は近くに見えるものの、彼の距離は一向に縮まらないどころか、徐々に開いてゆくばかりだった。(一体沖田先生に何が・・)息を切らしながら、千尋が総司を追うと、次第に森が突然開け、代わりに深い崖が見えてきた。 その崖の淵に、総司は男と立っていた。「沖田先生、こちらへ来て下さい!」「いやです。わたくしは彼とともに行きます。」総司はそう言うと、自分の隣に立っている男にしなだれかかった。男は黒衣を纏い、切れ長の黒い双眸で千尋を睨みつけていた。「そなたは何者だ? 我が領土に土足で入るとは、無礼な輩だ。」そう言うなり、男は腰に帯びていた長剣を抜き、その切っ先を千尋に向けた。「あなたが、冥王ですか。その者の魂は渡せません。」「それは出来ぬ。この者は我の妻となるのだ。」冥王は総司に優しく微笑むと、長剣を横へと薙いだ。「っ・・」斬りつけられた右肩が痺れ、千尋は思わず刀を地面に突き刺して蹲った。「他愛のないものよ、所詮口先だけか。」男は長剣を払うと、それを鞘に戻した。「我が妃よ、共に行こう。」「ええ。」総司は、歳三に似た冥王の手をそっと握り、彼に抱きついた。「わたくしの全てをあなたに捧げます。」「愛い奴よ。」冥王と総司が接吻を交わそうとした時、隙を突いた千尋が総司の腕を掴み、森の中へと逃げていった。「我が妻を現世へと連れ戻そうとも、やがては我の者となる!」怒りを含んだ冥王の声が森にこだまし、木々を激しく揺らした。千尋は総司を連れ、何とか現世へと連れ戻した。「おい、大丈夫か!?」総司の意識下へと潜っていた千尋が荒い息を吐きながら戻ってきた姿を見た歳三は、彼に駆け寄った。「沖田先生は大丈夫です。」「そうか・・」歳三は未だ眠りに就いている総司の寝顔を見ると、安堵の溜息を吐いた。にほんブログ村
2011年09月13日
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「総司、しっかりしろ!」歳三は全く動かない総司を揺さ振りながら、必死に彼の名を呼び続けた。「土方さん・・」「トシ・・」「済まねぇが近藤さん、平助、総司と2人きりにしてくれねぇか。」歳三の言葉に、近藤と平助は何も言わずに部屋から出て行った。「総司、俺より先に逝っちまうなんて・・お前まで、どうして俺を・・」置いて逝っちまうんだ。歳三はその言葉を総司に告げずに、ただ彼の身体を抱き締めた。 元々華奢な身体だったのに、今はもう骨と皮の状態になっている。辛うじて呼吸はしているが、それも弱々しく、いつ止まるかどうか解らない。(嫌だ・・もう、大切なものを失うのは嫌だ!)両親や姉達を奪った死の病は、最愛の人までも奪おうとしていた。「総司、戻って来い! 俺の元に戻ってこい!」歳三は無駄だと解りながらも、必死に総司に呼びかけた。「副長はどちらに?」千尋が周囲のただならぬ様子に気づいて平助に尋ねると、彼は俯いてこう言った。「土方さんなら総司のところだよ。もう、駄目かもしれない。」「そんな・・」千尋は厨房を飛び出し、総司の部屋へと向かった。「副長、失礼致します。」襖を開けて千尋が部屋に入ると、そこには総司を抱き締めながら彼の名を呼ぶ歳三の姿があった。「千尋、総司を・・総司を助けてくれ!」「ふ、副長・・」「俺は総司が居ねぇと駄目なんだよ! 頼む!」いつも誇り高い歳三が自分に向かって頭を下げる姿を、千尋は初めて見た。千尋は彼の腕に抱かれている総司を見て、彼の息はもうすぐ止まると解った。死者を常世に送り出すのも悪魔の仕事のうちだが、その魂を甦らせることはひとつだけある。 千尋はそっと、あの男から渡されたロザリオを取り出した。(こんなことは、したくはなかった・・)「副長、沖田先生を寝かせてください。」「助けてくれるんだな?」「ええ。ですがこれで沖田先生が助かると保証は出来ません。」千尋がロザリオを握り締めると、十字の部分から白銀の刃が出てきた。その刃を千尋は総司の胸に深々と突き立てた。「総司!」刃を受けた総司の身体がびくんと痙攣し、彼の胸に埋まった刃の刀身から茨の蔓のようなものが絡まっていた。「なんだ、これは・・?」「今からわたしが、沖田先生の魂を呼び戻しに行きます。」千尋はそう言うと、総司の唇を塞いだ。世界が反転し、風景は総司の部屋から鬱蒼と茂った森へと変わった。(ここが、沖田先生の・・)この森の何処かに、総司が居る―千尋はそう確信すると、森の中を歩きだした。森の中で時折、小鳥たちの鳴き声が聞こえてきた。ここは穏やかで何処か温かい世界だ。まるで総司の心のような。「沖田先生、どちらにいらっしゃるんですか?」千尋が総司の姿を探しながら森の中を歩いていると、近くで水音が聞こえてきた。 進んでゆくと、突然目の前に滝が現れた。その中で総司が気持ちよさそうに水浴びをしていた。「沖田先生、探しましたよ。」千尋が総司に声を掛けると、彼はゆっくりと千尋を見た。「さぁ、行きましょう。副長が待ってますよ。」千尋はそっと総司に近づくと、彼に手を差し出した。「土方さんが?」「ええ。」総司が千尋の手を握ろうとした時、一発の銃声が静謐(せいひつ)な空気を切り裂いた。「な・・」「居たぞ、あそこだ!」突然数十人の武装した男達に囲まれ、千尋は鯉口を切った。「お前達、何者だ!?」にほんブログ村
2011年09月10日
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冬になり、総司の病状は良くなるどころか悪化の一途をたどっていた。「う・・」朝目覚めるとともに、総司は胸の奥から悪い血が込み上げてきて咄嗟に口元を押さえた。 発作が治まり、総司が布を見ると、それは緋に濡れていた。(わたしは・・もう・・)池田屋で倒れた時、己が死の病に罹っていることは知らなかった。だが松本良順医師の診察を受け、自分は一生この病魔に蝕まれてしまうのかと思うと、総司は目の前が真っ暗になった。(まだ、死にたくない!)まだこれから、近藤が築き上げてきた新選組を守らなくてはならない。それに、まだ・・「沖田先生!?」総司に茶を持ってきた千尋は、床に蹲り苦しむ彼の姿を見て部屋に入って来た。「大丈夫ですか?」「ええ・・なんとか。それよりも千尋君、わたしはもう、永くありません。」総司はそう言うと、千尋の手を握り締めた。「お願いです・・わたしがもし死んだら、土方さんを・・」「そんな事、言わないでください。」千尋は焼けるように熱い総司の手を握りながら、彼の死期が迫っていることに気づいた。(沖田先生、わたくしは副長と契約してしまったのです。あなたが死んだら、副長の命を頂くと。)総司に真実の事を言えない千尋は、溜息を吐いた。「薬を持って参ります。」「ありがとう。」千尋はそう言うと、部屋から出て行った。「あ、誰かと思ったら千尋じゃねぇか!」「藤堂さん。」千尋が総司の薬を持って行こうと廊下を歩いていた時、藤堂平助に会った。「総司、やっぱり悪いのか?」「ええ。この冬が越せるかどうか・・」「土方さんは最近忙しくしてて、総司の事気に掛けてねぇようだな。」「そうでしょうか?」最近歳三は仕事で忙しく、屯所に戻って来る事がなかった。たまに戻って来ても、副長室に籠って徹夜で仕事をしていて、総司との会話は皆無に等しかった。 だが千尋は密かに歳三が、総司の薬代を工面していることを知っている。「副長は沖田先生の事を誰よりも大切に想っておられると思います。あの、藤堂さんにお聞きしたい事があるのですが・・」「俺に? 何を聞きたいの?」「沖田先生と副長の事なんですが・・お二人は一体いつから・・」「なぁんだ、そんな事か! 廊下じゃなんだから、俺の部屋で話そうぜ!」平助の部屋へと向かった千尋は、そこで平助から総司と歳三の過去を聞いた。「俺達は、江戸の片田舎にある試衛館っていう道場に居てさ、総司は近藤さんの内弟子で、土方さんは近藤さんの親友で、良く道場に遊びに来てたなぁ。」「そうですか・・そんな頃から。」歳三と総司との間に特別な絆の存在を時折感じていた総司だったが、その理由がやっと解った気がした。「総司と土方さんは最初仲が悪かったけど、次第に打ち解けていって、実の兄と弟みたいな仲になっていったな。」「そうですか。副長と沖田先生とは特別な絆で結ばれていると度々感じておりましたが、やはり肉親のようなものだったのですね。」「ああ。だから今の総司を見てると、土方さんは辛いんじゃねぇかな。泣く子も黙る鬼副長で俺らにも厳しいけど、本心では総司の事を心配しているんじゃないかって。」 歳三が総司の部屋へと向かうと、彼は布団の中で寝息を立てていた。(総司・・)歳三はそっと総司の頬を撫でた。半年前に比べて頬が痩け、肋が若干浮き出ているように見える。(まだ死ぬな、総司。俺はお前が居ねぇと生きていけねぇ。)日野に居た頃、総司はまだ10になるかならないかの少年だった。一見少女と見紛う程の美貌に、歳三は良い女になると勝手に決め付けて年端もゆかぬ少年相手に恋に落ちてしまったのは、今となっては懐かしい思い出だ。その総司を、死なせる訳にはいかなかった。だが翌日、彼は大量に喀血した。「総司、しっかりしろ!」褥や総司の口端を濡らす血を気にせずに、歳三はそう叫んで総司の唇を塞いだ。にほんブログ村
2011年09月09日
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