JEWEL

JEWEL

2024年09月16日
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「魔道祖師」「薄桜鬼」の二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

一部残酷・暴力描写有りです、苦手な方はご注意ください。

二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。

サラサラと、桜が風に舞う音が聞こえ、藍忘機はそっと襖を開けた。
上着を羽織り、庭へと出みると、桜の木の近くに植えられている白木蓮の花が満開になっていた。
“魏嬰、この木が大きく育ったら、ここで花見をしよう。”
“わかった。”
あの日、そんな約束をしていた愛しい伴侶は、もう鬼籍に入ってしまった。
彼だけではなく、かつて熱い志を持ち、共に学び夢を語り合った友達は、皆自分だけを置いて、常世へと旅立ってしまった。
“藍湛!”
白い花弁の向こうに、愛しい伴侶の笑顔が見えたような気がした。

“当たり前だろ!”
「やっと・・」
白い花弁に藍忘機は覆われ、やがてその姿は見えなくなっていった。
「含光君、お食事をお持ち致しました。」
藍景儀が師の部屋を訪れると、そこの主は居らず、彼は白木蓮の根元に倒れていた。
「そんな・・」
景儀が師の死を嘆き悲しんでいると、彼の頬を誰かが優しく撫でられたような気がした。
ふと景儀が顔を上げると、そこには自分に笑顔を浮かべている魏無羨の姿があった。
「魏先輩・・」
彼の笑顔を見て、景儀は全てを悟った。
「そうか、忘機が・・」

「きっと、魏公子が迎えに来てくれたのだろうね。そんなに悲しむ事はない、いつかわたし達も、黄泉へ旅立つ日が来るのだから。」
藍曦臣は、そう言うと青空を仰いだ。
「これは・・」
「これは、忘機の日記だよ。」
藍忘機の四十九日の法要が終わり、景儀と曦臣が彼の遺品を整理していると、桐箱の中に三十冊もの日記帳を見つけた。

「そうですか・・」
「一番古いものは、忘機が六歳の頃に書いた物だね。」
日記を曦臣が頁を捲ると、そこから微かに白檀の香りがした。
そこには、ただ一行だけ書かれてあった。

“母上が死んだ。”

「ああ、何という事・・」
「お子様方はまだ幼いというのに・・」
母が長患いの末にこの世から去ったのは、藍湛が六歳の時だった。
「若様、早く中に入りませんと、お風邪を召されますよ。」
「母上がここへ帰って来るのを待ちます。」
「いけません・・」
乳母が慌てて藍湛を屋敷の中へ入れようとしたが、彼は頑として正門前に座り込み、その場から動こうとしなかった。
その日から藍湛は、毎日屋敷の正門前で母の帰りを待ち続けるようになった。
「藍湛、こんな所に居ては風邪をひいてしまうよ。」
「兄上、母上は・・」
「母上はもうわたし達の元へ帰られる事はない。けれども、母上の魂は常にわたし達の傍にいらっしゃる。」
「うわ~ん、兄上!」
「うんうん、良く我慢したね。」
泣きじゃくる弟の小さな背を、藍渙は彼が泣き止むまで優しく撫で続けた。
「そんな事があったのですね?」
「あの子はまだ六歳・・母の温もりが恋しい年頃だった。さてと、次の頁を捲ろうか。」
「はい・・」
次の頁は、最初の頁よりも文字数が多かった。
「おや珍しい。あの子は無口で何を考えているのかわからなかったが、日記には色々と書いていたようだね。」
「あ、何か落ちましたよ。」
景儀は、そう言って床に落ちた紙を拾い上げた。
そこには、藍湛の―十代の頃の彼が、美しく描かれた墨絵だった。
「これは、魏先輩が・・」
「まだ、持っていたんだね。」
藍渙は目を閉じ、藍湛と魏嬰が初めて会った時の事を思い出していた。
姑蘇藩は、初代藩主の御世から、将軍家に忠誠を尽くして来た。
そしてそれは、“家訓”として代々藩主に伝えられ、いつしか姑蘇藩は武芸に秀でた藩となった。
姑蘇藩は、藩士達の教育に力を注いだ。
“雲深不知処”と呼ばれる藩校では、藩士の子供達が数え六つの頃から通い、そこでは毎日、“什の掟”を叩き込まれていた。

一.年長者の言ふことに背いてはなりませぬ
一.年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
一.卑怯な振舞をしてはなりませぬ
一.弱い者いじめをしてはなりませぬ
一.戸外で夫人と言葉を交へてはなりませぬ

ならぬことは、ならぬものです

幼き頃からこの掟を叩きこまれている子供達は、性別、年齢問わず団結し、年長者は年少者を守り、年少者は年長者を敬った。
やがて“雲深不知処”の教育は他藩にも知られる事となり、姑蘇藩士の子弟のみならず他藩の子供達が“留学”に来るようになった。
「急に賑やかになりましたね、兄上。」
「あぁ。今年も他藩の子供達が来たようだね。忘機、くれぐれも彼らと争いを起こさないように。」
「はい・・」
藍湛は兄からそう釘を刺され、彼は平穏無事な生活を送ろうと、己の胸に誓ったのだった。
しかし、彼は一人の少年と運命の出逢いを果たした事により、その後の人生が大きく変わる事になった。
「あ、お前もしかして藍の二の若様か?俺は・・」
「魏無羨、お前授業を抜け出してこんな所に・・」
「じゃ、またな!」
その少年―魏無羨は、赤い髪紐を揺らしながら、まるで嵐のように藍湛の前から去っていった。
「あの子は?」
「申し訳ございません、あいつは俺の義兄で魏嬰と申します。俺は・・」
「雲夢江藩の江楓眠様のご嫡男、江澄様ですね。」
「た、沢蕪君!」
「そんなに緊張しないでくれ。わたしは偉くも何ともないのだから。」
「は・・」
「それにしても、君の連れは不思議な子だね。忘機の心をすぐに掴んでしまう。」
「あいつは、問題児です。いつも父上や母上を困らせてばかりで・・」
「彼と忘機は、良い友になりそうだな。」
「さぁ、それはどうだか・・」
江澄は、そう言って溜息を吐いた。
 魏嬰は、無口な藍湛とは対照的に、良く喋った。
「なぁ藍湛、いつも小難しい顔をして何の本を読んでいるんだ?」
「君には関係ない。」
「そうか。」
江澄は、藍湛に執拗につきまとう魏嬰の姿を見た途端、慌てて藍湛の元から引き離した。
「お前、いい加減にしろ!来て早々問題を起こす気か!?」
「そんなに目くじら立てるなよ、江澄。俺はただ、藍湛と仲良くしたいだけだよ。」
「仲良くしたいだと?藍の二の若様はお前を迷惑がっているように見えるがな。とにかく、余り問題を起こすなよ!」
「はいはい、わかったよ。」
自分の忠告を魏嬰が素直に聞く筈がないという事を、江澄はその身をもって知っていた。
案の定、魏嬰は“雲深不知処”に入校してから色々と問題を起こした。
その度に江楓眠が“雲深不知処”を訪れては、義理の息子に対する己の躾の足りなさを藍啓仁に詫びたものだった。
だが当の本人はどこ吹く風で、自由気ままに過ごしていたのだった。
「全く、何だってあいつは問題ばかり・・」
「いやぁ、この前の魏先輩の太刀さばきは凄かったですね。」」
そう言って扇子で口元を隠しながらひょっこりと江澄の前に姿を現したのは、魏嬰の悪友・聶懐桑だった。
「その口ぶり、何か知っているようだな?」
「これ、わたしから聞いたって、魏先輩には言わないでくださいよ?」
懐桑は軽く咳払いすると、数日前に起きた事を話した。
それは、魏嬰達が入校して数日後の子だった。
その日、魏嬰達は姑蘇の城下町・彩衣鎮を散策していた。
「へぇ、美味い物あるんだなぁ。ひとつ貰おうか?」
「魏先輩、そんなに食べるんですか?」
「だって、藩校の食事、みんな薄味で食えたもんじゃないぜ!」
「まぁ、確かに・・」
「それよりも、藍湛はどうして俺の事を嫌うんだろうなぁ?俺は仲良くしたいのになぁ。」
「魏先輩がしつこいからじゃないですか?あんまり強く押すよりも、一旦引いた方がいいですよ。」
「そうか~?」
茶屋の軒先で魏嬰達が団子を食べながらそんな事を話していると、突然向こうから甲高い女の悲鳴が聞こえて来た。
「何でしょう、今のは?」
「行くぞ!」
魏嬰達が、悲鳴が聞こえて来た方へと駆け付けると、そこには数人の男達が一人の少女を取り囲んでいた。
「お前ら、一人相手に弱い者いじめか?姑蘇藩士の名が廃るぜ!」
「うるせぇ、すっこんでろ餓鬼」!」
激昂した男の一人が、そう叫ぶと魏嬰に持っていた棍棒で殴りかかろうとしたが、魏嬰はそれをひょいと躱した。
「俺は、弱い者いじめをする奴が大嫌いなんだよ!」
魏嬰はそう叫ぶと、男の手から棍棒を奪い取り、怒号を上げる男達と戦い始めた。
五対一という劣勢だというのに、魏嬰は男達の攻撃を難なく躱し、棍棒一本で彼らに立ち向かっていった。
「凄ぇ・・」
「魏先輩、頑張れ~!」
「お前ら、突っ立ってないで力を貸せ!」
「おう!」
それから、魏嬰達の大立ち回りが始まり、野次馬が次々とその騒ぎを聞きつけてやって来た。
「お前ら、一体何をやっている!」
運悪く、騒ぎを聞きつけた奉行所の役人達が魏嬰達の元へ駆けつけ、“雲深不知処”にその騒ぎが届く事になった。
「全く、お前達はロクな事をしないな!」
「藍先生、お言葉ですが俺達はゴロツキに絡まれていた娘を助けただけです!」
「そうですよ、あの娘さん、わたし達が助けなければ今頃どうなっていたか・・」
必死に魏嬰達が藍啓仁に対して抗議の声を上げたが、魏嬰達は七日間の謹慎処分を受けた。
「納得いかねぇ、悪いのは向こうなのに!」
「魏先輩、さっさと罰則の書き取りを済ませましょうよ。」
「あ~、腹立つ!」
藍啓仁が魏嬰達に課した罰則は、“姑蘇藩什の掟を千回書き取りする事”だった。
「何だって、こんな事・・」
「魏先輩・・」
「君の自業自得だ。少しは慎みを身につけなさい。」」
「何だよ~、慰めてくれないのか?」
魏嬰はそう言うと、様子を見に来た藍湛に抱きついた。
「恥知らず!」
「魏先輩、まぁた藍の二の若様にちょっかい出してるよ。」
「若様も気の毒に。」
「でも若様の方もまんざらではない様子でしたよ?」
懐桑がそんな事を言いながら書き取りをしていると、廊下の方から誰かが言い争っているかのような声が聞こえて来た。
「何故、我が藩が京都守護職を・・」
「初代藩主の御世から、我が藩は将軍家に仕える身なのだ。」
「ですが叔父上・・」
「これはもう、決まった事だ。」
「そんな・・」
雲夢の夏は蒸し暑いが、姑蘇の夏はうだるような暑さだった。
「あ~、暑い!」
魏嬰は夏の暑さを凌ぐ為、彩衣鎮の郊外にある川で水浴びをしていた。
「はぁ~、やっぱり暑い日には水浴びが一番だよな~」
魏嬰がそんな事を言いながら川の中を泳いでいると、そこへ藍湛がやって来た。
彼は下帯一枚の姿の魏嬰を見ると、眉間に皺を寄せた。
「あ、藍湛!」
「はしたない!」
「何だよ、そんなに目くじら立てなくてもいいだろ?あ、お前も入るか?」
「わたしはいい。」
「遠慮するなって!同じ男同士、恥ずかしがらなくてもいいだろう?」
「止めろ!」
藍湛は魏嬰に半ば強引に川の中へと引き摺り込まれ、着物と袴が濡れてしまったので、思わず魏嬰を睨みつけた。
「君の所為でびしょ濡れだ!」
「はは、水も滴るいい男じゃないか!」
「うるさい!」
川での出来事以来、藍湛と魏嬰の関係は良くなるどころか、悪化してしまった。
「お前、また何をやらかしたんだ?」
「ちょっと強引に水浴びに誘ったのに、あいつ着物が汚れたから怒って来てさ・・」
「当然だろう!お前、京に着くまでおかしな事をするなよ!」
「はいはい、わかっているよ!」
姑蘇藩主・藍曦臣が京都守護職に就任し、藩士らを引き連れて上洛したのは、夏が過ぎ、厳しい冬の事だった。
「ひぃ、寒い!」
「うるさい、黙って歩け!」
「こんなに寒いのに、何であいつは涼しい顔をしているんだ?」
「うるさい!」
「寒いから黙っていられないじゃないか!」
「全く、この先が思いやられる・・」
「どうしたんだい忘機、少し嬉しそうだね?」
「いいえ、何でもありません。」

だが、この時藍湛の心の中では小さな漣が起きていたのだった。


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最終更新日  2024年09月25日 17時09分30秒
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