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2008.01.19
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カテゴリ: 人生・よのなか

『Nature of Things』 は面白かった。われわれが自明のものと思いがちが「五感」の本来の意味を探るというこのシリーズ、人間が“同じもの”を見聞きしていても、頭の中ではみんなそれぞれ異なる体験をしているのだということをあらためて思い知らせてくれる。

たとえば、ぼくが面白いと思ったのは、人間の中には「音楽が聞けない」という“障害”を持つ人が存在するということだ。この種の人は、聴覚にはなんら異常がないのに、音楽を情緒的経験として知覚できないそうだ。フツウの人が“音楽”と認識する音のアンサンブルが、単なる「規則的なノイズの重なり」にしか聞こえないそうなのだ。

どうも脳には、本来「単なる規則的なノイズの重なり」に過ぎないものを情緒的な体験すなわち“音楽”として認識させる部位が存在するらしい。この部位が人並みに発達しなかった人にとっては、ほかの人が“音楽”と呼んでいるものが何なのか一生分からないわけである。

むかし読んだ三島由紀夫先生の作品に『音楽』という中編小説があって、これには「音楽が聞こえない」と訴えて精神分析医の元を訪れる女性が登場する。この小説では精神分析医が「音楽」を「オーガズム」の暗示と解釈し、この女性が暗に冷感症を訴えているものと理解して治療を進めていくという筋なのだが、だからぼくは「音楽が聞こえない」というのはこの登場人物特有の暗喩くらいにしか思っていなかった。

しかしこの番組を見て、ヒステリーか何かで一時的に脳のある部位の活動が鈍ったり停止すれば、それが「音楽が聞こえない」という症状として現れることがほんとうにありうるんだなあ…などとこの番組を見ながらふと思ったわけである。

話がそれたが、要するに人は“音楽”というものが客観的に存在する自明のものと思いがちだが、実はそれは主観的な体験、いわば「解釈」の結果に過ぎないということなのである。

たとえばぼくは若い頃「ノイズ」とか「インダストリアル」というジャンルの“音楽”を聴いていた時期がある。これは楽器の代わりにドリルやチェーンソーの音とか工場の騒音などを主な素材として、それに合わせてボーカルがつぶやいたり叫んだりしているような世界である。マトモな人が聞けばまさにただの騒音に過ぎず、実際ぼくの学生時代の下宿の隣人とかは、隣の部屋から聞こえてくるガガガガガァーとかキィィィーとかガンガンガンガンガンという音にあわせて人が叫んでいるテープを毎日のように壁越しに聞かされて、かなり脅えていたそうである。

それはさておき、何が言いたいかというと、ぼくにとってそれは紛れもなく“音楽”だったのである。金属の擦れる悲鳴のような高音とか、鉄板にハンマーが振り下ろされるクラッシュ音とかを聞いて感じるカタルシスは、エレキギターやシンセサイザーのような既存の楽器が奏でる音では絶対に感じられなかった。つまり、「ノイズ」を聴いて得られるその情緒的な体験は、既存の「音楽」を聴いて得られるものと同質だったのである。

“音楽”がただのノイズといっしょの人もいれば、ノイズを音楽と同じように聴いている人もいるというこの卑近な例は、西洋人にとってはノイズに過ぎない虫の声や風鈴の音を、日本人は音楽と同じ脳の部位で“鑑賞”しているというあの話をも想起させる。

この番組でもう1つ面白かった話は、最近の医学と技術の発達によって蝸牛部の移植が可能になり、聾者が音の世界を体験できるようになった…という話である。

…ただ、生まれてから一度も「音」を知らずに成長し完全な無音の世界の住人となった人がいきなり「音」を体験しても、それは「さまざまな振動の洪水」が脳に直接響くだけに過ぎず、何が何だか分からずかなり戸惑うらしい。もちろん“音楽”も理解できない。

これは、生来の盲人に網膜を移植したり視神経をつなげて物理的に健常者と同じ状態にしても、漠とした「光」が見えるだけで、なんら像を結ぶことがない…というよく知られた現象と同じである。

面白いのは、ある程度成長してから聴覚を失った人に蝸牛部を移植した場合である。
彼らに言わせると、移植手術直後は、非日常的な低音から高音まで広範な“音”がつねに耳に入ってきていて、たとえば誰かに声を掛けられても、その人の喋る声と同時にずっと滝の音のようなノイズが聞こえているらしいのである。

しかし、2~3週間ほど経つにしたがい、それらの“非日常的”な音域がカットされるようになり(笑)、自分が聞きたい「知人の喋る声」だの「音楽」だのに集中できるようになったという。

この人は、いわばいったん聴覚を失ったあとで移植手術によって「赤ちゃんの耳」を得たようなものである。そして、それから数週間で、かつて聴覚を失うまでに身につけていたはずの“意味のある音”の取捨選択という能力を急速に再学習したわけである。

この手の話はマジックマッシュルームや大麻やある種の規制物質の経験者の多くには理解できると思うが、われわれは、実は本来カオスに過ぎないノイズや視覚情報の洪水の中に生きている。しかし、乳児の頃から親など周囲の人間と時間・空間を共有して成長することで、その洪水の中から“意味のある”ものだけを自動的にピックアップして知覚することを身につける(=構造化)ことで、「健常者」となっていく。

だから、生まれてこのかた「音」とか「視覚」といった概念を抜きで成長して世界を構造化してしまった人にとっては、二次元の住人に三次元の概念を理解させるのが不可能なように、物理的に「聴覚」や「視覚」の能力を与えてもカオスを既存の構造の中に組み入れることができず、結局は何も「聞こえ」なければ「見え」ないわけである。

この番組の後半に登場した、10代前半で聴力を失った人で、当初は補聴器に頼って「健常者」の世界に何とか適合しようとしていたのが、やがて聴覚に頼らずに皮膚感覚や視覚で“音声”の世界を「再構成」することを学び、いまでは完全に補聴器を捨てて「耳の聞こえないパーカッショニスト」として成功するに至った話も、なかなかシビレた。

世界が先にあるのではなく、人が世界を恣意的に再構成しているのだということと、
われわれはかつて見えたり聞こえていたものを放棄することによって「健常者」に成長するのだ…ということなどを、規制物質にも構造主義にもゲシュタルト心理学にも縁のない良識的な市民にでも分かりやすく理解させてくれる、とってもよい番組だと思いました(笑)。





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Last updated  2008.01.19 17:33:46
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確かにスゴイ情報量が  
トイモイ  さん
視聴覚から洪水のように入ってくるのを取捨選択ることを学習して生きているんだなあと実感しました (2008.01.19 22:14:16)

Re:ノイズと音楽(01/19)  
放浪の達人  さん
これは論文としてもそのままでいける日記じゃない?
しまった、感嘆してマジレスしてもうたわ。
ちなみに僕はHIP HOP なんかはただのノイズに聴こえるYo~、チェケラ。
  (2008.01.20 12:25:53)

Re[1]:ノイズと音楽(01/19)  
郡山ハルジ  さん
といもいさんほうろうさん、
感心してもらってありがとう。ぼくも書きながら「いい話だなあ」と思ったのですが、日常生活に忙しいほかのふつうの人はどうでもいいみたいですね(笑)
(2008.01.21 06:38:59)

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Comments

郡山ハルジ @ Re[1]:おひとりさま(07/31) 放浪の達人さんへ あ〜なるほど、そう言え…
放浪の達人 @ Re:おひとりさま(07/31) 最近はインスタ映え目的で独身でも行動す…
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