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岸田秀の訃報を聞いてからずっと気になっているのは、日本の「内的自己」(和魂、日本らしさ)と「外的自己」(洋才、欧米化)という自らのアイデンティティの分裂である。内的自己の暴走による太平洋戦争という悲劇と敗戦というトラウマによって戦後の日本は卑屈なまでのアメリカ追従が80年以上も続いている。いずれこの内的自己と外的自己は統合の方向に向かうものと思いきや、むしろ近年は「グローバル疲れ」なのかどうか知らないが、内向化が進行している。
かつて(40年近く前)は「経済大国」だとか「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などとおだてられ、「銀座の土地を売ったらそのカネでアメリカ全土が買える」などと嘯いていた頃の輝かしいアイデンティティを失い、GDPは中国、ドイツ、インドにまで抜かれ、グローバル化では韓国に追いつかれつつある事実を特に我々バブル世代以降はもちろん、その子供たちの世代もまだ精神的に受け入れていないようだ。というのも、自分たちがもはや世界のトップランナーでも、特別に豊かな国でもないという現実を冷徹に認め、かつての栄光に対して正しく絶望し反省する代わりに、相変わらず「日本スゴイ」「四季がある」「世界に誇る食文化」といった自尊心を満たそうとする言説ばかり耳にするからである。これは現実の衰退を認められないがゆえの否認、自己防衛であろう。
この、ほとんど病的とも思える「症状」の最たるものに、ここ数年連日続いている「大谷報道」がある。経済、IT、国際政治(国際競争という大リーグ)etc.において、かつての輝きを失い傷を抱えた日本に、「日本で生まれ育った大谷」という(たまたま突出した)個体が屈強な大リーガーたちを力でねじ伏せる姿に日本人は自らの主体の影を重ね合わせ、「彼を生んだ日本(=自分たち)もまだ負けていない」というかつての全能感を代理獲得している。「海外への無関心(=内向化)」が進む一方で、大谷という「海外の動向」にだけは異常なほど執着するその態度は、まさに「自分たちを傷つける海外のニュースは見たくないけど、自分たちを全能にしてくれる海外のニュースだけは過剰に摂取したい」という、極めて自己愛的な情報選別、すなわち現実逃避の表出である。
ぼくが特に気になっているのは、インタビューなどで彼が日本語で話すところだけを報道している点である。英語(グローバル標準)に対する劣等感を抱える日本の視聴者は、チームメイトと笑顔で語り合ったり現地メディアに英語でジョークを飛ばす大谷を見せられると「グローバル化についていけない自分」という置いてけぼり感を突きつけられ、自己投影のリンクが切れてしまう。なので「彼はアメリカに魂を売っていない」「彼は今でも、私たちの世界の延長線上にいる『日本の大谷』だ」という安心感を担保するため、「英語を流暢に操らない大谷の姿」を強調しなければいけないのだろう。これは、ノーベル賞の季節に繰り返される「日本出身のアメリカ人」らの報道でも明らかで、カズオ・イシグロみたいにすっかりネイティブのイギリス英語で話されてしまうと、名前が日本人でも彼は「あっち側の人間」としてあまり報道されない。
そもそも大谷は、口にしないだけで心の中では「キミたちと一緒にしないで欲しい」と思っているかも知れない(笑)。実際、彼の活躍は「私は個として努力した末に自立し、世界のルールに適応した。君たちはどうなんだ?」という厳しい問いを暗黙のうちに我々日本人に突きつけてしまう危険性がある。彼がもし流暢な英語で現地に同化した姿を報道してしまったら最期、日本の視聴者が現実逃避のために求めていた「ぬるま湯の全能感」を粉々に打ち砕くことになってしまう。
とにかく、大谷に日本語を話させておけば、「英語を話せなくても、あの厳しいアメリカでもこれだけ愛され、成功している。だから、我々も今のままで、日本人のままで、いいんだ」という安易な自己肯定の免罪符を欲している国民たちにウケるわけで、「英語を流暢に操らない大谷」という幻想を維持するという点でメディアの暗黙の総意があるのだろう。
つーか、大谷報道は、「リアルな衰退」の痛みに耐えかねた日本人が、大谷という極めて特異な存在を「精神的な麻薬」として打ち続けている状態なんだと思う。本来、大谷という存在は「個として世界と対等に渡り合うロールモデル」とされるべきが、現在の日本の集団心理では、「現実の課題から目を背け、ぬるま湯の部屋に引きこもり続けるための言い訳」として消費されているということだ。将来、大谷という拠り所がなくなり、麻酔が切れたときの反動が思いやられるので、メディアにも「実は大谷は英語を話す」という姿を(小泉進次郎の対中国牽制発言のクリップみたいに)小出しに放映して、国民に耐性を与える必要があると思います。メディアの皆さん、よろしくお願いします。
インターネット→AI 2026.04.20
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