2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全3件 (3件中 1-3件目)
1
前から疑問だったんですけどね…なんでYahoo!ニュースには「ペルー」がないんだろう?なんでペルー展の事とか、ニュースにならないんだろう?ご存知でしたか?Yahoo!ニュースの「海外」の欄を開くと、「全般」「ヨーロッパ」「北米」「中南米」って小見出しがあるでしょ?で、その中に「ペルー」がないんです。「ハイチ」や「パラグアイ」はあるのに。全然中南米なんて更新されてない。ペルーはいっぱい更新する事あるのに。楽天ニュースもmixiも、ペルーって全然取り上げないんだよね。なんで???エジプトで誰かのお墓が発見されたらすごいニュースになる。ペルーでシパンやシカンの黄金がでても、ニュースにならない。中国の経済成長がすごいってニュースになる。ペルーだってすごいのに、ニュースにならない。なんで???もともと日本って東南アジアとアフリカ寄りで中南米には全然関心がない。でもマチュピチュもナスカもある、日本人が大好きな国。ベネチアの金熊賞を取った映画は、ペルー人監督で主演女優もペルー人。でも「スペインとペルー合作」って紹介の仕方だし。なんで~~~???前からずっと不満だったんだけど誰かその理由を知ってたら教えて下さい。
Feb 28, 2009
コメント(18)
ああ、気がついたら2月が終わっちゃう…すみません、ちょっとばたばたしていました。タクナの続きはまた書くとして、2月24日から3日間行われる「ペルー展」のご案内です。赤坂アーク森ビルにて、2月24日~27日まで。http://www.jetro.go.jp/events/tradefair/20081006166-eventで、今、いかにペルーがすごいかって番組が、JETRO(日本貿易振興機構)のTVでやってたそうな。ぜひこちらをみて、今のペルーがすごいって知って~♪http://www.jetro.go.jp/tv/internet/今回のペルー展には、知りあいが色んな形でかかわっています。なのでぜひ成功して欲しいし、実り多きものにして欲しい。世界的大恐慌と言われる中、ペルーは2009年度予測成長率が6%前後。これがいかにすごいかは、わかりますよね。ペルーは今や後進国ではりません。新興国と呼ばれています。こういう国との貿易が、日本の経済にどれほどプラス面があるか分かると思います。個人レベルでも企業レベルでも。本当は国レベルがいいけど、私は偉い人とは知りあいじゃないからしかたないけど、でも、日本とペルーが何かの形で経済協力していければ、それは日本にとってもプラスが多いと思います。お時間のある方、ぜひ行ってみてね~!タクナのお話は、また今度。
Feb 24, 2009
コメント(20)

タクナツアー、続き。午後からは「鉄道博物館」と「Alto de la Alianza(同盟の高台?丘?)」へ。タクナとアリカを結ぶのは、何もパンアメリカンだけではない。鉄道も走っているのだよ、実は乗りたかった!でも事前に調べてみると、朝と夕方1日2回しか走らないため今回のペルー出国のタイミングには合わなかったのよね。それとタクシーよりずっと時間がかかるし。私たちのように折り返しすことなく、素直にチリに出国(又はチリからペルーに入国)する人には、こののんびり鉄道の旅がお勧めかもしれない。 ずっと安いし♪国境越えの鉄道といっても、クスコ→マチュピチュ、もしくは→プーノのような立派な観光客用鉄道ではなく、このたった1両のぼろ鉄道で行く。40~50人分の座席しかない。とにかくのんびり、がたがたと進む。なんとレトロな汽車!チリとの戦争(太平洋戦争/1879~1884年)中もこの鉄道は動いていたそうな。とはいえ民間人が気楽に移動、なんてのは無理だったろうけど。こちらは… 車の形をした列車?戦争中(戦後もしばらく)、ペルーの政府高官、軍人、大統領クラスがこれに乗ってチリとの交渉に向かったのだとか。当時、タクナにはまだ自動車というものが入ってきてなかったので、鉄道の線路を利用して、こういう車型の乗り物が利用されてたんだって。なんだかおまぬけなような、でも時代を感じる。ちなみにちゃんとハンドルもついてます。でも自由には曲がれません(笑)ペルーの歴史上、とても大切にすべき駅であり博物館なんだけど、やっぱりお金がないのか、役人にそういう考えがないのか、案内してもらったところは全て埃だらけ、説明書きもない。古いエンジンや部品、旅行者の荷物を測ったであろう古い秤、昔の写真や戦争当時発行されていた新聞など、いろいろあったのに、埃だらけ。「しかも一時期、ここの土地をディスコテカにしようという計画もあったのです」とガイドちゃん。なんて事!一体役人は何を考えているのか?マチュピチュやナスカだけが、ペルーの財産じゃないよ!もっと大切にしなきゃ、それこそ観光客が来ないよ!と、2人してワイワイ話してた。…それでもだんなは、すごく楽しかったらしい(笑)やっぱり男の子だね~ 鉄道とか、好きだよね~♪さて、タクナ滞在中必ず話に出てきた太平洋戦争。その激戦地が、Campo de la Alianzaとして保存されてる。モニュメント。一番最後の高い塔についてる人物は、片手でチリ側を抑えつけるようにしている。もう二度とペルーの地を踏ませないようにと。中は博物館になっていて、戦争中の布陣や使用された武器、軍服、そして亡くなった人の遺骨や遺品が展示されてる。チリ軍18050人に対し、ペルー・ボリビア軍9719人。しかもチリ軍は正規の軍隊、訓練も当然ながら武器も最新のものを使用。ところがペルー・ボリビア軍は民間人も多く、地元のインディヘナがわけも分からず武器も与えられず、最後には包丁やフォークを持って戦う始末だったとか。信じられないお粗末さだけど、当時ペルーは国の負債は重く内政は崩壊、到底まともに戦える状況じゃなかったらしい。もちろん軍はあったし、英雄と言われる軍人もいたけど、兵士に配る武器がなきゃねー、しょうがないじゃない、フォークじゃさー。展示物の中に、ペルー軍人の軍服とチリ軍の軍服があった。驚くことに、当時こういう軍服を作る専門業者がフランスにあって、チリ軍もペルー軍も、どちらもが同じ業者に製作を依頼したのだとか。でも明らかにチリのほうがお金持ち、作りが全然違うのよ。フランスの業者も、どう思ってただろうか?まあ遠いラテンアメリカでの戦争なんか、全然関係なかっただろうけどさ。でも戦況を聞きながら、「チリのほうが勝ってるから、いいもの作って納めましょう。ペルー?ダメダメ、もう前払いじゃないと作らないよ!」とかあったんじゃないかなー。ちゅうか、軍服作ってる暇と金があったら、銃を作らんかいっ!まったく、いつの時代も役人ってのは…。ちなみにチリ軍の銃の先には剣がついていて、彼らは進軍しながら、倒れているペルー・ボリビア軍の兵士(と民間人)をその剣で止めを刺しながら、進んだのだそうだ。悲しいね。この向こうにあるのが、戦争で犠牲になった兵士や住民のお墓。この砂漠の丘一帯が、すべて戦場になってたなんて。あちこちの丘に描かれたペルー軍の名前。実際のこの布陣で、この場に軍隊がいた、という事です。こういう文字が、モニュメントの周り360度全体に散らばってあるの。ちなみに、あの文字を模ってるのは、エアプランツ。不毛の砂漠地帯にも、このエアプランツはたくさんあって、置くとそこにちゃんと根づく(と言っても他の植物のようにじゃないけど)ので、風なんかで消えることなく、ずっとあるんだとか。あれ?ちょっとしんみりと纏まってしまったか(笑)でもこういう歴史を知る事は大切だから、ね。
Feb 4, 2009
コメント(17)
全3件 (3件中 1-3件目)
1