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久しぶりに暖かい日になった。こんなに晴れているのに午前中、洗濯物を干すのを忘れてしまっていた。 宮沢和史が僕には歌がある、君には何があるか、とコンサートで問うていた。僕にはもちろん言葉がある。言葉しかない。 宮沢の「歌」という歌。夢の中で会った君と手を繋いでずっと歩いたという歌。「そして歌がひとつ生まれた」 どんなことであれ、ずっと続けていける情熱がほしい。
2007年11月30日
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今日は(も、と書くべきだろう)原稿書き。一度、プリントアウトしなければ、どれだけ書いたか実感しにくい。 朝、長い時間歩く。この頃、気持ちの余裕がなくて、外を歩く時間も惜しんで仕事をしていたのだが。来週は診察だが、主治医がさりげなく診察中にこわいことをいわれるので、毎日、うかうか生きていてはいけない、と思ってしまう。ペースメーカーを使うほどではない、というようなことをいわれたのだった。 昨日、写真雑誌を読んでいたら、コンパクトデジカメについての記事があった。いい写真を撮るには必ずしも高価で本格的なカメラはいらないと書きだしてあって、それはたしかにそうだとコンパクトデジカメ(Canon IXY Digital 810IS)を使っている僕としては我が意を得たりと思ったのだが、次がいけない。最近はいい写真が撮れるコンパクトカメラもたくさんある。「しかも、大人が持っても満足のいく、上等な仕上げのものもある」。外観のことなのだろうが、コンパクトデジカメはまるで大人(誰のこと?)が使うものではないかと読めそうな記事に憮然。 蓮は今はこんなふうになっている。
2007年11月29日
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翻訳の表紙のデザインが決まる。メールで送ってもらったものを見て驚く。 久しぶりの講演依頼。手術の前から決まっていた講演を一度したきりで、さすがにこれほど長く世間から離れていたら、もうすっかり忘れられたのだろう、講演の依頼は途絶えてしまっていた。もっとも僕の方も体力的に自身がなかったのも本当なのだが。まだ術後、電車を乗り継いで遠方まで外出していない。今度の依頼は岸和田で実のところ迷ったが(講演時間よりも往復にかかる時間の方がはるかに長い)、僕のことを知っている方がおられたようでありがたく、それにまだ二ヶ月も先のことなので、その頃には順調にいけば今より元気になっているはずなので引き受けることにした。岸和田にはもう何度も行っている。前と同じ話でいいと担当者はいわれるが、こういわれると複雑な気持ちになる。違う話もできるし、聴く人が違えば話の内容も変わらないわけにはいかない。”前”に一体どんな話をしたのだろう。
2007年11月28日
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日が変わってから訳稿の疑問点問い合わせのメールが届く。綿密に校正したつもりなのになお間違いがある。どうしても自分では「意味」を読んでしまって、脱字があっても補って読んでしまう。誤字はあまりないが、脱字が多くてがっかりする。普通に書いている時にはそれほどこの種の間違いは起こらないように思うのだが、原稿をプリントアウトして、それに赤で訂正を入れた後、その訂正を原稿に反映させる時に、消したり、書き加える過程でよけいに文字を消してしまうようだ。 娘とは日頃あまり話すことはないが、この間夜神社に行った時にこんな話をした。最近、テレビが不調でいきなり電源が切れることがある。デジタル放送への切り替えにあたってのテレビメーカーの陰謀だろう、とよくいっているのだが、そのせいもあって娘はよく音楽をかけている。娘がよく聞いている歌の中に「お前とおったらおもろいわ」という歌詞があって、それをめぐって話をした。こんなふうにいわれたらうれしいなあ。お前といたら気をつかうなどといわれたら…娘はいう。そんなんもう終わっているし。
2007年11月27日
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翻訳から手が離れたので、再び、原稿書きの一日。午前中は文献読み。翻訳は隙間時間にしようと思えばできるのだが、自分で書く時はまとまった時間がほしい。今の生活はその意味ではありがたい。「「戦争で死ぬ」ということは他のあらゆる死と一線を画している、それは「正当化される大量殺人」であるという点において」(島本慈子『戦争で死ぬ、ということ』岩波新書)
2007年11月26日
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めずらしく娘が、紅葉のライトアップに行きたいというので夕食後車で15分ほどのところにある神社まで出かける。 おでんを食べていたら、隣にすわった小学生がしきりに、いやだなあ、明日からまた学校だ、という。僕は専業主婦になりたいよ。どうして? だって朝、洗濯して掃除したらそれでもう終わりじゃない、勉強しなくっていいし。一度、ゆっくり話しよう、といいたくなった。 すれちがった高齢の女性が友人と話している。うまく死ねたらいいけど、そうでなかったら迷惑かけるし…もしもこの人が相談にこられたら(こられないけど)どんなことを話すだろうか、と考え込んでしまった。
2007年11月26日
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深い霧で昼頃まで晴れなかった。近くを散歩。一週間、仕事にかかりっきりだったので、身体が重くなった気がする。 誰に何が起こっても、少しでもよくなっているのであれば、時に後退することがあっても、止まりさえしなければ、そして、導きの星を見失わなければ、どこかに着くだろう。いや、着かないかもしれない… 村上龍の『半島を出よ』(幻冬舎文庫)読了。大筋はあってその中にいくつもの短編ストーリーが組み込まれている。「天使の白い翼」が秀逸と思った。唯一、救いがあるからか。
2007年11月25日
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嵯峨嵐山あたりは大変な人出だと聞いていたので、近くの(歩いて三十分ほど)鍬山神社に行った。このあたりは久しぶりだった。すっかり町並みが変わっていた。二十年ほど前に、塾や家庭教師で毎日のようにきていたのだが。餅屋があったことを思い出したら、急にそこで打っている丁稚羊羹を食べたくなった。これは甘くはなくて、口に入れると溶ける。その感覚がよみがえってきたのである。
2007年11月24日
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金曜の朝、校正を返送する。先週の金曜に受け取ったので、「一週間程度」という締切には間に合ったといえるだろうか。疲れた。もう一つしなければならないことがある。次は12月3日に締切の仕事がある。 その後、昼から読書会。暖かい日で、カーテンを引かなければ、部屋には強い日が差し込む。疲れたのか、日記も書かずに12時間ほど眠る。寝ている間も、アドラーがいうLeitstern(導きの星、北極星)という言葉が頭から離れなかった。この星を見失うことさえなければ、何が起こっても幸福に生きることができる。
2007年11月24日
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朝、冷え込んだが、空は青く、朝食後間もなく歩いた。蝶はもはや見かけなかったが、紅葉がきれいだったのと、山茶花がたくさん咲いていたので、報われた。 校正は出口がどうやら見えてきたが、細かいところを残している。決断しなければ、校正は終わらない。眠くて、もう頭が動いていない気がする。
2007年11月21日
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寒いと朝食の後、外を歩く気にならない。蝶が力なく飛んでいる。 今日もずっと校正。ゲラが出る前にプリントアウトしてもう何度も訳を練ったのだが、いよいよ印刷されると思うと緊張してしまう。着手している仕事がたくさんあるのだが、とにかくこの仕事を数日内にやりとげなければ。
2007年11月20日
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今朝は、今年一番の冷え込みだったようだ。校正をしているのだが、自分が書いたものは、自分で何を書いたかよくわかっていて、文字ではなく意味を読んでしまうので、間違いに気づきにくい。夜、眠れなかった。 先週の土曜、京都国立美術館に行く。この日は暖かかったのに、その後、寒い日が続いている。写真撮影が可能かたずねてみたら、三脚とフラッシュを使わないのであればいいということだった。常設展(コレクション・ギャラリー)だからで、特別展では許可されないのかもしれない。以前、ルーブルに行った時、写真を撮れたので驚いたが、館内で写真を撮ったのはその時以来である。
2007年11月19日
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娘たちは遅くまで映画を見ていた。僕は同じ部屋にいたので、自然、仕事をしながら見ることになってしまったのだが、最後のところで、こんな結末やばい、と泣き出すので驚く。僕は原作を読んでいたので、結末も知っていたのだが。テンションが下がらない娘たちが寝静まってから、ようやく仕事を終えて寝ようとしたら遅い時間になってしまった。 寒い日。紅葉が一気に進んだように見える。今日も一日中校正。なかなか読み終わらない。この本を「速読」されたらがっかりするだろう。
2007年11月18日
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今日は娘の友達が三人もきている。夕食は6人。寮で暮らしているとこんな感じなのか、と思ってみたり、賑やかで楽しい。さて彼女たちは今夜はどうやって寝るのだろう。 アドラーのDer Sinn des Lebens校正中。途中(当然)休みながら、2時頃(午前)からずっと読み続けている。アドラーのドイツ語による著作はこれで二冊目(出版されるのは初めて)。さすがにドイツ語は母語なのでアドラーは水を得た魚のごとく雄弁に語る。英語による著作から得るアドラーの印象とは違うように思う。
2007年11月17日
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夜中に起きていたら、身体が冷たくなる。ふとんにくるまって校正の仕事をする。訳文を読み返していたら、いつどこで、どんな気分で訳していたかまで思い出せる。 仏の座は霜が降りていた。この花は春のものなのだが、この季節、狂い咲きをする花があるということを、過日、近くの植物園の園長さんから聞いた。
2007年11月17日
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翻訳(Der Sinn des Lebens)の校正刷りが届く。来月末に出版予定(『生きる意味を求めて』)。去年の6月に『アドラーを読む』を出した出版社(アルテ)からである。この本は後にアメリカで英訳されて出版されたが、今回、訳したドイツ語原著から削除されている箇所がある。当時のアメリカで出版するには都合が悪かったのかもしれない。無論、今日削除する理由はないので、そのまま訳出した。戦争や死刑に反対する議論である。
2007年11月16日
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朝から今日も深い霧。洗濯物をいつ干したものか迷ってしまう。待っていたら、昼になってしまう。 あれこれ考え事をするからか、よく眠れない。途中で目が覚めてしまう。横になった時に、小説を読むといいかと思って、しかもほとんど読んだことのない村上龍の『半島を出よ』(幻冬舎文庫)を手にする。 翻訳のゲラは今日は結局届かなかった。返送するだけは決まっているのに、届くのが遅れると、一日あたりの構成枚数が増えることになる。この翻訳は、去年入院する前の日もやっていて、ノートが残っている。入院などで長く中断していたが、元気になって再びこつこつやり始め、解説を書き終えたのがたしか9月ではなかったかと思う。バイパス手術で入院した時、テキストと翻訳の原稿を病院に持って行った。結局、何もできなかったのだけれど。 夕食は娘と二人だけだったので、頑張って作る。
2007年11月15日
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夜中に目が覚めてしまって、そのまま朝まで起きていた。『日本のいちばん長い夏』(半藤一利編、文春新書)と『子どもは判ってくれない』(内田樹、文春文庫)を読み上げる。前者は、1963年に行われた座談会の記録。参加者は30人。歴史の渦中にあっての的確な判断がいかに難しいかがわかる。時間が経てばわかるというものではないのだろうが。/center>
2007年11月14日
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毎日日記を書いているのに、日にちの感覚があまりなくて、気がついたらもう11月も半ばになろうとしていて、あせる。この身は一つしかないのだが、しかたない。大学に勤めている友人は、比較にもならないほどの激務をこなしているのだから、こんなことで音をあげていたらいけない(と思おうとしている)。諸般の事情で出版が遅れたり、前後したりしているが、今日は編集者と電話で打ち合わせをした後、別の出版社の編集者から明日ゲラを送るというメールが入っていた。これはアドラーのDer Sinn des Lebensの翻訳である。どうやら年内に出版されそうである。 Flickrに写真を毎日載せているが、フランスの人からメールがきて、僕のフランス語を添削しようという申し出があった。もちろん、ありがたいことであるが、どうやらずいぶん間違いだらけのフランス語を書いていて目に余るというところだろうか。例えばこんなふうにと送られてきたのは、その人の写真につけたコメントの添削。蛙の性(女性名詞)を間違えていることを指摘されていた。それだけだったので安堵したのだが。
2007年11月13日
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土曜、日曜と二日出かけたからか、今日は疲れて、昼間外に出られなかった。しかしこれから出かけられるのだろうか。 自分は他の人が自分についてこのようであるといっているようでは必ずしもないことを知るのは大変なことだとレインはいっているが(Laign, Self and Others, p.133)、特に子どもにとっては親からお前はこうだといわれた属性(attribution)を拒むことがむずかしいということはよくあるように思う。
2007年11月12日
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寒い日になった。妹が出演する管弦楽団の演奏会に行ってきた。父とも久しぶりに会うことができた。マラソンは無理でも(いうまでもないことだが)、またホルンを吹けたら、と今日もまた思ってしまった。モーツァルトの40番はすみずみまで知っているので、聞いていても緊張してしまった。去年きた時は、チャイコフスキーの5番のホルンソロが、今日はドボルザークの新世界のソロが頭の中で鳴った。 帰り、電車の中で少し眠ったようだ。夢を見た。黒板に書かれた(このあたりが夢である)手術の日程表を見たら、僕の手術の日は手術室の看護師さんが不在で、大丈夫なのだろうか、と思っていた。 これからは人のために生きるのはやめようなどと昨日交差点で立っている時に思ったが…こんなによくしてもらっているのに不遜なことだとすぐに打ち消した。
2007年11月11日
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今日はヴァイツゼッカーの研究会。始まる前に木村先生と少し話す。今も週に一度診察をされるという。前に精神科に勤めていたことがあるという話をする。通院精神療法というような言葉が通じて、懐かしい気がした。いつも、病気のことを聞いてくださり、恐縮する。 この頃、睡眠時間が長くて(長すぎて)時間がいくらあっても足りない気がする。 気が弱っている時、ふと某証券会社のコマーシャルを思い出す。個人投資家って私のことですよね、と問う男性に、たずねられた女性がふふんと笑うコマーシャル。もちろん、僕の先入見なのだが、僕のこともあんなふうに笑われているのではないか、と思ってしまうのである。血圧計で血圧を測るようなもので、こんなふうに思う時は要注意である。 午前中、写真を撮りに出かける。今日は暖かかったので、蝶がたくさん飛んでいた。花は蒲公英しかなかった。そこで僕がしたことは蒲公英の前に座ること。すぐに褄黒豹紋が飛んできた。
2007年11月10日
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朝、原稿を最終的に書き上げ、送ったが受け取ったという連絡がない。 当面、買わずにおこうと思っていたのに、本を二冊買う。財布を見たら、すっかり忘れていた図書カードを発見したからだ。くださった人のことを思い出しながら、使わせていただく。 夕方、注文していた(買わないと決心する前に注文していた…)R.D.Laingの本("Self and Others")が届く。新刊がなく、古書を注文したら、たしかに表紙が破れていたりしたが、読んだ形跡は(たぶん)ない。急いでいたので、思っていたより早く届いてありがたい。 そんなことがあって気分が高揚していたのか、夕食はいつになく食べてしまった。明日からダイエットするわ、ともりもり食べる娘を見てつられたかもしれない。 写真はムラサキシジミ。この冬は越冬するようだ。同じムラサキシジミの別の角度からの写真も載せた(写真をクリック)。羽を広げるとこんなきれいな色をしている。あっという間に飛び立ってしまって、この一枚しか撮れなかったが、羽の色を見てもらいたくて。
2007年11月09日
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この数日、体調よく、仕事が進む。娘の友人たちが泊まりにくるというので掃除をしていたら、娘が一人で帰ってきてがっかりする。別に何かを話すというわけではないのだが。 9日に締切の雑誌原稿は書き上げた。明日(もう今日だが)読み返して送る。受験情報誌にこんなことを書いてもいいのか、と思ってしまうが、最終回なので思い切って書いた。子どもの人生は子どもが決めるのであって、親ではないというそれだけのことなのだが。
2007年11月08日
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土曜の研究会と、金曜日の短い原稿の締切が迫っていて、少し気ぜわしい。長編の原稿を夜中に書いていたら、夜が明けてしまった。そのまま昼間で書き続ける。いつもこんなに調子がいいわけではなくてむらがあったり、息苦しくて横になることもあるが、過日の山(低いけれど)登りの時のように、疲れても充実感がある。 身体の方は順調に恢復しているのに、目下の悩みは経済的なことにある。通帳の残額は減る一方。本を買うことを止めようと思うのだが…本屋に行っては今はさしあたって読む時間がないから、と言い聞かせて、何も買わずに帰ることがこの頃よくある。
2007年11月07日
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最後まで止まらなかった、と昨日、書いたのだが、止まってもいいと思えたら、どんなに楽だろう、と考えていた。前に進まないといけないというのも思いこみかもしれない。 大江健三郎が、自分が書いたものを書き直すことについて、次のようにいっている。最初の草稿を書き進めることは、自然発生的にできるが(これは大江だからいえるのだろう、と思ってしまう)、書き直しは自然発生的な勢いではできない。「書きなおしを開始するには、自分の書いたものに直面する勇気が必要である。そこにはまず、鏡にうつる赤裸の自分に対面する感じがある」 それだけに、自分の草稿を、誰かに書き直されると自分の裸の身体の一部をいじくりまわされる気がするはず。書き終えたばかりの草稿は、自分と血がつながっている…(『私という小説家の作り方』、p.90-1)。
2007年11月06日
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夕方、娘から電話があって出たら、どうやら知らずにリダイアルのキーか何かを押してしまったのだろう、つながったことに気づかない娘が何人かの友達と談笑している声が電話を通して聞こえてきた。すぐに切ったのだが、楽しい雰囲気が伝わってきて嬉しい気持ちになった。 今日はあれこれ考え事をして疲れてしまった。一日に考えられる量は決まっているのではないかと思ってしまう。人の書いたものをあれこれ読むのだが、言葉として理解できて(ていると思って)も、その言葉が指し示していることがわからない。そこで本を置いて考え始めるのだが… 昨日載せた写真は山の頂にある展望台から撮ったものだが、澄み渡った秋空を眺めていると、生きながらえることができて本当によかったと思った。過日の診察では主事以下の口から、さりげなく、怖いことを聞かされたのだが、今は思い悩んでも仕方がない。 村上春樹が墓碑銘の文句を自分で選ぶことができたら次のように刻んでほしいと書いている(『走ることについて語るときに僕の語ること』)。 村上春樹 作家(そしてランナー) 1949-20** 少なくとも最後まで歩かなかった 僕なら「最後まで止まらなかった」だろう。 急逝した池田晶子は「それなら(墓碑銘を)私はどうしよう」こんなふうに書いている(『人間自身考えることに終わりなく』)。「さて死んだのは誰なのか」
2007年11月05日
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今日は昼近くまで寝て、体調も天気もよかったので、近くの小高い山に登ることにした。5月にバイパス手術を受ける前、4月28日に登って以来初めてである。実のところ、途中で息切れしたりすればどうしようかと不安はあったのだが、日頃のトレーニング(大げさ)のかいがあって、小走りできるほどだった。
2007年11月04日
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今日は少しも仕事が進まず、やっと今頃になって取りかかろうとしている。こうして生活の時間がずれていく。 夜、息子とskypeで話す。ゼミを決めないといけないようだ。 寝る前に読む本を選ばないといけないと思って、昨夜は大江健三郎の『「新しい人」の方へ』(朝日文庫)を読む。子どもに向けて書いたものにしては晦渋な気がしないではないが、おそらくは不器用できまじめな大江の人柄が文の間から透けて見えてきて僕はおもしろく読んでいる。今書いている原稿の中では、別の本を取り上げて反論したのだが。 写真は褄黒豹紋。寒くなると蝶々が飛んでいない。毎年、見ているはずなのに、不在の季節があることを意識したことがなかった。
2007年11月03日
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昨日は昼過ぎまで頑張って仕事をしていたが、その後力尽きてしまった。この頃は熱くはないので朝食の後すぐに歩かなくてもいいと思ってしまうのがよくない。暑さもだが、急に冷え込んで蝶をあまり見かけなくなったことも、外へ出かける意欲をなくさせているかもしれない。いずれも歩きたくないことの口実でしかないのだろうが。夜はこの頃、時々走っている。とはいってもわずかな距離だけだが。心臓がふわりと身体から抜け出すような気がして、それを止めるかのように咳をする癖がついてしまった。この瞬間だけは、memento mori、死を忘れるな、という声が聞こえる。昼ははかどらなかったが、徹夜。 写真は京都府立植物園で。きょうだい関係のことについてコメントしたら好評だった。今週は新しい写真を撮れなかった。
2007年11月03日
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今日は長い時間原稿を書き続けていたからか、まだすっかり言葉が枯渇してしまったようで、何も書けない。夜、寝る前に前に途中まで読んでそのままにしていた『暴力と聖性―レヴィナスは語る』(エマニュエル・レヴィナス/フランソワ・ポワリエ、国文社)を読み始めたら、朝になってしまった。対談なので(比較的)わかりやすいが、扱われている問題は簡単ではない。寝る前に読む本は選ばないといけないようだ。 娘の友人たちが泊まりにきた時、娘が僕のところにきて、「おとうさんの最初の本ある?」(『アドラー心理学入門』)とたずねる。友人の一人に貸してあげてほしいという。もちろん。娘が読んだことがあるのかは聞けなかった。 霧が出ると、昼まで晴れない。電車に乗れば二駅目あたりで快晴になるのを知っているので、ずいぶん損をしている気がする。
2007年11月01日
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