全22件 (22件中 1-22件目)
1
![]()
お食事中の方は、今日の話は読まれないのがよいでしょう。まだ都市伝説に、翻弄されます。中国料理の珍味中の珍味、蚊の目玉のスープ。無数の蚊の目玉が浮かび、こりこりとした食感がすばらしい。数十万円もする高級料理。面白いのは、その蚊の目玉の集め方。原料は、なんとコウモリの糞。コウモリは、蚊を食べます。そして蚊の目玉は消化されず、糞の中に残るという。その糞を原料に、蚊の目玉のスープを作るのです。私はずっと気になっていました。コウモリが消化できない蚊の目玉。それを人は消化できるのだろうかと。もし消化できなかったら・・・。体内を流れる、無数の蚊の目玉。その想像に、私のスープへの憧れは増してゆくばかり。しかしついに、謎は解けました。蚊の目玉のスープは、都市伝説にすぎないと。誰も蚊の目玉のスープを食べた人はいません。その起源は。小エビのスープの誤解という説。蚊の目玉に見えるのは、小エビの目玉という。さらにコウモリの糞の漢方薬が起源との説も。いずれにしても、幻の蚊の目玉のスープ。もう蚊の目玉の消化に、悩まされることはなさそうです。
2010.03.31
コメント(26)
![]()
昨日のお話の補足。犬はシャンプーの臭いはきらい。シャンプー、石けんを使わず、お湯洗いだけにすると転げまわるのも減ります。また犬の体温は38℃と高いので、シャワーは冷たすぎ。40度ぐらいのぬるいお湯を使うと、お風呂嫌いが少し直るかもしれません。犬が主人の口の周りをなめようとするしぐさ。これは母犬の口の周囲をなめると、えさをくれた習慣の名残です。しかし習慣だから許してよいわけではなく、なめてはいけないと教えると止めます。犬はご主人が喜ぶと誤解しているだけです。確かに話せませんが、素直です。犬の言葉の翻訳機、バウリンガルは復活しています。犬は鳴き声より動作に感情が表れますので、翻訳の精度はいかがでしょうか。下記には「ごきげんニャンコのきもち」も紹介しました。これは猫の気持ちの翻訳機。喉のゴロゴロを感知して光るそうです。犬や猫の気持ちを知りたいと、皆さん思っていますね。犬は人の子供と同じ。大切な家族として、愛情を注いであげたいですね。【日記】 ただ 分かって欲しい -イヌの気持ち-
2010.03.30
コメント(19)
![]()
犬たちの、わたしたちの気持ちを理解して。風呂の後、地面を転げ回ります。石けんではなく、自分の匂いを取り戻すために。赤いボールを見失ってしまいました。赤は私たちには見えにくいから。地面にあごを着けて眠ります。ご主人の足音の振動を感じるために。ご主人の口の周りをなめたくなります。お母さんに、食事の催促をする習慣のなごりです。不意にお漏らしをするときもあります。だめな子になって、ご主人の愛情を得るために。すこし遠巻きに、回りながら近づいてみます。あなたが、不機嫌そうで怖いから。服を着ると、嬉しくなります。でもそれは、ご主人の注目とほめ言葉が嬉しいだけ。今日は、前足をなめています。不満やストレスが多いから。自分の尻尾を追いかけるかもしれません。それはストレスや、病気のおそれの注意信号。小型犬では15年以上。しかし大型犬では10年の、わたしたちの一生。とても短い時間だから、少しでも早く理解して。わたしたちの、本当の願いを。【参考】 藤井聡,面白いほどよくわかるイヌの気持ち,日本文芸社,2009年,211P
2010.03.28
コメント(27)
![]()
悪名高き、セイヨウタンポポ。少しセイヨウタンポポの、汚名を晴らすことにしましょう。セイヨウタンポポは、けっして日本在来のタンポポを駆逐したわけではありません。寒暖差のある日本の環境には、日本在来のタンポポが適しています。セイヨウタンポポは、生育できない地域もあります。在来種のシロバナタンポポは、いまでも群生する場所がありますね。日本在来種は減っていません。セイヨウタンポポが増えすぎて、在来種の”割合”が減ってみえるだけです。ただセイヨウタンポポとの交雑種が増えてはいます。タンポポを食べた方も幾人かみえました。ピーマンどころではない苦さとか。てんぷらにされた方もみえますね。コーヒー、お茶は人気です。セイヨウタンポポを。見直してあげてください。タンポポコーヒーで。【日記】 春に 旅して -タンポポ-
2010.03.27
コメント(8)
![]()
野に町に咲く、セイヨウタンポポ。あのタンポポを、召し上がってはいかがでしょうか?欧州では、サラダになるタンポポ。そのため「野菜」として扱われます。少し苦味はありますが。日本にあるセイヨウタンポポ。これも明治時代に、サラダにするために持ち込まれました。春はサラダを。タンポポが、日本に来た意味を知るために。
2010.03.26
コメント(23)
![]()
文章の一部で、曲解。言葉は難しい。勘違いばかりではなく、曲解はなす術はありません。文章は、残る怖さもあります。誤解ではありませんが、データの鵜呑みも怖いもの。自ら吟味することを、忘れてはなりません。匿名社会の怖さがあります。少数の心ないコメントは、強い印象を残し、ブログの世界を荒廃させます。表現の自由と集団的個人批判の微妙なバランス。私は存じませんが、英語圏のSNSの"Friends"よりは良いとの声もあります。また、たしかにコメントにも人柄が表れます。無理せずコメントできる相手のみと、お付き合いされるかたも増えました。コメントもよく「考えて」、相手に対するリスペクトは大切です。皆さんのおかげと、思う気持ちと同様に。****ご訪問先で、マタタビを猫さんに与える日記を拝見しました。過去の日記に書きましたように、マタタビは猫には毒性があります。死亡の危険すらありますから、与えすぎにはご注意を。そして、ブログのマタタビ化にもご注意を。【2008年4月の日記】 危険な匂いに誘われて ―マタタビ―****【日記】 文章が 人を決める -ブログの世界-
2010.03.24
コメント(22)
![]()
潰されたブログの可能性。気になる本を読みました。この本で語られるのは、ブログの話。ポイントを、箇条書きにします。・ブログの可能性は、人の心で潰された・ブログの自由な発言は、批判のコメントで潰される・ネットでは、人は意地悪になりやすい・人は批判のコメントを書くことで、叩きのめす快感を得る・ネットの住人は、過去の発言を忘れない・文章だけが与える、ブログの人格にゆがみがある・文章からの人格は、書き手ではなく、読み手が決める・読み手が受ける文章の感覚は、読み手の心理で変わる・ブログのトラブルは、「曲解」で起きる・「誤解」は説明で解けるが、「曲解」は解けない・ネットで、心の狭さの悪循環が始まった気になる本ですが、書き始めて憂鬱になりました。そのため、文章も気乗りせず、箇条書き。幸い、私のブログの皆さんは、いつも礼儀正しいコメントばかり。今日のこの本の主張が、誤りでありますように。【参考】 吉村達也,その日本語が毒になる!,PHP新書,2008年,198P
2010.03.23
コメント(29)
![]()
鏡は、昔から話によく出ます。水面に映る水仙、ナルシストの語源。メドゥーサ退治の話。仮面ライダー他、ドラマなどでも。三角縁神獣鏡は、まだなぞがあります。製作年号の間違いなども、なぞのひとつ。ガラスの鏡は、遥か後の時代になります。使わないとき、鏡はカバーなどをつけるべきと言われます。。向かい合わせた鏡の無限の世界。神秘的だと、私も思います。万華鏡も幻想的。私のカテゴリのカレイドスコープの名の由来。人の心に眠る魔物。真実が見えなくなれば、魔物は復活するかもしれません。。人は十人十色。さて、身近なあの人の心には、何が潜むでしょう。以前に、こんな日記を書いていました。【2007年6月の日記】 わたしを映す鏡***それにしても、昨日はひどい量の黄砂でした。なにもかも、砂だらけです。黄砂に付着した汚染物質。下記の日記を書いた2007年には、まだあまり知られていませんでした。今ではかなり、認識されましたね。【2007年3月の日記】 黄砂を浴びてはなりません黄砂の激しい数日。花粉症でなくても、マスクをお勧めします。**【日記】 映らない 闇の中に -鏡-
2010.03.22
コメント(24)
![]()
今年は奈良も、観光でにぎわうでしょうか。三角縁神獣鏡。卑弥呼の鏡として有名です。鏡の円い形が示すのは、宇宙。そして鏡は、魔よけでもあります。魔よけになるのは、鏡の面。真実を映し、魔よけとなります。古墳の副葬品の鏡。それらは全て、鏡面が外向き。外部からの、魔物の進入を防ぐため。今日、街中は、鏡にあふれています。ビルのガラスさえも、まるでガラスの様。あまりに多くの鏡に追われ、行き場を失った魔物たち。その魔物たちが、鏡を避けて潜む場所。それはきっと、鏡に映らない、人の心の闇の中に。
2010.03.20
コメント(28)
![]()
大西洋クロマグロ禁輸案が否決されました。食に対しては、各国お互いを認めません。「賛成ではないが認める」というスタンスはみられません。しかし、命に優劣はありません。命に関する教育の衰退は、恐ろしい結果を招きます。ベジタリアンは「痛覚があるものは食べない」という意味との情報を頂きました。生きる限りは殺戮者。生かされている、感謝の気持ちが叫ばれます。食前の「いただきます」を、「お命をいただいて生かせていただきます」との解釈を頂きました。摂食障害などを体験すれば、食べることができることに感謝の気持を抱くとも。飽食は避けるべき。肉食獣も満腹時は狩りをしません。それにしても、自然界の摂理を作り上げた神様は残酷。何のために生まれてきたかの問い。答えは、命の連鎖でしょうか。次の日記を書いたことがあります。【過去の日記】 もう寂しく思う 必要はない ―輪廻転生―生きるからは、「それ以上の善を人生かけて実行する」。それが生かされていることへの恩返しでしょうか。【日記】 果てしない殺戮 -生きる-【参考】 今日の日記は、共感する皆さんのコメントを取り入れて作成しました。
2010.03.19
コメント(17)
![]()
今、生きるということが問われています。食べること。今、世界が問う、食べることの意味。食べること。それは、生きものの命を奪うこと。菜食ですら、命を奪うことには変わりません。「植物は動かないから生きていない。」ある子が言います。ある子が、草の茎を折り叫びます。「見ろ、生きているぞ! 茎から、透明な血が流れている!」人は、命を奪わずには生きられません。肉食でも、菜食でも。聖人君子を気取っても、生きる限りは殺戮者。生き延びるには、命を奪うしかありません。生と死と、その境を分ける食と。今、わたしたちの生きるということが、問われています。【参考】 山折哲雄,中村桂子,「いのち」についての60の手紙,産経新聞社,2002年,213P
2010.03.17
コメント(34)
![]()
会うは別れの始まり。出会えば、わかれなくてはなりません。そのため、別れの言葉はいくつもあります。人を見送る言葉。またね、などの様々なコメントがありました。琉球では遠くに人を見送る時に、赤い布を肩にかける。そういうお話を頂きました。フランスの別れの言葉も。わかれの風習や言葉は、様々ですね。魂振りは「いってらっしゃい」が似合う。気がつきませんでしたが、そのとおりですね。魂振りを調べた方も。「元気のない霊魂を揺さぶる」とは、荒々しい。さよならより、バイバイ。再会を願うなら、そうかもしれません。バイバイのある、ありがたさ。そのとおりだと思います。私も「さようなら」と潔く言う勇気は、まだありません。【日記】 やさしく きっと -バイバイ-
2010.03.16
コメント(18)
![]()
バイバイ。とてもやさしい、わかれの願い。日本には、「魂振り(たまふり)」があります。魂振りで振る、袖や手。それは神を引き寄せ、魂を活性化させる、おまじない。見送りに、バイバイ。バイバイは、魂振りが、その形を変えたもの。それは旅立つ人の、安全を願う、おまじない。別れ際に、バイバイ。バイバイは、別れたくない人との、再開を願うおまじない。魂振り秘められた、愛する人の魂を引き寄せる力を信じて。魂振りの名は、あまりに仰々しく。それに比べ、バイバイは、とてもひかえめで。ひかえめに、でも強い願いをのせて、バイバイ。バイバイは、とても日本的な、わかれの儀式。バイバイ、大きく手をふって。つよく、やさしく、大切なあの人のために。
2010.03.14
コメント(32)
![]()
わたしとあなたを区別するのは人格。人格が、人を区別するという意見が多くありました。そして多重人格の話も。知人に多重人格的な症状がありました。会話中に、急に性格が変わり、脈絡のない会話を始めます。時としては、走り出すなどの行動もともないます。異常な力も出しますので、止めようとするのも危険。しかし恐ろしいのはその後。急に静かになり、また会話を始めます。しかもその会話は、中断する前の会話の続き。本人は、この人格交代の間のことを覚えていませんが、若干の違和感があるようです。この方の場合は、過度の飲酒による脳障害が原因でした。その点で、正確には多重人格ではないかもしれません。体は同じでも、人格は分かれます。人としては、ふたり以上が存在するようにも思えました。わたしとあなた。それを区別する基準は、やはり今も分かりません。【日記】 いつから いつまで -あなたとわたし-
2010.03.13
コメント(19)
![]()
あなたと、わたしの境界線。あなたは、いつからあなたなのでしょう。いつまで、あなたなのでしょう。「わたし」を「あなた」と区別する方法。肉体の連続性で、「わたし」を区別する方法があります。生まれてからの肉体の共通性で、「わたし」を決めます。しかし妊娠したとき、いつから母親と子供は区別できるのでしょうか。そして死ぬとき、いつまでわたしなのでしょうか。人の体の物質は、半年で全て入れ替わります。すると半年後のわたしは、わたしではないのでしょうか。DNAで、「わたし」を区別する方法があります。しかしクローンは、同一のわたしなのでしょうか。同一の遺伝子を持つ双子は、同一人物でしょうか。知識や記憶で、「わたし」を区別する方法があります。しかし記憶を記録したコンピュータができれば、それはわたしでしょうか。記憶や知識は、日々変化します。時とともに、わたしは、わたしではなくなるのでしょうか。「わたし」を「あなた」と区別することはできません。しかし区別できると、わたしもあなたも思っています。それが人の、最大のパラドクス。あなたは、いつからあなたなのでしょうか?そして、いつまで、あなたなのでしょうか?【参考】 富永裕久,「図解雑学 パラドクス」,ナツメ社,2004年,222P
2010.03.11
コメント(34)
![]()
塩は皆さん、身近ですね。特に盛り塩の由来について、多くのコメントを頂きました。私は過去の日記に書いたつもりでしたが、記憶は定かでありません。日記件数も1,206件となると、過去の日記を探すのも大変です。コメントで補足も頂いた盛り塩の由来。そのとおりで、秦の故事が由来です。秦の始皇帝の阿房宮。その宮殿には、3,000人の美人がいました。皇帝は美人を選ぶ際に、牛車が立ち止まった家を調べました。ある時、牛が同じ家で、数日連続で止まりました。その家の女性が、盛り塩を置き、牛を止めたからです。賢い女性の知恵でした。お祓いの由来は、知恵の象徴でもあります。*3月7日、33万ヒットを迎えました。キリ番は、monofreakさん。ニアピンは、33万3ヒット目のマグcupさん。いつもありがとうございます。皆さんのおかげで、長くブログも続いています。休み休みではありますが、これからもよろしくお願いします。【日記】 祓いは 何のために -塩-
2010.03.10
コメント(15)
![]()
葬儀後のお清めの塩。これを死者の冒涜という声があります。お清めの塩は、死者を祓うのではありません。生者を死に導く厄を祓うのです。玄関に塩をまく。体に、左肩、右肩、左肩の順に、塩をふりかける。入浴剤に岩塩を使う。いずれも祓いばかりではなく、抗菌などの作用もあるでしょう。盛り塩は、客を招く縁起物。牛車の牛が、玄関の塩をなめるのに立ち止まるから。秦の時代の故事に基づきます。清めの塩は、清らかでなくてはなりません。湿気たり、ほこりで汚れた盛り塩は厳禁。じめじめせず、ほこりがない部屋を常に保つ。盛り塩の作法は、部屋を清らかに保たせます。お祓いにこめられた先人の知恵。その作法を知れば、そこには科学がみえてきます。【参考】 加門七海,「お祓い日和」,メディアファクトリー,2009年,157P
2010.03.08
コメント(36)
![]()
スパイではなく、忍者,隠密,間者では?そのコメントを、いくつか頂きました。そのとおりで、本来の副題は「忍者」です。副題が「スパイ」になったのは、起案時の理由。キム・ヨナ → 007 → 聖徳太子と連想したから。しかし、キム・ヨナと聖徳太子のお話はあまりに長くなりそうで、キム・ヨナはカットとなりました。それでも007のコメントも頂きました。この起案時の連想を、読まれているのかもしれませんね。またキム・ヒョンヒのコメントもありました。しかし、キム・ヨナまでは読まれなくて、一安心。聖徳太子は、同時に10人の話を聴けたと私は理解していました。しかしそれ以外の人数の話もあるようです。理解力、記憶力の良さを伝える話ですが、私はこの忍者の情報収集能力も背景にあったと思っています。それだけ警戒しても、聖徳太子の子、山背大兄王は命を落とします。その太子の怨念を封じるための法隆寺。奈良には、多くの悲しい歴史が残されています。【過去の日記】 死をもって 平穏を得よ ―法隆寺と山背大兄王―今日は雨。こんな日の奈良は、歴史に埋もれた人々に、想いを馳せるのも良いかもしれません。【日記】 ただ 生きるため -スパイ-
2010.03.07
コメント(11)
![]()
身を守るため、人は情報を求めます。時として、その情報のため、スパイさえ操られます。スパイ、日本では忍者。忍者を操った最初の政治家。それが、聖徳太子。聖徳太子は、大伴細人に情報を盗ませました。細人の特技は、細い穴でも通れること。細人らのスパイ集団を、聖徳太子は「しのび」と呼びました。大伴細人は、後の甲賀忍者の祖先とも言われます。人々の情報をよく聴いたという聖徳太子。その由来は、スパイの活用にあったのかもしれません。命を狙われていた聖徳太子。事実、その子、山背大兄王は、蘇我入鹿に命を奪われます。スパイ。それは、身を守るための手段。懸命に情報を集める聖徳太子に、権力者の姿はありません。そこにあるのは、ただ生きるため、情報にすがる、ひとりの、おびえる人の姿にすぎません。
2010.03.05
コメント(44)
![]()
核戦争の死者数の単位、メガデス。メガデスは、核以外の死者数の算出にも使われます。ここ数日、数字関係のブログが多くなりました。世界人口の計算、ご指摘どおり間違っていました。68億人、6,800メガデスです。ブログとはいえ、この単位の使用は、無神経と言えるかもしれません。本当に、最低の単位です。バンドのメガデスのコメントもありました。単位のメガデスのつづりは、”megadeath”。バンドのメガデスのつづりは、”Megadeth”。"a"が一個ありませんが、おそらく意図したものでしょう。メガデス。永久に抹消したい単位です。暖かくなりました。もう春が目前ですね。【日記】 何を 数えて -メガデス-
2010.03.04
コメント(18)
![]()
最悪の単位、メガデス。1960年代、単位メガデスが使われました。1メガデスは、100万人の死。核戦争での死者の見積もりに、その単位は使われました。メガデスの考案者。それは、アメリカの軍事理論家、ハーマン・カーン。6,800メガデス。それが世界人類68億人の、滅亡に必要な数。メガデス。これほど冷酷な単位を、私は他に知りません。
2010.03.02
コメント(30)
![]()
とてつもなく大きな数。グラハム数の説明が、うまくできずにすみませんでした。私もよくこの概念を理解できません。真理の追究が生み出す産物でしょうか。ネットなどで詳しくはご覧ください。サハラ砂漠の砂粒の数より、はるかに大きな数。宇宙中の素粒子を集めても足りません。素粒子の世界と、宇宙の共通性は面白いですね。そして、地球は宇宙でも貴重な星です。不明瞭な日記ですみませんでした。日記は分かりやすくしなくては。皆さんも、今週も素敵な一週間になりますように。【日記】 史上最大の数 -グラハム数-
2010.03.01
コメント(14)
全22件 (22件中 1-22件目)
1