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月曜日を待って、小児歯科へ電話した。すぐ来てくださいと言われ、ごはんを息子の口に詰め込み、おんぶ紐で縛り付けて、自転車で出掛けた。先生は優しい。「まあ、これくらいなら大丈夫ですよ。」との事。神経がやられていたら、将来黒ずんでくるかも知れませんが、それでも放っておいても大丈夫だそう。息子は、綺麗なお姉さんの看護士さんを見て、ニコニコと上機嫌で、知っている限りの芸を披露していた。さあ、今度は娘の番だ。2~3日前から、目が痛いと言っていたが、本格的に腫れてきた。目ぼう・目バチコ?昔は眼帯をした子供は珍しくなかった。いつもの小児科へと思ったが、今日は午後からの予定が詰まっている。更に月曜日は乳幼児で一杯なので、父親が通っている外科に隣接する眼科が空いているとのことで、そこに連れて行くことにした。音楽会の代休で、学校が休みなので、娘には時間がある。アレルギーから、目が痒くなり、擦ったためにばい菌が入ったとのこと。目薬が3種類、一日に4回もささなければならない。学校に忘れては困るので、2つに分けてもらった。さて、午後からは国立に行かなければならないが、もう昼だ。手っ取り早くお弁当を買ってきた。私が食べられるお弁当は、少ない。でも仕方が無い。息子の離乳食を作らなければならないので、ほかの家族の分は手抜きだ。全員カキ込むように、お弁当をむさぼり食べた。息子の離乳食は、食べさしてから出発すると間に合わないので車内で食べさそうと、お好み焼きを作った。これならこぼれても大丈夫。ソースやマヨネーズは使えないからダシ味のみ。おいしいんだろうか。(^^ゞ鉄剤を飲ましているので、お茶が飲めない。水筒に湯冷ましを詰め込んで、出掛けた。待合で待っている間、隣の子が卵の試し食べをしていた。もくもくと食べている。おいしいんだろうな…。アレルギー反応が出なかったようで、おばあちゃんらしき方は、「治った、治った。」と、大変喜んでおられた。「娘は、今までものすごく苦労したんですよ。私、婿の家に行って、フローリングに全部屋代えさしたんですよ。」と、私に話しかけた。お乳は混合、アレルギーは卵だけ、昼間母親は仕事をしていて、ずっとおばあちゃんが見ているとのこと。お婿さんの家に乗り込んで行くおばあちゃん…おばあちゃんの自慢話に、私はいささか呆れた。周りには、まだ顔中アトピー性皮膚炎の子が沢山いるんですよ。うちの子も、卵だけでなく乳もまだダメですよ。私は、フローリングに全部屋代えさすなんて、とても言えません。と、心の中で思いながら、聞いていた。言葉は悪いかもしれないが、孫を思う気持ちは伝わって来た。そして、うちの息子と一ヶ月違いの、おいしそうに卵をパクついている子に、「良かったねー。」と言った。その子は、私にニッコリと微笑んでくれた。国立の小倉先生は、スクラッチテストなどで、几帳面にいろいろと調べてくれた。「お宅のゴミは、綺麗です。今度は、よく遊びに行くご実家のゴミを持ってきてください。」ダニだ。どこに住んでもダニは居る。共存しているダニに反応していると言われても、これ以上掃除が出来ないほど掃除をしている綺麗好きのお義母さんに、私は言えない。結局夫が上手に言ってくれたけど、やはり面白くないようだ。いいえ、お義母さんでなく、面白くないのは夫だ…。これ以上は書けないが、まあ、その後いろいろあった。息子としては、母親の家が汚いとでも言われた気がしたんでしょう。願わくば、アレルギーの勉強をして欲しいが、意地でもしない夫。私から説明を受けると、「権威主義」だと反発する。一般にこのような人は、多い。突然アレルギーに遭遇すると、皆「そしたら、何にも食べられなくなるじゃないか。」とか、「どこにも連れていけなくなる。」とか、早急に結論(極論)を出し、母親に当たる。いままで、何度もそういうセリフを聞いた。今は、聞き流すことが出来るが、最初は辛かった。まあ、子供はかわいいから、夫もいろいろと気をつけることはつけているし、時々先生に質問したりもしている。何も考えず子育てしたいのは、みんな一緒だ。年月が経てば、だんだんわかってくるが、何年もアレルギーと付き合っている私でさえ、わからないこともある。だから、いまだに本を買って勉強したりしている。どうぞ、息子が姉のように喘息になりませんように。
2004年10月19日
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昨日の誕生日パーティー(?)の写真ですが…このあと、はしゃぎすぎて、奇声を発していた息子が伝い歩き失敗でこけた拍子に、椅子の角で口を打ち、舌を切り、血がドバドバでた。わんわん泣いて、口を開こうとしない。土曜日の夜だし、救急へ行くかどうか様子を見ていたが、しばらくすると血も止まり、切った舌を確認。大したことはなさそうだったので、放っておいた。首から上の怪我は、血が出るものだ。さて、今朝、改めて口の中を見てみると、舌は少し紫色に変色していたが、大したことはなさそう。で、…!えっ?なんと歯が欠けているのに気が付いた。ほんの少しだけど、確かに欠けている。少し先を見ると、欠けたと思われる歯らしきものが落ちていた。1ミリ角くらいの、白い塊。きっと歯だ。あ~、今日は日曜日。あちこちに電話した。子供は診ていないとか、痛がっていないなら、明日歯科へ行って下さいとか、ことごとく断られた。上の子の誤飲事件の時もそうだったけど、子供の怪我や病気は、イザ自分の子がなってみるとオロオロするもんだ。結局歯茎の色も変わったことはなし、折れたのも少しで食欲もあるのなら、明日でも良いんじゃないかという、健康相談の窓口のお姉さんの言葉で落ち着いた。今朝もいつものように、機嫌良くバクバクとご飯を食べていたし、…まあ仕方ない。でも、明日は国立へ行くことになっているし、あさっては掛かりつけの病院へ…。掛け持ちで朝から走ることになるなぁ…。こういう時、ベビーフードが気楽に使えたらなぁと、ふと思った。
2004年10月17日
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息子、今日は君の誕生日だね。-----。一年前の今朝、切迫早産のため長々と繋がれた点滴のチューブが外された。ウテメリンという陣痛を抑える薬は、とにかくしんどかった。一ヶ月間。30日。動悸・息切れ…副作用が、結構辛い薬。毎日24時間全力疾走している感じで、お見舞いに来る人と話すのに、はぁはぁ言いながら喋った。それが外れた。神様(無神論者だけど。)、どうか、赤ちゃんを生きてこの世に出してください。それだけ願い、手術室に向かった。ドンドンと、お腹を蹴り、早く出たいと意思表示していたあの子が出てきた時は、医師が思うより大きく2620g有った。先生も、思わず良かったと、喜んでくれたね。一ヶ月前、「この子はすごく出たがっているね。でも今無理に出すよりも、出来る限りお母さんのお腹の中で成長させてあげた方が良いよ。お母さんのお腹の中に勝る保育器は無いんだからね。」と言われ、毎日病室でカレンダーに印をつけて待っていた。辛い妊娠だった。歩くのも、家事も。「年やねー。」と、笑って誤魔化していたが、足は浮腫み明らかに上の子とは違うしんどさ。結局限界が来て、2日早い出産となった。早産には違いない。でも、一ヶ月前よりも育っているのは間違いない。高齢出産だし、リスクも覚悟していた。生きていて。そしたらあとは私に任してくれれば、きっと愛情一杯に育ててあげるから。-----。母乳不足で急激に痩せ、アレルギーが出て、貧血になった。…この一年病院に通い詰めだったね。でも、その笑い声・泣き声・怒って唸っている声は、すばらしく大きい。元気だ。そのまま成長しなければ良いのにと、何度も思った。反対に、成長が見えるとまた嬉しい。複雑なまま、毎日を過ごしている。今日は初めて、掴まっている両手をいっぺんに外して私の胸に飛び込んできた。あの慎重な息子が、私を目掛けて冒険した。ほんの2秒くらいだけど、自分で立った。自分でも嬉しかったらしく、大笑いしていた。アレルギー食も一生懸命頑張るから、君も頑張ろうね。出来る限りの事はしてあげるからね。お姉ちゃんも、一緒に頑張っているよ。-----。追記誕生日ケーキを、いつもお世話になっているKIKIさんに頼みました。アレルギー児がケーキを食べられるなんて、本当に嬉しい。アレルギー用のミルクや、辻安全食品などのアレルギー用の材料を使って、とても丁寧に作ってくれました。KIKIさん、これ見てないと思いますけど電話では丁寧に説明して下さり、ありがとうございました。-----。私は今、涙を流しながらキーを打っています。自分に関わってくれている全ての皆さんに、感謝します。MAKIO。
2004年10月16日
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