ウンとかスンとか mamatamの日記

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2026.07.28
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テーマ: あの頃の話(87)
カテゴリ: あの頃
もう30年以上前のこと。
家から外に出られなくなったことがあるのです。期間は2-3ヶ月くらいだったと思うのだけれど。
きっかけは今だったらモラハラっていうのかな、ある人に、大勢の前で罵倒されてしまったのです。それでどこかの配線がショートしちゃったという話。住んでいたマンションの自治会主催の盆踊り大会でのことでした。
わたしは盆踊りのテープを流す係でした。
その頃、和太鼓ブームで、そのマンションでも子供たちの和太鼓グループがあり、盆踊りで太鼓を叩かせてもらっていたので、前半は子供達が叩きやすい曲中心で、後半は踊りたい人たちに人気の曲を多めにという打ち合わせをし、決めた曲順でテープを流していました。

罵倒してきたのは、自治会長をしていた人で、一杯機嫌で、奥さんやそのお友達のおば(あ)ちゃんたちが好きな曲をもっとかけて欲しいと言いにきたのです。でも、大音量のナントカ音頭に太鼓の音が重なって声が聞き取れず、何か労いにでも来てくれたのかと思ってしまって、わたしは大丈夫ですとかなんとか、マヌケな返事をしたらしいのです。
そしたら、なんと!「オマエはバカか!」って大声で怒鳴ったのです。
周りにいた人たちが動きを止めて一斉にこちらに目を向ける中、わたしはびっくりして固まってしまいました。
役員の男性の方が気づいて、あやしながらどこかに連れて行ってくれたみたいで、その場はおさまり、わたしも、片付けまでして、何事もなく帰宅しました。
ところが、次の日から自治会の集まりには出られなくなりました。
それまで本当に和気藹々、楽しくやってきた自治会で、その会長だって、お酒を飲んで人格が一変したなんてことは一度もありませんでした。その落差で余計に傷ついたのでしょうね。
自治会長とは、エレベーターホールで出会っても同じエレベーターには乗れなくなりました。自治会には半纏だとか色々返却するものがあったのですが、反省会の日、始まる前に受付に「こういうことがあったので、今後わたしは自治会には関われません」と手紙を添えて持っていきました。
でも、その後挨拶も謝罪も一切ありませんでした。
夫にも経緯を伝えて、わたしは自治会の人とはもう関わらないけれど、あなたはわたしに合わせてくれなくても構わないからと言いました。
すると珍しく夫も怒って、夫婦揃って自治会からはフェードアウトしたのでした。
ところがわたしに関してはそれで終わりはなくて、それからというもの、他人に関わることができなくなってしまいました。
このお喋りのわたしが家族以外とは喋れなくなってしまい、誰かに会ったら嫌なので外に出ることを躊躇い、なんとか買い物には行くものの、いつものスーパーはイヤで、普段行かないお店に行ったりしていました。

自治会長とはあいかわらず、顔を合わせても挨拶もしない、同じエレベーターにももちろん乗らない、なんなら廊下で行き合ったらくるっと向きを変えて来た方に戻ることまでしていました。それでも気が晴れることもなく、できなくなったことも出来るようにならない。
それなのにあの親父は、何もなかったみたいに、相変わらずデカイ顔でふんぞり返って歩き回ってる。
これってわたしの丸損じゃない!そう思ったら腹が立ってたまらなくなりました。
なんであの親父のためにわたしこんなに縮こまって暮らしてるの?って、もうめっちゃ怒っちゃったのです。
それで全部元に戻すことにしました。あ、自治会はもうお断り、それは変わりませんでしたし、同じエレベーターには乗らず、挨拶もなしでしたが。
1ヶ月ほどかけて根性で元に戻し、家族以外の人とも話すように心がけて暮らしたある日、もっと強制的に色んな人と関わるところに自分を連れて行こうと思いつきました。
それで決めたのが、テニススクールに入ることでした。
最初はコーチとだけ向き合えればなんとかなるでしょう。「教わる」なら、ある意味事務的な会話なので、とっかかりとしてはナイスじゃない?と思いました。同じクラスの人たちとは、最悪関われるようにならなくても大丈夫だし、取り敢えず、人見知りの人みたいなふりしていればいい。そう計算して、近所のテニススクールを見学に行き、あっさりした感じの方に入ることにしました。それがわたしとテニスのおつきあい事始めになりました。

こんなことを思い出したのは、多分ここ数日のどんよりが、あの頃と少し似ていたからかもしれません。
いまは、仕事もあるし、あんな気分に浸っていられるほどやわな生活ではないので、同じことにはならなかったかもしれませんけれど、まあ、わかりませんね。





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最終更新日  2026.07.29 03:21:48
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