全8件 (8件中 1-8件目)
1
ご無沙汰しております。5月は滋賀県に出かけたり、文楽を見に行ったり、元気にはしていたのですが、元気に出かけても帰ってくるとなんだかいつまでもヘトヘトな感じで気力が湧かず、ブログにアップすることができませんでした。滋賀県には、30年くらい前から共同購入させてもらっている菜種油の製油会社があり、そこの工場を見学させてもらうために出かけたのですが、その感想文の締切が一昨日で、催促を受けてなんとか頑張って提出したので、生存確認の代わりにこちらにも載せておきます。****2026年5月12日火曜日。初夏とは思えない暑さの中、久しぶりの東海道新幹線でお出かけしました。行く先は滋賀県の愛知食油さん、目的は菜種油の搾油工場の見学です。こちらの工場(愛知と書いて「えち」食油さん!)では、日本各地から届く菜種を原料に低温圧搾という方法で菜種油を製造しておられます。わたしは30年ほど前にAIさんからのお誘いをきっかけに、この菜種油の共同購入の仲間に入れていただき、それ以来たまにオリーブオイルを買う以外、食用油といえばこの菜種油しか使わずに過ごしてきました。今回、工場見学ツアーにお誘いいただいて初めて製造現場を拝見させていただけることになり、とても楽しみにしていました。ウン十年ぶりの朝の通勤電車は相変わらずの酷電ぶりでしたが、無事新幹線ホームにたどり着き、米原で近江鉄道に乗り継いで、お昼過ぎに到着しました。工場では、大きな釜でもう菜種の焙煎が始まっていて、とても香ばしい香りがしていました。他の共同購入グループの方たちと簡単に自己紹介をしあって、いよいよ搾油の見学です。ここはフルオートメーションのハイテク工場とは対極のローテク工場。圧搾機は7-80年ものの機械で、今でもよく働いてくれているけれど、一旦故障すると部品がなかなか見つからないので、大事に大事に使っていらっしゃるそうです。釜で適温に炒った(多分ここは職人技!!)菜種がこの圧搾機に送られてプレスされ、油分と搾りかすに分かれて排出されるのです。そのシンプルな動作は人間がする作業を代わりにしてくれていることが一目でわかり、見ていると胸がホワンとしてきて、頑張ってくれてありがとうと声をかけたくなるような、逞しくも優しいツワモノでした。搾りかすは蒸気で蒸してから微粉砕し、油粕として販売されます。また畑に戻されるのです。圧搾された菜種油は、日本のあちこちからやってくる菜種の品質の良さもあってのことでしょうが、透明で黄金色に輝き、もう十分きれいでした。これを1日か2日静置し、上澄みを加熱して水分を飛ばし、それを何重もに重ねた濾紙で念入りに濾して、不純物を取り除いて出荷となるそうです。工場は清潔で、機械もとてもきれいに使われていました。感心しながら見学を終え、情緒豊かな町を歩いて懇親会会場に向かいました。懇親会には12人ほどが出席され、30年どころか50年以上もこの菜種油を愛用されている方たちや、愛知食油さんの社長さんのお話を伺うことができました。特に心に残ったのは、他県で同じ低温圧搾の製油工場を見学されたお話でした。案内の方の説明はあったものの、パイプで繋がれたいくつもの機械の中でどのような作業が行われているのかは見ることができなかったそうです。製品は無添加、低温圧搾、湯洗いの菜種油で、工場の印象は随分違ったけれど製品の説明はほとんど同じだし、愛知食油さんの菜種油と大差はないだろうと思いながら、確認のため試食用に瓶入りを求められ、帰宅して揚げ物を作られたそうです。ところがなんと、ご家族からは、その油はもう使わないでと大ブーイングだったというのです。原料も製法も同じはずなのに、食べたら全然違うってどういうことなのか。。。というお話でした。食の勉強をしっかりされ、工場見学も実際に何社もされた方ですら判らないのだったら、お店に並んでいる品物の良し悪しの判断がわたしにできるはずがないと思いました。たまたま一番最初に出会ったのがこの菜種油だったおかげで、一瞬の寄り道もせずに最高に美味しい菜種油を食べ続けてこられたということ、それがどれほどの幸運だったかということに気付き、今更ながらに唖然でした。見学、懇親会の後、東京にとんぼ返りでは高齢者にはきついと思い、近くの近江八幡に一泊することにしていたので、翌日は観光をして帰京しました。近江八幡は、期待していた以上に歴史も豊かで見どころたっぷりの素敵な町でした。ぜひ近いうちにもう一度訪れて、ゆっくりと街歩きも楽しみたいと思いました。****近江八幡は東京からだと交通の便が悪くて、翌日の観光もあまりゆっくりとはできませんでした。でも、本当に素敵な街で、素敵な人たちにも出会えましたので、旅のレポートを是非アップしたいと思います。文楽も、これまで縁がなくて何度もチャンスを逃していた「小写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)」という有名な演目を通し上演の今回、2日に分けてじっくり観劇することができたので、そのご紹介もさせていただきたいと思っています。急に暑くなってバテ気味のところに、平日は仕事、週末は遊びでついついブログの分の体力まで使ってしまって、その結果のご無沙汰でしたが、また、ゆっくりと書いていきますので、ゆっくりお待ちいただけると幸いです。
2026.05.30
コメント(9)

そうなんです。差押予告通知っていうメールが来たんです。mamatam社に。これなんですけど。わたしを含めてブロ友の皆様も、年金を受給している立場で、保険料の支払いは終わっているという方がほとんどですし、保険料支払い中の方でも、厚生年金加入の方は国民年金保険料を個別に支払うことはありませんから、騙される余地はありませんよね。内容も、よく見ればおかしなところだらけです。まず、差し押さえのような重大な事柄をメールで通知するというのは考えられないし、何よりもこのメールには名宛人の氏名が記されていませんでした。番号とか、未納だという保険料の内容も明記されていないし、何より、支払い方法がすごいですよね。なんとPayPayご指定です!!幾ら何でも、日本年金機構、そこまで捌けてはいないでしょう。格好だけは整っているものの底が浅いというか、万一、受け取った人が心当たりのあるヒトだったとしても、落ち着いて読めばおかしなポイント満載ですね。でも、差し押さえなんて一生のうち一度出会うかどうかの過激なワードですから、何かの間違いとは思いつつも、ドキッとするかもです。そうなっても平常心を失わないように、常日頃用心するに越したことはありませんね。先週は近江路旅行や文楽観劇などイベント盛りだくさんで、ブログの種、というか、自分のための記録としてもアップしておきたいことがたくさんあるのですが、疲れもあるのかいまいちシャキッとしません。明日も文楽を見に行く予定なので、頑張ってアップしたいと思います。
2026.05.22
コメント(12)

今日はまだ5月17日だというのに、日本中で夏日や真夏日の地域が200ヶ所もあったとか。わたしも整体に行ったのですが、行き交う方達半袖ハーフパンツが目立っていたし、長袖を着ていたわたしは信号待ちなどで立っていると暑くてたまりませんでした。今年の夏、大丈夫でしょうかね?先週は近江路への旅で忙しかったり、その疲れなのか暑さのせいなのか体調もあまり良くなくて、ブログの更新がほとんどできませんでした。でも、整体にも行ってきましたので、明日からは旅レポなどぼちぼち書いていきたいと思います。今日は体調がイマイチとか言いながら、整体の後はいつものスーパーに寄ってきました。買い物はいつもより控えめを心がけましたが、今日のスペシャルはこれ↓でした。お分かりでしょうか、実山椒です。(箱に生さんしょうってプリントされちゃってましたね。)東京のスーパーで売っているのを初めて見ました。迷いましたが、2度目はないかもと思って、生の実山椒なんて触ったこともないのに買ってしまいました。どうするつもりなの、わたし?って自分にツッコミを入れてしまいましたよ。瓶入りのちりめん山椒とか、塩漬けとかを買ったことはあるけれど、それだって滅多にないのですから、考えたら(考えなくても!)無謀な話です。そうは言っても買ってきてしまった以上どうにかしないと、ということで、ざるにあけゴミをゴミを取り除いてみました。重さを測ってみたら約500gありました。お値段は3,999円。これが高いのか安いのかもわからないで買ってしまったわたしでした。さっと水洗いして、大きな鍋にお湯を沸かして大きな枝だけ外した実山椒を投入、調べたレシピは弱火とか中火とか色々あってわからなくなったので強めの弱火で10分ほど、柔らかくなるまで(というところはどのレシピも同じでしたので)茹でました。柔らかくなったらざるにあげ、1時間ほどお水に浸しアクを抜きました。そのあと細いジクだけ残して枝を外し、お水を替えてもう2回ほどアクを抜きをしました。下ごしらえのすんだ実山椒をよく拭いて水気を切り、塩漬けを一瓶つくり、残りを冷凍用に小分けしました。 これが塩漬け、200gはお塩を含まない正味の重量です。塩は濃いめの20%にしました。10日目くらいから食べられるようになり、冷蔵で一年位保存が効くそうです。こちらは冷凍用に小分けした袋です。トータル約360gでした。枝など取り除いたのに元の重量より重いのは、茹でたから水気を吸ったせいでしょうか。こちらの使い方は、凍ったまま煮物にしたり、刻んで薬味にしたりとのこと、どちらも手軽に使えそうです。
2026.05.18
コメント(11)
近江路(って言うかしら?)への工場見学などなどの旅、もう今週です。昨日から旅支度をしています。といっても、暑くもなく寒くもない、一年で一番良い気候のこの時期の旅、しかも一泊ですから、荷物はわずかなもの。泊まるのは駅前(のはず)のビジホですから、何か足りなければコンビニなんかもあるでしょう。支度にもあまり気合が入りません。ただ、昨日、時刻表を確認していてとんでもないことに気づいてしまいました。朝、8時台東京発のひかりに乗る予定なのですが、平日のその時間の東京方面行きと言うのは通勤ラッシュの"どピーク"なのですよ。我が家から新幹線ならJRで東京または品川に行くのが最も効率が良いので、普通なら総武快速線に乗るのが新幹線への乗り換えも含めてベストです。そう、普通なら。ところが、どうやら平日のこの時間帯は「普通」とは対極の状態にあるらしいことに、昨日最終確認をしていて気づいてしまいました。普通じゃなくて通勤ラッシュなわけですが、どう普通じゃないかと言うと、わたしが使っているナビウォークというアプリには、乗車予定の電車の乗り込む駅での混雑具合が絵文字(ピクトグラム、でしたっけ?)で表されているのですが、乗車駅の総武快速電車の混雑状況は7時台後半から8時台の電車の99%が「乗れない」(「とても混んでいる」よりもっと混んでいる)のマークになっていたのです。この駅での総武快速線の車両の乗車率は160%だそうです。つまり、車内はギュウギュウのすし詰め状態で、しかもこの駅では降りる人がほとんどいないので、ドアが開いてもホームにいる人が乗り込む余地がほとんどないということになるのです。昔、JRを国鉄と呼んでいた頃、通勤時間帯に都心のオフィス街に向かう電車が、国鉄の電車「国電」ではなく、語呂を合わせた「酷電」と呼ばれていたことを思い出しました。国電は無くなっても酷電は堂々と長らえていたのですね。って、感慨に耽っている場合ではありませんね。今日も調べましたが、他路線経由で東京へ行くなどの打開策が見つからず、一番単純に、ラッシュ前に快速に乗れる時間に家を出ることにしようか、それしかないでしょうと考えるに至りました。きっと東京駅地下のグランスタでたーーーーっぷり駅弁を吟味する時間ができることでしょう。
2026.05.10
コメント(11)
前回の記事を読んでコメントくださった皆様、どなたも「移転」の言葉に敏感に反応されて、わたしのことを心配するコメントをたくさん戴きました。ありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいになりました。でも、経営はもう息子に代わっており、実際に事に当たっているのもほとんど息子です。わたし自身は、頼まれれば書類手続きなどには手を貸すものの、それ以外は手も口も出さないことにしています。ですから、なんの影響もないというわけではないにしても、大きな負担はありません。その移転ですが、引越し先はなんと今のわたしたちの自宅の隣地なのです。面積は我が家の敷地より広いですが、カギカッコの内側に我が家の建物がすっぽりおさまっているような、いわゆる旗竿地という、表通りへの開口部が狭い変形地。売りに出ているという話を聞いた時、我が家以外に買い手がつくかしらと思いました。実際、我が家に打診があり、その時はかなり強気な価格設定で、mamatam社の身の丈には合わないお話だったのでお断りしたのですが、それから何年か後に再度不動産広告が出た時には価格も下がっていましたし、なんとかいけるのではということでmamatam社として交渉を始め、実は、昨年の初頭に契約の直前まで行ったのです。もうほぼ決まって社内で手付金の話などしていたそんなタイミングで、やっぱり売らないとオーナーが言い出したと相手方の不動産業者から連絡があり、話は御破算。ところが、そのわずか数ヶ月後に、話を壊したご本人が再交渉したいと言って直接訪ねて来たのです。直接取引との申し出で、それはもちろんご自由にどうぞでしたが、こちらサイドは前回もお願いした知り合いの不動産業者さんに交渉や手続きなどで間に入って戴きました。銀行融資のことなど考えると、手数料を惜しんで素人の自己判断で適当に話を進める訳にはいきません。前回の轍を踏まないように、相手方にこまめに確認をとりながら、不動産業者さんとしっかり連携しつつ話を進め、今年の一月に無事契約完了にこぎつけ、支払いも済んで名義変更も終わりました。前の時も契約成立寸前まで話が進みましたから、並行して見積もり依頼など、建築関係の準備も始めていました。何もかも初めてのコトなので、どの段階でどんな作業が必要で、どういう業者に頼むのか、その業者はどうやって探したらいいのか、見積もりの段階でもうすでにわからないことだらけで、四苦八苦しました。それなのに話が潰れてしまって、ただもう憮然でしたが、資料を処分する間もなくハナシが再燃したのでそれが大変役に立ってくれました。予算感も頭に残っていたので話が早くて、おかげで今もうすでにほとんどの業者との契約が完了しています。敷地は広い歩道に面しているので、その歩道とガードレールの撤去が最初に必要でしたが、歩道切り下げというその工事はすでに終わっています。測量もガス管の撤去も済んでいて、連休明けには敷地内の建物の解体工事も始まりました。あんなに苦労してはて?はて?と頭を抱えたことが嘘のようなスムーズさでした。禍い転じて福と為すってこのことですね。今、世界がいきなりこんな大変な状況になってしまったので、この先については資材やら色々心配はありますが、とりあえずはすんなり走り出せて、良かったです。そして、もう一つ驚くことがありました。現在本社として営業しているところは3年契約の賃貸です。4月初めに6月更新というお知らせが来たので、少し早いかと思ったけれど、4月末の支払日に更新料を振り込みました。そうしたら連休明けの一昨日の午前中に、管理している不動産業者の方がいらして、そこのオーナーの方が少し前に亡くなったことを知らされました。業者さんもその日の朝に知ったばかりとのこと。ご家族が話し合いでその物件の処分を決め、その結論と合わせて亡くなったことを知らせてきたそうです。それで、急遽、立ち退いて欲しい旨をmamatam社に伝えにこられたということでした。対応した息子からその話を聞き、最初に頭に浮かんだのがタイトルの言葉「禍福はあざなえる縄の如し」でした。賃貸契約の更新はした上で、新工場の建築工事が進んで移転の時期がある程度見えて来たら、改めて退去の申し出をするつもりでした。ただ、借り手と貸し手ですから、こちらのオーナーとはこの十数年の間に何回か悶着が起きました。なので、退去するに当たってまた何か面倒があるかもと、少々暗澹とした気持ちになってもいました。でも、その前に相手方から申し出があったのなら、こちらは退去する予定だったのですからすんなり応じれば良いだけ、ハナシはだいぶ簡単なのではないかと、ちょっとほっとしたのです。一年前にすんなり契約がまとまらなかったことも、却って良かったのかもなんて思えてきて、まさにあざなえる縄のようと思うわたしでした。
2026.05.09
コメント(10)

連休明け最初の出勤日の今日、いつになく弾む思いでペダルを漕ぎました。「あそこのお家のカルミア、もう咲いてるかしら?」と思うとペダルを踏む勢いもいつもの5割り増しなのでした。でも、もちろん、ちゃんと安全運転で行きましたよ。目当てのお宅前まで。自転車を邪魔にならない場所に止めて植え込みを見ていきます。この辺と思っていたところには影も形もなくがっかりしかけて目を逸らしたら、そこに咲いていました。カルミア!みなさま、覚えてくださってますか?蕾がアポロチョコそっくりで、それが開くと貴婦人のパラソルみたいになる、あのかわいいお花のこと。これです。写真を見たら思い出されたでしょ?昨日今日咲き始めたばかりかも。どの雄蕊もみんな、まだしっかり花びらに留まっていますから。でも、開いてもまだ真っ白なお花とまだ硬いアポロチョコな蕾がいい具合に混じり合っていて、今日がベストな日かも。お家な脇の植え込みにこの三株と玄関前に鉢植えで一株、こちらのお宅には全部で四株植えてありました。玄関前は流石に怪しまれてしまうので、こちらの三株をたっぷり見させていただきました。ほんとに可愛いですよね。このフォルム、もう奇跡ですね。出勤前なのにいつまでも写真を撮っているわけにもいかないと思い、後ろ髪を引かれながら会社に向かいました。このお宅の先の、いつもは曲がらない角をふと曲がってみたら、こんな景色に出会ってしまいました。ピンクとオレンジのバラとマーガレットの饗宴でした。ピンクのバラ、そして溢れんばかりに咲いたオレンジのバラ。どちらも側によるとふわっと香りがします。朝からほんとに幸せいただきました。この通勤路の初夏の楽しみはもう一つ、ヤマボウシが咲くはずなのです。でも、わたしはっきり場所を覚えていなくて、なのでこの季節にはなると毎日曲がり角を変えていろんな道を通ることにしています。今年も出会えるかな?実はmamatam社、今、移転を計画していて、来年はおそらくもうこの道を通ることはないはずなのです。なので今年は是非ともお花が咲いているうちにあのヤマボウシと再会したいと思っているのです。花の命は短いですから、なんとか間に合います様に、明日から毎朝気合いを入れて通勤することにします。
2026.05.07
コメント(10)
ゴールデンウィーク最終日。ずっと家の中で燻って過ごした連休の最後の日に、ようやく重い腰を上げて出かけた先は最寄りのJR駅のみどりの窓口でした。さっさと行けば良いのに、なかなか腰が上がらなくて。何しに行ったかと言えば、もちろん切符を買いに。ほんとはスマホで手配して、ペーパーレスチケットで用意したかったのですが、行く先がひかりかのぞみで名古屋まで行き、そこでこだまに乗り換えて米原、さらに在来線に乗り換えないといけない場所で、その、新幹線の乗り継ぎをネットで手配できる自信がなかったので窓口に行って買うことにしたのでした。で、行く先は?滋賀県の愛知川(えちがわ)という町です。JRだと能登川という駅で降りるそうで、そこからタクシーで「近江電鉄の愛知川駅」とやらに移動するそうです。その大移動の目的は、工場見学!伝統的な製法を守って菜種油を製造している愛知食油さんの工場の見学ツアーに参加します。以前、田んぼ作業などにご一緒させていただいていたAIさんが、そちらの菜種油を共同購入する仲間にと声をかけてくださって以来わたしも愛用させていただいています。年に2回AIさんたちがまとめて注文してくださるので、二升缶を何本か注文させてもらっています。缶にしっかり密封されているし、菜種油はオレイン酸の含有率が高いためほとんど酸化しないそうで、年単位でまとめ買いをしていても、開けた時に酸化臭がするなんていうこともなく、我が家ではたまにオリーブオイルやごま油を買うくらいで、この2〜30年、油はドレッシングオイルも炒め油も揚げ油も、ほぼ全てこの、菜の花色の油でした。夫と二人暮らしになってからはほとんどしなくなった天ぷらですが、この菜種油で作ると油の菜の花色が移って綺麗な黄金色の天ぷらができて、なんだかテンションが上がったものでした。揚げ物に使った油は濾して炒め油に使い、残った油に新しい油を足してまた揚げ油にし、それをまた濾して炒め油に。。。と、一切捨てることはありませんでした。最近は、市販のオイルはほとんどが抽出という製法で製造されていますが、こちら愛知食油さんでは地場の(近頃はもう、そうも言っていられなくなってるかもしれませんが)菜種を釜炒りして搾る圧搾という製法を続けていると聞いていました。手間もかかれば時間もかかり、決して効率的とは言えない製法ですし、原料も国産の菜種に限定していますからそれなりに高価で、そのせいもあって一時は売り上げが減少、さらに材料不足、後継者問題などあって廃業というお話が耳に入ったこともありましたが、国産菜種の圧搾油を愛する人たちのサポートも得て存続し、今では経営もずいぶん安定しているそうです。2月に、とっても久しぶりにお会いする機会があり、菜種油の会社は変わらず順調ですかとお尋ねしたら、もちろん!そうそう、4月に工場見学を企画してるのだけど一緒にどう?って誘っていただいて、工場ですから当然平日で、休暇なんて無理!なんですが、そこをごり押しして2日もゲット。(ムフフ)というわけで、近いうちに行って参ります。無事帰宅いたしました暁には、改めてご報告させていただきますので、何卒よろしくお願いいたします。
2026.05.06
コメント(10)
今日から5月。5月1日、最近ではゴールデンウィークが飛び石連休になる原因の日みたいな扱いなのかなと思いますが、以前、この日メーデーは労働者の祭典という日で、都内のあちこちで労働組合主導の大規模なデモが行われ、銀座、青山、新宿などを旗を掲げて歩くデモ隊の様子がニュース映像で流れたものでした。わたしが就職した1970年代はメーデーが一番華やかな、「祭典」だった時代かもしれません。わたし自身はメーデーのデモに参加した経験はないのでわかりませんが、あの頃のデモ参加者は有給休暇を取って参加していたのかしら?組合員の多くがデモに参加するため、組合活動の盛んな会社はメーデーを休業日にしていると聞いたことがありますが。。。60年代はいわゆる高度成長期で、わたしは小、中、高、大と学生時代でしたが、今思い出しても、随分生活が変わった10年間だったと感じます。でも、労働条件の整備はまだまだで、わたしが就職した70年代になっても、週休2日は大企業のそのまた一部だけのことでした。9時から5時の8時間労働が普通になってはいたものの、残業は当たり前のし放題、部署によっては女性でも深夜残業をすることが珍しくはありませんでした。メーデーでの要求も、賃上げのほかに、労働時間の短縮、週休2日制の導入などが掲げられていたように記憶しています。70年代は前半は日本列島改造論とインフレの時代で、高度成長が続いているような気分でしたが、ドルショック、オイルショックと続いて、後半、経済成長が破綻していきました。今思うとデモというよりはパレードみたいだったメーデーの様子がニュースで流れなくなったのは、80年代だったかもしれません。メーデーはお祭り気分で「楽しく」参加するものではなくなったのでしょう。それはそれで寂しいような気もします。そういえば、お隣韓国では、今年からメーデーは国民の祝日になったそうですね。
2026.05.01
コメント(12)
全8件 (8件中 1-8件目)
1