全27件 (27件中 1-27件目)
1
ある気功師・1118 「名」肉体(物質)は幅広い波動帯だ。この世は周波数の違う相手との「出会いの場」だ。わざわざ「出会いクラブ」に入会しなくてもいい。幅が広いから、嫌な相手とも会える。自分より遥かに高級な相手とも会える。世間は広いぜ。ところが霊には肉体が無い。会える相手は同波動か近波動だけ。霊の世間は狭いのだ。あの世は(ある意味)狭いのだ・・・。この世で彷徨う霊も肩身が狭い・・・。だから霊は、いつでも淋しい。自分に向いてくれる人がいたら離れたくない。一時的には誰にでも憑くが、憑き続けるようならば、人間側の心の欠陥だ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/28
コメント(0)
ある気功師・1117 「名」故御師匠様は魅力的だった。だから霊もつい出てきてしまう。(浄化の)お礼も言いたいようだ。ついでに世間話も少しはする。(浄化力が強いから嘘は無くなる)それが側で聞いている私達に学びとなる。この気功が影響するのは肉体に対してだけではない。人間だけでもない。動物だけでもない。植物、菌類、そして、おそらくウィルスにも。更に、見えない存在にも影響する。生身と霊の違い。一番大きいのは「名」だろう。性格の良さも悪さも同じだ。頭の良さも悪さも同じだ。執着心もアキラメ心も同じだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/27
コメント(0)
ある気功師・1116 「名」霊が関係する病は意外に多い。しかしその度に出現するわけではない。何も言わず、浄化される場合の方が圧倒的に多いのだ。やたら霊を出現させる人は、未熟か歪みだと思う。私は霊関係に「あまり近づかない方がいい」と助言する。この世にはこの世のルールがあるのだ。私も話せる相手以外には話さない。霊が関係していても、黙って浄化する。そんなモノに気づかなくてもいいのだ。気づく必要があるのは霊の方だ。生身の人間が必ずしも知る必要がない。時々出てくるのは、我々にメッセージがあるからだ。それ以外は、よほど激しい性格でなければ出ない。生身の時よりも、控えめになるようだ。結構、生身の人間に気を使っている。まぁ・・・肉声が通常は使えないからなぁ・・・(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/26
コメント(0)
ある気功師・1115 「名」氣功は多くの種類がある。細かくいえば、全て違うといっていい。人を転がす氣功もある。エネルギー注入!みたいなのも多い。病気や殺気や荒れた氣功もとても多い。体や心に有効も害もある。人の気持ちと同じ種類があるのだ。無条件に信用するな。無条件に疑うな。当たり前の目で人を判断してくれ。基本的には普遍的なモノだと思っている。誰だって使えて当たり前なのだ。故御師匠様の氣功は浄化を中心としている。それを医療・健康関係に応用している。病(闇)の浄化(調和)に必要な場合、霊が浮かび上がる事がある。そのケースに必要だから出てくるだけだ。霊を媒体(必要)とする霊能者とは違う。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/25
コメント(0)
ある気功師・1114 「名」師匠「お前、おばけじゃないのなら、名前言ってみな」おばけ「・・・・」師匠「どうした?」おばけ「・・・わ、忘れた・・・」(言葉につまる霊は・・・可愛い)師匠「ハッハッハ」ある時、故お師匠様はこんな事を教えてくれた。「おばけ(親しみを込めてこう呼んでました)は、名前を聞いても答えられないんだよ。名前は肉体側に付くようだな」この意味の深さに気づくのは10年後だった。「名」がモノを決める。「名」がモノの結界を表す。「名」がモノを縛る。いろいろな表現ができるが、結界が定まらないモノに名はつけられない。人の本質体は名前が付けられない。結界が定まらない。本質体の限度は無いようだ。我々の未来は果てがないようだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/24
コメント(0)
ある気功師・1113 「名」霊の声は生身の人間が話す。病人本人の時もあるが、近くの全く別な人もいる。霊媒体質というか、霊に感応しやすい人のようだ。だから誰でも霊と話はできる。霊が離れてから、その人と話した事がある。霊が喋っている時にも意識は普通にあるらしい。ただ何で別な声で自分の知らない話をしているのか。何故自分の考えを普通に話せないのか不思議だと。とにかく、不思議な感覚らしい。その後も特に不調になるわけでもないようだ。故御師匠様は霊をイジめる事はなかったが、時々、からかう事はあった。もっとも普段から冗談は欠かさなかったから、特別に、からかったわけでもなかったが・・・。冗談相手でも霊を差別しなかっただけだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/23
コメント(0)
ある気功師・1112 「名」故御師匠様がいた頃だ。氣功をすると浮かび上がるモノがいる。嘗て人間だったモノだ。霊とか魂とかいわれている。肉体が無い意識体だ。肉体が無いだけで、あとは変わらない。見えないけど人間と同じだ。多少、根性が歪んでいるのが多いが、現実の人間だって大して変わらない・・・。むしろ生身の人間の方が性質が悪い。実際に害を及ぼすのは生身が圧倒的に多いし大きい。霊よりアナタの方が怖い・・・。故御師匠様はひょうきんだった。そして優しかった。霊と生身の人間を差別しなかった。普通に話しかけていた。霊も普通に答えていた。側で聞いている私等もいつしか違和感は無かった。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/22
コメント(0)
ある気功師・1111 「佐渡先生」佐渡先生や故御師匠様は独自だった。個性溢れる言葉が素敵だった。私は20以上年たった今でも活き活きと思い出す。10年以上かかって、意味が光りだす。生きている言葉は、素敵だ。だから私は、こんなグレた文章でも、言葉に生命を吹き込んで書いている。(上手くいく時もたまにはある・・・)「個性」は生きている証拠だ。私が佐渡先生や故御師匠様に惹かれたのは、「個性」があり「自然体」だったからだな。個性だけでは、アクになる。自然体(調和)と合体で魅力となる。さて、これから、何処まで近づけるか・・・佐渡先生のように、故御師匠様のように、いいかげんで節操の無い人になりたい。地球の未来を続ける為に出航したヤマトだ。何とか間に合いそうに帰ってきた。その時の沖田艦長の最後の言葉がある。「佐渡先生・・・ありがとう」
2025/02/21
コメント(0)
ある気功師・1109 「佐渡先生」佐渡先生は自然体だ。自然体を「本能の赴くまま」と訳すと間違う。自然は調和で成り立っている。自分勝手でも他人任せでもない。「自他の調和」が自然体というものだ。この世は、自と他が混同、混合している。だから調和度が増すほど、息が楽になる。自然体は、自他が楽になる生き方だ。自他の区別や摩擦や決り事は、「ゆるやか」なほど、楽に生きられる。とはいえ、人間は未完成品だ。硬かったり、柔らかかったりして触れ合う。(遠慮なく、意味深に受け取ってくれ)「やわらぎ」というのは柔らかいことじゃない。硬かったり、柔らかかったり、自由に出来ることだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/19
コメント(0)
ある気功師・1108 「佐渡先生」佐渡先生の迷い人に言ったセリフがある。「海の男は海が住みよいだけじゃよ。」迷ってしまうと、自分の正体まで判らなくなる。海の男か、山の神か(高度なダジャレですぅ)、二丁目の住人なのか(低俗なダジャレですぅ)。迷いは広がる性質があるんだ。「海の男は海が住みよいだけじゃよ。」それだけだ。道を選ぶのは難しい事じゃない。息が楽にできる道(相手)を選ぼうぜ。(オナゴにとって、結婚という道があるなら、やはり基準はこういうところじゃないのか?と、余計なコメントまでするから、一言多い・・・まだまだ、私は佐渡先生に近づけない・・・)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/18
コメント(0)
ある気功師・1107 「佐渡先生」後悔なんて趣味だ。したければ、好きなだけすればいい。誰も依頼してないし、誰の為にもならない。趣味だから、他人が意見を言う事でもない。好きにしてね・・・。同じ音だが「航海」がある。未知の道(オヤジダジャレです)を海に例える。人生は航海だ。人生は後悔だ、とは大分違う姿勢だろう。好きな方を選んでくれ。とはいえ、どの道も先行きは不明だ。だから、分かれ道で迷う。(不明や不安定を面白がるのが道を歩くコツだが、そんなことは、自分で覚えてくれ)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/17
コメント(0)
ある気功師・1106 「佐渡先生」いろいろな道がある。だから迷う。だが迷えるうちはいい。本人が選択肢を握っている。いろいろな道があるが、いろいろな条件がある。望まぬ道に押し出される場合もある。仕方なく、踏み出す道もある。迷っている者は幸運の範囲だ。どちらにも進む事ができる。どちらに進んでも、いろいろある。後悔をする材料は、どちらにもある。だが、自分で選らんだ分だけ軽いのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/16
コメント(0)
ある気功師・1105 「佐渡先生」診断し治療法を決める方法が通常の医療だ。だから見立て次第で、間違いもある。幾つか病院をまわってみればいい。何人か医者をまわってみればいい。見立てが違う場合が出てくるはずだ。見立てが違えば、治療法も違うはず。どっちを信じる? 大変だよねぇ・・・。「生命」は患者側にあるんだ。私のように見立てを必要としない療法は、本来から言えば治療でないのかもしれない。本人が勝手に治るんだからなぁ・・・。見立てが必要でないから、間違いもない。「生命」に直接応援するだけだ。(見立ては必要でないけど、体ってヘンなヤツだ。患部が勝手に訴えてくる。原因が勝手に観えてくる場合がある。軽く相手にはするけど、とらわれない事が大切だ)「みんな、同じなんだ」佐渡先生の言葉は、簡単で、深い。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/15
コメント(0)
ある気功師・1104 「佐渡先生」自と他何処を観る?違いを観るか同じを観るかこの認識の違いはとても大きい。そのうえで必要があれば、診る。だから、名医(時々、迷医)なんだ。部分や違いを診ることよりも、「生命」をしっかり観る。私が二人の御師匠様から学んだことだ。ここを土台にしている限りプロでいられる。(注:見る、観る、診るを区別しています。見るは見えるモノ。観るは見えないモノをみる時。診るは身体や心をみる時)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/14
コメント(0)
ある気功師・1103 「佐渡先生」佐渡先生は人間も他の動物も区別なく治療するが、人間より獣の方を少しヒイキしていたようだ。その気持ちは・・・ワシにも解る。獣の方が素直なんだもん・・・。「生命」に対し素直(大切にしている)なんだ。人間も「生命」に素直(自然体)な人と、理屈で「生命」を語ろうとする人がいる。勝手にしてくれていいが、治療するには素直がやりやすいのはいうまでもない。変化回復も素直な人が早いのはいうまでもない。ある時宇宙人を治療した。その時のセリフがある。「我々と同じだ」皮膚の色や組織が多少違おうが、「生命」は同じなんだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/13
コメント(0)
ある気功師・1102 「佐渡先生」仕事での付き合いは大丈夫ですが、プライベートでは付き合わないで下さいね。(注1:私は謙遜なんてしません。褒められれば、遠慮なく有頂天になりますが、嘘を言い続けるほどの根性がありません・・・注2:御師匠様のように、24時間の氣功師を目指してはいますが、もちろん、まだまだまだまだまだ、道の始まりにいます・・・)「もっと、マトモになってね」氣功師というのは、そういう外れ者ですからぁ・・・勘違いして、スゴイなんて思わないで下さい。騙されてしまいますよ。(氣功が出来るのをスゴイと思う氣功師もいるようですが、アブナイですから近づかないほうがいいと思います。氣功師でなくても、自分をスゴイだのレベルが高いだの言う人が、マトモなはずないでしょ、普通に判断しましょうね。私もアホですが、プロですから・・・そこまではねぇ・・・)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/12
コメント(0)
ある気功師・1101 「佐渡先生」たまにはマトモな時間が持てるように、故御師匠様と縁を持たせてくれたのだ。ついでに心も少しマトモになるように、龍村師匠とも縁を持たせてくれたようだ。私にとって氣功師の体は、マトモになるお守り。孫悟空の頭を縛る「緊箍児(きんこじ)の輪・金剛輪」(孫悟空ほど酷くなかったと思うがなぁ・・・)つまり、通常の私は人より劣っているのだ。(まぁ、今更改めて表明することでもないが・・・)コメント発言に返信する。「氣功ができないのなら、最初から能力があるのです」そういうことです・・・。この先、氣功が出来るようになったら・・・残念です。私と同じように、ロクデナシの一派です。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/11
コメント(0)
ある気功師・1100 「佐渡先生」佐渡先生や故御師匠様の節操の無さを紹介した。(し、失礼。物事を差別しない人柄を紹介した。)私もアコガレるし、目指す方向でもある。すると、ある人からコメントがあった。「私もそういう人になりたいが、氣功が出来ない分、難しい」私はこのコメントで気づいた事がある。確かに私が「氣」を扱う時には、自分が隅に行く。私の傲慢なアホ心が、端っこで大人しいのだ。「氣功時だけはマトモ」だと自負できる。(そ、それって・・・威張れねぇと思う・・・)だけど・・・よく考えてみれば、私は(私流の)氣功が出来て、やっと一人前なのだ。私は、ワガママすぎ、傲慢すぎ、独善すぎる。そこで、御先祖様か誰か知らないが、お節介を焼いた。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/10
コメント(0)
ある気功師・1099 「佐渡先生」そうだ!そんなことより佐渡先生だ。「まぁ、とりあえず、酒でも飲め」悩んでアレコレ考える者にいうセリフだ。(そうでなくても飲んでる・・・。医薬品より優先して日本酒を積み込んでるし・・・)悩みの原因を探り、解決する方法もあるが、それは万人向きじゃない。そんなので解決するのは、極一部だけだ。「原因」をいじらない解決法。私の療法と同じ方法だ。全く別な世界を与える。(佐渡先生は酒。私は「氣」)悩みは「異」と出会うと消えやすい。佐渡先生の自然体の治療に気づく人は少ない。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/09
コメント(0)
ある気功師・1098 「佐渡先生」SMも趣味の段階ならいい。勝手にしてくれ。ところが心に直接影響する趣味は危険なんだ。例えば偏った瞑想法。瞑想法を追っかけると、迷走することが多い。単純に「瞑想は素晴らしい」などと思わないでね。本来は「冥想」の為の「瞑想法」なんだから。SMは体を刺激しながら、心を変える趣味だ。しかも刺激は奥に進みたがる傾向がある。満足を求めているようで、不満足を掘り下げてしまう。だから・・・最終的には「死」に至るのだ。体の満足は「やわらぎ」から得られる事を知らないからだ。心の満足は「やすらぎ」から得られる事を知らないからだ。どんな趣味も迷惑じゃなければいいけど・・・迷惑になりやすいからなぁ。まぁ・・・いいか・・・ある国の代表政治家などよりマシかぁ・・・はぁ・・・(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/08
コメント(0)
ある気功師・1097 「佐渡先生」そうかぁ・・・題名の「サド先生」をSMの話と勘違いするわけね。佐渡先生はサドでもマゾでもないぞ。「明るい、いいかげん」タイプは平和志向だ。時々怒るのは、生命を粗末にするからだ。平和は「生命最優先主義」で保たれるのだ。心の中は愉しさも寂しさも怒りも優しさもある。ところが、充実感が少なくなり不安と不満が増える。この状態で生命力が低下すると、M(マゾ)になる。刺激で充実感を補おうとするからだ。生命力が強いまま不満が続くと、S(サド)になる。他への虐待で不満を紛らわせようとするからだ。Mは最終的に自殺につながる。Sは最終的に殺人につながる。いずれにしても「生命の軽視」なんだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/07
コメント(0)
ある気功師・1096 「佐渡先生」壁や殻(区別)がある。必要な時は必要だ。だが、邪魔な時は邪魔なのだ。だから自由に活用すればいい。いつでも自由というのは、区別をしない事じゃなくて、区別を適切に使える事だと思う。普段は区別を意識しない事がコツだと思う。常識の中に区別をいれるから苦しむ。無区別を普段の状態にして、必要時のみ、壁や殻を使えばいい。今までの壁や殻の使い方は逆だと思う。区別が無ければ、差別もない。平和は壁が無い状態だ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/06
コメント(0)
ある気功師・1095 「佐渡先生」佐渡先生も御師匠様も節操が無いが、実に自然体(秩序体)なのだ。そして、結果も自然に沿っているのだ。しかも、ずっと大きな自然になっている。自然の大きさを改めて知る。自分の小ささを改めて知る。常識と常識外。節操は常識内にこだわる生き方だ。節操が無いのはデタラメではなく、常識内と常識外を自由に行き来できることだ。そして、それはホンモノの自然(秩序)でもある。垣根、壁、殻。それらは必要な時だけあればいい。いつでも、取り払えるし、消せる。自分を囲うモノではない。自分を縛るモノでもない。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/05
コメント(0)
ある気功師・1094 「佐渡先生」死んだ人も生きてる人も同じだ。私はそう思った。違和感は無かった。みんな・・・結構・・・大変なのね・・・同じだから、いろいろなのがいる。陽気なのもいる。鼻歌を歌いながら、踊るのが好きなのもいる。若い女性が年配男性の野太い声を出す事もある。少し違和感がある・・・御師匠様を観ていて気づく事がある。デタラメの部分が無かった。「いいかげん」と「デタラメ」の違いだ。「自由」と「無秩序」の違いだ。自然(秩序)の大きさを広げるのが「いいかげん」自然(秩序)が理解できないのが「デタラメ」だ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/04
コメント(0)
ある気功師・1093 「佐渡先生」御師匠様の生き様をみていて思った。なんて「いいかげん」だろう。なんて魅力的だろう。私もこういう節操の無い人になりたい。それは、桁外れの「優しさ」だと思った。霊に対して、脅さない。といって、丁寧でもない。全く普通に話している。自称霊能者は、他の人にはわからない声を聞く。(だからホンモノとインチキの判断ができない。この事に関しては、いずれ書こうと思う。大部分はインチキと勘違いだ。)御師匠様はそんな曖昧な事はしない。霊は肉体の声を使って話すのだ。私等も普通にそのやり取りを聞いていた。カルチャーショックを受ける人もいたろう。私は祖母の関係で驚くことはなかったが。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/03
コメント(0)
ある気功師・1092 「佐渡先生」故御師匠様は親しみを込めて「オバケさん」と呼んでいた・・・。(ある時「オバケはないだろう!」と抗議され、今は「ヤドカリさん」に変わっている)嘗て肉体が有ったが、今は無い存在達だ。有体に言えば・・・死んだ人達。故御師匠様は、この人達も差別しなかった。生きている人も死んだ存在も同じだ。苦しんでいるなら、手を出す。同じ「氣」で包む。霊を忌み嫌う人達もいる。それは、それで勝手にしていい。私だって政治家タイプは嫌いだ。理屈でウジャウジャ言うタイプもウットウシイ。嘘つきは面白いと思うが、卑怯者は大嫌いだ。(嘘を自分の利益の道具にするのが卑怯者。愉しむ、楽しませるための嘘は、サービス)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/02
コメント(0)
ある気功師・1092 「佐渡先生」佐渡先生と故御師匠様の共通点。差別しないのは人間同士だけじゃかった。差別しないというより、区別しないのだ。そんな事はどうでもいいのだ。佐渡先生は、敵と見方の区別がつかない。猫やロボットと人間の区別がつかない。御師匠様も似ていた。目の前で苦しんでいるなら同じだ。差別も区別も関係ない。手を差し出すだけだ。私が初めて出会った94年5月。故御師匠様の氣功の時間が一日4回あった。始まると150人ほどいた受講生の中から、ヘンなモノが出現する人達が幾人もいた。姿は見えないが、声をだすし、話もする。本人の意識はあるが、口が勝手に話す。意識はあるが、勝手に踊りだす人もいる。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2025/02/01
コメント(0)
全27件 (27件中 1-27件目)
1
![]()