星とカワセミ好きのブログ

2023.07.18
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カテゴリ: 国内旅行(四国)
部屋を整理していると、大学時代に自分で作っていた冊子がでてきました。
「WINDOW SHOPPING :ウィンドウショッピング」という題で、その当時の身の回りの出来事や、感想などを書きとめています。

1985年7月の「WINDOW SHOPPING VOL.4  JUL 1985」を見ると、1985年7月11日~15日で、広島から名古屋へ行き、友人のYちゃんと一緒に松本から美ヶ原高原へ行ったことが書いてあります。
美ヶ原はあいにく天気が悪く、アルプスを見ることができませんでした。

1985年7月17日~19日には、広島県庄原市の県民の森で、私の出身高校が野外活動をするというので、アルバイトで手伝いに行きました。夜は望遠鏡を設置し、木星と土星を生徒に見せました。生まれて初めて本物の土星の輪を見た女生徒が何人も、感動で泣き出した事を記しています。
広島県で二番目に高い山にも登りました。

それ以外も、放送部のクラブ活動をしたり、新聞社やテレビ局のアルバイトで、広島市民球場や取材先に行っています。

中学時代に好きになった女性がいたのですが、高校の頃に疎遠になり、その後どうしているのかなあと思っていると、本当に偶然な出来事で、電話で話をすることができました。
思い切って映画に誘うと、ОKがでました。

映画を見た後は緊張して、喫茶店で何を話したか、全然思い出せません。
再び電話をしたいのですが、彼女の家に電話をかけた時、彼女の親御さんが出たらどうしよう、なんと言おうとか、それがものすごくプレッシャーで電話が掛けられません。その後残念ながらコンタクトできませんでした。青春の苦い思い出です。


1985年8月上旬、友人(K君)と一緒に自転車で四国一周をしました。
K君は、大学1年の時に同じ学部で友達になったのですが、仮面浪人をしており、2年目には慶応大学に入り直し、東京で生活をし始めました。
K君が夏休みに広島に戻るので、一緒に自転車で四国を一周しようという電話が入り、急遽2人で旅をする事にしました。
何日かかるか全然予定を立てていない旅でしたが、広島ー松山のフェリー往復時間を入れて、7日間で回りました。
私は高校時代に通学で使っていた自転車で旅をしたのですが、変速機の歯の部分がすり減っており、自転車をこぐと、坂道でチェーンが外れてしまい、大変でした。
股ずれや日焼けの痛みも大変で、苦労しましたが、自転車のペースとしては、良かったのではないかと思います。

当時の写真やネガフィルムをK君に送った所、戻ってこないままなので、手元に一部しか写真がありません。当時はフィルム撮影だったので、わずかな数しか写真が無いものの、1985年8月の四国一周旅行を振り返ってみようと思います。

7日間で四国を一周しましたが、行きと帰りのフェリー時間を考えると、実質は6日間で回ったことになります。宿泊は、野宿か、その地で知り合った方の家に泊めさせていただきました。

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*キロ数は自転車で走った距離の概算です。

1日目 広島港フェリー → 松山港 → 大洲 → 八幡浜 → 宇和島 (100キロ)
(宇和島で地元の方に道を聞くと、その家に泊めていただいた。その家の息子さんが高校生で、自転車旅行をしたときに知らない方の家に泊めていただいた事があり、今回は私達を受けいれることにしたとの事だった。)

2日目 宇和島 → 宿毛 → 土佐清水 (100キロ)
(土佐清水市で地元の人に道を聞くと、その方はドライブイン「足摺ハット」の社長さんだった。ドライブインは1か月くらい前に全焼してしまったそうだが、社長のワゴン車に泊めていただいた。
いつか、足摺ハットを再建するから、そのときは是非泊まりに来てほしいと言われた)

3日目 土佐清水 → 足摺岬 → 海中展望塔 → 中村 →窪川 → 須崎 → 横波黒潮ライン → 高知市 →桂浜 (150キロ)
(足摺岬から高知を目指したが、途中の窪川はきつかった。須崎から高知に入るルートも、「横波黒潮ライン」だと景色がよさそうという理由で選択したが、アップダウンの連続で、大変な思いをした。

高知城を見て桂浜に行くと、高知大学の先生と知り合いになった。先生から自宅に泊まっても良いと言われたが、皆でどうしようか話し合うことにした。先生の所に泊まらせていただくことにして先生にお願いすると、「こういうことは即決をしないといけない。時間が経ったので、泊める話は無しだ」と言われた。結局、自転車仲間4人で、桂浜で野宿をした。

4日目 桂浜 → 室戸岬 → 東洋町(白浜海岸)【130キロ)
(仲間4人で桂浜を出発したが、一人が龍河洞を見に行くといって別れた。3人で室戸岬を目指すも、景色が単調で、走っても走っても岬に着かないことに焦った。やっと室戸岬に着いたので記念写真を撮り、徳島方面に向かう。東洋町の白浜海岸で野宿をした。この浜にはカメが産卵しにくるとの話であった)

5日目 東洋町 → 徳島 → 高松(200キロ)
(東京町の白浜海岸を出発しようとすると、龍河洞で別れた人が、手を振ってやってきたのでビックリした。私たちに追いつこうとして、深夜も自転車をこぎ続けたらしい。再び4人で徳島の吉野川を越えて、高松市内に入った。銭湯に入ったが、私は股ずれと日焼けの痛さで、熱いふろに入ると激痛だった。
高松駅近くのベンチで野宿。ここで1人と別れて、残り3人で松山を目指すことになった。)

6日目 高松 → 丸亀 → 新居浜 → 今治(180キロ)
(瀬戸内海を見ながら、高松から今治へ向かって走る。高低差が無いので、とても走りやすかった。
今治の駅近くのベンチで野宿)

7日目 今治 → 波方 → 松山 → 松山城 → 道後温泉 → 松山 → 広島港 (60キロ)
(今治から波方経由で松山市内に入った。松山城を見て、道後温泉に入り、松山港からフェリーで広島港に着いた。夜は自宅で、親の手料理を堪能した。日焼けで炎症を起こした皮膚が治るのに、当分時間がかかった)

*その後
地元の広島エフエムの番組で、自転車で四国一周した話をした。
「ラジオを聴いたよ」と沢山の人から言われた。


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私が大学生の頃に作った冊子。

↓ 0号 1984年6月8日 「戯曲 準備稿」



↓ 1号 1984年9月 「WINDOW SHOPPING VOL.1  SEP 1984」



↓ 2号 1985年2月 「WINDOW SHOPPING VOL.2  FEB 1985」



↓ 3号 1985年5月 「WINDOW SHOPPING VOL.3  MAY 1985」



↓ 4号 1985年7月 「WINDOW SHOPPING VOL.4  JUL 1985」


↓ 1985年7月の「WINDOW SHOPPING VOL.4  JUL 1985」より。





↓ 5号 1986年4月 「WINDOW SHOPPING VOL.5  APR 1986」



* 6号 現在行方不明。

↓ 7号 1986年12月 「WINDOW SHOPPING VOL.7  DEC 1986」



↓ 8号 1988年7月 「WINDOW SHOPPING VOL.8  JUL 1988」





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最終更新日  2023.07.27 04:01:12
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