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田宮二郎さんの司会で、NETテレビで始まったのが1969年ですね。「現在は、時間との闘いです」なるほど、そうだ。「さあ、あなたの心臓に挑戦します」自分が答えるのではないのに ドキ ドキ「タイムイズマネー!一分間で100万円のチャンスです」ああああ~~っ、百万欲しいいーっ「果たして超人的なあなたは、この一分間をどのように活かすかクイズ ターイムショック」さまざまな有名人が、回答者として出演しました。生で記憶に残っているのですが 加山雄三さんブラウン管に映ったとき「この人は万能人間だからきっと10問はいくよ」と、昭和の視聴者はブツブツ言いながら見守りました。見事! 12問全問正解で 万歳をし100万円を射止めたのです。「さすが 加山雄三だよね」と。100万円 と言う名詞が、1000万円より衝撃でその金額にこだわっていた時代です。そしてもう 御一方、山東昭子さんです。現在は、参議院議長をなさっていますね。当然 当時も頭脳明晰な女優さんとして評価されていましたね。一問一問力強く回答して、全問正解されました。当時女性は万歳などして、体で歓喜を表しませんでした。山東さんは、手は交差させたまま、極笑み を浮かべ紙吹雪を見ていました。やはり 頭の良い方ってクイズに強いですね。初代の田宮二郎さんから クイズタイムショックはドキドキさせる未来的なクイズ番組として、高視聴率を上げていました。現在も長寿番組 ザ・タイムショック として有名人の頭脳を確認し続けているのです。
2020.10.28
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上の図の女性 大正末期から昭和初期に銀座通りを闊歩した モダンガール です。毛断(もうだん)とも呼ばれたそうです。長い髪を結っていた女性がバッサリ断髪しキネマ、ダンス、スポーツを好み、開放的で且つ享楽的な若い女性のことを指して、そう呼ばれていたそうです。そういえば昭和で年配の方、素敵でおしゃれな女性を「あの モダンなひとよ!」と表現していました。そうなんです、モガ(モダンガールの略)は自らの意志に従って生きようとする女性の誕生でありそれまで 三従 が女性の原則とされてきて良妻賢母の教育は受けても 人 としての教育は受けていなかったのです。斬新なファッションから男性社会に反発し始めたのですね。昭和の銀座通りには、長い期間ではありませんが色んなグループ集団が出没していましたね。みゆき族 は昭和39年です。とってもおしゃれで、男性はアイビーファッション女性は、ブラウスに長いタイトスカート、ローヒール。VANやJUNのブランドの紙袋、あるいは 頭陀袋 (家から持参)などを小脇に抱え、これといった目的もなく ブラブラしたりたむろしたり。発端者は、文化服装学園の生徒やセツ モードセミナーの学生だったようです。東京オリンピックも開催される年で、風紀の向上のため追い払われてしまったのですね。昭和40年代半ば、ミニスカートの大流行と共にホットパンツも 平行して旋風を吹かせました。モダンガールもそうなのですが、女性はばっちりファッションを決めたら、女同士で連れ添って通りを歩きますね。本人は気付かないでも 一人より二人の方が回りの視線を浴びる確率が高いことをきっと解った上での行動なのでしょうね。最先端のおしゃれをしたら、無言の注目視線で賞賛されたいですものね。
2020.10.19
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昭和30年代後半、植木等さんのCMで一躍ブランドになった洋傘の アイデアル 他のメーカーの傘より雨に濡れないと感じたのです。お値段もちょっとお高め、素敵な 特に花柄の傘沢山作っていましたね。「どこの傘? 」「うん、 アイデアル」三善英史さんの 雨 (昭和47年ヒット)に傘の花が咲く土曜の昼下がりという歌詞あります。まだ透明のビニール傘など登場していなくほとんどが布製で、色とりどりの花柄が主流で街は雨の日とてもきれいだったのです。そして、まだ週休2日ではなく、土曜日は学校も職場も半ドンだったのですね。カラーテレビに変換される頃からでしょうか花柄雑貨が猛威を奮い始めたのは・・・カラフルなキッチン用品を使って女性は幸せな気分になれたのです。料理もホーローの鍋で作ると、一段と美味しく感じたのでした。頭をひねらせなく調理できるカレーなどは格別のお味でしたね。さまざまな花柄のコップ、子供たちには人気で誕生会で友達を呼んだときは いかに 綺麗な花柄コップでおもてなしできるかでその子のお家のランクが決まったほどでした。平成に入り、徐々にその花柄はもてはやされなくなりました。花柄を見ると 女の子 「いゃっだあーダッサイ!」などと。流行は必ず廃るものですが、必ず繰り返されるものですね。
2020.10.09
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昭和40年代前半まで、女性は寝る前にカーラーをしっかり巻いて眠る人 沢山いましたね。それは、かなり安眠できなかったはずです。おしゃれすること、装うことは、苦痛を伴って成立したのですね。だけど 本人はなんとも思わなかったのです。翌朝セットがばっちり決まるのを夢みて・・・上のようなホットカーラーが、40年代半ば頃発売されお出掛け前、巻いてセットすればで簡単になり大分女性は熟睡できるようになったのです。朝、出勤に急いでいてカーラーを髪に付け残したりして駅まで急ぐ女性けっこういたのです。勿論 見かねた女性が教えてくれます。親切な指摘は、その瞬間最高潮の恥をかく事そして、かかせる事にもなるのですね。あのミニスカートの全盛時代に平行して売り出されたパンティーストッキングとにかく売れに売れました。伝線するものと認識して女性はいつもスペアを持っていました。ほとんど女性はミニスカートにパンストなのでなかには伝線を見つけるのが趣味という方もいたのです。現在伝線を見かけなくなったのは、女性があまりパンストを穿かなくなったせいもありますね。新しい服を買ったら、すぐに着たい女性プライスタグ ぶら下げたままの方もよく見かけました。教えてあげるのはとても親切であるのですが大きく恥をかかせたら可哀そうなのでこの時代、見かけたら私は見ぬふりをします。
2020.10.01
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