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フィラデルフィアから乗ったアムトラックは朝8時前にボストンに到着。明日朝からボストンで別件の用事があるというフィラデルフィア小児病院の先生と同行することになった。早朝だったがホテルにチェックインでき、部屋を確保してからボストンマラソンのEXPOに向かった。ナンバーピックアップだけ済ませてから、今日のメインイベントであるフェンウェイパークへ。11時にDゲートに集合して、ツアーが始まった。アメニティーグッズを貰ってからいきなりグランド内に入り、レイズの選手たちと一緒に準備運動をしたりしてみた。その後、レッドソックスの殿堂やグリーンモンスターを経由して座席へ。試合前に田澤のTシャツを購入して試合を観戦し始めた。試合は前半は盛り上がりに欠けたが、終盤で上原がピンチをしのぎ、延長戦に突入。セッドソックスがサヨナラ勝ちを収めた。勝利投手は田澤で、日本人にとっては最高の試合だった (写真)。その後再びEXPOに戻り色々と用事を済ませ、夜はシーポート沿いのレストランでパスタを食べた。本日のラン なし
Apr 13, 2013
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風邪は何とか悪化せず、朝はホテルで朝食を食べてから、国立航空宇宙博物館 (The National Air and Space Museum) へと歩いた。未恵さんと館内を隈無く見学し、昼に田村夫妻と合流してからそのまま国立アメリカ・インディアン博物館 (National Museum of the American Indian) へと移動し、こちらも隈無く見学した。田村夫妻と別れてから、再び国立航空宇宙博物館に戻ってIMAXシアターで3Dムービーを観たが、残念ながら睡魔に負けてしまった。午後3時半過ぎにホテルに戻り荷物をピックアップしてからUnion Stationまで歩き、Acela Express (写真) でフィラデルフィアに戻った。 フィラデルフィアでは夕方から、今月で帰国する日本人のための送別会が開催されていて、駅からそのまま直行した。あまりにも騒ぎ過ぎたので、治りかけていた風邪がぶり返してしまった。本日のラン なし
Mar 17, 2013
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朝は5時に起きて、Johnと一緒に6時に中華街にある彼の家を出発した。スタート地点までは歩いて20分ほどだった。全く寒さは感じなかったので風邪気味の身にはありがたかった。スタート地点ではTeam PhillyのAzadehと会うことができた。予報では終始雨となるはずだったが、スタート前には雨は降っていなかった。それでも念のためビニール袋を被ってスタートすることにした。 スタートは第1コラールからだったのでスムーズで、とにかく無理のないペースをキープして進んだ。最初の1マイル (約1.6km) は7分50秒前後でまずまずだった。コースのアップダウンに伴うペースの変動はあるものの、ハーフ地点は1時間42分19秒で通過できた。しかしその後は体調が万全でない影響もあり意識的にペースを落し、体力を温存したまま3時間55分38秒 (後半ハーフは2時間13分19秒) でゴールした。結局ゴールするまで雨は1滴も降らなかったが、身体を冷やしたくなかったのでビニール袋は被ったままゴールした。ゴール後は多くの知り合い (途中ですれ違ったKino、ハーフ後に私をかわしていったAbhishek、至る所で遭遇するVincent、そしてJohnなど) と会うことができた。その後は日本人ランナーの田村さん夫妻、未恵さんと合流し、本日宿泊するホテルへと向かった。 Capitol Hillにある未恵さんと同じホテルにチェックインしてひと休みしてから、Metro Center近くのレストランで田村夫妻と再合流した。ディナー後は未恵さんと一緒にJohnのマラソン100回完走記念パーティーの開会前に顔だけ出してホテルに戻った。本日のラン 42.2km (3時間55分19秒) ロックンロールUSAマラソン(月間走行距離114.5km)(週間走行距75.4km)
Mar 16, 2013
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結局、発表準備のため徹夜してしまい、体調はすこぶる悪くなってしまった。とりあえず9時からの発表はなんとか無事に切り抜けて、Soon Yewが作ってきてくれたランチを早めに食べて、早々に帰宅した。というのも、今日は午後からワシントンDCに行くことになっていたからだ。とりあえず準備を済ませて、タクシーで30th St. Stationに向かった。ちょっと早めに着いたが、電車は出発時間の10分ほど前には到着したので問題なかった。寝不足と体調不良でぐったりした状態でワシントンDCのUnion Stationに到着した。そこからはMetroで明日のマラソンのEXPO会場に向かったのだが、何とフィラデルフィアから乗って来たAmtrakの途中の駅の方がEXPO会場に近かったことが判明した。 何はともあれEXPO会場に到着しフィラデルフィアのラン仲間Abhishekと会うことができ、さらにその後Ericとも合流した。EXPO会場を後にしてからはひとりでChinatownに向かい、今晩泊めてもらうことになっているJohnの両親の店で夕食を摂った。Johnは外出中だったため、Johnの部屋で独りで彼の帰りを待っていたが、結局返ってきたのは11時半過ぎだった。本日のラン なし
Mar 15, 2013
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シャーロットに到着して、今度はフィラデルフィア行きの便に乗り継いだ。この便は空いていて、3席を占領することができたので、プレゼンテーションの準備も捗った。フィラデルフィアには予定よりも15分ほど早く到着したため、8時半にはラボに着くことができ、9時半開始のラボミーティングにも無事に間に合った。帰りはキャリーバッグを転がしながらゆっくりと走った。 写真は帰りの機内から見た月と星。本日のラン 4.5km 帰宅ラン (Walnut St.経由)(月間走行距離89.2km)(週間走行距4.5km)
Dec 11, 2012
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朝は7時頃に自然に目が覚めた。完走証を貰うためMieさんと待ち合わせて、9時過ぎにKapiolani Parkに向かった。そこでチーム戦 (3人合計年齢が100歳以上の男女混成の部) の結果が5位だったことを知った。すぐにホテルに戻り、チェックアウトして、10時のシャトルバスで空港に向かった。空港では多少時間があったが、無料のWi-Fiが飛んでおらず、ネットに繋ぐことができなかった。ホノルルからはアラスカ航空の便に乗りサンディエゴに到着。しかし、乗り継ぎ便がUSエアウェイズで、一旦空港の外に出て、ターミナル間を移動しなければならなかった。乗り継ぎ便はシャーロットまでなので、機内では爆睡した。 写真はホテルの窓からみた日の出。本日のラン なし
Dec 10, 2012
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朝は2時に起床し、昨日購入してあったおにぎりを食べながら準備。50州の最後を飾るのにふさわしく、50州のほとんどの大会で着用した「P」シャツを身につけた。3時過ぎにホテルを出発して、アップがてら走ってスタート会場に向かったが、湿度が高く、道中で既に汗だくになってしまった。途中では日医ジョガーズの先生と会うことができた。私がスタート地点に到着した頃には、まだそれほど混雑していなかったので最前列付近でうろついていたら、Kenさんが声をかけてくれた。エリートランナーが並び始めると、一般ランナーもエリートエリアに入り始めて収拾がつかなくなった。 花火と同時にスタート。今日の目標はあくまでも4時間切りなので、無理せずに最初の1kmを5分13秒、1マイル (1.6km) を8分27秒で入った。10kmは53分14秒で通過したが、その後緩い上りと向かい風でちょっとずつペースダウンし始めた。しかし、まだ頑張りどころではないので、無理せずに納得した上でのペースダウンと割り切って進んだ。ハーフの通過は1時間56分。後半は気温が上がってくることを考えるとペースアップは困難なので、どこまで粘れるかという勝負になってきた。30kmの通過が2時間47分32秒。制限時間が4時間だった頃の北海道マラソンのような、制限時間に追われて走っているのと同じ感覚だった。この辺りでビジュアルランナーの三浦さんに抜かれた。35kmを3時間17分13秒で通過し、なんとかサブ4が現実的になってきて精神的にも楽になり、40kmを3時間46分21秒で通過した時点でサブ4を確信した。その後は余裕をもってペースアップし、3時間57分15秒 (後半ハーフは2時間1分10秒) でハワイ州を制覇した。これでアメリカ全50州を全てサブ4で完全制覇することができた。ゴール後にはKinoを中心としてアメリカの走友たちと検討を讃え合った。日本人の知り合いとも何人かと会うことができた (加村さん、飯田先生、宮崎先生など)。 ゴール会場でしばらくのんびりしてからホテルに戻り、シャワーを浴びた後に外出し、マクドナルドから飛んできているWi-Fiに繋いでFacebookなどをチェックしていたら、女子で4位に入賞した吉田さんからランチのお誘いが来たため、ハイテクタウンのスタッフ関係の人たちの中にお邪魔することになった。昼食後はマクドナルドに戻り、Facebookに写真などをアップロードしてから、Kinoたちとの夕食会に向かった。その会には今回50州を達成したランナーが数人参加していて、皆でお祝いした。本日のラン 5.0km アップ 42.2km (3時間57分15秒) ホノルルマラソン 3.0km 午後ラン(月間走行距離84.7km)(週間走行距74.7km)
Dec 9, 2012
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夜はちょっと仮眠をとっただけで、出発の準備に追われた。外は雨が降っていたので、朝6時過ぎにタクシーで空港に向かった。結構長い飛行なので、機内では週明けのラボミーティングの準備に時間を費やした。ホノルルには予定よりも20分ほど速く到着。デルタのバケーションパッケージで申し込んでいたため、飛行機を降りたら呼び止められ、レイを掛けられてしまった。そしてホテルまでの送迎があると言われたが、私は直接EXPOに行かねばならないため、タクシーを利用した。EXPO会場で、チームエントリーを一緒にすることになっていたニューヨーク在住のMieさんと合流し、もうひとりのメンバーのKinoの名前を借りて無事に登録を完了した。EXPOは思っていたほど賑わってはいなかったので、早々に退散した (写真)。 ホテルにチェックインしたら、驚いたことに38階のペントハウスが割り当てられていた。窓からはマラソンのゴール会場であるカピオラニ公園、ダイヤモンドヘッド、ワイキキビーチが一望できる、ひとりで泊るのがもったいないほどの素晴らしい部屋だった。その後、明日の朝食用におにぎりを購入してから、タウンガイドで発見したお好み焼き「千房」で夕食を摂り、早めに就寝した。本日のラン なし
Dec 8, 2012
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朝は4時半に起床。餅3個入りのインスタントラーメンを食べで出発。会場まではアップがてら走り、途中の比較的空いていたトイレで用を済ませた。思っていたよりは寒くなかったので、直ぐに走る格好になり荷物も預けた。スタートはエリートランナーの直後に位置したが、今日のレースは3時間40分ぐらいでいけたらいいと思っていたので、7時にスタートしてからは、痛めていた脚の様子をうかがいながらゆっくりと進んだ。上り坂では一切無理をせず、ハーフの通過は1時間50分18秒と想定内。患部の違和感も全くなく順調だった。後半も笑顔を絶やさずに淡々と進み、30kmを過ぎてからは周りのランナーのペースがどんどん遅くなっていった。結局最後までそれなりのペースで走り切り、ネットタイムは3時間42分23秒 (後半ハーフ1時間52分05秒) だった。故障の再発などもなかったので、これで3週間後のホノルルをサブ4で走れるめどがついた。ゴール後はミシガン州デトロイト近郊から走りにきたサルコスチュームのYoshiさんとロッキーコスチュームの前村さんと一緒に後続の友人を待った。 その後はTeam Phillyの打ち上げ会場に移動し、同じ店で日本人ランナーの打ち上げもやってしまった。そこで、Ericが自己記録を20分も更新して3時間3分で走ったことを知って驚いた。打ち上げ会場からカフェに移動して、皆さんが帰途につくためのバスや電車の時間まで会話が尽きなかった。本日のラン 4.0km アップ 42.2km (3時間42分23秒) フィラデルフィアマラソン(月間走行距離94.8km)(週間走行距83.3km)
Nov 18, 2012
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午前様で帰宅した後は一眠りして、昼過ぎにEXPO会場まで走った。会場ではEricや昨日の会で一緒だった日本人の研究者たちと行動をともにした。夕飯は日本人の仲間と中華街ですませ、帰宅後は横浜国際女子マラソンの経過をテキスト速報でフォローしつつ就寝。 写真はEXPO会場にて。Ericと一緒に簡易マッサージ機を試してみた。本日のラン 2.3km 帰宅ラン (Walnut St.経由) 1.6km 昼ラン(月間走行距離48.6km)(週間走行距37.1km)
Nov 17, 2012
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朝は6時に起き、6時半にはホテルを出発した。五井駅で電車を待っていたら、知り合いの竹田さんに遭遇。何と隣同士のホテルに泊まっていたらしい。彼が前泊していることはfacebookを通じて知っていたが、まさか隣同士とは思わなかった。木更津までの道中は話をしながらだったので全く退屈しなかった。会場に着いてからは竹田さんとは別れ、私は日医ジョガーズの控え室へと向かった。久し振りに仲間たちと再会を果たし、9時過ぎに一緒にスタート地点へと移動した。我々のスタートエリアはCグループで、そこにはスポンサー枠や特別枠の人たちが多く集まっていた。そこで金さんとも久し振りの再会を果たした。 スタートの号砲は10時。スタートラインに辿り着くには4分41秒かかった。千葉真子、小出監督、森田健作知事などに見送られてスタートしたが、道が狭く、まわりのペースがあまりにも遅いこともあり、真っ直ぐに進めない状況だった。そんな状態でアクアラインに突入した。まともに自分のペースでは走れなかったので、アクアライン上では写真を撮ることに徹した。総合トップの川内選手、女子トップの吉田選手、その後、猫ひろしや竹田さんともすれ違ってエールを送った。アクアラインの復路に入り、ようやく自分のペースで真っ直ぐ走れるようになったが、その後はアップダウンの連続だった。ハーフ地点は1時間45分48秒で通過。そこからはアップダウンと季節外れの暑さとも戦いながらも、沿道の声援、千葉の特産品エイドや冷凍ブルーベリーに元気を貰い、なんとか3時間41分25秒 (後半ハーフは1時間55分37秒) でゴールした。私はランニングドクターとしては何もせずにゴールに辿り着いてしまったが、後続のドクターたちは野戦病院のようになったコース上で獅子奮迅の活躍だったようだ。その後は日医ジョガーズの仲間と会場を後にして、千葉へ移動。懇親会では新入会の先生方とも楽しい話で盛り上がった。本日のラン 42.2km (3時間41分25秒) ちばアクアラインマラソン(月間走行距離317.4km)(週間走行距離65.4km)
Oct 21, 2012
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朝は6時半に目覚ましをかけて、7時から朝食を摂ろうと考えていたが、スパルタスロンの経過をチェックしていたら遅くなってしまった。結局ホテルを出発したのは8時ちょっと前。会場には8時半には到着したが、車を止める場所がちょっとだけ離れた所になってしまった。それでもローカルレースなのであまりバタバタすることはなかった。スタート前にロサンゼルス在住のIrlanに遭遇。まさかこんなところで会うとは思ってもみなかった。彼女は明日はメイン州でマラソンを走る予定らしく、他にも多くのランナーが2日で2本のマラソンを予定しているようだった。 9時にスタート。前半はNewfound Lakeの東側を上り、後半は西側を下る、という変則的な往復コース。もちろん前半から飛ばしたりはせず、先週の24時間走のリハビリと、来週の24時間走への刺激入れを兼ねて走った。ハーフの通過は1時間46分08秒とまずまず。折り返してからも畝ったコースを淡々と進み、35kmを過ぎた辺りから意識的にペースアップしてゴール。タイムは3時間35分08秒 (後半ハーフは1時間49分00秒) で、ニューハンプシャー州を制覇。これで全米49州+DCのマラソンを全てサブ4でクリア。残すところハワイ州のみとなった。ゴール後は簡単にシャワーを浴びた後、Irlanのゴールを見届けてから空港まで約1時間のドライブとなった。 マンチェスター空港ではデルタ航空のシステムがダウンしていたらしく、カウンターで手書きの搭乗券を渡された。預けた荷物の札も手書きだったので、無事に羽田まで運ばれるか心配になった。経由地のデトロイトからはファーストクラスだったので機内でボリュームたっぷりのターキーサンドイッチが出て、ロサンゼルスまでの約5時間のフライトを堪能できた。本日のラン 42.2km (3時間35分08秒) ニューハンプシャーマラソン(月間走行距離579.3km)(週間走行距離61.3km)
Sep 29, 2012
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出発直前まで荷作りは完了せず、最後は何も考えずにとりあえず必要そうなものだけ詰め込んで終了とした。本当に必要なものをいくつか忘れている可能性もあるが、タイムリミットなので4時半過ぎにHopkinson Houseをあとにした。今回はニューハンプシャー州で走ってから日本へ帰るスケジュールを組んだので、ニューヨークのラガーディアン空港経由でニューハンプシャーのマンチェスター空港へと向かった。運賃の都合上、早朝発の便となってしまったので到着は10時27分の予定だったが、なんだかんだで遅れまくって、実際には11時過ぎの到着となった。レンタカーは1日分だけ借りることにするため、3時半スタートで予約をしていた。空港ロビーには無料Wi-Fiがあったのでネットに繋いで時間を潰すことができた。3時過ぎにレンタカーカウンターに行き、無事に目的地に向けて出発した。 外は本降りで明日の天気も微妙だったので、明日の雨、寒さ対策を考えながら紅葉の中をホテルまでドライブした。ホテルは空港とレース会場のほぼ中間地点にあり、30分ほどで到着。先にチェックインを済ませてから、会場であるNewfound Memorial Middle Schoolに向かい前日受付を済ませた。明朝のために色々とチェックをしてからホテルに戻り、宿泊費に含まれている夕飯を頂き、ジャグジーでのんびりしてから眠りについた。本日のラン なし
Sep 28, 2012
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ラスベガスからフィラデルフィアへは帰りの便も直行だったのでぐっすり眠ることができた。当初の予定では空港からラボに直行するつもりだったが、荷物も多かったので一旦家に帰ってから出勤した。しかし、Macbookの電源コードを家に忘れてしまったので、夕方早々に仕事を切り上げざるを得なかった。帰りはWhole FoodsとSuper Freshに寄ってから帰宅。 写真はエリア51からラスベガスへと向かう途中で見た朝日。本日のラン 4.5km 帰宅ラン (South St.経由)(月間走行距離57.3km)(週間走行距離4.5km)
Aug 6, 2012
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スタートは午前12時。2回目なのでレースの雰囲気はよく判っていたので、とりあえずは3時間半を目指して走り出した。ハーフ付近まではひたすら上り続けるコースなのだが、今回はそれに輪をかけて向かい風も結構吹いていた。暗闇の中を走っているのでスピード感覚もおかしくなって、自分の体感スピードと実際のスピードとの差が乖離し始めた。標高約1712mからスタートして、最高点はハーフ付近の約1379m。ハーフの通過は1時間59分03秒だった。この時点で目標の3時間半には到底及ばないことがはっきりしてしまったが、下りになって思い切り飛ばしてみた。しかし、またまた感覚の乖離。体感スピードと比べて1kmあたり30〜40秒ほど遅いスピードになっていた。結局は最後まで感覚的には失速した感もなく走り切ったのだが、ゴールタイムはネットで3時間52分10秒 (後半ハーフは1時間53分07秒) だった。10kmを走り切ってゴール地点で待っていてくれたU田先生とも無事に合流してから順位を確認したところ、年代別では3位だった。しかし、2年前には3位まで貰えたはずの年代別表彰の楯がなくなってしまっていて、ちょっと残念だった。51kmの部に参加していたYoshiさんと飛脚さんにはスタート後は会うことができず、ラスベガスに戻るバスがたまたま直ぐに出発するところだったので、あまり余韻に浸ることもなく会場をあとにしてしまった。 ラスベガスには朝7時頃に到着し、まずはシャワーを浴びて、朝食をとった後で、U田先生と一緒に少しだけカジノ。U田先生は今日中にフィラデルフィアに帰る予定になっていたので、午前11時にホテルをチェックアウト後に別行動になった。その後は独りでカジノでだらだらと過ごし、夕食はホテルでバイキングを食べ、夜9時にホテルシャトルを利用して空港へ向かった。本日のラン 42.2km (3時間52分10秒) E.T. Full Moon Midnight Marathon(月間走行距離52.8km)(週間走行距離59.1km)
Aug 5, 2012
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午前様での帰宅ランになったが、今週はほとんど走っていなかったため脚が異常に軽く、とても楽にスピードを出すことができた。帰宅後はなんだかんだでうだうだし、結局2時間ほど仮眠しただけで起床。遠征の準備をして、タクシーで空港に向かった。 今回のマラソンは2年前にスパルタスロンに向けた調整レースとして走ったことがあるのだが、そのときはイメージしたペースでは走ることがでなかった。再度の参戦はそのリベンジの意味合いもあるのだが、何と言っても場所があのエリア51。前回もゴール後に怪しい動きをする飛行物体を目撃したので、今回もちょっとだけ期待している。今回は新たにM輪さんのラボに留学してきた阪大の腎臓内科医のU田先生も一緒に参戦 (10km) することになった。まずはフィラデルフィア空港でU田先生と合流。同じ便だが座席は離れていたので、5時間強のラスベガスまでのフライトは独りでMacに向かって仕事のようなことをして過ごした。ラスベガスの空港からはホテルまではタクシーであっという間だった。今回はオフィシャルホテルであるHard Rock Hotelの部屋を予約することができなかったが、目と鼻の先にあるTerrible’s Hotelという「ひどい」名前のカジノ付きのホテルを1泊約$40で予約できた。ホテルにチェックインをしてから、Hard Rock Hotelで受付を済ませ自分たちのホテルに戻った。そこで夕食をとってから少しだけカジノで遊んだ後、マラソンの準備をしてシャトルバス乗り場であるHard Rock Hotelに再び出向いた。バス乗り場に到着すると、私の名前を呼ぶ声が。ミシガン在住のYoshiさんとニュージャージー在住の飛脚さんだった。バスは夜8時45分にラスベガスを出発した。バスは「静かなバス」と「おしゃべりバス」が用意されていて、私たちは「静かなバス」を選択したのだが、なんとバスの中ではラジオが流れていて、しばらくしてから、誰かがラジオを消すようにお願いしてくれた。さらに何故かバスの車内は暖房がかかっていた。そして、突然全てのバスが停車。どうやら1台のバスの窓ガラスが飛んできた石で割れてしまったらしく、そのバスの乗客を他のバスに振り換えることになり、予定の時間よりも大幅に遅れが出てしまった。スタート地点には11時半頃に到着。トイレを済ませ、宇宙人のメールボックスで写真を撮ったりしていると、直ぐにスタート時間となった。本日のラン 4.5km (22分) 帰宅ラン (South St.経由)(月間走行距離10.6km)(週間走行距離16.9km)
Aug 4, 2012
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朝は4時半に起床。準備をしてから5時半前に家を出発した。23rd & Walnut St.にあるRite Aidで今回同行する日本人ポスドク2人と合流して現地に向かった。当日受付は会場近くのジャーマンクラブ。大会はドイツの雰囲気を醸し出していて、そこには洒落た賞品が並べられていた。年代別は5歳刻みで3位まで表彰されるので、普通に走ることができればその賞品を獲得できる可能性は十分にあると思っていた。そこからシャトルバスに乗って会場のPennypack Parkに移動へ。地元ということもあり、知り合いとも何人か顔を合わせた。 7時半にスタート。コースは全て公園内で、ハーフのコースを2周することになっていた。先週のこともあったのでとにかく無理せずに行くことだけを考え、アップダウンも多少あるコースだと聞いていたので、シューズもHOKAを選択した。スタート直後は比較的狭い幅の舗装路だったが、HOKAの影響かスピード感をあまり感じずにいたのだが、1マイル (約1.6km) の通過は6分54秒だった。その後はアップダウンもあり、それに応じてラップタイムも変動したが、概ね1マイル7分半前後でカバーできた。クオーターを過ぎると芝生区間からトレイルへと突入した。トレイルでは下りの区間が結構長く、HOKAを履いていたのでガンガン飛ばすことができた。ハーフで一旦スタート地点に戻り (1時間39分36秒)、その後は全く同じコースをもう1周だった。1周目でコースの状況を完全に把握できていたので、頑張ってはいけない区間はゆっくり走り、走れる区間はしっかりとスピードを出すという作戦で乗り切った。結局2周目のトレイル区間もガンガン飛ばすことができ、5本指シューズやサンダルランナーをかわして、最後までスピードをキープしたままゴールすることができた。ゴールタイムは先週よりも約40分も速い3時間24分38秒 (後半ハーフは1時間45分02秒 だった。予想よりも随分早くゴールしてしまったため、ハーフを走り終わってゴール地点で待っていてくれた同行した仲間に写真を撮ってもらうことができなかった。ひとまずゴール地点で軽食 (特にスイカが美味しかった) を食べてから、結果を確認して、総合11位、年代別では1位だということが判明した。再びシャトルバスで受付会場だったジャーマンクラブで無料のソーセージやザワークラウトを食べて表彰式を待った。その間もアコーディオン奏者が、常にドイツの民族音楽を演奏していた。表彰式では無事に賞品を獲得してから帰途についた。 まずは自宅に寄って荷物を降ろしてからガソリンスタンドに向かった。満タンにするためのガソリン代は約$17だった。そしてレンタカー返却へ。カウンターは午後3時までで、私は3時1分頃にカウンターに到着したら、もう閉店だからその場で清算はできないと言われてしまった。しかし、ガソリンの問題があるのでここで引き下がるわけにはいかず、きちんと説明してその場で清算の手続きをしてもらうようにお願いした。相手は渋々ながら要求に応じて清算してくれたのだが、渡された明細を見ると、どうやら割引されていないようだった。なので、完全に帰り支度をしていたスタッフにもう一度確認して、再度請求書を印刷し直してもらった。すると今度はきちんと割引が適応されていた。文句を言わなければこの割引はチャラにされるところだった。しかもその割引額は$25。ガソリン代は$17だったので、結果的にはかなり得したことになった。その後はラボに向かい、夜8時半過ぎまで仕事をしてから、普通に帰宅ランを敢行した。しかも朝フルマラソンを走ったお陰か、身体がとても軽かった。本日のラン 42.2km (3時間24分38秒) 1/2ザワー1/2クラウトマラソン 4.5km (28分) 帰宅ラン (South St.経由)(月間走行距離172.8km)(週間走行距離72.1km)
Jun 16, 2012
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今日は通勤ランはお休み。日中はとても暑かった。夕方、仕事帰りに30th St. Stationでレンタカーを借りた。明朝、センターシティーから北に車で30分ほどのところにあるPennypack parkで行われるマラソンに参加することにしたからだ。車を借りてみると、ガソリンがフルタンクになっていなかった (写真)。気付いてすぐにレンタカーオフィスに電話して、返却時には満タンにして、差額を割り引いてもらうという約束をした。車は一晩Hopkinson Houseの駐車場に停めることにした (1泊で$10)。本日のラン なし
Jun 15, 2012
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朝は4時に起きて5時前にホテルを出発した。運良く朝食の一部が用意されていたので、それらを車内に持ち込み、移動中に朝食を済ませることができた。会場のSwan Lake Christian Campへはスタート20分前に到着。受付を済ませ、トイレにも行くことができ、6時に無事にスタートすることができた。 スタートしていきなり3番手につけてしまったが、自分としては無理している感じではなかった。後から判ったのだが、前の2人はハーフのランナーだった。1マイル (約1.6km) を過ぎた辺りで2人のランナーに抜かれた。そのうちの1人がフルのランナーだった。結局ハーフまではフルマラソンの2番手をキープしていたが (1時間40分53秒)、後半に失速することになってしまった。コースは半分以上がダートで車が通ると砂埃が舞い上がり、午前6時の気温が既に22?C、更に強風というコンディションだった。向かい風区間ではスピードは落ちるがクーリングには必要だった。逆に追い風区間では身体に熱が籠ってしまった。厄介だったのは横風区間。身体を斜めに向けて進むことになるので変な姿勢を維持しているうちに、体幹の筋肉がおかしくなってきた。特に後半は後頚筋、両僧帽筋と外腹斜筋が激しく張ってしまい、きちんとした姿勢をキープできなくなってしまった。そしてペースはズルズル落ちて、25マイル (約40.2km) 地点からは走ることができなくなってしまった。今回は何が何でもサブ4というレースではなかったので (サウスダコタ州は既にサブ4で走っているため)、身体の具合を第一に考えた。結局ゴールタイムは4時間4分3秒 (後半ハーフは2時間23分10秒) だった。最後だけ遊び気分を出し4時間4分4秒を狙ったのだが、1秒早くゴールしてしまった。そして、こんなタイムでも年代別では2位入賞だった。 通常のフルマラソンの大会では上位でゴールしたランナーはゴール後に余裕をかましているのだが、今日に限ってはそんなランナーを見かけることはなかった。皆うなだれるようにベンチにへたり込んで、用意された軽食や飲み物にもほとんど手を付けられないといった状況だった。ハーフ通過後に私をかわしていったランナーは総合2位になったそうだが、目標の3時間18分には遠く及ばず3時間40分を切ることができなかったそうだ。私もゴール後は立っていることが困難な状況だったが、コーラを1本飲んで、少し落ち着いてから写真を撮り、シャワーへと向かった。シャワーでも立っていることができず、やっとのことでシャワーを終えてから、トイレに入った。そしてフルマラソンのゴール後としては初めて嘔吐した。吐物には赤色のゼリー状のものが含まれていて、「吐血か?」と思ったが、よく見ると新鮮血の凝結塊ではなさそうでホッとした。おそらくレース中に摂取したエナジージェル (ラズベリー風味) が消化されずに残っていたのだと思う。 ゴール後1時間ほどしてから会場を後にして、スーフォールズ空港へ向かった。この頃には上空は一面の雲に覆われ、空港に着いた時には雨もぱらつくほどだった。空港に着いても体調は優れず、大きなバックは預けることにした。ミネアポリスまでのフライトはファーストクラスだったので快適のはずなのだが、楽な姿勢を見つけることができずに結構辛かった。ミネアポリスでは乗り継ぎの待ち時間が4時間以上あったが、移動するのも一苦労だった。そして、今日撮った写真を整理していて気付いた。今日の失速の最大の原因は低ナトリウム血症だったのだろうと。ゴール後のウエアは塩で真っ白だった。この減少はスパルタスロンのときと全く一緒。高温で完走した状況 (今日は強風) では発汗が必要以上に進み、水分の喪失以上に塩分の喪失が致命傷になる。全てのエイドでスポーツドリンクを摂ったが、それでは不十分だった。そうと判れば話は早い。塩分を急速に補う目的でミネアポリス空港内でうどんを食べた。しかも醤油を2パックも追加して。すると、体調は直ぐに改善した。年に1回の割合でとてつもない失敗レースを経験しているが、適切な対応を怠ればきちんとは走ることができないということを再認識した。フィラデルフィア空港には午後11時半頃到着して、タクシーで自宅に戻った。本日のラン 42.2km (4時間4分3秒) スワンレイクマラソン(月間走行距離100.7km)(週間走行距離75.9km)
Jun 10, 2012
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朝は3時半に起床。4時過ぎにゴール地点のキングフィールドに向かった。道中は野生の動物に注意しながら運転したが、本当に2匹の鹿が道路を横切ろうとしているところに遭遇した。前日に情報を得ていなかったら危なかったかもしれない。5時過ぎに目的地に到着して、ここからは無料バスでスタート地点へ。コースはワンウェイで、途中で昨日受付に行ったスキーリゾートを通過することになっている。スタート地点に到着してからトイレを済ませ、ストレッチもしっかりした。スタート地点に飲み物が置かれていなかったのがちょっと誤算だった。 スタートして最初の1マイル (約1.6km) は7分ちょうどで通過。前半はマイル7分半ぐらいで余裕をもって進むつもりだったので、少しだけペースを落し気味にした。前半は上りの区間も多かったが概ね想定通りに進み、ハーフの通過は1時間40分01秒。ここからは徐々にペースを上げていくつもりで快調に走っていたが、落とし穴が待っていた。18マイル (約28.8km) 付近から、腹の調子が思わしくなくなってきた。コース脇にトイレがあればよかったのだが生憎トイレは用意されておらず、大事に至らないようにペースを落した。通勤ランで同じことが起これば歩いてしまえばいいのだが、さすがにレースなので歩くことはせずに、なるべく上下動を少なくするようにした。幸い危機的状況にはいたらなかったが、ゴールが近づいてもペースアップはせず、何事もなかったかのようにゴール前では観衆に愛想を振りまきながらゴールした。ゴールラインの先に簡易トイレが並んでいたので、脇目もふらずにトイレに駆け込みようやく落ち着くことができた。タイムは3時間33分15秒 (後半ハーフは1時間53分14秒) で、何はともあれ、これでDC+48州制覇 (メイン州) となり、残すはニューハンプシャーとハワイのみとなった。メイン州はアメリカ東海岸のカナダに食い込むように位置しており、例年ならばこの時期はまだ涼しい気候のはずなのだが、今日は非常に気温が上がり、レース中から救急車がひっきりなしに出動していた。私は幸い気温が上がってきた時間帯はほぼジョギング状態だったので、全く暑さを苦にならなかったが、脚の筋肉がつったり、脱水で辛そうにしているランナーを多くみかけた。ちなみにゴール会場は野球場ということだったので、スタンドのある立派な球場をイメージしていたのだが、何のことはない、ただの広場だった。 その後は無料のマッサージを受け、軽食を食べてから、近くにある小学校のシャワー施設に向かった。しかしこのシャワーは水しか出ず。気合いを入れてシャワーを浴びるはめになった。帰りはのんびりと新車でのドライブを堪能し、余裕をもって3時前には空港に到着した。空港ではメイン名物のロブスターを食べた。帰りの便も1時間ほど遅れたが、ラボにちょっとだけ顔を出してから、歩いて帰宅した。本日のラン 42.2km (3時間33分15秒) シュガーローフマラソン(月間走行距離334.5km)(週間走行距離73.7km)
May 20, 2012
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仕事が終わったのが午前1時半。そのまま走って帰り3時に就寝した。朝は8時半に起きて、今日の遠征の荷物をまとめ、ラボまで歩いた。12時まで仕事をして空港へと向かったが、2時前の予定のフライトが3時過ぎに遅延していた。そんなことがあったお陰で、フィラデルフィア空港内では無料でインターネットに繋げるということを知った。 今日の遠征はまずは飛行機でメイン州のポートランドまで飛び、そこからはレンタカーで2時間ほどのドライブの予定だった。ポートランド空港には予定より約1時間半遅れて到着した。別に急いでるわけではなかったので、ゆっくりとレンタカーの受付をして、あてがわれた車は何とフルサイズのワゴン。元々は最も安いエコノミーカーを申し込んでいたのだが、勝手に無料アップグレードされてしまった。燃費などを考えると小さい車の方がいいので、「もう少し小さい車を」とお願いしたら、今度はクライスラー200のオープンカーを用意された。仕方がないのでこれでドライブすることになった。先週借りた車と比べると、車内はとても綺麗で革の臭いがした。走り出すとシフトの位置を表示する「D」の下に「2」と表示されていた。しばらくするとその数字が「7」になっているのに気付いた。この時点でピンときた。この数字は走行距離だった。日本の車なら走行距離をリセットするボタンがついているが、それにしても総走行距離が別に表示されるはずだ。なのにそんなものは見当たらない。つまり、この車は卸したての新車だった。 カーナビがマラソンの受付場所を表示してくれなかったのでちょっと迷ったが、夜7時過ぎに無事に受付場所に到着した。その場所はSugarloafというリゾートスキー場だった。受付を済ませてからは、そこから45分ほどかけて宿泊先のホテルへ。近くのホテルは全く予約できなかったので仕方ない。しかし、宿泊先のホテルはとてもアットホームだった。無料でアップルシードルのボトルが提供され、明朝マラソン会場に行く時には野生の動物を撥ねないようにと忠告してくれた。 写真は受付会場。スキー場のゲレンデをバックに。本日のラン 4.5km (28分) 帰宅ラン (South St. 経由)(月間走行距離292.3km)(週間走行距離31.5km)
May 19, 2012
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朝は5時半に起床。ホテルでゆっくりと準備をして、6時45分に出発した。スタートエリアへは徒歩で5分以内。会場に着いてからはトイレに並び、荷物を預けて準備完了となった。スタート前にJohnと再開を果たし、7時半にスタートした。天気は薄曇りで気温も10?C前後と絶好のマラソン日和となったため、前半から思い切って飛ばしてどこまでいけるかを試してみることにした。最初の1マイル (約1.6km) の通過が6分17秒。この時点で周りのランナーが距離表示の位置がおかしいと言っていた。次の1マイルが6分47秒、その次が8分36秒。この時点で距離表示を信用してはいけないということを確信して、次の1マイルは5分28秒だった。こうなったら、とりあえず自分の感覚に任せるしかない状況になった。ハーフの距離表示の場所は1時間31分42秒で通過。この距離表示を信じるとすれば、これまで走ったフルマラソンのハーフ通過タイムとしては最速ということになる。あとはどこまで粘れるかという状況になったが、とにかく距離表示が適当すぎて、全く自分のペースがつかめない。前半からの細かいアップダウンの影響もあり、徐々にスピードが落ちてきているのを自覚しつつも、いったいどの程度ペースが落ちているのかも確認できない。挙げ句の果てには、ハーフの12マイル表示の後に25マイル表示が登場 (本来は逆)。結局フィニッシュタイムは3時間20分28秒 (後半ハーフは1時間48分46秒) で久し振りの大失速レースになってしまった。それでもこれでDC+47州制覇 (ロードアイランド州) となり、残すところはあと3州となった。私の後にJohn、Kino、Soon Yewが次々とゴールしてきて、健闘を称え合った。 一旦ホテルに戻りシャワーを浴びてからKinoのグループと再合流して、ケバブ屋で昼食を摂った。帰りの電車の時間まではかなり余裕があったので駅前のモールに潜入したところ、ちょっとだけ貴重な松坂のフィギュアを発見。即買いしてしまった。帰りの車内はニューヨークまでは激込みで、Wifiもあまりよく繋がらなかったが、ニューヨークを過ぎてからは快適になった。本日のラン 42.2km (3時間20分28秒) コックススポーツマラソン(月間走行距離67.8km)(週間走行距離72.3km)
May 6, 2012
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今朝は7時19分発のアムトラックに乗るためにバスで30th Street Stationに向かった。駅でSoon Yewと合流して、片道5時間強のプロビデンスへの列車の旅がスタートした。車内では2人とも勝手に過ごし、定刻にプロビデンスに到着した。まずは歩いてEXPO会場であるコンベンションセンターに向かった。隣接したアリーナではチアリーディングの競技会が開催されていて、とても華やかだった。EXPOで最低限のことをしてホテルへ。 プロビデンスの街自体はそれほど大きくなく、歩ける範囲に全てが集まっている。ホテルはダウンタウンの中心部にあり、私がエクスペディアのVIP会員なのでスイートルームにアップグレードされていた。その後、Federal Hillというエリアにある中華レストランで昼食を採り、そのままブラウン大学周辺を散策しに行った。ブラウン大学はペン大同様にアイビーリーグに属する名門大学で、シンボルが熊。なのでキャンパス内に熊の銅像があった (写真)。一旦ホテルに戻って休憩した後、今度はホテル近くにある韓国レストランで、ブラウン大学で働いているSoon Yewの友達と一緒に夕食を摂った。本日のラン なし
May 5, 2012
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今朝は5時に起床。7時のスタートに合わせ、6時過ぎに車でホテルを出発した。スタート会場では無料の朝食が振舞われていた。スタート会場の直ぐそばに踏切があり、6時半頃に貨物列車が通過した。我々は大丈夫だったが、多くの参加者がその踏切に捕まってしまったため、スタートが10分遅れることになった。気温は朝の時点で17-18?Cで湿度はほぼ100%に近く蒸し暑い状態だった。 スタートはフルとハーフが同時にスタートするいつものパターンで、最初の1マイル (約1.6km) は7分01秒で通過した。しかしこれでは少し速すぎるので意図的にペースを落し、1マイル7分半前後のペースで進むことにしたのだが、前半は緩い上りと向かい風で、結局ハーフの通過は1時間41分15秒。2週間前のマラソンと全く同じラップタイムとなった。通過順位は30番前後だった。気温はそこそこ高かったが、曇っていたために直射日光をほとんど浴びることがなかったのが幸いし、最後は緩い追い風の助けも借りて、3時間25分17秒 (後半ハーフは1時間44分02秒) で無事にサブ4でのゴールとなった。この結果で、これまでに走ったDC+46州は全てサブ4で制覇ということになった。今日は来週の24時間走に向けた長距離ペース走のつもりで3時間22-23分でゴールするつもりでいたが、天候を考慮に入れればまずまずの結果だと思う。Johnは49歳の女性ランナーと一緒に私を抜いて行ったが、後半にその女性ランナーが失速したため、一緒にペースを落して私よりも後でゴールした。Johnは余裕だったのだろうが、前半はほとんどその女性ランナーと喋りながら走っていたようで、それが後半失速の主な原因ではないかと思う。 ゴール後は急いでホテルに戻りシャワーを浴びてから、再び会場に戻り結果を確認した。すると、私のは年代別では3位に入っていて、無事に年代別3位のメダルも獲得できた。その時点で11時半。カンザスシティー空港まではノンストップで約2時間半かかるのだが、Johnのフライトは2時55分発。なので、一目散に車を走らせた。そして、レンタカーを2時に返却することができた。私のフライトは3時50発のアメリカン航空。料金と時間の都合上、デルタ航空を利用できなかった。シカゴ経由の便はデルタでは経験しないような後方の席だったが、別に急いでいるわけではないのでとくに問題なく、無事にフィラデルフィアに戻った。そして空港から乗った電車が新型車両でビックリした。本日のラン 42.2km (3時間25分17秒) アイゼンハワーマラソン(月間走行距離346.3km)(週間走行距離82.0km)
Apr 14, 2012
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今日の目的地はカンザス州のアビリーンという街。カンザス州では既にマラソンを1回走っているのだが、そのときは酷暑のために4時間を切れなかったので、今回はサブ4が絶対条件のレースとして挑むことになった。通常なら土曜日のレースの場合、金曜の夕方以降にフィラデルフィアを出発するのだが、今回はカンザスシティー空港でラン仲間のJohnと合流してからレンタカーで現地に向かうことになったので、出発時刻はいつもより早く、家から直接タクシーで空港に向かうことにした。例の如く、経由地のミネアポリスまでの便はファーストクラスにアップグレードされ、機内で無料のランチにありつくことができた。ミネアポリスへの到着は30分近く遅れたので、乗り継ぎ便の搭乗口まで約10分かけてダッシュ。本来ならもうとっくに搭乗が始まっている時間なのに、この便の出発も遅れているようだった。すると、しばらくしてから前の便のクルーがやって来た。なんと、このクルー待ちの遅れだったことが判明した。最初から判っていればダッシュせずに済んだのに。機内でクルーと顔を合わせ苦笑い。結局この便もファーストクラスとなり、快適にカンザスシティーに到着した。 空港で予定通りJohnと合流し、3時間弱のドライブで受付会場のEisenhower Visitor’s Centerに到着した。アビリーンは1953年から61年までアメリカ大統領を務めたEisenhowerの育った街で、街中に街路樹ならぬ街路星条旗が立ち並んでいた。受付後に道を挟んだ向かいにある教会のパスタディナーに行き、終了時間は過ぎていたのに大量のパスタを御馳走になった。しかも、本来は$8払わなければならないところを無料で・・・。その後ホテルのチェックインでちょっとしたトラブルがあったが、無事に就寝。本日のラン なし
Apr 13, 2012
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朝は3時半過ぎに起きてレースの準備を開始し、5時にChisholmの家を出発した。道中は少し仮眠させてもらい、スタート地点であるアーバックルスのTurner Falls Parkにはスタート1時間前に到着した。するとそこでカリフォルニア在住のブラジル人の走友Irlanに遭遇した。コースはアーバックルスからアードモアまでほぼ一直線に南下するワンウェイで全体的に緩やかな下りなので、天候さえ良ければ好記録が狙えると思っていた。しかし予報では今日の最高気温は30?Cを超えることになっているので、好記録狙いは断念。炎天下で如何にサブ4を達成するかということに専念することにした。暑さ対策を万全にし、後頭部の陽射しよけのついたキャップを被り、先週同様に冷却用のバンダナをした。それともうひとつの要素が風。ほぼ全コースに渡り真正面からの強風と戦わねばならなかった。 スタートは午前8時。ショットガンの銃声とともにスタートした。最初から下り始めるのかと思いきや、いきなり上りの向かい風。それでも最初の1マイル (約1.6km) は7分51秒で通過した。できれば誰かの真後ろにつきたかったが、小刻みなアップダウンの連続なので、私と同じペースで走るランナーがいない。仕方なく風と戦いながらの単独走行となった。ペースが落ち着いた頃には15番手辺りを走っていたと思う。途中の7マイル手前から10マイル過ぎまでは南下するコースから外れてちょっとした折り返しコースとなっていて、当然その区間では風向きも変わった。その区間はアップダウンもあったが1マイルあたり7分40秒前後で走れた。折り返しの時点では12番手だったが、徐々に前を走るランナーとの距離が縮まり始めた。強風は相変わらずだが、その風のお陰で体感温度はそれほど上がっている感覚はなかったので、しっかりと前を追うことができた。また、エイドステーションも約1マイル毎にあったので、全てのステーションで水をかぶった。ハーフの通過は1時間41分15秒。その後も淡々と走っているうちに前のランナーに追いつくようになってきた。20マイル手前から25マイル過ぎまでは再び折り返しコースとなり、ここでもペースを上げることができた。そのまま最後までしっかり走り切り、3時間31分11秒 (後半ハーフは1時間49分56秒) でのフィニッシュとなった。天候を考えたら満足できるタイムだと思う。おそらくは先週の炎天下での100kmのお陰で、身体が暑さに順応してくれたのだと思う。順位は、総合8位、男子6位、年代別1位だった。これでDC+46州 (オクラホマ州) 制覇となった。 ゴール後にChisholmと合流し、無料のマッサージを受け、シャワーを浴びて帰途についた。オクラホマシティーに戻ってから、Chisholmの彼女も交えてステーキハウスで蛋白質をたっぷり補給してから機上の人となった。デトロイトでの乗り継ぎがギリギリだったために空港内をダッシュせざるを得なかったこと以外は概ね順調なファーストクラスでの移動だった。隣のおばちゃんが機内に持ち込んだオウムの鳴き声がちょっと耳障りだったが・・・。本日のラン 42.2km (3時間31分11秒) A2A レース・フォー・マーシーマラソン(月間走行距離42.2km)(週間走行距離75.2km)
Apr 1, 2012
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飛行機の変更があったため、朝は余裕をもって起きることができた。8時半に家を出て、空港には9時半前に到着。まずは経由地のアトランタに向かった。そしてアトランタからオクラホマシティーへの便では隣に座ったオヤジがぶつぶつと文句を言い出した。何でも私が五月蝿いのだそうだ。多分ちょっといかれているのだと思う。たまたまファーストクラスの他の席が空いていたので、席を移動させてもらった。その後、元の私の席にはエコノミー席から家族連れの子供が移動してきた。さすがに子供には文句を言えなかったようだ。 フライトそのものは順調で、無事にオクラホマシティーに到着。出口でChisholmが待ていてくれた。彼は10月にオクラホマシティーで開催される24時間走の大会責任者で、2010年に私がその大会に参加した時に知り合った。今回は私がオクラホマに走りに来るというのを知って家に招待してくれることになった。私のゼッケンなどはChisholmの彼女が事前に受け取っていてくれたので、今日はオクラホマシティーを観光することになった。まずはオクラホマシティー郊外のマスタングというところにある、Chisholmのお父さんが経営している農場を訪れた。お父さんとも面識があるので再開を喜び、その場で穫れたての野菜をかじったりした (写真)。オクラホマシティーは1995年4月に大規模な爆弾テロ事件があり多数の犠牲者が出たことでも有名で、農場見学の後、その場所も訪れ資料館を見学した。当時は日本でも大々的に報じられていたはずなのだが、恥ずかしながら私はその事件のことを覚えていなかった。その後は気を取り直して日本食レストランに行った。私たちのテーブルの担当になったウエイトレスの英語が何となく日本人的なアクセントだったので思い切って尋ねてみると、予想通り日本人だった。 夕食後はChisholmの家に行ってくつろいだ。明日のレースはオクラホマシティーから車で2時間ほど離れた場所で開催されるのだが、Chisholmが車で送迎をしてくれるというので、とてもリラックスした夜を過ごした。腸管の状態も正常化したようだった。本日のラン なし
Mar 31, 2012
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今日のレースのスタートは8時半なので、比較的ゆっくりできた。6時過ぎに起きて、7時半過ぎに車でスタート地点に向かった。ハーフマラソンのランナーたちは1時間前にスタートしているので混雑もなく、最前列からスタートできた。このレースはセントパトリックデ?の象徴であるクローバーをテーマとしたマラソンなので、多くのランナーが緑色のウエアを身につけることでも有名なのだが、さすがに先頭集団では緑色のランナーはほとんどいなかった。 最初の1マイル (約1.6km) は7分4秒で通過し良いペースかと思ったが、その後ズルズルとペースが落ちてしまった。今日は無理する必要のないレースなので、その後は体調にに任せてのんびりいくことに決めた。途中である女性ランナーに話しかけられた。彼女は私のことを知っているように話しかけてきたが、私はよく解らなかったので、「どこかでお会いしましたか?」と尋ねたところ、「色んなレースで」という返事が返ってきた。最近はそんなこともレースを走っていれば日常茶飯事になってきた。ハーフの通過は1時間44分19秒。19マイル (約30.4km) 以降は緩やかな下りになることは事前にわかっていたので、その時点で余力があれば少しだけペースを上げようと考えて走った。幸い20マイル (32km) 付近から徐々にペースを上げることができて、3時間37分30秒 (後半ハーフは1時間53分11秒) でゴール、DC+45州目 (バージニア州) 制覇となった。ゴール地点では3時間22分台でゴールしたJohnが待っていてくれて、預けていた荷物を受け取った後、一緒にレース後のイベント会場に向かった。会場は砂浜。ゴール前の記念撮影も砂浜に作られた砂像をバックに撮ってみた。その会場ではChadといういかにも速そうな長身のランナーに話しかけられた。なんと来月参加予定のバージニア24時間走に彼もエントリーしているということで、ネットで私のことを調べて知っているということだった。彼の今日のタイムは2時間54分台。マラソンでは絶対に敵わないが、24時間走なら何とかなるかもしれない。いずれにしても強敵であることには変わりない。 帰りのバスの時間の都合もあり早々に会場を後にして、昨晩泊めてもらった家でシャワーを浴びてから帰途についた。私が乗車予定のバスはワシントンDCを夕方6時半に出発することになっていて、バージニアビーチを出発した時点では、DCへの予定到着時刻は5時40分となっていた。しかし、ハイウェイが大渋滞。それでもそんなに切迫感はなかった。渋滞が一旦解消されてからガソリンスタンドで小休止し、再度ハイウェイに戻ったらまた渋滞が始まっていた。しかし、そろそろ時間的に厳しいかという感じになってきた時に、私が乗車予定のバスも同じ渋滞にはまっているのを発見した。そのバスはバージニア州のリッチモンド発、DC経由フィラデルフィア行きなので、同じ経路でDCに向かっていたのだ。これで不安は完全に解消された。そのバスと一緒に走っていれば、どれだけ時間に遅れても大丈夫ということだ。結局DCのバスステーションには7時過ぎに到着。バスはその後15分ほどしてから到着した。フィラデルフィアには10時過ぎの到着となってしまったが、中華街で栄養補給をしてから帰宅した。本日のラン 42.2km (3時間37分30秒) シャムロックマラソン(月間走行距離247.1km)(週間走行距離101.4km)
Mar 18, 2012
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今朝は5時頃に起きて出発の準備をし、7時に家を出た。今日の目的地はバージニア州のバージニアビーチだが、直接そこに向かうのではなくワシントンDC経由。フィラデルフィア8時発のGreyhoundバスに乗った。車内はそんなに混んでいたわけではないが、出発直前に乗ってきた黒人がぶつぶつと文句を言いながら、何故か私の横に座ってきた。仕方がないのでDCまでは寝て過ごした。DCの中心部では全くバスが進まなくなったのだが、原因はマラソンによる交通規制。今日はDCで大規模なマラソン大会が開催されていて、DC在住の走友Johnも走っていた。結局定刻から30分遅れで到着し、Johnとの待ち合わせ場所である中華街に向かった。3時間19分台で完走した彼と合流して、一路バージニアビーチへと向かった。約3時間半の道程だったが、交代で運転したので楽だった。ちなみにJohnは2日連続の3時間20分切りを狙っているらしい。 無事にEXPO会場に到着し受付を済ませてから、本日の宿泊先へと向かった。宿泊先はJohnのカレッジ時代の友人の家で、今日はJohnと私のために家を空けてくれた。夜はDCからやってきたJohnのランニング仲間と夕飯を食べた。本日のラン なし
Mar 17, 2012
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朝は勝手に4時頃に目が覚め、フィンランドの24時間走の結果などをチェックしつつ2度寝。7時に改めて起床し、朝食も摂って準備万端となった。今日は応援だけのSoon Yewも8時頃に起きて、9時過ぎにホテルを出発した。アメリカの大会では珍しいのだが、当日もEXPOが開かれていて、私はエナジージェルを購入しようと会場に潜入。が、EXPO会場は身動きが取れないほどの大混雑。マラソンの参加者は600人なのだが、ハーフマラソンは4200人。更にマラソンリレーもあり、約5000人のランナーでごった返しているのだ。やっとの思いで店に到着してジェルを買おうとしたら、隣にサンプルと書いてあるジェルがあるのを発見。遠慮なく3つ頂き、走行中に補給するエネルギーを確保できた。 ストレッチや軽いアップも済ませて先頭に並んだ。当たり前だが、周りはほとんどがハーフのランナー。午前10時の号砲とともに、皆凄いスピードで飛び出していった。私は抑え気味のつもりだったが、1マイル (約1.6km) の通過が6分40秒になってしまった。これはさすがに速すぎるので、意識的にペースを落し、5km過ぎまでに何とか安定したペースに戻すことができた。コースは大きなアップダウンのないハーフのコースを2周するのだが、とにかく風が強い。なので、風向きによってペースが乱高下する状況になってしまった。それでも1周目はハーフのランナーを風よけに利用したりして、1時間34分38秒でハーフ地点を通過した。ここからは完全に単独走行になったが、かろうじて前を走るランナーを見ながら進むことができた。さすがに向かい風の区間ではペースが落ちたが、それでも1周目でコースをほとんど把握できていたので、力をうまく配分することができた。20マイル (約32km) 地点を2時間26分54秒で通過して、この時点で自己ベストの更新は間違いないと確信して、俄然闘争心が湧いてきた。結局最後まで脚は動き続けてくれて、3時間14分05秒 (後半ハーフは1時間39分27秒) でのゴール、DC+44州目 (マサチューセッツ州) 制覇となった。 自己記録を5分以上更新することができたが、Soon Yewには3時間30分~35分ぐらいで帰ってくる予定と告げていたので、危うくゴールを見届けてもらえないところだった。ゴール地点では私の後にゴールしてきたランナーに、ずっと後ろを走っていたが最後に引き離されてしまったと言ってもらえた。EXPO会場内では表彰式が順次執り行われていて年代別の表彰に微かな期待を抱いたが、残念ながら40歳代の3位は3時間13分台だった。40歳代の女子の優勝は日本人で、その家族が私に声をかけてくれた。ちょっと話をして、夏にマサチューセッツ州で開催される24時間走のサポートをしてくれることになった。 帰りはまたまた6時間のドライブになるので長居は禁物。2時過ぎにEXPO会場を後にしてホテルに戻った。チェックアウトはSoon Yewに済ませてもらっていたので、停めておいた車に乗り込み、直ぐに出発した。道中は全く眠くならず、暗くなってから多少のコースミスはあったが、何とか無事にフィラデルフィアに帰って来た。家に大きな荷物を置いて、Soon YewをInternational Houseまで送り届けてから、空港でレンタカーを返却した。自宅には11時半頃に到着。長い長い1日が終わった。 写真はゴール後にまたまたJoan Samuelsonと。本日のラン 42.2km (3時間14分05秒) ハイアニスマラソン 1.3km 帰宅ラン(月間走行距離275.7km)(週間走行距離95.0km)
Feb 26, 2012
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今日は朝から大忙し。6時半頃に起床し、7時過ぎにラボに向けて出発。仕事を8時半に終了する予定だったが、数分遅れてしまったので、空港行きの電車を逃してしまった。とは言っても飛行機を利用するのではなく、空港でレンタカーを借りる予定にしていたのだ。次の30分後の電車を待つことはできなかったので、仕方なくタクシーを利用して空港のレンタカーオフィスに向かった。無事にレンタカーを借りて、9時半前にインターナショナルハウスに到着。ここはSoon Yewの住処。今にも電池切れになりそうな携帯にむち打って、Soon Yewにテキストメッセージを送り、無事に合流できた。その後、一旦我が家に戻り荷物をピックアップして、いよいよマサチューセッツ州のハイアニスという街へのロングドライブをスタートさせた。本来なら飛行機を使う距離なのだが、最寄りの空港を利用すると航空運賃が馬鹿高くなり、中途半端にレンタカーを使うぐらいなら全行程を車にしてしまえということになった。レンタカーの料金が2日間でたったの$24というのも決め手になった。しかもマラソンを走る予定のないSoon Yewもついてきてくれることになったので。カーナビによれば現地到着予定時刻は午後3時15分頃。ノンストップで行けるわけはないのだが、何としても午後4時までには到着したい理由があった。 ドライブは概ね順調で、途中で3つの料金所を通過 ($11.25、$12.00、$1.75)。食事休憩、ガソリンスタンド休憩を挿み、何とか午後4時にEXPO会場に到着した。4時までにと強く思っていたのは、Joan Samuelsonに会うため。彼女はアメリカ女子マラソン界では伝説の選手で、女子マラソンが初めてオリンピック競技と採用されたロス五輪の金メダリストだ。私はたまたまNHKテレビの英会話の教材で彼女のインタビューが取り上げられた回のテキストを持っていたので、それにサインを頂くことに成功した (写真)。EXPO会場では、ニューヨーク在住の日本人ランナーともお会いすることができた (宿泊ホテルもたまたま一緒だった)。 EXPO会場での用事を全て済ませてから500mほど離れた所にあるホテルにチェックインして、今度は夕食をどこで摂るかをSoon Yewと相談した。まずはカーナビを利用して近くにあるアジア系のレストランを物色。その中に「Misaki」という日本食レストランを発見し、ネットで内容や評判を確認して、その店に行くことに決めた。「Misaki」というのは「岬」のことだった。ハイアニスはCape Cod (コッド岬) の中腹に位置する街だからだと思う。シェフは日本人だった。私はちらし寿司、Soon Yewは鍋焼きうどんを注文した。とりあえず、ちゃんとした日本食に満足した。その後は明日の朝食を調達してからホテルに戻り、東京マラソンのテキスト速報に一喜一憂し、フィンランドで行われている24時間走のライブ中継で知り合いばかりの日本人を応援した。本日のラン なし
Feb 25, 2012
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フィラデルフィアに向かう機内では、さすがに眠くなり朝まで爆睡した、フラデルフィア到着は予定よりちょっとだけ早く、朝の6時だった。当初の予定ではそのままラボに直行しようと思っていたのだが、さすがにまだ眠かったので家に帰ることにした。家に着いて仮眠する前にSoon Yewに「今日の昼は中華街に来るか?」というメールを送っておいた。 11時にSoon Yewと待ち合わせることになり中華街へ向かうと、ちょうど新年を祝う獅子舞と龍のセレモニーが行われていた (写真)。昼食後は歩いてラボへ。夕方まで仕事をしてからの帰宅ランだったが、外はとても寒かった。途中で空腹感に耐えられず、South & 22nd St.にある中華の店に入ってしまった。その後はWhole Foodsで買い物をして帰宅。本日のラン 1.5km 朝ラン 4.5km 帰宅ラン (South St. 経由)(月間走行距離252.5km)(週間走行距離71.7km)
Jan 29, 2012
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帰りのユマからのフライトは購入済なので、フェニックスで借りた車をユマで返却するといくらかかるのか訊いてみたら、何と$320だということだった。普段借りている値段の約10倍。当日だからということもあるが、それにしてもあり得ない金額だ。仕方なく帰りもフェニックスまでドライブすることにして、$115で車を借りた。それでも高いのだが仕方ない。この金額はフルに保険のオプションを追加したもので、もし保険に一切加入しないと逆に$202払わねばならなかった。不幸中の幸いは、全く使う予定のなかったポータブルカーナビを持って来ていたことだった。ハイウェイをひたすら走り、ホテルに到着したのは午前3時半。マラソンスタートの3時間半前だ。目覚まし時計を4時半にセットしてしばし仮眠。そしてあっと言う間に1時間が経ってしまった。目覚ましにはきちんと反応して目覚めたのだが、次の瞬間に時計を見たら6時20分と表示されていた。一瞬目を疑った。スタートの40分前だ。慌ててスタート地点まで走って受付を済ませ、無料の朝食を採り、全ての準備を済ませてスタートラインに並んだのは、スタート1分前だった。 何はともあれ定刻にスタートできて良かったのだが、如何せん身体はまだ起きておらず、最初の2マイル (約3.2km) は15分弱ぐらいで走った感覚なのに、実際のタイムは15分52秒。これで、今日は良い記録が出ないということを悟ってしまった。距離表示がいい加減なのか、風の強さの影響なのかはわからないが、ほぼ完全にフラットなコースにも関わらず、1マイル毎のラップタイムはバラバラだった。ハーフ地点は1時間44分54秒の16番手で折り返した。その後は今まで走ってきた道を単純に逆走するだけ。しかし、風がどんどん強くなってきて、しかも完全な向かい風になる区間がほとんどで、足は余力があるのになかなか前に進まない状態となってしまった。最後の2マイルは正面からの風が更に強くなってしまい、失速したわけではないのに1マイルあたり9分半以上かかってしまった。ゴール前の数十メートルのみ追い風を感じてスピードアップ。3時間40分10秒 (後半ハーフは1時間55分16秒)でゴールし、DC+43州目 (アリゾナ州) 制覇となった。 ゴール後は無料のマッサージを受けたり、軽食を食べたりした。何故かとある小学生に気に入られて色々と喋った。その少年のお兄ちゃんも小学生ながらハーフの部を1時間47分で走ったそうだ。その後はホテルに戻り、屋外にあるジャグジーでゆっくりしてからチェックアウトした。フルマラソンの部の表彰式は午後1時からという話だったが、12時過ぎには既に会場が撤収し始めていて、フルマラソンの表彰式は行われなかったようだ。表彰されたのは男女とも総合3位までなので私には関係なかったのだが・・・。 夕方まではホテルに隣接したカジノで時間を潰し、それからまたフェニックスへのロングドライブとなった。その道中でも色々とあった。まずは検問。とりあえず免許証を見せると、「アメリカ市民か?」と訊かれ、違うと応えたら、パスポートかビザを見せろと言われた。免許証が写真付きのIDなのだから問題ないはずなのだが、免許証の擬似照会が済んでも、やはり「今後は免許証と共に常にパスポートも携帯するように」と言われた。その場ではわかった振りをしたが、今後も免許証しか持ち歩くつもりはない。 次に起きたのは、ガス欠寸前事件。そろそろガソリンを入れようと思っていたら検問に引っかかったのだが、検問を終えて車を発車させたらガス欠寸前の警告灯が点灯し出した。この時点ではまだ余裕があったのだが、一向にガソリンスタンドが現れず、かれこれ40km以上走ってしまった。そこで、背に腹は代えられないと思い一旦ハイウェイを下りて車を停め、カーナビに付近のガソリンスタンドを検索させた。すると、最寄りのガソリンスタンドまでは15kmと表示された。恐る恐る一般道を経済速度で進み、何とかガソリンスタンドまで辿り着くことができた。何のことはない、そのまま進んでいれば次の出口で降りて直ぐのところにガソリンスタンドがあったのだ。 とりあえずホッとして、あとは残り1時間程のドライブなのだが、そこで第3の事件が起こってしまった。片道2車線のハイウェイの前方センターライン上に何かが見えた。野犬が座っていたのだ。しかし急ブレーキを踏むわけにはいかず、ハンドリングだけで回避しようと試みた。しかし、私が通過する直前にその犬が私の車の方向に向かって来たのだ。更にハンドルを切って避けたのだが、衝撃は全く感じずにボンッと鈍い音だけがした。犬が車に衝突したことはわかったが、バックミラーには真っ暗で何も写らなかった。その後も何かが引っかかったり、車の挙動がおかしかったりもしなかったのでそのまま運転を続けた。車のボディーがどうなっているか (もちろん犬がどうなってしまったのかも) 心配だったが、車を借りる際に、今回に限り全ての保険に半強制的に契約させられていて良かった。車の返却直前にもガソリンスタンドに寄り、ガソリンを満タンにした際にボディーをチェックしてみた。すると、車は無傷。サイドドアにちょっとだけ犬の毛がこびりついている部分があるだけだった。要は、私は完全に犬を避けることができたのだが、犬が横から車にぶつかってきたのだということがわかった。空港のレンタカー返却所では、何も指摘されず、無事に返却を完了。フェニックス空港では無料でインターネットに接続できるので、搭乗まではメールのチェッくなどをして、無事にフィラデルフィア行きの飛行機に搭乗し、離陸。長い長い1日がようやく終わった。本日のラン 42.2km (3時間40分10秒) ユマ・テリトリアルマラソン(月間走行距離246.5km)(週間走行距離65.7km)
Jan 28, 2012
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今朝は明け方の5時まで仕事をしてしまったため、家を出たのが10時になってしまった。しかし、ここ数ヶ月間抱えていた仕事にようやく目処がたったので気分的には少し楽になった。今日は夕方から遠征するため、キャリーバックを持ってバス通勤。出発ギリギリまでラボで仕事をして、何とか予定道りの電車に乗るとができた。 今日の目的地はアリゾナ州のユマという小さな街。街の中に小さいながらも国際空港があり、マラソン会場は空港そばのカジノ付きリゾートホテルという立地条件なので、今回はレンタカーは予約せずに、ユマ空港までの飛行機と、会場となるリゾートホテルのみを予約した。ユマと言えば、古くからのプロ野球ファンには懐かしい地名だと思う。10数年前までヤクルトスワローズが春のキャンプで利用していた場所だ。 飛行機はいつものデルタではなくUSエアウェイズで、経由地のフェニックスへ向けて定刻に離陸した。5時間強のフライトだが、隣が空席なのでとても快適。しかし、1時間半程経過したところで機内アナウンスが。何とエンジンのひとつが故障したらしく、シカゴに緊急着陸するということだった。とりあえずシカゴまでは無事に飛んでくれて、待機していた代替機に乗り換えることができた。しかし私にとっての問題は、フェニックスで乗り継ぎ便に間に合うのかということだ。ユマ行きの便は10時45分発。そして代替機の到着予定時刻は11時過ぎになりそうだというアナウンスが入った。日本の航空会社なら待っていてくれる可能性があるが、ここはアメリカ。期待してはいけない。結局、フェニックスには夜の11時半過ぎに到着し、飛行機を降りてから渡されたものは、予想通りフェニックス空港にあるヒルトンホテルのバウチャーと明朝9時45分発のユマ行きのチケットだった。ちなみにマラソンのスタートは朝7時なので、もしもそのチケットの飛行機を利用したら、私のゴール予定時刻ぐらいにユマに到着することになる。この時点で、マラソンのスタートに間に合わせるための唯一の手段はレンタカー。取り敢えずスタッフに文句を言ったがレンタカー料金は補填できないので、後で苦情係にメールしてくれと言われてしまった。幸いレンタカーの受付はまだ閉まっていなかったので、約3時間のドライブを敢行する決心をした。そんなことをしている間に日付が変わってしまった。 写真は使用しなかったホテルバウチャー。本日のラン なし
Jan 27, 2012
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アトランタまでの便はエコノミーだったが、通路側で寝ていただけだったので特に問題なし。朝5時半頃にアトランタ空港に到着して乗り継ぎ便をチェックすると、何と予定よりも2時間以上も早いフィラデルフィア便を発見。ダメ元で変更をお願いしてみると、あっさりOK。もちろん変更手数料は無料。それどころか無料アップグレードの優先順位も1番になっていた。結局はファーストクラスで予定よりも2時間以上も早くフィラデルフィアに帰ることができ、そのままラボに直行した。ラボには10時前に到着できて、そのまま仕事をし、夜はキャリーケースを引きずりフィラデルフィアランナーに寄ったりしながら帰宅。8時には就寝。 写真は昨日のマラソンのスタート地点のダム。本日のラン なし
Jan 16, 2012
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朝は4時頃には目が覚めたが、6時頃までうだうだしてしまった。結局ホテルを出発したのが6時45分過ぎ。会場到着は6時50分頃だったが、7時に出発するスタート会場に向かう無料バスには余裕で間に合った。スタート会場はバスで30分程の距離にあるShasta Dam。このダムもまた観光地になっているようだ。スタートまでは屋内で待機できたが、外もそれほど寒くはなかった。 8時にマラソンとリレーが同時スタート。後ろ姿では誰がマラソンのランナーなのかわからず、自分がどれくらいの位置につけているのか全くわからないまま、最初の2マイル (約3.2km) を12分49秒で下った。その後は下り勾配も徐々に緩くなり、いつの間にか激しく小刻みなアップダウンを繰り返すようになってきた。約14kmのリレーの中継所付近にあるエイドでエナジージェルを取ろうとしたのだが、ちょうどエナジージェルが置いてあるテーブルの前でボランティアの人が給水をしていたので、立ち止まらざるを得なかったのは誤算だった。ハーフの通過は1時間38分31秒。予定よりは多少遅いが、アップダウンがこんなにあるとは思っていなかった。その後も全体としては川沿いを下っているはずなのに何故か強烈なアップダウンが繰り返され、途中で6kmくらいはスイッチバックして川沿いを上るコース設定になっており、粘りの走りが続いた。それでも最後2マイルはちょっとだけペースを上げることができ、終わってみれば3時間24分52秒 (後半ハーフは1時間46分52秒) で、DC+42州目 (カリフォルニア州) 制覇となった。 ゴール後は無料のマッサージを受け、スープやパイを食べていたら表彰式が始まった。この大会は5歳刻みで3位まで表彰してくれるのでちょっとだけ期待していたが、残念ながら私の年代の3位のタイムは3時間12分台だった。その後は急いでホテルに戻りシャワーを浴びて、午後1時にチェックアウトした。サクラメントからのフライトは夜の10時45分発なので、時間にはとても余裕があり、ちょうど中間地点のコーニングという街にあるカジノで時間を潰すことにした。ひとしきり楽しみ、夜9時にサクラメント空港でレンタカーを返却。無事に機上の人となった。本日のラン 42.2km (3時間24分52秒) レディングマラソン(月間走行距離160.8km)(週間走行距離75.3km)
Jan 15, 2012
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今朝も起きられないとまずいということで、一睡もせずに出発の準備をした。5時55分発の電車に乗るために、家を5時半過ぎに出発。無事に電車に乗ることができ、7時15分発のソルトレイクシティー行きの便に搭乗した。約5時間のフライトだが、事前にファーストクラスにアップグレードされていたのでとても快適に過ごすことができ、本物の機内食にもありつけた。オムレツかシリアルかと訊かれ、迷わずオムレツを注文。ソルトレイクシティーからはカルフォルニア州の州都サクラメントまで2時間弱のフライト。こちらも直前にアップグレードされたため、ぐっすりと眠ることができた。 サクラメント空港からはレンタカーで北へ2時間。ハイウェイ1本で繋がっていたので運転はとても楽だった。目的地のレディングに到着して、まずは前日受付の場所であるランニングショップFleet Feetへ向かった。無事に受付を済ませてからホテルへ。更に明朝向かわねばならないゴール会場Sundial Bridgeまで下見を兼ねて行ってみた。ホテルからは車で数分の距離で駐車スペースも余裕があることを確認した。会場となっている橋は珍しい構造をしていて、ちょっとした観光スポットになっているようだ (写真)。ホテルに戻り、近くにあったKobeという日本食レストランに行ってみた。鉄板焼きと寿司というアメリカでありがちな和食?の店だったが、お米を食べることができたのは良かった。明日は6時半過ぎに会場入りする予定で、8時頃には就寝。本日のラン なし
Jan 14, 2012
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ラスベガスからアトランタまでの機内では、夜間ということもありほとんど寝て過ごした。昨日は何かが少しずつズレていて全体的に今ひとつの1日だったが、今日は幸先よく、アトランタからの便が搭乗直前にファーストクラスにアップグレードされた。フィラデルフィア到着は午前11時前で、そのままラボに直行した。日曜日なので誰も出勤しておらずとても静か。夜8時まで仕事をして、バスで帰宅した。 さて、昨日の大会の公式結果がホームページ上にアップされていたが、やはり順位は全てグロスタイム順だった。それならそうと言ってもらえればハーフマラソンのスタートを待たずに走り出したのに・・・。ちょっとだけ悔いが残った。 写真はスタート会場付近からのLake Meadの眺望。本日のラン なし
Jan 8, 2012
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昨日機内でチェックしたスタート時間の8時半に合わせて、6時半に起床。7時半過ぎまで準備をしてホテルを出発した。会場までは車で5分の距離だが、途中でLake Mead National Recreation Areaに入るための料金所があり、予想以上に時間がかかってしまった。さらに会場で駐車スペースを探すのにちょっと時間をかけてしまった。それでも8時半には余裕があったのでゆっくりとスタート地点付近に向かった。しかし何か様子がおかしい。係の人がハーフマラソンのランナーを招集している。そこでスタッフに尋ねて愕然。マラソンの部は既に8時にスタートしてしまっていると。それでも計測はチップで行うので大丈夫ということで、コース間違えを起こさないようにハーフマラソンのランナーと一緒にスタートすることにした。これが後で致命的な結果をもたらすということを知る由もなく・・・。 コースは基本的にはフラットな部分は無し。しかも勾配が急なところが多く、ひたすらアップダウンの繰り返し。スタートから楽に入ったつもりが、最初の1マイル (約1.6km) を7分36秒、次の1マイルを7分29秒と、想定以上のペースとなってしまい、ハーフマラソンのランナーの中でも10番手ぐらいにつけていた。ハーフの折り返し (約10.5km) 後は寂しくなったが、既にマラソンの最後尾には追いついていたので、黙々と前を追いかけた。完全な折り返しコースのためハーフ地点が折り返しとなる。ここの通過が1時間45分04秒で47番手だった。折り返してみると、風向きの影響か、少し走りづらさを感じた。20マイル (約32km) 辺りまでは普通に走れていたのだが、その後の急勾配で撃沈。それでも、まわりを走っているランナーは実質的には私より30分以上遅いランナーなので、スピードは私の方が断然速く、結局最後まで1人のランナーにも抜かれることなく19番目にフィニッシュ。ネットタイムは最低限の目標である4時間以内はクリアし、3時間42分20秒 (後半ハーフは1時間57分17秒) だった。ゴール後に年代別の表彰対象になっているか確認したところ、年代別の表彰はネットタイムでなくグロスタイムで行うということでチャンスを逃してしまった。ちなみに、表彰とは関係なく発表されたネットタイムに基づく順位は総合8位、男子7位、年代別1位で、もしハーフマラソンのスタートを待たずに現地到着後すぐにスタートしていたら、おそらくグロスタイムでも年代別1位となり表彰対象になっていた。不幸中の幸いは、小規模な大会にも関わらずネットタイムを測定してくれていたことと、年代別1位でも楯などはなく金平糖のようなお菓子みたいなものを貰えただけだったこと。レース後の軽食を軽く頂いた後は景色を堪能しながらホテルに戻った。 ホテルの部屋は今晩も押さえてあるので、時間を気にせずに部屋でシャワーを浴びてすっきりしてからカジノへ。そんなに大損することもなくカジノを堪能して、夜7時過ぎにホテルをアーリーチェックアウトして空港へと向かった。レンタカー返却時に予想外の料金を請求されたので確認してみたら、返却時間が45分超過しているという理由で$20が追加請求されていた。それはちょっと、ということで不満をぶつけたところ、あっさりとその$20をチャラにしてくれた。フライトは期待していたアップグレードは獲得できなかったが、前に座席のない出入り口の席。それなりに快適だと思ったのだが、隣が超おデブさん。私の領域に確実に全てがはみ出している。しかし反対側にも同様にはみ出しているため仕方がない。私は窓側に寄りかかって就寝。11時30分にラスベガスを発った。本日のラン 42.2km (3時間42分20秒) ランニング・フォー・アン・エンジェルマラソン(月間走行距離85.5km)(週間走行距離70.0km)
Jan 7, 2012
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今日はちょっと遠くまで遠征のため、キャリーケースを片手にバス通勤。昼過ぎまで仕事をし、その足でラスベガスに飛んだ。お馴染みのデルタ航空で、アトランタからはファーストクラスにアップグレードされたため長時間のフライトも非常に快適だった。機内では映画「Money Ball」を鑑賞した。また、明日のマラソンの要項も印刷しておいたので入念に確認した。ちなみに私のデジカメ呼称してしまったが、Soon Yewが貸してくれたので事無きを得た。 ラスベガス到着は夜7時。そこからレンタカーで30分程の距離にあるボルダーシティーという街に向かった。ランナーの間で有名なコロラド州のボルダーではなく、ここはネバダ州。ネバダ州のマラソンは2010年の8月にエリア51で行われたETマラソンを走ってはいるが、そのときのタイムが4時間27分台と散々だったため、ネバダ州でのサブ4達成を目的に再度訪れた。大会の主催者は、ETマラソンのときと同じ。宿泊先は会場近くのカジノホテルで、2泊分をランナー用に特別価格 (通常の1泊分の価格) で提供してくれていた。前日受付もこのホテル内 (写真) で夜9時までやっていたので余裕で済ますことができ、ちょっとだけギャンブリングしてから就寝。本日のラン なし
Jan 6, 2012
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朝は5時半過ぎに起床。台湾の途中経過をチェックしつつ、6時過ぎに出発した。土曜の早朝なので道路も空いていて、7時15分頃に会場に到着した。受付は簡素で、参加者一覧表にサインをして$10払う。ただそれだけ。参加賞もなし。時間に余裕があったので近くの店でサンドイッチを購入して腹ごしらえをした。会場に戻り8時半のスタートに備えたが、直前にトイレに。トイレからスタート地点に戻ると既にカウントダウンされていて、最前列からのスタートを断念した。それでも参加者は100人強なので、約5秒でスタートラインを通過できた。 コースは想像していた以上にアップダウンが厳しく、全コースの約半分は未舗装だった。参加費$10の大会だけあって、さすがに距離表示は一切なし。アップダウンばかりなので自分がどれくらいのペースで走っているのかもよくわからないまま、ひたすら前を追った。13.5km付近でスタートラインに戻ってきて、ここからは周回コースになった。その時点で1時間3分30秒くらいだった。そして次の周回を終えたところで1時間32分程。つまり1周に約30分かかることを確認。この時点でようやく自分がどれくらいのペースで走っているのかを把握でき、このペースを維持すれば3時間30分くらいでゴールできることもわかった。ハーフの通過は1時間45分弱だと思う。30km過ぎぐらいから多少ペースは落ちたが、最後まで脚はしっかり動いて、ネットタイム3時間34分25秒 (グロス3時間34分31秒) でのゴール。これでDC+41州目 (コネチカット州) 制覇となった。レース後は軽食やホットドリンクなどが用意されていて、それらを囲んでしばし歓談。ニューヨーク駐在の日本人とも知り合うことができた。朝は昨晩泊めてもらったK田に送ってもらったが、K田は用事があるため早々にニューヘブンの帰ってしまっていた。なので自力で帰りの足を確保しなければならなかったのだが、ニューヘブンからボランティアに来ていたRobertという若者が送ってくれるということになった。 ニューヘブンには2時半頃に戻ることができ、用事を済ませたK田と再合流。ネットで台湾の終盤の状況をチェックし、関家さんの優勝と工藤さんの女子世界記録更新に期待をかけた。その後、ニューヘブン在住の他の同窓生とも合流し、夜8時半過ぎまで食事をした。9時16分発のアムトラックでフィラデルフィアに帰ることになっていたが、その列車が15分程遅れて到着。この遅れはまだ想定内だった。車内に乗り込むと直ぐにネットに接続し、台湾の最終結果を確認。期待通りの結果に勝手に満足した。それと今日は、先日エントリーしたウエスタンステイツの抽選が行われたのだが、そちらは残念ながら落選してしまった。ただこれに関しては、倍率が約8倍だったので仕方がない。 そうこうしているうちに列車が駅以外の場所で頻回に停車するようになり、ついには、機関車のエンジントラブルが発生し代替えの機関車に交換するため大幅に遅れることになるという内容のアナウンスが流れた。私の場合は元々フィラデルフィアへの到着予定が0時半だったので大した影響はなく、車内でのんびり過ごした。機関車の交換を終えた時点で日付が変わろうとしていたが、まだニューヨークにも到達できていなかった。本日のラン 42.2km (3時間34分25秒) ロクスバリーマラソン(月間走行距離81.8km)(週間走行距離64.2km)
Dec 10, 2011
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結局2時間程仮眠しただけで、今日の仕事がスタート。フルタイムで医者をしていた時にはこんなことは日常茶飯事だったので、そんなに辛くはなかった。いつものことだが、24時間走のトレーニングと考えるようにしている。朝9時からのラボ内のデータクラブ (持ち回りで自分の研究内容を発表する会) のテーマが「サーカディアンリズムと加齢」だったのには、ちょっと笑えた。その後は今日の予定の仕事を午後2時までに終わらせて帰宅。 本来なら帰宅後に仮眠といきたいところだが、そうは問屋が卸さず、荷物をまとめて家を出た。30th Street駅を5時ちょうどに出発するアムトラックでコネチカット州のニューヘヴンに向かうことになっていた。時間的に厳しかったのでタクシーを使ったが、運ちゃんが結構頑張ってくれて、出発15分前には駅に着くことができた。駅舎内にはクリスマスツリーもお目見えしていた (写真)。さすがにフィラデルフィアからニューヨークまでは激込みで、無料で繋ぐことができるWiFi回線も全く機能しない程混雑していた。ニューヨークを過ぎると一気に客は減ってネット環境も改善されたが、今度は列車が大幅に遅れ出した。約1時間遅れでニューヘブンに到着。ニューヘブンには名門のイェール大があって薬学時代の友人も何人か住んでおり、今回で3度目の来訪。今日は薬学時代の同期のK田君宅泊で、明日は車で1時間くらいの距離にあるロクスバリーに送ってもらうことになっている。正に持つべきものは友。 ところで現在台湾では世界の有名どころが集結して東?國際超級馬拉松 (24時間走) が開催されている。速報ページはこちら。関家さん、大滝さん、Scott Jurek、Valmir Nunesといったスパルタスロンの歴代優勝者、女子でも工藤さんやアメリカのConnie Gardnerといった知合いばかりで速報から目が離せなくなっている。本日のラン 4.5km (24分) 帰宅ラン (South St. 経由)(月間走行距離39.6km)(週間走行距離22.0km)
Dec 9, 2011
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朝は4時に起床。外に出てみると寒さは全く感じなかったので、いつものPennのバイクシャツ1枚で走ることに決定。6時15分のスタートに間に合うように、5時過ぎにホテルをチェックアウトしてスタート地点へ向かった。駐車場はいたる所にあるのだが、どこもいっぱい。よくわからずに適当に空いているスペースに停めスタートラインへ。そこにはモニターが用意されていて、スペースシャトルの映像が流されている。係の人に荷物預け場所を尋ねると、後で持って行っておいてあげるよと言われ、お言葉に甘えてしまった。 いよいよスタートで、映像でカウントダウンが始まった。12からスタートして、12、11、2、1、発射・・・。映像のスペースシャトルは勢い良く打ち上がったが、ランナーは皆、理解できず。それもそのはず。カウントダウンで、11の次が2なんて理解できるわけがない。係の人に「Go!! Go!!」と言われてようやくスタートした。ハーフの集団とはスタート直後に別れて、フルは北にハーフは南に向かって走り出した。数日前からちょっと体調が優れず風邪っぽい鼻水が出ているような状態なので、最初から無理せずにいこうと決めていた。1マイル (約1.6km) の通過は7分50秒。基本的には海岸沿いをひたすら走るので風が強いことは覚悟していたが、2マイル (約3.2km) 辺りから雨が降り出した。しばらくすると雨は止み、風も緩い横風となった。ちょうど全体の1/4進んだ所、コースの最北端で折り返した。折り返すと風は向かい風に変わり少しだけペースを落したが、後続ランナーとは完全な対面通行になるので全員とすれ違うことができる。案の定、知り合いを2人確認。8マイル (約12.8km) 辺りでトイレに行きたくなり、9マイル (約14.4km) 付近の給水所で簡易トイレを発見。安心したのも束の間、私の直前を走っていたランナーが入ってしまった。ここで待っていても仕方がないので、次まで我慢することにした。我慢しながら走ったためペースは多少悪くなってしまったが、11マイル (17.6km) 手前で無事にトイレを確保できた。ハーフの通過は1時間47分42秒。ハーフ地点がちょうどスタート地点になるようにコースが設定されていて、ここからはハーフのコースを走ることになる。南に向かっているときは基本的に向かい風で無理をしなかったが、コースの最南端まで行き折り返してからは追い風になった。ここまで無理をしなかったので脚は十分に残っていて、折り返してからは誰にも抜かれなかった。途中、チームフィリーのメンバーとも遭遇した。最後は陽射しも強くなってきたが、ビルドアップのような走り方になり、3時間34分57秒 (後半ハーフは1時間47分15秒) でゴールした。今回の目的であるフロリダ州でのサブ4を達成した。 ゴール後はスペースシャトルをデザインした完走メダル、完走タオル、完走ワッペン、そして氷水に浸したクーリング用のタオルまで渡された。この時期のマラソンならホイル巻きにされるのが通常だが、さすがフロリダと感心してしまった。ゴール会場は飲み物も食べ物も豊富で、更に記念撮影用の宇宙飛行士やスペースシャトル、果てはスターウォーズのキャラクターなど多彩。ひとしきり会場で楽しん出から会場を後にした。車を停めた場所はスタート地点からはそんなに離れていなかったのだが、ゴール地点との位置関係が今ひとつわからず、車に辿り着くまでに結構な時間をかけてしまった。カーナビによると空港までは40分程なので、ハイウェイに乗る前にガソリンを満タンにし、無事に昼12時にはオーランド空港に到着することができた。空港では無料でインターネットに接続できたので、5時過ぎの出発までの時間を有意義に過ごすことができた。メンフィス経由のデルタ便はファーストクラスだったのでゆったりでき、ほぼ爆睡でフィラデルフィアに帰って来た。11時半前に無事帰宅。本日のラン 42.2km (3時間34分57秒) フィラデルフィアマラソン(月間走行距離351.6km)(週間走行距離76.5km)
Nov 27, 2011
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朝4時まではゆっくり出発の準備をした。今日の目的地はフロリダ州のココアという街。ここには世界的に有名なNASA (アメリカ航空宇宙局) がある。フロリダでは2年前にディズニーワールドマラソンを走っているが、そのときは完璧なファンランだった。今回はアメリカ50州+DCを全てサブ4で制覇するためのひとつとして乗り込むことにしたのだが、日曜日の予想最低気温が18?C、予想最高気温が25?C。暑さに弱い私にとっては、この時期のこの気温は要注意だ。さらにネットで色々と調べていたら、今日の午前10時に火星に向けて無人探査車の打ち上げが予定されていることがわかった。しかし、私は現地に昼過ぎに到着予定なので打ち上げは拝めず。 無事に朝4時前に家を出発し、始発電車で空港へ。往路はアメリカン航空便でのマイアミ経由。ただ、動いている時以外はほとんど爆睡だった。マイアミでは売店でCSIグッズを発見。オーランド空港からはレンタカーでEXPO会場であるケネディー宇宙センターへと向かった。途中宇宙飛行士の殿堂などに立ち寄りながら約45分で到着。通常は入場料として$43払うのだが、マラソンの受け付けに来た人は別の入口から無料で入場できて、しかも、一度入場してしまえば中のアトラクションは全てフリーパス。結局7時頃までかけて全てのアトラクションを堪能した。本日のラン なし
Nov 26, 2011
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朝は5時過ぎに自然に目が覚めた。ゆっくり準備できる時間があったにもかかわらず、結局出発したのは6時15分頃。スタートは7時なので、とりあえずアップがてら走り始めた。しかし、現地に着いてからあまり慌ただしいのもどうかと思い途中からタクシーを利用してしまった。トイレは家で済ませてあるので、荷物を預けてスタートに並ぶだけだったので気分的には楽だった。ここ数日の寒さが嘘のように快適な気候となったため、半袖シャツ1枚でスタートすることにした。エリートランナーの直ぐ後ろに陣取りスタートを待っていると、大会スタッフのRossがエールを送ってくれた。 このレースは昨年も走っているし地元でもあるので、コースは頭の中に完璧に入っている。スタートからしばらくはほぼイーブンペースで走れる平坦コースで、うまくペースを作ることに成功した。今日は始めから突っ込んでいくと決めていて、5マイル (約8km) 地点までは7分10秒/マイル (4分28秒/km) で走れた。途中でブログを観てますという3週間前にフィラデルフィアに引っ越して来た日本人に声を掛けられた。5マイル地点は私の住んでいる場所で、とても気持ち良く通過できた。そこからはChestnut St.を西へ進み、徐々にアップダウンのある区間へと突入。それでも無理をせずにアップダウンに応じてスピードを変化させて進んだ。10マイル (約16km) 付近で3時間10分ペースの集団に抜かれたのだが、そのペーサーをしていたのが、9月の24時間走で私にシャツをくれてNEWTONを勧めてくれたHarveyだった。ハーフの通過は1時間36分43秒。今年走った19本のフルマラソンのうちで前半下り基調の東京マラソンに次ぐ早い通過となった。後半のコースは大半が対面通行なので色々なランナーとエール交換しながら走ることができた。昨年は22マイル (約35.4km) 過ぎてからの下りでペースアップできたので、今年もそこまで頑張れば何とかなると思っていたのだが、今年は撃沈。下っているのに向かい風にスピードを殺されてしまった。大きなランナーに抜かれる度にピッタリ後ろについて追いかけたのだが、なかなかうまくいかなかった。それでも沿道の声援が背中を押してくれて、昨年を上回る3時間23分15秒でゴールできた。 ゴール後は日本人の知り合いやゴール地点でプロポーズしたという友人としばし談笑した。Soon Yewとも無事に会うことができた (写真)。その後私はチームフィリーのお疲れさま会の会場へと向かった。そこでも皆で検討を讃え合い、次はどこを走るかとか、いつから練習を再開するかとか、話題は尽きなかった。本日のラン 1.5km アップ 42.2km (3時間23分15秒) フィラデルフィアマラソン(月間走行距離275.1km)(週間走行距離109.7km)
Nov 20, 2011
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今日は昼前にSoon Yewと待ち合わせて、再度EXPOへ突入。まずは1人で潜入して、昨日貰いそびれたTシャツを獲得。今日もRossはエリートランナーの受付をしていた。Soon Yewと合流してからはショップ巡り。昨日は時間がなかったので、今日はゆっくりと店を回った。まずはビブナンバーベルトを物色。ジェルホルダー付きのものを探して、最終的には各地のEXPO会場でよく見かける2社のものを検討。値段は同じだったがSoon Yewとも意見が一致し「iFitness」というヤツを購入した。次にソックスを物色。以前から愛用していたソックスは一時お休みとして色々と試しているところだが、今回は「Thorlos」というメーカーの「EXPERIA」というソックスを購入した。3足買うと安くなるので、1足はSoon Yewが1足購入してくれた。会場ではココナッツウォーターを無料で配っていたのだが、Soon Yewが突然大胆な行動に出た。箱で貰っている人たちがいるみたいだから、自分も箱で貰うと言うのだ。そしてあっさりと獲得。後で私も箱で貰おうとしたが無理だった。その代わり単品はいくらでも持って行っていいと言われたので結構の本数を貰うことができた。 EXPOを後にして、中華街で昼食を摂ってから一部区間は地下鉄を使ってラボへ。夕方まで仕事をしてから、新たなNEWTONを購入するためにセンターシティーにあるスポーツ店に行った。明日のマラソンで履くために前回と同じモデルを選んだのだが、マラソンのギアバッグの中に入っていたその店で使える20%引きのクーポンを利用したお陰で、店頭表示価格$175のところ$140で購入することができた。その後、チームフィリーの前夜祭 (ディナー) に参加した。15th St. 沿いのLocustとSpruceの間にあるイタリア料理「Buca Di Beppo」という店で、カーボローディングをした (写真)。そこでは明日の予想タイムなど訊かれ、とりあえず3時間22~23分ということにしておいた。本日のラン 1.2km 通勤ラン 4.5km (27分) 帰宅ラン (Walnut St. 経由)(月間走行距離231.4km)(週間走行距離66.0km)
Nov 19, 2011
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今日は仕事を終えた後に、ハッピーアワーでラボの数人と夕食を摂った。そして8時頃にコンベンションセンターへと走った。今週末のマラソンのEXPOが今日からスタートしていて、夜9時までやっていたので駆け込んだ。エリートの部の受付はRossが遣っていた (写真)。チームフィリーのメンバーとも遭遇することができた。今日はSoon Yewのビブも一緒に受け取って来たのだが、家に帰ってから荷物を確認してみたら私の袋には参加賞Tシャツが入っていなかった。明日改めて貰いに行かねばならなくなった。いずれにしても明日も行くつもりではいたのだが、Tシャツの引き換えチケットは回収されているので、気合いを入れて交渉しないといけない。本当は今日は少し買い物もしようと思っていたのだが時間がギリギリだったので、明日改めて掘り出し物を探そうと思う。本日のラン 4.5km (22分) 通勤ラン (South St. 経由) 7.0km 帰宅ラン (Market St. 経由)(月間走行距離225.7km)(週間走行距離60.3km)
Nov 18, 2011
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今日は全米50州、世界100カ国からランナーが集結しているニューヨークシティーマラソンを尻目に、ウエストバージニア州ハンチントンで2日連続のマラソンに挑んだ。今日の未明に夏時間が終わり、1時間得した気分で、朝5時に起床。6時にホテルを出発してJohnの車でスタート会場へ。会場はマーシャル大学。アメリカ生まれのJohnも聞いたことがないということだったが、立派なフィットネスセンターとフットボールの競技場があった。会場に到着してJohnがとある夫婦に受付の場所を尋ねたところ「私たちに付いて来なさい」と言われたので、そのまま付いていった。しかし、到着した場所は受付はおろかスタート地点からも離れた、その夫婦が友だちと待ち合わせをしている場所だった。その夫婦は「あなたたちがまだ受付をしていないなんて知らなかった」と謝ったが後の祭り。何のことはない、受付会場はJohnがその夫婦に道を尋ねた正にその場所にあった建物内だったのだが、何とかスタート30分前に受付を済ませることができた。Johnは早く申し込みを済ませていたのでビブナンバー「4」、そして参加賞はジャケットだった。私は直前に申し込んだために、割高な参加料を支払い、貰えた参加賞はTシャツだった。しかしSサイズは既に品切れで、やむを得ずMサイズとなってしまった。 スタート時は昨日同様寒かったので、昨年のニューヨークシティーマラソン参加賞の長袖Tシャツを着込んでスタートした。今日の設定は3時間30分~35分でのゴール。最初の1マイル (約1.6km) は7分49秒でまずまずのペースで入ることができた。コースは昨日同様ほぼ平坦で、しかも途中で固めのダート区間があり脚にも優しい。ハーフ地点直前までハーフのランナーと一緒に走り多少ペースを乱されることもあったが、ハーフを1時間44分33秒で通過した。ほぼ想定通りだった。後半に入りランナーの数も減って走り易くなり、しかも1周目でコースを把握できていたので、ゴールまでの力配分を考えながらレースを進められた。後半は多少ペースダウンしたが、最後までそれなりの走りでゴール地点のフットボール競技場に入った。残り100m付近でフットボールのボールを渡されて、それを持ってフットボールのエンドゾーン (ゴールライン) に飛び込んだ。タイムは3時間36分03秒 (後半ハーフは1時間51分30秒) で、設定タイムからは少しだけ遅れてしまった。それでも何とか無事に2日連続のフルマラソンを走り終え、DC+40州目 (サウスカロライナ州) 制覇となった。 ゴール後は昨日同様のタイム (3時間21分台) でゴールしたJohnと合流して、無料のホットドッグやハンバーガーを頬張った後、大学のフィットネス施設にあるシャワーを利用してさっぱりしてから空港へと向かった。ちなみに昨晩夕食をともにしたTraciは3時間9分で女子3位だった (昨日は3時間45分のペーサー)。Johnはその後、6時間のドライブでワシントンDCの自宅に帰ることになっていたので、私を空港に落してDCへの帰途についた。私は空港で約5時間の待ち時間があったが、無料でネットに接続することができたので時間を有効に使うことができた。 飛行機はデトロイト経由。デトロイト到着時になかなか着陸できず、約1時間のフライトの予定が30分以上も遅れてしまった。それでもフィラデルフィア行きの乗り継ぎ便まではたっぷりと時間があったので、先日失敗した日本食レストランに再挑戦してみた。今回は奮発して「ちらし寿司」。しかし、メニューには「寿司飯」を使っていると書いてあったのに、明らかに単なる白米。しかも結構な値段なのに、蟹の代わりに「蟹カマ」が載っていた。帰り際にシェフは日本人か?と尋ねたら、予想通り韓国人だった。日本直通便も発着している空港内にある日本食レストランのシェフが日本人でなく、しかも日本人なら明らかにおかしいと気付く料理を平気な顔をして提供していることを知ってがっかりだった。フィラデルフィア行きの便はファーストクラスではなかったが、私が座ったのは8席しかない優先席。扱いはファーストクラスと同等だった。シルバーメンバーの時にはその席には座れなかったので、ゴールドに格上げされてからの最初の恩恵といった感じだった。フィラデルフィアでは30分に1本しか走っていない電車にタイミングよく駆け込むことができ、スムーズに帰宅することができた。本日のラン 42.2km (3時間36分03秒) 第8回マーシャルユニバーシティーマラソン(月間走行距離116.0km)(週間走行距離126.2km)
Nov 6, 2011
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朝は6時に起床。ホテルで軽い朝食を摂り、マラソン仲間のJohnが迎えに来てくれるのを待った。前日のビブ等の受け取りもJohnにお願いしてあったので、至れり尽くせりという感じだ。無事にJohnと合流し、スタート付近まではJohnの車で向かった。スタート地点から1km程離れたLucas Oil Stadium (NFLのコルツの本拠地) の駐車場に車を停め、歩いてスタート会場に向かった。気温は予想以上に低かったが、幸いなことにそれほど風が強くなかったので何とか我慢することができた。 手袋、アームウォーマー、ネックウォーマーの装備で朝8時にスタート。結構大規模なマラソン大会で、例の如くハーフマラソンのランナーとの同時スタートなのでかなり混雑していた。しかもスタートして100m付近から道路の半分が工事中で道幅が狭くなるという、日本の都市型マラソンでは考えられない状況を目の当たりにした。ただ、今日の目標はあくまでもイーブンペースで4時間を切ることだったので、焦らずにゆっくりと走ることを心掛けた。最初の1マイル (約1.6km) は8分39秒とまずます。緩い勾配はあるものの基本的には平坦なコースなので、そのままのペースで淡々と走ることができた。ペースは概ね1マイルあたり8分30秒前後で、ハーフの通過は1時間52分01秒だった。後半も全くペースが変わることなく、スタートしてからの5マイル (約8km) 毎のラップは、43分20秒、42分25秒、42分16秒、43分09秒、42分20秒だった。余力があったので最後の1マイルだけは自然に7分台にペースアップしてフィニッシュ。結局ゴールタイムは3時間42分44秒 (後半ハーフは1時間50分43秒) で、ネガティブスプリットだった。これでDC+39州目 (インディアナ州) 制覇となった。ゴール後はベーグルやフルーツに加えてサンドイッチやスープなども配布されていた。 今日のレースで力を温存したのは明日もフルマラソンを走るためで、3時間21分台で完走したJohnと無料で利用できた市内のフィットネスクラブでシャワーを浴びた後、次の目的地へとインディアナポリスを後にした。目的地は車で西へ4時間程走ったところにあるウエストバージニア州のハンチントンという街。運転を途中で交代して、私は3時間程運転した。元々はJohnは友だちの家に泊めてもらうことになっていたのだが、明朝に私を迎えに来るのが面倒くさいということで、私のホテルの部屋に一緒に泊ることになった。やはり我と同じ日程で連日のマラソンを走りに来て近くのホテルに宿泊しているJohnの友だちと一緒に夕食を摂り、マラソン談議に花を咲かせた。本日のラン 42.2km (3時間42分44秒) 第4回インディアナポリス・モニュメンタルマラソン(月間走行距離73.8km)(週間走行距離84.0km)
Nov 5, 2011
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今日は夕方にインディアナポリスに向かうため、荷物が重かったこともあり朝はバス通勤となった。新しいラボは空港へ向かう電車に乗るために利用するUnivercity City Stationにとても近く、ぎりぎりまで仕事をしてから駅に向かうことができた。空港へは出発時刻の1時間前には到着できた。毎度おなじみのデルタ航空なので、インディアナポリスに向かうのにアトランタ経由という摩訶不思議な経路となった。ただ今回のチケット購入には、日本便に乗った時に医者としてお手伝いをして獲得した$100のクーポンを利用したので、値段的にはお手頃になり、しかも、メンバーステータスがゴールドに格上げされたので、アトランターインディアナポリス便は早々にファーストクラスにアップグレードされた。 無事にインディアナポリスに到着したのだが、既に夜中の12時前で、無料のホテルシャトルをお願いしたところ、提携しているタクシーを手配してくれた。ただ、タクシーとの待ち合わせ場所がよくわからずに手こずり、ホテルに到着した時には既に午前1時前になってしまっていた。ホテルは意外と快適でもったいなかったが、明朝6時に目覚ましをセットして就寝した (写真右奥にベッドルームがある)。本日のラン なし
Nov 4, 2011
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