全9件 (9件中 1-9件目)
1

明日は前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の列福式です。今日出勤すると、会社の前の道からは、あんなに路上に止められていた車たちが、一台もいなくなっていました。かわいそうに、レッカー移動されちゃったのね…。交通警察の通告どおりでした。バス、タクシー、近隣住民の車などは通れるようですが、一般車両はシャットアウトです。大きなテントがいくつか張られていて、仮設救護所が作られていました。あと仮設トイレもいくつか置いてありました。イベント大好きなわたしはドキドキわくわくです。そのうち巨大集中ゴミ捨て箱までもが撤去されていきます。2本のゴムだけで持ち上げています。手前のバンはウチの会社のシャトルバスなので駐車していても大丈夫です。けっこう短時間でできました。職場の前に爆弾を仕掛けられては困りますからねー。隣のBAR、わたしがいつも朝食を取っているVENERINAは、今朝から5月2日までノンストップ営業だそうです。稼ぎ時です。フェデリコ、フランチェスカ、レナート、ターニャ。みんな頑張ってねー。あまり揉め事も無く、意外と早く仕事が終わったので、リソルジメント広場を通って、列福式の会場であるサン・ピエトロ広場まで行ってみることにしました。市バスと路面電車のターミナルがあるリソルジメント広場には、巨大スクリーンが設置され、道の両側にはヨハネ・パウロ2世の垂れ幕がたくさん掛かっています。今日はあいにくの雨。明日もローマ、天気は悪いそうです。降らないといいですね。この人たちは…。サン・ピエトロ広場の一般の人が入れる枠の一番前に陣取っています。ここで夜を明かすわけですね。今日は冷えますよお。気をつけて下さい!こちらはポーランドの若者たちのグループ。もうハレルヤを歌ってます。こちらは屋根のあるところに陣取れてよかったですね。前法王の国、ポーランドから来た人たちが多く、それからメキシコなどの中南米の巡礼者も多いようです。わたしのような野次馬も多いです。このために来る巡礼者は30~50万人と言われており、もちろんただの観光客もいるので、本当の所は分からないと思います。サン・ピエトロ広場にも、巨大スクリーンは置かれました。あまり見えませんけど…。サン・ピエトロ広場からサンタンジェロ城に向かって一直線に延びているコンチリアツィオーネ通りはこんな感じです。壇上に世界中のマスコミのカメラがあります。前法王が福者になる様子が、明日、ここから全世界に発信されます。わたしはカトリックなわけではなく、ただのイベント好きなおばちゃんなだけなので、報告はこの辺までで。動画撮ってるこの兄ちゃんと同じです。明日5月1日。10時からの式は大変なことになりそうです。
2011年04月30日
コメント(9)

このところローマはあわただしくてなりません。ただでさえ毎年4月以降夏前までは観光のハイシーズンだというのに、今年は復活祭が先週だった上、前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の列福式を5月1日に控えています。職場はてんてこ舞いです。今日はウチのホテルにも要人が何名か…。明日からあさってにかけて、職場付近はもちろんですが、ウチのアパートの辺りも道路が閉鎖されるようなので、念のために職場で用意してもらった「ここで働いてますよ証明書(仮)」を持ち歩きます。今日はロイヤル・ウェディングでしたね。どさくさに紛れ、お客さんたちに紛れ、ロビーでテレビ中継を見ていました。アパートの電球を省エネのに全部替えました。Kuriemonちゃんが引っ越した時にそうしたと言うので真似したのです。日本の赤ちゃんがよく持っているボール、フリマで売るために実家から持ってきたのですが、トイレの電球の笠になりました。イタリアは電気代が高いです。その割に所得が日本の半分以下(要するに貧乏)ですので、家庭での節電を常に心がけている人が多いです。わたしも、洗濯機を使うのやお湯を溜めておく(ウチはお風呂も電気)のは深夜にしています。この電球のお陰で電気代が安くなるといいな。ひいては節電につながるといいな。それでどこかのベル何とかという人がまた「原子力発電」とか言い出さないといいな。
2011年04月29日
コメント(0)

在ローマの皆様お願いします。5月8日、恒例のフリマがあります。前回同様、義援金のためのブースを設置しますが、売り子のボランティアが足りません。場所の提供や物品の搬送はこちらでできますが、ブースに入って売り子さんをやってくれる方を探しています。ずっとでなくても、数時間だけでもいいです。特に午後、それから19時くらいまでできる方いませんか。ぜひこの情報回して下さい。できる方、マミまで連絡お願いします。詳細追ってお知らせします。最近お部屋の模様替えをしました。右はニコリーナにもらった家具です。真ん中のは以前ラウルにもらいました。貰い物で生きています。堺サマが微笑んでいます。【送料無料】ゴールデンスランバー価格:4,442円(税込、送料別)写真には殆ど入っていませんが、左にはIKEAの本棚があります。『のだめ』全巻をはじめとするこれらの本たち。【送料無料】のだめカンタービレ(1)価格:420円(税込、送料別)全部日本に持って帰るわよ。って言うか実家のわたしの部屋のどこにそんなスペースがあるって言うの???
2011年04月27日
コメント(0)

いつも参加している地下遺跡ガイドツアーに参加して、ヴィッラ・デイ・セッテ・バッシというのを見学してきました。地下鉄A線終点のアナニーナ駅からIKEAと反対の方に10分くらい歩いたところに残っている古代ローマ時代の遺跡です。許可無しでは入れませんのであしからず。紀元前の共和制ローマ時代から6世紀に廃墟となるまで、古代ローマの貴族たちに郊外の別荘(ヴィッラ)という形で使われた建物です。名前の由来は、2~3世紀(セプティミウス・セウェルス帝時代)、もしくは4世紀(コンスタンティヌス帝時代)に持ち主であったセプティミウス・バッスス総督という人から取ったと言われています。共和制ローマ時代から別荘としては存在していたと思われますが、奇跡的に今も残っている遺跡の大部分は2世紀半ばの皇帝アントニヌス・ピウス時代に建てられたものです。おおまかに3つの建物が残っており、その一つには居間、暖房室、柱廊を持つ庭がありました。大理石だったであろう柱はもちろん残っておらず、後にここが荒廃して捨て置かれてしまった時代に、新しく建築する建物の柱にと略奪されてしまったのでしょう。サン・ピエトロ大聖堂をはじめとするルネサンス時代の多くの建物がこのようにして造られたのは有名な話です。別の建物に移動してみると、そこはバルコニーを擁した応接間や寝室がありました。なんと2階建て!また、プライベート温泉もこの別荘にはあったようで、まさにテルマエ・ロマエの世界!【送料無料】テルマエ・ロマエ(3)価格:714円(税込、送料別)もちろん水道を引かなくてはなりませんからプライベート水道橋もあります(クラウディア水道から引いています)。っていうか家に水道橋を造っちゃうって…。どんな金持ち…。巨大な水槽の跡も見てきました。敷地内には競馬場も神殿もあるし、ここでどんな生活がなされていたのでしょう。ルシウスのようにタイムスリップしてみたくなります。
2011年04月18日
コメント(0)

さあて、今日は我がチーム三名全員出場の日です。会場はこんな感じです。この選手権には、クラシック・スタイル、グルテン抜きピザ、ピザ速伸ばし、ピザ大伸ばし、アクロバット個人、アクロバット団体、2人でピザを、などのいくつかの部門があります。それから装飾部門もあります。我がチームはクラシック2名、大伸ばし1名出場です。わたしもドッキドキです。時間までは他の出場者のピザ作りを見たり、世界中のピザ職人さんとの交流もしていました。パドヴァ近郊のピザ屋さん夫妻です。リストを見ると、本当にいろいろな所から来ているのが分かります。ピザ焼き周辺器具を取り扱うお店も出店しています。稼ぎ時ですねー。ピザを窯に入れる時の棒をパラと言うそうですが、そんなのも売っています。あとアクロバット練習用のゴム製ピザもよく売れていました。クラシック部門、ピザが焼けたらこんなふうに審査員席に運びます。サルデニア島オリスターノのデヴィッドと二コーラ父子とはメンバーみんな仲良しになれましたね。この日は2人でピザを、部門に出場のデヴィッドです。おいしそう。審査員に取られて食べられませんでした(当たり前)。我がチームも三名大健闘でした。はいっ、我らがボス作る!イケメンKくん焼く!バルサミコかける!審査員に見せる!若手Nくん伸ばす!本当に楽しかったです。あまりに楽しくて、この日の夜にローマに帰る予定が、帰れなくなってしまいました。それで翌日朝イチで帰ることにしたのです。といっても結局朝イチではなく二番目の電車だったのですが…。メンバーの皆様と引率の姐御、本当にお世話になりました。そしてこの日について綺麗にまとめてあるブログと言えば、もちろん世界たべあるき日記。ぜひ読んでね。メンバーの方々業務連絡。わたくしがハチマキを締めて日本国旗を背になびかせた雄姿の写真が一枚もありません。持っていらっしゃる方、ぜひお送り下さい。また、パルマ近郊お住まいの方々で、そんな写真の載ったローカル新聞あるいはピザ雑誌をご覧になった方いらっしゃたら、お手数ですがご一報下さい!
2011年04月13日
コメント(0)

月曜日から3日間の選手権なのですけれど、初日は我がチームからの出場者はなく、準備日といたしました。まずは会場の下見。街の総合体育館が使われています。開会は東日本大震災で亡くなった人々への黙祷から。神奈川から来た日本のアクロバット・チームのパフォーマンスがオープニングを飾りました。うひょ、盛り上がる!いい天気だし、言うこと無しです(屋内だから関係ないけど…)。大会で使用する具材の買出しにスーパーにも行ってきました。お昼は、前日の夕食時に混んでいて目を付けていたレストランに行ってみました。先輩方によればここのピザ、三角なんだそうです…。ほんとに三角…。薔薇のジェラート同様、三角ピザがはやっているのかな。前日、パルマで生ハムを食べられなかったのでリベンジです。美しい写真の数々はこちらをどうぞ。おいしー。姐さんの頼んだニョッキもおいしかったです(つまみ食い)。そしてホテルに戻って、なじみのシェフの力(というか場所)をお借りして生地の仕込みです。ここでも生ハム、やばいっす。ホテル・レジーナのレストランのシェフとエトラちゃん、お世話になりました。どうもありがとう。サルソマッジョーレ・テルメのテルメはイタリア語で温泉の意味。ちなみに今話題の漫画『テルマエ・ロマエ』はラテン語(イタリア語の元になった言語)でローマの浴場の意味です。【送料無料】テルマエ・ロマエ(1)価格:714円(税込、送料別)温泉はラテン語でテルマエ、イタリア語でテルメ。ここ、もともとは温泉療養のために発達した観光地なのです。ミス・イタリアの選考会が長く行われていたこともあり、小さいながらイタリアでもよく知られた町です。夕方のお散歩の様子はこちらをどうぞ。今回の日記は「こちらをどうぞ」ばかりですみません。何せ、食べる前に撮る!が日本人の定番作業と指導を受けていながら、撮る前についつい食べてしまうわたしなんです。夕飯はホテルでシェフとエトラちゃんの作ったお料理を頂きました。食堂は絶対ここダンスホールだったよ!って所です。ものすごく広いんです。ノルウェーからピザ選手権のために来た団体と一緒になりました。レポートはこちらをどうぞ。食べる前に撮る。旅って本当に楽しいです。
2011年04月12日
コメント(0)

はっと起きて時計を見たら、朝の7時。目覚ましが鳴ったのを覚えています。覚えてはいるんです。しかし…。いくらこの目覚まし時計が20分進んでいるとしても、6時45分のローマ・テルミニ駅発の列車には間に合いません。どうしてわたしは前日に6時45分の電車をネット予約なんかしてしまったんだろう。阿呆です。自分の阿呆さに呆然とする日曜の朝。ネットで変更を試みましたが、基本運賃で購入してしまったため変更がきかず、駅で直接戦うことにしました。8時過ぎテルミニ駅到着。窓口のおじさんの非情なお言葉、「あーコレ、1時間以上過ぎてるね、もうダメ」。そうなのです。1時間以内ならいくらかの手数料で変更可能だったのです。それがわたしのトロさのせいでボローニャ駅までの乗車券59ユーロはドブに捨てることに…。本当に阿呆なわたし。勉強代です。もう二度と電車の切符をあらかじめ買うことはすまいと心に誓った日曜の朝。駅のホームでは偶然モシモシちゃんに出会い、「マミちゃん乗り遅れるよ」と言ってもらえたおかげで、無事にわたしのエミリア・ロマーニャ州への旅が始まりました。えへ。ユーロスター、ミラノ行きにボローニャまで乗ります。トローリーを棚に上げようとすると、向かいの男性、当たり前のようにすぐに手を貸してくれます。こういうところは日本、見習うべきだなー。そして乗車券調べに来た車掌。イタリア国鉄に珍しく若手(同年代か年下かも)イケメン。切符受け取って、鋏入れて、ハイ、切符をわざわざわたしの方に(上下がきちんとわたしの向きになるように)ひっくり返してから戻してくれました。おおっ。日本留学経験アリですか?お母様日本人ですか?というほどの対応のきめ細かさ。見れば少なくとも周りの乗客には全員にやっているから、こういう人なんだ。惚れますね。もうこれだけでこの電車に乗ってよかったーと幸せな気分になりました。さて、ボローニャ駅でピアチェンツァ行きのローカル線に乗り継ぎ。その先もフィデンツァ駅で乗り継いでローマから約4時間半かけてサルソマッジョーレ・テルメ駅に到着です。FacebookやTwitter、mixiなどでわたしの近況をご存知の方にはしつこくなりますが、わたしは温泉で有名なこの地に、ピザ世界選手権(今年はオリンピックの年でもあります!)の日本チームの応援に来たのでした。大会は月曜以降。わたしの応援する日本人参加メンバー(日本チームも複数存在)たちはこの日の夜に日本から到着します。一足先に着いたわたしは、先にホテルにチェックインをしました。駅からはのんびりした緑一杯の公園を横切って徒歩約15分。トローリーが壊れてしまったので大変な思いをして引きずってきましたが、近くて良かったー。やっとの思いで到着したのがグラン・ホテル・レジーナです。去年も来る予定でしたから(アイスランドの火山噴火の影響で日本からみんなが来られなくなり、わたしも不参加でした)、ずっとメールでやり取りをしていたパオラは「チャオ」とまるで前からの知り合いのよう。このホテルはかつて貴族の屋敷であったことがよく分かる豪勢な内装です。100年前くらいからホテルになったそうです。わたしの部屋は広場に面しています。ホテル勤務の者にとってホテルに泊まるのはどれほど楽しいことか!さて、落ち着く暇もなくパルマ観光へ向かいます。サルソマッジョーレ・テルメからパルマへは電車で約30分。ローマから来る途中にも実は通過してきた駅です。日曜日の14時半、駅の窓口はもちろんやっていないし、切符を買う店もなく、券売機も壊れている、どうしよう~とやっているうちに電車を一本乗り過ごしました。また…。次は一時間後。近所のおじいさんがたむろしているBARでオレンジジュースを飲みつつ本を読んで時間を潰しました。しかし、ここの方言、分からん…。少し早目に駅構内に入ると、窓口が開いていたので、列に並んで往復で切符を買うことにしました。この窓口のお兄さんが、優しい!めちゃくちゃ優しい!いちいち優しい!やっぱり北の人は違うなー。親切に帰りの時刻表までプリントアウトして渡してくれました。パルマは日本でもパルメザンチーズやパルマハムの名称などでおなじみです。その通り、チーズやハムで有名な町なのです。サッカーのナカタもここのチームにいたことがあると思います。そんなに大きな町ではありませんが、素敵な大聖堂、洗礼堂、のんびりした広場があって、とても住みやすそう。それにサルソマッジョーレ・テルメもここもウ○コがひとっつも道端に落ちていません!何て素敵なところなの!散策が楽しいです。ジェラートも食べます。薔薇の形にしてくれます。 パルマでは二軒でジェラートを食べましたが、どちらでも何も言わずに薔薇を作ってくれました。流行しているのかしら。19時過ぎのサルソマッジョーレ・テルメ行き直通最終列車に乗ります。実はこのあと20時半にもフィデンツァ乗継ぎならあるのですが、例の親切なお兄さんが「接続が上手くいかない、ってこともあるから念のため直通で帰ってきなさいな」とすすめてくれたので、その通りにしたのです。だからパルマで生ハムは食べられませんでした。くすん。いいのいいの。これ読むから。駅からホテルに向かって歩いていたら、ちょうどわたしの応援するチームの飛行機がミラノに到着したとの連絡があり、1時間半ほど待っていたら彼らがホテルに着きました。はじめまして~(ではない方もいます)。夕飯に出かけます。 その様子はメンバーお2人のブログをご覧下さい。豆腐を注文したのはわたしでっす(パンナコッタのソース無しが好きなんです)。SASA姐さんのブログt2cosmo様のブログ初めてのエミリア・ロマーニャは最高だにゃ。
2011年04月11日
コメント(3)
イタリア郵政といえばその無能さと非情さが数々の在伊邦人のブログで悲しい被害状況とともに語られてきました。わたしは数年前から「日本の便利さを反面教師を見て自覚しよう!日本人一億総イタリア留学制度」をこっそり提唱していますが、同時に「イタリアの郵便局員、日本の優秀な郵便局に総インターンシップ制度」もやったらどうかと思います。そのイタリア郵政が、またまたわたしたちをあっと驚かせることをやらかしてくれちゃいました。これもお友達のブログなどで既に書かれていますが、郵便料金の横暴な値上げです。例を挙げますと、20グラムまでの郵便物、絵葉書などもこれに含まれますが、これがなんと今までの85セント(本日のレートで104円)から一気に1.60ユーロ(同じく196円)となってしまったのです。オーストラリアなどオセアニアに送るに至っては2ユーロ!世界共通どこでも70円ぽっちの日本に比べたらぼったくり以外の何者でもありません。ホテルのパンフレットを送る時に利用するのがこの枠、50グラムから100グラムまでですが、今まで1.85ユーロ(約227円)だったのに対し、4ユーロ(約490円)。倍額以上です。とこべえちゃんのブログも是非お読み下さい。その他、ググって出てきた方々の怒りも拝借します。その1 その2イタリア人も書いています。わたしは端から信用していないので、郵便で実家や孫に物を送ることも少ないですし、送ってもらうことなどまず有り得ません(皆さん!わたしには郵便送らないでいいからね!)。日本には頻繁に帰るし、お友達に頼んで持ってきて頂いたりするし(皆さんいつもありがとう)、だいたい一人身のわたしは別に日本の物が無くたって平気。でも、滅多に帰国しなかったり、異国での子育てを一人で頑張ったりしているロマ友たちは、どんなに日本からの小包を待ちわびていることでしょう。それから、今、どんなにわたしたちは日本に乾電池やら蝋燭やらを送りたいと思っていることでしょう。わたしは日本ではよく郵便局に行きます。混んでいてもフォーク並びが徹底されているし、局員さんたちの手際はいいし、応対も丁寧だし、オープンスペースでみんながしっかり働いているのが見えるし、局内は明るくて綺麗で、いつも気持ちがいいです。逆に、こちらの郵便局では、怒ったり、悲しくなったり、絶望したりすることばかりです。いつも行きたくなるような郵便局になってくれればいいのにと思います。あ、間違えた。それは無理だろうから、せめて行きたくなくならない郵便局になって。ちなみにわたしが切手を買ったり、ガス代を振り込みに行くのは、郵便局ではなくタバコ屋です。
2011年04月08日
コメント(4)
昨日はローマ在住の日本人声楽家の方が発起した東日本大震災のチャリティーコンサートに行ってきました。スペイン広場近くの英国国教系の教会(All Saint’s Anglican Church)で月曜と水曜の2日にわたって行われたもので、日本人と中心とした音楽家たちが演奏しました。あさちんご主人フランコも弾いていました(CDTHE DARK SIDE OF THE BASS絶賛発売中!皆さん買ってね)。入場料として10ユーロからの寄付、ということでした。日本赤十字に災害義援金として送られるそうです。元駐日イタリア大使や元駐日イタリア文化会館長などの協力もあり、イタリア人、日本人、その他の外国人問わず人も集まって立派なコンサートとなりました。日本人であっても本場イタリアでオペラ歌手として、あるいはクラシックの演奏者としてやっている人は本当にすごいです。昨日は5人がそれぞれソロで歌を披露していました。芸は身を助く、と言いますが、立派なことです。わたしにもこうして役に立てる何かがあれば、と思います。プログラムに曲目と『ふるさと』という歌の歌詞カードが入っていて、震災のことを考えながら読んでいたら涙が出そうになりました。最後にみんなで『ふるさと』を歌いましょう、ということで会場にいた何割かの日本人たちがぼそぼそっと歌い始めましたが、みんな同じく心の中では遠く離れた故郷を思い出していたのでしょう。わたしはさすがに山で兎を追って川で小鮒を釣ったりはしませんでしたが、蛙を追って(昔は大丈夫だったんです…)ザリガニを釣った故郷、父母や友がきに思いを馳せました。亡くなった方、行方不明の方、避難している方、まだ来る余震と見えない放射能に怯える日本の皆さんには及びもしませんが、それだからこそ余計、今そこにいられなくて困難を分かち合えない辛さや何もできないもどかしさを持っている、そんな在外邦人が多いんじゃないかなと思います。その気持ちに打ち勝ちたくて、毎週いくらでもいいから何らかの形で募金をしています。いくら貧乏だとは言っても、わたしはお腹が空いて死にそうにはならないし、5階なのにエレベーターがないとは言っても、住む部屋はある。散々ムカつく職場だけど、クビにはならない仕事もある。家を流されて全財産を失った母国の人に対して何もしないわけにはいきません。日本にいる人は日本経済を回さなきゃいけないから、あまり財布の紐を緩めなさ過ぎるのも問題だと言うから、それならわたしたちが節約してそのお金を送ればいい!でも風評被害に泣いている日本料理店には時々行かせてね。こうしてローマでもバザーやコンサートといった様々なイベントを立ち上げている人がたくさんいます。いつもわたしが出店している日本人フリマでも、この間の日曜日に募金を行い、ユニセフに震災の義援金として送ることができました。ローマ郊外オスティアでも、とある教会が声を掛けて日本の物を売るバザーを行ったところ、商品を手にとってお札を出し、「お釣りはいらないから」と寄付してくれる人がたくさんいたのだそうです。イタリア赤十字には携帯電話でショートメッセージを送ると1回に付き2ユーロ寄付ができるシステムがありますが、そのチラシを職場のロッカーに貼ったところ、「送ったよ」と言ってくれた同僚がいました。もうイタリアの報道でも、トップニュースからは地震や津波、原発のことが消えてしまいました。自国の南部に漂着し続けるアフリカ大陸からの難民たちに戦々恐々です。でも引き続き、次回5月8日の日本人フリマでも、売り上げが寄付金になるチャリティーブースを出します。ローマ在住の方で、ボランティア店員をやってくれる人がいたら是非連絡下さい。特に夕方以降にいられる人を募集しています。それから、いつもいつも雑誌を持ってきて下さるR子さん、ありがとうございます。次回いらっしゃいますか?御返しを持っていきます!この間メルアド頂きたかったのですが忘れてしまいました。読んでいらっしゃったら是非こちらまでメール下さい!SASA姐さんも久々にブログをUPしました。皆さん是非読んで下さい。では最後に、コンサートの歌詞カードにあった『故郷(ふるさと)』のイタリア語訳をお借りしてここに載せ、昨日の日記の締めとします。Paese natio(ふるさと)I ricordi d’infanzia mi tornano in mente,correvo in montagna e pescavo nel fiume.Il ricordo della mia patria ? indimenticabile.Come staranno mio padre, mia madreed i miei amici d’infanzia,quando piove e soffia il ventoripenso alla mia terra.Un giorno realizzer? il mio sognoe torner? alla mia patriaperch? rimasta sempre nel cuorela montagna ? ancora verdeed il fiume ? limpido.
2011年04月07日
コメント(0)
全9件 (9件中 1-9件目)
1


