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夏休み明け、久々にジャパニーズ・フリーマーケットがありました。『笑ってコラえて』のコマツバ~ラさんが来ていました。とても好きな番組に出ている人なので、見ることができて感激です。出店するのは荷物運びなど色々大変ですが、仕入れてきた物が売れたら嬉しいし、たくさんのお友達に会えるのでお話できたりするのが楽しいです。主催者のりぴーのブログ。両親や弟家族、日本のお友達(田中さんグラッツィエ)なども売り物を提供してくれました。家計の足しになるので大変ありがたいです。最近ではフリマ仲間までも、空き箱といえばマミの店へ持ってきてくれるようになりました。モシモシちゃん、ありさちゃんありがとう。AKB(空き箱)マミっす。 10月23日はジャパニーズ徹底フリマがテルミニ駅で開催されます。MIMOちゃん、技術屋さんと3人でブースを出しますので、是非見に来て下さい。
2011年09月26日
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ローマの中心はやはりここです、カンピドーリオ広場。ローマ市庁舎(元老院宮殿)と、世界最古の美術館として知られるカピトリーニ美術館があります。ヴェネツィア広場から階段を上っていくと正面に見える時計台のある建物がローマ市庁舎のある元老院宮殿です。両側はカピトリーニ美術館。9月24・25日がヨーロッパ文化遺産の日とかで、通常は一般開放されないこの元老院宮殿が特別に見られるというので、ウキちゃまとイローナ&ファビオと4人で行ってきました。わくわく。カンピドーリオの丘はもともとローマ神殿が立ち並んでいたところです。中でも紀元前2世紀にはここにはヴェディオヴィスというローマの神の神殿があったことが分かっています。紀元前78年にはクイントゥス・ルタティウス・カトゥルスがタブラリウムという公文書館を造りました。凝灰岩と煉瓦の建物です。その後、貴族の手に渡りましたが、12世紀には既に市役所のような目的で使われていたようです。法王パウルス三世の命により、1536年にミケランジェロがカンピドーリオ広場を設計、彼の死後はジャコモ・デッラ・ポルタが建物正面を含めた広場全体を完成させました。1605年のことです。徳川家康の頃ですね。市庁舎に入るには、左側にある狼像の横の階段を上ります。ここは法王シクストゥス4世の入り口と呼ばれています。シクストゥス4世はフランチェスコ・デッラ・ローヴェレです、『チェーザレ』を読んでいる方々!【送料無料】チェーザレ(8)価格:780円(税込、送料別)現在のローマ市長はPDL(自由国民党)のジャンニ・アレマンノです。市長の執務室は1453年にできた法王ニコラウス5世の塔の中にあります。室内は撮影禁止で、残念ながらここの写真だけはありません。机の上の書類を触っていた人は怒られていました…。娘さんの写真やレーサーのマックス・ビアッジからプレゼントされたというヘルメットなど私物も置いてありました。執務室のバルコニーには3人ずつ入れてもらえ、写真も撮らせてもらいました!ここからはフォロ・ロマーノがとても綺麗に見えるのです。その後、たくさんの広間に通されて説明も受けましたが、実はあまり聞いていませんでした…。圧巻なのは建物の中心にあるカエサル(ジュリアス・シーザー)の間で、ここで市議会が行われるのです。床には古代ローマ時代のモザイクが…。海のデザインがとても綺麗です。大理石の円柱、彫像、絵画、調度品。2000年以上前のものもあれば、ローマ帝国時代のもの、ルネサンス時代のもの、ローマのまさに宝庫そのものです。ウキちゃまが興奮してずーっと「ね、ここってね、シーザーとかトーガ着てきっと歩いていたんだよね」って言ってましたが、その通り。そうなんだよなあ、ローマ。
2011年09月25日
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ユダヤ教のカタコンベの見学に行ってきました。カタコンベとは地下墓地のことで、ローマには古代キリスト教のものが多く残っています。カタコンベという言葉の由来はギリシア語のκατά κύμβας(カタクンバス=洞窟の所)。【送料無料】マイ・ビッグ・ファット・ウェディング価格:2,816円(税込、送料別)この映画を思い出しますねぇ。墓をわざわざ掘って作っていたわけではなく、既にある大理石の採掘でできた洞窟などを利用していたことによります。ローマではキリスト教のものが約60ヶ所、ユダヤ教のものが6ヶ所発掘されています。キリスト教のものはいくつか公開されており、観たことのある人も多いと思いますが、ユダヤ教のカタコンベは現在では2ヶ所しか観ることができません。そのうちの一つがこのヴィーニャ・ランダニーニのカタコンベです。アッピア旧街道から少し逸れたところにあります。広さが18000平方メートル(約5400坪、むー分かりにくくてすみません)、2層に分かれており、全長は720メートルです。10メートルほど下に降りてみましょう。うち、わたしたちが探検したのは約450メートルのみ。中はこんな感じです。真っ暗です。個人所有の敷地内なのであらかじめ申し込んでのガイドツアーでしか見学できません。ローマ帝国時代、このカタコンベが使われていた2~4世紀も、やはり私有地内だったと考えられています。お金のある有力者がユダヤ教徒たちのために提供した場所だったのでしょう。おそらく自身がユダヤ教徒だったのかもしれません。もともとは古代ローマには、ローマの神々がいますから、ユダヤ教徒、キリスト教徒は彼らからすれば異教徒です。もともとローマ人たちは火葬が主流で、骨壷に入れてコロンバイオと呼ばれるタイプの墓地に埋葬していましたが、その後、この異教徒たちが土葬をはじめたのでした。ほとんどが寝台列車の寝台のように棚を横並びで掘っており、そこに埋葬する方法です。ところがここにはユダヤ教によく見られるコヒムという横穴型の独特な埋葬様式が少し残っています。俗に焼き窯式と呼ばれています。コロンバイオも見付かっており、火葬された人も入っていた証拠となっています。ユダヤ教のシンボルであるメノーラー(燭台)やシトロンの木だけでなく、ローマの神々のシンボルである孔雀、馬、青年などのフレスコ画も残っています。あらゆる宗教にとっての過渡期に造られたことが分かります。礼拝堂の装飾は千何百年も前のものとは思えないデザインです。他に興味深いのは、墓碑。合計で3割くらいがラテン語もしくはアラム語ですが、残りは全てギリシア語です。ギリシア移民のローマ人ユダヤ教徒たちがたくさんいたのでしょうね。ヨーロッパの中でもローマのユダヤ人コミュニティの歴史は最も古く、規模も最大だったのだそうです。テヴェレ川を越えるなど場所は変わっていますが、今でもユダヤ人地区(ゲットー)は残っており、観光名所にもなっています。イローナもこの日のブログを書いています。イタリア語ですが写真もありますのでこちらをどうぞ。
2011年09月19日
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高須先生のピアノに続いて、毎年夏の恒例になっているものがもう一つ。シェークスピア劇の観賞です。ボルゲーゼ公園の中に、夏の間だけグローブ座が開いているんです。劇場はまさにシェークスピア時代のものと同様。円形で真ん中が吹き抜け、 一番安いアリーナ席は貧乏人が地べたに座って観ます。シェークスピアの当時は立って観ていたようです。実際に、チケットに書いてあるのは「立見席」です。お尻が痛くはなりますが、ここが一番良く見えるんだな。劇場がどんな感じか知るのには是非、映画『恋に落ちたシェイクスピア』を見て下さい。【送料無料】恋に落ちたシェイクスピア価格:1,408円(税込、送料別)わたしたちは早めに待ち合わせし、座布団を持って、入り口に並びます。会場が開くと、走っていい場所を取ります。毎年一作品観ることにしており、今回で四度目。2010年 あらし(テンペスト)2009年 夏の夜の夢2008年 間違いの喜劇昨日観たのは『リチャード三世』です。世界史でも、百年戦争終戦後すぐに起きたイングランドの薔薇戦争は必ず勉強しますね(だからと言って覚えているわけではありません)。学校で働いていた時に自分で作ったプリント(詳細には欠けますが、世界史の全体、流れを捉えるには役に立っています。つまり高校の世界史の授業はそういうものなのです!多分)とWIKIにお世話になりました~。主役の俳優さんはガタイがでかく強面の海坊主系、わたしのリチャード三世のイメージではなかったのですけれど、おそらくシェイクスピアはこういう感じで書いている?のかな?イギリスの歴史物と言えば、裏切り、殺し、ロンドン塔です。甥2人をロンドン塔に放り込んで、自ら王位に立ったリチャード三世。その後も薔薇戦争に突入するので、とても迫力のある演出でした。殺陣も舞台にしてはよくできていたし、女性陣もとてもいい演技でした。シェイクスピアは特に台詞が大事なのに、わたしには全然言っていることが分からなくて残念です。イタリア的演出も含まれていて、よく分からないです。イギリスのアイロニーとは違って、イタリアにはバットゥータと呼ばれる独特なイタリア的掛け合いがあるのです。ストーリーに何とか着いていけるくらいです。ふー。本場イギリスで見てみたいけれど、イタリア語のシェイクスピアもまあまあいいものです。前の方、ちょっとおケツにボリュームが…(わたしではありません)。
2011年09月15日
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仕事で利用しているグローバルワイドな某社の予約システムに変更があるので、その講習を同僚の栗と受けてきました。他のホテルからも担当者がそれぞれ来ており、会議場のようなところで、パソコンで実践しながら説明を受けるのです。わたしたちは優秀だったので(?)、早めに終了して、ご飯を外に食べにいこうということになりました。ヴェスパではありませんが。ボロボロのスクーターでローマの街に繰り出しましょう!トラステヴェレではサンタ・マリア・イン・トラステヴェレ教会を見てきました。栗は故マザー・テレサに仕えていたシスターのおばさんを持ち、自身も敬虔なカトリック信者なのです。サンタ・マリア・デッラ・スカーラ教会の前でパニーノを食べました。それからアイスクリームを食べたくなり、ヴィトーリオ・エマヌエーレ通りを駆け抜け、ルンゴテヴェレを疾走、21世紀アートの新しい美術館MAXXIのそばにあるおいしいという評判のジェラート屋さんまで行ってきました。なんと南チロルの牛乳を使っているのだそうです。その他に果物も、どこだかのブルーベリー、アマルフィのレモン、などなど産地にこだわったフレーバーばかりです。野菜や果物は、イタリア産であれば割とどこのものでもおいしかったりするので、日本のレストランなどと違って、産地こだわり!明記!みたいなことはそれほどないのです。ましてや農家の方の名前がプリントされている袋に入った野菜なんてありません。ですからここのジェラートにはびっくりしました。ミルクは本当においしかったです。口に含んでいると南チロルの風景が浮かんできます。ハイジと牛たち、みたいな…。お店の名前はNEVE DI LATTE、ミルクの雪という意味です。美術館の帰りにいかがしょうか。それから戻ってちゃんと仕事しましたよー。もーわたし働き過ぎー。
2011年09月10日
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