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【2019年10月31日(木)】 事務所への通勤途上、東洞院通沿いの風景シリーズです。 道路沿いの各家々や建物の「鬼門除け」の設えを探しました。京都では、北東方向を鬼門と考え、家の北東側に鬼門除けの設えを施すことがよくあります。私も今の家を建てるとき、業者から「『鬼門除け』を何か設えますか?」と聞かれました。私は、そういうことには拘らないほうなので、何もしませんでしたが、新興住宅地である我が家の近所でも、結構「鬼門除け」を見かけます。 京都の街なかでは、もっと多いのではないかと思いながら、五条東洞院から竹屋町東洞院の約2キロの間で確認してみました。北東角なので、北進しながら左側の家並みだけを注視しながら歩きました。鬼門除けを意識したものなのか、偶然なのかよく分からないものもありますが、約30箇所発見できました。四角形はなくても、南天(『難を転ずる』)を植えていたり、その鉢を置いたりしているものも含みます。写真を羅列します。 よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/10/31
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【2019年10月日28(月)】 京都では紅葉シーズンに色んな形で特別拝観が行われます。京都市観光協会も「秋の特別拝観」として、何箇所か行います。今年は、・金戒光明寺 11月4日(月・休)~12月8日(日)・霊鑑寺 11月16日(土)~12月1日(日)・ノートルダム女学院中学高等学校 和中庵 11月22日(金)~12月1日(日)・浄住寺 11月23日(土・祝)~12月8日(日)・宝鏡寺(秋の人形展) 11月1日(金)~11月30日(土)・旧三井家下鴨別邸 <主屋二階・三階望楼> 11月14日(木)~12月3日(火)の6ヶ所です。 まだ特別公開は始まっていませんが、今日、そのうちの金戒光明寺を訪れました。特別公開箇所は御影堂と方丈(800円)、山門(800円)(共通1,400円)。御影堂山門 JR東海の「そうだ京都行こう」の宣伝に真如堂と金戒光明寺が出ています。そうだ京都行こう CM 2019年 盛秋「秋は夕暮れ編」前半が真如堂、後半が金戒光明寺よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/10/28
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【2019年10月27日(日)】 今日は、気候のお話しです。夏場のガイドは気候との闘いでもあります。今年の夏の気候を振り返ってみます。 気温、雨量、日照時間を示します。 7月は悪天候で気温があまり上がらず、常駐ガイド中は暑さはそれほどではなかったと記憶しています。気温はやはり平年より低かったようです。一日平均雨量はさほどでもなかったのですが、日照時間が短かったたようです。 それが7月末から様相が一変してカンカン照りの日となって猛暑日が続きました。風通しのない場所での中のガイドで閉口しました。 8月中旬はお盆時期の台風の影響で雨量が多くなったようです。下旬も低気圧や前線の影響でこの時期としては曇りや雨が多かったようで、日照時間が少なくなっています。そして気温も平年より低くなっています。 9月に入って再び猛暑日が続きます。結局9月は全体的に平年より気温が高い日が多かったようです。 そういえば、私の勤務日ではなっかたですが、台風の影響で勤務なしだったか、途中で終了だったか忘れましたが、そんな日もありました。幸い私はこの3ヵ月、暑さに負けることなく元気に勤務することができました。感謝。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/27
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【2019年10月26日(土)】 時代祭を観覧した後(こちら)、京阪電車で伏見稲荷に向かいました。シニア講座レジュメの写真で不足しているものを撮るためです。コースを一通り回って、写真を撮るとともに、ネット情報で新たに知ったことを自分で目で確かめました。 京阪伏見稲荷駅から、伏見稲荷に向かう道が、琵琶湖疏水を跨ぐところは、市電の稲荷駅だったところです。ネット情報によると、コンクリートの段差に昔のレールが少しだけ残っているとのこと。ありました。赤丸の部分です。その次の写真のように少しだけレールが見えます。市電稲荷駅の痕跡 また「楼門前の狐像は明治13年に寄進されたもので、それまでは他の神社でよく見かける狛犬だった。江戸時代の絵図には狛犬が多く描かれている。」との情報があったので、伏見稲荷の納札所の近くにある狛犬像の建設年代を彫られた字で確認してみました。明治15年でした。狐の石像2つを調べてみたら、明治13年と明治28年でした。狛犬がたくさん見つかれば、傾向が把握できますが、これだけでは何ともいえません。「不思議研究」のテーマにして、もっと詳しく調べてみてもいいのかもしれません。 以降は、詳しい解説なしで写真だけ並べます。祢ざめ家第一鳥居 台輪鳥居玉家JR稲荷駅ランプ小屋参集殿参集殿のコインロッカーは安い儀式殿荷田春満旧宅東丸神社お茶屋・松の下屋の門新門辰五郎寄進の燈籠明治15年奉納の狛犬像大八嶋社宿坊愛染寺の燈籠の制作年 天保14年御産場稲荷間力教会間力教会 宇迦之御魂神間力滝鬼法教総神苑鬼法教総神苑 出世門大日本大道教大橋家うずらの丸焼き伏見稲荷大社神馬の墓ぬりこべ地蔵ぬりこべ地蔵に届いた歯痛平癒などの祈願あるいはお礼のハガキ清めの滝明治13年奉納の狐像明治28年奉納の狐像 さて写真が揃いました。明日のOFF日で、写真・図を挿入し終えてレジュメを完成させます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/26
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【2019年10月26日(土)】 京都三大祭の一つ時代祭は10月22日開催と決まっていますが、今年は即位礼と重なって、今日25日に変更して行われました。同じ22日に毎年行われる鞍馬の火祭りは、22日に行われてようです。昼、時代祭を見て、夜は火祭という人も多いと思いますが、今年はそれが不可能だったということです。 実は京都に長年住みながら、時代祭は一度も観たことがありませんでした。祇園祭は何度も観ましたし、葵祭も複数回観たことがあるのに。何故そうなったのか?意識はしていませんが、祇園祭や葵祭は見栄えもいいし、時代祭は・・・・。歴史的にも、時代祭は平安神宮の祭礼で始まったのは明治になってからで、何となく単なるパレードという印象が強いからでしょう。ボランティアとして協力することもあるでしょうし、ガイドを担当することもあり得ます。というわけで、やはり一度は見ておかねばと思い、初めて観覧に行きました。 どうせ行くなら、行列前の行事も観ようと思い、10時半過ぎに建礼門前に着いて、「行在所祭」をまず観ました。行在所祭(動画)行在所祭 桓武天皇と孝明天皇の鳳輦行列開始を待つ馬行列を待つ京都御苑平安騎馬隊 昼食を軽くすませ、堺町御門の前に陣取って行列を観ました。最前列ではなかったので、写真や動画はイマイチでしたが、無理矢理、解説なしでアップします。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/26
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【2019年10月23日(水)】 事務所勤務途上、東洞院通の風景シリーズです。 前回勤務時、道中のお地蔵さんの祠の数をカウントしましたが、今日は町家の軒先の屋根に乗っている「鍾馗(しょうき)さん」の数を数えてみました。 「鍾馗さん」については、京都伏見の有名な瓦の会社「浅田製瓦工場」の「京瓦.com」に分かりやすい説明があったので、それをそのまま紹介します。「鍾馗さんの物語」 京都の屋根で見かける鍾馗(しょうき)さんの歴史を紐解くと 中国は「唐」の時代に遡り、第六代皇帝「玄宗」が 病に臥している時のお話です。玄宗の夢の中に一匹の小さな鬼が現れ、玄宗の玉笛とを 妻「楊貴妃」の匂い袋盗もうとしました。 鬼の手が玄宗にかかろうとした時、髭面の大男が現れ鬼を引き裂いてあっという間に退治してしまったのです。夢の中に現れた髭面の大男は「鍾馗」と名乗り、玄宗に跪いて「科挙(※)の試験に失敗したことを恥じ、自ら命を絶ったにもかかわらず、帝に手厚く葬っていただいたことを感謝しております。今日はその恩に報いるため参りました。」と話した。玄宗が夢から覚めると病はすっかり癒えて元気になっており、鍾馗が鬼を退治し帝の病が癒えたという話は、 あっという間に国中に広まり、髭面の鍾馗は道教の神として祭られるようになったということです。※科挙・・・隋~清の時代まで行われた官僚登用試験のこと何故、京都を中心に広まったの?京の街並みには欠かせない屋根の上の鍾馗さん、魔除け・厄除け・学業成就にと飾られているのですが、それには京都に伝わるこんな謂れがあるからです。昔、京都の三条に薬屋が新しく店を構えて大きくて立派な鬼瓦を葺きました。するとお向かいの奥さんが原因不明の病に倒れてしまいます。病を治そうと原因を探ると、薬屋の立派な鬼瓦により跳ね返った悪いものが向いの家に入ってしまうからだということがわかりました。そこで鬼より強い鍾馗さんを伏見の瓦屋に作らせ、魔除け・厄除けに据えたところ病が完治したというのです。それ以降、京都では鬼瓦の対面に鍾馗さんを据えるようになったようです。そんな謂れの鍾馗さんですが、どうして京都中心に広がったのかというと、向かいの家が鍾馗さんを上げると、文句は言わず黙って同じように自分の家にも鍾馗さんを上げるという京都人の性格にもあったようです。ただ、ご近所同士にらみ合いにならないように正面を向いていない鍾馗さんも多く、他にも微笑み返しとしての「おたふく」を対面に据える場合もあるようです。五条通から竹屋町通、約2kmの間に11もの「鍾馗さん」を発見しました。写真はズームして撮ったので、ブレているのもあります。ご容赦を。前出の「おたふく」もありました。 よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/10/23
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【2019年10月17日(木)】 事務所勤務途上の東洞院通沿いの風景シリーズです。 朝は東洞院通を五条通から竹屋町通まで歩きます。京都の街中には、お地蔵さんがたくさんお祀りされています。8月のお盆のあと、これらのお地蔵さんに感謝する地蔵盆が、街のあちこちで見られ、京都の夏の風物詩の一つになっています。 今日、この約2kmの間にどれくらいお地蔵さんの祠が建っているのか注意しながら歩いてみました、実に9つもの祠があり、全部町内の住民の皆さんでしっかりとしたお世話がされているいうです。いつまでも地蔵盆の文化が継承されることを祈ります。 よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/10/17
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【2019年10月16日(水)】 昨日の読売夕刊です。台風で新幹線車両が浸かってしまった長野新幹線車両センターの写真です。長野新幹線車両センター ようやく水が引いたようです。驚いたのは、これら新幹線が高架上にあったにも拘わらず(一番右側の在来線よりは低いようですが)浸かってしまったということです。被害にあった直後は、きっと低い土地にセンターを造ったから浸かってしまったのだと思っていました。そうではなかったようです。 そして今日の読売朝刊。その場所の浸水深さを示したマップが掲載されていました。5メートルくらいの水深です。千曲川での浸水深さ さらに別のマップ。那珂川での浸水深さです。なんと一番深いところで7.3メートルです。幅広い河岸段丘下の平地ですが、それが下流で急に狭まって谷になっているので、水が溜まってしまったようです。 今回100年に一度の災害といわれました。まさにその通りです。治水は進んでいるはずすが、治水が温暖化の影響で気候の変化に追いついていないのでしょうか。森林の保全ができていないということも影響しているのでしょうか。100年に一度と言っていますが、こういう光景を毎年見るようになりました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/16
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【2019年10月15日(火)】 知恩院での他地区組現地研修に参加後(こちら)、歴彩館に向かいました。 某講座のレジュメを作成の参考に「伏見稲荷大社御鎮座千三百年年史」の必要部分をコピーするためです。 歴彩館に着くと、展示室で「双京 京の夢、江戸の夢~館蔵資料に見る、二都の縁(えにし)~」展を開催していましたので、ますはそちらを見学しました。天皇即位を記念して、皇室ゆかりの京都と東京、両都市に関わる館蔵資料を展示されていました。大正大礼や昭和大礼のときの京都駅前の奉祝門の写真など興味ある資料を多く発見することができました。私はこれらの時代にはまだ生まれていません。今後の研究やガイドで、昔の世相を知っておくことはきっと役に立つと思います。ポスター京都府 生涯学習・スポール情報サイトから展示目録よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/15
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【2019年10月15日(火)】 ガイド会の研修で知恩院内を歩きました。「徳川家と京」というテーマの中での実施でした。午前9時半から11時半頃まで、ガイド仲間に案内してもらいながら歩きました。 知恩院の中を、鐘楼を除いてほぼくまなく歩いたと思いますが、知恩院は特別公開も含めて何度か訪問したことがあるので、全部一度は見たことがあるところばかりでした。しかし、新しく知ったこと、再認識したことも色々ありました。・浄土宗の知恩院門跡は浄土門主(もんす)という。 浄土真宗本願寺派の本願寺住職は門主(もんしゅ)、 真宗大谷派の僧侶及び門徒の代表者は門首(もんしゅ)と書く。・浄土宗末寺は約7300。浄土真宗本願寺派、大谷派の次いで多い。・法然の弟子である源智が再興した。・鎮西は浄土宗での第二祖。・法然上人の大師号は8つ。最初が円光大師(東山天皇)。 最近では和順大師(昭和天皇)、法爾(ほうに)大師(上皇陛下)・四条天皇から「華頂山知恩教院大谷寺」の寺号を下賜された。 ・法然は今の勢至堂あたりで往生。・徳川家康の「厭離穢土 欣求浄土(えんりえどごくらくじょうど)」・徳川家康は菩提寺よりも、城郭的存在として重要と考えていた。・三門の額は霊元天皇宸筆・三門上層に五味金右衛門夫妻像がある。三門の建設費用が予定より 多額になったので、自刃したと伝わるが、徳川家の秘密を知って いたためという説もある。・御影堂は8年かけて大屋根の吹き替えなどを修復し完成した。 2020年4月13日から落慶法要が行われ、再公開される。・御影堂屋根の瓦10万枚の上に2枚の葺き残しの瓦があるが、 これは未完成の教え。・御影堂の桟唐戸の落とし金に火災除けの河童、蝉。・御影堂に「忘れ傘」 左甚五郎が魔除けのために置いたという説。 知恩院32世の雄誉上人が御影堂を新築する際に、このあたりに 住んでいた狐が、自分の居場所がなくなるので、新しい棲家を 作って欲しいと頼み、それができたお礼にこの傘を置いて末永く 知恩院を守っていくこと約束したという説。 その変形版で、棲家を追われた白狐が、その仇を討とうと 童子に化けて近付いたが、毎夜、人々に上人が説法するのを 聞いて改心し、上人に誓った。そのとき雨が降っていて傘まで 貸してもらった。その返した傘がこの傘という説。・左甚五郎は「飛騨の甚五郎」の誤伝とも。実在の人物ではなく、 建築彫刻の理想化された人物であるという説もある。 左利きであったからという説。右腕を切られて左手だけで仕事を したおいう説などなど。・阿弥陀堂の額「大谷寺」は後奈良天皇宸筆。 大谷寺は知恩院正式名称、「華頂山知恩教院大谷寺」から・集会(しゅうえ)堂は御影堂工事中は増床して、御影堂と同じ 広さにを保ち、御影堂の各像を安置している。 工事期間だけ、「法然上人御堂」と呼ぶ。・大(おお)方丈。小方丈の障壁画は狩野尚信・信政らによる。・小(じょ)方丈は、要人参拝の際の「おとき」(食事)の場と しても使われた。・方丈庭園の場所はもとは青蓮院の寺域だった伝える。・方状庭園の作庭は小堀遠州の縁者の僧・玉淵・方状庭園には「家光お手植え」の松があるが、 家光は知恩院に来たことがない。・方丈庭園の慈鎮石は慈鎮(慈円)和尚(法然上人と同時代に 青蓮院の門主で4度も天台座主を務めた傑僧)が座禅した石。・小方丈東の庭は阿弥陀菩薩と二十五菩薩の来迎の姿を表す。 知恩院には国宝の「早来迎」がある。・勢至堂は1530年建立の知恩院で最古の建物。・勢至堂の東脇に善導大師。西脇段に千姫の大きな位牌。・山亭庭園。建物は霊元天皇の第10皇女吉子内親王の御所客殿を移築。 吉子内親王は生後1ヵ月で時の江戸幕府将軍徳川家継と婚約する。当 時夫となる家継もわずか6歳だった。納采の儀の2ヶ月後に家継が薨去。 史上初の武家への皇女降嫁と関東下向には至らなかった。19歳で出家。・墓地には千姫の墓、吉子内親王の墓、湯川秀樹の墓、内貴甚三郎の墓がある、 【ガイド諸活動】§知恩院研修【2019年10月15日(火)】 今日は夕刻からガイド会の臨時全体会でしたが、その前にガイド会の現地研修会に参加しました。 私も担当しているシニア講座は全部で20講座あり、一つの地区組で4ずつ担当します。本番の前にその予行も兼ねて当該地区組の研修会が行われることが常となっています。そのときの地区組メンバーも参加できることがあります。今日は南地区組の知恩院での研修でしたが、他の地区組にも参加声掛けがあったので、参加させていただきました。 「徳川家と京」というテーマの中での実施でした。午前9時半から11時半頃まで、本番を想定して約15人くらいずつの班に分かれて案内していただきました。 知恩院の中を、鐘楼を除いてほぼくまなく歩いたと思いますが、知恩院は特別公開も含めて何度か訪問したことがあるので、全部一度は見たことがあるところばかりでした。しかし、新しく知ったこと、再認識したことも色々ありました。・浄土宗の知恩院門跡は浄土門主(もんす)という。 浄土真宗本願寺派の本願寺住職は門主(もんしゅ)、 真宗大谷派の僧侶及び門徒の代表者は門首(もんしゅ)と書く。・浄土宗末寺は約7300。浄土真宗本願寺派、大谷派の次いで多い。・法然の弟子である源智が再興した。・鎮西は浄土宗での第二祖。・法然上人の大師号は8つ。最初が円光大師(東山天皇)。 最近では和順大師(昭和天皇)、法爾(ほうに)大師(上皇陛下)・四条天皇から「華頂山知恩教院大谷寺」の寺号を下賜された。 ・法然は今の勢至堂あたりで往生。・徳川家康の「厭離穢土 欣求浄土(えんりえどごくらくじょうど)」・徳川家康は菩提寺よりも、城郭的存在として重要と考えていた。・三門の額は霊元天皇宸筆・三門上層に五味金右衛門夫妻像がある。三門の建設費用が予定より 多額になったので、自刃したと伝わるが、徳川家の秘密を知って いたためという説もある。・御影堂は8年かけて大屋根の吹き替えなどを修復し完成した。 2020年4月13日から落慶法要が行われ、再公開される。・御影堂屋根の瓦10万枚の上に2枚の葺き残しの瓦があるが、 これは未完成の教え。・御影堂の桟唐戸の落とし金に火災除けの河童、蝉。・御影堂に「忘れ傘」 左甚五郎が魔除けのために置いたという説。 知恩院32世の雄誉上人が御影堂を新築する際に、このあたりに 住んでいた狐が、自分の居場所がなくなるので、新しい棲家を 作って欲しいと頼み、それができたお礼にこの傘を置いて末永く 知恩院を守っていくこと約束したという説。 その変形版で、棲家を追われた白狐が、その仇を討とうと 童子に化けて近付いたが、毎夜、人々に上人が説法するのを 聞いて改心し、上人に誓った。そのとき雨が降っていて傘まで 貸してもらった。その返した傘がこの傘という説。・左甚五郎は「飛騨の甚五郎」の誤伝とも。実在の人物ではなく、 建築彫刻の理想化された人物であるという説もある。 左利きであったからという説。右腕を切られて左手だけで仕事を したおいう説などなど。・阿弥陀堂の額「大谷寺」は後奈良天皇宸筆。 大谷寺は知恩院正式名称、「華頂山知恩教院大谷寺」から・集会(しゅうえ)堂は御影堂工事中は増床して、御影堂と同じ 広さにを保ち、御影堂の各像を安置している。 工事期間だけ、「法然上人御堂」と呼ぶ。・大(おお)方丈。小方丈の障壁画は狩野尚信・信政らによる。・小(じょ)方丈は、要人参拝の際の「おとき」(食事)の場と しても使われた。・方丈庭園の場所はもとは青蓮院の寺域だった伝える。・方状庭園の作庭は小堀遠州の縁者の僧・玉淵・方状庭園には「家光お手植え」の松があるが、 家光は知恩院に来たことがない。・方丈庭園の慈鎮石は慈鎮(慈円)和尚(法然上人と同時代に 青蓮院の門主で4度も天台座主を務めた傑僧)が座禅した石。・小方丈東の庭は阿弥陀菩薩と二十五菩薩の来迎の姿を表す。 知恩院には国宝の「早来迎」がある。・勢至堂は1530年建立の知恩院で最古の建物。・勢至堂の東脇に善導大師。西脇段に千姫の大きな位牌。・山亭庭園。建物は霊元天皇の第10皇女吉子内親王の御所客殿を移築。 吉子内親王は生後1ヵ月で時の江戸幕府将軍徳川家継と婚約する。当 時夫となる家継もわずか6歳だった。納采の儀の2ヶ月後に家継が薨去。 史上初の武家への皇女降嫁と関東下向には至らなかった。19歳で出家。・墓地には千姫の墓、吉子内親王の墓、湯川秀樹の墓、内貴甚三郎の墓がある、 内貴甚三郎は、明治31年初代官選京都市長就任。・瓜生石(うりゅうせき) 八坂神社の牛頭天王が降臨して、一夜のうちに瓜が生えて実ったとか、 この石の下を掘っていくと二条城まで続く抜け道があるなどの伝説が ある。 知恩院のことよく理解できました。修学旅行で三門を下から眺めることはありましたが、坂の上まで行ったことはありません。御影堂の拝観が再開すると、修学旅行ガイドや同行ガイドでの訪問が増えるかもしれません。今回の研修が役に立つと思います。 夕刻のガイド会臨時の全体会まで時間があるので歴彩館に寄ってから、ガイド会臨時全体会に行きました。よろしかったらぽちっとお願いします。<a href="https://travel.blogmura.com/kyototravel/ranking/in?p_cid=10710882" target="_blank" ><img src="https://b.blogmura.com/travel/kyototravel/88_31.gif" width="88" height="31" border="0" alt="にほんブログ村 旅行ブログ 京都旅行へ" /></a><br /><a href="https://travel.blogmura.com/kyototravel/ranking/in?p_cid=10710882">にほんブログ村</a>。・瓜生石(うりゅうせき) 八坂神社の牛頭天王が降臨して、一夜のうちに瓜が生えて実ったとか、 この石の下を掘っていくと二条城まで続く抜け道があるなどの伝説が ある。 知恩院のことよく理解できました。修学旅行で三門を下から眺めることはありましたが、坂の上まで行ったことはありません。御影堂の拝観が再開すると、修学旅行ガイドや同行ガイドでの訪問が増えるかもしれません。今回の研修が役に立つと思います。御影堂(みえいどう)御影堂 左甚五郎の忘れ傘方丈の鴬張り方丈庭園徳川家家紋墓地から伽藍群を望む千姫の墓内貴甚三郎(明治31年初代官選京都市長就任)の墓宗紋 月影杏葉(つきかげぎょうよう)御廟への門 門の向こうは勢至堂黒門友禅苑よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/15
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【2019年10月14日(月・祝)】 9月4日に年イチの健康診断を受けましたが、その結果が10日前ほどに来ました。 去年は前立腺癌のマーカーであるPSAが高かったのですが、K病院で再度検査してもらったところ異常がありませんでした。先生の話によると、原因不明の高い値が出ることもあるとのことで、そのときは一件落着でした。 でもやはり心配でした。結果、今年は特に問題になる数字とはなっておらず、ホッと一安心ということころです。他の項目も特に異常な数値はありませんでした。 ただ、視力が左右とも眼鏡をかけて1.0未満になってしまいました。最近遠くも近くも見にくくなってきているのは感じています。近視も老眼も進行していると考えていますが、白内障傾向があるのかも知れません。ひょっとすると、懸念の緑内障が起こり始めているのかも知れません。緑内障予備軍で眼科に通っているので、今回の結果を持っていって相談しようと思います。もし単なる視力低下進行、老眼進行であれば、遠く用はPC距離、近く用は手元にそれぞれ合うような遠近両用眼鏡を新調したいと思います。今は、遠く用ではPCが見にくい、近く用でPCはOKだが、顎を上げなければならないのでつらい。もっと近くは、近く用では見にくいので、眼鏡を外して見ることも多い。ちょっとつらい状態ですので。 それからもう一つ懸念事項。右の太ももがヒリヒリとします。皮膚が何かおかしい訳ではないので、血行の問題だと思います。右前腹部は、粒子線治療の副作用で、血行が悪くなって、しびれや軽い痙攣を頻繁に起こっていますが(生活に支障は無し)、その延長線上の症状なのかもしれません。今のところ全く生活に支障がないので、様子を見ることにします。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/14
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【2019年月日10(木)】 事務所への通勤途上の景色の続きです。前回紹介した「上羽絵惣」(こちら)の2軒北に祇園祭山鉾の一つ「保昌山(ほうしょうやま)」の会所があります。東洞院高辻下ルです。保昌山会所 保昌山は前祭(さきのまつり)の山ですが、後祭を含め唯一、烏丸通の東かつ四条通の南にある山鉾です。山鉾の所在地図を見ても一つだけポツンとあるのが分かります(下図参照)。山鉾全体の位置が今の京都の中心部の一部に固まっているのは、室町時代の街がこれくらいしか広さがなかったからということは、以前、講演会で知りましたが、何故保昌山だけが、ポツンて離れてあるのかは知りません。どなたかご存知でしたら教えてください。山鉾連合会HPから保昌山の説明抜粋です。丹後守平井保昌と和泉式部の恋物語に取材し、保昌が式部のために紫宸殿の紅梅を手折ってくる姿をあらわしている。胴懸の張騫巨霊人に鳳凰虎を配した刺繍は円山応挙(1733~95)の下絵である。山の故事にちなみ宵山には「縁結び」の御守りが授与される。会所前の駒札よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/10/10
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【2019年10月7日(月)】 事務所勤務で通る東洞院通の風景シリーズです。 260年以上続く顔料、和絵具の老舗です。正式会社名は上羽絵惣(うえばえそう)株式会社。下京区東洞院通高辻下ル燈籠町に所在します。「白狐」がトレードマークです。 胡粉と呼ばれる白い絵具があります。ホタテ貝殻の微粉末から作られる顔料です。それを使った「胡粉ネイル」も、最近は商品として加わり、ウインドウディスプレイを見ても、力を入れておられるのが分かります。有機溶剤を一切使用していないため、「爪に優しく」「マニキュア特有の刺激臭がなく」「速乾性と通気性があり」「アルコールで落とせる」水溶性ネイルで、人気があるようです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/07
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【2019年10月4日(金)】 M社事業部門勤務時代の先輩グループの京都案内「西京会」でした。二条城とその周辺、大原に次いで3回目です。 今回は伏見の町を案内しました。京阪墨染駅から歩いて伏見の町へ。昼食を「黄桜カッパカントリーで」とって、十石舟で三栖閘門を往復しました。ルートよろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/04
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【2019年10月3日(木)】 昨今の新聞を賑わしている関西電力の醜聞ニュース。実は八木誠会長は私の大学時代の同じ研究室グループの先輩です。私がその研究室に配属になったのは、昭和51年(1976)かその前年です。ネット情報によると関電入社は1972年となっていますので、私とはダブってないことになりますが、私の担当の助手だった先生(後に教授)が「八木君は・・・」とよく話しておられ、やはり研究室グループ誇りの卒業生でした。OB会などでお会いしたことがあるのか、お顔に見覚えがあって、関電の社長に就任されたとき、「あっ、あの八木さんだ。」と思った記憶があります。研究一の出世頭で尊敬もしていましたので、東北大震災の影響で関電が苦境に立たされたとき、「えらいときに社長にならはったなぁ。気の毒だなぁ。頑張って欲しいなぁ。」と思っていました。 ところが今回の醜聞。額が半端じゃない。コンプライアンスに厳しく対応するようになった純粋の民間企業では、もはや起こり得ないお話しです。しかも退任をしない。ここは八木会長、潔く退任していただきたいという思いです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/03
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