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【2017年1月31日(火)】 今日は2日連続OFF日の1日目。昨日の飲み会で結構飲みましたが、今朝はしんどくはありませんでした。焼酎メインだったのがよかったのかな? 京都検定の通知には、下記のように問題ごとの得点が掲載されています。以前、答え合わせをして推定得点を出しましたが、それとの差をみてみましょう。 推定得点 実際得点 【1】 16 16【2】 20 20【3】 18 16【4】 17 18【5】 15 16【6】 10 10【7】 9 10【8】 8 8【9】 5 6【10】 8 8 【合計】126 128 差が生じた理由を探ります。【3】~答え合わせ時の投稿は、こちら。(25)法華宗最初の勅願寺である妙顕寺の書院前庭は、何と名付けられているか。【私の解答】龍華飛翔の庭【 正解 】龍華飛翔の庭【推定得点】2点【実際得点】0点 答え合わせでは、下記のように正解(2点)にしていました。ところが、正解は「龍華飛翔の庭」ではなく「光琳曲水の庭」でした。前者は書院前庭でなく、客殿前庭でした。で、0点になった思われます。【4】~答え合わせ時の投稿は、こちら。(39)鬼に強いといわれ、京町家の小屋根に祀られる風習がある魔除けの置物は何か。【私の解答】鐘馗さん【 正解 】鍾馗さん【推定得点】1点【実際得点】2点 答え合わせのときは、漢字が違っていたので、1点にしていました。厳密には間違いですが、非常によく似た字のため正解扱いになったか、採点者に「鐘」が「鍾」に見えて2点になったのでしょう。(追記:鐘馗と書くこともあるようで、鐘馗でも正解扱いのようです。)【5】~答え合わせ時の投稿は、こちら。 山陰道へ通じており、かつての国境であった大枝山の( 44 )の峠には、酒呑童子のものと伝わる首塚がある。大技山近辺は都から追放された賊などの棲み処であり、鬼が住まうと信じられていた。【私の解答】老の坂【 正解 】老ノ坂【推定得点】1点【実際得点】2点 「の」と「ノ」の違い。どちらも使われるのでしょう。2点となったようです。【7】~答え合わせ時の投稿は、こちら。(3)梶井基次郎の短編小説の中で、主人公が京都の洋書店に爆弾に見立てて置いた、この作品 の題名にもなっているものは何か。【私の解答】れもん【 正解 】檸檬(レモン)【推定得点】1点【実際得点】2点 問題の書き方から、書名を書くのではなく、果物の名前を書くので、「檸檬」「レモン」「れもん」いずれも正解(2点)なのだと思われます。【9】~答え合わせ時の投稿は、こちら。 伊藤若冲について150字以上、200字以内の文章で書きなさい。 (「実家の家業」、「特に好んで描いた動物」、「現在御物となっている相国寺に奉納した代表 作」、「若冲筆投げの開』と呼ばれる方丈がある寺院」、「今年(平成28年)若冲の原画を もとに見送を新調した祇園祭の鉾の名称」を必ず含むこと)(実家の家業)【私の解答】青物商【 正解 】青物問屋【推定得点】1点【実際得点】2点 青物商は青物問屋とニアリーイコールで2点なのでしょう。 ということで、合計の推定は126点でしたが、実際は128点と2点増えました。【解答例】 家内は向日市の体育館に行ってきたようです。1000円で、丸一日、教室に参加したり、ジムが利用できたとのことです。民間に比べると、安上がりですね。利用しない手はないですよね。向日市民はもっと安いのでしょうね。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村__________________________________「京都検定過去問」カテゴリー一覧表http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28「京都検定出題傾向分析」カテゴリー一覧表http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=30「京都検定勉強」カテゴリー一覧表http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=31
2017/01/31
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【2017年1月30日(月)】 夕刻から、今年2回目の懇親会でした。ガイド会関係の懇親会です。 ガイド会の同じエリアグループの某さんは、同期全員が入会時研修でお世話になった方。その方への感謝の会を兼ねた懇親会でした。 場所は、室町御池を上がったところにある「凛月」というお店。今日は、養徳院のガイドでしたので(こちら)、終わってから地下鉄の太秦天神川駅に急ぎ、地下鉄で駆け付けました。遅れそうなので、幹事さんに「10分くらい遅れるので先に初めて。」と連絡したのですが、思いのほか早く着いて、ギリギリ間に合いました。 町家を改造したお店のようで、外観、内観ともお洒落な店でした。懐石料理のコースで、飲み放題で5000円。このコースは1日1組限定のようです。飲み放題というと、安いお酒が多いですが、ここのは、日本酒も焼酎もブランド品が多く、色々なテイストが楽しめ、お得感高かったです。幹事さんに皆さん感謝。店は「町家」の外観https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260202/26007927/坪庭が見える風情のある席でした。https://www.hotpepper.jp/strJ000741157/ 某氏はお酒大好き人間なので、幹事さんの見立て(味立て)で、京北周山町「初日の出」ブランド羽田酒造「純米吟醸原酒 六友」をプレゼント。http://www.hanedashuzo.co.jp/ 昨年、京都検定1級の受検を申し込むとき、この某氏から「テキストを5回読みなさい。そのうえで、書けない漢字を書き出しなさい。」というアドバイスをいただきました。今まで、とにかく全部手書きしたり、PCにタイプ入力して勉強してきました。この方法では時間的に、何度も同じところは繰り返せません。でも、読むのであれば時間的に、何度も同じところを繰り返せます。今回、某氏のアドバイスそのままではないですが、とにかく繰り返し読み、繰り返しの最後のほうは読まないで、文章を思いだすような勉強方法をとりました。そうすると、少ない回数を書くより、頭に残りやすいのです。そのうえで、むつかしい漢字や、間違えそうな漢字だけ書き出しました。某氏のアドバイスが合格の助けになったのは間違いありません。ですので、私からは、京都検定1級合格を報告し、勉強法を教えていただいたお礼を申し上げました。 某氏も京都検定1級を持っていて、京都産業大学の特別客員研究員をしたそうです。今は、その上席特別客員研究員をしておられるとのこと。特別客員研究員は1年で終了だと思っていたのですが、それを終了してから、上席特別客員研究員として残れるようです。「是非、トライしてください。」とのことでした。ガイドだけでも忙しいので、特別客員研究員に応募するかどうか迷っていたのですが、某氏のお話を聞いて、応募する決心がつきました。採用いただけるかどうかは別問題ですが。 同期が色んなところにガイドに行っているので、その様子を一人一人短時間で話すという時間帯もありました。 参加者の一人が言っていたので気付いたのですが、正式入会して半年、同期全員での飲み会というのは過去2度ありましたが、エリアグループの同期だけでの飲み会は初めてです。多くの先輩も交えてというのは何度もありましたが。先輩との集まりもいいですが、同期だけの集まりもいいねという声も多く聞かれました。また集まりたいものです。ただ悩ましいのは、昼間の開催は、誰かがガイドに当たってるだろうから難しく、夜は夜で、女性陣は主婦も兼ねているので、簡単ではないということ。 明日がガイドの人もいましたが、私は明日OFFですので、気にせず飲みました。この辺が会社の飲み会と違うところですね。熱く語らい、おいしいお酒を飲んで、楽しいひと時でした。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/30
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【2017年1月30日(月)】 養徳院第5日でした。朝通勤時、初めての雨でした。酷くはなかったので、いつものように五条通から歩きましたが。酷い雨のときは、リサーチパーク前まで行って、丹波口からJRで花園駅に行くのも方法です。電車の時間、調べておかないといけません。午後から、雨が上がり天気が回復しました。 天気予報では、暖かかったので、重ね履き用の靴下は持ってきませんでした。従って、カイロも付けずです。でも、やはりお寺の中は寒く、足が冷たかったです。当面、重ね履き+カイロにしたほうがよさそうです。 今日、ちょっとした事件がありました。笑い話しのような話ですが。 http://blogs.yahoo.co.jp/masako_umechan/38671111.html 禅寺には上の写真のような靴が置いてあることがあります。養徳院も玄関の靴箱に置いてあります。副住職が「出頭靴」という靴だと教えてくださいました。妙心寺の法堂などで法要や行事があったとき、これを履いていくそうです。 今日の責任者だった先輩が、受付近くにいた時のことです。中国人のお客様が来られました。受付を終わって、靴を靴箱に入れたまではよかったのですが、この出頭靴を履いて上がろうとしたそうです。慌てて脱いでいただいたとのこと。最初は耳を疑ったのですが、きっと中国のスリッパにこんなデザインのがあって間違ったのでしょうね。「出頭靴」も、もともとは中国から来たものでしょうからね。 あとで「中国+スリッパ」でググってみたら、こんなデザインのスリッパがたくさん出てきました。これなら間違えても仕方ないですよね。https://ja.aliexpress.com/price/mens-chinese-shoes_price.html 終了後は、ガイド会関係の懇親会が京都の町なかであったので、地下鉄の天神川御池まで歩いて、地下鉄で烏丸御池に向かいました。 家内はテニスでした。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/30
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【2017年1月29日(日)】 今日は、「八木邸」の第6日。日曜日で暖かく、多くのお客様が来られ、一度、玄関を上がってすぐの部屋までお客様が溢れたことがあったくらいです。この様子では、観光シーズンの土日になったらすごいんだろうなぁと思いました。雨は天気予報通り夕刻から降ってきました。 今日は私が最後回のガイドでした。日曜日ということもあって、最終のガイド中に入って来られるお客様も何人かいらっしゃいました。そして、最後のガイドを終えようとしたとき、ペアの方が何人かの女性のお客様を連れて来て、ガイドをスタートしました。4時50分頃でした。びっくりです。これでは5時に終えることはできません。 その方がガイドを終えて出てきたのは5時15分くらいだったでしょうか。曰く、「お断りしたんだけど、『島根から来たんです。今日帰るんです。新選組ファンなんです。何とかなりませんか?』と言われたんだよ。お店の方の帰りが遅くなってもいけないので、お店の人に聞いたら、『私たちは、いいですよ。』とおっしゃっていただいたので、案内することにしたんだ。」とのことでした。もし、私が受付していたら、果たして臨機応変に対応できたでしょうか。この女性グループは、感謝感激だったのは言うまでもありません。 話は変わりますが、いつだったか八木邸で受付をしていたら、「御主人いらっしゃいますか。」と尋ねた女性2人組がありました。お店に案内しました。若御主人が八木邸を特別に案内されました。何か特別なお客様かなと思っていました。 その方が今日も来られて若御主人に面会されました。今日は、数名の若い方を引き連れて。お一人が店の外に出て来られたので、もっている書類を見たら、「BS日テレ」とい書いてあります。「何か取材ですか?」と聞いたら、「『ぶらぶら美術・博物館』の取材で、明日、山田五郎さんや、おぎやはぎさんは来ないのですが、高橋マリ子さん単独で、壬生寺と八木邸の取材があります。放映は2月17日です。」とのことでした。この番組よく見ますが、確かに高橋マリ子さん単独の部分が、番組の中にあることがあります。明日は私は養徳院なので、立ち会えないのが残念です。 京都でガイドをしていると、こうやってタレントさんを直接見る機会も多いのでしょうね。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/29
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【2017年1月28日(土)】 2日間のOFFの後、今日は養徳院第4日でした。明日は八木邸、明後日は養徳院と3日連続のガイドです。 晴れて少し暖かな一日で、土曜日でもあるので、来訪者は多く、間断なくガイドが続きました。 案内は2箇所の持ち場があります。それそれの持ち場を、二人で分担して担当します。最初の場所のガイドが終わるタイミングで、2つめの場所のガイドが終わるのが、お客様を待たせないので理想的です。しかし、最初の持ち場より、2つ目の持ち場のほうが、説明対象が多いので、どうしても2つ目の持ち場のほうの説明が長くなりがちです。それと、話す内容は各ガイドの裁量に任されている部分もあるので、人によって多少説明の時間が違うことです。どの方とペアを組むかにもよるわけです。朝早い時点で、ペアの方の第1の持ち場でのペースを確認して、私の第2の持ち場での説明時間を調整することも必要です。 今日は、土曜日。いつも使っているバスの本数が土日は少ないのです。1時間に1本です。往きはいいのですが、帰りが1時間弱待たねばなりません。それで今日は、市バス→阪急→京阪バスで帰りました。交通費が痛いです。バスだけにして、バスの時間までどかでDVDでも見て時間を潰すかです。録画した番組も溜まっているので、それも手かなと思います。 養徳院のこと少しずつ説明していきます。●養徳院は妙心寺の塔頭 妙心寺は95代花園天皇が南北朝時代の1340年頃、関山慧玄(かんざんえげん、無相大師)を開山として離宮(仁和寺の花園御所)を禅寺と改めたのが始まり。現在は、臨済宗14派のうちの一派、妙心寺派の大本山。妙心寺は境内10万坪に塔頭寺院46を持ち、3400の末寺を持つ、日本最大の禅寺。臨済宗中興の祖、白隠禅師も妙心寺派。 今回のガイドで説明するのは、上記の内容程度です。 少し掘り下げます。多くをWikipediaから引用しています。◆花園天皇 伏見天皇の第四皇子。鎌倉時代の2つの皇統のうち持明院統に属する。花園法皇像(妙心寺蔵・重文)◆関山慧玄(無相大師) 1307年に鎌倉の建長寺に入り、南浦紹明に師事。その後、宗峰妙超(大燈国師)を紹介され、京都大徳寺に遷って宗峰に師事。 1337年、花園上皇は、離宮を禅苑に改めてその寺名命名と開山となる禅僧の推薦を宗峰に依頼。宗峰が関山を推挙し、関山は妙心寺開山となった。 禅風は厳格で、その生活は質素をきわめ、枯淡な禅風で修禅に専念したという。1360年12月12日、関山は旅の支度をして授翁に行脚に出るといい、「風水泉」と称する井戸の辺で授翁に遺戒し、立ったまま息をひきとった。関山には他の高僧のような語録や著書はなく、生前に描かれた肖像もない。 南浦紹明(大応国師)から宗峰妙超(大灯国師)を経て関山慧玄へ続く法系を「応灯関」といい、現在、日本臨済宗はみなこの法系に属する。関山の禅は、後に系統に白隠慧鶴が出て大いに繁栄し、他の臨済宗諸派が絶法したのに対し、その法灯を今日に伝えている。 無相大師は明治天皇からの追諡による。◆臨済宗14派・建仁寺派 栄西により始まる。栄西は最初に禅の伝統を日本に伝えた。 大本山は京都の建仁寺。・東福寺派 1236年、宋に渡り帰国した円爾(弁円)により京都で始まる。 本山は京都の東福寺。 戦国時代、毛利家の外交僧として活躍した安国寺恵瓊はこの宗派。・建長寺派 1253年、鎌倉幕府五代執権・北条時頼が中国・宋から招いた蘭渓道隆により始まる。 本山は蘭渓道隆が開山した鎌倉の建長寺。・円覚寺派 1282年 中国から招かれた無学祖元により鎌倉で始まる。 本山は鎌倉の円覚寺。 円覚寺は、無学祖元から高峰顕日・夢窓疎石へと受け継がれ日本の禅の中心となった時期もある。・南禅寺派 1291年、無関普門により始まる。 本山は京都の南禅寺。・国泰寺派 1300年頃、慈雲妙意により始まる。 総本山は明治時代に山岡鉄舟の尽力で再興した富山県高岡市にある国泰寺。・大徳寺派 1315年、宗峰妙超により始まる。 本山は京都の大徳寺。室町時代には応仁の乱で荒廃したが、一休宗純が復興した。・向嶽寺派 甲斐国塩山の向嶽寺を拠点とする向嶽寺派は鎌倉後期から南北朝時代にかけて武家政権と結んだ 夢窓派と一線を画し、独自の宗風を築いた。・妙心寺派 1337年、関山慧玄により始まる。 本山は京都の妙心寺。 末寺3,400余か寺を持つ臨済宗最大の宗派。白隠慧鶴もこの法系に属する。・天龍寺派 1339年、夢窓疎石により始まる。 本山は京都嵐山の天龍寺。・永源寺派 1361年 寂室元光により始まる。 本山は滋賀県東近江市永源寺高野町にある永源寺。・方広寺派 1384年、無文元選により始まる。 本山は静岡県浜松市北区引佐町奥山の方広寺。・相国寺派 1382年、夢窓疎石により始まる。 本山は足利義満により建立された京都の相国寺。 鹿苑寺(金閣寺)・慈照寺(銀閣寺)は当派に属する。・佛通寺派 1397年、愚中周及により始まる。 本山は広島県三原市の佛通寺。・興聖寺派 1603年、虚応円耳により始まる。 本山は京都の興聖寺。京都市に本山がある派が7。京都府では8。花園大学は、臨済宗立の仏教系大学。創立は明治5年(1872年)に妙心寺が学寮・般若林を設立したのが始まり。 今日はワンちゃんのトリミングの日。いつもなら家内と2人で午前中に車で連れて行って、午後にピックアップするのですが、今日は私が出勤のため、家内一人で2往復。ついでに家内もカットに行ったようです。ボブカットにしてもらったのですが、あまり気にいってないようです。確かに・・・・(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/28
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【2017年1月27日(金)】 今日は、2日連𡑮OFF日の2日目。暖かい一日でした。そして、京都検定1級の合格通知が届きました。合格証 得点は128点(合格ラインは120点)。 過去も含め得点をまとめました。 平均点との差は50.5点で、過去一番の差です。勉強の成果が上がったと言えそうです。2013年度までの各年の平均点にこの差を足すと、各年とも合格ラインの120点を超えますが、一昨年、昨年は超えません。この2年分は超難関だったといえます。問題の難易度にも救われた感じです。 家内は友達と三田のアウトレットに買い物でした。私にはセーターを買ってきてくれました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村__________________________________「京都検定1級過去問トライアル」カテゴリー一覧表http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28「京都検定1級過去問出題傾向分析」カテゴリー一覧表http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=30「京都検定1級受検直前勉強」カテゴリー一覧表http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=31
2017/01/27
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【2017年1月26日(木)】 今日は、4日間連続のガイド(1日は無給での受付訓練)後の2日連続OFF日の初日。そして、去年12月に受検した第13回京都検定1級の合格発表の日。郵送での連絡なので、結果が分かるのは早くて明日かなと思っていました。ところが、観光ガイド仲間の一人から「私、1級何とか合格しました。貴殿も合格ですよね。」とのメールがあり、京都検定のホームページでも合格者の受験番号が発表されることを思い出しました。 以前、答え合わせの結果を投稿しましたが、合格ラインに対して数点上回っているとの結果だったので(こちら)、合格は確信してはいたのですが、やはりホームページを見るときはドキドキでした。 さて・・・・ ありましたぁ~~♪♪ やったぁ(●⌒∇⌒●) わーい。 苦節9年、8回目の受験でようやく合格です。 合格率も掲載されていました。1級は10.4%。過去12回の中で5番目に高い合格率でした。ここ3年、4.3%、4.0%、1.8%と超難関だったので、もう5%以上の合格率はないと思っていたのですが。試験問題に救われた感はあります。でも、合格は合格。 家内はテニスでした。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村__________________________________「京都検定過去問」カテゴリー一覧表http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28「京都検定出題傾向分析」カテゴリー一覧表http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=30「京都検定勉強」カテゴリー一覧表http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=31
2017/01/26
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【2017年1月25日(水)】 今日は、「八木邸」の第5日。通常集合時間の10分、遅くても5分前には皆さん来られるのですが、ペアの方が集合時間5分前になっても来られず、心配しましたが、集合時間ギリギリに来られました。朝出る間際になって、お孫さんがグズって出るのが遅くなったとのこと。途中で「遅れるかも。」とメールを送ってくださったのですが、マナーモードで気が付きませんでした。こういうときはマナーモードを解除しておかねばなりません。反省です。 外人さんを一人案内しました。カナダからの女性だったと思います。日本語はある程度話せるようでした。案内が終わった後で聞いたら、新選組のことは少し知っていて、ガイドの内容も少し理解できたとのことでした。 ちょっと失敗をしました。お客様が少ないときは、ガイドが終わると次のお客様の到着を待ってガイドをするということも発生します。今日空きがあった後、新しいお客様が来られて「それでは今から案内させていただきます。」と案内する場所にいっしょに向かったところ、お客様が何人か待っておられました。途中からのお客様の何人かが、聞き逃した最初の部分を聞こうと待っておられたのです。それほどお待たせしなかったのですが、もし次のお客様が来られなかったら、長時間お待たせするところでした。交替の際に、待っておられるお客様はいないと思っても、確認のために案内場所に行くことが必要ということです。 八木邸は新選組の屯所の時代も、そして今も八木家の居所です。15代当主、八木喜久男氏の書かれた「八木家と新選組」から、八木家のルーツを辿ります。 先祖は越前の国主であった朝倉義景。義景は朝倉家の養子。義景は天正元年(1573)8月、織田信長との戦いに敗れ自刃。そのとき與三兵衛という者が、義景の息子又兵衛と娘を連れて、丹波の八木の庄(今の南丹市八木町)に逃げた。丹波の国は、当時、明知光秀の所領。光秀は義景に仕えていたこともあり、彼らを客人として迎えた。 又兵衛はそこに居住。八木の地名を姓にしたのであろう、八木姓を名乗ったが八木家初代となる。義景の娘は越前にいたときの約束で、西本願寺に嫁入り。儲けた子が後の教如聖人。その後、豊臣秀吉の時代に、又兵衛は山城国葛野郡洛西壬生村へ移住し、壬生郷士となった。壬生郷士は、武士の身分で壬生の農政を取り仕切った地方(じかた)役人。 八木家の家紋は「三つ盛木瓜(もっこう)」。朝倉家の家紋でもあります。瓜を輪切りにした断面や鳥の巣を図案化したものといわれ、子孫繁栄を祈る家紋です。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/25
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【2017年1月24日(火)】 ガイドを担当している妙心寺塔頭・養徳院で朝、夕に受付指導がありました。合い間を利用して、妙心寺塔頭・大雄院、妙心寺大庫裏・経蔵を訪問しました。大雄院訪問(こちら)後、妙心寺・大庫裏/経蔵を訪問しました。●妙心寺・大庫裏/経蔵 妙心寺は臨済宗妙心寺派の大本山。約10万坪の境内に46もの塔頭寺院を持ち、末寺は3400。京都最大の禅寺。建武4年(1337)に花園法皇が関山慧玄(無相大師)を開山に迎え、離宮を禅刹に改めたのが始まり。◆大庫裏(重文) 承応2年(1653)再建。寺の台所や食堂、寺務所の役割を持つ。内部には豪壮な木材が組まれ、竃の煙は屋上の煙出しから抜ける。庫裏の守護神を祀る韋駄天堂、定朝作と伝わる地蔵菩薩を祀った食堂(じきどう)、貯蔵庫などがある。大きな行事の際には、雲水(修行僧)たちが数百人分の斎(とき)(食事)を整え、厳格な作法に従って食事をする。 一人のガイドがある程度まとまった人数を引き連れて一周するという案内方法です。案内の最初に花園天皇の肖像画も置かれ、妙心寺全体の説明からガイドは開始されます。同期の方のガイドに付いて回りました。お寺は畳でも足が冷たいのですが、板の間なのでそれ以上に冷えるため、お客様用に靴下の上に履く、厚手の靴下を準備していました。◆経蔵(重文) 寛文13年(1673)に、豪商・淀屋辰五郎が寄進。八角形の巨大な輪蔵(経巻棚)には6500卷を超える経典が納められている。これを一回転させれば全卷を読んだのと同じ功徳が得られるという。回転式輪蔵を考案したのは、中国南北朝時代の居士・傅大士(ふだいし)といわれ、輪蔵正面にその像が祀られている。正面軒下には伏見天皇宸筆の扁額「毘盧蔵(びるぞう)」が掲げられている。 ここでも、同期の方に案内していただきました。「紙芝居」を駆使しての熱のこもった案内でした。http://www.kyokanko.or.jp/huyu2016/huyutabi16_01.html#11 妙心寺を出て少し南に歩いたところにある、ショッピングセンター「ライフ」で昼食をとって、余った時間は持ってきていたPCでブログを書きました。しかし、バッテリーが無くなったので、中の本屋で時間をつぶした後、夕方の受付業務指導を受けるため、養徳院に向かいました。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/24
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【2017年1月24日(火)】 ガイドを担当している妙心寺塔頭・養徳院で朝と夕に受付の指導がありましたので(こちら)、その間の空いた時間を利用して、養徳院同様、「京の冬の旅」で特別公開している妙心寺境内の「大雄院(だいおういん)」、「大庫裏(おおくり)・経蔵」を向学のため見学に行きました。両方とも我がガイド会が受付・案内をしています。●大雄院(だいおういん) 養徳院の東隣にある妙心寺の塔頭寺院の一つです。去年の5月、「春の京都 禅寺一斉拝観」で家内と一度訪問している(こちら)ので二度目です。そのときは、ガイドは付かず500円でした。今回は一般のお客様はガイド付きで600円です。 慶長8年(1603)石河紀伊守光元(竜野城主)の長子石河市正光忠(尾張藩犬山城主太郎八)により、父光元公の菩提を弔うために菩提所として創建されました。慧南玄譲を開祖とします。慧南玄譲は光忠の叔父にあたり、石河氏の菩提寺美濃乙津寺、二世蘭叔玄秀の法系であって、慧南は蘭叔玄秀を勧請開山としています。ときは豊臣時代から徳川時代へと移る過渡期にあり、きわめて激しく流動した時代でした。大雄院は石河家本流の香華所(御位牌所)として現在に至っています。 この石河光忠は、養徳院開基の石河光重の孫、光元は子ということになります。そして蘭叔玄秀は養徳院所蔵の「酒茶論」を書いた人物です。養徳院と非常に関係が深い寺院です。 京都府指定・登録文化財として、客殿、庫裏、表門があり、客殿と書院は享保12年(1726)に再建され、庫裏は江戸時代末期に改造されました。また、客殿の襖絵は柴田是真作の稚松図、山水図、滝猿図、唐人物図など多くの襖絵を見ることができます。柴田是真は江戸時代末期から明治初期にかけて活躍した著名な蒔絵師であり、画家。伝統的な美術が被害を被った時期にそれを守り、次いで新時代の安定期にかける美術工芸の建設に指導的な立場で尽力しました。明治・大正の美術の基礎を作った人ともいえます。是真は海外の博覧会に作品を出展し、欧米における著名度は、むしろ日本より高いとのこと。国内に残る作品は少なく、この大雄院の作品は、その意味でも貴重です。柴田是真 襖絵http://guide.travel.co.jp/article/23709/http://guide.travel.co.jp/article/23709/ 土岐済美(ときざいみ)の襖絵もあります。土岐済美は、多くの円山応挙門人の中でも異色画家の一人に数えられます。また、養徳院同様、渡辺泰河(わたなべたいが)の襖絵もありましたが、ガイドでは特段説明されていないようでした。土岐済美 襖絵http://guide.travel.co.jp/article/23709/今回、寺宝の「楊柳観音図」、「十一面観音図」が初公開です。http://guide.travel.co.jp/article/23709/「楊柳観音図」は中国で描かれたもので墨線のみで描いた白描画。柳の一枝を指した水瓶を持ち、蓮弁の上に立って観音が住まう補陀落山から渡海する場面が描かれています。一方、日本で描かれた「十一面観音図」は楊柳観音とは対照的に華やかさが印象に残り、南北朝後期から室町時代に描かれたと伝わっています。 また、先住職が蚕の後輩を重ねて苦労の末、平らなところに平面状に糸を吐く蚕「石河蚕」を作られました。これに関する展示もありました。 昔の雪隠(トイレ)も見ることができます。畳敷きだったのでしょうか。(昨年5月撮影) 庭園も見ごたえがありました。去年の5月より、苔がきれいでした。もとは杉苔だけだっのですが、土が露出したところに、乾燥に強い砂苔を植えるなどしてて、苦労して整備されたようです。緑一面になっただけでなく、杉苔と砂苔の緑の濃さの違いが、庭にアクセントを与えています。養徳院と違い、庭は戸を開放しての見学ですので、養徳院以上にガイドでは寒さが堪えると思われます。参考に、去年5月公開時のお庭の写真です。土が露出しているところが多くあります。 去年の公開時と異なり、お土産ショップも開設されていました。「君の名は」の影響で、組紐がよく売れるようです。お土産にいくつも買う人も多いとのこと。(続きます)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/24
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【2017年1月24日(水)】 昨日に続いて養徳院ですが、今日は、ガイドでなく受付の指導を先輩会員から受けるために出向きました。 「京の冬の旅」では、一部の担当箇所を除き、ガイドだけでなく受付もします。拝観料を扱うことになります。これが簡単なようで結構複雑なのです。 マニュアルは整備されていますが、実際にやってみないとなかなか理解できないので、今回の養徳院の場合は、新入者が担当日ではないときに、先輩の横に付いて指導を受けることになりました。今日が私の番でした。 朝一番、準備の仕方をいっしょにやりながら教えていただき、拝観開始から少しだけ受付も体験しました。最初は、もたもたしましたが、次第に慣れてきました。 その後、一旦養徳院を出て、妙心寺内で「京の冬の旅」の特別拝観をしている、大雄院、大庫裏・経蔵を見学し(別途投稿)。近くのショッピングセンター「ライフ」で昼食をとって、ブラブラとし、再び午後3時過ぎに養徳院へ。最後の締めの方法の指導をいただきました。 単純ではありません。慣れるしかないでしょう。ガイドブック。200円。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/24
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【2017年1月23日(火)】 養徳院でのガイド第3日でした。 先輩から2点指導・アドバイスをいただきました。 1点は、案内時立つ位置です。持ち場2箇所のうち、1箇所は1つの部屋の中での案内ですが、もう一つは3つの部屋を移動しながらの案内になります。この持ち場で、私はすべての展示物で、展示物のすぐ前に立って案内していたので、全部屋の監視ができるよう位置に立つべきだと指導してくださいました。 もう1点は説明時間の長さです。第2の持ち場で最後のほうを説明しているとき、第1の持ち場での説明を聞き終わったお客様が入って来られて待っていただかなければならない状況が発生しました。説明をもう少し簡潔にし、なおかつ、もし第1の持ち場を聞き終えてお客様が入って来られたら、説明を早めに切り上げる工夫をしてくださいと指導いただきました。 なかなか自分では気が付きません。ありがたい指導です。 養徳院のこと、少しずつ書いていきます。 養徳院は妙心寺の塔頭です。下記の妙心寺境内図の赤丸のところにあります。禅宗の本山には多数の塔頭寺院を持つところが多いですが、妙心寺はその中でも、中の参道が一番入り組んでいます。迷路のようです。それが、妙心寺独特の雰囲気を作り出しています。私が禅宗本山寺院で妙心寺が一番好きな理由の一つです。実際、南総門を入って養徳院に辿りつくまで、7回も道を曲がらなくてはなりません。もう今日で3回目ですが、いつも「やっと着いた」と、実際に歩く距離以上に歩いた感じになります。 東京から来ていた次女は半日出勤を申請していたので、朝早く帰る予定だったのですが、体調がよくなかったので、終日休みにして、夕刻帰ったとのことでした。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/23
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【2017年1月22日(日)】 今日は、「八木邸」の第4日。八木邸での初めての土日のガイドです。 さすがに日曜日、お客様が多かったです。 参考図書で、先日紹介した「新選組始末記」以外に、もう一つ買った書が、「京都壬生 八木家の歴史1 八木家と新選組」(単行本)です。 現在の八木家15代当主、八木喜久男氏が、八木家の歴史、新選組との関わりについて、10年ほど前に書かれた本です。ネットで中古しか見つからなかったので、今は絶版になっているのだと思います。また、「八木家の歴史1」とありますが、2以降は出版されていないようです。 まだ詳しくは読んでいませんが、最後のほうの「新選組屯所(八木家)ガイド」の部分は、我々がもらっているガイド資料の内容と、ほぼ同じ内容になっています。ガイド資料の該当部分は、この本がベースになっているのかも知れません。 受付にもこの本が一冊置いてあるので、お客様待ちのときに、この本を読んで知識を深めようと思います。 東京から来ている次女は、京都で友達の結婚式でした。2次会も参加して夜遅く帰ってきました。明日は、午前中休みをとっていて、こちらでもう一泊して、明朝、東京に向かう予定です。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/22
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【2017年1月21日(土)】 今日はプライベートも含め8日連続ON日のあとの、一日だけのOFF日でした。 ゆっくりしたかったのですが、昼ごろ、トヨタのディーラーから電話がかかってきました。先日、車の定期点検で、タイヤとバッテリーを交換したほうがいいと言われ、見積りだけもらってきました(こちら)。日を相談して交換をしてもらおうと思っていたのですが、今日の電話で「今、タイヤ屋さんのセールスが来ていて、今日、申し込んでくれたら特別価格で対応可能と言ってます。どうですか?よければ今日交換しますよ。」とのこと。 今でなくても、後でも値下げしてくれるのではないかとは思ったのですが、まぁいいやと思い、今日交換してもらうことに。タイヤ入荷後の午後2時半過ぎに車を持っていきました。1時間ちょっとかかるというので、西京極競技場の回りを、携帯DVDで「真田丸」を見ながらウォーキングしました。1時間強歩いたので、歩数は9500歩まで伸びました。 バッテリー交換、タイヤ4本交換で、105,900円。5,000円キャッシュバック・キャンペーン中なので、実質100,900円ということになります。「それなら900円引いて、105,000円にしといてよ。」と交渉すべきだったかなと今思っています。 名古屋の長女が今日入籍しました。週末&大安で今日にしたようです。 こちらに帰ってきている次女は昼は友達とランチ。夜は3人で、年末にKオートさんからいただいた「カニ」でお鍋でした。うまかったぁ~。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/21
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【2017年1月20日(金)】 今日は、「八木邸」の第3日。「八木邸」での初の当日責任者でした。 今日ペアを組んだ方は、とても気さくな方で、お客様と和やかにやりとりされていました。私は、人に緊張感を与えてしまうほうなので、勉強になります。 最後にも勉強になることがありました。最後の公式受付終了時間は午後4時30分です。しかし、お客様が来られない時間帯が直前にあると、最終回が4時半より早めになることがあります。早めにスタートすると、4時半ギリギリに来られたお客様が全部聴けないことになります。今日はペアの方が最終回になり、4時25分くらいのスタートになりました。そうしたら、玄関に入らず、京都や新選組に纏わる雑談をされ、4時半になって公式のガイドをスタートされました。なるほどこういうテクニックも必要なのですね。 心配した雨もパラパラ降った程度でした。 新選組、八木家のことを勉強するため、東寺のときと同様、関係図書を買いました。 その一つが下母澤寛の「新選組始末記」。新選組が駐屯していたとき10歳前後だった八木為三郎氏(当時の当主の子)が77歳になったときに、子母澤寛が八木家に逗留して、為三郎氏にヒアリングしたことを題材にして所謂「新選組三部作」を書きました。その一つがこの「新選組始末記」です。読み始めたところです。 夜、次女が東京から来るので、JR桂川駅まで迎えに行きました。次女を待っての遅い夕食になりました。次女は、友達の結婚式が京都であるので、帰ってきました。家内は飲み会の予定でしたが、次女が帰ってくるのでキャンセル。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/20
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【2017年1月19日(木)】 中古車ディーラーに貸している土地をそのオーナーに売却するために、去年年末に所有権の移転登記申請をしました(こちら)。年が明けて1月10日には登記完了するとのことでした。何か問題があったり、書類に不備があったら電話連絡するとのことでしたが、何も連絡がなかったので、問題なく登記は済んでいるはずです。 早く登記済み書類を、買主に渡したいところですが、ちょうど1月9日から16日は、地元のお寺の親鸞上人報恩講の期間で、町内が通行止めになります。私の実家は、その通行止めになる区域の真っただ中にあり、車で行くと遠くに車を停めて実家まで歩かなければなりません。それで、この期間を避けながら、できるだけ早いタイミングで私のガイドのない日ということで、この日に行くことにしていました。買主のKオートさんにもそう伝えてありました。 家内といっしょに10時過ぎに車で出て、渋滞もなく三重の故郷の町に到着。まず最初に地元の商工会の方のところへ。上述の報恩講時期の町内イベントで実家の空き店舗を貸していたので、貸していた鍵を返却していただき、いくばくかの謝礼金を受け取るためです。高校卒業後、この町を出て戻っていませんので、何も地元には貢献できていません。こういう形ででも貢献できるのは嬉しいことです。続いて、お墓参り、そしてお正月なので、親鸞上人御廟、納骨堂、阿弥陀堂、御影堂をお参り。さらに氏神様の神社に参拝。地元の氏神さん 途中で買ったお弁当を実家で食べて、私は三重の地方法務局へ。移転登記完了の書類はすぐに受領できました。登記完了証。これは2通あり、売主、買主とも1通ずつ保持できます。登記識別情報。これは一部しかなく、買主が保持するものです。コピーしたものをここに掲載しました。 これら書類を持って、その足で買主のKオートさんへ。年末に送っていただいた「蟹」のお礼を申し上げて、この書類をお渡ししました。融資を受ける銀行にこれら書類を渡して、週明けには私の銀行口座に契約の金額が振り込まれるとのこと。土地を買いたいという意思を示されて、1年と数ヶ月かかりましたが、ようやく所有権を移転できました。Kオートさんも念願の土地が自分のものになったし、私も相場よりは高い価格で売れ、とかくややこしくなりがちな不動産での相続を少なくすることができたので、双方ハッピーな形に終結できました。 その後、駐車場の溝の土取り。溝に流れ込んだ土がなければ、雑草も生えにくいはずです。ゴミ袋に入れて、途中、処分可能なところで廃棄しますので、今回は1メートル分だけ。毎回少しずつこうやって処理していく予定です。 家内は実家の空気を入れ替えし、母の遺した服で、使えそうなものを確認していました。午後4時には実家を出て、真っすぐ帰ってきました。途中「赤福」を買おうとサービスエリアに寄りましたが、売り切れでした。往きのサービスエリアで買っておいたほうがよさそうです。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/19
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【2017年1月18日(水)】 1月8日(日)が「京の冬の旅」養徳院(妙心寺塔頭)の担当第1日でしたが、少し空いて、今日が第2日でした。 養徳院への交通機関は、五条通を通るバスに乗って、光華女子学園前で降りて歩きです。歩くのは片道50分くらいでしょうか。バス代節約兼健康のためです。そして、時間有効活用のため、ポータブルDVDプレーヤーで録画したテレビ番組をバスの中、歩き中に見ています。もちろん交通には気を付けてですが。NHK大河ドラマ「真田丸」がほとんど1年分溜まっているので、それを見ています。 ガイドは前回午後には慣れてきたので、今日は最初から落ち着いてできました。朝の妙心寺、南総門。良いお天気です。妙心寺三門の前の方丈池。橋に雪が残ります。以下は「養徳院」のお庭の写真です。南側のお庭。雪が残っています。見える燈籠は「変形春日燈籠」。宝珠と笠が長いのが特徴です。十三重石塔。九輪にぐるっと耳が付いているのと、下部に掘られた四方仏のお顔がやさしいのが特徴です。枝ぶりの立派な「百日紅(サルスベリ)」玄関には赤と橙色の「千両」(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/18
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【2017年1月17日(火)】 今日は、夕刻、月イチの津軽三味線レッスン日。効率のいい外出にするため、午後に他の行動もコンバインしました。 車の6ヵ月定期点検をこの日に設定しました。さらに、3ヵ月に一度の歯のメンテナンス日が、観光ガイドと重複したため、この予定も今日にしました。定期点検の前に歯医者に行けば、車で行けるし、車を点検している間に三味線の練習に行けるためです。一石三鳥です。 まず、「がん」粒子線治療後のマイカルテを郵便局で郵送。(こちら) 次に歯医者が午後3時から。特に異常なし。 その後、西京極球場近くのトヨタのディーラーへ。6ヵ月定期点検です。何か追加の作業が必要なら、携帯に電話して欲しいとお願いして、車を預け、三味線を持って、阪急西京極駅まで歩き、そこから阪急で河原町駅へ。三味線レッスンが始まる直前にディーラーから電話があり、バッテリーとタイヤを替えたほうがいいとのこと。バッテリーは今日交換できるそうだが、タイヤは取り寄せが必要で、また店に来てもらわないといけないとのこと。それなら今日のところは両方見積りにとどめて欲しいとお願い。 そして津軽三味線のレッスンが午後5時から。レッスン終わって、車をピックアップして帰宅したら、ネットで買った津軽三味線が着いていました。(こちら) 上に書いたのは午後のことですが、午前中、ちょっと大変なことがありました。 家内がテニスだったのですが、雪が残っていて車で行くのが危険なので、最初はバスで行くと言っていました。ところが雪が止み、メインの道路は冬タイヤでなくても大丈夫になりました。そして、私は午後車を定期点検に持っていくために家の前を雪かき。それを見て、家内が「車で行けそう。送って。」と言います。止むなく、車で送ることに。 家内を乗せて車を出したところ、後ろのタイヤが雪に乗り上げてしまって、身動きとれなくなってしまいました。雪かきは内輪差分も考慮してしたつもりでしたが、前にも雪が積もっているために、いつもより早くハンドルを切り、後ろのタイヤが寄せ集めていた雪に乗り上げてしまったようです。家内に押してもらったり、タイヤの回りの雪をどけたり、何度もバック、前進を繰り返したりして、10分くらい悪戦苦闘してようやく出すことができました。道をしばらく塞いでしまったのですが、他の車が通らなかったのは不幸中の幸いでした。いやぁ、参りました。除雪前除雪後-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/17
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【2017年1月17日(火)】 1月13日に、粒子線治療後の20回目の月イチ経過観察で、7回目のCT撮影があったので、18、19回目の血液検査の結果なども含め、粒子線医療センターに送りました。「マイカルテ」で連絡した内容です。●過去3回分の診断結果●問診票●連絡票これ以外に、・CT画像データ・血液検査結果(3回分)・照射部皮膚写真・クレアチニン、尿素窒素、尿酸値グラフ・血圧、脈拍グラフ・体重、体脂肪率グラフ・一日尿量、一日飲水量を添付しました。最後4つは、要求されていませんが、私が勝手に付けているものです。 今回の報告のポイントは下記。 ・腫瘍の大きさは小さくなったまま変化なし。 ・クレアチニンが1.5~1.6で安定していたが、今回1.7を超えた。 ・照射部の痛みはなく、痺れもあまり感じなくなった。 ・提案いただいた膀胱鏡検査は次回CT検査時(3ヵ月後)やっていただく。 ・今回の採血分でPSA検査もやっていただく。(1ヵ月後に結果聞く) 質問事項は ・CVポートを除去してもよいか。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________過去の治療履歴は下記を参考にしてください。がん治療日記:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10がん治療振り返り:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2017/01/17
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【2017年1月17日(火)】月イチの津軽三味線レッスン日。別の投稿に詳しく書きますが、3ヵ月に一度の歯医者の後、車の定期点検で車を預けておいて、レッスンに行きました。 今日で、津軽三味線始めてほぼ1年、13回目のレッスンになります。最初は狙った弦を叩くことができず、本当に弾けるようになるのだろうかと思ったこともありましたが、一日30分から1時間の練習を欠かさず(丸一日外出の日以外)頑張ったためか、何とか弾けるようになりました。 レッスン前の自宅での練習の録音です。・津軽曲弾き(最初の課題曲) ・じょんがら節(2つめの課題曲) ・さくらさくら変奏曲(3つめの課題曲) ・津軽よされ節(4つめの課題曲) 「津軽よされ節」は前回レッスンで楽譜をいただいたもの。前回教えてもらったのは最初の部分だけなので、あとは楽譜と他の生徒さんの前回レッスンの録音を頼りに練習しました。やはり、全く違うところが、多くありました。「津軽よされ節」楽譜 今日は女性の一人(ヤングミセス?)がお休み。小学生の女の子も、だんだん上手になってきました。 いつもはレンタルの三味線を持って帰るのですが、実はネットでマイ三味線を買い、それがもうすぐ来るので、今回は借りて帰りませんでした。 帰りにトヨタディーラーに寄って、車をピックアップして帰宅。帰宅したら、そのネットで頼んでいた津軽三味線が到着していました。 「和楽器市場」というサイトで買いました。本当は、先生経由で買ったほうが確かなのでしょうが、ネットのほうが安いようだし、サイトの内容を読む限りでは、信頼のおける会社のようですので、この「和楽器市場」で買いました。 最初は花梨材の8万円程度の初心者向けと思っていたのですが、これから長く続けていけそうだし、長く続けたいし、良い音で楽しみたいので、少し奮発しました。紫檀材の中級品を買いました。それに調子笛とハードケース。三味線:146,250円調子笛: 1,600円ケース: 12,800円合計: 160,650円 家内に正直に16万円したというと、ちょっと反応が怖いので、家内には8万円くらいと言ってあります。クレジットカードでも決済できたのですが、クレジットカードを使うと家内のスマホにも連絡が入るようにしてあるので、家内がタッチしないネット銀行から振り込みました。手が込んでいるでしょう。私の本名をご存知の方は、家内には是非内密でお願いします。レンタルは月2000円でしたので、約7年続けば元がとれる勘定です。絶対続けてうまくなるぞ~。三味線中央下にあるL字型の白い4つの木片は、三味線は持ち運びするとき、3つに分解できるようになっており、分解したとき、接合部にあてがうものです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村-------------------------------------------------------------------津軽三味線練習カテゴリー投稿一覧http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=33
2017/01/17
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【2017年1月16日(月)】 今日は、「八木邸」の第2日。 昨日の大雪で、バス通りさえも雪が積もっています。しかし、バスは動いており、出勤可能でした。バスは私の住宅地内ではノロノロ運転でしたが、それ以外は大丈夫で、遅刻せずに出勤できました。自宅最寄りのバス停前雪の八木邸。 見学料金は、八木家が営んでいるお菓子屋さん「鶴屋鶴寿庵」でのお抹茶と「屯所餅」付きで、大人1000円です。見学だけというのはありません。30分のガイド付きで、この値段はお値打ちとは思います。中高生、小人は見学のみというチョイスもあります。ですので修学旅行は見学のみの場合が多いです。「屯所餅」には、刻んだ壬生菜が入っていて人気です。壬生菜はこの八木邸のある壬生付近でもともと栽培されていたものですが、今は、回りに田んぼや畑はなく、郊外で作られています。 以前、私が登録している「がん」患者サイトの「5years」から、日本テレビの「世界一受けたい授業」の取材要請があるので、取材に応じられる人はアンケートにお答えくださいとのメールが来て答えました。50人くらい回答があったそうで、その中から、10人くらいの人に取材をしたいとのことで、私にも取材をしたいとのこと。今日、電話で取材を受けました。「がん」を告知されたときの気持ちや、困ったこと、経済的なこと色々インタビューに答えました。途中で家内も取材を受けました。「訪問させていただいて取材となったら、そのときはよろしくお願いします。」とのことでした。 今日は、家内は歯医者と運転免許更新に行く予定でしたが、いずれも雪で延期しました。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/16
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本日、ブログのアクセス数が、1,000,000回に到達しました。 実質的には、リストラで早期定年退職した直後の2013年1月1日に始めましたので、1,476日(4年15日)、記事数6,498での達成です。 直近の100,000回到達の日数は57日で前回(50日)よりはペースが落ちました。ガイド業を始め忙しくなって、投稿記事数は少なくしたので止むを得ません。 皆さんにはお立ち寄りいただき感謝いたします。これからもよろしくお願いします。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/15
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【2017年1月15日(日)】 以前、長女の結婚の「顔合わせ」のことを投稿しました(こちら)。昨年の12月3日でした。 もともとは入籍を11月22日の「いい夫婦の日」にしたいと言っていたのですが、私の都合もあって顔合わせの日程がその前にとれず、12月に顔合わせを延ばさざるを得ませんでした。 その後、長女は身体を気遣ってお正月はこちらに来ませんでした。ですので、今日、家内と車で長女が住む名古屋に日帰りで行くことになっていました。お正月の初詣を安産の神様「梅宮大社」にした(こちら)のは、この長女の安産祈願のためです。 天気予報で雪が心配だったのですが、朝起きたらご覧の通り。 とても車では行けません。家内と相談して、来週にしたいと長女に連絡したら、今日来て欲しいような口ぶりだったので、遅れてはいるが動いている新幹線で行くことにしました。ヤサカバスでJR桂川駅へ。国道で車が雪で立ち往生していたりして、まずここで遅れました。京都駅に着いたら、軒並み30分~1時間くらい新幹線が遅れています。新大阪発と思われる「ひかり」が遅れずに来たので、それに乗りましたが、米原付近で徐行運転のため、30分くらい遅れて名古屋駅に到着。遅れていた「のぞみ」にも、米原駅で追い抜かれました。京都駅で待って、「のぞみ」に乗ったほうが早かったようです。 名古屋駅で雪には関係ないですが、お弁当をあれこれ探して、ここでも時間ロス。地下鉄に乗り、新瑞橋(あらたまばし)という駅で降りて、長女のアパートへ。午前10時半ごろ出て、長女のアパートに着いたのは午後2時近かったと思います。 長女の今のアパートに入るのは初めてです。長女らしく、きれいにしていました。お弁当を食べながら、色々話しました。前から聞いていましたが、会社は所謂ブラックで、年休は普通の体調不良ではとれないので、産婦人科も欠勤扱いで行ったとのこと。でも、上司は男性ですが、奥さんが流産した経験があって、気を遣ってくれて助かっているとのこと。ブラック会社なので、産休、育休をとって辞めるつもりではいるのですが、その上司から「しんどかったら傷病手当もらいながら、休職したらいいよ。子供できたら戻ってくれるもんね。」と言われて困っているとのこと。でも、そのへんは割りきりのいい長女だから、ちゃんとやるでしょう。実際に身体がしんどいので、安定期に入るまで休職するつもりでいるとのことでした。何人かで同じ仕事を分担しているので、長女一人が休職しても、大きな問題はないとのこと。もともと身体が丈夫でなく、拒食症も経験したことのある食の細い子なので、とても心配です。 問題は住むところです。今住んでいるところは、単身者用の住宅なので、夫婦+子供で住めるところをこれから探さなければなりません。身体がしんどい状態での、家探し、引っ越しが大変そうです。 将来の旦那を呼んで近くのコメダコーヒーで話をしました。彼は、子供は二人は欲しいそうですが、長女は一人で十分とのこと。まだ子供ができるという実感も湧かない、レントゲンの子供の写真を見ても「かわいい」と思えないとのこと。このへんのことは男性である私には心境がよく分かりません。ちょっと心配ですが、そんなものかもしれないです。 旦那が車で最寄駅まで送ってくれて帰途に就きました。帰りも新幹線は遅れていました。 孫ができるのは嬉しいですが、これからの長女の身体や気持ちの問題が心配です。うまく行くことを祈るばかりです。私や家内も忙しくなりそうです。 夜帰ってきたら家はこんなに雪に埋まっていました。 明日は、観光ガイドで出勤ですので、最低限歩いて出れるように雪かきをしておきました。 門灯に積もった雪がキレイ-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/15
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【2017年1月14日(土)】 今年初の飲み会でした。M社同期入社で最後本社近辺勤務だった人の集まりです。会のスタート当初は本社近辺の勤務者での集まりでしたが、次第に定義が曖昧になり、今は同期入社という縛り程度しかありません。 2012年末にリストラで早期退職し、そのときの集まり後、2度集まりがありました。一度は2015年5月。このときは「がん」の粒子線治療直後で欠席。もう一回は2015年12月。これは京都検定受験前日で欠席。今回久しぶりの出席です。 飲み会前に、家内のクリニックに同伴。クリニックでは、今回薬を減らすかどうか、先生も迷われましたが、次回にしましょうということになりました。 クリニックが終わった後、家内と別れて大阪へ向かいました。時間があったので、梅田のヨドバシカメラに寄ってプリンタ用紙を買ったり、新梅田食道街の立ち飲み串カツ屋「松葉総本店」で一杯ひっかけたりしてから会場へ。松葉総本店 会場は天満橋の大阪キャッスルホテルの中華レストラン「錦城閣」。11人が集まりました。15人くらいの予定でしたが、急な出張、インフルエンザなどで減ってしまいました。この11人の中で、入社時研修がいっしょだったり、いっしょに仕事をしたことのある人は一人だけで、あとはこの会で知り合った方々か、今回が初対面の方ばかり。少々緊張しましたが、やはり同期ですね、いっしょに仕事をしたことがなくても、どこかで繋がりがあって、ほどなく打ち解けました。特に私の隣に座ったOさんは私がいたアメリカの工場とも関係があったとのことで盛り上がりました。 お決まりの各人の近況報告では、私はリストラ⇒N社再就職⇒「がん」発病⇒抗がん剤治療⇒粒子線治療⇒観光ガイドの話をしました。皆さん、このストーリーに感激してくださったようです。皆さんのほうも、色んなこと、お仕事をやっておられ、面白いお話を色々聞くことができました。 楽しいひとときでした。最後「次回幹事、誰かお願いできませんか。」となったので、Tさんという方といっしょに幹事を引き受けることになりました。日もすでに決まっていて、11月18日です。錦城閣 ノミホーで結構飲んだのですが、勢いで桂駅で「生中」もう一杯と締めのラーメンいただきました。ちょっと無理し過ぎかも。 帰る頃、雪が酷くなってきて、家の回りはこんな感じでした。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/14
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【2017年1月13日(金)】 午前中、大阪府下M病院へ「がん」経過観察の通院(こちら)、午後、京都に移動し、「京の冬の旅」の金戒光明寺、西翁院を拝観(「その1」~こちら。「その2」~こちら)。そして、夕刻からガイド会の地区組月例会に参加しました。 2月に修学旅行が少しありますが、私への割り振りはありませんでした。 一点私に纏わる特記事項は、4月に京都国際会館である「国際アルツハイマー病協会国際会議」のボランティア参加です。募集がありましたので応募しました。英語での案内もあるようで、お役に立てればと思います。4月26日に説明会があり、4月27日~29日のうち2日出席が必要です。3日間のボランティアですが、世界からの訪問者をおもてなしできるのは嬉しいことです。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/13
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【2017年1月13日(金)】 「京の冬の旅」特別公開「金戒光明寺」の続きと、同時塔頭「西翁院」です。(「その1」はこちら)●金戒光明寺(続き)「熊谷直実 鎧掛けの松」 熊谷次郎直実(1141~1208)は、平安末期の源平の戦いで有名ですが、建久4年(1195)ここ黒谷の法然上人を訪ね、方丈裏の池にて鎧を洗いじこの松の木に鎧を掛け出家しました。池はその後、鎧池と呼ばれるようになりました。庵は蓮池の畔に建てられ、現在は蓮池院(熊谷堂)となっています。現在の松は三代目。 この後、西翁院を拝観しましたが、その後に訪れた金戒光明寺の墓地エリアを先に紹介します。蓮池と極楽橋 前述の熊谷直実ゆかりの蓮池です。寛永5年(1628)に春日局が徳川二代将軍秀忠の正室お江与のい御台基を建立し参詣するために、蓮池に木造の「極楽橋」を寄進しました。その後、寛永10年に豊永堅斎が秀忠公追善菩提のために山上に三重塔を建立し、同18年(1641)に「極楽橋」を石橋に作り替えました。「アフロ仏像」 最近話題になりました。墓地の真ん中の階段を上がって少し、階段の近くにあるので、簡単に見つけることができました。この仏像、正式には「五劫思惟阿弥陀仏(ごこうしゆいあみだぶつ)」という名で、気の遠くなる程長い時間修行をした姿を現した仏像なのです。気の遠くなる程長い時間を修行したため、気が付けば頭も伸び放題でこのような大きなアフロヘアーになっているとのお話も。お江(徳川二代将軍秀忠の正室)の供養塔 お江の父小谷城主浅井長政、葉は派織田信長の姉・お市。姉に豊臣秀吉側室淀殿、若狭小浜城主京極高次の室お初がある。浅井氏が滅びたのち、母姉とともに伯父信長に養われ、その後、母お市が越前北庄城主柴田勝家に再嫁する際、姉とともにそこに伴われ、翌年、柴田氏が滅び、母お市も自害すると、姉とともに秀吉のもとに引き取られた。 のち秀吉の養子丹波亀山城主豊臣秀勝(秀吉の姉瑞竜院日秀の次男)に嫁して女子(秀忠養女・九条幸家室・同道房母)を儲けたが、文禄元年(1592)、秀勝が没するに及んで寡婦となった。同4年、秀吉の計らいによって秀忠に再嫁し、家光・忠長の二男、千姫・和子など五女を儲けた。和子は東福門院。 寛永3年没後、三代将軍をめぐって夫人と争った春日局が、追善供養のためにこの供養塔を建立。夫人の遺髪が納められている。 三重塔(文殊塔) 1633年(寛永10年)、徳川二代将軍秀忠の供養ために建立され(国の重要文化財)、黒谷の北西にあった中山宝幢寺(ほうどうじ)の本尊だった文殊菩薩像が安置された。現在、文殊菩薩像は御影堂に遷座している。高木文平(1843~1910)の墓 三重塔の裏(だったと思う)に偶然発見。 1882年に京都商工会議所の初代会長に選出される。1888年には米国視察を経験し、現地(マサチューセッツ州ホリヨークなど)で電気鉄道を目の当たりにし、日本でもこれを実現すべく奔走した。結果、1894年に日本初の市街電車となる「京都電気鉄道会社」を立ち上げ、自ら社長に就任した。 清和天皇火葬塚八橋検校の墓 八橋検校は名曲「六段の調」の作曲者として知られる江戸時代初期の音楽家。京銘菓「八つ橋」の由来は諸説あるが、このお墓に墓参に訪れる人に琴に似せた干菓子を「八ッ橋」と名付け、黒谷参道にあたる聖護院の森の茶店にて、販売したのが始まりというのも一つ。 この茶店は現在の聖護院八ッ橋本店の場所にあたるという。会津藩殉職者墓地 文久二年~慶応三年の六年間に亡くなった二百三十七霊と鳥羽伏見の戦いの戦死者百十五霊を祀る慰霊碑(明治四十年三月建立)があり、禁門の変(蛤御門の戦い)の戦死者は、一段積み上げられた台の上に三カ所に分けられ二十二霊祀られている。会津松平家が神道であった関係で七割ほどの人々が神霊として葬られている。墓地からの京都市内眺望 ●西翁院 金戒光明寺の御影堂の前を西に向かうと西翁院があります。「京の冬の旅」で特別公開中ですが、ここは我が会が担当していないところです。ご朱印をいただきたかったのですが、授与はしておられませんでした。 学生ガイド協会の大学生が案内してくださいました。彼らは、我々シニアのガイドと違ってマニュアル通りのガイドですが、そこがまた初々しくていいです。 以下はいただいたリーフレットから◆西翁院の歴史 天正12年(1584)、明連社光誉上人を開祖として、藤堂家御用達の御服商であった藤村源兵衛が創建した金戒光明寺の塔頭寺院。源兵衛の法名「西翁院宗徳居士」から寺名が付けられた。源兵衛の孫にあたる藤村庸軒は、侘び茶の奥義を極め、千宗旦の優れた四人の弟子「宗旦四天王の一人」(他は山田宗偏、杉木普斎、久須美疎安)に数えられた江戸時代の茶人である。◆枯山水庭園 茶室の北側には、三尊石組や枯滝石組が残る江戸初期作庭と伝わる小さな枯山水庭園がある。昭和期の造園家・重森三玲も研究に訪れた。◆茶室「淀着席(澱看席)」【重文】と露地 貞享2~3年(1685~1686)頃、庸軒が造った茶室「紫雲庵(反古庵)」(重文)は、「淀看席(澱看席)」の名で知られている。淀、山崎方面まで遠望できる高台に位置することからその名で呼ばれるようになったという。三畳の広さで、内部の点前座と客座の間に中柱を建て、壁で仕切られているのが特徴であり「宗貞囲(道安囲)」とも呼ぶきわめて閑雅な茶席である。西側の内露地全体を杉皮葺きの屋根が覆い、その下に袈裟形の跨鋸かあり、庸軒が植えたという檜の大木が茂っている。 江戸時代後期に出版された『都林泉名勝図会』にも、西翁院の景観が紹介されている。平成19年、京都市の名勝指定を受けた。http://www.jalan.net/event/evt_196508/http://www.jalan.net/event/evt_196508/http://guide.jr-odekake.net/event/40472http://pao-architects.seesaa.net/article/185035481.html平面図(いただいたリーフレットから)別の平面図http://tairyudo.com/tukan04/tukan4964.htm都名所図会の西翁院http://kyoto-albumwalking2.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-1603.html 夕刻から、ガイド会の月例会があるので、西翁院を拝観後、西にどんどん歩きました。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/13
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【2017年1月13日(金)】 午前中は、大阪府下M病院での「がん」治療後の定期経過観察(こちら)でした。その後、京阪電車で京都に向かいました。夕刻から、京都でガイド会の月例会があるので、それまでの時間を利用して、「京の冬の旅」で公開しているスポットを巡るためです。 京阪電車の神宮丸太町を降りて、まず東大路丸太町近くの「聖護院」に向かいましたが、残念ながらここの公開は1月16日からで、拝観できませんでした。 それで、さらに東の「金戒光明寺」へ。ここは特別拝観時も含めて、何度か拝観したことはあります。 金戒光明寺は、通称「くろ谷さん」の名で親しまれています。承安5年(1175)、法然上人が念仏を広めるために、浄土宗最初の念仏道場を、この地で開きました。幕末には、京都市中の治安維持にあたる「京都守護職」に任命された会津藩主・松平容保が本陣を構えた場所でもあります。自然の要塞となる見晴のよい丘の上に建ち、かつ1000名の兵が駐屯できた広大な境内を持っていたためです。近藤勇らが松平容保に拝謁し新選組が誕生した場所でもあります。境内には幕末から維新までの会津藩の戦死者が葬られた墓地があるなど、会津藩とのゆかりも深いところです。 西側の門「高麗門」から入ります。金戒光明寺高麗門「京の冬の旅」の看板 金戒光明寺本山に加え、塔頭の「西翁院」も公開されています。洛陽六番観音霊場でもあります。会津藩殉職者墓碑があることを示す石柱会津藩松平容保公が京都守護職本陣を置いたことを示す看板墓地内に清和天皇火葬塚があり、寺域に沿って北上すると陽成天皇陵、後一條天皇陵があります。三門 南からは見上げます。北からは見下ろします。御影堂前の「京の冬の旅」の看板 御影堂に上がって左側に特別拝観の受付があります。我がガイド会が受付・ガイドを担当しています。 仲間の皆さんが、雪もちらつく寒い中、がんばっておられました。 御影堂は、昭和十九年(1944)に京大名誉教授天沼俊一博士の設計により再建されたものです。 御影堂内・大方丈内は写真撮影禁止ですので、それらの写真は他のサイトからの借用です。 御影堂中央に法然上人坐像が安置され、その須弥壇両脇には伝運慶作の文殊菩薩象や遣唐使・吉備真備ゆかりの吉備観音像(重文)が祀られています。 仏師・運慶作と伝わる文殊菩薩像は、境内に建つ三重塔の本尊として安置されていました。吉備観音像(重文)大方丈は昭和19年再建(「冬の旅」ガイドブックでは昭和11年)で、武田五一設計。方丈内の謁見の間~会津藩主松平容保公が新選組の近藤勇と謁見した謁見の間(焼失して再現)大方丈内「虎の間」の「虎図」。久保田米僊の次男、久保田金僊の描いたもの。伊藤若冲筆の「宝珠に槌図」 その他では、松平容保の遺墨、会津藩士の鎧兜など会津藩ゆかりの寺宝、伝円山応挙筆の「鶏図」の衝立などが展示されていました。 大方丈東側には、法然上人の生涯を石で表現した「紫雲の庭」と、池に石橋を架け滝を配した奥行きのある回遊式庭園が広がっています。「紫雲の庭」の茶室「紫雲亭」「紫雲の庭」の茶室「花峯庵」「紫雲亭」と「花峯庵」金戒光明寺は「法然上人二十五霊場」「洛陽三十三観音霊場」「洛陽四十八願所」「日本三文殊随一」の納経所・札所になっています。御影堂、大方丈などは国の登録有形文化財になっています。(続きます)(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/13
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【2017年1月13日(金)】 1月13日分ですが、21日での投稿になりました。実に1週間ぶりの投稿です。 13日:M病院、京都歩き、ガイド会エリア会議 14日:家内クリニック付き添い、飲み会 15日:名古屋長女宅 16日:八木邸ガイド 17日:歯医者、車定期点検、三味線レッスン 18日:養徳院ガイド 19日:三重お墓参り、法務局 20日:八木邸ガイド仕事半分、プライベート半分で、忙しい1週間でした。今日21日は公私OFF日なので、挽回します。 この投稿は、13日のM病院での診察のこと。粒子線治療後20回目の定期経過観察(1ヵ月に一度)で、今回は、CT検査、血液検査、CVポートフラッシュのフルセットでした。要点は下記・・・・CT検査結果:前回3ヶ月前と腫瘍大きさ変化なし。・血液検査:クレアチニンンがこの1年間1.5~1.65で推移してきたのに対し、今回は1.76。 バラツキの範囲内とも考えられ、様子を見る。 念のため、今回の血液を使って、PSA(前立腺がん)をチェックしてもらう。・CVポート除去:除去してもいいかどうか、粒子線医療センターに確認する。 この回答と次期CT(4月)の結果をもって、除去するかどうか判断する。 除去して、かつ血液検査でクレアチニン値安定していれば、血液検査も CT同様3ヵ月に一度とする。 次期CTまでは、月1回の血液検査を継続。・膀胱鏡検査:念のため、次期CT時に膀胱鏡検査を行う。、 CVポートフラッシュをしていただき、CTデータをもらって、薬局で高尿酸の薬フェブリクを処方してもらいました。血液検査結果クレアチニン、尿素窒素、尿酸値の推移 診察終了後、京都に移動し、午後は京都歩き、夕刻からガイド会のエリア会議に出席しました。別途、投稿します。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________過去の治療履歴は下記を参考にしてください。がん治療日記:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10がん治療振り返り:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2017/01/13
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【2017年1月12日(木)】 昨日に続きOFF日。今午後1時ですが、午後は溜まった京都の録画番組を見る予定。 家内は、2週間に一度の気功で出かけたのですが、1時間間違えて早く着き過ぎて、一旦帰っています。私が同じことやったら「何やってんの、もう。」と一しきり非難を浴びるところです。家内は、夕刻から飲み会ですので、夕食は私一人です。 草花記です。 昨日(1月11日)撮影の、「カツラ(桂)」の冬の実@京都桂坂ご近所散歩 です。カツラ科カツラ属の落葉高木。原産地は日本の北海道から九州・開花時期は5月。葉はハート型に似た円形が特徴的で、秋には黄色く紅葉します。落葉は甘い香り(醤油の良いにおいに似ている)を呈します。上記はWikiの情報で、今日まで知らなかったことです。確か三尾・嵐山を観光ガイドしたとき、女性のお客様の一人が「森を歩くとお醤油の匂いがしますが、何なんでしょうね?匂わないという人もいますが。」と話されました。私は醤油のような匂いを経験したことがなかったので、「あぁ、そうですか。」としか答えようがなかったのですが、この「カツラ」やよく似た木の落ち葉の匂いかもしれませんね。用途として、街路樹として植えられるほか、材は香りがよく耐久性があるので、建築、家具、鉛筆などの材料に使われます。また、碁盤、将棋盤にも使われます。桂皮(シナモン)は、同じ桂の字を使うがクスノキ科の異種の樹皮とのこと。カツラの樹皮ではないようです。カツラの名は、黄葉からお香を作ったことから「香出(かづ)ら」が転訛したものであるというのが通説です。 漢字名の「桂」は、平安時代前後に、中国で香木の総称であったものがあてられたもののようです。 「ユリノキ」のように見えたので、「みんなの花図鑑」サイトに写真を投稿して、「ユリノキ」ですか?と尋ねました。1名の方から「実の形や、付き方から、ユリノキではないでしょう。」との回答をいただきました。ネットで調べると、確かにユリノキではなさそうです。いつもならあっという間に、10人くらいの方にお答えをいただくのですが、今回は、なかなか名前の回答がありませんでした。ようやく半日ほど経過して「カツラ」の回答をいただきました。ネットで「カツラ」で写真検索をしましたが、葉が付いた状態の写真はたくさんあるのですが、冬の実の状態の写真はなかなか見つけることができず、ようやく見つけることができました。やはり「カツラ」のようです。草花ファンであっても、葉の形はご存知でも、冬の実の形までご存知方は少ないようです。すごく特徴的な実の付き方だと思うのですが。「みんなの花図鑑」サイトでコメント、ご回答をいただいたなんたんさん葉月さんありがとうございました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2017/01/12
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昨年(2016年)の私の主な出来事を振り返っています。●空き家になっている実家の売却見積もりとお仏壇法要・引取り 三重の実家には、父が亡くなった後、母が一人で住んでいましたが、その母も2011年12月に亡くなり、以降空き家になっています。電気、水道だけは繋いでいて、固定資産税も含めて年間15万円くらいかかっています。賃貸するなり、売却するなりしたいところだったのですが、母が亡くなると同時に、私が1回目の「がん」に罹り(告別式の翌日が検査入院)、その翌年にはリストラ、その翌年には再就職、さらにその翌年には2回目の「がん」に罹り、空き店舗をピンポイントで町のイベントや友人の選挙事務所に貸す以外は何も具体的な行動をしてきませんでした。 一昨年5月に粒子線治療を終え、その年末には体調も安定してきたので、去年、ようやく具体的行動を開始しました。 家屋は築年数が35年以上経ってますが、まだ住める状態です。しかし、私は三重に戻るつもりはないし、子供たちも近くにはいないし、賃貸で引っ張ったり、いずれ建て直して、私なり家族が住んだりという選択肢はありません。また、相続で不動産は分配がどうしてもややこしくなるので、自宅以外の不動産は残したくありません。それで、まず売却するという決心をしました。 問題は遺品整理です。特にお仏壇。田舎ですので、大きくて立派な仏壇があります。一度、祖母が高額なお金をかけて「洗い」をしたので、まだまだピカピカしています。京都の家を建てるとき、お仏壇の寸法を計って、お仏壇が入るように、和室の押し入れの奥行きをを普通より大きめに設計をして、いずれは京都の方に持ってくることも可能なようにはしてありました。 しかし、息子は若くして亡くしてしまいましたし、娘たちに養子をとらせているわけでもないので、私や家内が亡くなったらいずれは処分してもらわないといけません。押し入れの改造や、三重から京都の運送にもお金がかかります。我々が亡くなった後、娘たちにも迷惑をかけます。 それで、苦渋の決断ですが、処分することにしました。併せて、実家の土地・建物の売却価格を不動産屋に見積もってもらいました。 経過です。・2016年2月 祖母の法要時、菩提寺住職に相談 息子が亡くなったときに自宅に卓上型の小さなお仏壇を買い求めたが、少し大きめ の仏壇に買い替えて、ここに実家の仏壇に安置されている、お仏像、お軸や位牌 を移したい。実家の仏壇は処分したい。 ご住職談~ご実家の仏壇とご自宅の小さな仏壇は「魂抜き」の法要をさせていただ き、業者に引き取ってもらうのがいいのではないか。新しい仏壇は「魂入れ」の法要 をさせていただく。引き取りも含めて、一度N仏具店にご相談を。・2016年3月 N仏具店訪問するがお休み・2016年4月 三重の地元不動産屋に実家土地売却見積もり依頼(貸し土地売却見積もりと併せて) ⇒見積もり入手 N仏具店訪問するも、またもやお休み・2016年5月 開店日確かめたうえで、N仏具店訪問、相談。 大きめの仏壇でも、実家の仏像や、お軸、位牌は寸法的に入らない。 「魂抜き」をしてもらっていたら、お仏壇といっしょに、業者に引き取って もらってもいいし、大切なものは菩提寺に持っていけば、処分いただける。 菩提寺に要相談。 位牌はなくても過去帳だけでもいい。位牌を残したい場合は、小さめの 「回し出し(くりだし)位牌」を買い求めて、最近亡くなった故人の名前だけ を書くという方法もある。 不動産屋と売却のオプションなどについて相談(売却依頼はせず)・2016年6月 実家の仏像、お軸、位牌などが残せないなら、自宅の小さな仏壇のままで いいと決断。 N仏具店で、小さな「回出し位牌」購入。仏壇引取り業者の連絡先入手。・2016年7月 「回出し位牌」と過去帳を菩提寺に持っていき、ご住職に「回出し位牌」に 故祖父母、父母、息子の記名と、過去帳への未記入分の記名をお願いする。・2016年8月 記名済みの「回出し位牌」と過去帳を受け取り、息子の7回忌法要に併せて、お仏壇 の「魂抜き法要」をしていただく。・2016年9月 お仏壇を業者に引き取ってもらう。 お仏像、お軸、もとあった位牌、その他業者引き取り処分では忍びないものを、 菩提寺に持っていき、処分をお願いする。引取り前引取り後 仏壇の供養・引取りができたのは、大きな一歩でした。 その後、遺品をできるだけ自分で処分しようとしていますが、1ヵ月に一度の日帰りのお墓参りのときだけでは限界があります。ゴルフを三重県方向ですることが多いので、暖かくなったら、ゴルフ後、実家に泊まって処分、売却するとかしないといけない思っています。千葉に住む妹にも来てもらって、必要なものがあれば、持って帰ってもらうこともしなければなりません。そしてある時点で、たとえ整理しきれていなくても、思いきって解体を前提に売りに出したいと思います。何とか今年中に売りに出せないかなと思っています。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリー⇒こちら
2017/01/12
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【2017年1月11日(水)】 今日はOFFの日。昨日よりは寒い一日でした。観光ガイドの「養徳院」「八木邸」とも初日が終わり、今後ガイド内容をブラッシュアップしていくにしても、もうそれほど工数はかからないでしょうから、今日は久しぶりにガイドの関係は何もしませんでした。 4、5日前に、ガイド会の同期の方のお1人が、ご自分が担当する場所に関係するテレビ番組を、誰か録画してDVDにダビングして欲しいと、メーリングリストで協力を要請されていました。「私、録画するので、余分にダビングしますよ。過去京都の観光・文化に関する番組をたくさん録画しているので、それもよろしければどうぞ。」と、録画済みの番組リストを添付して、回答したました。すると、これとこれとダビングしてください、と回答がありました。DVDにダビングして、ハードディスクの元は消してしまっているので、ダビングしたものをお貸しするだけのつもりだったのですが。 しかし、DVDレコーダーが2台あるので、ひょっとしたら、アナログであれば、DVD間でダビングできるのではないかと思い、やってみました。残念ながら、アナログであっても、ダビングロックの信号は出るようで、ダメでした。やはりお貸しするだけになります。 家内は、テニスの後、ゴルフレッスンでした。体調不良になる前やっていたゴルフレッスンのチケットが余っているため行ったのすが、以前は、外に出ることさえできない時期があったのに、同じ日にテニス+ゴルフまでこなすまで快復するとは。嬉しい悲鳴です。 草花記です。 本日(1月11日)撮影の、「マユミ(檀、真弓、檀弓)」冬の実@京都桂坂ご近所散歩 です。葉が全部落ちたところに赤い実だけが残って、鮮やかです。ニシキギ科ニシキギ属。原産地は北海道、本州、四国、九州、樺太、朝鮮半島。花期は5~6月。材質が強い上によくしなる為、古来より弓の材料として知られ、それがこの名前の由来になったようです。女優の「檀れい」さんの本名は「及川まゆみ(旧姓山崎)」といいますが、芸名の「檀」の由来は、本名の名前の「まゆみ」とのことです。開花時期の投稿は下記。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201508090005/若い実の投稿は下記。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201607050004/秋の実の投稿は下記。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201609250000/よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2017/01/11
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昨年(2016年)の私の主な出来事を振り返っています。●土地売却 購入条件提示から移転登記申請まで 父母から相続した土地が三重県にあり、半分は貸し駐車場にし(半分しか埋まっていませんが)、半分は中古車ディーラーに貸しています。家計の大いなる助けになっており、61歳でもフルタイムの仕事をせずに、観光ガイドの安い報酬でやっていけるのも、一つはこれがあるからです。ご先祖様に感謝です。 一昨年に、この中古車ディーラー(Kオートさん)から、「商売が軌道に乗って、将来もやっていけそうなので、土地を売って欲しい。」との話があり、紆余曲折がありましたが、昨年末、移転登記申請までこぎつけました。 経過を思い出し出し、まとめてみました。・2015年10月頃? Kオートさんから借用土地を売って欲しいとの打診。 「考えてみます」と回答。 以降、具体的にこちらからは話をせず。・2016年2月2日 Kオートさんから購入価格案の提示あり。 不動産屋に見積もりさせたとのこと。 割りと良い条件。売却してもいいと思う。 Kオートさんから、登記簿を見ると、分筆された小面積が 私のものではなくなっており、そこをKオートさんが使って いる可能性があるかもしれないとのこと。・2016年2月28日 賃貸契約更新(10年間)。 売却の場合は、契約解除という条項を盛り込む。・2016年3月29日 三重の法務局で分筆土地について相談。 分筆されたごく小面積の土地が市に帰属していることを確認。・2016年4月5日 仮に分筆された市の所有土地を使っていて、もし、そのことが売却の際に 問題になっても、売主には一切迷惑かけないと、Kオートさんからあり。・2016年4月21日 私も不動産屋に査定依頼・2016年4月26日 不動産屋から見積もり入手。 Kオートさん提示の価格は条件が良いことが分かる。 売却を成立させるための市場価格より高い価格提示だと思われる。・2016年5月31日 不動産屋との打ち合わせが先方都合によりキャンセル。・2016年6月26日 不動産屋と打ち合わせ・2016年7月14日 売却時の税金が20%かかることが分かり、長い目で見ると収入が減る ことから、私が売却を躊躇。売却を保留したい旨、Kオートさんに伝える。・2016年7月22日 売却保留残念であり、将来売却の場合、今回提示の売却価格を維持でき なかったり、融資が受けられず、売却自身が成立するかどうかも分からないと Kオートさんから回答。・~ 相続する不動産は少なくしたほうがよいという思いもあり売却を再検討。・2016年8月22日 Kオートさん提示価格で売却決心した旨、Kオートさんに伝える。・2016年9月1日 12月末の移転登記で進めたい旨、Kオートさんに伝える。・2016年9月4日 できたら移転登記を前倒しをしてほしい旨、Kオートさんから連絡。・~ 地目が「田」のままになっており、売却には変更登記が必要なことが判明・2016年10月8日 地目変更には、三重の農業委員会に申請する必要があることが分かる。・2016年10月11日 父母の時代に「駐車場」への変更許可は受けていることが判明。 開発許可証明だけで地目変更登記は可能なことが分かる。 ・2016年10月25日 三重の農業委員会で開発許可証明書を受け取り、法務局で相談のうえ 地目変更登記申請。・~ 地目変更登記完了・2016年11月29日 Kオートさんとの間で売買契約。 三重の法務局で所有権移転登記、抵当権設定登記相談。 ・2016年12月12日 Kオートさんへの銀行からの融資の手続き上、課題が発生。 融資ができず、売買が成立しない可能性も。・2016年12月22日 融資可能決定。・2016年12月28日 三重の法務局で所有権移転登記相談、申請。 2017年1月10日、登記完了予定。 何も連絡がなかったので、書類不備なく、移転登記は完了しているはずです。 1月19日に三重の法務局に出向き、書類を受け取りKオートさんに渡します。 Kオートさんがそれを銀行に提出し、抵当権設定登記を司法書士に頼み(費用はKオートさん負担)、融資を受け、私に入金してもらって完了となります。 分筆の土地の問題、私の決心のゆらぎ、地目変更登記、融資不成立の可能性、自分自身での所有権移転登記など、本当に色々あって、売却して欲しい旨の意思表示があってから、所有権移転登記まで1年強かかってしまいました。ようやくここまで辿り着いたという感じです。移転登記申請書類よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリー⇒こちら
2017/01/11
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【2017年1月10日(火)】 今日は、「八木邸」の初日でした。 いつも最初の準備のときに悩むのは、「紙芝居」(説明時に見せる資料)をどれくらい用意するかということです。先輩方には「紙芝居」は使わないという方もいらっしゃいます。確かに「紙芝居」なしで、スラスラと説明するのはスマートです。しかし、私自身は、できるだけ視覚に訴えたほうが、お客様に分かりやすく、印象にも残るのではないかと思っています。また、特に最初の頃は、言葉を忘れてしまってぎこちない「しゃべり」になって、お客様にも緊張感を与えたりしがちです。それよりは、たとえ「なんだカンペ見てしゃべってるじゃないか」と思われても、「紙芝居」を使ったほうがいいと思っています。というわけで、すでにある程度「紙芝居」は準備していたのですが、昨晩朝?深夜?4時頃までかかって、通しで「紙芝居」を使って説明できるよう準備しました。 そのため、少し睡眠不足の状態で初日を迎えました。しかし、「紙芝居」をしっかりと準備できたのと、「養徳院」の初日も経験して度胸もついているためか、あまり不安はありませんでした。過去見学者として2回、研修で1回、下見で1回、他の方の説明を聞いているということもあったのかもしれません。 しかし朝から少し失敗。五条通を通るバスで行って、「リサーチパーク前」で降りなければならないのですが、バスの中で「しゃべり」をレビューしていて注意散漫になっていたのか、次の大宮五条で降りるのだと思いこんでいました。大宮五条で降りて、ようやく行き過ぎてしまったことに気が付いた始末。集合時間に間に合ったもののペアを組む先輩はすでに来られていて掃除をされていました。 私が「八木邸」は初めてなので、先輩は準備を開始せずに待っていてくださいました。一応説明会で準備の仕方は説明を受けていますが、実際にやってみないとなかなか理解できません。一つ一ついっしょに作業しながら教えていただきました。表の看板、旗の設置 受付はチケットを売ることはせず、内容と料金の説明のみで、見学されるお客様がいれば、受付後方の和菓子屋「鶴屋鶴寿庵」(八木家が経営)にご案内して、チケットを購入していただきます。 1回のガイドの長さは約30分。多くの場合、お客様が来られたとき、すでにガイドが始まっていることが多いので、途中から聞いていただくか、次の回まで待っていただくのかの判断が必要です。始まったばかりであれば、途中から聞いていただき、後半に差しかかっていそうであれば、待っていただくというのが、基本ですが、お客様の急ぎ具合にもよるので、「お待ちいただくとするとXX分くらいです。お急ぎであれば、途中からでよければ聞いていただき、ご要望があれば、聞けていなかった分だけを次の回で聞いていただいても結構です。」と最後はお客様に委ねます。そのためには、ガイドが始まった時間を把握しておかなければならないということです。 初回説明は、私が担当で、お客様を待って、9時半ごろからでした。男性1人の北海道からの方で、マンツーマンでのガイドになりました。驚いたことに、お客様が私の名札を見て、「私、ガイドさんと同じ名字です。」とおっしゃいます。そんなにありふれた名字ではないのですが。幸先がいいなぁと思いました。 最初は、「紙芝居」を見ながらも、少したどたどしい説明になったのですが、2回目からは、ほぼスムーズに説明できて、若い女性ペアのお客様から、「とても分かりやすかったです。」と言っていただきました。他のお客様も含めて、概ね喜んでいただけたのではないかなと思います。 今日は暖かで、ガイド環境的には楽だったのですが、畳敷きの部屋とはいえ、足は冷たくて、カイロを付けて靴下を重ね履きしました。 午後4時半で受付終了。先輩のガイドを最後に午後5時終了。後片付けの方法も教えていただき、お店の方にご挨拶をして八木邸を出ました。 緊張もし、疲れもしましたが、思った以上によくできたように思いますし、ガイドをしていて楽しかったです。養徳院、八木邸とも、何とか初日を無事終えました。これからガイド内容のブラッシュアップに努めます。 家内は、お姉さんと、弟の奥さんが、少し遅い新年のあいさつで高槻の実家に集まるというので行ってきたとのこと。私はガイドで行けなかったので、まだ会っての新年挨拶ができていません。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/10
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【2017年1月9日(月)】 今日はOFFの日で、現在午後2時過ぎ。明日が固定ガイド「八木邸」の初日ですので、のんびりはできません。津軽三味線の練習後、「八木邸」の最終準備です。今日、もう一度「八木邸」に下見に行くことも考えていたのですが、昨日の「養徳院」の疲れも残っており、「八木邸」の具体的な準備に時間をかけたほうがいいと思い、とりやめました。 家内は私が出かけるとき、車に同乗して、伊勢丹のバーゲンに行きたかったようですが、私が行かないことにしたので、一人でバスで昼過ぎに出て行きました。 「草花記」です。 1月2日の初詣のときに撮影した「マンリョウ(万両)」@京都梅宮大社 です。 赤い実がなるよく似た植物として、「万両」「千両」は私も名前は知っていましたが、「百両」「十両」「一両」という種もあるようです。いずれも、秋から冬に赤熟し、 赤い小粒の実がなります。そのため古来、これらの赤い実を付けた植物は、お正月の縁起物としてもてはやされてきました。 ・万両 (別名:藪橘 ヤブタチバナ) 高さ1m ヤブコウジ科。 原産地は日本、朝鮮半島、中国、台湾、インド、東南アジア センリョウより沢山実が付くことから、 マンリョウの名前が付いたと云われる。 園芸種では白や黄色の実を付けるものがあります。 葉の下側に実が付き、垂れ下がります。葉は互生(茎に互い違いに)に付きます。 開花期は7月。・千両(別名: 草珊瑚 クササンゴ) 高さ50cm センリョウ科 原産地は日本、朝鮮半島、中国、マレーシアなど、東アジアの暖帯から熱帯 山林の半日陰に自生する常緑小低木。花は黄緑色で小さい。 葉の上に上向きに実が付きます。 葉っぱは、対生(1つの茎の節に、葉が左右に対称につく)です。 万両の実は重いので下向き、千両の実は軽いので上向き、との発想からこの名になった、 ともいわれます。 開花期は6月。・百両(別名:唐橘 カラタチバナ) 高さ1m ヤブコウジ科 原産地は日本、中国、朝鮮、インド 葉っぱは細長くギザギザがない。 百両や十両は、万両や千両に比べ実の数も少ないからことから名づけられたらしい。 江戸時代のタチバナは非常に高価で、 百両以下では手に入れることができないため、 「百両金」と呼ばれました。 開花期は7~8月。・十両(別名:藪柑子 ヤブコウジ) 高さ30cm ヤブコウジ科 原産地は日本、中国、朝鮮等の東アジア 葉っぱはギザギザ。 ヤブコウジの名は近代になって付けられましたたが、 古くは赤い果実を山のミカンに 見立てたヤマタチバナ(山橘) の名で良く知られていました。 それがヤブコウジ(藪柑子) になったといいます。 タチバナはコウジミカン(柑子)の古名。 開花期は6~8月。・一両(別名:蟻通 アリドウシ) 高さ60cm アカネ科 原産地は日本、台湾、中國南部、インドシナ半島 常緑小低木。腋に鋭い長い刺があります。 葉の付け根から出ているトゲが蟻をも刺し通すという意味です。 開花期は4~5月以上の主な出典~http://www.azami.sakura.ne.jp/hana/zoku/manryo.htmよろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2017/01/09
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昨年(2016年)の私の主な出来事を振り返っています。●傷病手当切れで収入減。失業保険から年金切り替えでされに減。ガイド開始で少し挽回。 収入のお話です。 4年前にリストラでM社を早期退職し、3ヵ月の失業保険生活を経て、N社に再就職。幸いなことに、高齢者の再就職先としては好条件でしたので、企業年金なども含めて、M社時代の76%を確保。 しかし、2014年夏に2回目の「がん」を患い長期の休職状態に。しかし、傷病手当で給与の3分の2が出たため、60%を確保。その後、N社を退職しましたが、傷病手当は、退職しても、もらい始めから1年半は出たので、一昨年の12月までは、60%を確保していました。 去年1月からは、傷病手当が切れたので、病気で延期していた失業給付に入り替え、5ヵ月もらいましたが、失業給付のほうが傷病手当より安いため、45%まで減少。さらに、失業給付が切れた時点で、もう61歳になっていたので、特別支給老齢厚生年金に切り替え。しかし、こちらのほうが、失業給付より安いため、さらに42%まで減少。 11月から観光ガイドの仕事を始めましたが、意識的にフルタイムにはしていないし、賃金レベルも高くはないので、挽回しても46%止まり。 去年年末に賃貸の土地を半分売却し、賃貸収入が激減するので、今年は、37%まで減ります。2月に家内が60歳になるので、家内の特別支給老齢厚生年金がもらえるのですが、第1子ができたときに会社を辞めていますので、もらうる額はわずかで、38%止まりです。 しかし、子供たちも独立しているし、ローンもないので、ぜいたくしなければ十分やっていけます。趣味と実益を兼ねた観光ガイド業を、緊張感を持ちながらも楽しんで、のんびりと生活していきます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリー⇒こちら
2017/01/09
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【2017年1月8日(日)】 昨日(1月7日)から「京の冬の旅」が始まりました。そして、今日は、私の「養徳院」(妙心寺の塔頭)の初日です。 昨日は、10日に始まるもう一つの「八木邸」のほうの準備により時間を費やし、「養徳院」の「しゃべり」の練習は夜になってからでした。 午前9時20分に現地集合ですが、日曜日でバスの本数が少なくて、6時半過ぎのバスで出発。五条通りを通るバスを、光華女子学園前で降りて歩いて現地へ。バスの中でも歩いているときも、「しゃべり」の練習。集合時間の30分以上前には現地に着いてしまいました。私が一番乗りでしたが、しばらくして副住職さんが出て来られて、お寺の前を掃除を始められました。「寒いので中で待ってください。」と気を遣っていただいたのですが、お寺にご迷惑をおかけしてはいけないので、「全員揃って入ることになっていますので。」とご辞退申し上げました。余り早く着き過ぎて、お寺の方に気を遣わせてはいけないという指導も受けていたのですが、うっかりしていました。次回からは少し遠くで時間をつぶすようにします。 今日担当の4人が揃ったところで中に入れていただき、10時からの受付開始に向け準備。事前説明会で去年12月に一度来てはいますが、展示の品を実際に見るのは初めてで、当初計画の配置とも大きく変わっており、始まる前に一通り把握。展示の品々が、展示ケースに入っていたり、説明用の看板が置いてあったり、お寺のほうで準備された屏風や盆栽、置物、生け花も置かれ、一生懸命、しっかりと準備されたんだなという印象を受けました。 緊張のうちに10時を迎え、案内が始まりました。最初はやはり緊張して、言葉が出てこなくて詰まることもありましたが、ほどなく慣れ、2、3回でうまく説明できるようになりました。いっしょに案内を担当された先輩方の話されている内容も聞いて、これはというものを取り込んだりして、ブラッシュアップも図りました。 今日は、途中で雨が降ってきて、気温があまり上がらず、室内とはいえ寒くて、途中から準備いただいている使い捨てカイロをたくさん貼っての奮戦でした。雨足は強く、ずっと振り続けました。それでも、絶え間なくお客様が来られ、ご朱印には列ができるくらいでした。お隣の大雄院も特別拝観をしているし、常時拝観の桂春院も近くにあるので、ロケーション的な側面もあると思います。この前の東寺五重塔は監視がメインで説明の機会は少なかったですが、今回は真逆で、少なくとも土日はほとんど切れ目なしでの説明になりそうです。 途中、この「養徳院」担当の同期の方3人がご自分の準備のために下見に来られていて、「分かりやすい説明でした。」と言っていただきました。初日としてはそこそこの出来だったのではないかと自分でも思っています。ただ、説明に何分くらい説明時間に費やしているのかを計測するのを忘れてました。次回に確認です。 午後4時に拝観終了。後片付けして、雨の中を同じ道を帰りましたが、日曜日でちょうどいい時間のバスがなく、イオンに寄って買い物をしました。今日も寒さ対策で、厚手の靴下を重ね履きしたのですが、数がないので新たに買い求めました。 連日の準備、初日の緊張、切れ目ない案内、雨の中の帰途で少々疲れましたが、何とか初日を乗り切りホッと一息という感じです。 明日は、OFFですが、明後日の「八木邸」初日に向けた最終準備です。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/08
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【2017年1月7日(土)】 今日もOFFの日ですが、これから始まる2つのガイドの準備です。昨晩遅くまでかかって、明日が初日の妙法院塔頭養徳院の関係資料を全部印刷して一通り目を通しました。そのうえで「しゃべり」のひな型に自分なりの変更を加えて完成させました。 午後から、10日が初日の八木邸の具体準備を開始します。昨日開始したかったのですが、できませんでした。そして今夜、養徳院の「しゃべり」練習です。 土曜日ですので、家内は一日在宅です。 「草花記」です。 昨年11月13日撮影の「ジュウガツザクラ(十月桜)」@京都桂坂ご近所散歩 です。 バラ目バラ科サクラ属。桜の園芸品種。毎年、年に二度開花します。エドヒガンの系列でコヒガンの雑種とされています。 花が4月上旬頃と10月頃の年2回開花するそうですが、春は他の桜も咲いているので、この桜が咲いているのは意識して見たことがありませんでした。この春に注意して見てみます。花は十数枚で、花弁の縁が薄く紅色になります。春は開花期に新芽も見られ、春のほうが花は大きいとのこと。 同様に、秋から冬にかけて咲く桜に「冬桜」があります。十月桜と冬桜は似ていますが、十月桜は花びらは5~18枚、冬桜は5枚です。十月桜も含めて、秋から冬にかけて咲く桜のことを総称して「冬桜」と呼ぶこともあるようです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2017/01/07
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昨年(2016年)の私の主な出来事を振り返っています。●健康管理その6 脱毛 「健康管理」は語弊があるかもしれませんが、「脱毛」です。 2014年に抗がん剤治療で入院したとき、副作用として「脱毛」が起こりました。抗がん剤でよく起こる副作用の一つです。抗がん剤の種類や量、濃度によっても、個人よっても差があり、完全に全部抜けてしまう方もいらっしゃいますが、私はそう酷くはなかったです。それでも気になるほどの脱毛はありました。 しかし、見舞いに来ていただいた方々に、「ずいぶん寂しくなったやろ。」と聞くと、「そんなに変わりませんやん。」とよく言われました。もともと薄くなっていたので、見た目あまり変わらなかったのかも知れません。嬉しいやら悲しいやら。 抗がん剤を始めてすぐ起こるわけではなく、遅れて脱毛が始まります。私の場合は最初の投与開始から3週間くらいで始まりました。朝、枕にたくさん抜け毛が付いているので気が付きました。しかし、次の抗がん剤治療のクールの途中で、何となく脱毛が少なくなったような気がしました。そのまま少なくなるのか、やはり今のクールの後に、またピークが来るのか興味があって、何か定量化できないかと考えました。 朝、入院中も必ず整髪料を付けて整髪していて、脱毛があるときは手のひらにたくさん抜け毛が付くので、これをカウントしました。第2クール退院後はじめましたが、抗がん剤治療が終わってからも、興味があって続けています。それをグラフにしたのが下のグラフです。 抗がん剤治療のサイクルに合わせてピークが発生しています。多いときには100本くらいです。全6クールが終わった後にもピークがありますので、抗がん剤投与から1ヵ月くらい遅れてピークが来ることが分かっていただけると思います。2015年5月にはほぼ無くなっていますので、最終の抗がん剤投与から4ヵ月で正常状態に戻ったといえるのではないかと思います。 それでは、その後どうでしょう。少ないながらデコボコしています。このままでは分かりにくいので、縦軸を拡大してみましょう。 この方法は決して正確なものではありません。整髪料を付けるときの強さにもよりますし、夏場は毎日入浴しますが、冬場は毎日ではないので、翌朝の抜け毛の量も変化します。全体的に冬場が多くなっているのは、この入浴の頻度の影響があると思います。しかし、同じ季節で比べれば、傾向的なものは掴めると考えています。 このグラフから分かるのは、2015年8月頃から、徐々に増えはじめ、11月にピークを迎え(抗がん剤治療中に比べれば、誤差のようなものですが)、翌年の1月頃まで高い値が続いています。 2015年7月くらいから、粒子線治療の副作用と思われる、腕の痛みや、肩こりが起こり、その後、照射部付近の腹部が痛み出し、11月頃には生活に支障がでるほどでした。その影響で脱毛が増えたのではないかと考えています。2016年になってから痛みは和らぎ、今はほとんど感じることはありません。去年の10~12月と前年の同時期と比べると大幅に少なくなっています。 ネットで検索しても、身体の痛みと抜け毛を結び付ける記事は、ほとんど見かけませんが、ストレスが抜け毛・脱毛に影響するというのはよく書かれています。身体の痛みもストレスです。一時的に少し抜け毛が増えたのは、痛みが原因だと考えています。 痛みはほとんど感じなくなり1年くらい経過しました。そろそろこのデータ取りは卒業してもいいのかなと思います。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリー⇒こちら
2017/01/07
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【2017年1月6日(金)】 私はM社勤務時代は、空調の効いた部屋で、売れ行きが気候にほとんど左右されない製品を担当していたので、気候には無頓着でした。 再就職したN社では、やはり空調の効いた部屋での仕事でしたが、扱っていたのが衣料でしたので、気候は大いに気になりました。 さて、去年から始めて観光ガイドはどうでしょうか。特別拝観はお客様の入りが気候に大きく変化しますが、ガイド側も暑い場所、寒い場所でのガイドが多いので、気候が体調に大きく影響します。修学旅行や個別ガイドはお客様もガイドも雨が降ったり、暑かったり、寒かったりしたら大変です。また60歳を超え、今まで以上に気候の体調への影響が大きくなっています。桜の開花や紅葉の時期やキレイさも気候に大きく影響されます。 そういう意味では、今までの人生のなかで、最も気候が仕事に影響することになったと言ってもいいのではないかと思います。 去年10月下旬から12月上旬まで、東寺の五重塔の特別拝観を担当しました。塔の外での案内と中での案内を交替でしたが、中と言っても空調はありませんし、すきま風が吹きこみ外と大きく変わりませんでした。 印象としては、始めた当初11月上旬が非常に寒くて、何日かは携帯カイロを8つも身に付けてガイドしましたし、それ以降は逆に暖かくなってカイロなしで、気候的には楽なガイドでした。 果たして気温は実際どうだったのか、気象庁のデータで調べてみました。 下のグラフは京都の平均気温と最低気温をそれぞれの平年値と比較して示しています。 やはり10月末から11月上旬にかけて平年値を2~4度下回る日が多くなっています。そして以降はガイドが終わる12月上旬まで、平年値より5~7度高い日が多くなっています。カイロなしで楽にガイドができたのも頷けます。 その後、12月中旬に平年を下回る日が3日ほどありますが、それを過ぎると2~6度暖かい日が12月下旬まで続いています。お正月三が日も平年より2~3度高くなっています。1月3日の清水寺の特別勤務も寒さをあまり感じませんでした。 さて、今日、私はOFF日。一昨日、養徳院のガイドの準備をある程度しました。通常案内する内容はほぼ頭の中に入りましたので、それを資料なしで喋れるようにしていかねばなりません。さらに補足資料に目を通して、詳しい質問にも対応できるようにしていきたいと思います。そのうえで、できれば八木邸の準備にも取り掛かりたいと思います。 家内は今年初めてのゴルフレッスンに勇んで出かけましたが、レッスンはお休みだったとのことで、帰り自立支援医療者証の延長申請に市役所に行ってきたとのこと。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/06
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昨年(2016年)の私の主な出来事を振り返っています。●健康管理その5 便秘対策 2014年に抗がん剤治療で入院したとき、便秘で苦労しました。それを機会に、その日お通じ(尾籠な話ですいません)があったかどうか記録するようになりました。以降、記録を続けています。下にグラフ化したものを示します。過去1ヵ月のお通じのあった日の割合を示しています。赤いバーのところは、便秘薬を処方した期間です。抗がん剤治療中は、便秘薬で対策していました。抗がん剤治療が終わってからは、便秘薬はいったん止めました。 2014年の「がん」発病前がどうだったかは記録がないので正確ではないのですが、ほぼ毎日便通があったのではないかと思います。ところが、抗がん剤治療や粒子線治療が終わっても、なかなかその状態には戻らず、便秘気味の状態が続くようになりました。粒子線治療が終わった2015年5月から2015年10月の間は、大よそ6割~8割のお通じ率になっています。 便秘気味になった理由は色々考えられます。 ・仕事を辞めたので外出することがなくなり、運動量が減ったこと。 毎日5000歩のウォーキングはしていましたが、仕事をしていたときに比べると、 運動量は格段に減っていました。 ネット記事の例です。 <腹筋が衰えると腸の蠕動(ぜんどう)運動を促進できない> 排便は赤ちゃんの頃から無意識に行ってきているものですし、自然に起こる現象です。そのため、 あまり自覚していない人もいるかもしれませんが、排便のためにいきむ際、私たちは腹筋を使ってい る。 腹筋を使っていきむことで腹圧が上がり、大腸が刺激されます。そうすると蠕動(ぜんどう)運動 が促進され、便が腸から肛門へと押し出されます。 また、普段の生活でも、腹筋など腸周りの筋肉を使うことで腸が刺激され、動きが活発になり ます。 腹筋が衰えると、このメカニズムが機能しなくなってしまい、腸の動きが鈍るため、便秘に繋が る。 出典~http://www.skincare-univ.com/article/001756/ ・粒子線治療後7月~11月にかけて、照射部付近に痛みがあったこと。 お腹に力を入れることがつらいこともありました。特に2015年11月頃にその痛みがピークに 達し便秘薬を使っています。 ・加齢による腹筋力低下 便秘はホルモンの関係で女性に多いといわれますが、加齢とともに腹筋力が弱まるため、 男性も増えていきます。 出典~http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/special/sped/1405gi/201405/536427.html そこで、テレビを見ていて知った、芸能人の松本明子さんが試してうまく行った方法をやってみました。 テレビで紹介されていた対策は下記です。便秘外来で有名な小林教授直伝の方法とのことです。 (1)水を飲む 朝起きたら300cc程度の水を一気に飲む。 一気にある一定の量の水を飲めば腸への刺激となり、また水の重みが腸を押し下げ、 目覚めさせてくれる。 (2)ウォーキング30分 松本明子さんの場合、散歩のようなウォーキングを30分~1時間程度、週に2~3回くらい 続けているそう。歩くと体が縦に揺れ、腸にはよい刺激になるのと同時に、腰周りの筋力 アップにもつながる。 (3)毎朝のトイレタイム 毎朝必ず同じ時間にトイレに入って座ること。出なくてもいい。ただし時間は5分以内。 繰り返すことで腸が毎日のリズムに反応してくれるようになる。出そうとするとストレス で腸が痙攣を起こしてうまく動かなくなります(マジです)なので、とりあえず座るとい う儀式で十分。 これらのうちの、(2)はできていたので、去年2月頃から、(1)を実行しました。(3)も毎朝同じ時間というわけではないですが、必ずトイレに行くようにしました。 その結果、驚くなかれ、お通じ率は8割~10割まで改善しました。恐らく、ゴルフや京都歩きでウォーキング距離が伸びたことや、観光ガイド会に入り活動的になったこと、粒子線治療の副作用に痛みがほとんど無くなったことなどもプラスに作用していると思います。 ネットで調べるると、松本明子さんがとった方法として、3つではなく、5つの対策が書かれています。上記に加え、 (4)水溶性食物繊維と夜ホットヨーグルト (5)うんち日記をつける (3)のときにストレッチをする だそうです。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリー⇒こちら
2017/01/06
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【2017年1月5日(木)】 ガイド会の我がエリアグループの研修会が行われました。私が入ってから2回目の研修会です。 場所は、上京区今出川大宮にある京都市考古資料館。午後1時半開始でした。五条通を通るバスで行って、五条大宮で降りて約1時間歩きました。散歩を兼ねるのと年金生活者の交通費節約のためです。 途中、私がよく訪れるブログに先日紹介されていた四条大宮近くの「モリタ屋」というすき焼きレストラン(こちら)の前を偶然通りました。お隣にはそのお店のお肉屋さんもありました。「モリタ屋」さん 考古資料館を少し西に行き過ぎたところの「彦さく」というラーメン屋さんで腹ごしらえ。 開始30分前に考古資料館に入りました。 考古資料館は1979年(昭和54年)11月に開館されました。もともとは大正3年(1914)に西陣織物館として建築されたもので、日本におけるモダニズム(近代主義)建築の先駆者として知られる京都高等工芸学校(現在の京都工芸繊維大学)教授 本野精吾(もとのせいご)により設計されました。京都市登録有形文化財に登録されています。西陣織物館の機能は昭和51年に、堀川今出川にできた西陣織会館に移っています。 上記のような建物の生い立ちから、館の前には西陣の顕彰碑が建てられています。 考古資料館は何度も前を通ったことがありますが、入るのは初めてでした。入館料は無料です。今日の研修会は、いつもは入ることのできない3階のホールで行われました。 このホールは、西陣織物館時代に貴賓室だったところで、内装は当時のまま残っています。壁紙は普通のクロスに見えますが、西陣織とのことです。1983年に大阪城で兵馬俑展が開かれました(私も結婚直後、母、家内といっっしょに見に行った記憶があります)が、そのときの兵馬俑像のレプリカがいくつか置かれていました。像がたくさん展示されたのですが、先頭の像は本物ですが、後ろの多くの像はレプリカだったそうで、それを譲り受けたとのことでした。 今日の研修のお題は「知っているようで知らない応仁の乱」というタイトルで、考古館の副館長山本雅和氏から1時間半ほどお話をいただきました。 内容はすごく濃くって、面白かったです。応仁の乱は名前こそ誰もが知っていますが、色んな人物が絡んでいて、なかなか全貌を把握するのが難しいのです。今日のお話でよく理解できました。特に印象に残ったのが、戦乱の勃発地であった上御霊神社も、西軍の山名宗全邸があった今の西陣の地も、当時は都の街並みの外れであったということ。そして、応仁の乱で京都の町全体が焼け野原になったという印象を持ちがちですが、そうではなくて、上京こそ焼けましたが、それ以外は、そんなに焼けたわけではないということ。それでは、何故多くの神社仏閣が焼失したかというと、両軍が神社仏閣などに陣取ったので、そこを攻撃したり、戦乱に紛れて放火して寺宝や物品を略奪したりしたためだということです。目からウロコでした。 講演が終わってから、山本氏が1階の展示室も案内してくださいました。2階が常設展示、1階が企画展示室です。 正面に去年話題になった金閣寺で発見された七重塔の相輪片が展示されていました。相輪片の湾曲から相輪直径は2.4メートルもあると推定され、それから全高を推定すると100メートルを超えるとのこと。私が去年特別拝観で担当した東寺の五重塔の全高が55メートルですから約2倍です。 その後、今開催されている企画展「HEIAN掘る!」も案内してくださいました。私は知らなかったのですが、平安高校には地歴クラブというのがあり、昔から遺跡発掘調査で多くの成果をあげてきたとのことで、その発掘品や活動の様子が展示されていました。 今年は応仁の乱後550年で、今回案内いただいた山本副館長が2月26日に、上京区総合庁舎で「応仁の乱 洛中洛外図屏風に見る乱後の東陣」というテーマでお話されるそうです。是非、聴きに行きたいと思います。 帰り際に、この考古資料館で「京都歴史資料散策マップ」というのが無料でいただけるということが分かり、4つのコースの分をいただきました。全部で40のコースがあり、私の住む「大枝・桂坂」のものもありました。普通のガイドブックには載っていないようなことが分かりやすく書かれており、優れものです。一度には4つしかいただけないので、また見学がてら寄って、少しずつ揃えていきたいと思います。 帰りも五条大宮まで歩き、バスで帰ってきました。 今日は、家内の実家の両親が、柳谷観音と山崎聖天だったか長岡天神だったか2箇所初詣に行った後、我が家に立ち寄ってくれたようです。年末年始に2泊3日で、須磨の国民宿舎泊の旅行をして3日に帰ってきたところです。その翌々日には2箇所の初詣ですから、まだまだ元気のようです。もう2人とも88歳になっているのですが。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/05
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【2017年1月4日(水)】 今日は、午後から冷え込んできたようです。夕刻には雨もパラパラと降ってきました。 家内は今年初のテニスでしたが、私はOFFでした。 NHK「試してガッテン」は、いつもは見ないのですが、私が気にしている尿酸値についての番組でしたので見ました。たんぱく質源、カルシウム源、便秘対策として牛乳を飲んでいますが、尿酸値対策にもなるとのこと。継続です。 1月から3月は、妙心寺塔頭の養徳院と壬生の八木邸のガイドです。養徳院が8日から、八木邸が10日からです。具体的に準備を始めないといけません。これを投稿し終わったら、今日少しでも進めます。 「草花記」です。 12月24日撮影の「サザンカ(山茶花)」@京都桂坂散歩 です。 サザンカ(山茶花)は、ツバキ科ツバキ属の常緑広葉樹。原産地は日本。開花期は10~12月。 漢字表記の山茶花は中国語でツバキ類一般を指す山茶に由来し、サザンカの名は山茶花の本来の読みである「サンサカ」が訛ったものといわれます。 サザンカとツバキはよく似ていますが、次のような方法で見分けられるそうです。◆咲く時期 サザンカ→秋~冬に花を咲かせる。 ツバキ→初春に花を咲かせる。◆花の散り方 サザンカ→花びらがバラバラに落ちる ツバキ→花ごと落ちる◆葉脈の色 歯を光に透かして、葉脈が黒いほうがサザンカで白いほうがツバキ。上~ツバキ 下~サザンカ◆葉の周囲のギザギザ ツバキは葉のギザギザが少ないが、サザンカはギザギザが目立つ。上~ツバキ 下~サザンカ◆子房の毛 サザンカには子房に毛がある。ツバキにはない。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2017/01/04
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私は2015年3月に「後腹膜悪性腫瘍」のため重粒子線治療を開始しましたが、その直前に同じように重粒子線治療を受けたなかにし礼氏の講演会の動画を発見し、私のブログで紹介しました。以降、「がん」に関する本の紹介や、切り抜きでの新聞記事の紹介などをしてきました。 2015年5月からは朝日新聞の「患者を生きる」というコラムと読売新聞の「一病息災」というコラムの「がん」に関する記事をテキスト形式で引用し、私の体験や意見、気付きなどを添えるかたちで紹介してきました。(2015年12月に一般の新聞記事の切り抜き紹介は終了) 一つは私自身「がん」の治療中であったため、「がん」について広く知識を身につけたいという思いがあったためです。もう一つは、ネットには標準治療を頭から否定してかかる書き込みがあふれており、それらが多く読まれていることに危機感を覚え、微力ですが冷静な情報を提供したいという思いがあったためです。 幸い粒子線治療のおかげで、経過観察に移行でき、現在健康に暮らしており、社会復帰も果たしました。一方で、時間的に今まで通り投稿を続けるのがむつかしくなってきました。また、私の体験に基づくコメント・意見・気付きもほぼ書き尽くした感があります。 そこで、2016年12月15日投稿の記事(こちら)をもって、「がん」に関する新聞記事などの紹介投稿を終わらせていただきます。 もし、皆さまにお役に立つ情報が少しでも提供できていたとしたらこのうえない幸せです。1年10ヵ月という短い期間でしたが、ご愛読いただいた皆様には深く感謝申し上げます。___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2017/01/04
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 昨年(2016年)の私の主な出来事を振り返っています。●健康管理その4 体重・体脂肪 私の体重・体脂肪の記録です。起床直後測定です。体重はパジャマ着衣のままです。 体脂肪が一昨年(2015年)12月頃から下がり始め、18くらいだったのが14くらいまで下がっています。体重は去年(2016年)4月頃から下がり始め、65.5kgくらいだったのが、一時62kgと3.5kg程度まで下がっています。体重のほうは少しリバウンドして63kg程度まで戻っています。体重も体脂肪もうまい具合に減らせた1年でした。 それまでも色々努力はしていたのですが、なかなかうまくいきませんでした。去年うまく減らせたのは振り返ってみると、次のような要因があるように思います。・週2日の休肝日を設定 それまで毎日晩酌をしていたのですが、去年の1月中ごろから週1回の休肝日を設けました。そして2月からは週2回にしました。体重減が目的ではなく、肝臓を労わるというのが目的だったのですが、結果的に体重減にも効果があったようです。 ネットで調べてみますと、例えば次のように書いてありました。 お酒を飲むと、肝臓は解毒作用を優先させるので、 グリコーゲンを貯蔵するという働きができなくなります。 貯蔵されないグリコーゲンは中性脂肪に変わり、 内臓脂肪や皮下脂肪という体脂肪になるのです。 出典~http://infection-disease36x.com/?p=174 私は休肝日のダイエット的な効果は、単にお酒に含まれるカロリーが減らせるだけだと思っていたのですが、実はそれ以上の効果をもっているということのようです。ですから、「ご飯の代わりに、お酒を飲む」という人がよくいますが、より肥満に繋がりやすいということかもしれません。・水をたくさん飲むようにしたこと 既投稿の「2016年出来事」に、便秘対策として去年の2月頃から、水をよりたくさん飲むようになりました(こちら)。これも休肝日同様ダイエットを意識したものではなかったのですが、結果的にダイエットにも効果があったようです。 ネットの記事です。 水を飲むと体の体温は一時的に下がる。 人間の体には、下がった体温をもとに戻そうとする働き(恒常性機能)があるため、 再び体温を上げようとする。 その時、体はエネルギーを消費して体温を元に戻している。 その働きによって、基礎代謝が上がる!という仕組みになっているのだ。 出典~http://health-and-diet.com/water-diet-effect 水をたくさん飲むことの健康上へも効果は他にもたくさんあるようです。・長距離の歩きが増えたこと 抗がん剤治療の合い間の自宅療養期間や粒子線治療中、そしてその後も、1日5000歩程度の散歩を続けてきましたが、一昨年までは長距離を歩くことはありませんでした。しかし、昨年は長距離を歩く機会が大幅に増えました。 既投稿の「2016年出来事」にも書いたように、去年3月にゴルフを再開しました(こちら)。また、「京都市内全寺社巡り」も去年2月に再開しました(こちら)。さらに観光ガイド会に入り、研修や仕事などで、外出する機会も増え、長距離を歩く機会も増えました(こちら)。 このように長距離を歩く機会が増えたことが、結果的にダイエットに繋がったのだと思います。 ここにあげた3つのことは、いずれもダイエットを意識したものではありませんが、結果的にダイエットに繋がったようです。週2日の休肝日、水をたくさん飲むことは、今年も継続です。3つの長距離歩き(ゴルフ、京都歩き、観光ガイド)もバランスよく実行し、何もない日は5000歩の散歩を欠かさないようにしたいと思います。これらのことで、体重Max64kg、体脂肪Max16を維持したいと思っています。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリー⇒こちら
2017/01/04
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【2017年1月3日(火)】 我がシニアガイド会では、神社・仏閣などで常時担当しているところは、お正月も拝観・見学していれば出勤となります。それ以外に、お正月の繁忙期に特別に依頼を受けて、出勤する場合もあります。2ヵ月前の月例会で募集があり、私は今日1月3日の清水寺へのお正月特別出勤に応募していました。 朝6時半過ぎのバスで出て、五条烏丸を降りて、清水寺まで歩きました。8時半集合なのですが、休日ダイヤで本数がなく、8時前には着いてしまいました。五条通のお正月の飾り付け朝8時頃の清水寺。お正月といえども、まだ人はまばらです。 今日の清水寺勤務は我が会以外にもアルバイトさんがたくさん来ていました。私の担当は本堂での「おみくじ」。 仕事は9時から。清水寺の法被(はっぴ)をお借りして、いざ現場へ。お客様から100円をいただき、おみくじ箱を振っていただいて、1本出していただき、その番号のおみくじを後ろの棚から出してお渡しするという作業です。 おみくじの渡し方にも作法があります。グループのお客様が、皆でいっせいに開けて見ることが多いので、手元にお渡しするときに、「吉」とか「凶」とかが見えないようにすることが必要です。その方法を先輩から伝授いただきました。おみくじを棚から出すとき、「吉」などと書いた面がお客様から見えないように、紙を引っ張り出しながら、半分に折る(折り目を付けずに)。それを「吉」とか書いた面を下にして(透けて見えないように)、両手でお客様にお渡しする。それに加え、おみくじを棚から引いたとき、必ず番号を確認することと、お金をいただくときやおみくじをお渡しするときに、一礼をすることを心がけました。 運勢の段階が何段階あるのかは教えてもらっていません。忙しくて、ゆっくりと確認することもできませんでした。自分で配りながら記憶にあるのは、「大吉」「吉」「半吉」「末吉」「凶」ですが、3文字のもあったような記憶もあります。「半末吉」だったか「中末吉」だったか。それと結構「凶」の確率が高いなぁという感じでした。カップルで引かれて、お二人とも「凶」ということがよくありました。「凶」は、これ以上は悪くならなくて、よくなるばかりだから、かえっていいのだという慰めの言葉がよく聞かれますが、やはり「凶」をお渡しするときは、申し訳ない気持ちがしました。でもよく考えると「凶」を引くと、用心深く行動したり、つつましやかに生活するきっかけになって、結果的には運気が上向くということがあるような気もします。逆に「大吉」を引いた人は、あまり大きな気持ちにならないような注意が必要なのでしょうね。午前10時頃の音羽の滝。すでに行列ができています。 子安の塔を真正面に眺めながらの仕事でしたが、仕事中は景色を楽しむ余裕はありませんでした。 最初はおみくじの箱は1人に1個だったのですが、次第にお客様が増えてきて、多くの時間は1人で2個受け持ちでした。後ろを振り返って右手でたくさんのおみくじを棚から引っ張り出したので、最後には右腕が筋肉痛気味でした。 午前10時頃の休憩時間に。おみくじ売場。列ができ始めています。 午前11時頃の休憩時間に。おみくじ売り場。列が少し長くなっています。 午後2時半頃の休憩時間に。舞台は人でいっぱい。ピークです。おみくじ売場の列は舞台まで達していました。 9時から18時まで大過なく仕事を終えることができました。忙しくて、少々疲れましたが、初詣に来られた笑顔いっぱいの多くのお客様と年の初めに接することができて、私も何か幸せな気持ちになりました。 終わってから、同じおみくじ担当だった同期仲間で、中華料理に入って反省慰労会。ほろ酔い気分で帰途につきました。一仕事のあとの一杯最高です。 年末29日から来ていた次女は、今日、東京に帰りました。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/03
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年が改まりましたが、昨年(2016年)の私の主な出来事の振り返りが完了してませんので、継続します。●健康管理その3 血圧 2011年に最初の「がん」である「腎盂がん」を患う前からの持病として高血圧があり、確か2004年くらいから降圧剤を飲み続けています。薬の種類は途中変わったり、増やしたり変化したりしています。 ずっと洛西ニュータウンにあるシミズ病院グループの「洛西ニュータウン病院」に通っていたのですが、一昨年(2015年11月)に「後腹膜悪性腫瘍」の粒子線治療の副作用による照射部付近の痛みが酷くて、近所(歩いて1分もかからない)の町医者(O医院)に診てもらったとき、高血圧の薬投与をこの病院で受けるようになりました。(こちら) そのとき、照射部付近の痛みによる影響もあったのでしょう、血圧も高めだったので、それまでの「ノルバスク0.5錠」を「アムロジピン1錠」に変更しました。「アムロジピン」は「ノルバスク」もジェネリックです。今年は薬とその量は変えずです。 「洛西・・・病院」は、2004年にアメリカに赴任する前から通っていたのですが、アメリカ赴任の際、3ヵ月に一度くらい日本に出張にする機会があるので、3ヵ月に一度は通院できると話したら、普通は1ヵ月分しか薬を出せないけれども、そういう事情があるなら3ヵ月分出しますとのことで、3ヵ月分を一度に出してもらっていました。日本に帰任してからもこれは続きました。 しかし、O医院に変更した際、「1ヵ月分しか出せません」と言われ、今は1ヵ月に一度通院です。ただ、「洛西・・・病院」のときは、予約もしなければいけなかったし、車で出かけて、長時間待たなければならなかったのに対し、O医院は歩いて1分、予約も必要なく、待ち時間もほとんどありません。観光ガイドの仕事も始めたので、その空いた日に通院できるもの助かっています。粒子線治療の副作用の怪我の功名というところです。 さて肝心の血圧ですが、起床時、夕食前の測定値は下のグラフのようになっています。 起床時 冬場 上135くらい 下85~90くらい 夏場 上120~125くらい 下80~85くらい 夕食前 冬場 上130~135くらい 下85~90くらい 夏場 上110~120くらい 下70~80くらいという感じでしょうか。 2015年の11月頃に起床後、夕食前の血圧、脈拍とも高めの時期がありますが、これは粒子線治療の副作用で痛みが酷かった時期です。また去年(2016年)の11月頃に、起床後の血圧(特に最高血圧)や脈拍が高めになっているのは、観光ガイド業が始まり、朝早く起き、慌ただしく出勤の準備をしたり、緊張していたためと思われます。血圧は、やはり体調や生活環境に左右されるとよくいわれますが、これらのデータもそのことを示しているようです。 幸い、去年1年大きな変化はなかったし、一昨年とも大きな差はなかったので、今年も薬は今のままを継続です。去年もそうでしたが、カロリーより塩分摂取に注意していきます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=12
2017/01/02
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【2017年1月2日(月)】 今日も暖かで穏やかな良いお天気でした。 我が家では、ここ数年違う神社に初詣に出かけています。 振り返ってみると、 ・2010年 磐手社神社(高槻市) ・2011年 大原野神社 ・2012年 なし ・2013年 松尾大社 ・2014年 城南宮 ・2015年 三宮神社(京都市西京区) ・2016年 向日神社 で、今年はとある理由から、京都市右京区の「梅宮大社」に初詣に出かけました。 昼ごろ出ましたが、初詣の車が多いのか少々渋滞していました。神社の駐車場がいっぱいかと思いましたが、何とか空いていて駐車できました。 「梅宮大社」は、京都検定の公式テキストに登場しますが、メジャーではありません。サッカーでいえば、J1ではなく、J2といったところでしょうか。それでも由緒ある神社です。 今から凡そ千三百年前、橘氏の祖・諸兄(モロエ)公の母、県犬養三千代(アガタイヌカイミチヨ)が、橘氏一門の氏神として今の綴喜群井出町付近にお祀りしたのが始まり。その後、嵯峨天皇の皇后・橘嘉智子(タチバナノカチコ<檀林皇后>)によって現在の地に遷されました。酒造守護、授子安産のご利益で有名です。「影向石」~三石ともいい紀州熊野より三羽の烏が飛来して石に化したとの伝説があります。「またげ石」~嵯峨天皇の后、檀林皇后が祈願し、仁明天皇を御懐妊御安産され、この石を跨がれたという神苑 古いお札、お守りを返納し、参拝をし、ご朱印をいただいて、お神酒をいただき(私は運転なので、家内と次女の実)ました。そして、お札、安産お守り、交通安全お守り、義父母分も含め干支のお守りを授与いただきました。 帰りに、お節も飽きたので、「丸亀製麺」で昼食をと思って駐車場に車を停めたのですが、お休みでした。 次女が明日東京に帰るので、近くのスーパーで家計の助けに食料品の買い出しをして自宅に戻りました。 私は、明日は、シニアガイド会での清水寺お正月特別勤務がありますので、「のんびり正月」も今日までです。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/02
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【2017年1月1日(日)】 暖かで穏やかなお正月でした。 我が家のお正月の飾りつけはシンプルです。玄関に注連縄を掛け、リビングに鏡餅を置くだけです。鏡餅といっても、小さなプラスチック製で、中にお餅が入っているものです。 お屠蘇(といっても普通の日本酒ですが)をいただき、お雑煮は白味噌に丸餅、祝い大根に金時人参です。お節料理は、この頃は家内がゴマメや黒豆だけ作り、あとはセット品を買うことが多いです。楽ですからね。今年は、家内の実家が平和堂製の中華・洋風・和風を各1セット送ってくれました。 もともと長女と次女夫妻が来る想定で、お節料理を買ってくれたのですが、長女が来ず、次女の旦那も来なかったので、5人の予定が3人になり、朝も晩もお節を食べたのですが、まだ残っています。明日もお節です。 日本酒は普段ほとんど飲みませんが、お正月だけはいただきます。この頃、高校時代のクラブの同窓生だったY君が越後のお酒を送ってくれるので、それをお正月にいただいています。「雪中梅」というマッタリとした美味しいお酒です。焼酎は少し贅沢して、ここ2、3年は「富乃宝山」。それにプチ贅沢の赤ワインとシャンパン(写真には写っていませんが)もいただきました。 朝からたくさんお酒をいただき、早く着いた年賀状を読み、出していなかった方に返事を書き、お笑い番組を見て、のんびりと過ごしました。お正月くらいはいいでしょう。明日は、次女も連れて初詣に行き、次女の家計を助けるための買い物です。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/01
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【2017年1月1日(日)】 明けましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/01/01
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