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本当に。どうなるのか。多分、どうにもならない。ならないことに、責任を問う。じゃあ、どうだって言うんですか!!自分の責任。重い。はずせない。グラスだけが軽くなる。
2006年03月31日
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気づけば365日言わば1周年記念。1年って意外に早い。
2006年03月30日
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本当に申し訳ない。適するカテゴリがないので、これを借ります。気が向いたので、前回のつづき。なぜ、障害児が閉じ込められているのにそれに改善を申し立てないのか。それに対して、変えようとすることが尊大で、横暴だと思ったのか。一言で言えば、それはその人の自由であるから。私は日本人であり、卑しくも日本文化を背負っている。当然、考え方も自然とその影響を受けている。そして、少なくとも欧米文化の影響も受けている。さらには、何十年という生活のなかで受けた影響下にもある。その結果出した答えが(閉じ込められていて)『複雑な心境』なのである。マレー文化のことについて知ってもいないのに、イスラム宗教も知らないのに、障害児感がその国々で違いがあるのに、政策も違うのに、その家庭の様子も知らないのに、しつけの方法も違うのに、こんなに違うのに。はるか昔のある文明で障害児(者)は、神の領域にあるものとみなしたものがあった。多分、使者か預言者かそのように思われていたのだろう。少なくとも神がかり的な様子だと捉えていたところがある。それは違う、彼らはそんなものではない。と、なぜ思えるだろうか。その文明ではそう思われるのだから彼らは(我々とは違う意味で)特別なのである。看護婦の中で「立派な檻だったね」そう言った者がいたことを紹介したが、それも、ある文化のもとでは正しい答えの1つかもしれない。障害児教育と1つの視点に立ったとしても、その下には、文化、宗教などの違う視点に支えられていることがある。だから私は、比較しない意味で尊大で、自分の価値観だけだという横暴であるがゆえこの状況を改善しなければ!(改善といっても、どう善く改めるのか?何を善とするのか)とは思わなかったのである。
2006年03月25日
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マレーシアでの職務の中に「障害児の数の把握」というのがあった。ボルネオの中を大きくはないジープに医師や看護婦と共に7人!(1台だけしかない)乗り込んで、何時間もジャングルの中を移動して人数把握や、家庭環境の調査をしていた。あるとき、ムカかダラとかいう町にいった時のこと。高床式の家(数年前のことだから今あるかどうか)に訪問した。1階部分は鶏と鴨が放し飼いで、2階から生活空間だった。早速親父が自慢のものを見せたいと言うので2階の奥の部屋に行くと親父はうれしそうに一言「これにさえ入れておけば安心なんだよ!」なんだろう?家畜でも飼育しているのかな?そんなことを思いながら部屋へ行くと1つの木製の檻(おり)があった。中には・・・なんと5歳くらいの男の子がいた。多動症か何かは把握できなかったが閉じ込められていた。そのときは、訪問だけで指導などはできなかったがちょっとへこんだ。看護婦は、粉ミルクやピラミッド状のお菓子の山を渡していた。(マレーでは時々贈り物として見かけた)帰りしな、看護婦は立派な檻だったねと言う者や日本にはこんな状況ないだろ?と真剣に聞く者様々だった。複雑な心境になったがこの状況を改善しなければ!などという尊大で横暴な考えは持たなかった。(気が向けばつづく)
2006年03月22日
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現物をお見せできないのが非常に残念ではあるが、マレーシアのカステラは慣れるまで、極めて困難を要する。それは、もちろん味が濃い特にバターかココナツテイストなのは当然であるが、その見た目がなんとも…なのだ。普通、カステラといえば卵の黄身がよく効いたおいしそうな「黄色」こんな表現もできるかと思うがマレーシアンカステラは緑、茶、黄、赤、黒、青などなどの様々な色が時には規則的に、時にはマーブルにそして、花などがモザイクで表現された芸術的なものまである。素敵ではあるが、おいしそうではないのだ。ご飯も時々青にしてしまうくらいだからこれも文化の相違と言ったところか。それにしても青のカステラはいただけない。
2006年03月21日
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あまりに暇なので二日前、ジャガイモを植えた。唐突だけど仕方が無い。だって、何かを植えたかったのだから。土壌改良用の肥料と種芋1kgを買って早速畝を作った。実は農作業は初めてではなく、何度かやらされたことがある。初めては仕事で。そのときは耕運機の使い方などを教えながらスナックエンドウとかとうもろこし、なすなんかを植えた。2回目は忘れもしない。同時多発テロがあったその月。知らない保育園で、石灰と鶏糞を鍬で混ぜながら駐車場を畑に変えた。そんな経験もあって久しぶりに植えたくなったのだ。最近は、育てるというより剪定をしなくてはいけなかった反動かもしれない。しかし、さすがは素人。畝はできたものの、どれくらいの深さにどの間隔で植えていいのか分からない。困った挙句畝の上に種芋を等間隔で置いて上から土をまいて隠した。そしてその晩、突風が吹荒れ、雨も強く降った。朝、早くも芋が顔を出していた。先行き不安である。
2006年03月19日
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先日、接待でインドネシア人のいる飲み屋に行った。宗教を聞いてみるとイスラムだという。お祈りは1日2回しかしてないというので「あとで神様に怒られますよ」そう私は彼女に言うとなんと、真剣に困っている。見えないものに縛られる彼女。見えないものを見ようとしなくなった私。真剣に困るということに嫉妬した。
2006年03月18日
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会議に出席してみて分かったことは、大半の結論が既決されていたこと。そこで求められていることは、決裁者の同意が得られやすいようなあるいは、決裁者がそれなら仕方が無い、だからあなた方の意見を尊重しましょう。といった、意見を提示することだった。緊張して、いろいろ考えていった割には1時間で終わるというごく簡単な会議。しかし、これで人の一生の一部が決まるという恐ろしいもの。会議を終えて人間、結局のところ「姿」が重要だと思った。
2006年03月16日
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昨日の日記の件で本日会議が行われる。事情がある者について弁明が行われる。といっても、代弁なのではあるが…。私が担当する者については擁護しようと思う。しかし、如何せん現在の職場での初会議なのである。如何様に進むのか。どんな性格を持った会議なのか。どれほどの持ち時間があるのか。なんにも知らない。状況把握ができていない。どこまでやれるのか。不安で仕方ない。
2006年03月15日
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今日、1年の大決算をした。あれほど、クライアントには提出書類等は今日の朝までとお願いしておいたのに。昼に持って来るのは、まだ良い方で、約束したのに持ってこないのもざら。おかげで大赤字を出した。もちろん、その責任はクライアントに取ってもらう。中には退社が決定した者もいる。リミットはとうに過ぎているのに、こちらが泣いてやったのに。提出したモノは是非感謝の意を示してほしい。退社予定の者はこれからの人生大いに苦しめばいい。本人にとってそれが一番の薬だろう。どうかそれが挫折となって本人のためになることを切に願って止まない。
2006年03月13日
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今まで、マレーシアのタバコはすべてタール20ミリ ニコチン1.ミリだと思っていた。だって、すべてのタバコの箱にこの数字が書いてあるんだから。でもよく見たら、タール20ミリ ニコチン1.ミリ以上ないって書いてある!!!つまり、どのタバコもタール2ミリ ニコチン1.ミリ以下ですってこと。ものすごくあいまいな基準。どおりでケント6でもケント9でも同じ数字なはず。日本タバコはなんと細かい数字なのだろうと感動した。
2006年03月12日
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今日は、送別会二人の方が退職された。一人は定年で、もう一人は大学院進学。人生いろいろだと思う。そのお二人に特に親しい訳でもないので個人的な感情で何かを感じるわけではないが、なんて言うのか・・・全体として本人そっちのけで、飲めればいいのかなそんな感じの飲み会だったので人間、自分が主人公のようで実は全体の口実なのかぁ人生そんなものだよねほろ酔いの中でそう感じて苦笑した。
2006年03月11日
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自己犠牲は時に必要だと思う。たとえそれが死であっても。それが分からないという。衝撃を受けた。自分の行動が他の人の幸せにつながるならそれは「あり」だと思う。そのもっとも究極なカタチが死というだけなのに。もちろん不必要にそれを選択する必要はない。私はこの国の何をどうするために生きているのか。
2006年03月04日
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