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あなたが思い出すと言ったから私はタバコの銘柄を変える。 少しきつい紫煙を燻らす。濃い香りが立ち上がる。 あなたは何をしているだろうか。 知らぬ間に、短くなる。誰がタバコを吸った。 そしてまた、火を点ける。
2006年04月30日
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アメリカでは・・・。ヨーロッパでは・・・。北欧では・・・。私はこのような形容が大嫌いだ。アメリカでは~だから(日本でもそうすべきじゃないか?)だったら、どうして日本人なのだから日本では~だから(独自の路線を歩んでもいいのではないか?)と言えないのか?? 基準はそれぞれの国とそれぞれの国民、社会の中にある。それは、長い長い歴史の中からなんとなく、でもしっかりと広がっている決まり、道徳。たとえば、アメリカを引き合いに出すならばせいぜい数百年の歴史しか持たない若い国。日本は神話の代から入れれば2千年を越える熟した国なのだ。遠慮することはない。でもショックなのは、昔勉強した「政経の教科書」政治の勉強を、あるいは主権の勉強をするのにどうして、イギリスやフランスからはじめる?世界的に見たら、確かにホッブズやルソーから勉強しなくてはいけないのだろうが、日本国民として、日本の伝統を受け継ぐものとして、日本流の価値観で世界に生きるために百姓たちの寄り合いの方法から勉強したっていいじゃないかと思う。しかも、人権の出処を探っていくとキリスト教がでてくる。この日本にいてキリスト教徒以外に誰が、人は神の前に平等である。などと思いながら生活を送る者がいようか?いても少数派であることは間違いないだろう。 日本では神の前に平等というよりお天道様が見ている世間様が黙っていない。こういうことばがあるはずなのだ。要するに、違う文化で物事をたとえるなよということ。 日本的方法というものがあるはずなのだ。だから、他の国では~なんて自分は使う気にもなれないのだ。
2006年04月25日
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タイトルの読める人にはショッキングかもしれない。申し訳なく思う。でも、タイトルのようにできたらどれくらい救われるだろうか。
2006年04月23日
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やっぱり、気の許せる人間と飲むのは楽しい。いいお酒と言うのは、お店ではなくて誰と飲むのか。これが大事なんだと。 この余韻はあとどれくらい続くのだろう。切れるころにまた飲めるといいなと思う。
2006年04月22日
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KLセントラルからタクシーは非常に安心できる(と思う)それは、チケット制だから。あとでもめることもないし、メーターを使えだの、それがいちいち正確なのか眺めている必要もない。でも、私は必ずもめていた。KLセントラルの荷物預けの対面にあるカウンターで行き先を告げる。 パソコンに行き先を打ち込みRM30と言われる。KLCCからなら、運転手の言い値だからまちまちでRM30くらいなら全然問題なし!と思いチケットをもらう。早速並んでいるタクシーにチケットを渡すと「ここはRM35だぞ!!」と言われてしまう。 こんなことが起こるのは決まって(カウンターの人が)若い女性のとき 。そのつど、運転手にそれ以上払うつもりはないので嫌ならおろしてくれと言う。何度か降りたこともある。でも、メーターのタクシーよりは安い。(普通RM50は要求される)どうなっているのか。タクシーの料金。
2006年04月16日
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パソコンから、音楽を聞けば思いだす。 2階の窓から、夜空がみえる。 鉄格子木枠の網戸 決して楽しかったとは言えないつらかったのだろうかと問えばつらくさせたのは自分 おじさん、それいくら?10リンギットだよ先週まで5リンギットだったじゃん?? 突然変わるもの習慣と値段 全然変わらないものいっこうに来ない路線バス 待っていても来ないものは文句を言っても始まらない。 仕方が無い今日もまた歩こうと思う。
2006年04月15日
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マレーシアについての予備知識はそこそこ持っていったつもりだった。イスラム教とか多言語だとかもちろん多民族で熱帯雨林気候なんか、そんな知識はたくさんあった。でも、なんだろう、これは・・・。さすがにKLでは、あまり見かけませんでしたが(kampong baru のちょっと入ったとこでは見た)kampongへ行くとたいてい、女性モノの下着が平気で、どっさり干してある。気にしないのだろうかと、こっちが気にした。(でも、慣れたけど)
2006年04月10日
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マレーシアに行くことが決まって真っ先に「これで日本食ともしばらくお別れだな」そんなことを思った私は、出国するまでの数日間、あらゆるところで寿司と好物のアジフライを食べまくった。新鮮な魚も無いかもしれない。そんな思いが頭にあった。 7時間超のフライトの末私は、KLへとやってきた。さすがに、暑い。しかも、12月だったので冬服を着てきた(苦笑)夜も早くない時間に着いたのでその日は、空港内のバーガーキングで済ませホテルへとむかった。 翌日、有名なKLCCへと向かう。異国の人で溢れるその大きなふたつの塔はとっても魅力的だった。さぁ、初めてのマレーシアでの昼食は何にしようかとわくわくどきどきでKLCCの上階を目指すとさすがに、南国っぽいというかインドっぽいというか、独特の香辛料の匂いが立ち込めていた。見たことも無かった、タミールの言葉。インド人が、チャイがどうたらこうたらと勧めてくる。ナシアヤムの店もあった。これが、ナシアヤムかぁなんて見ていると聞きなれた日本語が耳に入ってきた。「いらっさいませー」なんだろう、ちょっとこのなまった日本語は。その声の方へ行ってみるとショウケースには、寿司、玉子丼、カツ丼、焼き魚でしかも、定食!そんなものが並んでいる。 ・・・・・・・・・・・・・ その帰り、JLN Ampangを歩いているとアジのフライ定食まであった、日本テイストのラーメン屋に!! グローバリズムも味気ないなぁと思った。
2006年04月10日
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正確には今日から、新規のお客様に対応させていただくことになる。今度のクライアントは、どのような方々なのか・・・。非常に不安であり、楽しみでもある。とにかく、新規のお客様を大事にしたいと思う。けれど、途中でキャンセルされるお客様に対しては、いかようにもできない。そのあたりが、気にはかかるところではある。 お望みの商品を提供し、こちらが望む商品を気に入ってもらう説明をする。ぜひともすべての情報を買っていただきたいなぁと思うばかりである。
2006年04月09日
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200数十歳のワカゾウが約2700歳の先輩を弟にして大きくブレながら厚顔無恥で闊歩している。 いい老人なんだから「喝だ、喝ッ!!」それぐらい 言えてもいいんじゃねぇの?
2006年04月06日
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マレーシアで仕事をしていたときのこと。「今日から配属になりました、よろしく!」挨拶が終わると同時にプレゼントの山。粉ミルクパナドールなんかの薬お菓子(1斗缶のビスケット)バスタオルカステラ(ラマダン明けだった)バナナ(ピサンゴレン)マンゴーランブータン(そこでは1kgRM0.50)要するにお菓子か、フルーツか、薬。で、フルーツは、まぁ良しとしても(笑)お菓子(粉ミルク)とか薬は・・・。職場にあって便利なものはたくさんくれた。そうそう、文房具は完全に支給だった。今の日本だったら、間違いなく怒られるだろうな。そういえば、初めて泊まったホテルで勤務先を言ったとたん「薬くれよ!」ってねだられた。こういうことは普通だったのかなぁマレーシアでは。
2006年04月01日
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