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2025年12月16日(火)寄港地観光ツアー「空海ゆかりの地・高野山を巡る」8:15am 集合、出国手続き8:45am 出発 片道約2時間のドライブ和歌山城址公園冬枯れの風景一級河川・紀の川紀の川沿いの田園風景バスは自動車専用道路に入る。日本一の高所にある高速道山道へと入る。紅葉の残る沿道急カーブの多い山道バスは高野山の門前町へと入る。金剛峯寺大門大門の高さ:25.1m沿道には多くの寺社が立ち並ぶ。
2026年04月28日
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2025年12月16日(火)船内新聞朝 食7:00am ~ 7:50am船は和歌山港へ向かって航行中 (2025.12.16.07.16.)拡大写真珍しく洋食の朝食となる。アーモンドミルクスープサラダ港の象徴・ガントリークレーン(通称キリンさん)が見えてくる。 (2025.12.16.07.19)パ ン和歌山港西浜第3-5岸壁に接近中。 (2025.12.16.07.22.)大きなキリンさん (2025.12.16.07.28.)オムレツデザート:プリン爽やかな笑顔のTさん私寄港地観光ツアーの集合時間が迫っているので、いつもより急いで朝食を終える。
2026年04月25日
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2025年12月15日(月)今夜のショータイム LIMELIGHT は続く。クルーズディレクター 清川 良太氏9:00pm この日のショーを終演する。
2026年04月22日
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2025年12月15日(月)今夜のショータイム6:15pm ~ 8:15pm8:15pm ~ のショーを鑑賞する。LIMELIGHT
2026年04月19日
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2025年12月15日(月)ディナータイム5:30pm ~ 7:00pmドレスコード:カジュアルバイオリニストによるクラッシク演奏食事前の20分間バイオリンの音色を鑑賞する。夕食献立写しているカメラと私の手の影が映りこんでしまっている。ジンジャーエールビール前 菜お造り炊合せ焼き物お食事おこわと粕汁、香の物。デザートフルーツ盛り合せ:Tさん用シャーベット:私用和食は、すんなり胃に収まって嬉しい。
2026年04月15日
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2025年12月15日(月)道後温泉12:30pm ~ 2:10pm道後温泉駅道後温泉駅全体像蒸気機関車の「坊ちゃん列車」が展示されている。駅側にある商店街・ハイカラ通りその右手側にある「からくり時計」公園のような広場にて道後温泉本館1894年に改築された歴史的な建物で、1994年には公衆浴場として初めて国の重要文化財に指定されるなど、国内外から評価されています。道後温泉のアルカリ性単純泉の温質は、きめ細やかな日本人の肌に優しいなめらかなお湯で、刺激が少なく、湯治や美容に適しています。また全国的にも珍しい無加温・無加水の「源泉かけ流し」を実現しています。(船内の「松山ポートガイド」より抜粋)全体像道後温泉本館正面記念写真記念写真撮影後、ハイカラ通りのお土産店に入り、タルトのお土産を買う。その後、レトロな食堂にて昼食を取る。レトロな店内食事中のTさん私(疲れ気味)新鮮な素材の、安くて美味しい天ぷら定食でした。試行運転の無人バス2:30pm バスは20分程で港に到着する。停泊する三井オーシャンフジの勇姿マスコットキャラクターの「よしあきくん」と共にこの日の寄港地観光ツアーを無事終了する。
2026年04月12日
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2025年12月15日(月)眼下に臨む一ノ門一ノ門は天守に通じる本壇最初の門で、木割も大きく豪放な構えとなっている。形式は上方から攻撃が容易な高麗門で、扉の上下が縦格子になっており、外を覗き見ることができる。一ノ門からニノ門へとの間は「枡形」という方形空間になっており、四方から攻撃できる。仰ぎ見る天守閣格調高く美しい破風破風とは屋根の妻の三角形の部分。上から*入母屋破風 上部が切妻、下部が寄棟造りの破風。 最も格式が高いとされる城郭や自社に多い。 *唐破風 面と線を重ねた形の破風。軒先を丸く盛り上げた 軒唐破風と、独立して付けられた向唐破風がある。 *千鳥破風 屋根の斜面に切妻破風を直接置いたもの。 (*切妻破風 切妻造りの破風。本を開いて伏せたようなシンプルな形。) 中 庭天守からの北方向の眺望西方向の眺望十間廊下の展示物 刀剣や槍がずらりと並ぶ。Tさんは興味津々の様子。ただ時間に余裕がなく、駆け足見学である。長寿齢松と共に長寿に肖れることを願いながら・・・、89歳のTさん。慌ただしい観光でしたが、松山城を訪れることができたことに感動し、大いに満足する。2~3時間かけてゆっくり観賞したい所でしたが、腕時計とにらめっこしながら足早の見学となる。予想していたより歩行距離が長く、ハードな行程のツアーであったが、「これが最後の訪問になるかもしれない!」と考えると、自然に頑張る力が湧いてくる。
2026年04月09日
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2025年12月15日(月)天守内見学11:20am ~ 12:10pm松山城パンフレット(中国語のパンフレットしか残っていない。)入場チケット一ノ門へと向かう人と戻る人が行き交う。天守内には歴代城主の甲冑や古文書などが展示されており、城の歴史を学ぶことができる。天守最上階からは360度の景色が開け、松山市内を一望できる。靴を脱いで50分間の城内見学をする。城主の甲冑展示松山城城主の歴史(在城主期間)*加藤義明 (1602年~1627年):1602年松山城の築城開始。1627年会津40万石に転封となる。*蒲生忠知 (1628年~1634年):1628年24万石の松山藩主になる。 松山城の築城を完成させる。1634年参勤交代の途中で死去し伊予蒲生家が無嗣断絶となる。*松平貞行 (1635年~1668年)徳川家康の甥にあたり、松山城3代目城主となる。*久松定謨(さだこと)(1872年~1927年)5歳の時に松平定昭の 養子となり久松家を継ぐことになる。城内からの南方向の眺望城山公園本丸広場が良く見える。
2026年04月06日
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2025年12月15日(月)寄港地観光ツアー 松山10:30am ~ 12:10pm櫓主に石垣や土塁の上に築かれた、見張り、武器、食料の貯蔵、敵の攻撃(弓や鉄砲)の拠点を兼ねた多機能建築物。・隅櫓(すみやぐら)→城の角の石垣上に設置され、周囲を見渡す・防御の要。・多門櫓(たもんやぐら)→土塀の代わりに建てられた壁のように長い櫓。櫓門(やぐらもん)→城門の上に建てられた防御力向上を目的とした建物。北隅櫓・十間廊下十間廊下・南隅櫓松山城1602年に加藤義明によって築かれ、江戸時代を通じ重要な役割を果たした連立式天守様式の日本の城である。連立式天守様式天守、小天守、櫓を司法に配置し、渡櫓でつなぐ形式を言う。建物で仕切られた中庭ができるのが特徴で、厳重な防備手法であるため天守防衛の究極の姿であるといわれている。姫路城と同じ構成となっている。本 壇天守・小天守など城の中枢となる建造物が集中している区域で、本丸よりさらに約8m高く石垣が築かれている。出入口は一ノ門の1ヶ所しかなく、厳重である。ここから天守に至るまでは、石垣や櫓に囲まれた進入路をいくつもの門をくぐりながら進まなければならない。本壇内へと向かう。天守を背景にして Tさん筋鉄門(すじがねもん)櫓内で、天守玄関がある中庭を防御する重要な門である。この門は櫓と小天守・天守をつなぎ三ノ門から侵入する敵の正面を射撃する構えとなっている。三ノ門南櫓と筋鉄門を結ぶ筋鉄門東塀は、11.13mに狭間9ヶ所、石落とし1か所を備えた実践的なもの。狭 間城の天守、櫓。塀の壁面に設けられた、敵を攻撃するための小さな穴(銃眼・砲門とも)である。内側からは広く、外側からは狭い構造になっており、弓や鉄砲で反撃する重要な防御施設として、長方形、三角形、円形などの形がある。主な種類(さま)・矢狭間(やざま):長方形で、弓矢を射るためのもの。・鉄砲狭間(てっぽうざま):正方形、円形。三角形などで、 鉄砲を撃つためのもの。
2026年04月03日
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